Neko

夢の汽車に乗って 2016年04月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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春間近!?

最近は
普通に10度を超える日も多くなってきました


それでも「4月=春」だからと
一筋縄でいかないのが「The 北海道」?


「三寒四温」とは良く言ったもので
この北海道の春の為にあるような言葉

誰が言ったのか「気温のジェットコースター」

そんな気温のアップダウンが
ごく普通に繰り返される春

それがいわゆる「The 北海道」?


とは言え
そんな中でも確実にやって来ている春


例年より早い
桜前線の北海道上陸のニュースが流れたのは
もう数日も前の事

ここ十勝でもいつの間にか
気が付けば水仙の花やコブシの花が咲いています

タンポポも咲き出しました
ふきのとうだってあっちこっちそっちに!

この調子でいけば
十勝の桜だって例年よりもずっと早いはず!


しかも明日からはGWです

もう3回寝たら5月です


心持ち?
庭にやって来る野鳥の種類も増えた気がします

我が家の果樹の芽も少しづつ膨らんできています


いや、気のせいじゃなくマジで


4月も終盤にきて
ようやく春も間近ってところでしょうか


世間的にはもう立派な「春」ですよね?

下手すりゃ
本州や沖縄辺りではもう初夏の気配もする頃でしょうか?


で、再びここ十勝の今


なんじゃこりゃ!?

(ここで写真をどうぞ)






明日も1日中
気温はまた一桁に逆戻りなんだとか



春・・・マジか?


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Knowing

朝が来るたび僕の右手は君を探す
触れない温もり
現実を突きつけられて僕は目を覚ます

枕元、このところの目覚まし時計は
僕よりも朝寝坊
苦笑いもきっとお互い様なんだろう

カーテンを開けて起こす君はもういない
台所のコーヒーメーカーも冷めたままで
まるで止まったままのような時間が
気まずい顔をして部屋の片隅で膝を抱えてる

Tell me why ? ずっと考えてた
解りきった答えの心への書き方を




退屈な時間、読みかけの文庫本
付けっぱなしのテレビ
焼き過ぎた厚切りのトースト、ふと見上げた春空

ため息が連れて来るものは見飽きたものばかり
せめて雨降りなら
何もかもきっと諦められるだろうか?

呟いた何気ない僕の独り言に
「良いネ!」を知らせる着信ランプが
何となく嘘っぽくてスマホを放り出した
寝転がって眼を閉じると浮かんでくるのはいつも同じ顔

Tell me why ? 訊けなかった
解りきった答えを君に言わせたくなくて


Tell me why ? あの日のこと
書けなかった白紙の答案用紙 丸めて放った


引力

多分

人に引き立てられるとか
或いは
助けてもらえる

そんなのもそのひとつだと思うけど

端的に言えば

人を引き寄せる力
(人を引き付ける魅力)
とでも言おうか
そんな力を持っている人っていますね


その場合
一気にと言うこともあれば
じわじわと
<気が付いたら>なんてこともあるでしょう


それは持って生まれたモノなのか?
或いは
生きてきた中で身に付けたモノなのか?

何れにしても
最早それらは私にしてみれば
<超能力>とさえ呼びたくなる力です


残念ながら

私にはそんな<超能力>は無いので
引き寄せたり
引き付けたりする側の事は解らないけど
引き寄せられたり
引き付けられたりする側の事なら
多分・・・解る、かな


ただ
それを説明するのは難しいんです

理屈や道理では無いのですから

もし

どうしても
そこに言葉を当てはめるなら
それは
<本能の領域で成された交通整理>
だと言うしかありません

例えば
女性に関しても
「美しい」とか「可愛い」と思うのと
「女性としての魅力を感じる」と言うのは
全く別な識別なのです

異性の場合なら
フェロモンとか言う訳の解らない言葉も
何となく納得してしまうけど
同性の場合でも
何をやっても「憎めない奴」とか
どんなグループで集まっても
「必ず話の輪の中心になっている奴」
とかいますね

それってきっと
その人の持っている引き寄せ力に
本能ベースで自ら反応して?
知らないうちに引かれているのかもしれません

引かれると言うのは<魅かれる>と言うことです


いるんですよね

たいして能力もないのに
上司から引き上げられる要領の良い奴とか
別れた彼女にさえ
いつまでも良い人だと思われ続けることのできる奴

いやまぁ~
これは半分以上はやっかみですけどね

それに比べたら

さしづめ私なんかは
人の持つ引力に翻弄され続ける男?

