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夢の汽車に乗って 卒哭忌(そっこくき)

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yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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亡父の百か日の法要で旭川に行って来ました


以前にも何度か書きましたが
私は中学を卒業してから
今日に至るまで親と暮らしたことがないので
普段の生活は
父が生きている時と何も変わっていません

そのせいか
単に私が薄情なせいなのか
正直、普段の生活の中では
父が亡くなったという実感もさほどないのです

ただ

実家に行き
父の遺影を見ながら仏壇に手を合わせる時

「あー、やっぱりいなくなったんだなぁー」

なんて、しみじみ思うのです


四十九日の法要の後
お坊さんが説法の中で
法要の意味合いについて語っていました


法要というのは
亡くなった人を偲ぶと共に冥福を祈ることです

そしてまた

故人が設けてくれたご縁を再確認し
感謝の思いを新たに
自分自身を見つめ直す場でもあります


であるなら

法要をすることは
<自分自身の心にも区切りを付けていく>
ということなんでしょう

もちろん

それは<忘れる>ということではありません


手を合わせ故人に感謝をしつつ
普段の生活を精一杯送ること


でも

その<精一杯>というのが
一番自信がないところでもあるんですよね

なんせ

他人にも甘いけど
それ以上に自分に甘い私なのですから


『お前なぁー』

亡父の苦笑いが目に浮かびます


までも

自分らしく・・・で良いよね

(やっぱり自分に甘い奴(笑))





(注)卒哭忌について

百か日法要は卒哭忌(そっこくき)とも呼ばれ、
この百か日法要をもって、
残された遺族は
「哭(な)くことから卒(しゅっ)する(=終わる)」
つまり
悲しみに泣きくれることを止める日であることも意味する。



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