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夢の汽車に乗って ネコと仔猫と僕達の日々 その2(全3章) ~珈琲茶房<扉>の物語2~

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yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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厨房は火も使うし、油も使えばお湯も沸かすので
まだ慣れていないチーには危険だから何処でも勝手に歩かせる訳にはいかないと
マスターはチーを部屋に入れたままドアは閉めていた。

チーは部屋の中をウロウロと探検する以外は
ベビーバスケットの中で丸くなって寝ていた。
それでも、ドアが少しでも開いていようものなら
ドアの隙間から顔を半分覗かせて<ミャーミャー>と鳴いたり
手を隙間に入れてはドアを開けようとしてマスターを困らせていた。

まぁ、困らせると言っても
もちろんマスターは本当には困ってはいなくて
むしろ、そんな話を自慢気に僕達に話して聞かせた。

「今日さ、チーの奴がね」

「チーったらさ」

僅か数日のうちにマスターはスッカリとニヤけたお父さんの顔になっていた。
もっとも、本当にも隆弘クンのお父さんではある訳だけど。


チーがまだ店デビューをしていないからか?
招き猫効果はさほど現れずに珈琲茶房<扉>はいつもの平常営業を続けていた。

ただ、その効果は僕達常連には既に現れていて
ネコはもちろん、僕と里美も毎日店に顔を出すようになっていた。
でも、注文するのはいつもブレンドコーヒーばかりだったから
果たしてどれだけ売上アップに繋がっていたのは定かではないけど。

それから、もう一人。


マスターの奥さんは駅前のビルでブティックをやっていた。
ブティックは午後七時までの営業なので
奥さんは今までは店が終わるとすぐに帰宅をして
隆弘クンにご飯を食べさせ、残っていた家事をしていたので
喫茶店の方にはほとんど顔を出す事は無かったのだが
チーが来て以来、店が終わって帰宅をする前に必ずここに顔を出すようになっていた。

