Neko

夢の汽車に乗って 2015年02月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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他人の目

他人の目って気になりますか?

そうですね
「ならない」と言えば嘘になるかも知れません


他人の目を気にしないようにするということは
その時点で既に気にしているということですね


じゃ、他人のどんな目が気になるんでしょう?

自分がどんな風に思われているのか?

何かを言ったり、したりした時に
どんな風に思われるか?


もっと言えば

自分の見た目だったり
自分の性格だったり
自分の仕事ぶりに対する評価だったり
自分のポジションだったり

気にしたらきりがありませんね


それは十分に解っています

それでも気になるのが他人の目という奴です


きっと自分に自信があれば
そんなものは
どうでも良いと思えるんでしょうけどね






根拠の無い自信を
自慢げに振りかざしていた若い頃

 怖いモノ知らずでいられたよね


自分の存在理由をあっけなく否定された時に
反論出来ない自分にただ苛立っていた若い頃

 悪いことはみんな世の中のせいにしていた


他人の目を気にすることが無かったんじゃなくて
他人の目に気が付かなかっただけの若い頃

 だって
 あの頃は前しか見ていなかったんだから


どうだった?
あの頃は良かったかい?

 あの頃?
 そうだね、楽しかったよ


あの頃はそれで幸せだったかい?

 幸せ?
 そういや、そんなことは考えたことも無かったよ


それで、今はどうなんだい?

 今かい?

 今は他人の目と
 自分で思う自分自身のギャップが
 昔よりは少なくなった気がするよ


それだけ他人の目を気にしなくなったってこと?

 さぁね、どうだろ?
 開き直ったのか、諦めたのか
 それとも
 自分のことが昔よりは解るようになったのか

 でも、なんかね
 もうそんなこともどうでも良いかな

 昔みたいに無理してカッコをつける気もないし
 自分を繕うことに意味も見つけられない

 だいいちね

 そもそも
 他人の目が僕を幸せにしてくれる訳でもないしね



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青春都市伝説

今、普通に考えると

「そんな訳はない。それはたまたまでしょ?」

って、思えるのに

なんででしょ?

若い頃
特に十代後半くらいには
仲間内で

<まことしやかに信じられていた事柄>

って、ありましたよね?


例えば、そうね・・・

<あの店でナポリタンとレスカを注文すると恋が叶う>

だとか

 *レスカ・・・今は言わないのかな?
  これは五十代以上の方なら解りますよね?
  はい、レモンスカッシュのことです。
  考えてみれば
  若者独自の略語って昔からあったんですね。
  今の若者言葉は略し過ぎていて
  私にはさっぱり「イミフ」ですが・・・
         (イミフ=意味不明)


<好きな子の写真を枕の下に置いて寝ると夢が見られる>

だとか

 *でも、これは絶対に嘘です!
  だって、高校生当時好きだった
  浅田美代子の写真(雑誌「明星」の切り抜き)を
  何回も枕の下に置いたけど
  一度たりとも夢なんぞ見られなかったもーん!
  えっ? 生写真じゃないとダメ?


例えば、そうね・・・

男子なら誰もが思い当たるんじゃないかと思いますが

<ギターが弾けると女にモテる>

だとか

 *折しも、私の青春時代はフォークソング全盛期。
  男はみんな長髪、ベルボトムのジーンズ
  中にはロンドンブーツなんかを履く男も。
  カラオケも無かった時代ですから
  女子の前でギターを弾いて歌えば
  そりゃモテたんでしょう。
  もっとも、実際にはギターが弾けるなら誰でもじゃなくて
  当然、歌が上手くてイケメンというのが
  絶対条件というのは今も昔も普遍でしょうか?
  私、ギターはそこそこ上手かったんですけどね・・・


男子つながりで言うならこんなのも


例えば、そうね・・・

<ビニ本の黒塗りはバターでこすると消える>

だとか

<いやそれはシンナーじゃないと消えない>

だとか

 *ビニ本について解らない人は
  近くの五十代くらいの男子に訊いてください。
  あっ、ちなみに印刷ですから
  何をどうしたって消える訳はないんですけどね。
  ただ、輸入物の一部には・・・
  おっと、これ以上は止めておきましょう。
  私にもイメージってものがある・・・ので?


