Neko

夢の汽車に乗って 2013年03月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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年度末症候群?

「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」

なんて言葉がありますが
まさに、その通りです

なんでしょ?

毎年の事ではありますが
この時期は忙しさにジタバタ?
いや、ドタバタ・・・じゃなくって

そう、バタバタしている内に
その3月もアッと言う間に終わろうとしています

ホント、早い!

年が明けてチョコ撒きをしたかと思ってたら
もう3月も
会社人にとっては実質29日の1日だけです

(まぁ、節分にチョコ撒きは我が家だけでしょうが)

でも、思いませんか?

ここのところ時間が経つのが早いって!

まず、1日が早い、1週間が早い
したがって、1ヶ月が早い
そんなもんだから1年が早い

だって、あぁ~た!

つい数日前まで私は大学生だったんですよ!

それが気が付いたら社会人になってるし
何故か、知らない人と結婚しているし
いつの間にか娘までいるし

誰の陰謀かは知らないけど
もう55歳になってるし!?

おー! まいがっ!!!

何だか
楽しい処だけ
選んで飛ばされているような気がしてるんですけど

そんな気になってるのは私だけ???

ん?

何ですか?

「時間が早いのは歳のせいで
 記憶が飛んでいるのはボケのせい」←(影の声)

ですと?

まぁ~さぁ~かぁ~~~

私に限って、そんな事は無いでしょ?

「うんにゃ!
 自覚症状が無いのが危ない証拠」←(影の声)

えっ?

ま、ま、またぁ~ 冗談でしょ?

えっ?

えっ???

マジ?????

い、嫌だなぁ~
単なる現実逃避ですよ~

ほらっ、何だか忙しくってさ

いわゆる『年度末症候群』って奴?

仕事中はバタバタしちゃってるからね

せめて
夜中ぐらいは静かに瞑想でもして
心を穏やかにしておきたいものです

さっ、深呼吸でもしてみますか

スーハー
スーーーハーーーー

ほら、皆さんもどうぞ♪

はい、吸ってぇ~ 吐いてぇ~

もっと大きく、吸ってぇ~
大きく吐いてぇ~~~

吐いてぇ~

吐いてぇ~

おいこら! 早く吐けっちゅうねん!

吐いたら楽になるぞ

カツ丼、食うか?

故郷のお母さんが泣いているぞ!

早く吐いて楽になれ、ほら、ほらっ、ほらっ!
お前、やったんだろ?

はっ、はい・・・私が・・・

「ちょっとぉ~
 これ、迷走ちゃうの?」←(影の声)

えっ? そ、そう?

じゃ、分った!

話が脱線して迷走するってのなら
瞑想はもう止めて今度は妄想にしよう♪

妄想なら私の本懐
脱線なんか絶対しません

「だね。そもそもが壊れているもんね。
 そりゃ、脱線のしようが無いわ」←(影の声)

ギクッ!?

な、何を言う? はや・・・

「早見優ってかい?」←(影の声)

ギク、ギクッ!?

な、何故・・・それを?
なんだぁ~ お前もけっこうオヤジじゃん?

「そりゃね、オレはあんただから」←(影の声)

えっ?

「ともあれ、年度末の仕事も後1日
 頑張っていきましょ!」←(影の声)

あー、それ私の台詞ぅ~~~! orz


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オモイモノ

捨てられるモノって
ただそれだけのモノだよ

軽いんだ

だから簡単に捨てられる


でも

どうして捨てなきゃならないモノって
結構重いんだよね

捨てられないモノはもっと重い


それだけ想いが詰まってるって事かな



すわっ!?

いつかも書いたかも知れませんが
営業マンとしての私の致命的な欠点

それは人の顔と名前が
なかなか一致されられないという事です

いや、分るんですよ!

その人が
いつもの会社のいつもの席にいてくれさえしたら

ダメですってば!
勝手に席を立ってうろうろしないで下さい

もう分らなくなってしまいます

「ウォーリーを探せ」じゃないんですから、もう!


休みの日とか
例えば
デパートなんかでバッタリお客さんと会う

そんな事は避けられるものではありません

一番困るのはその時なんです

『ん? 誰だっけ?
 会った事はあるんだよなぁ・・・でも、何処で?
 あの会社の部長か? いや、何か違うよなぁ~』


相手も私服、こっちも私服

私なんて気分まで私服ですからね
仕事モードなんて何処にもありません

そんな時にお客さんに会ったとしたって
そりゃ、解る方が不思議ですよね?

ねぇ?

えっ? 私だけ・・・ですか?

変だなぁ~


「やぁ、こんにちは。家族揃って買い物ですか?」

「あっ、お世話になっています。
 えぇ、まぁ」


一応、相手が誰か解らなくたって
万が一にも相手に不快感を与えないように
咄嗟に機転を利かせて
もっともらしく会話を合わせられるのは
これはもう数十年に渡る営業生活の成果でしょう


「それじゃ、また寄ってください」

「はい、ありがとうございます。
 では、お気を付けて」


なんて・・・まぁ、内心では冷や汗ものでしたが
ともかくその場はしのぎきりました

こんな事
果たして何度あった事でしょうか

自慢じゃありませんが
けっこう綱渡りの人生をこなして来ました



それと私の場合は女優さんなんかでも

特定の人の名前をいつも忘れる癖(?)があります

覚えられない名前の人っていません?

CMやドラマとか
いつもテレビで観る女優さんでもタレントさんでも
名前が出てこない人がいます

まぁ、相手は女優さんやタレントさんですから
相手の名誉の為に敢えて名前は伏せておきますが

(本当はすでに忘れてるんじゃないの?)

いやいや、何を言う!

け、決して・・・そんな訳じゃ・・・


『あぁ、この女優さん、最近良く見るな。
 えーっと・・・
 あれっ? 誰だっけ?』


喉まで名前が出かかってるのに出ない苦しみ

まだ便秘の方が納得は出来ますが
残念ながら、こっちの方は快便でして


「ねぇ、この女優さん。名前は何だっけ?」

「えっ? **でしょ?」

「あぁ、そうそう! **ね?」


良くある我が家の会話なんですが
実はついさっきも・・・


『えーっと・・・ 何だっけ?』

私が例によって想い悩んでいると
私の不審な様子を察知した長女が意地悪く口を挟みます

(全く、この嗅覚はいったい誰に似たんだか?)


