Neko

夢の汽車に乗って 2018年03月
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プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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親心

子を持って知る親の心なんて言いますが
本当の意味で親の心を知るのは
進学や就職などで
旅立つ子供を送り出す時なのかもしれません


私は中学を卒業すると同時に親元を離れて
遠くの街の高校に通い出しました

下宿暮らしです

大学も東京に出てアパート暮らしをしていたので
結果として
中学を卒業してから親と暮らす事はありませんでした

それでもまだ
高校の頃は夏休みや冬休みになると
親元にはすぐに帰ってはいましたが
東京の大学に入ってからは
それでなくとも、頻繁には帰れないのに
2ヶ月はある夏休みとか冬休みなんかも
やれバイトだとか部活の合宿だとかで
帰省はせいぜい10日間くらいなものでした

しかもあの頃の私は
東京から北海道に戻ってもすぐには親元には帰らずに
当時札幌に住んでいた友達のアパートに寄って
遊び呆けたりしていたのです

社会人になると帰省も
もうそんなに休みも取れなかったので
お盆と正月に数日程度だったでしょうか

一人息子の帰りを楽しみに待っている親の事なんて
果たしてどれだけ考えていたでしょう

いや、今にして思うと当時は
いつも自分の事しか考えてなかったんでしょうね


そんな私が親になりました

長女は地元の高校を卒業すると地元の短大に通ってくれて
就職も地元だったので今も一緒に住んでいます

なので今までは
そんな事はあまり考えた事も無かったのですが
今春、次女が本州の大学に進学をする事になりました


こんな事を親の私が言うのも何ですが

内心は

「国公立大学の受験なんてそんなに甘くは無いし
 どうせ、せいぜい札幌辺りの私立大学に受かるのが関の山で
 結局は落ち着く所に落ち着くだろう」

なんて高を括っていたらさもありなん?
本州の公立大学に受かってしまったんですよね

高を括っていたと言うか
次女には申し訳ないけど
それがもしかしたら
バカな男親の本心、願いだったのかも知れません

いや、もちろん喜んでいない訳ではないんですよ
いや、良く頑張ったなとは思っているんです


でも、そうね・・・
心の何処かではずっとそんな気はしていました

長女は未だに
休みが有ると家でゆっくり好きな事をしていたい方なのですが
次女は正反対で
部活の休みの日はもちろん部活終わりでさえ
部活の仲間やクラスメイトと遊びに出ていたりしていました

そんな出ずっぱりの次女を見ていて

「あぁ、こいつは高校を卒業したら
 きっと何処かに行っちゃうんだろうな」

漠然と、そう感じていたのです

だから
本州の大学を受験すると言った時も意外ではありませんでした

「どうせ、受かるはずはない」

なんて思ってもいましたしね

「まぁ、結果的に私立でも札幌辺りだったら仕方ないかな」

そんな風に自分に言い聞かせていたのです

札幌なら何か有っても日帰りだって出来るし
特急に乗れば二時間半もあれば帰って来られます


まだ次女が旅立つ前なのに
今から、さだまさしの案山子の歌詞が
頭をグルグルとヘビーローテーションで回っています

”元気でいるか 街には慣れたか 友達出来たか
 寂しかないか お金はあるか 今度いつ帰る

 (中略)

 お前も都会の雪景色の中で
 丁度あの案山子のように
 寂しい思い、してはいないか
 身体を壊してはいないか”


一人っ子だったのに
中学を卒業してから親と暮らした事がなく
たまに帰っても
これは多分に照れもあったんですが
親の問いにはぶっきらぼうな答えしかせず
母親が「服の一枚でも買いにデパートに行こう」と言っても
「別にいいよ」
母親が「今晩は何が食べたい?」と訊いてきても
「何でもいいよ」

たまにしか帰省しない一人息子です
親はどれだけ私と話をしたかっただろう?

訊きたい事だってきっとたくさんあっただろうな


そんな私が今は次女を見送る事になりました

土曜日に旅立ちます

自分の親不孝ぶりを考えたら
偉そうな事や押しつけがましい事は何も言えません

ただ、私の親がそうしてくれたように
私も遠くから見守る事だけです

この先、次女が何処に行き何をするのか?

来年の秋には半年間の留学も控えています

次女が帰省する度に
色々と訊きたい事も出るんだろうけど
私に似て?ぶっきらぼうな答えしかしない次女

返ってくる返事は予想出来てしまいます


これから、どんな風に変わって行くのか?
それとも、やっぱり変わらないのか?

