Neko

夢の汽車に乗って エッセイ

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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いつもこの時期になると
決まって書いているような気もするが
心の叫びは抑えきれるものではない・・・


いつも<やる>度に
『これは何て、非生産的行為なんだ!』
と思う物がある。


一つは冬の雪かきである。

家を建ててそろそろ二十一~二年になるが
北国北海道に住んでいて
真冬でも屋根の雪下ろしはした事がない。

それで家が潰れた事もない。

もっとも
三角屋根なので雪はすぐに落ちてしまうのだが。


確かに
一度に数十センチも大雪が降れば
人の出入りや
車の出し入れには困ることはあるかも知れないが
ここ十勝では
そんなことは年に二~三度もあれば多い方だ。

例え、大雪になったって
人くらいは出入り出来るし
駐車場だって
四輪駆動の勢いに任せて踏み固めたら
一台や二台くらいは停められる。


何が”非生産的行為”かと言えば・・・

どれだけ雪が降ったとしても
春になれば
何事も無かったかのように雪は自然と溶けるのに
しなければならない「雪かき」だ。



もう一つは庭の雑草取りだ。

確かに雑草が鬱蒼と生い茂っていると見栄えは悪い。

いくら私が
「我が家は在りのままの自然の姿を愛するので
 例え雑草と言えども
 無用な駆除は主義に反するのである」
等と、
いくらワイルドガーデンであることを主張しようが
近隣の人は
「あそこの人は不精だ」
くらいにしか思わないだろう。

そう思われたって構わないと言う覚悟さえ決められれば
雑草も冬になれば
黙っていたって枯れてしまうのだから
草取りなど
今しなくたってどうってことはないと言えば言える。

なので、これも立派な”非生産的行為”と言えるだろう。



そんな事を考えながら庭を眺めていた。


庭の草取りを始めると
家の周りもしない訳にはいかなくなり
結局、休みがほぼ一日潰れる。

確かに
庭がキレイになると気持ちも良い。

だが、
週の途中に雨が降り
その後に又、晴れたりすると
雑草の成長は目を疑うばかりに早い。

結局
又、翌週も草取りをしなければならないことになる。

こうなるとイタチごっこだ。



それにしても・・・と思う。

どうしてこうも
残って欲しい草花に限って消えてしまうのに
不要な雑草ばかりが
幅を利かせるように増えていくのだろうか?

いくら抜いてもキリが無い。

しかも
雑草と言うのは悪知恵が働くのか
カメレオンの如く
他の花の葉に同化したかのように
大事な花の間に身を隠して生えている。

雑草はエイリアンのように始末の悪い敵だ。

始めのうちは
私も慎重になって大事な花を傷付けないようにと
雑草をピンポイントで狙って取り除くのだが
やっているうちに
「あっ、やばっ! やっちまった!」
と言うことになり慌てて辺りを見回す。

うちの奴に気付かれたら
また、後門にも敵を作ることになるのだ。

私はそっと
ゴミ袋に入れた駆除した雑草の奥の方に
<それ>を押し込める。

後門の敵が気付かなけれ私の勝ちだ。

だが、気付かれれば・・・


いつしか我が家の正義のための草取りは
二つの敵と私との駆け引き勝負になっている。

何れにしても非生産的行為であることに
変わりはないのだが。



ともあれ
ようやく春になって
花が咲きだしたと喜んでいたら
もれなく
今年もまた雑草の季節もやってくる。


あ~

取るべきか?
取らざるべきか?

ハムレットのように悩みながら
結局、今年も土日の休日のどちらかを潰し
ゴミ袋を何枚も持って
庭に出動をすることになるのだろう。

非生産的行為だと分かっていながら・・・



<ヤダよぉ~~~~~~!
 めんどいよぉ~~~~~!> ←心の叫び


夢って

夢って

自然に無くなってしまうものじゃないんだ


諦めてしまうから見失ってしまう

他の誰でも無い

それはそう 自分のせいなんだよね





夢って

自然に擦り減ってしまうものじゃないんだ


それだけに固執するから擦り減ってしまう

拘るのは大事

だけどそう それだけに捉われてはいけないんだ





夢って

自然に生えてくるのを待っていてもダメなんだ


自分で種を蒔いて育てないとね

それにはまず

自分自身をきちんと知ることなんだと思うな





夢って

どんな風に形にするのが理想なんだろう?