「ねぇ? お父さん。
 この女優さんの名前は憶えてるよね?」

「えっ? あぁ、もちろんだよ」

「じゃ、教えて♪」

「教えてったって、さっきお前が教えてくれたじゃん?」

「だから?」

「だからってさ。だからそれで解決したじゃん」

「そう?」


ニヤニヤしながら更にここぞと長女が突っ込んできます


「な、な、何だよ?」

「いや、別に。この女優さんの名前は知ってるよね?」

「も、もちろんさ。アレだろ? そう、あの人だ」

「だね? で・・・名前は何だっけ?」

「だから、あの人だよ」

「名前は?」

「あぁ、名前ね? もちろん、知ってるさ。
 ただ、ちょっと・・・ほらっ、ド忘れっての?」

「お父さん、さっき話したばかりだよ?」

「そ、そ、そうだっけ? あは、あはは・・・」

「やっぱり、もう忘れたんだ?
 お父さん、ヤバくない?」

「何がだよ?」



「すわっ! 若年性アルツハイマーとか?」

ますます調子に乗って私を甚振る長女
慌てて否定をする私


「ち、違うよ」

「まぁ、確かに、違うよね?
 お父さんってもう若年じゃないもんね」

勝ち誇る長女

見事にしてやられたりして・・・


クッソ~~~!!! orz



他人の目

他人の目って気になりますか?

そうですね
「ならない」と言えば嘘になるかも知れません


他人の目を気にしないようにすると言う事は
その時点で既に気にしていると言う事ですね


じゃ、他人のどんな目が気になるんでしょう?

自分がどんな風に思われているのか?

何かを言ったり、したりした時に
どんな風に思われるか?


もっと言えば

自分の見た目だったり
自分の性格だったり
自分の仕事ぶりに対する評価だったり
自分のポジションだったり

気にしたらきりがありませんね


それは十分解っています

それでも気になるのが他人の目と言う奴です


きっと自分に自信があれば
そんなものは
どうでも良いと思えるんでしょうけどね






根拠の無い自信を
自慢げに振りかざしていた若い頃

 怖いモノ知らずでいられたよね


自分の存在理由をあっけなく否定された時に
反論出来ない自分にただ苛立っていた若い頃

 悪い事はみんな世の中のせいにしていた


他人の目を気にする事が無かったんじゃなくて
他人の目に気が付かなかっただけの若い頃

 だって
 あの頃は前しか見ていなかったんだから


あの頃は良かったかい?

 あの頃?
 そうだね、楽しかったよ


あの頃はそれで幸せだったかい?

 幸せ?
 そういや、そんな事は考えた事も無かったよ


それで、今はどうなのさ?

 今かい?

 今は他人の目と
 自分で思う自分自身のギャップが
 昔よりは少なくなった気がするよ


それだけ他人の目を気にしなくなったって事?

 さぁね、どうだろ?

 開き直ったのか
 諦めたのか
 それとも
 自分の事が昔よりは解るようになったのか

 でも、なんかね
 もうそんな事もどうでも良いかな

 昔みたいに無理してカッコをつける気もないし
 自分を繕う事に意味も見つけられない

 第一ね
 他人の目が僕を幸せにしてくれる訳でもないしね



彼岸荒れと言う言葉がありますが
これは毎年ほぼその通りになります

今年もご多分にもれず
ここ、十勝でも
夕方から湿った雪が10数cm降っています

さっき、久しぶりに雪かきをしてきましたが
明日の朝には
また更に何cmか積もっている事でしょう


春の北海道の風物詩とも言えるのが
お彼岸に
雪に埋まったお墓を掘りだして
お参りをする光景でしょうか

今夜もテレビのニュースでは
そんな光景が映されていました


「そうまでして?」

そう思われる方もいらっしゃるかも知れませんが
これはご先祖様や亡くなられた方への思慕の現れ

敬愛、つまりは愛なんでしょう


そのお墓ですが
建てた事のある方ならともかく
一般の方には
良く解らない事も沢山あるようです

皆さんは
お墓にまつわる悩み事や相談事って
何処に訊いたら良いか解りますか?

お寺さん? 葬儀社? 霊園・墓所?

そうですね

多分、その辺なんだろうとは
ぼんやりとは解ってはいらっしゃるでしょうが
でも、実際の相談となると
何をどう訊いて良いのかも含めて
案外、訊き難いものです

そこで登場するのが
ここ『お墓相談所』です

もちろん、ボランティアですので
お金は一切頂きません

何かの時にはいつでもお気軽にご相談ください

電話番号はフリーダイヤルで
0120 の オハカ オハカ・・・


おっと、早速電話のようです


回答者「もしもし、どうされましたか?」

相談者「あのぉ・・・」

回答者「はい?」

相談者「あの・・・」

回答者「どうぞ、ご遠慮なさらずに。
    秘密厳守ですから」

相談者「はい。
    あの、もしですけど
    私が先に死んだとして
    旦那に後妻さんが来たら私・・・」

回答者「はい?」

相談者「どうなるんでしょう?
    同じ墓に入って来られるの嫌なんですけど」

回答者「後妻さんが・・・ですか?」

相談者「はい。だってそうじゃないですか。
    私が死んだ後で
    多分、散々イチャついている姿を
    見せ付けられるんですよ。
    挙げ句にお墓にまで入って来られたら
    私、どうしたら良いのか」

回答者「あなたにそんな兆候でもあるんですか?」

相談者「いえ、今は健康そのものです。
    むしろ、旦那の方が持病は多いです。
    糖尿とか、高血圧とか」

回答者「それなら
    そんなに心配は無いじゃないですか。
    あなたの方が長生きしそうだし」

相談者「でも、世の中
    何があるか分からないじゃないですか」

相談者「まぁ、確かにそうですが」

相談者「考えただけで眠れなくなるんです。
    後妻さんをお墓に入れない方法って
    何か無いでしょうか?」

回答者「ふむ、困りましたね」

相談者「切実なんです!」

回答者「『千の風に乗って』の歌にもあるでしょ?
    そこに骨は有ったとしても
    魂はそこにはいないんですから
    気にしなくて大丈夫ですよ」

相談者「でも、骨は一緒に納められるんですよね?
    それはやっぱり嫌です」

回答者「じゃ、逆ならどうです?
    ご主人が先に亡くなって
    あなたに若い旦那さんが出来たら?
    あなたは将来、両手に花ですよね?
    お墓の中でですけど」

