Neko

夢の汽車に乗って 2014年08月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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人生が二度あれば

五年間の闘病の末に
母が亡くなってもう二十三年が過ぎた。

その後、七十歳を過ぎて父は再婚をした。
相手は母とは全く正反対の女性で
私は当初反対をし続けていたものの
結局は父を尊重して認めざるを得なかった。

父は今八十二歳。
その父が七月上旬に食欲不振から体調不良を訴え
幾つかの病院を回った後で七月中旬に入院。
検査の結果は胃癌。
しかも性質の悪いことにスティルス胃癌だと言われた。

そして八月に入って開腹手術をしたが
手の施しようもないくらいに転移が拡がっていて
小豆大の癌巣が複数の内臓に散らばっていた。

医者には「秋まで」と言われた。

そして二週間ほど前から
最後の望みを賭けて抗がん剤治療が始まった。

治すためと言うよりは少しでも延命する為に
父は今、自分の命と闘っている。

秋が冬に、冬が春に、春が夏に・・・

息子としては少しでも先まで延びて欲しいと願う。

命と時間との闘い。




そんなことがあったせいか
最近、良く人生について考える。

私のではなく父や母の人生について。


考えたら
私は父や母の人生、特に若い頃をよく知らない。

どんな夢を持ち、何がしたかったのか?
そして、それらはどうなったのか?

どんな風に生きたかったのか?


父や母は私が産まれた時から父と母で
知っているのはお見合いで結婚をしたことくらい。

そして、それぞれの実家の様子と
それぞれ祖父母がどんな人だったかとか
私の子供の時の断片的な記憶の他は
叔父さん、叔母さん達との会話から垣間見る
子供の頃の昔話くらいで
例えば
父と母が付き合い始めた後
どんな風に付き合っていたとか
どんなところでデートをしていたとか
父と母はどんな想いだったのかとか何も知らない。

確かに、そんな細かなところまで
いちいち親に報告はしなかっただろうし
それはきっと
本人達だけが知っていれば良いことなんだろう。

それはそれで良いし
そこの詮索をするつもりもない。


ただ、母がまだ闘病中に
一度だけ、そんな様子を垣間見ることができた。

それは全くの偶然だったのだが
その時のことは以前『手帳』という記事に書いたことがある。


 *夢の樹舎に掲載済み(下記、URL参照)

http://yumenokisya.web.fc2.com/short_story/tetyou.htm


私の拙い経験からも解るけど
人生には喜びもあれば悲しみもついて回る。

どんな関係の仲であれ
仲良く過ごす時間もあれば
ちょっとしたことでケンカをすることだってある。

それら全部をひっくるめて
「幸せだった」と人生の最期に笑えたら
それはきっと一番の幸せなんだろう。

そして、もし・・・

もし、最期の時が来た時。

そんな幸せを分かち合った者に
看取られて逝くことが出来るなら
少しは辛かったことや哀しかったことも
忘れて旅立てるのだろうか?


父と母の人生は幸せだったんだろうか?

井上陽水の「人生が二度あれば」の歌詞が
頭の中をぐるぐると駆け巡る。

バカな一人息子の為に生きた半生も
もし、人生が二度あれば
その時は自分の為に生きたいと願っているだろうか?

今なら訊けば訊けるのに訊けないでいるのは
答えが解っているから・・・かな?


大して親孝行ではなかった私の
唯一の救いの言葉。

それは

「一番の親不孝は親より先に逝くことだ」

その点においてだけは
どうやら一番の親不孝をしなくて済むかもしれない。


今、出来ることは少ない。

離れて暮らしていることを言い訳にはしないでおこう。

例え少なくても出来ることはあるのだから。

何より私の人生も一度きりなんだし
今を後悔にしたくはないから。



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分かってる

分かってる。


 どうだかね。


分かってるよ。


 いや、分かってないよ。


分かってるって!


 そうかな?


分かってるって言ってるだろ!


 口では何とでも言えるよ。


じゃ、どうしたら良いんだよ?


 やっぱり、分かってないんだ?


そんなことはない!
分かってるさ!


 じゃ、どうしたら良いと思う?


どうって・・・
分かってるよ、そんなこと・・・


 本当に?


うん、分かってるんだ。
ただ・・・素直になれないだけ。


 おや、やっと言ったね?


えっ、何を?


 「素直になれないだけ」ってさ。


それが?


