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夢の汽車に乗って

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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この言葉に続くフレーズは何でしょう?


一般&世間の常識が服を着て歩いている
なんて昔から良く言われていた私なんぞは

「そりゃあ決まってるべ。<お正月>だぁ~」

即座に自信を持って、そう答えるところです
あー、私ってば、何て真面目なのかしら

が、しかし

こうして人様を前にして書く訳ですから
それじゃ、<話>にならない訳でして

「まぁ、今時期なら正月の前にクリスマスだべさ」

とか

学童・学生諸君であれば迷わず

「何と言っても冬休みでしょ!」

なんてのもあれば

「何かと物入りな年の瀬だし
 今月は給料日まで待ち遠しいわぁ~」

なんてリアルな声も聞えてきそうですし

逆にというか?
あまり書きたくない?
他人様のハッピーな話では?

「苦節ん年
 やっとさ、こぎ着けた愛しい彼女との初デートだぁ~」

なんて不埒な・・・あっ、いや
まこと羨ましい話も出てくるんでしょうね

いや、ホント羨ましい限りで

「若いって良いわねぇ~」

なんて

誰かの本音も聞えてきそうです

(それはお前のだろ?)

いやいや、なんのなんの・・・
と、明確な否定は確かに出来ませんが
嫌みやお門違いの恨み辛みや、やっかみならいくらでも

あっ、いやいや



ともあれ

色々な「もういくつ寝ると」がありますが

考えてみると
そう考えている<時間>こそが
ホントは一番の楽しい時間ですよね

だって

<その日、その時>

が、来たら後は過ぎて行くだけです

しかも

楽しい時間、幸せな時間ほど
ホント、アッという間に、一瞬の如くにです

<光陰矢の如し>

とは、昔の人は上手い事を言ったもんです

これを専門用語で言うと
<小学生の遠足前夜症候群>と言いますよね?

知ってました?


しかしながら私は大人
小学生の何チャラとか言われても承服しかねます

ちょっと文学的に書くならば

<来るべき時を想う時間>

とでも、なるでしょうか


「あー、今年こそ宝くじ当たらないかなぁ~
 いや、もちろん10億だなんて
 そんな調子の良い事は言いません!
 1000万円で、いや100万円で構いません!
 どうか、どうか!
 もし、もし当選したら・・・
 そうだな、アレを買って、コレをして
 ん~それからアレも出来るな。
 いや、アッチの方が良いかな?
 もういくつ寝ると億万長者?」


外は氷点下の真冬の夜に
ベッドの中でホッカホカな妄想は果てしなく広がります

良いよね、これこそが幸せな時間!

(でも、お前。宝くじなんか買ってないべ?)

アレ? アレレ?

あっ、忘れてた・・・・・・・・


までも、までもさ

宝くじを買わなくても
これだけの妄想が出来るんだから私ってば凄くない?

でしょ?

私って凄~~~い!

自分で言うけど私って妄想の達人?

(いやいや、現実逃避の達人でしょ?)





PS.確かに宝くじは買うのを忘れていましたが
   今年もクリスマスストーリーは
   ちゃんと忘れずに書きました。
クリスマスにホームページにアップします。
   今年は手抜き・・・いやいや
   例年よりちょっと
   いや、かなり?
   短めな話ではありますが・・・


もしも、この時が止められるなら


何度もそう思ったよ

永遠が欲しかった訳じゃない


君を失いたくない ただ、それだけだった




もしも、もう一度君に逢えるなら

もしも、あの日に戻れるのなら


そんな事が叶わない事だなんて分かっている

それでも、つい思ってしまうんだ


「今なら、きっと上手くやれるのに

 あの頃よりももっと上手くやれるのに」って


そんな事を思ったところで

何も変わらない事も知ってはいるけど




だけど・・・




もしも、この時が止められるなら


あの日、心からそう願ったよ

永遠が欲しかった訳じゃない


君を失いたくない ただ、それだけだった


シワスイッチ

いやいや、別に
スイッチをポンと押すと
身体中、顔中がシワシワになるスイッチ
なんて、そんなホラーな話ではありませんよ

もちろんね

第一、私はホラーは苦手です
なんせ、高所恐怖症ですから?