相談者「だから嫌なんです。
    旦那のニヤけた顔を
    墓の中でまで見たくはありません」

回答者「なるほど。
    じゃ、お姑さんはどうですか?」

相談者「そんなの
    もっと嫌に決まってるじゃないですか!」

回答者「じゃ、解決です」

相談者「?」

回答者「そんなにお姑さんが嫌なら
    二人で共同戦線を張れば良いじゃないですか。
    お嫁さん同士の共通の敵になる訳です。
    そこは打算ででもスクラムが組めるでしょ?
    きっと心強いと思いますよ。
    もっとも
    そんなお墓にご主人は入らないでしょうけどね」



うん
確かにそんなお墓に入りたくはないね(ボソッ)



彼岸

そう言えば彼岸だったんですね

実家のお墓から
離れて暮らしていると
墓参りと言っても
お盆に行くくらいで
春秋の彼岸は
いつも親不孝をしてしまいます


”彼岸”

仏教語でこの世とあの世の境を
川や海に例えて
その向こう岸を”彼岸”と言うのですね

このもうひとつの意味は
”悟りの境地”を言うのだとか

これに対する言葉としては
”此岸(しがん)”が有ります

これは”迷いや悩みが多い現実世界”を指します


なるほど

確かに生きているって
ただそれだけで
迷いや悩みは尽きません

でも
逆に言えば
それこそが生きている証なのでしょう

人と人が交わって生きていけば
事の大小は有ったとしても
思うようにならない事の方が多いのですから
迷いや悩み
悲しみや怒りは尽きないものです

でも実は

それすら
何も感じない事の方が不幸な事です

そして何より
それと同じくらい
或いは、それ以上に
喜びや幸せだって有るものです


「どん底まで堕ちたら後は這い上がるだけ」

誰かがこんな言葉を言っていました

そうですね

もし
人生に山と谷があるなら
谷を渡ればやがて山を上がる事になります

谷は山と山に挟まれてあるのですから
谷の数が山の数より多いって事は無いはずです


「あの頃は辛かったな」

もし今
そう過去形で思えるなら今は幸せだと言う事です


晴れの日もあれば雨の日もあります

でも
虹が見れるのは雨が止んだ後です

逆に言えば
虹が見たいなら雨を待たなければならないと言う事です

人生ってそんな風に出来ているんですよね


つまりは

今いる場所が此岸でも
何も迷いや悩みばかりが多い訳では無いと言う事です

悲観する理由は何もありません



彼岸に
お墓参りに行けなかった親不幸は
あの世に行ってから
せいぜいさせてもらいます

今は
こちら岸で生きていられる事を
素直に喜ぶ事にしましょう


そんな私を見て
きっと母親も

お前らしいと
半分呆れて笑っている事でしょう



日本語って難しいですね~

読むと書くとじゃ大違いな言葉って
けっこう有るもんですね

しかも
前後の脈絡を知らずに聞いていたら
何だか
とんでも無い勘違いをしちゃいそうな言葉の数々?

(って、私だけか?)


ここは妄想族の面目躍如!?

そんなヒマだった訳じゃありませんが
思いついた言葉を書き留めてみました

(って、よっぽどのヒマ人でしょ?)


ヒントだったのは
一休さんの
『この橋、渡るべからず』ネタです、これ(笑)


     ↓


汚職事件 と お食事券


薬剤師 と ヤクザ医師


次男です と 痔なんです


判決 と 半ケツ


出無精 と デブ症


小中学生 と 焼酎が臭(く)せ~


車で待とう と 来るまで待とう


届け物です と トド獣です


帰る途中 と 蛙とチュー


母さんがパン作ってる と 母さんがパンツ食ってる


趣味は俳諧 と 週2は徘徊


励ます と 禿げ増す


美乳 と 微乳


除草剤 と 女装罪


扶養家族 と 不要家族





今時
こんな変換ミスをするパソコンも無いだろうけど
こんな事を考えるヒマ人はいるみたいです

何処にでしょうね~? ←はい、ここに(笑)


よっぽどネタに困っているんでしょうか?

ねぇ? 夢乃さん?


(=◇=;) ギクッ




あたりまえ

良く、誰かが何かをした事について

「そんな事はあたりまえだろ」

とか

「やってあたりまえだ」

なんて言う人がいます



本当にそう思ってるのでしょうか?

「あたりまえ」な事が存在すると
本気で信じているんでしょうか?


今更ですが辞書を引くとこうあります

【あたりまえ】
①当然。そうあるべき事。そうすべき事。
②普通。ありふれている事。また、その様。


どれだけ偉い人だったなら
相手に対して
「そうあるべき事」と傲慢に言えるんでしょう?


独裁者ならともかく
普通は誰に対しても
そんな事を言える人なんていないはずです


「給料を払っているのだから
 仕事をするのはあたりまえだ」

そんなレベルの話ではありません、念の為


ともあれ

そもそも
誰かが何かをする事に対して
「あたりまえ」の事なんか何ひとつありません


その人が何かをするのは
相手への思いやりからだったり
相手への優しさからだったり
そうで無ければ
相手に対しての我慢からに他なりません


それを解らずして
「あたりまえ」とひと言で片づける人がいたとしたら
それは余程無神経な人か
或いは
人に対する愛情の欠如をしている人

そう言って過言ではないでしょう


人に対してのみならず

自分が今、生きている事も
明日、自分が生きているであろう事も
来年も自分が生きているはずだって言う事も
そこには
「あたりまえ」は存在していません

ただ
自分がそう根拠の無い盲信をしているだけの事です


それはともかく

もし
誰かが自分の為に何かをしてくれた時
その時に言うべき言葉は
「あたりまえ」ではなく「ありがとう」です


同じ5文字

どっちの言葉を言ってもカロリー消費は同じです
言うのにかかる時間も同じです

でも
相手が受ける”想い”は真逆です


どうせそうなら、ねぇ?
お互いに気持ちが良い方が良いに決まっています


あっ、これがありました!

「あたりまえ」



私は常々、思っています

テレビドラマにせよ、映画はもちろん
ドキュメンタリーもそうだけど

健気な子供を主人公にするのは
ハッキリ言って卑怯です!

製作者側の「視聴者を泣かせる」と言う意図が
明らかに見え見えじゃないですか

例えば

両親のいない小さな子供が
それにもメゲずに明るく笑いながら頑張っている姿

或いは

いたいけな幼い子供が不治の病と懸命に闘っていて
最後には願いも虚しく死んでしまうとか


ねぇ?

こんなのをドラマにするなんて
絶対、卑怯だと思いませんか?

こんなのを見たら
絶対に泣いちゃうに決まってるじゃないですか・・・




************************



だいすきなパパへ

パパはとおくにいったってママがいっていました
もう おともだちはたくさんできましたか?

