Neko

夢の汽車に乗って 2015年05月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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毎日

どの”毎日”も
いつもきっかり”24時間”あるだなんて

まさか本気で信じちゃいないよね?



時計番の神様だって
手を抜きたい時や
うっかりしちゃうことだってあるんだから
一日が
23時間54分しかない日や
24時間11分ある日だってあるんだよ



身に覚えがあるでしょ?


「えー!? もうこんなに時間が経ったの?」

とか

「なんだぁ。まだ、こんな時間か・・・」


なんてね



でも
だからって心配はいらないよ

ちゃんと一年間廻れば
帳尻は合うように出来ているんだから

そこが時計番の神様の上手いところなんだけどね



だから

少しぐらい一日の時間が多かろうと少なかろうと
そんなことをいちいち気にしちゃいけないよ


拘るべきはそこじゃないはずだからね



”毎日”は繰り返し巡ってくる


確かにね


でも

どれだけ
同じような毎日が繰り返されようと
同じように毎日が繰り返されようと

きっかり同じ日なんて一日たりともない



”毎日”なんて言うけど

本当は
昨日も今日も明日も
その一日のひとつひとつに過ぎなくて
ちょっと見は確かに同じようには見えるけど

でも、だからって

”毎日”って”同じ日”って意味じゃないんだよ



それ自体は特別なことではないけれど

そこに”在る”ボク達にとっては
”毎日”が特別な一日なんだ



本当はね



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いろんなことがあり過ぎた日

身体は疲れているのに
心が夜中になってもざわめいていた

眠れない夜ならいっそ君を想い出そう

そしたらきっと
僕も笑顔になれるから

そして言うんだ

「おやすみ、優しい人」




何も特別なことが無かった日

退屈は過ぎてく時間さえ
退屈なものに変えてしまうんだね

眠れない夜ならいっそ君を想い出そう

そしたらきっと
普通が一番だって思える

君がいるだけでね

「おやすみ、愛しい人」




少しだけ幸せを感じられた日

そこにはいつも君がいる
今日が終わるのが何だか名残惜しくて

眠れない夜ならいっそ君を想い出そう

そしたらきっと
明日が待ち遠しくなるかな

そして僕はつぶやく

「おやすみ、大切な人」



幸福

成功をした人の真似をして
同じ成功を手に入れたからと言って
それが必ずしも
自分にとっての幸福だとは限らない

何故なら
幸福の尺度は人それぞれで違うのだから

「何をくだらないことで悩んでるんだ?
 人生で成功したのなら
そんなのどっちでも良いじゃないか」

くだらないかどうかなんて
他人に判断はされたくはない

他人にとってはどうでも良いことでも
本人にとっては
生きるか死ぬかと同じくらいに
大きな問題だってこともあるのだから




世間の常識
人としての生きるべき道

法律で決まっているから
これはやってはいけない

法律に書いていないから
これはやっても許される

はたして
法律だけが生きる規範足り得るのだろうか?




人間としての倫理観は不変かも知れないが
人間にとっての価値観は不変ではない

倫理観を大切にする人
価値観を大切にする人

人が幸福になる為に必要なのはどっちだろう?

でもそれは多分

どちらでもあり
どちらでもないだろう

生き方に満足が出来れば
それは幸福なことなのだが
生き方に縛られているとしたら
それは幸福とは言えないのだから




人生における幸福があるとしたら
それはその人の心の中に占める満足感なんだろう

物欲を忌み嫌う人もいるけど
生きていく為にはある程度の物は必要だし
欲が無ければ向上心も生まれない

お金は人を狂わすというけど
生活をするのにお金は必要で
お金が無ければ
生活そのものもギスギスしたモノになってしまう

ただ、物もお金も
欲しがり過ぎるのが問題なだけだ

人の物まで欲しがるから争いが起こる

満足感

そのハードルを高くし過ぎると
幸福になれるものもなれなくしてしまうんだよね




何かの本で読んだ言葉

”我々は、自ら幸、不幸をつくって
  これに運命なる名称をつける”


そして
かの、詩人ゲーテはこういう言葉を言っています

”喜んで行ない
 そして行ったことを喜べる人は幸福である”