自分の夢をいくつも想像するけど

大事なことは

形なんかじゃなくて、きっと想いなんだよね





夢って

持ってるだけで幸せな気持ちになれるけど


だけど、もし持っているだけなら

それはただの空想と同じ

躊躇っているその一歩を先ずは踏み出してみなきゃね


「ねぇ、空を飛ぶ鳥と海を泳ぐ魚は
 どっちが自由だと思う?」

「なんだよ、いきなり(笑)」

「いや、ふと思ってさ」

「そうだな~ やっぱり鳥かな?
 だって、
 何処へでも自由に飛んで行けるじゃない?」

「だけど、小さい鳥なら大きな鳥に狙われるし
 大きな鳥なら人間に狙われるんだよ。
 嵐になったら飛べないしさ。
 飛べない鳥ほど弱いものはないんだよ」

「それを言ったら魚だって同じだよ。
 空でもそうなように
 海にだって食物連鎖はあるし
 危険だってたくさんある。
 それはもちろん陸上だってそうだけどね」

「力関係だけで言えば
 結局、一番強いのは人間って事になるけど
 自由かどうかって話はまた違うよね」

「そりゃまぁ、確かにね」

「人間は鳥のように自由に空を飛びたくて
 飛行機を発明したし
 魚のように泳ぎたくて船や潜水艦を作った。
 でも、結局人間は今でも自分の力だけじゃ
 鳥のように自由には飛べないし
 魚のように自由に何処までもは泳げない。
 人間が本当に欲しかったのは
 いったい何だったんだろう?」

「本当に欲しかったもの?」

「うん。
 本当は鳥になりたかったからじゃなくって
 鳥のように
 自由に空を飛びたかったからだよね?
 欲しかったのは自由だったのかな?」

「そうだね
 自由・・・か。
 人間は不自由な生き物なのかな?」

「良く言われる事だけど
 日本語ではどれも『自由』だけど
 英語だと『freedom』と『liberty』って
 2つの『自由』があるよね」

「ああ、例えば、そうだな・・・
 『選択の自由(liberty)』と
 『束縛から逃れる=自由(freedom)』だろ?」

「そうそう
 『freedom』って
 何にも縛られない自由って感じで
 『liberty』ったら
 法律だとか規制の中での自由。
 そんな分け方もするみたいだね」」

「まぁ、難しい話は分からないけど
 自由にも色々あるからね」

「それで考えると
 鳥や魚の自由って『freedom』だよね」

「そうだね
 で、人間は自然界では一番強いくせに
 人間の自由は『liberty』なんだよな」

「いや
 強いからこそ
 『liberty』でなきゃならないんだ。 
 人間には秩序が必要だし
 それが無ければ無法地帯になってしまうよ」

「それこそ、弱肉強食だな」

「うん。でも、それじゃ弱い者は生き残れない」

「あぁ、人間は野性動物じゃないからな」

「そう、人間には言葉と知恵と秩序がある。
 だから、色々な人間が共存していける。
 逆に言うと
 それらが無ければ
 人間じゃないって事になるよね」

「なのに、
 どうして争いはなくならないんだろうな?」

「それは多分
 『freedom』ばかり追い求めるからだよ。
 自分にとっての正義や幸せだけを主張して
 他の人の言葉に耳を貸そうとしないから」

「何とかの自由って、権利ばかりを主張してね」

「あぁ、そうだね。
 権利には必ず義務がセットのはずなんだけどね。
 でも、それを忘れてる」

「うん、権力を持てば持つ程・・・かな?」

「本来は
 権力を持った者が守らなければならないのは
 弱い者の自由のはずなんだけど
 権力を持つと
 自分の自由ばかりを守ろうとするんだよね」

「なんか、嫌だね。人間ってさ」

「だからって人間を止める訳にもいかないけどね。
 いくら鳥のように自由になりたいと思ってもさ」

「人間ってさ、人種や国籍が違っても
 1対1ならどんな人とでも友達になれるのに
 どうして
 集団や国単位になると分かり合えないんだろう?」

「そうだね
 『freedom』は共有出来ないかも知れないけど
 『liberty』なら共有出来るはずだよね」

「うん」

「お互いにちょっと不自由な中で
 お互いの自由を大切に出来れば良いのにね。
 その中で幸せを感じられたら
 それが一番に思えたら良いんだけど
 だけど
 それでも鳥のような自由を求めてしまうのが
 人間の本能なのかも知れないね」

「動物の・・・だね」

「『freedom』が幸せなのは自分だけなんだよね。
 みんなが幸せになる為に必要なのは
 やはり『liberty』なんだよ。
 みんながそう思えたら良いんだけどね」

「そう考えるとさ。
 自由って本当は何なんだろうね?」

「うん、多分ね。
 鳥や動物にとっては本能なんだろうけど
 人間にとって自由は≪理想≫なんだと思う」

「理想?」

「そう。
 人間が決して諦めてはいけない≪理想≫だよ。
 心から
 自分の自由と相手の自由を認め合う事が出来たら
 きっとみんなが幸せになれると思うんだ。
 それは言うほど簡単じゃないかも知れない。
 でも、決して諦めちゃいけない。
 だから、≪理想≫なんだよ」


これも The 北海道

本州、特に西日本の皆さんは
もう既に「桜」の事なんか忘れて
ゴールデンウィークを満喫しているでしょうか?

