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夢の汽車に乗って さらば青春 ~ちょっとだけの未練を残して~
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yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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中学二年の時
テレビ・・・確か某国営放送だったと思うが
初めて吉田拓郎がギターを弾きながら歌っているのを見て
田舎のスポーツ少年だった私は衝撃を受けて
「どうしてもギターが弾きたい!」と一念発起。

正月に街に出たのを機会に初めて楽器店に行きギターを買いました。

とは言え、中学生で買えるモノなんてたかが知れています。
手持ちの現金はお年玉を少しづつ貯めた一万円。

当時、一ヶ月の小遣いが五百円だった私にとっては大金でした。

ところが、いざ楽器店に行ってみると
フォークギターは当時でも一万五千円以上していたので泣く泣く断念して
とりあえず八千円のガットギターを買いました。

(アコースティックギターを当時はフォークギターと呼んでいました。
 ガットギターはいわゆるナイロン弦のクラッシックギターです)

それでも嬉しくて家でずっと弾いていたのを覚えています。
明星の歌本でコードを覚えながら、ただジャラーンとかき鳴らすだけでしたが。


やがて、高校に入った頃はフォークソングの全盛期でした。

(フォークソングは
 ユーミンがデビューをした頃からニューミュージックと呼ばれるようになり
 いつからか今ではJポップに括られていますね)

高校生になると下宿の先輩や同学年の下宿生に刺激を受けて
私は益々ギターにのめり込んで行きました。
アルペジオとかスリーフィンガーなんて弾き方を覚えたのもその頃です。

すると、どうしてもフォークギターが欲しくなります。
それで初めてフォークギターを買いました。
アメリカのメーカーのギターをコピーした国産メーカーのギター。
値段は二万五千円でした。

(これは四十三~四年前の話ですが
 このギターはバンド仲間が今でも大事に所有してくれています、多分)

だんだんと弾けるようになると今後はもう少し良いギターが欲しくなって
それから一年も経たずに次は五万円の国産ギターを買いました。

そして、大学受験を控えた高校三年生の夏休み。
下宿生数名とバンドらしきものを組んでコンサートを開きました。

市民ホールの小ホールでした。

普通、高校生バンドと言えば学校祭がメインステージでしょう。
そこから場合によっては
ライブハウスに出させて貰ったりと言うのが普通でしょうが
何を血迷ったのか?
いや、何も判らないまま、とにかくコンサートがやりたくて
市民ホールの小ホールを貸し切ったんです。

(ホールの方も良く貸してくれたと思います。感謝)

それでも下宿には
市内の女子校を除く公立、私立ほぼ全ての高校に通う下宿生がいて
同級生が出るからと、半ば強制的に?(笑)
みんなして手売りでチケットをさばいて
収容人数が四百人ほどのホールに二百人以上は来てくれたでしょうか。
なんと赤字を出すこともなく、コンサートは大成功。

(と、思って舞い上がっていたのは本人達だけだったかもしれませんが)

もう一度、書きますが・・・

一部後輩もいましたが
この時、私達は受験を控えた高校三年生。
しかも大事な夏休み。

この頃からでしょうか?
私の妄想癖とか現実逃避癖が強くなったのは?

と、しか思えませんでしょ?(笑)

普通はここで終わりです。

「あー、高校最後の夏休みに良い思い出が出来たなぁ-。
 良し、今度は受験勉強を頑張るぞーーー!」

しかし、私達が頑張ったのはフォークソングでした。

(現実逃避、みんなですれば怖くない?(笑))

高校三年の冬。

受験までは二ヶ月を切った頃です。
普通は受験勉強の最後の仕上げに集中をするべき時期です。

その時期に私達は二度目のコンサートを開きました。
同じ市民ホールの小ホールで。

時は十二月二十三日。
クリスマスイブの前日なので「イブイブコンサート」と銘打って。

当然、受験なんて上手くいくはずがありません。
みんなして現実逃避していたんですから?