こんな五月雑感

GWも終わり六月~七月と祝日の無い月が続きます。

長い・・・お盆休みまで・・・

いや、贅沢を言ってはいけないのでしょう。
土日が休みなだけでもありがたいと思わなければね。
土日に仕事の人、休みは週に一度取れるかどうか
なんて人も多いのでしょうから。

はい、贅沢は言いません。
贅沢は敵です・・・
どうせ贅沢なんて出来ないから?(笑)


そんな五月も二十日を過ぎて後十日ほどになりました。


この時期って
世間一般ではもう初夏になるんでしょうかね。

沖縄では梅雨入りしたそうですね。
西日本や関東辺りでも
もう普通に真夏日なんて日も増えてますよね。

梅雨が明けたら本格的な夏だそうですから
この時期はやはり初夏に当たるんでしょう。

が、しかし!?

我が、北海道だけその波に乗り遅れているようです。

気温が二十度を超えたかと思えば
翌日には最高気温が一桁に戻ったり
ここのところ、そんな毎日が繰り返されています。

一日で気温差が十度以上あって
それが毎日乱高下を繰り返しているのです。

私も今のところはまだ身体も付いていけています。
ほら、まだまだ若い証拠でしょ?(エヘン!)

でも、これ以上続くと?

例えば、汗をかいて体温を調節したりするのは
自律神経なんですよね。

なので、自律神経がしっかりしていたら
多少、気温がどうあれ
そう体調に影響はないのでしょうが・・・

私の場合、まだまだ若いしね(エッヘン!)

でもね~

これでもう少し歳を取ったりしちゃうと
自律神経もそれこそ自立して出張なんかしたりして
体調を崩しやすくなるんでしょうね。

これがホントの自律神経出張症・・・


なんちゃって?


はいはい、解ってますってば。
自律神経失調症ですよね?

私が言いたかったのはそれです(笑)


えっ?

オチにしては苦しいですって?

あーた、オチってね~

私は落語家さんじゃないんですからね。
私は寒いオヤジギャグとかくだらない冗談とか
そんなんは大っ嫌いなんですからね。

私ってば
根っから真面目な、そいでもってホレ、アレですよ。

そうそう!
いつものやつね。

純粋でー、素朴でー、寡黙でー

・・・?


ん、次の言葉が出てこないぞ!

だ、誰だ?

私の口を塞いでいるやつは?


止めてーーーーー!

は、放せっ!


もっと私を美化させてくれーーーーー!


だって
自分で言わなきゃ誰も言ってくれないし・・・(シクシク)




そんなこんなの五月某日。

明日は暖かくなると良いな。
寒いのはもういらん!
暑いのもまだ遠慮しておく!
ネタ?
ネタはいつでも大歓迎!

ゆーあーうえるかむ!(笑)



to be or not to be ?

昔、小学生の時
遠足に持っていくバナナはお弁当か?
はたまた、おやつか?

そんな熱い論議がありましたよね

五十代以上の方なら
身に覚えが無いとは言わせません(笑)


まぁ、それはともあれ

現代でも
「これはどっち?」
なんて迷うようなモノってありますよね


例えば、そうね・・・

おネエ系タレントも色々いますが
「はるな愛」はニューハーフ
「クリス松村」はオカマ
「ミッツ・マングローブ」は女装家

では、マツコ・デラックスの分類は?

これは皆さん解っているのかな?

常識ですか?

ホントに?(笑)

じゃ、正解は書かなくてもOKですね?


今、解らなくて焦っているあなた・・・

正解はWebで(笑)


因みに私は「佐藤かよ」なら許せます!

って・・・あっ、いやいや!
私はそっちの趣味は無いんですけどね(笑)


ともあれ、これはまぁ
掴みのネタですが本題はここからです

ちゃんと付いて来て下さいよ


オーソドックスな例では

「西瓜」は野菜? それとも果物?

なんていうのがありますね?

皆さんはどっちだと思いますか?


学術的には一般的に
木になる実は果物で
草茎、つるになるものは野菜
と、言われていますが
じゃ、木になる「栗」や「ナッツ類」は果物か?
つるになる「ぶどう」は野菜か?
と、言う疑問が残りますよね

ましてや
「パイナップル」の立場はどうなるんでしょ?