 今まで君は
 自分の弁解しかしてこなかったじゃないか?
 何がどうだったとか
 誰がどうしたからとかさ。
 でも、今は素直に自分の非を認めてるよね?
 <何が>も、<誰が>も、本当は関係無かったのさ。
 全部、自分の気持ちから出たことなんだよ。
 そして
 それを認めることからしか先には進めないものなんだ。
 それが本当に<分かった>ってことなんだよ。



あのぉ・・・

言っておきますが

このタイトルを読んで

「あぁ~ また、あのパターンね?」

と思ったあなた


”我が家の次女って***だよな?

 うん、かなりや(チャンチャン)”


なんてオチじゃないですからね

最初に重ねて言っておきますが(笑)



「歌を忘れたカナリア」
という歌があるくらいですから
カナリアって
小鳥の中でもかなりキレイなさえずりなんでしょうね


まぁ、今ここで
カナリアについてのウンチクを書くつもりはありません

カナリアについてもっと詳しく知りたい方は
どうぞ、Wikipediaで(笑)



昔、今みたいに科学が発達していなくて
有毒ガスなどを検知する機械もなかった時代

例えば、大きな下水道だとか炭鉱等の坑道を掘る時
先頭の人間はカナリアの入った鳥かごを持って進みました

カナリアがさえずっている間はその中の空気もキレイで安全だ

つまりはそういうことです


そして
カナリアが鳴かなくなった時(死んだ時)

それは
その場が有毒ガスなどで危険だという合図だったのです


カナリアは人間には害が無いほどの
僅かな有毒ガスでも死んでしまいます

カナリアが死んだのを確認してから逃げても
人間は助かるのです


この炭鉱のカナリアの話はとても有名な話で
おそらくはみなさんも聞いたり読んだことがあるでしょう

なので

「人間のためとは言え残酷だ」

とか

「人間の身勝手だ」

とか

「いや、そのお蔭で人間は死なずに済んだのだ」

とか、色々な意見があるでしょうが


しかしながら
今回はその是非を議論するつもりはありません

ちなみに

もちろん今の時代は
もっと精密な機械があるのでこんなことはもうしてはいません



さて、いったい何処で次女が登場するのでしょう?

「今でしょ!」

えっ???


あれれ?
もしかして・・・ドン引きでした?



じゃ、書きますが(笑)



我が家の次女

実は十年以上ピアノを習っていまして
八分音符や十六分音符の羅列のような
私から見たら真黒な楽譜でもけっこうスラスラ読めます

ましてブラスバンドも小四からやっていて
中三にして六年間のキャリアです


話は急に変わりますが(笑)

かの「名探偵コナン」のコナン君
彼は絶対音感を持っていますが歌は音痴です

「絶対音感持ってて音痴はないやろ?」

「それは設定ミスじゃね?」

「作者は絶対音感って知らないんじゃない?」

私も全く同感なのですが・・・


で、話は戻ります

あっ、ちなみに次女には絶対音感はありません

ピアノでもサックスでも
楽譜の初見は弾けますが
聴奏で音を当てるのは全くダメですから

それに何と言っても私の娘(笑)


で、歌は・・・と、いうと

これがかなりの調子っぱずれ?


いや、我が娘を貶めようとかそういうつもりはありませんよ

念の為(笑)


でも、そこはさすがに私の娘

歌は大好きなんです


で、今夜もウォークマンで音楽を聴きながら机に向かって
勉強をしながら歌を口ずさんでいます

次女の部屋は二階ですが下の居間まで聴こえてきます

歌が聴こえているうちは
次女は真面目に(?)勉強をしています

(はずです・・・多分)



「あれっ? 二階、静かになった?
 お前、ちょっと次女の様子を見てこいよ」

長女に偵察を促します

戻って来た長女

「報告します。爆睡してます!」

「えっ? だって、お前・・・
 つい数分前まで歌ってたじゃん」

「繰り返します。爆睡してます!」


その時、私が思い出したのが
何故か炭鉱のカナリアの話でして


次女の歌が止む=勉強は放ったらかしで爆睡


なんか共通項が見えた気がして



そうそう!
カナリアさんの名誉の為に付け加えておきますが(笑)

次女の歌は
親の贔屓目にもカナリアには敵いません

<次女はカナリアの如くに歌う>

とはいえ
その意味は全く違うんですよねぇ~これが・・・ orz



落ち込んでいる自分に

悩んでいる自分に

疲れている自分に


一人で辛さを堪えている自分に

心の痛手を抱えている自分に

哀しくて泣き出しそうな自分に


歯を喰いしばっている自分に


そして

頑張っている自分に




どんな言葉をかけたら元気になれるかな?