みんな第一志望はことごとく全滅でしたが
何とか第二志望とか第三志望には引っかかって
卒業後にはメンバーみんな離ればなれになることになりました。

で、「最後にもう一度コンサートをやろう!」

誰が言い出しっぺだったかは忘れましたが
みんなに依存があるはずはなく
又々、市民ホールの小ホールを貸し切って
卒業式の前日に高校最後のコンサートを開きました。

もしも、たったひとつ自画自賛が出来るとするなら
三回のコンサートのどれも大赤字にならなかったこと・・・かな?


(この辺の詳しい経緯やエピソード、その後のことに関しては
 ホント色々あったので、いつか小説にしたいと構想を温めています。
 もう十年以上温めっぱなしですが・・・
 仕事が定年になって時間が出来たら書きたいと思っています。
 それまでは惚けて記憶が無くならなきゃ良いのですが(笑))



ともあれ、そんなこんなで始まった私の青春。
イコール、私の数々のバンド遍歴、そして楽器遍歴でもあるのですが
いったい、今まででいくらくらい楽器につぎ込んできたでしょうか。

バンドもフォークソングの二人とか三人のユニットもやったし
その後の大学時代、社会人時代と経て
後には五人編成のオールディズバンドなどずっとやっていましたので
その都度、色々と買い足したり、買い換えたりで
いわゆるアコギ、そして後のエレキギターやアンプとか
エレキギターのエフェクターとか周辺機器の類い。

そういやマイクやPAなんかもみんなで買いました。
しかも、社会人になってからはみんな高価な楽器類を買っていました。
そんなこんなを全部合わせたら、おそらくは・・・・内緒(笑)

(旧メンバーのご家族がこれを読んだら家族会議になるかもしれません。
 みんな、それくらいつぎ込んでいましたからね。
 なので、金額は内緒。推定金額も内緒です(笑))



が、しかし。

色々あってバンド活動が休止をして早十数年が経ちました。
アコギならともかく、
家の中でエレキギターをアンプを通して弾くなんて出来ません。

なんせ、今の私はマスオさん(笑)

大音量で「ギュイーイイーーーン!」なんか弾いていたら
義母なんかは卒倒してしまいかねません。

在庫はアコギが二本、エレキギターも二本
加えてギターアンプに周辺機器等があるとかさばって場所を取ります。
とても家には置かせ続けては貰えません。

私の青春そのものでもある楽器群も音楽に興味の無い家人からしたら
ただの場所ドロボーくらいにしか思って貰えないのですから。

そこで中学二年生の時以来の一念発起?(笑)

大学二年生の時(今から四十一年前)に買った
アメリカ製のアコギ(当時の購入金額二十五万円)を一本だけ残して
後は全て楽器店に買い取ってもらいました。

(私を知る当時からの友人にしたら衝撃の告白だよね?(笑))

この一本だけギターを残したところが
いわゆる表題に書いた未練の部分でして。

家人には

「あんたが死んだら棺桶にそのギターを入れてやりたいけど
 今は燃えないモノは入れちゃダメなんだよね。」

と、超リアルな話をいやみたらしくされた訳ですが・・・


が、しかぁーーーし!
そんなことでめげる私ではありません(笑)

実は今、密かに欲しいと思っているアコギがありまして(笑)

今回の処分はその為の下工作と言うか費用捻出の為。

欲しいのはアメリカ製の有名ブランドG社のアコギです。

(つい何ヶ月か前に負債問題がニュースになっていた、あのブランド)

昔から憧れていたのと、最近良いなと思っている二機種があるのですが
高い方は新品だと四十数万円、安い方でも三十万円程度はするのです。

先日、札幌に行った時の楽器店を覗いてきましたが
さすがに新品は大きな悩みになりそうなので
最近は毎晩のようにヤフオクを覗いています(笑)

なんかねぇ~

いつか衝動的に<ポチッ>としてしまいそうです。
そんな時は誰か私を止めて下さいね(笑)

そして、こうも思っています。

仮にいつかバンドが再開出来るようになった時は
又、エレキギターとかアンプは買い揃えれば良いだけです。

ヤフオクで(笑)



さてさて、私の<青春騒動?>はどうなるでしょうか?

ひとつ言えることは

まだまだ青春におさらばなんかするもんか!(オー!)


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