全国農業協同組合連合会によれば
野菜は種類によって
根・茎・葉・実等を食べる植物を言い
果物は実だけを食べる植物を言う

だ、そうです

じゃ、「小豆」はどっち?
食べるのは実だけだよね?
と、突っ込みたくもなりますが(笑)

ちなみに
食べて甘いものは果物と言う人もいますが
じゃ、酸っぱい「レモン」は野菜ですか?

と、なりますので
ここでも解決はしません


私的に納得が出来るとすれば
おかずにするのが野菜で
おやつやデザートになるのが
果物なんじゃないかなぁ~なんて思ったりもします


えっ?

「それじゃ、パンプキンパイはおやつじゃないの?」

「ポテトサラダはおかずだけど
 ポテトチップやフライドポテトはおやつだし
 どっちにもなるポテトはオカマみたいなものか?」

ですって?

えぇ、サツマイモもしかりですが
きっとおネエ系野菜なんでしょうね(笑)


はたまた
「栗」もそうだけど
「コーヒー豆」やら「茶葉」とか
ビールの原料になる「ホップ」はどっち?

飲み物として食事と一緒にも摂りますが
明らかにおかずではないですよね

しいて言えば
野菜にも果物にも属さない第三極?


疑問はさらに疑問を呼び
調べ人を迷宮の彼方に誘い込む・・・

なんか、そんな感じ?(笑)


ネットなんかで調べても
色々な人が色々な事を言っていて
結局は結論が出ないのが結論のようです

私が見た中には
病院のお見舞いに持って行けるのが果物で
持って行けないのが野菜だなんてのもありました

何か、納得しましたが(笑)


話を元に戻しますが

西瓜に関して言えば
あくまで瓜科の植物なので
本当は野菜なんでしょうが
心情的には果物でいて欲しいかな

落着き処としては
本籍野菜・現住所果物
そんな感じでしょうかね


ともあれ
書いた以上は
何らかの結論を出さなきゃならないのですが

果物と野菜の境目?

私としては

食べる時におやつとして食べたら果物で
おかずとして食べたら野菜だ!

いっそ、そう言い張りましょうかね


そう、食べる人が決めれば良い話です

(何か投げやり?(笑))




さて、いよいよ始まった
「To be or not to be」シリーズですが

(えっ? シリーズ? 聞いてないぞ!(汗))

次回のテーマは

(ダメだって、首を絞めるんだから!)

そのうち考えます

(ホッ)← ホントは何も考えていない
       いつも行き当たりばったりの作者の
       心からの「ホッ」



最初はただ寂しかったから
それだけから始まった恋とは言えない恋

あなたの優しさに甘えてばかりで
後ろめたい気持ちが私をいつも責め立てていた

愛されれば愛されるほど心が苦しくて
いつか、作り笑いさえ作れなくなっていた

結局

あなたの前では可愛い女にはなれなかったね

最後まで・・・



それでもあなたは気に留める風でもなく
いつも笑って私を包んでくれていた

素直になるキッカケを見つけられなかったのは私

そう、いつも私



どんな言葉で繕ってみても
自分の心までは繕えなかった

そんな私の言葉なんて
あなたにはどれも嘘に聴こえていたかしら?