とでも言いましょうか




さぁ、こっちゃ来い、こっちゃ来い!

んんん~~~~~(念力発生中)




  あぁ、虚しぃ・・・


運命に勝つ方法

運命に勝つ方法?

バカを言っちゃいけませんよ

確かに人生というのは
自らの運命に立ち向かう事ではありますがね

でも、本当に勝てると思います?

チッチッ

人間の分際で
運命に勝とうだなんて思い上がっちゃいけませんよ

それは「人間は飛べる」って言ってるようなもんです

そりゃ飛行機にでも乗れば飛べるんでしょうが
それは人間が飛んでる事にはならないでしょ?

あれは飛行機が飛んでるんだ
人間は乗っているだけ

ねっ?

つまり無理なんですよ

人間ごときが運命に勝とうだなんてね

まぁ・・・

そう、ただね

勝つことはもちろん出来はしないんだけど
もしかしたら負けないって事は出来るのかもしれません

何度打たれても打ちのめされても
諦めないで立ち上がれれば良いんですよ

運命にパンチを打ち込んだり
運命を倒す事なんか考えちゃいけません

どだい無理な話なんですからね

何故かって?

運命ってね、一つじゃないんですよ

一つに勝ったからってそれで終わりじゃない
運命は次から次へと降って来るもんなんです

そしてそれは死ぬまで続くんですから
勝ち続けるなんて最早人間業じゃないんです

何も好き好んでそこまで自分を追い込む事はないでしょ?

そもそも運命って敵じゃないんですしね

受け入れるべき運命、購うべき運命
それを見極めさえしていたら良いんですよ

受け入れるべき運命なら受け入れたら良いし
購うべき運命なら死ぬ気で購ってみれば良い

運命に負けないっていうのはそういう事なんです


もっと言うなら

運命に負けない事
それがすなわち人間にとっての勝ちって事なんです


今夜の一曲

これは自らを断罪する歌なのでしょうか?
 
それとも
 
必死でもがきながら生きている人へのエールでしょうか?
 
 
それを決めるのは<あなた>です
 
 
少なくとも
 
人生を真剣に生きている方にとっては
 
大小の差こそあれ
 
何かしら響くモノがあるのではと思ったりします
 
 
 
春の夜に独りで聴くにはかなりヘビーな歌ですが
 
15分半というかなり長い歌ですが
 
中には
 
この手の歌を
 
生理的に受け付けない方もいらっしゃるかもしれませんが
 
 
ぜひ、歌詞をじっくり噛みしめながら聴いて欲しい一曲です
 
 
 
 
 
 
『銀杏BOYS ~生きたい~』

希望

希望は
人が生きていく上で必要不可欠なものです

希望があるから
例え今が辛くても頑張る事ができます

希望があればこそ
明日を信じる事ができるのです


でも

希望は時に残酷な仕打ちをします

希望を持てば持つほど
裏切られた時のショックも大きくなります

希望を持つがゆえに
人は苦しみから逃れられなくなります


そう考えると

「簡単に希望を捨てるな」とか
「希望を持っていればいつか笑える日がくるよ」

なんて軽々しくは言えなくなります


希望を持つ事は善なんでしょうか?
それとも悪なんでしょうか?

下手な希望は持たない方が
人は幸せになれるのでしょうか?


否!


それでも希望は持ち続けて欲しい

そう願わずにはいられません

いや
そう願いたいのです


生まれてきた事。
今日、この日を生きている事

今まで出会ってきた人との関わり

その全てが奇跡だとするなら
希望は奇跡を照らす光であり
次の奇跡を導く光でもあるのです


時の流れが癒してくれるもの
時の流れでも癒せないもの

それは確かにあるでしょう

でも

苦しくて辛くてもう歩けなくなった時
そこからもう一歩、足を前に踏み出させるもの

それが希望です



暖かな部屋の中で
何一つ不自由のない日常生活を過ごしているにも関わらず
小さなひとつひとつに愚痴を言い文句を言う

そんな生活をしている私に
こんな偉そうな事を書く資格があるのか?

書いたところで
どんな説得力があるのか?