そんな話はともあれ
世の中は今年もついに師走に突入です


そもそも
いったい誰がこの時期を師走なんて言い始めたんでしょうね

「盆暮れ」なんて言葉があるように
確かに、お坊さんは暮れも大忙しなんでしょう

なので

江戸時代辺り(適当ですが)
年の瀬にお坊さんが街中を忙しそうに
バタバタ、ドタバタと走っていたのを
誰かが見て衝撃を受けて叫んだんでしょう

「あっ、これって坊走じゃね」

それを他の誰かが又聞きをして

「おいおい、知ってるかい?
 みんなで暴走しなきゃなんないみたいだぜ」

それを聞いた他の誰かが勘違いをして

「江戸の街で暴走なんてとんでもねぇ!」
「いやいや、走っていたのは坊さんで」
「坊さん? すわ、門徒一揆か?」
「いやいや、問題ないっき」←苦しいダジャレ?
「問題ないことはないだろ?」
「ワイワイ」
「ガヤガヤ」
「すったもんだ」
「何じゃらホイだら」

そこへやってきた知ったかぶりのご隠居さん

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。
 これは唐の国の名物で、師走と言うのじゃ」
「しわす? そりゃ、何ですかい?」
「普段は滅多に走ったりしない坊さんでも
 この時期には忙しくてあっちこっちに走るってことさ」
「そういや、おいらもいつもこの時期は
 金策に走り回るわな~そういう事かい?」
「まぁ、そんなもんじゃろ」←けっこう適当なご隠居さん


まぁ、そんなこんなで
めでたく日本に「師走」って言葉が定着をしたようです

(一番、適当なのはお前だろ?)←影の声

へっ? そ、そんな訳ないし!


さてさて、それもともかく
いったい、誰が「師走」のスイッチを押すんでしょうね?

「12月になったぞ~
 さぁ、みんな走れよ~! それ、ポン!」

とか?

で、それって誰?

というか、それはきっと他の誰でもなくて
各自が自分で自分のスイッチを押すんでしょう

他の月であれば
少しくらい遣り残した仕事があっても
それは翌日(翌月)やれば何とかなります

でも、年末は別ですよね

お尻が決まっているというか
ゴールが決まっているというか
仕事納めになると強制的に遮断機が下りるというか

つまり、普段の月締めはゴールへの一里塚みたいなもので
そこを過ぎたら次の一里塚まで走って
そこを更に過ぎたらその次の一里塚まで・・・

マラソンで言えば10km地点とか20km地点みたいなものです

で、年末の仕事納めが
否が応にもゴールという訳です

してみると12月は最後の直線
ラストスパートです

そりゃ、誰もがスイッチを押されなくても
必死に走るというものです

えっ?

「それじゃ、3月の年度末はどうなんだ?」

ですって?

そ、それはですね~

年末を年度末に書き換えて
同じ事を書いてごまかします! エッヘン!

(おいおい!)



今年、良い事がたくさんあった人は
その調子で新年も突っ走れるように

今年、良い事なんてまるでなかった人も
年が変われば潮目も変わることを期待して

まぁ~極めて平々凡々だった人は
それが一番の幸せなんだと自分に言い聞かせて

良い年明けを迎える為に
みんなで頑張ってラストスパートしましょ!


今年も残り僅かです

シワスイッチオン、ポン!


君の落とした涙
どうしてあの日拾えなかったんだろう?

僕はただ立ちつくすだけで
僕はただ見てるしかできなくて

優しい言葉は嘘になる気がしてた




君の失した笑顔
どうして探そうと出来なかったんだろう?

