Neko

夢の汽車に乗って 2012年09月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

08 | 2012/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


私が
初めて買った洋楽のレコードがこの歌でした



当時14歳だった私が

買ってきたこのレコードを見た両親の驚いた顔

無理もありません

それまでは歌謡曲しか聴いた事が無かった私が
いきなりの洋楽

しかも「Love Story」ですからね(笑)



”愛とは決して後悔しない事”
≪Love means never having to say you're sorry≫


この有名なフレーズは
覚えている方も多いでしょう

私も単行本を読み、映画を観つつ
このラストシーンに何度も感動をし・・・

今、考えると
随分とませた・・・いや

多感な少年だったようです(笑)



「そうか、愛とはそう言うものなんだ」

分かっていたのか?
分かってはいなかったのか?
未熟ながらも
少しだけ大人の世界を垣間見たような気がして
愛に大いなる幻想を抱き
美しい愛を夢見ていた少年の40年後

様々な経験を積み?
幾多の試練を乗り越えて来た今

思うのは

「後悔をした愛ほど美しい」

つまり

愛は想い出になってこそ美しさを増す

と、言う事です


だってね
現実はそんなキレイ事だけじゃ済まないのですから

あの「Love Story」の
オリバーとジェニファーだって
もし、普通に結婚をして何十年も経てば・・・


いや、それを言葉にするのは止めておきましょう

うん、それが賢明ですね?
危うく、世界中の「Love Story」ファンを
敵に回すところでした(笑)



フランシス・レイ作曲によるこの作品を
大ヒットさせた歌手の一人

アンディ・ウィリアムスが逝去しました


久しぶりにこの歌を聴きながら
想い出と共にご冥福をお祈りいたします


合掌・・・



 「Love Story」 アンディ・ウィリアムス



スポンサーサイト
いつか

歳を重ねていった時に忘れてしまうもの

そのひとつが


「切なさ」・・・切ない気持ち


それを忘れてしまった事が

また、切ない・・・






Lisa Halim 「切ないくらい、愛してた」



自由

大空を優雅に飛ぶ鳥と

大海原を悠々と泳ぐ魚と

大地を気ままに走る動物と


一番自由なのは

いったい”ダレ”だろう?




動物は空を見て

鳥を羨ましく思っているのだろうか?


鳥は海を見て

魚を羨ましく思っているのだろうか?


魚は陸を見て

動物を羨ましく思っているのだろうか?




いや

鳥も魚も動物も

そんな事は

これっぽっちも考えていないだろう


生きる本能が

自分を動かしているだけなのだから




誰が羨ましいだとか

誰が可哀想だなんて言うのは

卑屈な劣等感や

さもしい優越感を振りかざしている

愚かな人間の業



それはただ

自分で勝手に作った根拠や

価値観に縛られているからに過ぎない



一番自由なのは

誰かの決めた価値観や既成概念に縛られない心なのだ



坂道

坂道は洋の東西を問わず
昔から色々な小説や映画などの舞台として
人生の
或いは生き方そのものの象徴として
数多く描かれてきました


私の好きな映画監督である大林宣彦の映画
尾道三部作と呼ばれる
「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」や
小樽が舞台の「はるか、ノスタルジー」は
そこに映し出される坂道が印象的でした



歌においてもそれはしかりで
「坂」は人生
つまり生きてきた道
或いは
これから歩むべき道としても歌われてきました

「坂」そのものがタイトルに使われたり
歌詞の中で
何かに比喩されて歌われているものも多いですね


さだまさしが
”母がまだ若い頃、僕の手をひいて
 この坂を上るたびいつも溜め息をついた”
と歌った『無縁坂』

ゴスペラーズが
”この坂を上ったら
 二人どんな景色が見えるだろう”
と歌った『陽のあたる坂道』

中島みゆきの『あぶな坂』ctc・・・



坂道を上り、坂道を下る

そこに現実の生活があれば
感慨に耽ると言うよりは
それは苦労以外の何物でも無いかも知れません

行く道にせよ、帰る道にせよ
上れば必ず下らなければならない
下れば必ず上らなければならないのですから

特に雪国の冬の坂道は厳しいです


しかし
旅人にしてみれば
坂道は来た道であり
これから向かう道です

その坂道の先で
旅人は
何を見る事になるのでしょうか?