本当は・・・本当はね


気にしていたのが私だけなら良いけど
今はもうあなたに確かめる術もない



追いかけた季節の温もり

それは他の誰かではなくて
多分、あなただったと思う

今にして思えば



回り過ぎた時計の針を戻して
やり直すことなんか出来ないってこと

分かってる

それを願える私じゃないことも



けれど だけど それでも・・・



もしも出来るなら
あの場所に戻ってもう一度あなたに出会いたい

私がまだ
本当の私でいられたあの時にもしも戻れるのなら



夕食後の団欒がそこにあった。

和気藹々。
まさにそんな言葉がピッタリの光景。

いつものように携帯ゲーム機を片手にソファに座り
テレビをチラ見している長女。

部活疲れで眠たいのか?
いつもよりかなりハイテンションで喋りまくる次女。

点いていないストーブの前で寝転がっている猫。

平和な時間だ。


テレビでは嵐が歌っていた。
するとそれを観ていた父は娘らに訊いた。

「そういやさ。嵐を一文字で言うと何か知ってる?」

「漢字で<嵐>じゃないの?」

「バカか。それじゃ問題にならんだろ?」

「じゃ、何?」

ニヤリとするとしたり顔で父は言った。

「降参かな?
 じゃ、しゃーない。教えてやろうか?
 それはな。ズバリ!<あ>らしいぞ。
 <あ>らしい、<あ>らし。
 嵐だけに? ガハハ♪」

そう言うと自分の言葉にウケたのか
父は大きな声で勝ち誇ったように笑った。


シラケた表情の娘達。
冷たい視線が父を突き刺す。

「えっ? あれ? なんで? 面白いべ?」

それに答えずに娘達は見合うと無言の会話をした。

『どうする? 一応、笑っておく?』

『いや、ここで甘やかすとクセになる』

『そしたら放置?』

『当然!』

長女と次女を交互に見た父は
娘らの反応の無さに焦りの色を隠せない。

『ヤバい、やっちまったか?』

焦る父。
その額からはテカる脂分に交じった冷や汗。

テレビではきゃりー・ぱみゅぱみゅが明るく歌っていた。
それを観た父は思い付いた。

「あっ、そうだ! こんなの知ってる?
 早口言葉なんだけどさ。難しいぞお~」

あくまで無反応な娘達。
現実を受け入れられずに独り突っ走る父。

「かえるぴょこぴょこって知ってるだろ?
 あれのハイブリッドバージョン!
 お前ら、言えるか?」

最早、娘らの反応すら確かめようともしていない。
いわゆる<必死>

「かえる、不二家、タヌキ、きゃりーぱみゅぱみゅ。
 これを順番に続けて言えるか?
 先ずは、かえるだ。いいか? ゆっくり言うぞ。
 かえるぴょこぴょこみぽこ・・あれ?
 かえるぴょこぴこ・・えっ? あれっ?」


話が先に進みそうもないので私が解説をしよう。
父が言いたかったのはこうだ。

 かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ。
 合わせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ。

 不二家ぺこぺこみぺこぺこ。
 合わせてぺこぺこむぺこぺこ。

 タヌキぽこぽこみぽこぽこ。
 合わせてぽこぽこむぽこぽこ。

 きゃりーぱみゅぱみゅみぱみゅぱみゅ。
 合わせてぱみゅぱみゅむぱみゅぱみゅ。

さぁ、父よ。名誉挽回のチャンスだ!
ファイト!
まぁ、無駄だとは思うけどね。


「わ、分ったか?」

再び、娘らの無言の会話。

『?』

『面白いから黙って聴いてよう』

『らじゃ!』


父は起死回生とばかりに声を張り上げた。

「じゃーん! 超ムズハイブリッド早口言葉ー!
 かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ。
 合わせてぴょこぴょこむぽこぽこ。
 不二家ぺこぺこみぺこぺこ。
 合わせてぺこぺこむぺこぽこ。
 タヌキぽこぽこみぽこぽこ。
 合わせてぽこぽこむぽぽぽこ。
 きゃりーぱむぱむみぱむぴゃむ。
 合わせてぱみゅぴゃむむぱむぱむ・・・
 ・・・はぁ・・・
 はぁはぁ・・・ぜぃぜい・・・」

息も絶え絶えとはこのことか?
軽ーく脳内酸欠状態?
まぁ、結果は見えていたけどね。

次女に目配せをすると
そそくさとソファを立ちトイレに向かう長女。

追いかけるように立ち上がると二階へと上がった次女。


「あれっ?」

父が見回した時、そこにはもう誰もいなかった。

「あれ? あれっ?」

その時、ストーブの前の猫が
眠りを覚まされて迷惑そうに一声<ミャー>と鳴いた。

それから猫は大きく伸びをすると
チラッと父を見て・・・

そして、猫もその場からいなくなった。



運命論

出会うのが遅かったということは
縁が無かったってことだって言う人がいるんだけどさ。
『それが運命だったんだ』と、言うなら
遅かったにせよ出会ってしまったことも
『それは運命だった』と、言って良いと思わない?