例えば、そうね・・・

これは北海道ローカルですが

<ホワイトイルミネーションをカップルで観ると別れる>

だとか

 *ホワイトイルミネーションは札幌の冬の風物詩で
  街路樹をイルミネーションで飾っています。
  まぁ、今はイルミネーションも豪華になって
  各地ですごくキレイなのがたくさんありますね。
  キレイなイルミネーションの中で
  着飾ったイミテーションを見たら、そりゃね・・・
  おっと、世界中の女性を敵に回すところでした(笑)


例えば、そうね・・・

同じようなことで言えば

<○○公園のボートにカップルで乗ると別れる>

だとか

 *ん~ きっと誰かさんみたいなモテない男が
  (誰とはあえて書きませんけどね)
  やっかみで言ったんでしょうけど
  一応、真実味もないことはありません。
  漕ぐのが下手な彼に彼女が「へたくそ」と言ったら
  怒った彼が彼女を池に突き飛ばして放置。
  結果、別れた・・・なんてね(笑)
  でも「へたくそ!」と言う女子の言葉ほど
  男の胸にグサッと刺さる言葉はありませんからね。
  例え、どんな場面でも・・・


別れモノだとこんなのもね

<カップルで恋愛映画を観に行くと別れる>

だとか

 *はい、十分にやっかみだというのは
  哀しいくらいに解っておりますです・・・はい。


例えば、そうね・・・

<鼻のデカい男はアソコも・・・>

おっと、これれは読まなかったことに!

私の今まで培ってきた品性が疑われかねませんので?


えっ? もう遅い・・・ですか?

ガーーーーーン!?


ともあれ

まぁ、そんなこんなあんな?
いわゆる都市伝説というにはちとチープな気もしますが
若い頃というのは
いい加減な噂話に心をトキめかせたり
根も葉もない話に一喜一憂してみたり
胡散臭い話題ほどキラキラして見えたりして
嘘っぽい話ほど真実味を感じたりしていましたね

それだけ<経験>に乏しかった訳ですから
当たり前だったのかもしれませんが
逆に言えば
それだけ純真だったのかもしれません

今ほど情報源も多くなかったですしね


今はもう懐かしい青春時代

あなたが信じていた都市伝説は何でしたか?



そうだね よくあることさ

すれ違った時 少しだけ絡まった糸が

君との始まりだったとか



そうだね よくあることさ

仕掛けた<偶然>も 二人が信じさえすれば

いつか運命に変わるだとか



そうだね よくあることさ

ホンの間違いが いつか本当のことになっていた

笑えることとか笑えないこととか



そうだね よくあることさ

他愛もない ボタンのちょっとした掛け違いで

ついケンカになったりだとか



そうだね よくあることさ

良いことばかりが 続いてはくれないなんて

君がぼやいていたことだとか



そうだね よくあることさ

待っ黒焦げの パンケーキ考えあぐねて

君がいつもの倍の笑顔で出したことだとか



そうだね よくあることさ

洗濯物を 外に干した日に限って

昼寝過ごした君を夕立が起こしてくれたことだとか



そうだね よくあることさ

何でもない日常に 君がいるだけで

時々、妙に心愉しくなることだとか



そうだね よくあることだけど

それは当たり前ではないのかもしれない

幸せ過ぎると少しだけ不安になることだとか




「この草原の向こうには何があるんだろう?」

遥かに続く大平原は時に男の視界を妨げた

だがそれは

男に沸き立つ希望に勝るものではなかった

そうして男は幾つかの昼夜の後に

やがて雄々しく険しい山の麓に立った



「この山の向こうには何があるんだろう?」

山は行く手を拒むかのように立ちはだかった

だがそれは

男の好奇心を阻むほどのものではなかった

そうして男はついに山を越えて

やがて果てなく続く大地を眼下に見た




男の旅は続き
やがて大きな街に出た

道は人で溢れ夜も眠らない煌びやかな大都会




「この街ならきっと何かがあるはずだ!」

空を覆い尽くすかのようにそびえ立つ無数のビル群

だが結局それらは

男の満足感を満たすものではなかった

そうして続けた旅の果てに

やがて男はどこまでも広がる海を見つけた



「この海の向こうには何があるんだろう?」

水平線の煌めきは悪魔の誘いのようにも見えた

だがそれは

逆に男を奮い立たせるものでしかなかった

そうして海を渡った男がいた

潰えることのない夢だけを旅の道連れに





男が追い求めていたものは何だったのだろう?

そして

その先に見つけたものはいったい何だったのだろう?







