Neko

夢の汽車に乗って 2016年01月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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それは降りしきる雪のせいではなくて
それは凍えそうな季節だからじゃなくて
出会うのが必然だった二人が
ただ出会って愛し合っただけの事

求め合うものが二人同じで
初めて愛する事の意味を知った
惹かれ合うのも自然に
幾度となく瞬間という二人の永遠を愛し合った

あれから二度目の又、そんな冬

雪の記憶が切ない想いを連れてくる
降る雪は春になると解けてしまうことを知らない



愛してると口にしたら終わってしまいそうで
二人はただ見つめ合いただ抱き合っていた
出会ったのが遅かったとしても
それより出会った事を信じてた

繋いだ手がいつか離れてしまう事
知っていながら二人知らないふりをしてた
時が流れてしまう事にも
あがなうよりは想い出になる時間を美しいと思った

あれから二度目の又、雪の中

呼び戻された記憶でたどる足跡
ポケットの中、握りしめたあなたへのホントの想い



それは降りしきる雪のせいではなくて
それは凍えそうな季節だからじゃなくて
それはただ寂しかったからじゃなくて
ただひたすらに愛を探していただけだった

たとえ幻でもたとえ夢でも
あなたを愛していた時間が今も愛しい
あなたの幸せを願いながらも
僕はまだこの街を離れられずに今日を生きている

あれから二度目の又、そんな冬

雪の記憶が切ない想いを連れてくる
降る雪は春になると解けてしまうことを知らない



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WILL

普段
人は何も無ければ
特に
生きているだとか
生かされているだとか
そんな事は意識もせずに生きている

息をしている事を
誰もが意識をしていないように



事故だとか
病気だとか
大きな何かがあった時
初めて人は
”生かされていたんだ”と感じる


そして
初めて人は

今、生きている事に感謝をする

それは当たり前の事では無かったんだと


自然の懐に抱かれて
周りの人の幾多の支えの中で

生かされている事に感謝をする



それ以上の
苦難に出会った時

人は生きる事の意味を考える


人は
何故生かされているのかを考える


考えて、考えて、考えて
悩んで、悩んで、悩んで
迷って、迷って、迷って

それでもひたすら考えて


やがて
ひとつの結論に達するだろう


生かされる為に生きているんじゃなくて
自ら生きる為に生きているんだと
強く、強く意識をする

つまり

生きると言う事は
自らの意志で生きていくと言う事なんだと

自らの意志で
しっかりと前を向いて歩くと言う事なんだと


もう止めよう
伝え合う言葉が
傷つけ合う事でしかないのなら
せめて想い出が優しいうちに別れを選ぼう


君といつも見てた
この街の夕暮れは優しいオレンジ色してた
もしも独りで見ていたなら
きっと気付かなかった

言葉が全てじゃなかった
君が隣にいてくれるその事が僕の全てだった
きっと君も同じ景色を
見てると信じてた


思い描いてた
君と一緒の未来を
二人でもう歩いていけないのなら
せめて想い出が切なくなる前に別れを選ぼう


ありふれた言葉で
言えばそれは少しのすれ違いのはずだった
気にも留めずにいたのは
たぶん僕だけだった

時間が過ぎるほどに
離れた心はもう元には戻れなくなってしまう
ぎこちない笑顔の傍で
ちぐはぐな言葉が踊る


もう止めよう
伝え合う言葉が
傷つけ合う事でしかないのなら
せめて想い出が優しいうちに別れを選ぼう



列島各地で猛威を振るった今回の大雪ですが
皆さんの所ではいかがでしたか?
もう落ち着いたでしょうか?

被害に遭われた方々には
心よりお見舞い申し上げます。

ご多分にもれず我が町でも
40センチほどの降雪がありまして
実家と我が家の雪かきで私の腰も悲鳴をあげています。

ただ、幸か不幸か?
これが、It's 年の功か?
それこそが、人体の奇跡か?

腰痛が多少は落ち着くはずの
明日か明後日まで筋肉痛がこないであろう事。

ねぇ~?

腰痛と筋肉痛が一緒にきたとしたら・・・

あー、考えただけで
恐ろしくて寝込んじゃいそうです。

ってか、動けない?