どんな言葉で話したら心に届くかな?




ストレートに   「頑張れよ!」


叱咤するように  「何やってんだよ!」


優しく      「大丈夫だって」


応援団のように  「ファイトッ!」


なだめるように  「負けるなよ」


黙って頷いて   「分かってるよ」


親友のように   「無理すんなよ」


背中を押すように 「それで良いんだよ」






言葉は口に出すことで力になる

言葉ってそういうものだね



心の中の自分に語りかけるのではなく

口に出してみよう!


聴こえなかったら何度でも

足りなかったらもう一度



自分を励ます言葉が見つかったら

口に出して言ってみようよ!





中島みゆき 「ララバイSINGER」より抜粋

”どんなにひどい雨の中でも自分の声は聴こえるからね”



未来日記

今から数年前。
次女が小五だった年の夏休み。


いつもは夏冬問わず休み最終日に
ジタバタして焦りまくって
取りあえず(?)終わらせていた宿題の山。

さすがに五年生になって少しは大人になったか?
その年の夏休みに入ると次女は堂々と宣言をした。

「私、今回は一週間で宿題を全部終わらせるから!」

ほぉ、それは見ものじゃないか。
とくと見せてもらおうか!


ほどなく一週間が過ぎようとしていた。


「どう? 本当に宿題は終わるのかい?」

訊く私に次女はドヤ顔で答えた。

「自由課題以外は全部終わったよ」

「えっ? マジ???
 算数や国語のプリントも?」

「丸付けよろしく!」

「社会や理科も?」

「丸付けよろしく!」


普段は思いっきり腰が重いけど
やれば出来るのは私譲り?

お父さんは今
モーレツに感動しています!


「あっ・・・そ、それは良いけど・・・
 で、読書感想文は?」

次女は自由課題の次に読書感想文が苦手。

「ねぇ、何を読んだら良いの?」

いつもは先ず、そこから始まるのだが・・・


「読書感想文も終わったよ」

「えっ? マジ???」

(驚くと何故かリアクションがワンパターンになる私)

「姉ちゃんが良い方法を教えてくれたんだ」

姉ちゃんが?
何故かその言葉に一抹の不安を覚えた私は
チラッと長女を見た。

「えっ? 何?」

「お前、次女に何て教えたんだ?」

「別にぃ~」

「別にじゃないだろ? こら、白状しろ!」

「白状って。みんなやってることだよ」

「何だよ?」

「あのね。文庫本の場合は裏表紙にあらすじがあるよね?
 先ず、そこを読んでから次は後書を読むとね
 本の内容はほとんど解るから」

「あのなぁ~ お前、後でしばく!
 おい、次女! さっさと書き直せ!
 そんなんダメだろが!」

「いやだよ。もう書いちゃったもん」

「お前らなぁ~」


お父さんは今
モーレツに感動したことをモーレツに後悔しています。


私は嫌な予感のまま
おそるおそる次の質問をした。

「まぁ良い。
 じゃ、残ってるのは日記と自由課題だけなんだな?」

「日記? 終わったよ」

平然と答える次女。

「えっ?
 だってお前。日記なんてまだ書ける訳ないだろ?
 まだ二週間以上休みは残ってるんだぞ」

「書けるよ」

「お前なぁ~ 嘘はいかんのだぞ」

「嘘じゃないよ。チョー完璧な未来日記だもん。
 オホホー」

おどける次女 VS 呆れる私。

「何が未来日記だよ。何がオホホーだよ。
 ただのテレビの観すぎじゃん。
 てかさ、なんで今から日記が全部書けるんだよ?」

「だってさ。
 十三日と十四日は北見のおばあちゃんの家に行くんでしょ?」

「あぁ、お父さんも休みだしな」

「従兄弟たちもみんな集まるよね?」

「そうだな」

「夜はみんなで焼き肉でしょ?」

「多分な」

「終わったらおばあちゃん家の前で花火をするよね?」

「一応、買ってあるけど」

「十五日は旭川にお墓参りに行くんだよね?」

「あぁ、もちろん。お盆だしな」

「他に予定はある?
 何処かにキャンプに行くとか
 旅行に連れて行ってくれるとかさ」

「いや、そ、それは・・・」

「でしょ?
 そしたら予定は全部解ってるんだもん。
 今から日記に書いたって同じでしょ?」

「うぐっ(思わず絶句)
 いや、まて!
 だけど、それはいかんだろ?」

「もし、何か別な予定が入ったら書き直すよ。
 どうせ、鉛筆で書いてるしぃ~」

「ま、まぁ・・・そうだな・・・」


期待と私へのプレッシャーを全開に
<何処かに連れて行け>光線でアピールする次女。
だが、そんなことに負ける私ではない!