それは僕じゃない気がして
それは僕じゃない誰かの気がして

思いやるフリで自分に嘘をついてた




優しさが大事だとか
思いやっているだなんて臆病者の常套句

勇気が無いだけだったのに
僕はただ自分に言い訳をして

良い人になるチャンスさえ失くしてた




後に心がいつもある
だから<後悔>って書くんだと誰かが言っていた

心だけ後戻りをしたとしても
確かに身体は過去には戻れない

それでも僕は忘れるよりはマシだと思ってる




例えば君が主演の映画の
エンドロールに僕の名前が無かったとしても

僕がただの通行人Aで
その他大勢の一人だったとしても

それでも確かにあの日あの時そこに僕と君はいた




君の落とした涙を拾えなかったのは僕
君の失した笑顔を探せなかったのも僕




ヒロインが泣いている傍で
ストーリーに関係のない笑ってる演技をしていた

僕はただの通行人Aで
名前もセリフもない役だったとしても

僕がただの通行人Aで
その他大勢の一人だったとしても

それでも僕はきっと忘れることはないと思ってる


手紙

拝啓


バス通勤をしていると
季節の移り変わりが良く分かります

バス停まで歩くホンの数分の間にさえ
まるで変わる季節に歩調を合わせるかのような
日々の変化が目を和ませてくれます


朝の空気

街路樹のさざめき

公園脇のベンチが創る歪な影

街角の花屋の店先の
季節を彩取るディスプレイ

ショップのショーウインドウを飾るのは
少し先取りをした季節

そして

一日の疲れと共に
見上げた夜空に煌めく無数の星達


考えたら
どれも君と一緒に見た風景ばかりです

思わず苦笑いがひとつこぼれました

忘れたと思っていた心に
まだこんなにも想い出が残っていたんですね


季節は巡り
早いものでもう二年が過ぎました

君は元気ですか?


ネタ

PCの電源を入れた。

「さぁて、今夜は何を書こうか」


PCを立ち上げて30分。

珈琲が美味しい。


PCを立ち上げてやや1時間。

3本目の煙草に火を点けてみた。


PCを立ち上げて1時間半と少し。

ちょっと飽きてきた。


PCを立ち上げて2時間が経過。

気晴らしか?
眠気覚ましか?

冷たい水をグイッと一息で飲み干した。


PCを立ち上げて2時間と37分と8秒。

PCの電源を切った。








「おいおい、それだけ?」

何が?

「何がって・・・
 ほら、いつもはある事ない事を書いてんじゃん?
 今夜はどうすんだよ?」

まぁ・・・
そんな夜もあるって事さ。

「そんなんで良いのか?」

だって、ネタがないと書けないんだもの。
おとなしく寝た方がマシじゃない?

「おっ、上手い事を言うじゃん。
 それだよ、それ!」

へっ?

「へっじゃないって。
 ネタなんて何処にでも転がってるなんてさ。
 お前、いつも豪語してんじゃん?」

そんな事、言ったっけ?

「あぁ、いつも自信満々にね」

でもさ。
どんなに頭をひねったって
出ない時は出ないんだよ。
仕方ないよ。

「仕方ないで済んだら警察はいらんわ」

何それ?

「オホン、ともかくだ。
 何か書くまで絶対に寝かせんぞ!」

じゃ、何かネタを提供してよ。

「ネタ? 俺に?」

あぁ、お前にだ。

「俺は・・・それ、専門外」

なんだよそれ?

「そういや、逆にさ」

うん?

「ネタってそもそもどう言う意味だか解る?」

ネタ?
まぁ・・・話題とかさ。
話のテーマとか、そんなんじゃないの?
お笑いなんかではネタって良く言うよね?

「そうだね。
 おー、だから、ネタなのかな?
 話を練ってオチまでのストーリーを作る。
 そのストーリーがネタだろ?
 つまり、練ったから来てるとか?」

話を練ったからネタ?
ちょっと無理があるんじゃない?

「そっか、良いヒラメキだと思ったんだけどな」

正解は<種>を逆さにした言葉らしいよ。
業界用語的なかどうかは知らないけどさ。

「何だよ、知ってんのかよ?
 それってギンザをザギンみたいな?」

まぁ。
種みたいなひとつの言葉を膨らませて
それで話を作って行く。
お笑いの場合はオチまでの展開って言うかさ。

「なるほど。
 さすがに説得力があるね」

お前に言われても嬉しくはないけどね。

「までも
 何となく話のヒントになったんじゃない?」

そう?