今、私の暮らす街は
十勝平野の真ん中辺りにあります

生まれた街は山間の小さな村でしたが
坂道はそれほど多い訳ではありませんでした

私が青春期を過ごした旭川は
川の街と呼ばれていました

なので
坂道のある風景には
昔から一種の憧れみたいなものがありました



坂道も車で走ると
それはただ
過ぎていく一瞬の風景の内の一部でしかありません

しかし
自分の足で歩いてみた時
初めてそこに
人が古より積み重ねた足跡を見る事が出来きます

「誰がどんな想いでこの坂道を歩いたのだろう?」

そんな事に想いを馳せて
坂道を歩いてみるのも良いだろうな

歩き疲れたら途中で休むのも良い

腰をおろした坂道の途中
眼下に海なんか見えたらそれだけで良い


いつかゆっくりと坂の街を巡ってみたい思う
そんな秋の夜、このひと時




彼岸

そう言えば彼岸ですね



”彼岸”

仏教語でこの世とあの世の境を
川や海に例えて
その向こう岸を”彼岸”と言います

このもうひとつの意味は
”悟りの境地”を言うのだとか 


これに対するこちら側は
”此岸(しがん)”と言います

これは”迷いや悩みが多い現実世界”を指します


なるほど

確かに生きているって
ただそれだけで
迷いや悩みは尽きません


でも
逆に言えば
それこそが生きている証なのでしょう


迷いや悩み
悲しみや苦しみ、怒り

人と人が交わって生きていけば
どうあれ
思うようにならない事の方が多いのですから


でも
それすら
何も感じられない事の方が不幸な事なのです


そして何より

それと同じくらい
或いは、それ以上に

生きていればこその
喜びや幸せは有るものです


もしそこに違いが有るとすれば
それは個々の捉え方だけの話でしょう


【曼珠沙華】山口百恵



*彼岸花(曼珠沙華とも呼ばれています)
  花言葉は「悲しい思い出」「想うはあなた一人」
  そして「また会う日を楽しみに」



名前

アメリカ人の男って
何にでも名前を付けるのが好きだよね
ほらっ、昔の戦闘機乗りは
自分の愛機に名前を付けてたしね
 
 
  そうだね
  車やバイクにだって
  名前を付けてる人が多いんだってね
 
 
そうさ
しかも、どれも女性の名前ばかりだ
『リサ』とか『ドロシー』だとか『ローズ』だとかね
 
 
  アメリカ人の男にとって
  自分が乗り回すモノは
  女性もマシンも
  みんな同じなんだろうね
  良く言えば
  どちらも愛する対象って言うかさ
 
 
あっ、でも
ほらっ、ハリケーンなんかにも名前を付けてるよね
しかも、それにだって女性の名前をね
 
 
  あぁ、アメリカ人の男にとっては
  愛するモノも女性だけど
  それ以上に怖いのもまた女性なのさ
 
 
 
 
・・・なんて
 
いかにも有りそうなアメリカンジョークでしょ?
 
(一応、即席で考えたのですが)
 
 
 
でも
”モノ”に名前を付けるって良くありますよね
 
ただの”道具”と言うより
”相棒”もしくは”恋人”とか思った方が
大切にもするし
何より愛着も湧きますしね
 
 
かのブルースの帝王「B・B・KING」は
ギターに「ルーシー」と言う名前を付けていました
 
「ルーシー」が恋人なのか、奥さんなのか
或いは、お母さんだったのか?(笑)
 
それはともあれ
愛機(ギター)を
それだけ愛していたと言う事ですね
 
 
 
私も学生時代の愛車には
『流星号』って名前を付けてました
 
自転車ですけどね(笑)
 
 
自転車を持ってなかった時は
何処に行くのも歩きでしたから
自転車が手に入った時は
行動範囲も格段に拡がりましたし
学校に行くのにも
30分歩いていたのが
10分もあれば行けるようになりました
 
まさに『流星号』でしょ?(笑)
 
 
 
それから、ン十年
 
今ではモノに名前を付けるどころか
奥さんの名前すら忘れかけています(笑)
 
まぁ、お互いになんですけどね
 
「おい」とか「ちょっと」みたいな
そんな風にしか呼び合っていません
 
 
ん・・・だからか?
 