「出会うべくして出会っただけなのかもしれないけど
 そして、その時のお互いの状況にもよるけどね。
 例えば、ホントは出会っちゃいけなかった二人が
 神様の悪戯か? 悪魔の誘惑か?
 それとも
 単なる<時>の気まぐれだったのか?
 それはともかく、出会ってしまったとしたら
 その時点では確かに
 運命はその方向に流れているんだろうね」


そうだろ?
じゃ、俺だけが悪いって訳じゃないよね?
運命を振りかざして俺を悪人にするなら
それはそれでも構わないさ。
だってもう出会ってしまったんだもの。
仕方ないじゃないか。
その事実は変えられないよ。


「でも、だからって
 それを運命のせいにしたらズルいよ。
 だって、決めたのは自分だろ?」


もちろん、運命だけのせいにするつもりはないよ。
そう、決めたのは俺だし。
でもさ、もしそれが運命だったとしたら
二人が出会う為にはこれだけの時間が必要だった。
そうも言えるだろ?
その間に経験したこととかがあったからさ
出会った後の二人を幸せにするんだよ。
もし、もっとずっと前に出会っていたら
幸せにはなれなかったかもしれない。
だから、二人にはこれだけの時間が必要だったんだよ。
つまり、それが運命さ。


「まぁね。確かにタイミングというのは大切だね。
 出会いも人の縁も
 タイミングが悪けりゃ上手くはいかないものだから」


だろ?
早く追いかけなきゃならないものもあれば
ゆっくり時間をかけないとダメなこともある。
遅過ぎて逃すものもあるし
逆に早過ぎて掴めないものもある。
考えたらタイミングって難しいよね?


「そうだね」


もっと難しいのはどのタイミングが正しいのかが
その時には解らないってことだよね。
上手くいく運命だったのか?
上手くいかない運命だったのか?
どっちにしても結果論でしかなくってさ。
結局は運命なんて単なる結果に過ぎないのかな?


「あるいは、結果に対する慰みというか・・・
 『それが運命だったんだ』とか
 『それが運命なら仕方がない』とか
 そう言えば上手くいかなかったとしても
 自分に対しての言い訳になる、みたいなね。
 そんなものなのかもね」


そうだとするなら
結果が出る前から運命を論じてもそれこそ仕方ないよね。


「そうだね。
 きっと、運命というのは選択肢のことなんだろうな。
 分岐点って言った方がいいのかもしれないけど。
 さて、分かれ道に出ました。
 あなたが進める道は前と左右の道の三本です。
 どの道を選びますか?
 で、選んだ道を進んで行くと又、次の分岐点が待っている。
 そして又、その次も、その又、次も」


幾つも運命があるってこと?


「最終的なゴールが運命だったのかもしれない。
 でも、それまでに選んだ道も
 運命だと言えば言えるんだと思う。
 大きく見るなら
 その全てを総じて運命というのかもしれないね。
 人の一生って全部が繋がっているんだからさ。
 少なくとも、過去は運命だったと言えても
 それじゃ<今は?>と言われたら
 誰も答えられないよね?
 未来も一緒さ。
 希望的観測でなら言えてもね」


まぁね。


「その意味で言えば、宿命も同じかもね。
 言葉の定義はそれぞれあるにしても
 じゃ、<今はどっち?>って言われたら
 <神のみぞ知る>ってとこじゃない?」


そうだね。
それじゃ、今ここで運命を論じていても
やっぱり仕方がないんだね。


「そうだね。
 でも、誰かが言ってただろ?
 <運命は変えられる>ってさ。
 ただ、状況に流されるだけなら
 悪い目が出てしまうと誰かを怨みたくなるよね?
 そうじゃなくってさ。
 自分で決めたんだと思えば誰の責任でもなくなるよね?」


まぁね。自分の責任だよ。


「それが解っているんならそれで良いんじゃないかな。
 例え、運命が結果論でも単なる分岐点に過ぎないとしてもさ。
 運命の行く末は自分でちゃんと見届けたら良いんだよ。
 その覚悟の方が運命論よりもずっと大切なんだと思うな」



例えば

例えば


何かに躓(つまづ)くと

自分は悪くないって
他人のせいにしていない?


仕方ないって自分を慰めていない?


何かに躓いた時って

見えている風景が
変わる瞬間でもあるんだ

それはもしかしたら

本当はすごくラッキーなことで

そこに新しい運命が
待っているかもしれないよ




例えば


何もしないうちに

自分で可能と不可能を
分けてしまっていない?


無理だって自分で決めて付けていない?


出来ること 出来ないこと

それはもちろん
誰にだってあることなんだから

出来ないからって

自分を責める必要もないよ

それが出来ないって
確かめられただけでも良いじゃない?




例えば


歩いてみもしないで

自分の歩くべき道を
デコボコだとか文句を言っていない?