「あんなに今まで店に顔を出さなかったのにさ。
 チーが来た途端にコレだよ」

奥さんが家に戻って行ったのを目で追うとマスターはボソッと呟いた。
でも、その顔はまんざらでは無さそうだった。



今夜もカウンターには僕と里美が座っていた。
ネコはと言うと、いつも店に来るなりすぐにチーのいる部屋に籠っていた。

本当は僕も一緒にチーの顔を見に行きたかったのだけど里美に釘を刺されていたのだ。

「ネコが出て来たらね。それまではネコの邪魔はしないでおきましょ」

「本当はネコちゃん、自分で飼いたいんだろうな」

「そうね」

僕の言葉に里美が相槌を打った。


「そう言えばさ」

そこにマスターが割り込んできた。

「そろそろチーを予防接種に連れて行こうと思うんだ。
 何か病気があるといけないし、いずれ店の中を歩くようにもなるだろうからさ」

「そうだね。必要かも」

「何処か良い動物病院を知ってる?」

「動物病院? んー、今まで縁が無かったからなぁー」

「ネットで調べてみる? 口コミとかさ。もしかしたら評判も解るかも」

「そうだね。頼んで良いかい?」

「オーケー」


僕がスマホで調べていると里美が覗き込んできた。

「どれどれ? 何かある?」

「今、開いたばかりだよ。ちょっと待って」

「んもう、じれったい!」

「待って、待って。 あっ、これどう?
 口コミを読むと評判はけっこう良いし
 何より、ここからだと車で十五分くらいで行ける場所だよ」

「ねぇ、見せて」

そう言うと里美は僕からスマホを奪うように取った。

<里美って案外短気なのかな? 結婚したらやっかいかも?
 えっ? 結婚? このままだと、そうなるのかなぁー>

僕は知らずにニヤけていたようだ。
マスターと里美が不審そうな顔で僕を見ていた。



次の月曜日の定休日にマスターがチーを動物病院に連れて行く事になっていた。
その日、仕事に追われていた僕はマスターからのメールにも気づかずにいた。

仕事を終えた僕は車に乗り込むと何げなくスマホに目が行った。

<そう言えば、今日は忙しくて開く時間も無かったな>

と、スマホを立ち上げるとメールが一通入っていた。
マスターからだ。

≪今夜店に来れる?≫

それしか書いていなかった。

<何だろう? チーの事かな?>

嫌な予感がしたが、これだけではどうにも解らない。
とりあえず、エンジンを掛けると僕は店へと急いだ。


珈琲茶房<扉>の扉には
『CLOSED』の看板が掛かっていたが店内の灯りは点いていた。

扉を開けて中に入ると黒い小さな何かが足元から走り去った。

「おいおい、脅かしちゃダメだよ」

笑いながらマスターがチーを追いかける。

「ほらっ、チー。大丈夫だよ。優しいお兄さんだから」

「マスター?」

「あっ、ごめんごめん。休みの日くらいは少し広い所で遊ばせようと思ってね」

「なんだ、それで誘ってくれたの?」

「ん、まぁ・・・それもあるんだけど」

マスターの言葉の歯切れが悪い。

「どうしたの? 何かあった? チーの事?」

「うん、まぁ・・・
 もう少ししたら里美ちゃんもネコちゃんも来るから、それから話すよ」


それから程なくして、里美とネコがやって来た。

「こんばんは。マスター、話って何?」

入るなり、ネコが口を開いた。
すぐにチーが寄って行ってネコの足元にスリスリした。

「あらっ、チー! ここにいたの? 気が付かなかったわ」

そう言いながらネコは満面の笑顔でチーを抱きかかえた。

「さすが、チーはネコちゃんには寄って行くんだね」

マスターはそう笑いながら僕を見た。

「はいはい、どうせ僕はチーに逃げられました」

「まぁ、命の恩人だからしょうがないよ。ネコちゃんは特別なんだよ」

「僕だって、チーのトイレとか買いに行ったんだけどなぁー」

「文句は言わないの。仕方ないでしょ? ネコはチーのお母さんなんだから」

里美が僕を諭すように言った。

「で、マスター。話って?」

「うん。とりあえず座ってよ」

マスターはカウンターに僕達を手招きすると
いつものコーヒーカップを用意して、そこにコーヒーを注いでくれた。


三人はマスターを注視して出てくる言葉を待っていた。
チーはネコの膝の上で今にも寝そうな感じで目を閉じて丸くなっていた。


「今日さ、チーを動物病院に連れて行ったんだけどさ」

静かにマスターは話し始めた。



「あの、猫の予防接種をお願いしたいんですけど」

「いらっしゃいませ。こちらは初めてですか?」

「あっ、はい」

「それでは、こちらに記入をお願いします」

受付の女性は極めて事務的に問診票を差し出すと
内容の説明をし、それからボールペンを渡してくれた。


問診票を書いて受付に出すと
マスターは待合室のソファに腰を下ろした。

「ちょっと大きかったかな。
 チー、居心地はどうだい?」

横に置いたキャリーバッグを覗き込むとチーに声を掛けた。

ここに来る前に急いで買って来たので
大して大きさも気にしなかったけど
さすがに中型犬用のキャリーバッグはチーには大き過ぎたかも知れない。

『でも、すぐに大きくなるだろうし。
 第一、チーが成猫になるとどのくらい大きくなるのかも解らないしな』

「我慢してくれよな」

チーは不安気にマスターを見上げるとか細く<ミャア>と鳴いた。

「ごめんよ。もう少しの辛抱だからさ」


「遠藤チーさん」

十五分くらいすると名前を呼ばれて診察室に入った。


<遠藤>と言うのはもちろん、マスターの事。
遠藤完司・・・これがマスターの名前だ。

マスターは昔いたフォークシンガーの名前に似ているからと
あまり本名を明かしたがってはいなかった。

しかし、「カレーライス」を歌っていたフォークシンガーと
喫茶店でカレーライスを作っている名前の似たマスター。
何だか、共通点が面白いと僕達常連は密かにほくそ笑んでいた。
もちろん、不機嫌になるだろうからマスターには聞こえないように。


「よろしくお願いします」

そう言うとマスターはチーの入ったキャリーバッグを診察台の上に乗せて
バッグの入口を開けると奥で小さくなっていたチーを抱えるように取り出した。

「えーっと、『遠藤チー』ちゃんね? こんにちわぁー」

四十代の半ばくらいだろうか。
問診票に目を通すと
にこやかな笑みを浮かべた女医さんは
子供をあやすかのような仕草をしながらマスターに抱かれていたチーを撫でた。

最初は緊張からか警戒してか、マスターの腕の中で震えていたチーだったが
女医さんが声を掛けながら撫でているとすぐに落ち着いてきたようだった。

『さすがだな』

昔、隆弘が夜に急に熱を出した時に連れて行った小児科の医者も
愚図っている子供をあやすのが上手だったっけ。
その時も
扱い方が慣れていると言うよりは、やはり子供が好きなのだと思った。
子供は自分を好きな人と嫌いな人を本能的に選別していると何かの本で読んだ事があった。
きっと、動物もそうなのに違いないと改めて思った。


