Neko

夢の汽車に乗って 2018年05月
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プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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人生

人生って人が生まれると書きます

でも、生まれたことに理由を探してはいけません

生まれたこと、それ自体が理由の全てなのですから




人生って人が生きると書きます

つまりは

今、生きているこの瞬間こそが人生そのものなのです




人生って人と生きるとも読めます

元来、人は人と共に生きるように作られているのです

だから、足りない所は補い合えるように

様々な人が一緒に生きているのです




人生って人の生命のことでもあります

限りある生命を使い

そして、未来へと繋げていくことが人の役割です

だから、それを使命と言います


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いきなりですが

かと言って
私を知る人にとっては何の唐突感もないでしょうが
私は自他共に認める妄想族です。

私について多くの人はそう言い
そこにこそ私のアイデンティティーがあるのだと
私自身、一度たりとも疑った事はありません。



そんな私に或る日、弟子が尋ねました。

「先生。どうしたら上手に妄想が出来るんでしょうか?」

<なんだい、やぶからぼうに。何かあったのかね?>

「妄想が広がらないのです。
 私はずっと、自分は想像力が有る方だと自負していました。
 先生に弟子入りをして、先生の教えを受けて
 私は更に確信していたのです。
 心を解放しさえすれば、妄想は無限に広がっていくのだと」

<ふむ。で、そうじゃなかったのかな?>

「はい。先生は心は元来、自由なものだとおっしゃいました。
 例え、身体は色々な制限の中で生きているとしても
 心は何物にも縛られる事は無い。
 又、そうでなければならないのだと」

<ふむ。それが妄想の根源なんだからね>

「はい。でも・・・」

<でも?>

「気が付いてしまったのです」

<気が付いた? 何をだね?>

「妄想は無限なんかじゃないんだと言う事にです」

<ほぉ、それはどういう事だね?>

「つまり、自分自身に経験や体験が無ければ
 或いは、有ってもそれが浅ければ想像も妄想も出来ないという事です。
 妄想しようとしてもすぐに底が尽きてしまうんじゃないでしょうか?」

<うむ、なるほど。
 でも、その理屈だと人は経験を超えられない事になるんじゃないかね?
 果たして、本当にそうなのかね?>

「違いますか?」

<うむ。それではどうして人は発明が出来るのだろうか?
 誰も考えなかった事、考えても実現出来なかった事。
 でも、いつか誰かがそれを実現してきた>

「いわゆる、閃きなんじゃないでしょうか?」

<そう、閃き。人によっては天の啓示だなんて言う人もいるがね>

「はい。でも、それはホンの一握りの天才が為し得る事ですよね?」

<そうかも知れん。
 しかし、可能性は誰もが持っているんだとは考えられないかね?>

「でも、それはあくまでも可能性です。
 私みたいな多くの凡人は
 何の閃きも得られないまま一生を過ごすのではないでしょうか?
 その事に私は気が付いてしまったんです」

<本当にそうなんだろうか?>

「えぇ」

<私はね。思うんだよ。
 人は物事を決めつけてしまう事で世界を狭めてしまうんじゃないかと。
 出来ないと思えば出来る事も出来なくなってしまうし
 出来ると思えば、いつか閃きは必ず下りて来る。
 閃きって、そういうものなんだよ>

「それは、先生も天才だから言えるのではないでしょうか?」

<天才? この私が? まさか!>

「いえ、先生は間違いなく天才です」

<買いかぶって貰っちゃ困るよ。
 私は決して世にいう天才なんかじゃない。
 むしろ、凡人です。
 だからこそ、自由に妄想が出来るのだよ>

「どういう事ですか?」

<天才は妄想をもいつかは現実の物と出来るだろうね。
 でも、そうなるとそれはもう妄想ではなくなるだろ?
 しかし、凡人はただ妄想するだけなんだ。
 つまり、妄想はいつまで経っても妄想のままだということ。
 それこそが自由な妄想だと思わないかい?>

「言っている意味が良く判らないのですが・・・」

<つまり、言い換えればだけどね。
 天才は実現出来る程度の事しか妄想を出来ないということだよ。
 その点に於いて、凡人は実現の可能性など考えない訳だからね。
 より自由な妄想が出来るということになるんだよ>

