Neko

夢の汽車に乗って 2013年09月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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距離

誰かとの距離が遠く感じられる時は

相手が離れているのではなくて


実は


自分の心が

その相手から離れているのです





誰かとの距離が遠く感じられる時に

心が寂しく感じてしまうのは


きっと


相手のせいじゃなくて

自分自身へのやるせなさです





心が決める距離はいつも

求める距離より遠く思えます


臆病になった心はいつも

自分の心に怯えているのです





誰かとの距離が遠く感じられる事に

心が慣れてしまわぬように


そっと


両手で想いを温めてみる

その温もりがきっと距離を縮めてくれるはず



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”人生、山在り谷在り”と言う言葉があります

確かに、人生と言うのは
良い事ばかりは続かないけど
仮に悪い事があったとしても
それだって
そう、いつまでも続く訳でも無いでしょう

いろいろな事が
好むと好まないとに関わらず
繰り返されるのが人生です



でも、人は何かにつまづくと
つい愚痴を言ってしまいます

「自分だけがいつもついていない」

「なんで自分だけが?」

暗い谷底に落ちた気分で
遥か山の頂を恨めしく眺めたりしがちです


『谷にいるのは悪い事なのかい?
 谷には川が流れているし
 花だって咲いているじゃないか』

そう言ったのは
確か
佐賀の「がばいばあちゃん」だったでしょうか




昔からの諺に
<好事魔多し>と言うのがあります

”良い事には
 とかく邪魔が入りやすいという事”

良い事があったからって
有頂天になって周りを見ずにいたら
すぐに足元をすくわれる事もあるんだから
良い時こそ、より慎重にならないといけない

そんな戒めの言葉とし捉えられています



逆にこんな諺もあります

<災い転じて福と為す>

”災難にあっても
 それをうまく活用して幸せになるようにする事”

災難にあったからと言って
悲観してばかりしていないで
そこはジッと堪えて
次に活かす為の
準備期間だと思う事が出来さえすれば
それは自分にとってもマイナスではなくて
プラスと転じて考える事も出来得るのです



好事も災いも
それは運命だったのでしょうが
どちらにせよ
その時には
”それ”はもう既に起きてしまった事なのです

起きた事に
あれこれ拘ってばかりいても
仕方の無い事です

良い事も悪い事も
そればかりがずっと続く訳では無いのですから

そうであるなら
起きた事
それだけに一喜一憂せずに
どんな時も
しっかりと地に足を付けて
前を向いていく事が
きっと大事な事なのでしょう




17世紀のフランスの詩人であり作家でもあった
ラ・フォンテーヌの言葉

”人は、運命を避けようとしてとった道で
 しばしば運命に出会う”


それは多分
ずっと後になってから思う事なのでしょう

「そう言えば、あの時・・・」

ありますよね

「あの時は辛かったけど、
 あれがあったから今の自分がある」

そんな言葉も良く聞きます


そう肯定的に言える自分がいるなら
それは幸せな事です


避けられない運命なら
それを受け止めるしかありません

そして
同じ受け止めるなら
やはり、ポジティブに受け止めて
次に繋げていきたいですよね





脈絡もあるようで無いようで
次から次へと想いは脳裏を駆け巡ります

更けていく時間の深さに身を任せながら・・・


そんな秋の夜に考えた事



得意と不得意

他人の得意な事と自分の不得意な事を比べて

「あいつはずるい」
だとか
「不公平だ」
とか

人間ってそう言うところで不満を言ってしまいます


他人の得意な事と言うのは
どれだけの努力の結果なのか

そんな事は考えもしません



逆に

自分の得意な事と他人の不得意な事を比べて

「あいつは大した事ない」
だとか
「当然だよ」
なんて

人間ってそう言うところで安心を感じたりします


比べているのは自分だけで
本当は単なる独りよがりなのに

そんな事は考えもしません




得意も不得意も
それは他人の目を気にするから
そう言う発想が生まれます

優越感や劣等感が生まれるのです


でも

気付いていますか?