歩けないって自分から諦めていない?


早足で歩けなくたって

真っ直ぐに歩けなくたって
気にすることはない

同じ道ばかりを

いつも選んで歩いているだけじゃ

本当に大切なモノは
見つけられないかもしれないよ




「ねぇ、そう思わない?」

そう、自分に問いかけてみた



<春眠暁を覚えず>
なんてネタは過去にも何度か書いてきました

<休みの疲れを癒す休みが欲しい>
なんて話も幾度となく書いてきた気がします

そして
その二つの大命題を兼ね備えた時
それはまさに<今>です

いやいや
これは今やタレントになった(?)
有名塾講師の台詞ではなくて
あくまで私的にはリアルガチな話でして

今夜は
世の中のお父さん族全てを代弁してモノ妄想・・・
いや、モノ申そうではありませんか!



連休最後の夜ほど刹那的なモノはありません
だって、休みはもう終わっちゃうんですから

『寝たらすぐ明日になっちゃうしなぁ~
 やっぱ、もう少し起きてようかな』

少しでも明日を先延ばしにしたいという
なんという意地らしい男心?

が、しかし現実は
<The impossible dream>


布団に入って目覚ましをセット

『そろそろ寝るか。
 せめて今夜はどんな妄想・・いや、夢をみようか』

と、思ったのも束の間・・・秒殺で爆睡

『ムニャムニャ・・・グースーピー、ガオー』

しかし
それがどんな夢かを記憶をする間もなく

朝、決まって定時に鳴る
律儀な目覚ましのベルにすぐさま現実に引き戻される

眠たさと後悔

『あぁ、もう朝? ホントに眠ったのか?
 時計が間違ってんじゃない?
 どうして時計だけが正しいと言い切れる?
 眠ぃ・・・あぁ・・・でも、起きなきゃ・・・』

そう思いながら
五分後に再び鳴るであろう
目覚ましの律儀さに託して目を閉じる


きっちり五分後

私の目覚ましはなんて律儀な奴なんだろう?

(スヌーズ機能ですから)

まぁ、律儀なのは良い
ズボラな目覚ましじゃ困るんだから

(任せてください!
 日本の誇る精密機械ですから!)

でも
少しくらいは
融通をつけてくれても良いんじゃないか?

心の中でそうぼやきながらぼんやりと時計を見る

『どうする?』

そんな飼い主の心の声にはお構いなしに
自分の任務に
ストイックなほど忠実で律儀な目覚ましは
ひたすら「起きろ!」とベルを鳴らし続ける

(それが、the 仕事 です)

『分かった、分かった。
 分かったから意地悪は止めてくれ』

(意地悪ではありません。
 第一、セットしたのはあなたです)

『分ったよ、ちゃんと起きるから』

と、目覚ましを油断させてその隙に

『さよなら、目覚まし君・・・』

とまた、目覚ましを止める


再び五分後

『分かったよ~分かりましたです!はいはい』

いくら律儀な目覚まし君とは言え
これ以上起きなきゃ
さすがに怒ってもう起こしてくれなくなる?

(よ~っく解ってんじゃん?)

そんな妙な強迫観念にかられて渋々、起き上がる

『今夜こそ早く寝よう。そうだ、そうしよう!』

自分にそう言い聞かせる
呪文のように何度も、何度も・・・


しかし、喉元過ぎれば何とやら!?

夜になると元気になるのだからしょうがない
かくして、今夜も夜更かしの夜を過ごすのでした


明日の朝になれば
また後悔をするのは分かってはいるのだけど
短い一生だと思えば
簡単に寝てしまうのはもったいない

なんて自分を正当化する私・・・健気?


結局、季節や何かには関係なく
年がら年中
後悔と葛藤の朝は続いていくのです

しいて光明はというと

今回は連休が明けても二日だけ働けば
またすぐに土日が待ってくれているということ!

OH,神様! サンキューでーっす!

これって私の日頃の行いのたまものだよね?

(いえいえ、ただのカレンダーの都合です)

えー?

そ、そんなことはないだろ?
私の行いが良いからだよ!

(それはともかく
 世の中のお父さんの代弁がどうとかいうのは
 あれはいったいどうなったんだい?)

えっ?

そ、そ、そんなこと書いたっけ?

