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夢の汽車に乗って 桃の花をひと枝、飾る  ~2013~

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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2008年から
毎年この日に亡母の想い出を書いています

(過去に書いた話、及び、
 何故、命日でも無い3月1日のこの日に
 母を偲ぶ事にしたかについては
 私のホームページ
 『夢の樹舎』の中にエッセイとして載せています)




間が悪いと言うか
想いが空回りをすると言う事があります

今年はそんな話です



母の癌が判って
旭川医大で入退院を繰り返していた頃
私は車で3時間ほど離れた帯広に住んでいました

仕事をしていたので
実家に戻れるのは週末だけでした

元より
中学を卒業して以来
ずっと親元を離れて生活をしていましたので
親孝行らしい事は何もしていませんでした

その当時は結婚もしていなかったし
子供好きな母に
孫の顔すら見せてはやれませんでした

それが今でも一番の後悔なのですが・・・



週末に実家に帰って目にしていた父と母

甲斐甲斐しく世話を焼く父に対して
何故だか解りませんが
私は
「母の世話を焼くのは父の役目だろうし
 母もそれを望んでいるのだろう」
そう勝手に思い込んで
父に対しても妙な遠慮みたいなのがあり
顔を見せに実家に戻ってはいたものの
母に対して
大して何の世話らしい世話もしていませんでした


ただ、他愛も無い話をし
ただ、一緒に僅かな時を過ごす
せいぜい、そんなもので
むしろ
母の方が
「今日は何が食べたい?」
「何か困っている事はないかい?」
そんな風に
私の顔を見る度に私の世話を焼こうとし
私の心配をしてくれていました

自分が病床にいてでさえ
いつも、自分の事より
私や父の事ばかりを気にかけていた母でした


一度は癌治療も効果があって
退院の時、医者に
「これで5年経って再発をしなければもう大丈夫」
そう言われていた
そのまさに5年後に母は癌を再発しました


「残念ながら、保っても後半年でしょう。
 もしかしたら、もっと早いかも知れません・・・」


何も・・・まだ、何も恩返しをしていないのに?
何もまだ親孝行の真似事すらしてやれていないのに?



それからも
入退院を繰り返しながら治療を続けていた母

薬の副作用なのか
眠れない夜が続いていたようです

ある夜
実家に帰って二階で寝ていた私が
トイレに起きて階下へ行くと
真っ暗な居間のソファに母が座っていました

「どうした? 眠れないの?」

「こうして座っている方が楽なんだよ。
 寝ていても、何だか肩凝りも取れなくてね」

「そっか、どれ肩を揉んでやるよ」

「大丈夫だよ。こうしていれば楽だから。
 それより早く寝なさい。
 明日はまた長距離を運転して帰るんだから」



せめて、母の肩凝りを楽にしてやりたい

次の週末
実家に帰る前に私は電気店によって
ポータブルタイプの低周波治療器を買いました

何も親孝行らしい事が出来ていなかった私
せめてもの親孝行のつもりでしたが
その時は、そんな事くらいしか思いつきませんでした


その足で3時間かけて実家に戻り
早速その治療器を見せると
母は大袈裟なくらい喜んでくれました


得意満面に説明書を読みながら説明をしていく私

「まず、このボタンを押してね。
 それから、コレを・・・」

嬉しそうにその治療器を見ながら
私の説明を聴いている母

「どれどれ?」
と、一緒になって覗き込むように見ていた父

私は予想以上に喜んでくれた母の笑顔が嬉しくて
ますます得意満面に説明書を読み聞かせて行きました

ところが

一通り使用説明が終わり
いざ、使おうとした時です

ふと目にした注意事項のところで私は思わず言葉を

・・・失くしました


『【警告】
 この治療器は次の方は使用を控えてください。
   ~中略~
 血流が良くなった場合
 病気の進行を早める場合があります。

 ①***
 ②悪性腫瘍のある方。
 ③*** 』


年配者でも簡単に使える物
何処にでも持っていける物
肩凝りに効果がありそうな物

そんな事でしか品物を見ていませんでした


それまで饒舌だった私の言葉が
突然途絶えた事に母は戸惑いの表情を見せました

「どうしたんだい?」

「ごめん。これはお母さんには使えないんだって。
 これを使って血行が良くなったら
 逆に病気を早く進行させちゃうかも知れないんだって。
 ごめん・・・」

肩を落とす私に母は優しく言いました

「そうかい。良いよ、仕方ないもの。
 ごめんね、せっかく買って来てくれたのに」

「そうだよ。お父さんが肩を揉んでいるんだから大丈夫だ。
 これは病気が治ったら使えば良いさ」

そう助け舟を出してくれた父



正直、ショックでした

良かれと思って買って来たのに
いや
それが無駄になった事がショックだった訳ではなくて

私はいったい今まで何を見ていたんだろう?
私は母の何を知っていたんだろう?

愚か者の浅知恵とはまさに私でしょうか?


結局
その治療器は一度も使われる事もなく
数カ月後、母は他界しました



あれからもう20数年経ったけど
今でもあの夜を事を思い出すと胸が痛みます

思いやったつもりが
逆に思いやられていたばかりの私は
母の事、母の気持ちなんて
本当は何も解ってはいなかったんです

母が本当に私に望んでいたのは
あんな事じゃなかったんです

もっと、ささやかな事
もっと、普通の事
もっと、簡単に出来る事

バカだよね・・・

そんな事すら解らなかった当時の私でした


そんな胸の痛みを摩りながら
今年もまた
心の中に桃の花をひと枝飾ります



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コメント

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Re: タイトルなし

こめんとをありがとうございます。

そうですね。
想い出す事・・・それが何よりの供養になるんでしょうね。

感謝の気持ちを添えて。。。

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