パパがいなくなって3かげつがすぎました

パパにあえなくなって とてもさびしいです
さびしくて まいにちないていたんだよ

ようちえんであったことを
いつも えがおできいてくれたパパ

あさ おきてテーブルについても
パパはいません

つまらないです

よる ねるときは
ベッドのよこにおいてあるパパのしゃしんに
おやすみをいいます

パパのしゃしんをみると あいたくなって
わたしはすぐにないちゃうのに
パパはどうしていつもわらっているの?

ほんとうはパパのそばにいきたいです

でも そうしたらママがかなしむっていいます
だから がまんします

このまえ ないているわたしをみて
ママがおしえてくれました

おそらに おおきなにじがかかると
だいすきなひとと こころがつながるんだよって

こんど おおきなにじをみたらパパをよぶから
パパもおおきなこえで まゆってよんでね

あのね せんしゅうあかちゃんがうまれました

げんきっていいます

パパがかんがえたなまえだって
ママがおしえてくれました
げんきなこどもにそだってほしいからだって

げんきをはじめてみたときは
おさるさんだとおもいました
でも まいにちみているうちにかわいくなりました

きょう びょういんからたいいんしてきたんだよ

さっき はじめて
ママとげんきと3にんでおふろにはいりました

きゅうになきだして びっくりしたけど
ママのおてつだいをしてからだをあらってあげたよ

げんきは さいしょはないていたけど
とちゅうからはきもちよさそうにわらいました

げんきをみていると わたしもげんきになります

だから わたしはもうなくのをやめました
だって もうおねえちゃんだから

これからは わたしもママのおてつだいや
げんきのおせわをします

だからパパ あんしんしてね


          まゆより



************************



あなた

もうそちらの生活にも慣れたかしら?
そちらは住みやすいですか?

今日、無事に病院を退院して来ました

「元気」も毎日名前の通り元気いっぱいです

おっぱいもたくさん飲むのよ
きっと、あなたに似て大きくなるわ

まゆも最初は随分寂しがっていて
すぐに「パパは?」って泣いていたけど
やっと少しは慣れて来たのかな?

だいぶ泣かなくなりました

それはそれで
今度はあなたが寂しいかしら?

でも、まゆももういっぱしのお姉ちゃん気取りです
これからは私の手伝いもしてくれるんですって

あなたにも
まゆのお姉ちゃんぶりを見せてあげたいわ

きっと、こうやって子供は成長していくのね


元気とまゆ
子供が 二児になったパパ

責任も大きくなるね

単身赴任は大変だろうけど頑張って!

来月、帰って来るのを3人で楽しみに待っています


             ママより



************************



なんちゃって? (^o^)ゞ


あはっ♪

子供が ”二児になったパパ” だって


えー? それ?

はい、ここ突っ込みところです・・・よ?


ん?

えっ?


な、な、な、なっ・・・なんでしょ?

こっ、こ、この冷たい視線の暴風雨は???


あっ、止めて!

パソコンの画面に向って
モノを投げるは止めてください!


そもそも

オ、オチの無い話を私が書くとでも?

まぁ~さぁ~かぁ~ねぇ~~~


えっ?

あはっ、あは、あはは・・・




。。。。。タッッタッタッタッタッタタタタタタタ!(;ーー)ノノ ニゲロー




3月11日
この日が近づいてくる度に
今年もまた
TVの特集番組がたくさん放送されていた


アナウンサーは言います
「まだ何も復興は進んでいません」

コメンテーターは言います
「行政の縦割りが復興を遅らせている」

政治家は言います
「スピード感を持って進めます」


みんな解っているのに
何故が復興が遅々として進んでいないのでしょう?


法律は本来
国民の財産や健全な生活、生命を守る為のものなのに
その法律が
何かをしようとした時には
足枷になっていると言う現実

切実な声が打ち消されたり
祈るように出した申請を通すのに
何年もかかるような事があるそうです

『法律で決まっているから』

でも
こんなものは政治家や官僚が本気になれば
どうにでもなる事なはずです

1000年に一度の大災害に対応出来る法律なんて
人間は持っていなくて当たり前です

持っていないのなら
例外的に作れば良いだけのはずです

持っている利権を捨てられないから
出来ないだけの事じゃないのかな?


もう、あれから2年です

被災者の方の新しい”アルバム”には
果たして、どれだけの笑顔が貼られたのでしょう?