それは解りません

私にはただ祈る事しかできません


いつか、いつの日か
心からの笑顔で未来への希望を語れる日がくる事

そんな願いを込めて


1960年代のディーン・マーチンのヒット曲です
邦題は「誰かが誰かを愛してる」

直訳をすれば
「みんな誰かを愛している」
とでもなるのでしょうか


ラブソングであるこの曲のタイトルとしては
前者の方が直訳よりも遥かに
ロマンチックな感じが出ていると思うのですが
これは邦題を付けた人の
センスに依るところなのかも知れませんね


何故か昔から
時々、ふと口ずさんでいる歌のひとつでもあります

(もちろん、せいぜい最初の1~2フレーズくらいで
 後はハミングになっているのですが)


Everybody loves somebody sometime
Everybody falls in love somehow
Something in your kiss just told me
That sometime is now

Everybody finds somebody someplace
There's no telling where love may appear
Something in my heart keeps saying
My someplace is here


日本語に訳すと
いかにも
二枚目の口説き文句みたいになってしまうのですが
それを差し引いても
タイトルにもなっている冒頭の部分は
素敵なフレーズだと思っています


”Everybody loves somebody sometime”


ラブソングの歌詞としてだけでは無く
普遍的な意味で


”いつか、誰もが誰かを愛する”


そう語りかけているようにも聴こえます


そんな風に誰もが思えたら
きっと地球上の争い事も無くなるんだろうな


”sometime”には「近いうちに」と言う意味もあります


そうなれば良い



地球上の
誰もがありふれた日常を笑って暮らせるように

誰もが普通の中に幸せを感じられるように

ただそれだけの事なのにそれが難しい現実が有ります

世界はひとつなのに
無数に存在をする世界観や価値観

それを認めようとしない
一部の狂信的とさえ思える人間達

あまりにも重大な<事故>を目の当たりにしながら
その後始末もままならない中で
目先の利益だけを追求し
まるで破滅へと突き進ませようとする政治家達

それらを嘲笑うかのように
時に
或いは繰り返し猛威をふるう大自然の脅威

いつも泣くのは何の罪もない
善良な市井の人達ばかりです

本当の罪人はいつも離れた所で
自分だけの理想に酔っているばかりで
彼らの理想の中には何の責任も感じられません



数多降りかかる災いの中で一人の力はあまりに無力です

だけど

それを乗り越えていくのは
やはり人に対する一人一人の”愛”なのでしょう


”Everybody loves somebody sometime”



何の本で読んだのか?
それは定かではないのですが
こんな言葉があります


”人は運命を避けようとしてとった道で、
   しばしば運命に出会う”


つまりは

運命と言うのは
受け入れようとするのも
仮に
逆らって違う道を選択したとしても
それはお釈迦様の
掌の中を飛び回っているだけなのに
自由になったつもりでいる孫悟空のように
運命の範疇からは抜け出せない

そう言う事なのでしょうか?


いつか、
運命と宿命について書きました

”運命は変えられるが、
 変えられないモノを宿命と言う”


しかし・・・

改めて思うのですが
どれが運命で
どれが宿命なのかは
生きている間には
きっと分からないに違いありません


振り返った時に
自分を納得させる言い訳として
「あれは運命だった」
とか
「あれは宿命だったのだ」
とか言うに過ぎないのでしょう

何故なら
人生は双六や人生ゲームのように
振り出しに戻って
又、やり直す事は出来ないモノなのですから


どの選択が正しかったとか
どれが間違いだったとか
それは誰にも判断は出来ないし

それを確かめる術も人間は持っていません


例え、ある選択の結果
後悔をしたとしても
別の選択をしていたら
もっと大きな後悔をしていたかも知れません

そう思えば
どんな選択をしようが
それがどんな結果になろうと
少しは気も楽になると言うものです

その時には「間違った」
と、思った選択も
実は最終目的地に向かう為の
ハードルだったと思っておけば良い訳です


”不幸中の幸い”

”怪我の功名”

人生には
そんな時に自分を納得させてくれる諺が
ちゃんと用意されているのです



青空 ~詩~

いつも足元ばかり気にしていたから

気付かなかったよ

こんなにも空が青いなんて




少しのつもりで張っていた意地を

引っ込めるタイミングを逃したら

僕の一番嫌いな自分になっていた

でも

なんか、もう良いかな

つまらないプライドなんてどうでもね




他人と比べる物差しの目盛りは

見方ひとつで違った幅になる

そんな曖昧なものに僕は縛られていたのかな?