「天才の妄想は科学者のソレで
 凡人の妄想は詐欺師のソレだということですね?」

<あはは、面白い例えだね。
 でも、それだよ。
 但し、詐欺師だって、ソレを本気で真実だと信じていなければ
 誰も引っかかる人なんていないだろうけどね>

「つまり、先生は本気で妄想をしていると?」

<そういう事になるかね。
 まぁ、実際のところ、そんなところまで考えていないのが
 正直なところなんだけど、言ってみれば
 そうだね、何事も制約を設けないというのが唯一の拘りなんだよ>

「でも、私には到底到達できない極みのように思えます」

<君は真面目なんだね。いや、もちろん良い意味でだよ>

「そうでしょうか? なら、尚更私には妄想は無理だとしか思えません」

<ふむ。さっき妄想は経験を超えられないと言ったね?>

「はい」

<その経験を補うモノを私達は皆持っているのを知っているかな?>

「補うモノ・・・ですか?」

<そう、それは知識だよ。
 知識は何によってでも誰からでも得ることが出来る。
 学ぼうと思えばね。
 その全てを記憶できるかどうかはともかくだけど
 知識を得る方法はいくらでもあるということだよ。
 例え、実際には経験しなくてもひとつの知識を得られたら
 そこから想像はいくつも広げられると思わないかい?>

「はい・・・まぁ」

<そもそも、およそ人が考える程度のことは
 いつか誰かがとっくに想像をしているものだよ。
 でも、だからってそれが何だい?
 自分の中で考えていることは全て自分のモノなんだよ。
 大事なことは、何のために妄想すべきか
 そのことをちゃんと解っているというその一点なんだよ>


毎日

どの”毎日”も
いつもきっかり”24時間”あるだなんて

まさか本気で信じちゃいないよね?



時計番の神様だって
手を抜きたい時や
うっかりしちゃうことだってあるんだから
一日が
23時間57分しかない日や
24時間11分ある日だってあるんだよ



身に覚えがあるでしょ?


「えー!? もうこんなに時間が経ったの?」

とか

「なんだぁ。まだ、こんな時間か・・・」


なんてね



でも
だからって心配はいらないよ

ちゃんと一年間廻れば
帳尻は合うように出来ているんだから

そこが時計番の神様の上手いところなんだけどね



だから

少しぐらい一日の時間が多かろうと少なかろうと
そんなことをいちいち気にしちゃいけないよ


拘るべきはそこじゃないはずだからね



”毎日”は繰り返し巡ってくる


確かにね


でも

どれだけ
同じような毎日が繰り返されようと
同じように毎日が繰り返されようと

きっかり同じ日なんて一日たりともない



”毎日”なんて言うけど

本当は
昨日も今日も明日も
その一日のひとつひとつに過ぎなくて
ちょっと見は確かに同じようには見えるけど

でも、だからって

”毎日”って”同じ日”って意味じゃないんだよ



それ自体は特別なことではないけれど

そこに”在る”ボク達にとっては
”毎日”が特別な一日なんだ



本当はね


パンドラの箱

過去に灯した希望が
もう未来への扉を開くことのないものだとしたら
想い出は
決して開けてはいけないパンドラの箱なのだろうか?



時が経てば経つほど想い出は美しく虚飾され
リアルな<今>を無味乾燥なモノに変えてしまう

「何かが違う!」

いや、違っているのはむしろ虚飾された想い出の方なのに
そうとは思えない自分がいた

「これはきっと夢だ。長い長い夢なんだ!」

無意味な否定で自分を騙そうとしても
現実までをも欺くことは出来ない



信じたくない現実

甘美にさえ思える想い出



誘惑に負けて
パンドラの箱を開けた瞬間
飛び出す数多の欠片は降り注ぐ後悔の刃

胸の痛みに押し潰されそうになって
慌ててその蓋を閉じようとした時
箱の隙間から聞こえてきたのは君の声

それは救いだったのか?

それとも、ボク自身の呵責だったのか?

何が夢で何が現実なのか?



ただ、これだけは解った

その声が唯一僕を現実に引き戻す鍵になっていたのだと


<春眠暁を覚えず>
なんてネタは過去にも何度か書いてきました

もはや、毎年恒例化していると言いましょうか
ネタが尽きかけているとでも・・・いやいや!

恒例と言えば

<休みの疲れを癒す休みが欲しい>
なんて話も幾度となく書いてきた気がします

そして
その二つの大命題を兼ね備えた時
それはまさに<今>でしょ!

えっ? 古い?

