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夢の汽車に乗って お盆に寄せて 2013 <親不孝息子の独り言>

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yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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今年も又、お盆の季節がやって来ました

一年に一度
親不孝だった自分を後悔する時でもあります

『何だい、一年に一度か?』

なんて言わないで下さい

これでも
当時は結構堪えていたんですから



<親孝行したい時に親は無し>

昔からそう言われていたのは
もちろん知っていました

でも
それが私に対する言葉だったとは
そんな事は考えてもみませんでした

「親孝行なんて、いつでも出来る」

そうやって私は
親の気持ちなど考える事もなく
ただ自分の好きな事だけをし
無為に時間を過ごしていたのです



母親が体調を崩して入院をする事になりました

私が二十六~七歳の頃です

いつでも自分の事より
私や親父の事ばかり気にかけていて
身体が調子悪かったのも
当然有ったであろう痛みも
ずっと、我慢をしていたんでしょう

検査をした時には
もうステージはかなり進んでいました

癌です


医者からは

「覚悟をしていて下さい」

そう言われました

ショックでした


「一度で良いから。
 せめて一度だけでも孫の顔を見せてやりたい」

せめて
一度だけでも母親に孫を抱かせてやりたい


仕事以外では
好きな事ばかりして遊び回っていて
親の事など何も考えず
結婚なんて
未だ、ずっと後で良いと思っていました

そんな私が
母親の病気が分かったからって
そうすぐに結婚なんて出来るはずもありません

その時は彼女すらいなかったのですから
孫どころか嫁の顔だって
見せてやる事は出来ないでいました


本当なら
その時に
真剣に結婚の事を考えておくべきでした


数か月の闘病生活の後
奇跡的に母親の癌は治りました

「これで五年経って再発しなかったら
 もう大丈夫ですよ」

優しい笑顔でそう伝えた医者の言葉は
私をホッとさせました

そして、ホッとしたバカ息子は
喉元過ぎれば何とやら

又、凝りもせずに
好きな事に夢中になっていて
結婚の事など眼中には無くなっていたのです


そして五年

母親の癌は再発をしました


「もって後、三ケ月くらいでしょう」

沈痛な面持ちでそう伝える医者

この時
私は本当に後悔をしました

でも
いくら後悔をしようが
何度、後悔をしたとしても
遅過ぎる後悔でした



実家から離れて暮らしている事を言い訳にし
娘らの部活だ塾だと言い訳をし
今に至っても私は何も変わっていないようです

実家に顔を出すのでさえ
正月とお盆くらいなもので
相変わらず親孝行らしい事は何も出来ていません

言い訳をするなら
後年、親父は再婚をして
今、実家には後妻さんがいるので
何となく
足が遠のいているという事もありますが

まぁ
でも、これは言い訳ですね

後は・・・そう

しいて言うなら
何とか自立をして生活をし
娘達を育てて
かろうじて離婚もせずに家庭を守っている事

それが親孝行と言えるかどうかは分りませんが



「自分が受けた恩はその人に返せなくても
 他の人に返すつもりで他人には親切にしなさい」

親の愛情は無償の愛だと言います

親になってみると良く分ります

でも
だからって
何も親に返さなくて良いと言う事でもありませんね

そうなんですよね

うん、分ってはいるよ
頭の中では・・・ね



このお盆
母親の二十三回忌の法要があります

多分、最後の法要になるでしょう

本当であれば二十七回忌、三十三回忌と続きますが
親父の年齢を考えて
一度区切りを付けようと言われています



あれからもう二十年以上経ったんだね

後、二年で母親の歳に追いつきます

でも
まだまだ私は
母の大きさには追いつけてはいません




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