「今日は予防接種でしたね?
 特に気になっている事はありますか?」

女医さんはマスターに尋ねた。

「いえ、特には」

「そう。えーっと、どれどれ?」

女医さんがチーを触診していた。
その時。

「あらっ?」

「えっ? 何か?」

「あっ、いえ・・・ごめんなさい」

それからチーを抱きかかえると女医さんはしばらく色々な角度から見たり
あっちこっち触りながら何かを確かめてでもいるようだった。

「あの、何か問題でも?」

恐る恐るマスターは訊いた。
女医さんは優しくチーをキャリーバッグに戻すと逆にマスターに尋ねた。

「チーちゃんはいつから飼っているんですか?
 産まれた時から?」

「あっ、いえ。実は・・・」

マスターはネコがチーを拾って来た顛末を説明した。

「そう・・・」

女医さんは深く溜め息をつくとマスターにイスを勧めた。
それから女医さんは壁際のキャビネットから一枚のカルテのようなものを取り出してきて
マスターの隣のイスに腰を下ろした。


「お名前は申し上げられませんが」

そう前置きをして女医さんは説明を始めた。


「この仔は多分・・・私が三週間程前に診察をした仔猫に間違いありません」

「えっ? どうして解るんですか?」

プロに対しては愚問だと思いながらも訊かずにはいられなかった。

「先ず・・・毛並みね。
 同じような模様でも猫によって模様の入り方は微妙に違うんです。
 それから顔ね。人間の顔が違うように猫もそれぞれ顔立ちが違うんです。
 目の大きさとか丸さとか耳の立ち方とかね。
 それから、骨格。後ろ脚の蹴る強さとか。
 後、私的には肉球の触り心地かな」

「・・・」

「今まで何百・・いや、何万かな。
 色々な猫ちゃんやワンちゃんを見てきているので初めての子かどうかは大体解るんです。
 もっとも、人間がそうなように親子とか兄弟とか極めて似ている場合もありますけどね」

「はぁ・・・」

「あらっ、『それが何だ?』って顔ですね」

「あっ、いや・・・そんな」

マスターは自分の心が見透かされたかのようで恥ずかしくなった。

「だとすると・・・」

「はい」

マスターは胸騒ぎを押えながら女医さんの次の言葉を待った。


女医さんの言葉は予期せぬ唐突なものだった。

「猫エイズってご存知ですか?」

「えっ? エイズですか? いえ・・・えっ? まさか、チーが?」

「まぁ、落ち着いて話を聞いて下さい。
 エイズと言っても猫の場合にはそんなに珍しい事ではないんですよ」

『エイズ』と聞いて頭が真っ白になっていたマスターに
女医さんは淡々と説明を始めた。


猫エイズとは、
猫後天性免疫不全症候群(AIDS)や猫免疫不全ウィルス(FIV)感染症を総じて言い、
FIV(Feline immunodeficiency virus = 猫免疫不全ウイルス)に感染する事により、
猫及び猫属の哺乳類(トラなど)が引き起こす諸症状を指します。

生物は自己を他己から守る為に免疫という機能を持っていますが、
FIV感染後症状が進行すると、その免疫機能が駄目になってしまい、
元気であれば問題ない微生物等でも重い症状を出してしまったりします。
症状が進行した結果死に至る病が猫エイズです。

ですが、FIVに感染しているだけ、つまりFIVキャリアであれば、
普通の健康な猫となんら変わりなく生活を送る事が出来ます。
なのでくれぐれも、FIVキャリアと猫エイズ発症を混同しないで下さい。

FIVウイルスの主な感染経路は、交尾・ケンカによる体液の接触感染であり、
出産時の母子感染も確認されています。
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)と同じレトロウイルス科レンチウイルス属に分類されますが、
猫及び猫属に特異的なウイルスであり犬や人に感染する事はありません。


こんな専門的な話を一度聞いただけでは素人にはチンプンカンプンだったが
とりあえず、只事では無いと言う事だけはマスターにも解った。


「じゃ、チーは・・・猫エイズなんですか?」

「いえ、そうではありません。
 今の状態はただ<キャリア>であるだけですから」

「つまり?」

「えぇ、未だ発症はしていません。
 だから、当面は安心していても大丈夫でしょう」

「調べる事は出来るんですか?」

「えぇ。四週間前に検査をして三週間前に飼い主の方に結果を説明をさせて頂きました。
 検査方法ですが・・・」


これらの検査は主に血液を少量採取し、
専用の検査キットで検査する事により感染の有無を調べる事が出来ます。
二ヶ月以上室内飼育で他の猫との接触のない成猫では一回の検査で判断出来ますが、
注意しなければならないのは、
新しく迎え入れた猫や生後六ヶ月齢以下の仔猫の場合です。