追悼の意と祈りと願いを込めて
あの日以来
「夢の樹舎」のトップページに
ずっと掲載している詩を
今日はもう一度、アップさせて頂きます




 ~新しいアルバムが笑顔で溢れるように~



そこには今日もごく当たり前に
家族の生活があるはずだった

多少のいさかいやケンカもあったにしても
それ以上に笑い声が響いていただろう


いつの時代も親の心を子供は知らない
理由も無く反抗する為だけに親に背く

そんな時代を誰もが通って
やがて大人になっていく

恋と愛の違いを知って
人を愛する事の本当の意味を知る

けれど愛はそれだけじゃない
見返りを求めない愛もあるって事

子供がそれに気がつくのは
自分がいつか親になった時

いくつもの後悔や済まない気持ち
ただ、それ以上に積みかさねてきた絆


年老いた父を母を見て
それは哀しい事だと思ってた

思うようにならない手足で
それでも人生をひたすらに生きようとしてる

もう少し楽な生き方もあったはずなのに
もう少しは楽に生きても良かったのに

思うようにならない手足で
それでも親は子供を守ろうとする

そうして年老いた父を母を見て
それでも憐れと言えるだろうか

子供を思う親の気持ちが
家族の歴史を作ってきたのだ


時は無常、運命は無情
だけど子供を思う親の愛以上に無上なものは無い

受け継がれていく親の気持ちが
家族の歴史を作ってきたのだ


そんな家族の泣き笑いを見つめてきた
ただ1冊のアルバムさえ今は無い


残した者、 残された者
どちらも悔しい涙を流す

還らない者、見送る者
どちらも無念の心を震わせる

「いっそ、一緒に・・・」
辛い気持ちがそう思わせる

だけど、生きてさえいれば
また歴史は続いていく

哀しみを越えて尚、人は生きていく
生きていかなければならないのだ


いつか

いつの日にか

新しいアルバムがいっぱいになる頃には
新しい笑顔がそこにはきっと溢れてる

そう信じたい

そう願いたい


家族の分だけ笑顔はある
笑顔の分だけ歴史がある


今は辛くて哀しいだけでも
忘れる事は無いにしても
忘れられる日は来ないにしても


新しいアルバムがいっぱいになる頃には
新しい笑顔がきっとそこには溢れてる

そう信じていたい

そう願っていたい




誰かが笑えば 誰かが嬉しい
一人が笑えば みんなが笑う

誰かが歌えば 誰かを勇気付ける
一人が歌えば みんなが歌う

人はいつでも 誰かと繋がっている
時を超えて 場所を越えて誰かと繋がっている




あなたが笑えば 僕も嬉しくなる
一人の笑顔が 誰かを優しくする

君が歌うなら 僕はリズムを刻もう
声を合わせて 歌おう誰かの為に

人はいつでも 誰かと繋がっている
あなたの笑顔 君の歌声 待っている誰かがいる




誰かが笑えば 誰かが嬉しい
一人が笑えば 笑顔は拡がる

自分の為で良い いつも笑っていて
一人の笑顔で みんなが笑う

人はいつでも 誰かと繋がっている
悲しい事も 分け合えたら背負える荷物になる




人はいつでも 誰かと繋がっている
時を超えて 場所を越えて誰かと繋がっている



そろそろ受験シーズンも終盤戦でしょうか?

受験生をお持ちのみなさま
本当に長い間、お疲れさまでした!


幸い?
我が家は長女と次女が6歳離れているので
今年と来年は受験とは縁がありません

まぁ、どうせいつか来ちゃうなら
とっとと終わらせたいものですが
日本には飛び級制度も無いし
次女にはそんな頭脳も無いし?(笑)



受験と言えば
「滑る」「落ちる」は禁句ですね

ご家族のみなさんも
何気なく話す言葉にもさぞや神経を使われた事でしょう


「おっと
 手が滑っ・・・スベスベで良かったわぁ~(汗)」

「こらこら。お前、又ご飯粒が落ち・・・
 オホン、落ち着いて食べなさい(汗)」

「ねぇ、お母さん。聞いて、聞いて!
 今日ね、学校帰りに雪の上で滑って転ん・・・
 隣のコロが笑ってた(汗)」


何のこっちゃ?

って、感じですが
ホント、大変ですよね~


ところが
いる所にはいるもんです

ポジティブシンカーさんに訊いてみましょう


ねぇ? 受験生の前で「滑る」はマズいよね?

「何が? そんなの全然だよ。
 滑べるのは滑り込めるって事じゃん?」


ほぉ、なるほどね
でも、さすがに「落ちる」はマズいよね?
受験生に「落ちる」は生々し過ぎるしょ?

「別に。『憑き物を落とす』って言うじゃん?
 今までの苦労がキレイサッパリ落ちるって
 逆に合格間違い無しなんじゃないの?」


でも、「落とし穴にハマる」とかあるじゃない?

「それはね。
 言葉を変えたらピタッとハマるって事なんだから
 それの何処が悪いの?
 むしろ、ピッタンコでしょ?」



ん~ 確かに、言う通りですね



『四つ葉のクローバー』なんかも

「滅多に無いモノが見つかったんだから幸運」

と、言う人もいれば逆に

「滅多に無いモノが見つかるなんて不吉」

そう言う人もいます

いったい、四つ葉のクローバーさんは
どうしたら良いのでしょ?(笑)


まぁ~
ようは考え方ひとつって事ですね


「車が大破するような大きな事故に遭ったけど
 自分は
 足の骨折くらいで済んだなんて不幸中の幸い」

そう思えたら
骨折くらい何でもありませんよね

これが「骨折してしまった」
なんて落ち込んでいたら
いつまでも治るものも治りません



”時折り人は
 運命を避けようとして通った道で運命に出会う”

そんな言葉があります


「あんなに愛していた人にフラれて
 死ぬほど落ち込んでいたけど
 そのお陰で
 今はこうして君と幸せでいられるんだ」


「第一志望校の受験には失敗したけど
 でも、それがあったら
 渋々通っていた学校で一生涯の親友に巡り会えた」


「マラソン大会で躓いて転んでしまったけど
 そのお陰で道端に咲いている花に気が付けた」


「健康診断で癌が見つかってショックだったけど
 早期に発見出来たから今は完治して元気になった」


人生は決して平坦な道ばかりではありません

でも、考え方ひとつで
不運を幸運に変える事が出来ます

そのひとつの方法は現状を受け入れると言う事


私の場合
2006年の11月にリストラを宣告され
12月末で会社を退職しました

暮れの押し迫った年末にです

私はその時、48歳

しかも、その当時
長女は中学生、次女はまだ小学生でした

家のローン、車のローンもありました

先の見通しだけが何もありませんでした


普通に考えると
その歳ではまともな求人はありません

実際、ハローワークで探しても
あるのは「契約」「日雇い」「期間限定」


そんな現実の中にいましたが
不思議と落ち込みはしませんでした

もちろん、全く不安が無かったのか?
と、訊かれたら・・・それはね

でも
ノーテンキな妄想族の強さでしょうかね?(笑)

ずっと「何とかなるさ」って思ってたんです


まぁ、私を見る内の奴の冷ややかな視線は
鋭い刃のように
いつも私の心に突き刺さってましたけどね(笑)

先を考えると当たり前と言えば当たり前ですが
そんなこんなで家の中もギクシャクはしていたけど
それより何より
娘達の前では何事も無かったようなフリをしていて
それだけが少し心苦しかったかな

でも、その時に考えた事は

「これで仕事がすぐに決まったら
 この先はもう
 こんなに長い時間ヒマがあるなんて無いだろうから
 これはチャンスじゃない?
 良し、この際
 今まで書き溜めた作品と新作を何編か書き足して
 ホームページにまとめよう!」


結果、翌2月の末には
縁があって
(ちゃんと試験と面接を受けましたよ(笑))
今の会社に就職が決まりました

年収はむしろ少し良くなり
仕事のボリュームは前職の1/3程度

休みも好きなように取れるし
残業をしたら残業代もつきます

(意外とこう言う会社は少ない)


後日談ですが

私をリストラした会社(メーカー)は
その半年後に東証一部上場を廃止し
業界最大手の会社に吸収されました

多分、そこまでいてリストラされていたら
私の時よりは退職の条件も悪かっただろうと思います

何より
今の会社の募集には間に合っていないので
私は今、ここにはいなかったかも知れません



何が幸いになるか
何が禍になるか
それは誰にも解りません

解らない事をいつまでも悩んでいても仕方ないですね

”良い意味での開き直り”