もう


振り回されるのはごめんだよ

僕は僕の思う僕でいたいと思う




知らない間に季節は変わってた

そんな風に周りを眺める余裕もなくて

僕はいつも足元ばかり気にしてた


だから


ちっとも気付かなかったよ

こんなにも見上げた空が青いなんて



春の水色の空

春の空が好きだ


くすんだ針葉樹の濃緑と

まだ葉を持たない広葉樹の枝が

薄水の空に影のように伸びている

そんな地上から見上げる水色の空が好きだ




春の空が好きだ


夏のギラついた紺碧では無く

秋の物憂げな蒼でも無く

冬の沈んだ紺青でも無い

優しさに色をつけたような水色の空が好きだ




春の空が好きだ


決して鮮やかでは無く

押し付けの派手さも無く

煌めく訳でもないけれど

穏やかに佇んでいるような水色の空が好きだ




薄水色の空にゆったりと流れる白い雲

寒さに凍える事もなく

暑さに身を堪える事もなく

少しだけ時を止めて

春を迎えた喜びを今 ゆっくり感じていよう


春猫暁を覚えず?

春・・・だからでしょうか?


ここのところ毎朝
飼い猫のダヤンに起こされます


しかも・・・


その時間は決まって5時過ぎ


一昨日は
枕元で布団をガリガリ

「おっ? な、なんだ?」
飛び起きたらそこにはダヤン

時計を見たら5時15分


昨日は
<ドスン!>
と、私のお腹をめがけてダイビング!?

「グエッツ!」と目が覚め
時計を見たら5時13分


今朝は
「つ、冷たい!」とビックリして眼を冷ましたら
私の頬にダヤンが鼻をつけて<グルグル>

「なんだよぉ~?」
と、時計を見たら5時18分


毎朝・・・その時間の誤差は5分以内!?

「こ、こいつ・・・時間が解ってるのか???」


因みに私の目覚まし
セットされている時間は6時53分

5時過ぎに起こされて
二度寝なんぞしようものなら危険な時間

「だがしかし! 私は目覚ましが鳴るまで寝る!」

だがしかし
ダヤンはテコでも動こうとはしない

それどころか
私が諦めて起きるまで
あの手、この手で起こしにかかってきます


春眠暁を覚えずなんて申しますが

春とは関係なく
ここのところ私は寝不足中・・・


「わ、わかったよ・・・ご飯だろ?」



ダヤン『お腹空いたでしゅ・・・グルグル』


歳を重ねて
確かに知恵はついた



良く言えば
利口になったのか?

物分かりが良くなったのか?

少しは世の中が見えるようになったのか?

世渡りが上手くなったのか?


しかし

悪く言えばそれは
ずる賢くなったという事なのか?

諦めが良くなったという事なのか?



諦める事に罪悪感も持たなくなった

むしろ
いつまでも固執する事の方が
恥ずべき事だと自分に言い聞かせている



何か物事をしようと思う時
まず、頭の中でシミュレーションをしてみる

頭の中でバラバラのピースを並び替えて
頭の中でパズルを完成させる


パズルは一度作ってしまえば
もう作る必要はない

結果の見えているゲームほど
つまらないモノは無いのだから


そうして

やがて頭の中だけで人生が流れていく



失敗はある意味
若さにのみ許される特権である

歳を重ねた者には
失敗の言い訳の余地は残されていない

失敗を取り戻す時間の余裕もない


だから、慎重になる

しかし
慎重さは柔軟な発想にブレーキをかける

冒険しようとする心を戒める


慎重過ぎるという事は
やらずに諦めるのと同じ意味なのに
大人達は言葉を変えて自分を詭弁で武装する



歳を重ねて
得たモノは多いが
それと引き換えに失ったモノは
それ以上に多い

しかもそれは
もう取り戻せないモノばかりだ


しかし
それは本当にもう取り返せないのだろうか?


いや
無理をして取り戻す事などないのだ

失ったモノを数える必要もない



春夏秋冬
それぞれに味わいや趣きが違うように

夏の太陽と冬の太陽の
与えてくれるモノが違うように


認めれば良い


今の自分の出来る事
出来ない事を
自分が素直に認めれば良いのだ



今しか出来ない事がある

今だから出来る事がある




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