FeLV(猫白血病ウイルス感染症)に関しては
どの年齢でも陽性の検査結果が出れば感染を示唆する事になりますが、
FIVの場合は少し事情が異なります。
FeLVの検査は感染しているウイルスそのもの(抗原)を検出しますが、
FIVでは感染したウイルスに対する体の反応(抗体)を調べています。
そしてこの抗体は母猫から子猫に受け継がれる事がありますので、
その譲り受けた抗体が検査結果に陽性という形で反映されてしまう事があるのです。

その為、生後六ヶ月齢以下でFIV検査の結果が陽性と出た場合には、
一歳齢前後でもう一度確認検査をする事が勧められます。
母猫から抗体を譲り受けただけの場合には、
その抗体が消失していきますので再検査で陰性になる事もあります。
その猫自身がウイルスに感染していた場合には再検査でも陽性と結果が出ます。
再検査で陽性と出た場合には、その猫がFIVに感染していると考えて良いでしょう。

また、いつ感染したかという時期も検査に影響を及ぼします。
FIVでは感染してから約二ヶ月後、FeLVでは感染してから約一ヶ月経たないと、
検査結果として反映されてきません。
検査の時期によっては、
感染しているのに結果が陰性として出てきてしまう事もあるのです。


「くれぐれも申し付けておきますが」

女医さんはマスターをシッカリと見据えながら続けた。

「先ず、猫エイズキャリアと猫エイズは違うものだとお考え下さい。
 猫にとって悲劇なのは、
 それらが世間で最も多く混同をして勘違いされている事なんです。
 猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズキャリア)と
 猫後天性免疫不全症候群(猫エイズ)とは別の病態と言うか
 言い換えたら、進行度の違いであるのに関わらず、
 同じ病気だと思われている方が多いのです。
 そして、同じ病気だと思われているがために、
 抗体検査で抗体が検出された時点で、
 猫後天性免疫不全症候群(猫エイズ)を発症していないのにも関わらず、
 <猫エイズの猫>と思われているんです」

「えっ? ちょ、ちょっと待って下さい。
 その・・猫エイズと猫エイズキャリアは違うんですか?
 進行具合の違い? って、事は同じ病気・・・ですよね?
 んー、すみません、何だか頭がこんがらがってます」

「そうですね。
 まぁ、確かに言ってみれば感染をしているだけなのか? 発症しているのか?
 そう言う事ではあるんですが、ここは明確に”区別”されています。
 FIV陽性だとしても、無症状のキャリア期と言うのが
 猫によって、感染をしてから発症まで四~五年だとか
 中には十年以上も発症をせずに天寿を全うする猫もいるんです。
 猫エイズのステージは四段階ありますが、
 それぞれのステージでの滞留期間もまちまちですし
 ひとつひとつのステージがとても長い猫もいますから
 発症してから一年以内に死亡する猫は約二十%で
 それ以降に関しては感染をしている猫もしていない猫も
 生存率はほとんど大差無いと言う研究発表もあるんです。
 だから、あまり悲観せずに、
 これからの毎日をどうやってチーちゃんと楽しく暮らすか?
 そう言う前向きな接し方をしてあげて下さいね」

「えーっと・・・」

マスターは混乱していた。

「すみません、確認させて下さい。
 チーは猫エイズウイルスのキャリアではあるが猫エイズでは無い?」

「えぇ、何度も言いますが。
 チーちゃんは今のところ、ただの<キャリア>なんです。
 しかも、チーちゃんの月齢を考えると
 母猫から抗体を受け継いだだけの可能性もあります。
 その場合は抗体は徐々に消滅をしていきますので再検査で陰性になる事もあります。
 なので、そうですね。半年後くらいにもう一度検査にお越し下さい」


女医さんはすごく丁寧に説明をしてくれたんだろうが
一度聞いただけで理解するのは素人には無理があった。
それでも、とりあえず・・・とりあえずではあるけど、
チーが今すぐどうなると言う状態ではないのは何となく理解は出来た。


「例えば・・・例えばですけど。
 もし、チーが発症したらどうなるんでしょう?」

「そうですね・・・一概には言えませんが
 数か月以内には亡くなってしまうでしょう」



マスターは説明を終えるとコーヒーを一気に飲み干した。
僕達は突然の事に声も出せずにいた。



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