未来日記だぁ~?

よし、その通りにしてやろうじゃないか!


しかし、あの年。
勝利を掴んだのは次女だった。

結局、行きたくもないキャンプに行くはめになった我が家。

「だからキャンプなんか嫌だったんだよなぁ~」

テントの中でやぶ蚊に刺された痕に爪で十字を作っては
眠れない夜を過ごした私を尻目に
寝袋に包まれて満足げに寝ていた次女。

今の小生意気な口達者ぶりは
思えばあの頃から育まれたものだったのだろうか?


夏休みなんて、嫌い!
日記なんて、もっと大っ嫌いだぁ~~~~! orz



秋風

西日本では場所を変えて
まだまだ大雨被害が続出しているようですね。

被害に遭われた方々には
心よりお見舞い申し上げます。



さて、我が北海道は
お盆を前後に早くも秋風模様です。

もう汗をかいて目覚めることもなくなりました。
もうこの時間になると家の窓は全部閉まっています。

(我が家にはというより
 北海道ではエアコンを付けている家は少ないので
 昼間は窓を開けて網戸を下しています)

それでも意地で?
Tシャツ&短パンで過ごしています。

せめて少しくらいどこかで抵抗をしないとね。
北海道の秋は容赦なく深まっていくのですから。



そうしてこれから始まる秋。

今年の秋は公私ともに色々なことが起こりそうです。
問題はそのほとんどは
あまり良い話ではないというのが
ちょっと辛いところではありますが
でも、野山に街に秋風が吹こうとも
せめて心の中にだけは秋風は吹かせまい。

そう心に誓ったお盆明けの夜。


さぁ、先ずはいつものように笑っていこう。


八月十五日

終戦記念日

記念日と言ってしまうには
いささか抵抗を感じるのですが・・・


戦争を知っている大人達が
戦争を知らない子供達に伝えるモノ

この時期になると
毎年繰り返される
新聞やTVの戦争特集

でも、それらは
今が平和で有るが故に
”特集”に出来ることなのだということ

それらは
何処まで戦争を知らない子供達に伝わっているのだろうか?

いや、むしろ大人達は
果たしてそれらを今も教訓に出来ているのだろうか?

旬の果実のように
毎年同じ時期に話題は世間を賑わすが
しかしそれらは一過性で
季節を過ぎるとマスコミでも取り上げられなくなる


世界中のあちらこちらでは
今も戦火は繰り返されている

その中に
日本が自らの意志で飛び込んでいかないことを
僕達は祈るしかないでいる



そして、八月十五日はお盆の中日

亡き祖先を年に一度迎える季節

亡き人を思い
亡き人を慕い
亡き人を弔う

家族、友人、恋人、知人・・・

亡き人への思いも又、人それぞれ



そんな歌では無いけれど
ふと、頭に浮かんだ歌詞がある
この季節にふさわしいのかどうかは分からないけれど・・・


  あの空に浮かぶ月
  今は欠けているけれど
  生まれ変わって
  また 満ちるだろう

  夜の森を翔んでゆく
  眠らない鳥達よ
  満月の夜に
  帰っておいで

  何もかもが生まれ変わるよ
  風も星も繰り返す波も
  命は遠い空から降りて
  地上に咲いた幾千万の花


  夜の河を泳いでゆく
  傷ついた魚たち
  生まれ変わって
  戻っておいで

  別れていった人も
  帰ってきておくれ
  肩を抱き合って
  許しあおうよ

  何もかもが めぐり合えるよ
  生きていれば 旅を続ければ
  命はやがて空に昇って
  地上を照らす 幾千万の星


    *河島 英五  「月の花まつり」

 *上記のタイトルをクリックすると別窓で歌の画面が開きます




早口言葉と流星群

十二日深夜から十三日早朝にかけてが
ペルセウス座流星群を観るチャンスだそうですよ

みなさん、観てますか~?
もしくは観ましたか?