みんなが不得意なら
それは出来なくて当たり前の事になるし
得意な人ばかりなら
それは出来て当たり前の
普通の事になってしまうのです


優越感は劣等感の裏返しです

でも

劣等感は劣等感でしかないのです




神様だって完璧ではありません

だから
神様にも完璧な人間は作れませんでした

つまりは
完璧じゃないから人間だと言えるのです



人間にはエゴ(自我)や欲望があります
無いモノねだりもします
他人を羨んだり妬んだりもします

でも、一方では
何も無いところから
想像をし、工夫をし文明や文化を作り上げて来ました

完璧じゃないからこそ進化が出来たのです

完璧じゃない事を補う為に知恵を学び
そして、努力をしたのです

つまり

そうやって不得意を得意に変えて来たのです


それは決して劣等感だけでは為し得なかった事です




最初から何でも出来てしまう人間なんて
そうざらにはいません

でも、苦手だと思えば
いつまでも不得意のままです


何かをするのに
他人の目を気にする必要も無いし
最初はいくら不得意な事があっても全然構いません




得意も不得意も
自分を知る事が大切な事で
それを結果にしてはいけないのです

と、そんな事を今一番伝えたい人

それは私自身かな・・・



言い訳

現実として
社会の中では<真実>を話す事が
全て相手の為になるのか?
と、言うと
必ずしもそうで無い場合もあります


”嘘も方便”
と、言う言葉もあるように
時には
敢えて<真実>を話さない方が
相手にとって良い場合もあります


<真実>が相手の心を開く事もあれば
<嘘>が相手の心を
癒したり慰めたりする事もあるのです



それでは

<言い訳>
と、言うのは
全部が全部<嘘>なのでしょうか?

少しは
<真実>なのでしょうか?

それとも

あくまで
単に
自分に都合の良い<詭弁>なのでしょうか?



”誤解を解きたい場合”
”謝りたい場合”
或いは
”自分を正当化したい場合”

僕らは<言い訳>をします

そしてそれは
”相手の為”
と、言いながら
実は”自分の為”だったりします


逆に
相手の<言い訳>を
敢えて逆らわずに受け入れたりもします

それは優しさなのでしょうか?
それともただの臆病なのでしょうか?



失敗をした時の言い訳

時間に遅れた時の言い訳

それは自分を繕う為の<言い訳>



ちょっとしたケンカの時の言い訳

別れる時に使う切ない言い訳

それは多分
相手を傷つけない為の<言い訳>



<嘘>は時々
潤滑油になったりもします

あくまで時々ですが・・・


なら、<言い訳>はどうなんでしょうね?



<言い訳>と<嘘>

あなたなら
どっちを許せますか?



みなさんは中秋の名月を楽しみましたか?

ダメですよ

ただ団子を食べる為の口実にしてたりだとか
ただ酒を飲めたら何でも良いだなんてね(笑)


それにしても
以前、ブログにも書いたのですが

中秋の名月(十五夜)が
<必ずしも満月とは限らない>
と、言うのは知っていましたが

今年は見事に満月と重なる年だったんですね

なんだぁ~

それなら
もっとしっかりと見ておくんだったなぁ~


この次に中秋の名月と満月が重なるのは
2021年なんだとか

2021年と言えば
東京オリンピックはもう終わっています

「去年は賑やかだったけど
 今年はノンビリと名月でも楽しもうか」

そんな会話が聞こえて来そうです

私は予言者ではありませんが(笑)


8年後・・・

その時、私は何をしているのかな?



ちなみに
以前、書いたブログですが
「夢の樹舎」にもアップをしていますので
お時間のある方や
既に読んで頂いた方も
ぜひ、もう一度いかがでしょうか?

     ↓

長いタイトルですが(笑)
クリックをすると本文が開きます


 ≪月見団子も飾るススキも無く
   通りすがりに月を見ていた≫







深夜、
突然夢の中でスピッツの「空も飛べるはず」が流れた。

そんな夢を見ていた訳では無い。
そんな願望がある訳でも無い。

だが、
俺の夢の中を掻き混ぜるようにその歌が流れ続けた。

”confusion”?

一瞬、我に返った時、
その歌と共に
枕元のスマホのイルミネーションが踊っているのが見えた。

着信だ。

「もしもし・・・」

<ごめん。寝てた?>

「あぁ・・・どうした?」

<なんかさ・・・空を見たら月が半分だったんだよね>

「半月だったんだろ?」

<半分の月って哀しいよね>

「・・・」

話が噛み合っていない。
しかし、そんな事にはお構い為しにお前は続けた。

<二人でひとつなんて言ってたクセにさ>

「なんだよ? 又、フラれたのか?」

<半分だけ残された月はどんな気持ちでいるんだろうね?>

「・・・」

<きっと、辛いよね。きっと、切ないよね>

「・・・」

そんな愚痴ともつかない話にスッカリ目が冴えてしまった俺は
ベッドから起き上がってメガネを探すと
目覚まし時計を確認してから
スマホを耳に当てたままソファまで行き
暗闇の中
そこに座るとテーブルの上の煙草を一本取り出して火を点けた。