『グースーピー、ガオー、ヤーン♪』

(おいおい、まだ目覚ましセットしてねぇぞ!)

『えっ、忘れてた』

(やっぱ、タヌキ寝入りかい?
 都合が悪くなるといつもこうじゃん。
 タヌキは体型だけにしておけよな)

は、はい・・・すんまポン・・・



今年の春はいつもよりもせっかちで・・・
いやまぁ、これは悪いことではなくて
まっこと有りがたき幸せにございますです、はい

そんな中

野に山に
そして、例年以上に
いや、よりいっそう
街の中にも一斉に今が盛りと花木が咲き乱れるGW

薄水の空を気持ち良さそうに白い雲は泳ぎ
爽やかな風の中を軽快に羽を滑らせて鳥たちは歌う

冬の間は足元ばかりを気にして歩いていた人々も
或る日、背中の温もりにふと空を見上げた

そこにはまもなく訪れるであろう
初夏を誘う太陽が溢れるほどの笑顔を見せていた




どんな場所にも招かれざる客と言うのはいるものだが
人々が春の訪れを心から喜んでいると
その鼻先をへし折ろうとでもするかのように
そこに奴は必ずやって来る


誰もお願いしてはいないのに
誰も招いてはいないのに

そこに顔を出したからといって
誰にも喜んではもらえないのに

それでも奴は
毎年この時期になると決まって律儀にやって来る

律儀?

いや、その言い方は適切ではないだろう

それはある種、嫌がらせと呼んでもいい

天の邪鬼のように雨が降れば降ったと活き活きとなり
人々を嘲るように我が物顔で春の陽射しを謳歌し
人々の誹りを受ければ受けるほどに
悠然と闊歩しその勢力を伸ばし続けていく

時に
可憐な花を見せては人々を欺きながら
地中深くに陰謀を張り巡らせる


それは冬将軍が最後に送りし間者なのか?

「どうじゃ、春なんかより冬の方が断然良かろう?」

そんな冬将軍の嘲笑いが聴こえてくるようだ


招かれざる者、汝の名は・・・庭の雑草


日曜日の午後

奴が私に与えしモノは
45リットルのゴミ袋三袋分の嫌がらせと
三日分の腰痛・・・アイタタタ・・・




【著者の言い訳】

我が家の三十坪ほどの庭を侵略し蔽いつくそうとする
まるでエイリアンのような雑草軍団

それらに対して
庭には果樹もあるので除草剤は撒けません

この為
しゃがみながら全部一つ一つ手作業で雑草を抜きます

これが毎回、45リットルのゴミ袋でほぼ三袋分

「なら、普段からもっとマメにやれよ」
って話かも知れませんが

だって、放っておいたって
冬になれば全部枯れてくれるんですよ

そんな不毛な作業を毎週なんて出来ます?

やりたいですか?

せっかくの休みの1/4を
こんな事で潰したくないでしょ?

嫌でしょ?

ねっ? ねっ?

まぁ、確かに
これをずっと放っておくと
夏が終わる頃には間違いなく
我が家の庭はジャングルになりそうなんで
これがガマンの限界かって時に
渋々やってるんですけどね

でも、同じ体勢で何時間も作業をしていると
これが腰に来るんですよね

アイタタタ・・・

まぁね
私なんかは若いですから
雑草取りを終えた瞬間にはもう腰痛が来るんですがね

ほら、そこの誰かさんみたいに
三日後に痛みが来るとか
忘れた頃に
「あれ、これ何の痛みだっけ?」

そんな事ぁ~ありやせん(見栄を張ってみる)

腰痛・・・

そういや、こいつも招かれざる者の仲間ですな

アイタタタ・・・



方言万歳!