 
いやいや(汗)
 
 
でも今更、名前で呼ぶのもね~
 
そんな事をしたら
「何よ、気持ち悪い!」とか
 
そうでなけりゃ
「あんた、何か後ろめたい事でもあるの?」
 
とか、変に勘ぐられてしまいます(笑)
 
 
でも、何十年の経った夫婦間はともかく?
本当は名前ってとても大切なモノなんですよね
 
死んだ時に
お墓に名前が無かったら
お参りに来る人だって困ります
 
(おいおい、そんな理由かい?(笑))
 
 
名前は個を識別する為のモノと言うだけじゃなくて
親の愛情や友人の親しみや尊敬
恋人ならもちろん特別な愛
そして、一応夫婦間の情も込められています
 
(怨念じゃない事を願いますが(笑))
 
 
あなたは大切な人やモノを
どんな風に呼んでいますか?



夢乃家時間、深夜


いつもの指定席に座り
おもむろにノートパソコンの蓋を開く

電源を入れ
見慣れた「Windows」のロゴを眺めながら
今日一日をチラッと振り返る

すぐにパスワードを求めてくるパソコンに
「いい加減にパスワードくらい覚えろよ」
と、難癖をつけながら
渋々、お決まりのパスワードを入力する


デスクトップが立ちあがるまでの時間を利用して
席を立った私は台所に行きコーヒーを入れる


コーヒーを片手に再び指定席に座ると
パソコンは既にデスクトップを表示していて
私に次の作業を催促をしている


「さて・・・」


パソコンを開いてはみたものの
今夜書く事は何も決まっていない


「さて・・・」


こんな時用にと言う訳ではないが
デスクトップには
『まだよ』と言うフォルダーが作ってある

このフォルダーには
書きかけの文章ファイルが100近く入っている

まぁ~

書きかけと言えば聞こえは良いが

正直に言えば
単に、未だにまとまっていない文章だとか

神様からもらった(?)フレーズが
一言だけ書いてあるだけとか

自分で書いた事も忘れている文章なんかが
ひしめき合っていて
完成されて世の中に出ていく日を夢見ながら
甲斐甲斐しくも大人しく出番を待っているのだ


「さて・・・」


上から順にファイルを開いてみる

「ん~ 何か違う」

次のファイルを開く

「これはどうだ?」

しかし、書きかけの次の言葉が出て来ない

「はい、次」


身に覚えの無いタイトルが目に止まった

「ん!? こんなの書いたっけ?
 どれどれ・・・?」

タイトルだけ読んでも
自分で言うのも何だが素敵な言葉だ

何か新鮮だ

期待感が自分の中で増していくのが分かる

ドキドキしてファイルを開く


が、すぐにファイルを閉じる事になる

タイトルは付けていたものの
ファイルの中には一言も書いていなかったのだ


「ふぅ・・・」


思いついた言葉を
忘れないように書いておくのは常なので
こんな事は良くある事だ

だから何ヶ月も経つと
自分で書いた事も忘れてしまう

でも、それが良いのだ

時間が経つと
何かの拍子にそれが化学反応でも起こすように
新しい言葉を生み出す事もあるのだから


ともあれ

そんなこんなを繰り返しながら
次々とファイルを開いて行く

が、しかし

「・・・・・」

何も浮かばない



「すったもんだ」

「てんやわんや」

「ジタバタ」



とりあえずあがいてみる

「な、何のこれしき!
 今までだってこうして
 どんな苦境も乗り越えてきたじゃないか!」

自分を叱咤激励してみる

「頑張れ、私!
 お前はやれば出来る子だ!」


と、その時

「おっ? これ! これ良いじゃん♪」

その中のひとつのタイトルに閃きが走った


そうなると後は早い

手掛かりを見つけた
灰色の脳細胞の持ち主≪名探偵ポアロ≫よろしく
言葉をかき分け、言葉を選りすぐりながら
事件の中枢・・・
いや、文章の本題へと鋭く切り込んでいく

・・・予定だったのだが

どう~~~も今夜はそんな気分では無いらしい


『まだよ』フォルダーを静かに閉じる


「でもなぁ~」


でも、今夜こそは何かひとつくらい書かなきゃな

でも・・・


「ん~」

「んがっ」

「わしゃっ」

「うりゃ」

「てや~」

「ドテッ」

(注)心の葛藤を表す擬態語のつもりだったが
   最後は・・・コケたのか?