私は・・・

さっき、ちょっと様子を観に外に出たのですが
見えるのは雲ばかり

まぁ、天気が良ければ良かったで
今夜は月も明るいようなので
流れ星も薄くなって見づらいそうですが

観れた人は超ラッキーってことでしょう


ところで

良く
「流れ星に三回願い事を唱えられたら願いが叶う」
なんて言いますよね

あの一瞬にですか?

そりゃ、無理ってもんでしょ

自慢じゃありませんが
私だったら
まず、一回も言えないでしょうね

その一回も焦って噛んだりして(笑)

なんせ、私は早口言葉の類いが全く苦手なんです


でもね

そもそもが、これって
無茶振りも良いとこなんですから
何をどうしたって絶対無理ですって!

だから、まぁ~それが出来たら
奇跡だって起こるってことなんでしょうけどね


でも、みなさん!

諦めないでください!


朗報です!


実は私
とんでもない秘策を思いつきました!


えっ?

『今日のタイトルは早口言葉と流星群だから
 どうせ、早口言葉で言えとか言うんだろ?』

ですって?

まさか!

そんな安直なことを私が言うと思いますか?


それにね~

いくら早口言葉で言ったとしたって
流れ星が消える前に言い終われるはずはありません

例え、どんなに滑舌が良い人が言ったとしたって
流れ星なんて一瞬ですよ


だいたい、早口言葉が得意な人なんて
いったい何人いますか?

誰もが出来ないことを
私は秘策だなんて言いません

安心してください


でも、まぁ~

半分正解で半分は不正解ってとこでしょうか

基本的な線は間違ってはいませんからね


知りたいですか?

ホントに?


仕方がありませんね~
そこまで頼まれたら(笑)


私が考えた呪文はこうです

「ユックリユックリユックリ」←早口のつもり


どうですか?

これなら一秒もかからないで言えるでしょ?


これで次に流れてくる流れ星の速度は
願い事が叶って
劇的に遅くなること間違い無しです

流れ星が遅くなったら
ねぇ?
もう、こっちのもんです

後は噛まないようにだけ気を付けて
ゆっくりと願い事を三回唱えれば良いのです


どうですか?

名案でしょ? でしょ? でしょ?

ねっ? ねっ? ねっ? ←しつこい!


えっ?

な、何ですか?

良く聴こえないんですけど・・・?


えっ?


『それってさ~
 遅くなるのが流れ星じゃなくて
 願い事を唱えるのが遅くなるなんてことは無い?
 何がユックリなんだか、ちゃんと言ってないけど
 大丈夫? 責任を取れる?』


ギクッ!?


あー!

そう言えば、
北海道は今夜は曇りなんですよ


いやぁ~
確かめられなくて残念だわ~

絶対確実な方法だったのになぁ~

いやぁ~ 残念♪ 残念♪


えっ?

そちらの地方は晴れ・・・ですか?


いやぁ~

残念♪ 残念♪

この呪文は
北海道限定なんですよね(・_;☆\(-_-)ナンデヤネンッ!



お盆

今週はお盆です


先祖の精霊を迎え
追善の供養をする期間を”お盆”と呼びます

盆とは文字通り
本来は
霊に対する供物を置く容器を意味するため
いつしか
供物を備え祀られる精霊の呼称となりました


盆の明確な起源は分かっていませんが
一年に二度
初春と初秋の満月の日に
祖先の霊が
子孫のもとを訪れて
交流する行事があったとされ

初春のものが
祖霊の年神として神格を強調されて
正月の祭となり
初秋のものが盂蘭盆と習合して
仏教の行事として
行なわれるようになったと言われています

(盂蘭盆(ウランバナ)の行事とは
 地獄の苦しみをうけている人々を
 この世から供養することの功徳によって
 その苦しみを救いたいという仏教行事)


日本では八世紀頃には
夏に祖先供養を行うという風習が
確立されたと考えられていますが
地方や、佛教の宗派により
行事の形態は異なります


盆の入り(十三日)の夕方
家の前で火を焚き
祖先の霊を迎えるのが迎え火

(良く家の前や仏壇に飾る盆提灯は
 迎え火の代わりとされています)

盆明け(十六日)の夕方に
火を焚いて祖先の霊を帰す
これが送り火で
盆送り、送り盆などとも呼ばれます

(川で霊を送るのが灯篭流しです)