今、私は
僅か数坪ほどの空間に身を預け
数多の男達に思いを馳せている

幸せについて考えたり
生き方について考えたりしながら


大きな夢に挑んで破れた人と
小さな夢さえ叶えようとはしない人

仮に結果は同じだとして
それでももし
違うものがあるとすればそれは何だろう?

充足感?

それともただの自己満足?


人生はどれだけ生きるのかではなく
どう生きるのかだ

そう言った人がいた


そうだとするなら・・・


そうだとするなら
何の為に生きるのかということと
それと同じくらい
誰の為に生きるのかということも
きっと大事なことなんだろう

それが例え
自分の為だとしても
愛する誰かの為だとしても
見も知らぬ他人の為だとしても
それは形の違いだけの話であって
言い換えれば
どう生きるのかということだ

それを他人が自己満足だと揶揄するならすれば良い


乱暴な言い方をすれば

確かに

誰かの為に生きようが
自分の為に生きようが
所詮は全てが自己満足に過ぎないのかもしれない

だが

その為に男は
顧みることも忘れて時に命を賭けることもある


それが「幸せなのか?」と訊かれたら
男はただ黙って微笑むだろう

幸せとは
他人には解らない自分に対する満足感なのだ

第三者から見たら取るに足りないような満足感でも

「それで十分だ」

男はそう言うに違いない



美女と野獣

『美女と野獣』

ディズニーアニメやミュージカルとしても
超有名なこのタイトルですが
今日はそんなこととは全く関係なく話は進みます


初めに断っておきますが
自分でもやっかみだって言うのは
それはもう十分、いや十二分に解っています

無いモノねだりだということ・・・も?(笑)


でも、いるんですよね~
本当に、美女と野獣のカップルって


『こいつ、大してカッコ良くもないのに
 どうしてこんな美人と付き合っているんだ?』

はい、もちろん余計なお世話ですね

でも、100%やっかみなのでご勘弁を(笑)


そんな時はアレコレ想像してみます

『きっと、こいつは何処かの会社の御曹司に違いない。
 いわゆる、2代目のバカボン・・いや、ボンボン。
 彼女は絶対、財産目当てに違いない!』

いや、解ってますって
やっかみですから(笑)


或いは、こうも想像します

『きっと女性は飲み屋のネーチャンに違いない。
 ほら、あの男心を誘うような超ミニスカート!
 あれは絶対間違いないさ。
 あー、あの男。
 可哀想に絞るだけ絞られてポイってのがオチだな』


こんなことも想像します

『あの男、あー見えて実はアレが物凄い・・・』


オホン、いや・・・まぁ
ちょっと下品な話はここでは割愛しましょうか(笑)


ともあれです

私としては
大してカッコも良く無い男が美人を連れていると
やっかんでしまう訳ですよ

だってね
もし、もしですよ

あの男に対する美人の彼女さんが

何処かの御曹司でもなく
飲み屋のカモでもなく
アレがナンチャラでもない
ごく普通の男にですよ

もったいないくらい
良く気がついて
家庭的で家事は何でもこなせて
思いやりがあって
性格も良くて尽くすタイプなんて
そんな女性だったとしたら
ねぇ、どうします?

この世には
神様なんていないことになるじゃありませんか!

私にとっては・・・ですけどね(笑)


そんなの有りですか?

ねぇ?

不公平だと思いませんか?

思うでしょ?

ねっ? ねっ? ねっ?


でも、根っから優しい私は
そんな二人の後ろ姿を見送って思う訳ですよ

「彼氏クン、今は良いだろうけどね。
 老婆心ながら、ひと言言わせてもらうなら
 女なんてね、所詮子供が出来たら変わるんだよ。
 せいぜい、今のうちに楽しんでおきなよ。
 今は『美女と野獣』と羨ましがられているけど
 後、何十年もしたら、どうなってると思う?
 食われているのはあんたの方かも知れないんだよ」

はいはい、やっかみですけどね(笑)


そりゃあね~

この私だってかつては・・・
まぁ、ずいぶん昔の話ですけどね

私には何でだか意味が解らないんだけど
恋人が出来ると
その度に決まって悪友達は言う訳です

「お前にはもったいない彼女だよな。
 ホント、美女と野獣とはお前らのことだな」


野獣?

この私が?

こんな素朴で真面目を絵に書いたような私が?

純情で奥手で
女性に押し倒されたことはあっても
女性を押し倒したことなんて・・・

まぁ、それは置いておきますがね(笑)


でも、私が野獣ですか?

