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夢の汽車に乗って 滅多に書かない真面目な話 ~安保法案~

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yumenokisya

Author:yumenokisya
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 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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例の安保法案ですが
私は100%反対はしません。

反対はしませんが
今回のやり方には100%反対をします。

現在の世界情勢諸々を考えると
最早、日本だけが
<お金を出せばそれで良い>
と、いう時代ではありません。

それは確かです。

でも、だからといって
時の内閣(与党)の法解釈次第で
何でも出来るという考え方は
どう考えたって絶対に間違っています。

採決の後、主要閣僚が
「強硬採決ではない」
と、言っていましたが
誰がどう見ても
あれは強硬採決以外のなにものですありません。

多くの憲法学者も反対をしていましたが
それ以上に
多くの国民の理解が得られていないのですから。


私は憲法は元より
法律というのは国語ではないと思っています。

それが小説であるなら
読み手の感性や読み解き方で
その作品の解釈や感想が変わるのは当たり前です。

でも、法律は小説ではありません。

法律はむしろ数学なのです。
で、あるべきなのです。

誰がどう読んでも、どう解釈をしても
そこに書かれている言葉の意味(答え)は明瞭です。

法の安定性とはそういうことだと思っています。

ところが今回は

「1+1=2である」と書いてあるのに
「1+1=田でもある」と
まるで
ナゾナゾの答えのような解釈をしているに等しいのです。


ましてや
自衛隊員の身に何かあった場合は
保証を手厚くしたらそれで良いという問題でもありません。

いったい何人の犠牲が出たら
政府や与党は考え方を変えるのでしょうか?

それでも一旦走り始めたものは止められないのでしょうか?


法律には時代が変わっても
絶対に変えちゃいけないものがあります。
一方で、時代に合わなくなったものは
例え、それが憲法であろうと変えるべきです。

本来、この安保法案は
解釈によって変えて良い性質のものではなくて
本当に時代が要求している法律なのであれば
堂々と改憲論議から進めるべきでした。

でも、正攻法で行っても
受け入れられないことが解っているので
「それじゃ解釈で変えちまえ!」

これが今回の本質です。


良く「現在は国際状況が・・・」
と、いうことを理由にして
安保法案を正当化しようとしている与党議員もいますが
それは法解釈を変えてでも何が何でも
国際貢献が第一優先だという根拠にはなりません。


正々堂々と
「おかしいものはおかしい」
そう言えない議員は日本には不要です。

おかしいなら「おかしい」と言えば良い。

その上で
何が問題なのか?
その為には何をどうしたら良いのか?

それを議論をして国民にしっかりと伝え
国民の信を得て物事を進める。

それが立憲民主国家の議員の在るべき姿だと思います。

国民の意見よりも
党議拘束が優先されるのはおかしいのです。

議員はあくまでも国民の代表なのですから。

国民は議員に全権を付託している訳ではありません。


それでももし
どうしても強硬をしようとするなら私は問いたい。

「あなたの息子や娘、或いは孫を自衛隊に入れますか?
 国の為に紛争地の最前線に行けと命令出来ますか?」

或いは、今回賛成をした議員の皆さんに言いたい。

「もし、自衛隊を派遣することになったら
 あなたが先頭に立って現地に行って下さい。
 そして、身を挺して自衛隊員を守って下さい。」

それが出来るなら
私は自分の主張を収めて逆に拍手を送ります。



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