”七夕”もお盆に準ずる言われがあります

そもそも七夕は棚幡とも書き
故人をお迎えするための精霊棚と
その棚に安置する幡を供える日であり
その行為を七日の夕方より勤めたために
棚幡がいつしか
七夕に転じたとも言われています


ちなみに
良くきゅうりやナスを動物に見たてて
盆棚に飾る風習がありますが
これは
キュウリは馬に見たて
お盆のときに
少しでも早く迎えられるように
との願いを表現しています

そして、
ナスは牛を表現していて
お盆が終わって帰る時は
のんびりと帰って欲しいと言う気持ちが
込められているのだそうです

(牛については
 ”帰りは荷物は牛に乗せて楽に帰る”
 と、言う説もあります)







絆(きずな)
所縁(ゆかり)
誼(よし)み
繋(つな)がり
巡り合わせ
関わり合い

を以って

供養する
感謝する
鎮める
尊ぶ
敬う
拝む


これらの言葉を総括する言葉があるとすれば
それが”縁”ということになるのでしょう

様々な”縁”が重なり合って
今の自分がいます


今の自分があるのは
ご先祖様のお陰であると感謝する気持ち

例え、お墓参りに行けなくても
心の中でそっと掌を合わせる

それでも良いのだと思います



普段は離れていることを口実に
参り無精の私ですが
せめて年に一度
この時期くらいは母親の墓に参って
愁傷な気持ちで
一日を過ごしてみようかなと思っています

もちろん
感謝の気持ちも持って行きます

賑やかな娘達の笑顔も連れてね



随分以前に「自慢話」という話を書きました。


つまり

二十代の頃の自慢話と言えば
決まって女性の話で
「この前ナンパをした」
とか
「あの娘に告られた」
とか
「俺なんかあいつとやった」
とか

全くの嘘なのか
単なる虚栄なのか
マジ本当なのかは
本人のみぞ知るという話ですが

まぁ、なんせ
特にそっち方面には血気盛んな時代でしたからね(笑)

そんな中
奥手で真面目な純情青年だった私(当時)は
「へぇ~ そうなんだぁ~」
と、他人事のように聞いていた訳です


それから時は流れて数十年

同じメンバーが集まってした話というのが
「髪が薄くなった」
とか
「腹が出た」
とか

・・・だけならともかく(笑)

「毎月病院を三件ハシゴしている」
とか
「毎日十錠の薬を飲んでいて薬で腹が一杯になる」
とか
「俺なんかこの前手術をした」
とか

まるで不健康自慢みたいな話になりました


いやぁ~ 時代が変わると自慢話も変わるんだね

と、そんな話だったんですけどね



これは十年くらい前の話なんですが
その時は
「へぇ~ そうなんだぁ~」
と、他人事のように聞いていた私


悪友達の<自慢話>をいつも
傍観者の立場で聞いていた私も
ここ数年は健康診断の度に再検査のA・RA・SHI?

いやぁ~ 人気者は辛いです

何かにつけて会社の健康保険室の看護士さんが
私に気を掛けてくれちゃう訳です

「大切な身体なんですから再検査は必ず行ってくださいね」

気遣いが嬉しいなぁ~

「その後、体調はどうですか?」

しまいには泣きまで入って

「どうしても再検査に行ってもらえないようでしたら
 上司の方に報告をしなければならなくなりますので
 その前に必ず再検査に行ってくださいね」

えー? そこまで私のことを心配してくれているの?

いやぁ~ テレるなぁ~


えっ? 何か、文句でも???

苦情やクレームは一切受け付けておりませんので(笑)


で、まぁ~
去年は何だかんだと再検査要望をサボっていた訳ですが
やはりバチが当たったんでしょうかねぇ~

今年の健康診断の結果は!

<ここでドラムロールが流れます・・・聞こえるでしょ?>


発表です!

『ワクワク?』


<三個のスポットライトが回り始めます・・・見えます?>


今年の再検査は!

『ドキドキ!』


はい、ここで一旦CMに行きま~っす

って、いやいや、ちゃうから!


今年の再検査は!

<この間、ずっとドラムロールが流れています>


発表します!

<ここでドラムロールが止み
 スポットライトが私を照らしました>


要治療 一件
再検査 三件

合計四件が見事に当選致しました!

おめでとうございます!