見た目ならともかく解せぬ! ←認めてんじゃん?

あっ、いやいや(笑)


までも確かに
今なら野獣と言われても相応しいかも知れません

確かに
或る意味では・・・ですが

そうね、納得せざるを得ないかも知れません

ただし
その読み方は「やじゅう」ではなくて

「のけもの」

そう読むらしいんですけどね・・我が家では?


って・・・

やぁねぇ~ それ、やっかみでしょ?

ねぇ?

そうだと言ってぇぇぇ~~~~~! orz



老いて生きること

老人は疲れていた

無理も無い
もう何十年も必死に走り続けて来たのだ

仕事を退いた時、老人は思った

「これからは自分の為に生きよう」

それからは走るのを止めて
周りの景色を眺めながらゆっくりと歩こうと決めた

だが
老人の体力は最早、若い頃のそれとは違っていた

一歩踏み出す足も
心とは裏腹に思うようには動かない


歩き疲れた老人は
道路脇の切り株に腰を下ろすと
ふと目の前に見つけたタンポポに話しかけた


「歳を取るということは
 少しづつ
 持っている物を失くしていくということなんだろうか?

 だとしたら
 長生きをすることは辛いことでしか無くなってしまう。

 いっそ、呆けてしまって
 何もかも忘れてしまった方が幸せなのかな?」


タンポポは何も答えなかった


「お前さんは幸せなんだろうか?
 生まれた所で一生そのままじゃないか。

 誰かに踏まれたことだってあったろう?

 そんなに苦労をして 
 せっかく花を咲かせたって
 こんな切り株の陰じゃ
 誰にも見られないんじゃないか?
 それで虚しくはないのかい?。

 それでも、お前さんは幸せなのかい?
 それとも、自分は不幸だと諦めているのかい?」


タンポポはただ風に花を揺らしているだけだった


「やれやれ」

老人はそう呟くと立ち上がり
又、ゆっくり、ゆっくりと歩き出した


青い空には白い雲が浮かんでいた

一羽のツバメがスーッと
空を切り裂くように横切っていった


「鳥は良いな、いつも自由で。

 がむしゃらに働いて社会の役に立とうと頑張って
 必死になって家族を養い一生懸命に子供を育て上げ
 老後は子供に迷惑をかけまいと身を引いて生きる。

 それは俺自身の美徳のはずだったけど。

 でも・・・そんなことの為に
 俺はずっと頑張って来たのかな?」


聴いていたのか? 聴こえていなかったのか?
ツバメはそれっきり姿を現さなかった

雲は相変わらず青い空にぽっかりと浮かんでいた


老人は再び歩き出した

そこに立ち止っていても良いことなんか無いことを
老人は経験から知っていたのだ

「人間って因果な生き物なんだろうな」


しばらく歩くと道端に一体のお地蔵様が立っていた

長い年月を風雨に曝されていたのだろう
首に巻かれた赤いエプロンのような布は色も褪せ
所々、端が解れ始めていた

それでも
お地蔵様は穏やかな笑みを湛えているようにすら見えた

老人はお地蔵様に手を合わせると
独り言のように呟いた


「歳を取って
 思うように動かなくなる手足。

 当たり前に出来ていたことが出来なくなる。

 そんな怖さがお地蔵様には解りますか?

 それに比べたら
 死ぬことなんか何が怖いものか。

 ねぇ?

 幸せな老後なんて何処にあるんですか?

 人と人は支え合ってこその人です。

 なら
 支えてもらっているだけの俺は
 もはや人間ではないのですか?」


お地蔵様は黙して何も答えない
決して、何かを語ることもしない

春夏秋冬、どの季節も
晴れの日も雨の日も、そして雪の日も
人が拝もうが、ただ通り過ぎようが
それでもお地蔵様は
いつもこの場所で人々を見守ってきたのだ

穏やかな笑みは慈しみなのか?