さてさて、それはともかく。
そんな雪かきをしながら私はふと思ったのです。

「もしかして雪と女性は似ているんじゃないのか?」

唐突ですが
これは検証してみるしかありません。



<疑惑1> - その見た目 -

*遠目で見ている分にはすべからくキレイに見える。


<疑惑2> - その時系列変化 -

*初めはフワフワでも放って置くと次第に硬くなる。


<疑惑3> - その感触 -

*キライな人にとっては、ただ冷たいだけ。


<疑惑4> - その気性 -

*一度暴れ出すと手が付けられない。


<疑惑5> - その化粧と言う名の隠し方 -

*下には何が埋まっているのか見えない。
 隠すのが上手い。


<疑惑6> - その表情 -

*百変化。
 時として思いもかけぬ美しさを見せる事がある。


<疑惑7> - その分岐点 -

*状況次第で凍ったり解けたりする。


<疑惑8> - その体積 -

*見た目より重たい事が案外とある。


<疑惑9> - その種類 -

*見た目、性格等々、実に様々な種類が存在する。


<疑惑10> - その他 -

*その名称と美しさは一致しない。



検証終了。


結果を見るまでもなく
判っているつもりで、永遠に判らない事も多く
その神秘さ故に人を虜にもするけど
時と場合によっては
そのせいで凍える思いをした男も数知れず。

その扱いは常人男子には易くなく
もはや手を挙げて為すがままにしておくが吉。

時に人に喜びを与え
時に人を欺き
時に人に試練を与え
時に人を優しく包む。

故に雪と女性は限りなく似ている。

ただひとつの相違点は
雪は春になると解けて無くなるが
女は季節に関係無く男を悩ませる・・・

あっ、いや!

そ、それは私が言った事では・・・多分、無くて
その・・・まぁ・・・なんだ、ほれっ・・・

まぁ・・・ご機嫌よろしゅうに(汗)



一秒

たった一秒の事なんて
誰も気にする人はいないよね

そんな事を考える間もなく
一秒なんて簡単に過ぎてしまうものだし

たった一秒にこだわって
何時間も無駄にしてしまう事の方が
それこそ本末転倒だしね

第一
一秒で出来る事なんか何かあるんだろうか?



それじゃ
どうして<一秒>なんて存在するんだろう?



もし
一秒が本当に必要のないものなら
一秒なんて単位は存在してはいないはずだね

だけど
一秒は確かに存在している



<一秒>

それ自体は
取るに足らないほどの小さなものだけど
絶対に無くてはならないもの

その一秒から全てが始まって
そのたった一秒が
やがて大きな時の流れを作っていく


忘れる事


神様が人間に与えてくれた大きな力のひとつが

<忘れる>という”能力”なんだろうと思っています

だから

人間は例えどんな辛い事があっても

前を向いて生きていけるのだろうと


<忘れる>というのは
完全に忘れてしまう事だけではなくて

<曖昧にする>という事も含めてです

そして

<赦す>という事も含めてです



確かに

永遠に封印をしたい思い出や

二度と思い出したくもない記憶もありますが

それらすら<フィルター>にかけて見るようにすると


時間はかかるにせよ
少しづつ赦せるようになってくるものです

相手の事ももちろんですが自分自身をもね

それが<寛容>という事

そしてそれが

<忘れる>という事の本当の意味なのかも知れません



真実

色んな人が色んな事を喋っている



テレビの中で
ラジオの向こうで
開いた雑誌の中で
バスの中、向いの席の人が読んでいる新聞の中で



どれが真実?

何が本当?

誰を信じれば良い?



評論家の解説は
どれも当たり前の事を
もっともらしく言っているだけ

学者は簡単に言える事にさえ
難しく理屈をつけようとしている

官僚の釈明は
いつも抜け道を作っている

政治家の公約は
嘘を大義名分で隠している


ニュースキャスターの言葉は
いつも正論だけど
その言葉は視聴者には届いていても
一番聞くべき人には届いていない

マイクを向けられた市井の人の言葉の中にこそ
正義は、真実は、あるのだろうか?



あなたの目の前で話をしている人は



あなたに何を伝えようとしているのだろうか?



無尽の言葉が
空気の隙間を縫って駆け抜ける



どれが真実か

何が本当か

誰を信じるか



あなたは
自分の心に引っ掛かったモノだけを信じれば良い



それが多分

あなたにとっての真実なのだ



目的地を決めて歩き出す人
それよりも、とりあえずはと歩き出す人

それは人それぞれのタイプで違うのかも知れない


”私はどっちのタイプだろう?”