はーい、頑張って治療に行ってらっしゃ~~~い♪


『ガーン、ガーン、ガー・・ン、・・・』orz


私は競馬はやりませんが
何故か競馬に例えるならば(笑)

最終コーナーを回ったラストの直線で
前走の悪友達をごぼう抜き・・・みたいな?


今じゃ立派に?
<自慢ネタ>も増えた私は
ここに来てやっと?
悪友達の仲間入りが出来たという訳です

ん~ 何だか複雑?(笑)


因みに、再検査の内、二つはほぼ問題無し!
もうひとつの検査は来月予約を入れてあります

多分、大丈夫でしょう!(希望的観測多々)

要治療はねぇ~

はい、真面目に通います

と、言っても二~三か月に一度通院をし
薬を処方してもらうと言うことになろうかと


でもさぁ~
言わせてもらえばね

(ブツブツ)

五十代も後半になって
もし健康診断にひとつも引っかからないなんて奴がいたら

それは真面目に仕事をしてないのと同じじゃん?

(ブツクサ)

家庭にひとつもストレスが無いなんて
それは真面目に家庭人してない証拠じゃん?

(ブツブツ)

ねぇ? そう思いません?

ってことは私くらいが正常なんだよね?

ねっ? ねっ? ねっ? ←見苦しい奴


みなさん、健康は大切ですよ(笑)←笑っている場合か?(笑)



無理をしてでも

「無理をして忘れることはないさ」

他人はそう言うけど
無理をしてでも忘れたいことだってある。

そうしなきゃ前に進めないって思う。


忘れなきゃならないことは
無理をしてでも忘れなきゃならないんだ。


でも
忘れることとリセットをすることは違う。

忘れることは捨てることじゃない。

いや、むしろ
どんなことだって生きて来た証なんだから
例え、ひとつだって捨てるべきじゃない。

それで無かったことに出来る訳じゃないしね。


だからこそ
忘れるようにするんだ。


心の何処かにしまい込めば良い。

自分にさえも見つからないように。
忘れたことさえ忘れるように。


例え、無理をしてでも
忘れなきゃならないことは忘れて良いんだ。



夏の県大会の決勝戦。
九回裏ツーアウトランナー二塁三塁。
確かにピンチではあったが
ここを押え切れば五対四で僕達は勝ち
初めての甲子園出場が決まる。
アウトは後ひとつだ。

相手の代打は背番号十五。
多分、控えの三年生選手だろう。
そう三年生にとっては最後の夏。


背番号十五が強振したボールは
ボテボテのゴロとなって
ショートの僕の前に転がって来た。

『よし、もらった!甲子園だ!』

僕が一塁に投げたボールは
無情にも一塁手の伸ばしたグラブの先をかすめ
一塁側のファールグラウンドを転々と転がった。

相手チームの歓喜のガッツポーズと
ブーイングの混ざった大歓声の中
僕達の、先輩達にとっては最後の夏が終わった。



それから一週間後。
部室で三年生の引退式が行われた。
式はつつがなく予定通りに終了し
部室を出て行く先輩達を僕達後輩は涙で見送った。

最後の一人が出て部室のドアが閉まった瞬間
僕は矢も楯も堪らずに先輩達を追いかけた。


「先輩!」

「おう、どうした?」

僕の方に振り返ると笑顔で元主将が訊いた。

「先輩、俺・・・すみません、俺のせいで・・・」

「なんだ、そんなことか?
 誰も気にしちゃいないさ。なぁ?」

元主将は周りの三年生を見渡した。

「あぁ、もちろんだ。お前のせいじゃない」

「打たれたのは俺だしな」

頭を掻きながら元エースも苦笑いで言った。

「そうそう、野球は一人でやるもんじゃねぇからさ」

他の三年生も口々に僕を擁護してくれた。

「でも・・・」

僕は半べそで、それ以上声にならなかった。
元主将が言葉を続けた。

「まぁ、すぐに忘れろと言っても無理かも知れないけどさ。
 でも、俺達は本当に気にしちゃいないんだ。
 むしろお前には感謝しているよ。
 お前が準決勝で決勝打を打ってくれたお蔭で
 初めて決勝戦に出られたんだ。
 たまに県大会に出てもせいぜい二回戦が良いとこで
 ベスト八にもなったことが無かった俺達を
 お前が決勝戦まで連れて行ってくれた。
 打つ方だけじゃない。
 お前のファインプレーで何度助けられたことか。
 なぁ?」