それが現状を受け入れると言う事なんでしょう


起きてしまった事

それは仕方が無い事です
例え、自分が招いた事だったとしてもね

むしろ、そんな時こそ
ポジティブシンカーになりましょう

でも、無責任はダメですよ
投げ出すのはもっとダメです

諦めるのは最もやってはいけない事です

それさえしなきゃ
誰でもポジティブシンカーになれるんです



選挙公約独論

健康食品やダイエット食品・器具
育毛・増毛剤のCMなどでは
必ずと言って良いほど

「使用者の感想であり
効果・効能を保証するものではありません」

とか

「効果・効能には個人差ががあります」

など
小さくですが注釈文が表示されています



確かに

「必ず」とか「絶対」とか言ったらウソになりますよね


個人によっても
体質や遺伝、生活習慣や生活環境など
色々な阻害要因と言うのは必ずある訳ですから


ウソをついているつもりでは無いにせよ
効果が無ければ
誇大広告だと訴えられるかも知れません


つまりは
効果・効能が現れない場合でも
こう”きちんと”表示する事によって
会社側の言い訳にも出来るのですが

実は
公正取引委員会の景品表示法によって
不当な表示や
消費者に誤解・誤認を与えるような文言は禁止されています




いつも思うのですが

候補者の演説での公約や
政党の掲げる公約(マニフェスト)にも
公正取引委員会のチェックが
あっても良いのではないでしょうか?

(公約とは公開の場で公衆に約束をする事
 マニフェストとはその為の具体的な施策や
 数値目標・実施期限目標等を明確にした物)


選挙投票前の候補者の話の中には
(ウソをついているとまでは言いませんが)
かなりの詭弁や
大風呂敷(誇大広告)ってあると思いませんか?

選挙運動中は良い言葉ばかり並べて

「当選したら後は知らないよ」

みたいな?


「いかに上手に選挙民に誤解や誤認を与えられるか勝負」

まさか、そんな事を思ってはいないですよね?


現実に
選挙中はあれだけ下げていた候補者の頭
あれだけ交わしていた庶民派を振る舞う握手

それが選挙が終わった後は
いつも間にか
”とても偉そうに”ふんぞり返ってらっしゃる方

いますよね?


確かに
議員は当選すると
何故か”先生”なんて呼ばれたりします

(私には何故”先生”なのか
 その意味が分からないのですが)

でも
議員と言うのは市民・国民の代表なだけで
議員になったからって
それが偉い訳じゃありません

おっと
話が脱線しましたが・・・



もちろん
日本は言論の自由が許される国です

何を言おうと自由ですし
当選しても党(組織)の中では
色々な制約もあるのでしょう


でも
政党や
議員候補者の公約(マニフェスト)って
天気予報とは違います

”晴れ、時々雨”

だとか

”雨の確率は30%”

そんな風な
曖昧な事では困ります


ましてや
具体的な根拠も無しの
”絵に描いた餅”では論外です


国民の大事な1票を投じた訳ですから
議員には得票数の分だけの責任は
最低限あるはずです

それは忘れて欲しくはないと思います



それがきちんと出来ないなら
せめて”正直”に公約(マニフェスト)にも

「党及び候補者の楽観的希望であり
効果・効能・成果を保証するものではありません」

とかぐらいは書いておいて欲しいですね



さてさて
新政権の発足から早、三ヶ月

難問山積は解りますが
山に埋もれてしまわないようにお願いしますよ

国民の生活が掛っているんですから!



おっと!?

どうした、今日の私?


こんな真面目で良いのか?

いやぁ~
理痴的なところって
普段はなるべく隠すようにしているんですが

いやぁ~
知らないうちに滲み出ちゃうんですね~♪


ん?

理痴的? 

えっ? えっ痴ってなんだ???

(お前の本性じゃないの?)←影の声


(=◇=;) ギクッ!?




美女と野獣?

『美女と野獣』

ディズニーアニメやミュージカルとしても
超有名なこのタイトルですが
今日はそんな事とは全く関係なく話しは進みます


初めに断っておきますが
自分でもやっかみだって言うのは
それはもう十分、いや十二分に解っています

無いモノねだりだと言う事・・・も?(笑)


でも、いるんですよね~
本当に、美女と野獣のカップルって


『こいつ、大してカッコ良くもないのに
 どうしてこんな美人と付き合っているんだ?』

はい、もちろん余計なお世話ですね

でも、100%やっかみなのでご勘弁を(笑)


そんな時はアレコレ想像してみます

『きっと、こいつは何処かの会社の御曹司に違いない。
 いわゆる、2代目のバカボン・・いや、ボンボン。
 彼女は絶対、財産目当てに違いない!』

いや、解ってますって
やっかみですから(笑)


或いは、こうも想像します

『きっと女性は飲み屋のネーチャンに違いない。
 ほら、あの男心を誘うような超ミニスカート!
 あれは絶対間違いないさ。
 あー、あの男。
 可哀想に絞るだけ絞られてポイってのがオチだな』


こんな事も想像します

『あの男、あー見えて実はアレが物凄い・・・』


オホン、いや・・・まぁ
ちょっと下品な話はここでは割愛しましょうか(笑)


ともあれです

私としては
大してカッコも良く無い男が美人を連れていると
やっかんでしまう訳ですよ

だってね
もし、もしですよ

あの男に対する美人の彼女さんが

何処かの御曹司でもなく
飲み屋のカモでもなく
アレがナンチャラでもない
ごく普通の男にですよ

もったいないくらい
良く気がついて
家庭的で家事は何でもこなせて
思いやりがあって
性格も良くてなんて
そんな女性だったとしたら
ねぇ、どうします?

この世には
神様なんていない事になるじゃありませんか!

私にとっては・・・ですけどね(笑)


そんなの有りですか?

ねぇ?

不公平だと思いませんか?

思うでしょ?

ねっ? ねっ? ねっ?


でも、根っから優しい私は
そんな二人の後ろ姿を見送って思う訳ですよ

「彼氏クン、今は良いだろうけどね。
 老婆心ながら、ひと言言わせてもらうなら
 女なんてね、所詮子供が出来たら変わるんだよ。
 せいぜい、今のうちに楽しんでおきなよ。
 今は『美女と野獣』と羨ましがられているけど
 後、何十年もしたら、どうなってると思う?
 食われているのはあんたかも知れないんだよ」

はいはい、やっかみですけどね(笑)


そりゃあね~

この私だってかつては
まぁ、ずいぶん若い頃ですけどね

私には何だか意味が解らないんだけど
恋人が出来ると
その度に決まって悪友達は言う訳です

「お前にはもったいない彼女だよな。
 ホント、美女と野獣とはお前らの事だな」


野獣?