老人は
その前に腰を下ろすと
しばし時を忘れて
お地蔵様を見入っていた

『何か言葉を頂けませんか?』

或いはそれは祈るような想いだったかも知れない


やがて、陽が西に傾き
空には綺麗な満月が昇った

時が経ち
満月は老人の頭上を越えて
いつかお地蔵様の肩越しに見えるようになっていた

それに合わせるように

月明かりに照らされたお地蔵様の影が
老人の足元にゆっくりと伸びてきた

そして不思議な温かさが老人を包み込んでいった


その瞬間、老人は悟った


身体なんか動かなくたって
こうしてお地蔵様は俺に生きる勇気をくれた

身体が思うように動かないからと言って
何も卑屈になって生きることはないんだ

今、出来ることを信じてやれば良いんだ

人より歳を取っているからと言って
何も死ぬことだけを考えて生きることはないんだ

人は老後に幸せになるんじゃない
生きていることが幸せなんだ

忘れてしまうことは罪なんかじゃない
幸せになる為に人は余計なモノを捨てていくんだ

人には人生の最後の最期まで生きる権利が有るんだ

それをきっと
幸せと言うに違いない


「そうですよね?」

老人は頷くと
もう一度、お地蔵様に手を合わせ
そして静かに立ち上がると又、歩き出した



さぁ、レディース&ジェントルマン!

「13日の金曜日」の始まりです!


あなたはドキドキしながら

「不吉じゃあ~」

と、布団を頭から被って何処かに隠れますか?


それとも

「そんなの関係ねぇ~」

と、ひと昔前のギャグのように笑い飛ばしますか?


クリスマスにはワクワクして
バレンタインデーにはソワソワしている私なんかは

「おー! 13日の金曜日だ♪
 なんか良いことがあるべか~?」

なんて、ルンルンしちゃいますがね

だって
私は仏教徒だも~~~ん♪(笑)


あっ、でも・・・待てよ?

13日の金曜日と言えば
14日は土曜日・・・だよね?

と、いうことは・・・会社は休み?
と、いうことは・・・
と、いうことは・・・チョコはもらえない?


がーーーーーーーーーん!

あーん、この世には神も浮世の<義理>も無いのか?orz


はい、掴みはOKですか?(笑)


さてさて 

みなさんが知っている「13日の金曜日」は多分

①キリストが処刑されたのが13日の金曜日だったこと
②キリストの13番目の弟子ユダに裏切られたこと

それで”キリスト教では不吉な日とされている”

そんなところでしょうか?


ところが色々調べてみると

キリストが処刑されたのは
「ユダヤ暦のニサンの月の14日の金曜日」
だとありました


えっ?
13日の金曜日じゃないの?

えぇ、そのようです

しかも、「聖書」には「不吉」と言う言葉は無く
「吉/凶」と言う概念も無いそうです

聖書の中には「13」と言う数字が十四か所出てくるそうですが
その何れも悪いことを意味してはいないそうです


ちなみにですが

私達は「仏滅」も忌み嫌いますが
実は「仏教聖典」を読んでも
<仏滅は日柄悪い>とは書いていないそうで
実際、仏教界も
<仏滅は日柄が悪い>と言うことを否定しているのだとか


じゃ「13日の金曜日」だとか「仏滅」って何???

何処からそうなったの???

と、疑問が湧いてきます


それを調べてみると
もう諸説紛々で訳が分からなくなります

「間違って伝わった」
「翻訳する時に間違った」
「なんだか良く分からない」

などなど?


まぁ~
そんないい加減な話ですから
13日の金曜日なんか気にしないで
みんなの笑顔で笑い飛ばして
逆にHappyな一日にしちゃいましょ♪


そうそう!

余談なんですけどね

「五(ゴ)十(トウ)日」ってありますよね?

5や10の倍数日が
集金日(支払い日)になっていることが多くて
その日は特に
道路は混むし銀行の窓口も混む日なんですが

例えば、14日が土曜日で15日が日曜日の場合
前倒しで
13日が「10日」に当たりますよね?

つまり、この場合の13日の金曜日は
何処に行ってもメチャ混んで嫌になる

なんて話までありました

不吉とは関係ありませんが
まぁでも、その方が真実味があったりしてね


ともあれ
そう言う訳ですから
13日の金曜日恐れるに足らず!


さあ、今日も一日頑張っていきましょ!



暇な時間と無駄な時間は違います
暇な時間は必ずしも無駄な時間ではありません

「暇な・・・」と書くと語弊があるかも知れませんが



会社なんかでは
よく<合理化を図る>とか
<効率を良くする>なんて言いますが
本来
人間は思うほどには合理的には出来てはいません

人間が何かひとつのことに集中して出来るのって
せいぜい一~二時間だし

そもそもストレスが溜まるなんて言うのは
人間が合理的に出来ていない何よりの証拠です


人との付き合い方も
ビジネスライクな付き合いだけなら
さほどストレスもかからないでしょう

単純に割り切ってしまえば良いのですから

でも
仕事ならともかく
プライベートまでそれじゃ
どうです?
そんな相手を好きになれますか?