自問自答してみる


性格的には
目的地を決めて
十分に準備をしてからじゃないと
歩き出せないタイプなんだ

しかも
一度、こうと決めた道を
途中で
簡単に変えてしまうのは良しとは出来ない


自分でも面倒な性格だと思う事が有る


「そんな事はどっちでも良いじゃないか!
 大した問題じゃないさ。
 人生をそう急いだところで
 到着するのにいったい何分違うって言うんだ?
 例え、回り道をしたって
 そのおかげで、もしかしたら
 新しい景色が見えるかも知れないじゃないか?
 気になった場所があったら
 寄り道するのだって悪くはないぜ」

そう言う自分と、そうは出来ない自分がいる



散歩をしていると色々な人とすれ違う

一人で黙々と歩いている人
仲良く歩いている老夫婦
ジョギングをしている人
犬の散歩をしている人
知り合いとバッタリ会ったのか
そのままその場で話しこんでいる人


あの人達はどんな人生を歩んできたのだろう?

ふと想像してみる


何本もの小説や映画になるほど
波乱万丈な人生だったかも知れない

平凡な淡々とした人生だったかも知れない

それがどんな人生だろうと
長い人生の中には
小さな波風のひとつやふたつくらいは
立った事もあったに違いない

どの人生を辿れば後悔をしないで済んだだろう?

いや
それでも後悔などした事は無かったであろうか?



無意味な人生など無い
人生には決まったレールも無い

どんな人が歩いても
そこに道は出来るもので
その道が
平坦だろうと凸凹だろうと山道だろうと
それは他人が心配すべき事じゃない

どう歩くかは自分が決めれば良い



”ただ、ここに人生が有るだけ”

それで良いのかも知れない

昨日が有って
今日が有って
そして多分、明日も有る

そんな積み重ねが出来れば
それで良いのかも知れない

目的や動機
そんなものは後から付いて来ても良いのだ



一歩、一歩、歩く

どの”一歩”が欠けても目的地には辿り着けない

だけど
その事だけ覚えていたら
どんな歩き方をしたっていつかは目的地に着けるよね


”年の初めの試しとて
 終わり無き世のめでたさを
 松竹立てて門ごとに
 祝う今日こそ楽しけれ”

タイトルは知らなくても
日本人なら何となくでも
ほぼ知っているであろうこの歌ですが

聡明な皆さんなら言わずもがな
当然、ご存じですよね?

ねっ?

でしょ?

じゃ、ここはスルーで・・・?


で、まぁー

『一月一日』という歌なんですがね

あー、何て優しい私

教えちゃった!?(笑)


年の初めが一月一日なら
サラリーマンの初めは
その年初めて会社に出勤をする日

と、いう事で

私の場合の今年は7日な訳です

と、いう事で

その日を一日後に控えた今
私的、年頭所感?

まぁ、年の初めをば


”としの初めくらいは
 しんみょうな顔で
 のんべんだらり
 は
 じっと堪えて
 めざすは日本一
 の
 たいあん吉日
 ちゃうちゃう!
 つまりは
 といれっとぺーぱー
 て、なんでやねん!”


オホン!

も、もといっ!
そもそも語呂が違ったじゃん


”としの初めに誓う事は何事も
 しっかり準備をして
 のープランは止めて
 はらに肝を据えて
 じぶんを厳しく律しつつ
 めいよは求めず
 のに咲く花のように清らかに
 ただ他人のた
 めにひたすら
 しんだ気になって
 とても頑張ります
 てか、そんなん口が裂けても言いません(エッヘン!)”


へ(XoXへ☆\(怒)




だ・・だめ・・・だ・・・

今年は初っぱなから不調のようです


と、いう事で
今年の目標は『無し』という事にしましょう

そんなもん無くたってねぇー

成せば成る
何とか成る
そのうち成る
何とか成る
おそらく成る
何とか成る
きっと成る
何とか成る
たぶん成る
干支は猿


お後がよろしいようで・・・ m(_ _)m





<年の初めの後書き>

私事ですが
喪中につき年初の挨拶は控えさせて頂きます。

さてさて又、新しい年が始まりました。
今年はどんな年になるでしょう?

とあるキャスターは
ギャーギャー飛び跳ねて騒々しい猿に例えて
物事の上がり下がりの激しい年になるのでは
と、言っていました。

しかしながら
「さる年」ではありますが
漢字だと「猿」ではなく「申」と書きます。

「申」という字は
<樹木の果実が熟して固まっていく様子>
を表していると言われています。

いずれにせよ

物事が動きやすい。
機が熟していく。

そう考えると
どうせ物事が動くのであれば
受け身になるよりは
積極的に動いていくべきなのかなと思います。

従って
前述の言葉は訂正しましょう。

「今年はどんな年になるでしょう?」

ではなくて

「今年はどんな年にしたいですか?」




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