<だって、半分だけ無くなっちゃうんだよ。
 今までそこに在ったものが半分だけ引き千切られて
 もう半分だけが中途半端に取り残されてさ>

「無くなっちゃいないさ」

<えっ?>

「そう見えるだけだよ」

<でも・・・>

「もう一度、空を見てごらん。
 本当に月は半分しか無いのかい?
 見えていないだけかも知れないよ。
 むしろ、今までもう半分があると思ってたのが
 本当は無かったモノなんじゃない?」

<意味が解らない・・・>

「本当の”丸”にはなって無かったって事さ」

<解るように言ってよ>

「ん~ それじゃさ。これから二週間、毎日。
 用件は何でも良いから俺に電話をしてきてごらん。
 そしたら解るよ」


それから二週間、お前は毎晩電話をしてきた。

昼にランチで食べた
エビピラフのエビがいつもより小さかった事。
会社のお局様の更年期障害が酷くなって会社を休んだ事。
実家から野菜とインスタントラーメンが送られてきて
母親からの手紙を読みながら
一緒に入っていた一万円札を握り締めて泣いた事。
シャワーを浴びていたら急に水になって慌てた事。
女友達の失恋話に付き合って
朝まで二人で泣きながらカラオケを歌い続けていた事。

etc・・・


最初の頃は十分、十五分だった電話が
数日立つと三十分になって
ここ三~四日は毎回一時間を超えるようになっていた。

話の内容はどれも他愛もない内容ばかりだったが
本当はそんな事はどうでも良い事だった。


二週間目の夜がきて
”いつも”のようにお前からの電話が入った。

<今夜で二週間だよ>

「あぁ、そうだね」

<約束覚えてる?
 二週間経ったら解るって言ったよね?>

「あぁ、言ったよ」

<じゃ、教えて>

「今、何処にいる?」

<部屋だよ。マンションの>

「それじゃさ。窓を開けて月を探してごらん」

<月を? なんで?>

「見つけられたら解るよ」

<ちょっと待って。今、開ける・・・>

「どう? あった?」

<・・・>

「どうした? 見つからない?」

<あった>

「えっ?」

<あった。もう半分・・・>

「ホント?」

<うん。だから・・・>

「何?」

<すぐに確かめに来て。
 私が見ているのが本当の満月かどうか>


俺はもちろん、すぐに駆け付けた。
きっと三分も経っていなかっただろう。
何故なら、俺はずっとここで待っていたんだから。
お前は気が付いていなかっただろうけどね。




理由

人を好きになるとか、嫌いになるって

案外、単純なところで決まってしまうのかも知れない

自分が心地良いとか悪いとか

結局はきっと、そんな事なんだろう




相手にとっては些細な事でも

自分にとってはとても重大だって事がある

それを許せるか? 許せないのか?