同じように

時間の使い方にしても
必ずしも効率だけを求めてしまったら
人生はおよそ味気のないものになってしまうでしょう


とはいうものの

暇な時間もただ怠惰に過ごしていたら
それこそ、ただの無駄な時間になりかねません

いや

むしろ、それで良いのかもしれません


無駄だと思えば
どんな過ごし方をしたって
私みたいな小心者などは罪悪感を感じてしまいがちです

でも

心を解放して
ニュートラルにすべき時間だと思えば
囚われるものは何もありません


暇な時間も人生の中では必要な時間のひとつです

だから

 それは決して無駄な時間ではない
 むしろ大切な時間のひとつ

そう思った方が良いのでしょう


・・・なんて
単なる自分への言い訳なのかも知れませんが


暦の上では

二月に入り先週は
我が家でも節分がしめやかに執り行われ

(アーモンドチョコ撒きがでしたが、何か?)

立春も過ぎて
暦の上ではもう春なんだとか


で・・・

それは何処の国の話なんでしょ?


週末には束の間
少しだけ暖かい日もありましたが

(暖かいと言っても氷点下ですからね
 あくまで相対的な話でして
 言ってみれば「昨日と比べて」という
 前置詞が隠されているのです)

それでも未だ
週間天気予報を見ても
氷点下10℃以下の日が
当たり前に続く我が十勝国には
立春なんて

「そんなの関係ねぇ~!」

って感じですが・・・


ん・・・?

もう古いですか?

かなり?

The にじゅう?

えっ?

意味が解らない?


<死語>だけに・・・

し・ご・にじゅう・・・みたいな?


難しかったですか?(笑)


ともあれ
立春は過ぎたはずなのに
本州でも雪のニュースがあったくらいですからね

ましてやここは北海道

しかも
まだ二月なんですから
そりゃ、どう考えても真冬です


この時期は雪祭、氷祭り、シバレ祭りと
北海道各地では
賑やかに観光客も相まってお祭り騒ぎ

それでも騒いでいる割には
一向に暑くならないんですけどね

あっ、騒いではいない?

なるほど(笑)



昼間はそれでも
0℃近くまで気温も上がると
何だか陽射しも暖かく感じて

「あぁ、もう春は近いかなぁ~」

なんて思ってしまいますが
夜になるとまたすぐに現実に引き戻されて
それは気の迷いだった事を痛感します


「やっぱ、冬は冬眠したいよなぁ~」

と、いつも冬になると
冬眠をする熊が羨ましく思う熊体形の私です


「あぁ~あ・・・」

とまた、いつものため息ひとつ

北国の春は
まだまだ、ずぅ~~~~~っと先のようです

半分ボヤキながら
昔懐かしい歌が口をついていました



    君が涙ポツンと落とした日 街では
    もう春のセーターが店先に並んでた
    街はまだ冬の名残り 風は冷たい
    君が窓開けて僕を呼べば
    やっぱり振り向いてしまう
    君の涙が雪に変わって 僕の肩に落ちた

      ~中略~

    暦の上ではもう春なのに
    まだまだ寒い日が続く

          風 「暦の上では」
            詩:伊勢 正三




夕暮れのわずかな風にさえ揺れる心

平行線のように長く伸びた二人の影

どうしたらもっと愛せたんだろう?




並んで座っていた場所が少しづつ離れていった

曇りガラスのように見えなくなった二人の心

どうしたらもっと愛せたんだろう?




他愛もないことに笑い合っていた二人

いつか笑うための理由を探すようになっていた

どうしたらもっと愛せたんだろう?




僕の夢が君の夢だと言っていたよね

そんな君が夢を語らなくなったのは何時からだったろう?

どうしたらもっと愛せたんだろう?




テーブルに置いたアワーグラス 迷いの三分間

待ちきれなかったのは君の方だったんだね

どうしたらもっと愛せたんだろう?




思いやるためにつく嘘は言う方も切ない

それでも嘘は嘘だと君を見送った後で気がついた

どうしたらもっと愛せたんだろう?




月の光が作り出す影はいつも少しだけ悲しい

尽きない想い出は悲しいことだけいつも覚えている

どうしたらもっと愛せたんだろう?