この私が?

こんな素朴で真面目を絵に書いたような私が?

純情で奥手で
彼女に押し倒された事はあっても
彼女を押し倒した事なんて・・・

まぁ、それは置いておきますがね(笑)


でも、私が野獣ですか?

見た目ならともかく解せぬ!←認めてんじゃん?

あっ、いやいや(笑)


までも確かに
今なら野獣と言われても相応しいかも知れません

確かに
或る意味では・・・ですが

今の方が
私は野獣と呼ばれても
そうね、納得せざるを得ないかも知れません

ただし
その読み方は「やじゅう」ではなくて

「のけもの」

そう読むらしいんですけどね・・我が家では?


って・・・

やぁね~ それ、やっかみでしょ?

ねぇ? そうだと言ってぇ~~~~~! orz


例えば
皆さんの親御さんが
余命数カ月と宣告されていたとしても
お見舞いに行くのに
いちいち喪服を持参する人っていないですよね?


それでは

例えば
あなたは実家から
3~4時間離れた町に住んでいたとします

皆さんの親御さんが
余命数カ月と宣告をされていて
病院から危篤との連絡が入った場合

あなたは喪服を持参して駆けつけますか?

それとも
「縁起でも無い!」と
喪服を持参せずに駆けつけますか?


あの当時

余命宣告をされてから
母がなくなるまでの3カ月ほどの間
私はずっと
そんな葛藤に苛まれていました


私は実家から3時間ほど離れた町で
独り暮らしをしていました

携帯電話など無かった時代です

朝、家を出て出社し
仕事は外回り
それも地方に走る事の多い職場でした

その間は連絡を受ける事が出来ません


帰宅はいつも9時とか10時を過ぎる事もざらでした

帰宅をして
まずするのは留守番電話の確認です

「ほっ、良かった。何も連絡が入っていない」

でも
本当に辛いのはその後です

人間、ヒマがあるとろくな事を考えません

「急に電話が来たらどうしよう?
 明日は**の仕事の予定が入っているのに」

「そう言えば、先週は調子が良く無かったな。
 悪くなってたらどうしよう?」

「もし、電話が来たら何て言えば良いんだろう?」


深夜、独りの部屋
いつ来るのか分からない最悪の電話を待つ時間

どれだけ長く感じた事でしょう

布団に入っても考えるのは
『今、電話が来たらどうしよう?』
そんな事ばかりでした


そんなある夜
深夜も1時を回った頃
突然、電話が鳴りました

「もしもし!」

慌てて飛び起きて電話を取った私

≪おぉ、ごめん。寝てたか?≫

地元の友人からでした

「何だよ、脅かすなよ」

≪何が? 何かあったのか?≫

「いや、別に・・・」


電話を切った後も妙な動悸が鎮まりません
そして、変に目が冴えて眠れなくなりました

そんな夜がどれだけあった事でしょうか


母が余命宣告をされてから
いつ”何”があってもすぐに走って帰れるように
喪服、新品のYシャツ2枚、黒いネクタイ
そして数珠はいつも礼服用のカバンに詰めてありました

覚悟はしていたんです


土日が休みだったので
毎週、金曜日の夜になると
仕事を終わらせた後で
3時間かけて実家に走っていました

着替えをバッグに詰めて
洗面道具を入れて・・・

それから
喪服を入れてあるカバンをしばし見つけて考えます


「どうする? 持って行くか?
 でも、喪服なんか持って帰ったら
 まるで、母の死を待っているみたいじゃないか?
 でも、もし帰っている間に急変して亡くなったら
 病院の手続き、葬儀屋さんの手配、お寺さんの手配
 親戚への連絡とか親父一人に任せて
 喪服を取りに戻れるのか?
 片道3時間、休まず走ったって往復6時間。
 第一、それじゃ母が寂しがるんじゃないか?
 でも、母が亡くなったとしたら
 葬式の席で
 一人息子が喪服を着ていない訳にはいかないし。
 亡くなってまで、母に恥をかかせたくは無いし。
 せめて、立派に葬儀を務めて母を見送りたい。
 でも・・・だけど・・・
 どうする? どうしたら良い?」


普通なら
こんな事までは考え無いでしょうね

万が一
帰省中に母が亡くなったとしたって
最悪、喪服なんかはレンタルしても良いんだろうし
Yシャツなんかは何処にでも売っています

それより
『やはり、喪服を持って帰ったから亡くなったんだ』
そうなった方が嫌に決まっています

でも・・・

何でだろう?
あの時はそうは思わなかったんです

『葬式で一人息子がちゃんとしていないと
 母に恥をかかせてしまう。
 それだけはしてはいけないんだ!』

そんな思いが私を支配していました


結局
母が亡くなるまでの数カ月
親父にも内緒にしていましたが
車のトランクにいつも喪服を忍ばせて帰省していました

毎回、同じような葛藤を繰り返しながら
それでも、やはり
『母に恥をかかせたくない』
そんな想いで・・・



土曜日の午後
いつものように親父を車に乗せて見舞いに行きました

苦しいはずなのに
私達が行くと
いつも母は穏やかな笑顔で迎えてくれました

その日も他愛も無い話しをしていました

その時
母は初めて私に腰をさすって欲しいと言いました

それはいつも親父がやっていた事です

「あぁ、良いよ。何処が良い?」


私が腰をさすってやると
母は気持ち良さそうに言いました

「あー、ありがとうね。
 気持ち良いわ。楽になった」

嬉しそうに言う母

「じゃ、明日も来たらさすってやるよ」

「ホントかい? ありがとうね」

「あぁ、約束」


『なんだ、そんな事なら毎回でもやってやるのに。
 でも、予想外に嬉しそうだったな。良かった』



≪急変したので、すぐに来てください≫

病院からそう電話があったのは翌、日曜日の朝でした

慌てて病院に駆けつけましたが
すでに母の意識はありませんでした

母の手を握って名前を呼び続ける親父

私はその光景を
呆然と見ている事しか出来ませんでした

『違うだろ? お前のするべき事は』

そう言うもう一人の私に
私は何も応えられませんでした

「こんな事なら、もっと・・・もっと・・・」


それから数時間後
母は静かに息を引き取りました

母らしい穏やかな
ただ、眠っているだけのような顔でした



取りあえずの手続きが一通り終わると
医者は親父に向って言いました

「奥様はどうされますか?
 葬儀会社にご自宅まで送ってもらいましょうか?」

それを遮るように私は言いました

「連れて帰ります。そうだろ?」

親父は黙って頷きました


車の助手席のシートを寝かせて
看護師さんの手を借りてそこに母を寝かせ
後ろの席には親父が乗りました

そして
医者と看護師数名が見送ってくれた中
私達は病院の地下駐車場を後にしたのです

「さぁ、お母さん。家に帰るよ。
 疲れたろ? もうゆっくり休んで良いんだからね」

お盆明けの残暑が厳しくて
アスファルトに照り返す陽射しが
やけに眩しかったのを覚えています

それが家族3人の最後のドライブでした



何十回目だったでしょう
結果的に
トランクに忍ばせていた喪服は無事に役に立ちました

でも
それが何になったんでしょう?