北海道では、
この5月に入って札幌、帯広、旭川と
各地で桜が咲き始めています。

17-05-05-330.jpg


桜のみならず、
水仙、クロッカス、コブシ、ツツジやレンギョウにチューリップ、
もちろんタンポポも一斉に咲きだしました。

花の咲く時期や順番って、
それぞれの土地で違うんでしょうが、
ここ北海道ではみんな一斉です。

本州の皆さんからしたら
「季節がメチャクチャじゃん」
なんて思われるでしょうが、
こ れが the 北海道 です!(笑)

そんな風に
花の咲く時期だとか咲く種類なんかでも
土地柄ってありますね。

咲く花を観て故郷を懐かしむなんて事もね。

ゴールデンウィークで帰省されている方も多いんでしょうね。
あなたの故郷は今、どんな花が咲いていますか?

ゴールデンウィークも残りわずか、
事故や怪我なんかに気を付けて良い休日を過ごして下さいね。

あっ、仕事の方は無理せず頑張って下さいね!


GW2017

今年も時はGWのまっ最中。

1日、2日と休みを取って
9連休なんて方もけっこういるようですね。

私もその2日間休みを取る事も可能だったのですが
なんせ、仕事が大好きな私。

真面目にカレンダー通りに仕事をします。

えっ?

「そんなに家にいたくないのか?」

ですって?

い、いやいや、そ、そ、そんな訳では・・・
多分・・・ねぇ?

までも、確かに
娘らが小さかった頃は
けっこう、あっちこっちそっちと
やれドライブだとかキャンプだとか
連休に限らず何かに付けてお出かけをしていたものですが
娘らが大きくなると
もうそんな事も少なくなってきました。

長女は図書館司書をやっているので
休みはシフト制で不定期で連休も関係無しで
次女は次女で休みも無しに部活三昧。

そんな中で私が一人9連休にしたってねぇ~

家でゴロゴロしていたら
誰かさんの冷たい視線を浴びるだけですし
それなら会社に行っていた方がねぇ~


「やっぱり家にいたくないんだね?」

えっ?

な、な、何を人聞きの悪い・・・
そ、そんな訳・・・では・・・決して、多分・・・

「じゃ、奥さんと二人で何処かに出かけたら良いじゃん?」

な、何を恐ろしい事を!

「おや、本音だね?」

い、いや・・・本音なんかじゃないよ。
単なる心の声・・・あっ、いやいや!

単に私が仕事が好きなだけですってば。

あー、恐ろしい!
考えただけで背筋が・・・ゾゾゾ。

「ニヤリ」

な、な、何だよ?

「別にぃ~ フフ」

何だよ?
その意味深な笑みは。

「別に(ニヤニヤ)」

お前、相変わらず性格が悪いな。

「まぁ、せいぜい頑張って働いたら良いさ」

言われなくても頑張るさ。
なんせ、GWだからな!

「GW?」

頑張れ、私!(Ganbare Watashi)

「ま、色々とってとこかな? ご苦労さん、笑笑」

ご苦労さん、笑笑?
・・・って、GW返しかい?

放っとけ!


ともあれ
9連休取れる人、取れない人。
そもそも連休なんて関係無いよって人。

予定はともかく良い毎日を過ごしましょ!

そして
頑張っている自分自身に言ってあげましょう。

ご苦労様、私!