何となく分かるのは
もう次女とは一緒に暮らす事はないのかもなって事

それが次女の選んだ道ならそれも良し
親はいつだって見守るのが仕事なんでしょう

ただ、ひとつだけ
これだけは覚えていて欲しい

これから何が有ったとしたって
お前が帰る場所はここにはいつも有るんだぞ

いつでもね

だから、無理に頑張り過ぎずに頑張れ

もし、万が一だけど
親の為に頑張ろうなんて思っているのなら
そんな必要は無いし
むしろ頑張らなくたって良い

ただ、自分の為に頑張れ

自分のやりたい事の為に
自分の進みたい道の為にね



行ってらっしゃい


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出発点

「やり直したい」

同じように出発点に戻りたいと思っても
振り出しに戻るのとリセットをするのは全く違う事です


例え、失敗をしたとしても
やり直したいのであれば振り出しに戻れば良いのです

決して
その場でリセットする事を考えてはダメです

リセットをしてしまうと
今までの全てが無かった事になってしまいます

その時まで
自分が存在した事すら無くなってしまうのです

何より

仮にリセットが出来たとしても
失敗した経験まで無かった事になっているのですから
そこから又、リスタートをしたとしても
また同じ失敗をする可能性も高くなります

人生に於いては
振り出しに戻ると言うのは0に戻るという事ではありません

失敗した経験も踏まえてやり直すという事です


もし
道の途中で迷ったとしたら一旦、出発点に戻ってみる

案外それが
結局はその先への早道になったりします


運命論 その2

人生で幾つも訪れる分岐点

そこでする選択や
例え、そこで選択をせずに流れに任せたとして
そこから今に至る道筋を
もしも運命だと言うのなら
運命とはただの途中経過で結果ではない事になる


今までに幾つもしてきた選択

そもそも今がその結果なのか?
それとも今はただの途中経過に過ぎないのか?

その結果が判る時が死ぬ時だとしたら
運命には意味などないという事になる

何故なら
人間は誰しも最終結果を知らずして死んでいくのだから


そうだとするなら
運命とは果たして何なんだろう?

人間にとって
それがただの選択に過ぎないのだとしたら
それは後付けの自分への言い訳に過ぎない事になる


冬から一番遠い日

私は楽しみは後に取って置く派です。

好きな事と嫌な事があれば
何をさておいても先に嫌な事をまず終わらせます。

マンガ週刊誌を読む時は
大好きなマンガは最後のお楽しみです。

弁当の卵焼きはいつも一番最後に食べます。

一折りの寿司があったとすれば
マグロの赤身は最後の一口です。

一人っ子だった私は兄弟間の競争が無かったからか
いつの間にかそういう性格になっていました。


一般的に社会人にとって休日は楽しみです。

でも、私は休日の土日よりも
仕事が終わった金曜日の夜の方が好きです。

だって、土日なんてアッという間です。

日曜日の夜にはもう明日の仕事の事が気になったりします。

なので、休みに入る前の金曜日の夜が
私は一週間の中で一番好きなのです。

これは好きなモノを後に取って置くというのとは
少しニュアンスが違うかもしれませんが
私にとっては同じ事なのです。


さて、三月も半ばに差し掛かろうとしています。

本州ではそろそろ桜の便りも聞えてきそうな頃合いですが
北海道ではまだまだ春は先の話です。

日本海側では明日も雪のマークが出ていますし
私の住む東部でも
ここ数日と同様に明日の朝もマイナス十度を下回る予報です。

昼間はようやくプラスの気温になり始めはしましたが
まだまだ油断は出来ません。

北海道には彼岸荒れという言葉があって
春の彼岸頃に重たい湿った雪がいっぺんにドッサリなんて事も
そう珍しい事ではないのです。


とはいえ、三月です。

「そろそろ冬のコートを春物に替えようか?
 いや、待てよ。
 それはまだ早いぞ。
 昼間の陽気に騙されたらいかん!
 朝晩はまだまだ冬だ」

なんて、
心の中で冬モードと春モードのせめぎ合いが始まってはいますが
まだ、これと言った決定打を打ち出すには早過ぎる事を
我々北海道人は身に染みて分かっているのです。


でも、私はこんな季節が嫌いではありません。

いや、むしろ
今頃の春を待つ頃合いこそが私の大好物。

心配性なのか? 貧乏性なのか?

