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夢の汽車に乗って 人生が二度あれば

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yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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人生が二度あれば

五年間の闘病の末に
母が亡くなってもう二十五年が過ぎました。

その後、七十歳を過ぎて父は再婚をしました。
相手は母とは全く正反対の女性で
私は当初反対をし続けていたものの
結局は父の気持ちを尊重して認めざるを得ませんでした。

その父も一昨年の晩秋
数ヶ月の闘病の末に八十二歳で亡くなりました。



先日、実家のあった町に
お盆を前にお墓の掃除をしに行って来ました。

掃除が終わってお墓に手を合わせながら
人生について考えました。

私のではなく父や母の人生について。


考えたら
私は父や母の人生、特に若い頃をよく知りません。

どんな夢を持ち、何がしたかったのか?
そして、それらはどうなったのか?

本当はどんな風に生きたかったのか?


私にとっては
父や母は私が産まれた時から父と母で
知っているのはお見合いで結婚をしたことくらいです。

そして、それぞれの実家の様子と
それぞれ祖父母がどんな人だったかとか
私が子供の頃の断片的な記憶の他は
叔父さん、叔母さん達との会話から垣間見える昔話くらいで
例えば
父と母が付き合い始めた後
どんなところでデートをしていたとか
どんな風に結婚を決めたのかとか
父と母はどんな想いだったのかとか何も知りません。

確かに、そんな細かなところまで
いちいち親に報告はしなかったでしょうし
それに、それはきっと
本人達だけが知っていれば良いことなんでしょう。

それはそれで良いし
そこの詮索をするつもりはありません。


ただ、母がまだ闘病中だった頃に
一度だけ、そんな様子を垣間見る事ができました。

それは全くの偶然だったのですが
その時の事は以前『手帳』という記事に書きました。


 *夢の樹舎に掲載済み(下記、リンク参照)

  『 手帳 』

私の拙い経験からも解りますが
人生には喜びもあれば悲しみもついて回ります。

どんな関係の仲であれ
仲良く過ごす時間もあれば
ちょっとした事でケンカをしてしまう事だってあります。

どんな人の人生にも山や谷は幾つもあって
頑張れば乗り越えられるモノもあれば
中には乗り越えられずに挫折をしてしまう事もあるでしょう。

満足感だったり後悔だったり
それら全部をひっくるめて
「幸せだった」と、人生の最期に笑えたら
それはきっと一番の幸せなんでしょう。

そして、もし・・・

もし、最期の時が来た時。

そんな幸せを分かち合った者に
看取られて逝く事が出来るなら
少しは辛かった事や哀しかった事も
忘れて旅立てるのでしょうか?


父と母の人生は幸せだったんだろうか?

井上陽水の「人生が二度あれば」の歌詞が
頭の中をぐるぐると駆け巡ります。

バカな一人息子の為に生きた半生も
もし、人生が二度あれば
その時は自分の為に生きたいと願っているのでしょうか?

父や母に訊けば訊ける時はあったのに
結局、訊けないでいたのは
答えが解っていたから・・・かな?


大して親孝行ではなかった私の唯一の救いの言葉。

それは

「一番の親不孝は親より先に逝く事だ」

その点においてだけは
どうやら一番の親不孝はしなくて済んだのです。


そして今
同じ問いを自分に投げかけています。

「人生が二度あれば?」


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