「そうだよ。
 ほら、こうして何だかんだと
 もうだいぶ書けたぜ」

おー、ホントだ!

「だろ? 俺に感謝しろよ」

でもさ。

「おいおい、スルーか?」

困った時は見方を変えてみるって大切かもね。
ひとつの言葉に縛られているとさ
それしか見えなくなるけど
同じ言葉でも見方をちょっと変えただけで
違った答えって出て来るもんだよね。

「やっぱり俺に感謝だろ?」

誰に?

「だから俺様にだよ」

自分でそんな事を言えるかい。
独り言なのに。

「おいおい、それを言っちゃ・・・」

良いんだよ。
これもネタだから。


責任転嫁論

得られなかったら
「縁が無かった」と思えば良い

逃してしまっても
「縁が有れば又、手に入る」と思えば良い

そうしたら
自分の責任にしなくて済む

そうしたら
自分を責める事もせずに済む

例え

その縁が今生で叶わなくとも
それは来世かもしれないし
もしかしたら再来世かもしれない

それでも叶わなかったとしても
あくまでも「縁が無かった」だけである

しかし

万が一でもそれが叶えば縁は運命になる

但し

確かめる術は無いのだけれど

いや、むしろ

確かめる術が無いからこそ
自分を救う事が出来るのだ


十一月

いよいよ十一月です


一年をひとつの物語に例えるなら
さしずめ
十一月と言うのは
一年の大団円に向けて
これから事態は急展開を迎える頃

と、でもなるのでしょうが

北海道人にとっての十一月は
冬への急展開を怖れて
出来るなら変な刺激はせずに
なるべくそっとしておきたい季節でもあります



霜月という名が表すように
この頃から
だんだんと朝晩の冷え込みが厳しくなります

やがて
氷点下の朝も珍しくなくなってくると
路上の乾いた枯れ葉を
シベリア下ろしの北風が押しのけて
風花のベールを身に纏った
冬将軍の軍団が今年もやって来ます

ホント

毎年、毎年、冬将軍ご一行様は律儀なんだよね

決まってこの時期になるとやって来るんだから
誰も頼んじゃいないのにね



春には春の綱引きがあるように
秋には秋の綱引きがあります

秋が勝ったかと思えば
次は冬が負けじと秋を打ち負かします

再び秋が意地を見せて
押し寄せてくる冬を押し戻します

一進一退の攻防を幾度か繰り返して
季節は移ろっていきます

確実に冬へと



冬への覚悟を決める頃

それが北海道人にとっての十一月でもあります

「冬来りなば春遠からじ」

冬が来なければ春も来ません
冬の厳しさがあるからこそ
春があんなにも愛おしいのです

えっ?

今から来年のことを言うと鬼が笑いますか?

良いじゃないですか

あの厳つい鬼が笑うなんて愉快です


厳しいシバレの中では
寒さに自然と肩を窄めるようになり
歩く足にも無用な力が入ってしまいます

必然と
話すことさえも億劫になったりします

口を開けると
ここぞとばかりに冷たい空気が入り込むしね

そんな中だと
笑い飛ばせはしないかも知れませんが
鬼にあやかって一緒に笑いましょう

そしたら少しは温かくなるでしょう、きっと


冬将軍に対抗出来るのは
案外と鬼なのかも知れません

優しい鬼なら
頼めば金棒を振り回して
冬将軍を追っ払ってくれる・・・かも?



まぁ、それはともかく

どうせ開いてしまう冬の扉なら
潔く、思いっきりこっちから明け放ちましょうか

潔く・・・

潔く?


ん~

やっぱり、冬への覚悟を決めるのは
来月になってからにしようかなぁ~

したいなぁ~

そうしたいなぁ~


出来るなら・・・ね


埋めたい

いきなり<埋めたい>と言うと
「なんて物騒な!」と言われるかもしれません。

もちろん、
私は人なんか殺してはいませんし
アダルト雑誌なんかも
家人に内緒で隠し持ってはいませんから
他人の目から逃れる為に<証拠品>を埋めたいだなんて
言おうとしている訳ではありません。


そう、私は清廉潔白純情無垢・・・
とは良い歳をしてさすがに言えませんが(笑)

ともあれ
今夜は<埋めたい>と言う話です。



隙間を埋めたい。

マス目を埋めたい。

空白を埋めたい。

余白を埋めたい。


そんな事ってありませんでしたか?