なんてね。


冬は見慣れていた薄灰の空も
この季節にはもう懐かしくさえ思える

見上げれば
まだ葉を持たぬ白樺の大木が
春を目掛けて思いっきり延ばした枝に
薄灰の空はまるで
白い花を咲かせているかのように拡がる

やがて
白樺の大木に本当の若緑の葉が満ちる頃には
空の色も青を深くしていくだろう


一陣の南風が吹くたびに
野は緑に空は青に色を染めていく

冬の色はやがて、春の色に

当たり前のように移り変わってゆく季節の糸目

だが、それは決して当たり前などでは無い

昨日があって今が有るからこそ
それらに巡り逢えるのだ


今この瞬間も季節は確実に色を変えている

だが
見えている色は人によって必ずしも同じとは限らない

しかし
今見えている色などどうでも良いことなのだ

幸福も不幸も
明るい色も暗い色も
明日も昨日も
全ては
今この瞬間に繋がっている運命の連鎖に過ぎないのだから


季節が変わるように時が流れてしまえば
どんな風景もやがては懐かしい風景に変わるだろう

今この時に諦めてしまわなければ
又、いずれ次の季節の糸目を見ることも出来る


今見ている色
見えている色は決して普遍的なものではない

気持ちひとつで何色にでも変るのだ

例え、昨日がどうだったにしても
今日がどうでも


やがて来る明日・・・

その時に見える色を想像してごらん



沈黙は金か?

「今は黙っていた方が良いかな」

そう思う時は


<言ってもしょうがない>

<言うのも面倒>

<言わない方が得策>

<余計な事は言わないでおこう>

<口を出すと話が余計にややこしくなりそうだ>

<ちょっと様子を見てからにしよう>

<言い返すと火に油を注ぐ事になりそう>

<今は黙って見守ろう> etc・・・


そんな風に

相手に対して冷めていたり諦めてしまっている場合

周りの状況を冷静に考えて判断する場合

関わりたくない場合

相手を尊重して見守る事を選択する場合、等

状況や相手によってニュアンスは変わりますが
良くも悪くも黙っている事を選択する時です



『沈黙は金』と言う言葉がありますが

「黙る」と言う事を
上手く出来る人もいれば
性格的にか出来ない人もいます

どちらも器用に使いこなせる人もいるでしょうね

要領が良いとも言いますけどね(笑)


そう言えばだいぶ以前に

某ビール会社の就職面接で面接官に質問をされた時
「男は黙ってサッポロビール」←某になってない(笑)
と当時のCMを上手く使って
就職試験に合格した人がいたんだとか

これは最早、大昔の都市伝説かな?


それはともあれ

人間同士としての
<コミニュケーション>と言う事を考えれば
当然、会話があってこそそれは成り立つものだけど
場合によっては
「黙る」と言う事も
事情とタイミングと相手によっては
ひとつの選択肢なんだと思います


正論で言えば
相手に対して沈黙すると言う事は
逃げだと捉えられるかも知れません


何より

会話が弾めば、もちろん楽しいし
それだけ相手を知る事も出来ます

例え、嫌な相手だったとしても
もしかしたら
新しい一面を発見出来るかも知れません

そしてまた

相手を通して違う考え方を知る事は
自分にとっても有益な事になるのですから



でも

例えば、お互いの言葉がぶつかってしまうと
それは争いの種にも成りかねません


時として

言葉を使うが故に感情的なってしまうのも
それもまた人間でなのです


議論の最中に
どちらかが感情的になってしまうと
最早それは議論ではなくなってしまいます


時には押し、時には引く


そんな風に
沈黙を上手くクッションのような使い方が出来れば
それ以上、状況を悪化させないで済むかもしれませんね


ただ

それは言う程、容易い事ではないのですが・・・


サラリーマンにとっては
宿泊出張と言うのは
特に珍しい話でもなくて
人によっての頻度はともかく良くある話です

良くある話ではありますが
それはそれでサラリーマンにとっては
或る種の非日常的要素も多々ある訳でして
トラブル処理とかの為の出張でもないかぎり
大概の場合はそれは嬉しい仕事のひとつなのです


だいぶ以前のCMにありましたが
「亭主元気で留守が良い」
これは奥方が
亭主のいない間は家事にも手が抜けるし
何よりくたびれた亭主の世話をしなくて済むのだから
「出張? ラッキーやん♪」
ってなところなんでしょうが
「ラッキー♪」
と思っているのは声には出さずとも亭主も同じでして
気持ちは晴れ晴れと気分は爽快
羽を大きく広げて心は伸び伸びハッピーなのです

<誰>に<何>の気兼ねも遠慮もせずに
自由を謳歌出来る訳ですからね

それはもう
例え、1泊の出張と言えども断る理由はありません

天国に行きたがらない人はいないでしょ?


までも
いくら羽は伸びるとは言っても
だからと言って
みんながみんな不埒な妄想を抱いている訳でもありません

まぁ、何を以て「不埒」と言うのかは
それはまぁ、人によっても違いますので
ここでは特にアレやコレやソレや詳しく書きませんが


例え
誰かが極秘ミッションを企てていたとしても
それは多分に
国家をも揺るがす(?)トップシークレットでしょうから
敢えてそれを暴く事もしないでおきましょう

「疑わしきは罰せず」

これは法治国家に於ける刑法の基本的な理念ですしね


・・・で
何の話でしたっけ?