冬来たりなば春遠からじ。
つまり、春来たりなば冬遠からじ。

その意味でいうなら
春を待つこの季節こそが先に書いた金曜日の夜に通じるのです。


冬から一番遠い日が来るのは後、何日経ったらかな?

少なくとも、それはまだ今日ではない。
多分、明日でもない。
でも、一ヶ月までは待たなくても良いでしょう。

冬から一番遠い日。
私が一年で一番好きな日。

早く来て欲しいような
もう少しゆっくりでも良いような・・・



追悼の日に

****************************




 ~新しいアルバムが笑顔で溢れるように~



そこには今日もごく当たり前に
家族の生活があるはずだった

多少のいさかいやケンカもあったにしても
それ以上に笑い声が響いていただろう


いつの時代も親の心を子供は知らない
理由も無く反抗する為だけに親に背く

そんな時代を誰もが通って
やがて大人になっていく

恋と愛の違いを知って
人を愛する事の本当の意味を知る

けれど愛はそれだけじゃない
見返りを求めない愛もあるって事

子供がそれに気がつくのは
自分がいつか親になった時

いくつもの後悔や済まない気持ち
ただ、それ以上に積みかさねてきた絆


年老いた父を母を見て
それは哀しい事だと思ってた

思うようにならない手足で
それでも人生をひたすらに生きようとしてる

もう少し楽な生き方もあったはずなのに
もう少しは楽に生きても良かったのに

思うようにならない手足で
それでも親は子供を守ろうとする

そうして年老いた父を母を見て
それでも憐れと言えるだろうか

子供を思う親の気持ちが
家族の歴史を作ってきたのだ


時は無常、運命は無情
だけど子供を思う親の愛以上に無上なものは無い

受け継がれていく親の気持ちが
家族の歴史を作ってきたのだ


そんな家族の泣き笑いを見つめてきた
ただ1冊のアルバムさえ今は無い


残した者、 残された者
どちらも悔しい涙を流す

還らない者、見送る者
どちらも無念の心を震わせる

「いっそ、一緒に・・・」
辛い気持ちがそう思わせる

だけど、生きてさえいれば
また歴史は続いていく

哀しみを越えて尚、人は生きていく
生きていかなければならないのだ


いつか

いつの日にか

新しいアルバムがいっぱいになる頃には
新しい笑顔がそこにはきっと溢れてる

そう信じたい

そう願いたい


家族の分だけ笑顔はある
笑顔の分だけ歴史がある


今は辛くて哀しいだけでも
忘れる事は無いにしても
忘れられる日は来ないにしても


新しいアルバムがいっぱいになる頃には
新しい笑顔がきっとそこには溢れてる

そう信じていたい

そう願っていたい




*************************




あの日から7年

復興の進んだ町に戻った人
苦渋の決断で故郷に戻ることを止めた人

多くの人が色々な選択をした事でしょう

いや、それは
せざるを得なかった選択だったかもしれません

あの日から<もう>7年なのか?
それとも<まだ>7年なのか?

中には
あの日から時が止まったままの人もいるのかもしれません

いずれにしても
被災者の方々にとっては
どれもが忘れる事の出来ない記憶なのでしょう

それは忘れてはいけない記憶なのでしょう

そんな生活の中でも新しい日は否応なくやってきます


遠くに暮らす傍観者でしかない私ですが
被災者の方々の新しいアルバムに
1枚でも多くの新しい笑顔が貼られている事を願って止みません




*冒頭の詩は過去にこの日、何度かアップしてきたものの再掲載です
 あの日の事を忘れない為に・・・


真実の一面

何処かのマンガの主人公の決め台詞じゃないけど

「真実は一つだ!」

そう、確かに
それぞれの事象については
真実はそれぞれひとつづつしかない。


しかしながらここでやっかいなのは
その真実とやらが
必ずしも人にとっては
好ましくないものもあるということだろう。

真実は何も良いことばかりではない。

理不尽な真実だとか
知らない方が良かった真実なんていうのもある。

いや、むしろ知りたくなかった真実と言うべきか。


正義を振りかざして突き付けた真実が人を苦しめる事もある。


もし
真実が人間を苦しめるだけのものだとするなら
いっそ真実は
迷宮の中にあった方が良いのかも知れない。


それも、真実の一面なんだろう。



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