私達五十代の人間が小学生くらいの頃
テレビはかなりの勢いで各家庭に普及しました。

もちろん当時は白黒テレビでしたけどね。

おそらく四十代の方なら
物心ついた頃に観ていたのは
ほとんどがカラーテレビだったと思いますが。


テレビの功罪はいくつかあります。

テレビが普及をしてからは
今のネットほどではありませんが
全国何処に住んでいても
ほぼリアルタイムで同じニュースを知ることができました。

歌やファッションなんかの流行もそうです。

つまり
都会と地方の情報格差が無くなってきたのです。


一方で
テレビが普及するにつれて
地方から失われていったものがあります。

そのひとつが<方言>です。


北海道はそもそも明治時代に
全国各地から入植した人々によって現在があるので
北海道弁と言っても
ルーツを辿れば
東北だったり中部地方や山陰などさまざまな訳です。

なので
色々な地方の言葉が混ざり合った北海道弁こそが
真の日本の標準語だなんて言う説もあります。


私達の世代で言えば祖父母の代が入植者に当たります。

私なんかも小さい頃から
祖父母や叔父・叔母の言葉に馴染んでいたので
自然と同じような言葉を使うようになっていました。

それは言葉もそうですし
イントネーションなんかもきっとそうでしょう。

(特に父方の祖父母の出身は秋田だったので
 今思えば、かなりイントネーションに癖がありました)

ただ、それは時代の波の中で自然に薄れていきました。
もちろんテレビの影響が大きかったんだと思います。


私なんかは根っからの北海道人なので
たぶん、今でも
北海道弁も自然に喋ってはいるんでしょうが
どれが方言でどれが標準語とか意識はしていないので
言わば、方言と標準語のごちゃ混ぜ言葉です。

でも、色々な経験の中で
どれが方言かはだいたい解ってはいます。

学生時代に東京で思い知らされたんですけどね。


さて問題は子供の世代です。

私達の親の世代くらいから核家族化が進み
我が家の娘なんかも
たまに遊びに行くことはあっても
祖父母と同居したことはありません。

生まれた時から普通にテレビがあり
テレビの幼児番組を観て育ちました。
小学生のうちからインターネットを使っています。

親の私達が何気なく使っている方言を
聞いているので
多少は違和感無い程度には方言も使っています。

ただ本人はそれが方言とは認識はしていませんが。

それにしても
私が知っている方言の数パーセントくらいでしょう。


たまに会話の中でボロッと出てしまう私の言葉。

それに対する娘らのリアクションは「???」

それはまさに私が学生時代に東京で味わった
学友達によるリアクション。

あの「???」と同じなんですよね。


一般的に言われていることですが。

関西人は東京に行こうが何処に行こうが
自分達の言葉を通します。

一方、東北人等は東京に出たりすると
方言を出さないようにしている人が多いそうです。

その違いって何でしょうね?

自己主張が強いかどうか?
引っ込み思案かどうか?
と、いうような県民性の違い?

東北人に限らず地方の人の多くは
東京に出ると
訛りが強いことを恥ずかしがる傾向がありますよね。

でも、生粋の東京人だって喋っている言葉は
いわゆる「江戸弁」なんですよね。
これだって立派な方言です。

東京人と言ったってアナウンサーを除けば
果たしてどれだけの人が
きちんとした標準語を喋っているのでしょう?
みんな標準語だと思っているだけでね。


地方に旅行に行ってその土地の言葉を聴くと楽しくなります。
TVなんかで方言を喋っている女子高生がいたりすると
「可愛いな」って思ったりします。

あっ、私は決してロリコンじゃないですからね(笑)


確かにTVを見てるとたまに
その会話を聴いても
テロップがないと意味が解らなかったりする方言もありますが
それも又、味わいが深くて良いものです。

それに方言って意味が解らなくても
ほのぼのとした感じで
何か相手の人柄が温かくさえ感じます。

実際、そうなんでしょうけどね。

一部(?)地方によっては(?)
柄の悪い言葉が多くて
可愛い女性がそれを使っているのを聴くと
思いっきり引いちゃうなんてこともありますが(笑)

ともあれ

言葉はその地方の文化の最たるものです。
その地方の言葉を大切にすることは
その地方の文化を大切にすることでもあると思います。
そして文化を伝承することでもあります。

恥ずかしがらんでどんどん方言を話すべ!

都会がなんぼのもんだってばさ!

なぁ~んも恥ずかしくね。
なんぼでも方言を喋ればいいっしょ!




折しも時はGW。
この機会にと帰省をする人も多いでしょうね。

懐かしいお国言葉と優しい笑顔とそして故郷の味。
きっと何よりもホッと出来る時間でしょうか。

みなさん、良い連休をお過ごしくださいね。

そして
「連休だけど何処にも行く予定はないよ」とか
「仕事で連休なんてねぇよ」という方々も
きっとたくさんいらっしゃるでしょうね。

そんなあなたにも良い日がありますように。




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