そうそう!

「亭主元気で留守にしたい♪」
って話でしたよね? 確か?


えっ? わ、私・・・ですか?


いやいや
私なんかはもう真面目一辺倒でして
出張を下命されましたら仕事一途ですから・・・

な、な、何を?

・・・ねぇ?


いや、だって仕事なんですから
サラリーマンだったら断れるはずもないですからね


と、言うことで
今週の金曜日は久しぶりに札幌出張です

まぁ、1泊と言うのが多少物足りない・・・いやいや

仕事ですからね
会議だけとは言えそりゃ頑張ってきますよ

真面目な顔をしてね(ソワソワ)



(ま、どうせ口ほどにもなく
 ただ、行って泊まってくるだけなんだろうから
 せめて心だけでもノビノビしてくれば良いっしょ)
          by 影の声


お、お見通し・・・ですね?
あは、あはは、あは・・・


名言や格言を辿ってみると
”人生”は実に様々なモノに例えられています


中でも多いのは
「道」とか「山」「坂」とか「旅」ですが
他にも
「学校」とか「一杯のスプーン」だったり
辿れば辿るほど色々な例えに出会えます

不肖、私なんぞも
ネタに困るとそんな例え話を書いたりしますが
いやいや、それはさておき(笑)


そんな中で見つけた言葉です

アプローチは全く同じなのですが
続く言葉が違うものがありました

両方共
同じ発想なのでしょうが
続く言葉が違うと言うのは
考え方(個性)の違いなのか
あるいは
一方の考え方に対するアンチテーゼなのか?
インスパイアーされたものなのか?
リスペクトなのか?

どちらの言葉が先だったかは
実は定かではありませんが

いずれにしても
面白いと思ったので
紹介させていただきます



Life is like an onion.
You peel off layer after layer
and then you find there is nothing in it.

人生はタマネギに似ている。
一枚一枚皮をむいていくと
中には何もないことに気付く。

*ジェームズ・G・ハネカー
 (James Gibbons Huneker 1860-1921)
 アメリカのエッセイスト、音楽批評家


これは多分
生きる事に意味が無いとか
死んだら何も残らないとか
そう言う事ではなくて

タマネギの皮一枚が一年なのか
あるいは、”何かをする”と言う事なのか
それはともかく
皮をむいた後の結果よりも
皮をむくと言う
その過程こそが生きると言う事

そう言う事なのでしょう



Life is like an onion.
You peel it off one layer at a time,
and sometimes you weep.

人生はタマネギのみたいなもの。
一枚一枚皮をむいていき
そして時に涙ぐむ。

*カール・サンドバーグ
 (Carl Sandburg 1878-1967)
 アメリカの詩人で、作家、編集者


これもまた
人生そのものですね

タマネギの皮の一枚、一枚が生きてきた証

つまり、そこには想い出が存在するのです


でも
私ならこれに付け加えて

”だが、出来あがった料理は
 食べたみんなに幸福な笑顔をもたらす”

そんな言葉を続けたいです

英語表記は書けませんが(笑)


タマネギは甘くもあり、ほろ苦くもあり
まさに人生そのもののようです

タマネギの皮をむいていけば
芯は段々と小さくなってしまいますが
そのむいた皮の1枚、1枚が
美味しく料理を彩ります

何より

美味しい料理は
食べた人を幸福にする事が出来ますね


そんな風に人生も生きられたらと思います

この歳になって今更とも思いますが
今更を<今後も更に>と思えば
それは有りですよね


確かに人は

社会の中の無数に存在する歯車の
自分では
どれかさえも解らない
小さな歯車のひとつなのかもしれない


歯車は
回り続けていると金属疲労を起こして
ひびが入ったり欠けたりする

疲弊してくると滑ったり引っかかったりする

そのうちだんだんと鈍くなって動かなくなったりする

どんなに小さな歯車でも
そのひとつが欠けてしまえば機械は動かない


でも、人間の社会は別なんだよね

たったひとつの歯車が欠けたって
すぐに又
何事も無かったかのように社会は回り始める

そして忘れられていく


一人の人間なんてそんなものかもしれない

社会全体の中でみたらね


でも、ボクたちは知っている


「人は知れず誰かの役に立っている」とか
「微力は無力ではない」とか
そんな言葉があるけど

そうなんだ

人はみな、歯車ではない自分を持っているんだ

一人一人の存在意義がそこにあることも
小さなプライドが社会を動かしていることも

ボクたちは知っている



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