どうしたらもっと嫌いになれるんだろう?



当家節分事情

さてさて今日はやはりこの話題でしょうかねぇ~

そう、みんな大好き<接吻>です♪

ヘ(__ヘ)☆\(^^;ナンデヤネン


あれっ?

やっぱり、今年も間違えました?

(って、計画的『お約束』でしょ(笑))



昨日の夜の話です。


「ねぇ、お母さん。アーモンドチョコ買ってある?」

長女が母に訊きました。

「なんで? おやつは別にあるでしょ?」

「いや、そうじゃなくて。明日は節分だよ」

「だから?」

「節分と言えば
 我が家は恒例のアーモンドチョコ撒きでしょ!」

「いや、今年は止めたの。普通の豆は買ってあるよ」

「なんで? 大豆とか私、食べないから」

「今年は次女の受験があるからね。
 節分にチョコ撒きだなんて
 そんなふざけたことは出来ないわ。
 ちゃんと福を招かなきゃ」

「でも、私の受験の時もアーモンドチョコだったよ。
 で、ちゃんと第一志望に受かったし」

「あんたは良いの。もう終わったんだから」

「何それ?」


何か釈然としない長女であった。
そこに塾帰りの次女が帰宅。


「はーい! 明日は節分だよぉ~
 いぇ~い、レッツ豆撒きぃ~♪」

塾が終わった後は
決まって妙なハイテンションになる次女。

「豆がどうしたって?」

次女の迎えから一緒に戻って来た父が
少し遅れて居間に入ってきた。

「あっ、お父さん。
 お母さんがアーモンドチョコを買ってないんだって」

「だから、普通の豆は買ってあるわよ」

母は少し呆れ顔で答えた。

「アーモンドチョコって?
 食べたかったらお前が買ってくりゃ良いじゃん。
 もう働いているんだからさ」

「そういう問題じゃないの!
 明日の節分用だよ」

「せっぷ・・・いや、節分?」

「そうだよ。節分ったらアーモンドチョコ撒きだよね?」

(長女、スルーを感謝。いつもなら怒るけど(笑))

「まぁ、確かに毎年そうだったけどな」

「でしょ? お前はどうよ?」

長女が次女に賛同を求めた。

「私はマカデミアナッツが良い♪」

「いや、だからそういうことでなくってさ。
 節分に豆を撒くかチョコを撒くかって話だよ」

「だから、豆は買ってあるって」

母が少し切れかけて言った。
だが、長女も一歩も引く気はないようだ。
ギリギリの攻防・・・女の闘いの結末や如何に?


<続く>


いや、ここで続いてどうする?
来年までやるのかい?(笑)



そんなことがあった我が家の昨夜。
帰宅した父を待っていたのは?


<to be continued>


って・・・だから、続きません!
今夜、完結です!(笑)



父が帰宅をすると居間のテーブルには
何種類もの豆やチョコの数々が整然と並べてありました。

「やっぱ、今年もこれでやるのかい?」

「当然!」

勝ち誇ったような笑みを浮かべる長女。
呆れて苦笑する母。
何でも良いから食べられたら満足の次女。


「じゃ、やるよ!
 お父さんは次女の合格を祈ってこれね」

長女が父に手渡したのは大豆と落花生でした。

「お前らは?」

「もちろん、これだよ」

特大の袋に入ったアーモンドチョコを
誇らしげに持ち上げて長女は父に見せつけました。

(もちろん、チョコは一粒づつ包装されています)


「お前らだけずるくないか?」

「お母さんがお父さんのメタボにチョコは毒だって」

「可哀想~」

「お前らなぁ~ 心にも無いことを。
 どうせ、分け前が減るからだろ?」

「そ、そんなことはないよ。あは、あはは」

笑ってごまかす次女。
やっぱ、こいつらは姉妹だ。

「ってことは、お母さんもこれだろ?」

渡された大豆と落花生を母に見せながら言った。

「そんな訳が無いっしょ。私もチョコだよ」

「お前さ。次女の合格祈願はしないのか?」

父は母に訊いた。

「よろしく!」

「よろしくって・・・」


ひとつの家庭に男が一人、女は三人。
これで男が勝てる訳が無いのは
長女が生まれてからずっと思い知らされてきたこと。
今に始まったことではない。

そう、この場合
<男が一人>では無く<男は独り>と書くのが正解なのだろう。


「じゃ、次女が受かったら俺のおかげだからな!
 俺に感謝しろよ!」

「えー? 受験に受かったら私の実力でしょ!」

すまして答える次女。

「じゃ、もし・・・万が一お前が受からなかったら?」

「それはお父さんのせいだよ」

「そうそう!」

平然とのたまう女ども。


こうして今夜もまた
ひとつの家庭の平和が守られたとさ・・・orz



憧れの言葉?