教科書の余白に
つい気が付いたらマンガとか
意味不明の
同じ模様を何度も描いていたとか。

クロスワードパズルが目の前にあれば
やらずにはいられないとか。

目地があると
とりあえず何かを詰めて埋めたくなるとか。


まぁ~

学生時代の数学の試験の解答欄は・・・
埋めたいのに埋められない
やっかいなモノでしたが(笑)


<空いている場所を埋めたい>

それは人間の本能なんでしょうか?

それとも、
私に限ったある種のフェチ行為?


確かに私の場合、
アンケート回答用紙等の空白欄を目にした時
心が疼きます。

で、

そこが該当無しの欄だとしたら
最初は該当無しを表すのに斜線を引きます。

ふと、何かを思い
次に反対の斜線を描いてみます。

そこまでいくと、
次は当然のように縦線と横線を入れます。

点が交差をするところに二重円を描きます。

で、

出来た様々な形のマスを
今度は交互にベタ塗りをしていきます。

すると、どうでしょう!

キレイな幾何学模様がそこに現れるのです。

一個出来たら、
次は更に複雑な<図形>に進化させていきます。


ただし・・・

恥ずかしくてそれはもう
提出不可能なアンケート用紙になってしまいますが(笑)


余談ですが。

教科書と言えば出て来る偉人の顔に
メガネやヒゲを描いたり
傷跡や絆創膏を付けたりしてませんでした?

あれ、何ででしょ?

教科書に誰かの顔が出て来ると
必ず何かを書き足したくなります・・・よね?

特に白黒の写真なんか絶好の餌食?(笑)


ちなみに私は
教科書の隅にパラパラマンガも描いて遊んでました。

よほど授業中はヒマだったんでしょうかね?


多分ですが。

何かを書き足すという行為も
或る意味では
空白を埋めたいという行為に等しいのかもしれません。


ちなみに、

そんな私は洗い物をする時も
洗剤をつい入れ過ぎてしまう傾向があるようです。

仕事でも
代理店さんに説明をしている時
つい、あれもこれもと
大してしなくて良い説明までしてしまいます。

ここで書く文章でも
つい書き過ぎてしまうんですよね(自覚済み)

文章を書くのが好きな私が
唯一苦手なのは俳句や川柳です。

十七文字で想いの全てを表現するなんて無理です(笑)


してみると、

この癖はフェチなんかではなくて
これはもう立派に(?)
強迫観念に支配をされている
と、いう事になるんでしょうか?

「埋めたい!」
「埋めなくちゃ!」
「どうしたら埋められる?」
「あっ、ここも埋められるぞ!」

こんな症状を専門用語では
<埋めたいシンドローム>
と、言うそうですが(U・S・O)

私はずっと
<A型>故の生真面目さだと信じて来ました。


あー、そろそろ締めに入って
この文章を書き終わらそうとしていたのに。

また、うずうず・・・

埋めたい・・・埋めたい・・・

埋めさせてくれーーーーー!

終わらせたーい!


でも、終われない!

埋めたい!

でも、終われない!

埋めたい!

でも、終われない!


何故なら・・・






オチが思いつかなかったから・・・・orz


今までどれだけの
人と出会い、別れてきただろう?

名前や顔さえ忘れた人
忘れられない人



振り返ればいつも
切なさがあって、懐かしくもあるけど

今いるこの場所ではもう
探す術もない



街の灯りがそっと
灯り始める頃、いつもの帰り道

急ぎ足になるのは
冷たくなった風のせい?

それとも・・・



気が付けばいつか
知らず街はその色を変えていた

巡る季節に巡らす想い
「サヨナラ」と口をつく



秋行く街の中
ボクはふと、足を止め振り返る

聞えた気がしたのは
誰の声だったろう?



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