いやいや
これは今やタレントになった
有名塾講師のアノ方の台詞ではなくて
あくまで私的にはリアルガチな話でして

今夜は
世の中のお父さん族全てを代弁してモノ妄想・・・
いや、モノ申そうではありませんか!



連休最後の夜ほど刹那的なモノはありません

だって、どんなに長い休みだったとしても
一晩寝たらもうそれは過去になってしまうんですから

『寝たらすぐ明日になっちゃうしなぁ~
 やっぱ、もう少し起きてようかなぁ~』

少しでも明日を先延ばしにしたいという
なんという意地らしい男心?

が、しかし現実は
<The impossible dream>


布団に入って目覚ましをセット

『そろそろ寝るか。
 せめて今夜はどんな妄想・・いや、夢をみようか』

と、思ったのも束の間・・・秒殺で爆睡

『ムニャムニャ・・・グースーピー、ガオー』

しかし
それがどんな夢かを記憶をする間もなく

朝、決まって定時に鳴る
律儀な目覚ましのベルにすぐさま現実に引き戻される

眠たさと後悔

『あぁ、もう朝? ホントに眠ったのか?
 時計が間違ってんじゃない?
 どうして時計だけが正しいと言い切れる?
 眠ぃ・・・あぁ・・・でも、起きなきゃ・・・』

そう思いながら
五分後に再び鳴るであろう
目覚ましの律儀さに託して目を閉じる


きっちり五分後

私の目覚ましはなんて律儀な奴なんだろう?

(スヌーズ機能ですから)

まぁ、律儀なのは良い
ズボラな目覚ましじゃ困るんだから

(任せてください!
 日本の誇る精密機械ですから!)

でも
少しくらいは
融通をつけてくれても良いんじゃないか?

心の中でそうぼやきながらぼんやりと時計を見る

『どうする?』

そんな飼い主の心の声にはお構いなしに
自分の任務に
ストイックなほど忠実で律儀な目覚ましは
ひたすら「起きろ!」とベルを鳴らし続ける

(それが、the 仕事 です)

『分かった、分かった。
 分かったから意地悪は止めてくれ』

(意地悪ではありません。
 第一、セットしたのはあなたです)

『分ったよ、ちゃんと起きるから』

と、目覚ましを油断させてその隙に

『さよなら、目覚まし君・・・』

とまた、目覚ましを止める


再び五分後

『分かったよ~分かりましたです! はいはい!』

いくら律儀な目覚まし君とは言え
これ以上起きなきゃ
さすがに怒ってもう起こしてくれなくなる?

(よ~っく解ってんじゃん?)

そんな妙な強迫観念にかられて渋々、起き上がる

『今夜こそ早く寝よう。そうだ、そうしよう!』

自分にそう言い聞かせる
呪文のように何度も、何度も・・・


しかし、喉元過ぎれば何とやら!?

夜になると元気になるのだからしょうがない
かくして、今夜も夜更かしの夜を過ごすのでした


明日の朝になれば
また後悔をするのは分かってはいるのだけど
短い一生だと思えば
簡単に寝てしまうのはもったいない

なんて自分を正当化する私・・・健気?


結局、季節や何かには関係なく
年がら年中
後悔と葛藤の朝は続いていくのです

が、今回・・・しいて光明はというと


幸か不幸か?

長女の仕事はシフト制なのでGWだからって
一日しか休みが合わなかったことと
次女が今春家を出たので
今年は家族揃って何処へ行くだとか何をするだとかの
予定が全くなかったので
えぇ、会社の半分以上が休みを取った中
一日と二日の二日間は出勤しましたし
休み中は毎日夜更かしと朝寝坊の日々でしたから
身体は全然疲れていないってこと

それを<光明>と言えるのなら・・・ですけどね

私の名誉の為に敢えて付け加えるなら
だからってGWの休み全七日間
ただ、全編グータラしていた訳でもありません

車2台分のタイヤ交換はしたし
洗車もしたし
冬の間、庭に飛んできていたゴミを拾い
今年度第1回目の雑草取りもしました

まぁ~どれも午後からチャチャっとで
二日間を潰したと言えるほどではありませんでしたが
まぁ~それはそれ、これはこれ?

(何のこっちゃ?)


ともあれ、そんな今年のGWも後一日で終わりです

で、明日の晩は上に書いた葛藤がおそらくは待っているのです

私の場合
予定があっても無くても結局は同じなのかもしれません


えぇ、解りますとも

なんせ、毎年の恒例ですから



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