「私の得意科目は『数学』と『理科』です♪」


一生に一度で良いから
人前で言ってみたい憧れの言葉です

が、しかし
我が家の家系には伝統的に「理系人間」は存在しません

したがって?

まぁ、仕方が無いのですが
私には理系の血は微塵も流れてはいないのです

(ここは断言です(笑))


もちろん、パソコンは使っています

使いこなしているかどうかはともかく
自分でパソコン自体の設定もするし
無線LANや有線LANの設定もするし
内部の部品も取り替えられます

トラブルがあっても大概は自分で対処してきました

エクセルも仕事柄
「四則演算」はもちろん
「LOOK UP関数」「count関数」程度なら
一応、普段から良く使っています

もちろんスマホも使っています


コンセントの取り替えとか
テーブルタップの修理や
照明器具本体の付け替えとかも
簡単なことなら自分でやります

テレビや周辺機器なんかの配線も
説明書を読まなくたって自分で出来ます

と、言うか
基本的には説明書は
どうしても解らないことがあった時に
後読みをするくらいで
最初からなんて、まず読みませんけどね


長女の時は中学二年生まで
数学も含めて私が勉強を教えていました

まぁ
長女の時代はバリバリ「ゆとり教育」でしたけどね

ゆとり教育の終わった次女の場合はと言うと
すっかり塾にお任せしちゃってます

だってね
次女は今春高校受験なんですが
最近始まった高校別の<裁量問題>なんて
私の時代にはありませんでしたし
それ以外でも
何だか私の時代とは違うんです

何かが(笑)


ともあれ

あくまでも私は文系人間なのです
しかも根っからの


理系人間は言います

「数学の面白い所はどんなアプローチをしようが
 必ず答えが一つだと言うことさ。
 もちろん、数式によっては複数の答えは存在するけどね。
 でも、”正解”以外の答えは無いんだ。
 その意味で、必ず答えは一つと言って良いのさ。
 その点、国語なんて漢字以外は
 どうとでも答えられるじゃないか?
 正解はひとつじゃないなんて曖昧なものは
 いったいどう対処して良いのか解らない。
 歴史だって、現代に残っている歴史と言うのは
 あれは勝者側から見た一方的なものじゃないか。
 解釈によっても歴史は変わることがある。
 とてもじゃないけど
 論理的じゃないモノなんて存在して欲しく無いね」


それに対して
私はいつも思っています

あんな数字や記号の羅列の何処が面白いんだろう?
どんな難しい数式が解けたところで
それが何の生活に役に立つんだろう?
四則計算くらい出来れば生活に支障は無いし
第一、人生においては数式で計算出来ることなんて
何もあるはずが無い。
曖昧さが嫌いだって?
その曖昧さこそが人間の証だよ。
曖昧と言うから悪く聴こえるんだ。
色々な人がいて良いし。色々な考えがあって良い。
人生の正解なんて誰にも分からないし
だからこそ、人は希望を持って生きることが出来るんだ。
論理的なんて枠にはめたら人生はつまらないよ。


でも、思うんですよね

いや、解ってはいるんです
理系人間の言うことにも一理あるなって


考えてみると
理系人間って哲学者に似ているのかも知れません

<真理の探求>

求めるのはその一点ですよね


じゃ、哲学者は理系人間?

いや、文系のはず・・・ですよね?


そう考えると
私が文系人間だなんて言うのも何だか憚られます

特に文系分野の何処を追求して来ただなんて
そんな覚えも無いですし
どんなことに対しても
出来るだけ広く浅くと見て来ただけです

だから
実用的では無い雑学的な知識は多少はありますが
それもせいぜい
クイズ番組を観た時に家族に知識を自慢出来るくらいで
生活するにも
「おばあちゃんの知恵」ほども役には立たないでしょう


でも、せめて
凡人に二~三本の毛が生えた程度にでもなれたら良いな


「得意科目は『数学』と『理科』です♪」

まぁ、五十七にもなって
こんな言葉に憧れているうちは無理でしょうかね(笑)




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