結局はきっと、そんな事なんだろう




笑うツボが違うとか、泣ける場所が違うとか

それぞれが持っている感性は必ずしも同じではない

その違いを認められるか、認められないのか

結局はきっと、そんな事なんだろう




愛に夢中な時って何でも許せるし

アバタだってエクボに見えるものなんだって言う

愛が落ち着いた時に、それがどう見えるのか

結局はきっと、そんな事なんだろう




1/10の優しさに幸せを感じる人と

1/10の嫌なところが許せない人

1/10の大きさは人によって違うって事

結局はきっと、そんな事なんだろう




最初はなんだって新鮮に見えるものだけど

やっかいな事に人間はいつか”慣れ”てしまう

そして「ありがとう」が「当たり前」になる

問題はきっと、そんな時なんだろう




「あなたは変わったね」あなたはそう言う

いや、変わった事に気が付いていないのは自分なのに

相手にばかり求め過ぎて自分を被害者にする

問題はきっと、そんな時なんだろう




言わなくても相手は分かっているなんて幻想

言わない事が相手にとっては「冷めてる」と見えたり

「自分には無関心なんだ」と思われたりって事がある

問題はきっと、そんな時なんだろう




お互いの自由を尊重するのも、いつも一緒を求めるのも

向いている方向が同じならそれで良いのだけど

どちらかがガマンをしているとしたら・・・

問題はきっと、そんな時なんだろう







人を好きになるのに理由はないし

人を好きになる時に理由は考えない


でも

嫌いになったり別れたりするのには理由がある




堤防にて

散歩をしながら堤防を歩いていると
堤防の縁に腰を下ろして釣糸を垂れている老人がいた。

堤防と言っても、
そこを降りると河川敷には芝が広がっていて
川までは数10m・・いや、もっとあるだろうか。

しかも、
河川敷と川の間には木も生い茂った藪があるのだ。


老人はそんな事にはお構いなしと言った風に
リールを巻き上げると、
又、河川敷の芝に向かってキャスティングをした。

そんな事を数回繰り返していた。


堤防の上はサイクリングロードになっていて、
散歩をする人
犬を連れて歩く人などが行き交っていたが、
そこを通る人は
皆一様に訝しげな顔をしては通り過ぎて行った。


私はその老人の事が気になって
少し離れた所に同じように腰を下ろした。


老人はリールを巻き上げながら、
満足気に笑みを浮かべては
又、キャスティングをし、
垂れた糸を見ながら
今度は何か想いに耽っているようにも見えた。


多分、
老人はこの次に行く釣行の為に
リールのチェックをしているのだろう。

そう、そうに違いない。

でも、
もしそうなら
時折り見せる物憂げな表情は何なんだろう?

もしかしたら、
見た目では分からないが
何かあってもう釣りには行けなくなっていて

・・・自分が若かりし頃・・・

野を山を縦横無尽に駆け回り、川を渡り
釣りをしていた頃の事を想い出しているのだろうか?

今は叶わない夢なのか?

あるいは・・・


いや、きっとそうではない。

やっぱり、
次の釣行を楽しみに
リールのチェックをしているだけなのだ。

そう、それだけの話なのだ。

その証拠に
今、老人は静かな笑みを浮かべているではないか。

この次に自分が釣るであろう獲物の姿
自分のその勇姿を想い描いているに違いない。

きっとそうなのだ。

多分・・・それだけの話だ。


老人の釣果を願い私は立ち上がると、
つい先ほどまでしていた余計な想像を振り払い

そして来た道を引き返して堤防を降りた。




珈琲茶房<扉>と言うショートストーリーを

ホームページ『夢の樹舎』にアップしました

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     『珈琲茶房<扉>』





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      『夢の樹舎』




cafe-1185736.jpg















  

誰かに届け!

「さっきから何を考えてる? 何か悩み事?」

「別に・・・」

「そう? なら良いけど」

「どうって事無いよ」

「何が?」

「大した事じゃないんだ」

「だから、何を悩んでるのさ?」

「悩み? 悩んでる訳じゃないさ。
 ただ・・・ちょっとね・・・」

「ちょっと?」

「あぁ、考え事・・・」

「で?」

「小さな事だよ」

「話しちゃえよ。楽になるぜ」

「おいおい、取り調べか?」

「あぁそうだよ。お前の心の中をな」

「おせっかいな奴だな」

「そうさ。今頃分かったのかい?
 もう何十年も付き合ってるってのに」

「そうだな~ 考えたら長いよな」

「長いね~」

「長いか?」

「長いさ。だってお前は俺だもの」





何かに迷ったり悩んだりとかさ
もしも、何か心配事でも起きたら
自分の心にだけ閉まっておかないで誰かに話せば良い


小さなうちに話すのがコツさ

例え、その相手が自分自身でも構わない


口に出して話す事が大切なんだ

”話す”は”放す”

心に縛り付けて置かないで
吐き出してしまう事が何より大事な事なんだ


一度、心の奥から解き放たれた言葉は
無限の風に乗って君のその手を離れていく

そうしたら、少しは楽になるよ



歳を重ねて
確かに知恵はついた



良く言えば
利口になったのか?

物分かりが良くなったのか?

少しは世の中が見えるようになったのか?

世渡りが上手くなったのか?


しかし

悪く言えばそれは
ずる賢くなったと言う事なのか?

諦めが良くなったと言う事なのか?



諦める事に罪悪感も持たなくなった

むしろ
いつまでも固執する事の方が
恥ずべき事だと自分に言い聞かせている



何か物事をしようと思う時
まず、頭の中でシミュレーションをしてみる

頭の中でバラバラのピースを並び替えて
頭の中でパズルを完成させる


パズルは一度作ってしまえば
もう作る必要は無い

結果の見えているゲームほど
つまらないモノは無いのだから


そうして

やがて頭の中だけで人生が流れていく



失敗はある意味
若さにのみ許される特権である

歳を重ねた者には
失敗の言い訳の余地は残されていない

失敗を取り戻す時間の余裕もない


だから、慎重になる

しかし
慎重さは柔軟な発想にブレーキをかける

冒険しようとする心を戒める


慎重過ぎると言う事は
やらずに諦めるのと同じ意味なのに
大人達は言葉を変えて自分を詭弁で武装する



歳を重ねて
得たモノは多いが
それと引き換えに失ったモノは
それ以上に多い

しかもそれは
もう取り戻せないモノばかりだ


しかし
それは本当にもう取り返せないのだろうか?