私が考えるべきは
そんな事じゃなかったはずですよね

もっと、してやれる事はたくさんあったはずです

結局
余計な事を色々と考え過ぎたあまり
肝心な事は何ひとつしてやれませんでした

そして
ただ、もうひとつ後悔を増やしただけでした

しかも
取り返しのつかない・・・



2008年から
毎年この日に亡母の想い出を書いています

(過去に書いた話、及び、
 何故、命日でも無い3月1日のこの日に
 母を偲ぶ事にしたかについては
 私のホームページ
 『夢の樹舎』の中にエッセイとして載せています)




間が悪いと言うか
想いが空回りをすると言う事があります

今年はそんな話です



母の癌が判って
旭川医大で入退院を繰り返していた頃
私は車で3時間ほど離れた帯広に住んでいました

仕事をしていたので
実家に戻れるのは週末だけでした

元より
中学を卒業して以来
ずっと親元を離れて生活をしていましたので
親孝行らしい事は何もしていませんでした

その当時は結婚もしていなかったし
子供好きな母に
孫の顔すら見せてはやれませんでした

それが今でも一番の後悔なのですが・・・



週末に実家に帰って目にしていた父と母

甲斐甲斐しく世話を焼く父に対して
何故だか解りませんが
私は
「母の世話を焼くのは父の役目だろうし
 母もそれを望んでいるのだろう」
そう勝手に思い込んで
父に対しても妙な遠慮みたいなのがあり
顔を見せに実家に戻ってはいたものの
母に対して
大して何の世話らしい世話もしていませんでした


ただ、他愛も無い話をし
ただ、一緒に僅かな時を過ごす
せいぜい、そんなもので
むしろ
母の方が
「今日は何が食べたい?」
「何か困っている事はないかい?」
そんな風に
私の顔を見る度に私の世話を焼こうとし
私の心配をしてくれていました

自分が病床にいてでさえ
いつも、自分の事より
私や父の事ばかりを気にかけていた母でした


一度は癌治療も効果があって
退院の時、医者に
「これで5年経って再発をしなければもう大丈夫」
そう言われていた
そのまさに5年後に母は癌を再発しました


「残念ながら、保っても後半年でしょう。
 もしかしたら、もっと早いかも知れません・・・」


何も・・・まだ、何も恩返しをしていないのに?
何もまだ親孝行の真似事すらしてやれていないのに?



それからも
入退院を繰り返しながら治療を続けていた母

薬の副作用なのか
眠れない夜が続いていたようです

ある夜
実家に帰って二階で寝ていた私が
トイレに起きて階下へ行くと
真っ暗な居間のソファに母が座っていました

「どうした? 眠れないの?」

「こうして座っている方が楽なんだよ。
 寝ていても、何だか肩凝りも取れなくてね」

「そっか、どれ肩を揉んでやるよ」

「大丈夫だよ。こうしていれば楽だから。
 それより早く寝なさい。
 明日はまた長距離を運転して帰るんだから」



せめて、母の肩凝りを楽にしてやりたい

次の週末
実家に帰る前に私は電気店によって
ポータブルタイプの低周波治療器を買いました

何も親孝行らしい事が出来ていなかった私
せめてもの親孝行のつもりでしたが
その時は、そんな事くらいしか思いつきませんでした


その足で3時間かけて実家に戻り
早速その治療器を見せると
母は大袈裟なくらい喜んでくれました


得意満面に説明書を読みながら説明をしていく私

「まず、このボタンを押してね。
 それから、コレを・・・」

嬉しそうにその治療器を見ながら
私の説明を聴いている母

「どれどれ?」
と、一緒になって覗き込むように見ていた父

私は予想以上に喜んでくれた母の笑顔が嬉しくて
ますます得意満面に説明書を読み聞かせて行きました

ところが

一通り使用説明が終わり
いざ、使おうとした時です

ふと目にした注意事項のところで私は思わず言葉を

・・・失くしました


『【警告】
 この治療器は次の方は使用を控えてください。
   ~中略~
 血流が良くなった場合
 病気の進行を早める場合があります。

 ①***
 ②悪性腫瘍のある方。
 ③*** 』


年配者でも簡単に使える物
何処にでも持っていける物
肩凝りに効果がありそうな物

そんな事でしか品物を見ていませんでした


それまで饒舌だった私の言葉が
突然途絶えた事に母は戸惑いの表情を見せました

「どうしたんだい?」

「ごめん。これはお母さんには使えないんだって。
 これを使って血行が良くなったら
 逆に病気を早く進行させちゃうかも知れないんだって。
 ごめん・・・」

肩を落とす私に母は優しく言いました

「そうかい。良いよ、仕方ないもの。
 ごめんね、せっかく買って来てくれたのに」

「そうだよ。お父さんが肩を揉んでいるんだから大丈夫だ。
 これは病気が治ったら使えば良いさ」

そう助け舟を出してくれた父



正直、ショックでした

良かれと思って買って来たのに
いや
それが無駄になった事がショックだった訳ではなくて

私はいったい今まで何を見ていたんだろう?
私は母の何を知っていたんだろう?

愚か者の浅知恵とはまさに私でしょうか?


結局
その治療器は一度も使われる事もなく
数カ月後、母は他界しました



あれからもう20数年経ったけど
今でもあの夜を事を思い出すと胸が痛みます

思いやったつもりが
逆に思いやられていたばかりの私は
母の事、母の気持ちなんて
本当は何も解ってはいなかったんです

母が本当に私に望んでいたのは
あんな事じゃなかったんです

もっと、ささやかな事
もっと、普通の事
もっと、簡単に出来る事

バカだよね・・・

そんな事すら解らなかった当時の私でした


そんな胸の痛みを摩りながら
今年もまた
心の中に桃の花をひと枝飾ります




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