「あぁ、俺が作ったピンチを何度も救ってくれたよな?」

元エースが笑顔で答えた。

「お前との三遊間は守り易かったぜ」

元三塁手も笑顔で言った。

「・・・」

俯いたままの僕の肩を元主将が優しく叩いた。

「俺達の夢はお前に託したんだからな」

「先輩・・・でも、俺なんかで本当に良いんですか?」

僕は元主将から次期主将を指名されていた。

「お前で、じゃない。お前が良いんだ。
 お前は選手として上手いだけじゃない。
 お前は二年生になってからも最後までグラウンドにいたよな?
 一年生が用具を片付けてグラウンドを整備している間もだ。
 それから仲間にも後輩にも良く声を掛けていた。
 それはそれだけ周りが見えているってことだ。
 そしてお前は今回、悔しさを知った。
 お前達はこれからまだまだ一回りも二回りも大きくなるさ。
 そして俺達が叶えられなかった夢をきっと実現してくれる」

「あー、プレッシャーをかけている訳じゃないからな」

元エースがニヤリとしてフォローを入れた。
それに頷きながら元主将は続けた。

「例え、来年が無理でもお前の魂はきっと後輩に引き継がれていく。
 そして、いつか俺達みんなの夢は必ず叶うのさ」

「その時は何処に居ても必ず甲子園に駆けつけるぞ」

「あぁ、俺もだ」

「そりゃ、行かん訳にはいかんよなぁ~」

「なんでそれダジャレか?」

「違うって」

「あはは」


僕は涙を拭って
手を振って去って行く先輩達に何度も頭を下げた。
謝る為じゃない。
溢れるほどの感謝と
先輩達の想いを確かに受け継いだ証としてだ。



誰もが甲子園に出られる訳じゃなくて
誰もがヒーローになれる訳でもない。
僕達は平凡なただ野球が好きなだけの高校生だ。
しかも、レギュラー、補欠を問わず
高校野球の選手でいられる時間なんて
実質はせいぜい二年数か月だ。

この時間は人生の中で見たら
ホンの僅かな時間に過ぎない。
でも、その僅かな時間の中に凝縮されたそれぞれの想いは
次の世代へと代々受け継がれていく。
日々の練習の中で汗として涙として
そして、それ以上にたくさんの喜びとして。
たくさんの想い出として。


あれから一年。
先輩達の夢を受け継いだ僕達の夏が今、始まる。


『プレイボール!』



波長

「いやぁ~ 昨日の合コンで知り合った子とさ。
 妙に気が合っちゃって
 その後でカラオケでやたら盛り上がったよ」


「何だか、今度来た課長とはウマが合わないんだよな」


「別にあいつの事は嫌いでも何でもないから
 悪口で言う訳じゃないけど
 何か、あいつとは波長がズレてる気がするんだよね」


言い方はいくつかありますが
色んな場面で
波長の合う、合わないということが起こります

古い話で恐縮ですが
かつての松田聖子流に言えば「ビビッときた」だとか
逆に「生理的に無理」だとかいうのも
やはり波長の合う、合わないということなんでしょう


もちろん
人間は電波を発する訳ではないし
超音波やテレパシーで会話をしている訳でもありません

なのに、相性が合う、合わないということを
「波長」という言葉で表したりします

会話をしてそれに気が付く場合もあれば
話さなくても
何となく合う、合わないを感じることがあります


それでは
相手の何を感じ取って
波長が合う、合わないという話しになるのでしょう?


過去の経験からの判断?

そういうこともあるでしょうね


敢えて曖昧な言い方をすれば
勘や嗅覚といった自己防衛本能でしょうか?

多分、そういうことなんでしょう


小さな子供や動物にはやたら懐かれるという人がいますが
それも、そう理解すれば頷けます

子供(特に赤ちゃん)や動物には
自分が生き残る為に本能的に
相手が敵か味方かを嗅ぎ分ける能力があるそうですからね


まぁ、もしかしたら
本当に人間は
機械も感知出来ないくらいの
人間同士にしか感じ取れないような
或る種の電波を発しているのかもしれません


それはともかく

デジタル全盛の現代においても
アナログ的な感覚というのは
人間においては依然として大きな幅を占めています

「好き・嫌い」だとか
「合う・合わない」というのは
数値では絶対表せないアナログの感覚です

逆に言えば
ここのチューニングさえ上手く出来たら
どんな人とでも
多分、上手く付き合っていけるということなんでしょう




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