いや
無理をして取り戻す事などないのだ

失ったモノを数える必要もない



春夏秋冬
それぞれに味わいや趣きが違うように

夏の太陽と冬の太陽の
与えてくれるモノが違うように


認めれば良い


今の自分の出来る事
出来ない事を
自分が素直に認めれば良いのだ



今しか出来ない事がある

今だから出来る事がある




さて
今夜はちょっと数字の遊びをやってみましょうか

もちろん
そこは根っから文系の私の事ですから
学術的な話は一切出て来ませんのでご安心を


余談ですが
先日の事です

通勤バスで前に座った高校生が
数学の教科書を開いていました

何とか方程式って言うんですかね?
数式に記号の入ったやつ ←こんな程度

後ろの席から何気に見えたので
大昔の記憶を総動員して
解き方を思い出そうとして・・・

気が付いたら
降りるバス停を危うく乗り過ごすところでした

いやぁ~ 習慣って恐ろしい!

高校時代から既に40年近くも経っているのに
あの頃と同じように
数式を見たら一瞬で記憶が無くなるんです

三つ子の魂百までって言いますが
これって本当なんですね!?(笑)


さて
何でしたっけ?

そうそう!
今夜は数字の話です

数学の話じゃありませんので
早くも及び腰のあなた

どうか、ご安心を!(笑)


私が生まれてから
今日で55年11カ月と2日ほど経ちました

漠然と考えても
半世紀以上な訳ですから
これはもうかなりな年数ですよね

そんなに生きて来た実感は無いんですけど


それじゃ
日数にしたら何日くらい経っているんだろう?

ふと思って計算をしました

(どんだけヒマなの?(笑))


すると・・・

な、な、なんと!?

20426日になるんです


『こんなに?』
と言う思いと
『意外とこんなもの?』
と言う思いがあったりします


概算ですが55年と20000日

あなたならどっちが長く感じますか?


何だかクイズにでもなりそうですね

でも
<綿1kgと鉄1000gはどっちが重い?>
と、言うクイズと一緒で答えは同じなんですよ(笑)


じゃ
私は20426回寝て起きた事になるんだぁ~

でも
若い頃は徹夜もだいぶしたし
逆に
1日中寝ていた事だってあるから

足して引いて・・・

まぁでも
20000回くらいは間違いなく寝ているんだろうな


食事は

20426×3回=61278回

でも
若い頃は1日2食なんてザラだったからなぁ~

その分、割り引いたとして

それでも58000回くらいはしてるかな?


数字を見ながら
そんな色んな事をゆるゆると考えていました


それにしても

数字のマジックなのか?
単位のマジックなのか?

日数で見るのと
年数で見るのじゃ印象は全然違うもんですね

例えば50歳の誕生日ケーキ

50本のローソクを立てるのと
太いローソクを5本立てる違いみたいな?(笑)


ふと思いました


じゃ
私は後何日生きられるのだろう?


男性の平均寿命は約80歳です

80歳まで生きるすると残りは約24年
日数にすると約8760日になります


82歳だと?

ん~
そこまで生きられる自信はないかも(笑)


75歳までだとしたら6940日くらい

70歳までなら・・・5100日くらい


現実として
70歳までは後14年1か月


15年生きられると言うのと
5475日生きられると言うのと
どっちがどうなんだろう?

数字が大きい方が長く感じるのは
これもやはり数字のマジックなのかもね


までも
こんな事ばかり考えていると
ネガティブにしかならないから

単なる”数字の遊び”
と、笑い飛ばしてしまいましょう!


後何日生きられようが
後何年しか生きらないとしたって

もう1つや2つくらい
夢を見る時間も
希望を叶える努力をする時間はあるって言うものです

そう思わなきゃね!


そう!

人生は数字じゃない

ようは心持ち次第なんだから!!



嘘月

「もう忘れても良いかな?」

僕は夜の空を見上げて呟いた

「良いさ、忘れてしまえよ」

朧な月が頷いてみせた



それは誰の本心なのかな?

君は嘘月だね そう、それは僕





ひとつひとつ想い出を並べて

神経衰弱のゲームのように

順にカードをめくっていく

合わない事は解っているのに



それはまるですれ違った二人

信じていたんだ そう、あの頃は





「今夜のキミはやけに優しいね」

僕は夜の空を見上げて呟いた

「もうすぐ春だからね」

朧な月は嘘が下手だ



でも、そんな嘘も悪くないよ

秋の風も今夜は同じくらい優しい





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