悪あがきも必要だが時には諦めも肝心だ

潔く、ここはパソコンを閉じて寝てしまおう

「そうだ、それが良い。そうしよう」


まぁ、こんな夜もあるさ



Yの悲劇

朝、起きてYシャツを着ようと袖に腕を通した途端
袖口のボタンが取れて
しかもベッドの下に潜り込んで早々に行方不明

仕方なく別のYシャツに着替えながら
ついボヤきが口をついた

「全く、朝から縁起でも無いなぁ~」

までも、こんな事も無い訳ではない

「そうだよな」

とは思いつつも何だか嫌な予感がよぎった

そう。普段は全く当たらない俺の勘も
何故だか、こんな時だけは良く当たるんだよな



  ≪フフフ・・・≫



「いただきま~す」

  {ズルッ}・・・{ペチャッ}


「ウゲッ!」

朝食のおかずは昨夜の残りのスパゲッティ
しかも、あろう事かナポリタン?

ひと口啜った瞬間に
ペチャッとケチャップが白いYシャツの襟元にはねた

「何てこった!」

まさに「Oh,my God」の心境

未だ何も仕事をしていないのに
早くもYシャツの三枚目が出動



「あっ、やべっ!」

そりゃそうだよ

Yシャツを三着も着替えていたら
そりゃ時間も無くなってしまう

それでなくても
ギリギリまで寝てるんだから


バスの時間まで後7分
バス停までは5~6分

慌てて家を出てバス停まで駆けだした

と、二つ目の角を曲がろうとしたら
脇から大きな黒猫がのっそりと出て来て
丁寧に俺の前を一往復した後で
おもむろに俺の方を見てニヤリと笑うと

「みゃぁ」と鳴いた


「げっ!見てない、見てない、俺は何も見ていない!」

そっと薄眼を開けて前方を見ると何もいない

「ほっ、やっぱりあれは気のせいだったんだよな」

気を取り直して再び駆け始め・・・


足元で黒猫が今度は「にゃあ」と鳴いた

「ぎゃーーーー!」

俺はビックリして2mくらいは飛び跳ねた

通販のCMの注釈風に言えば

【これは個人の感想であり
 実際の高さとは差があります】

こんな感じ?

おっと、遊んでいる場合じゃない!


「なっ、何だ? 縁起でもない!
 あっ、やべェ~ バスに遅れる!」



  ≪・・・≫



数百m先にバスだ!

「急げ、俺!」

この時のダッシュならウサイン・ボルトにも勝てる気がした


ギリギリセーフ!

バスに飛び乗った俺は空いている後ろの席に座った

『やれやれ、危なかったぁ~』


ホッと安堵の溜め息を漏らすと
何気なく対向車線を見るでもなく眺めていた


その時だった

対向車線を走って来るお城・・・お城???

しかも、黒い・・・城のような・・・

「ゲッ!?」

いつも沈着冷静が売り物の俺も
つい思わず大声を上げてしまった


それは霊柩車

慌てて親指を隠したのは言うまでも無い


『な、な、何だ、今日は朝から?』



何とか無事に会社に到着をした

会社はビルの5階
いつもは当然エレベーターなのだが、何を思ったか

「良し、一丁階段を駆け上がるか!」

多分
朝からの縁起でもない出来事を払拭したかったんだ


一階から二階と調子良く駆け上がる

二階から三階も思った以上に快調

三階から・・・


四階に上がる階段の八段目を踏み外し

「イテテッ!」

こけた瞬間に右の膝をしこたま強打


やっぱり慣れない事はするもんじゃないな

と、プチ反省をしつつ
さて、気を取り直して仕事、仕事!


「さてと、これで準備は良いかな?
 よし、じゃあ出掛けるか」

男はやはり仕事が一番

仕事をしていたら朝からの出来事なんて
もうキレイサッパリ頭から無くなっていたんだ


でも、何でなんでだろ?


出掛けに掛って来る電話ほど厄介なものは無い

私の経験では九分九厘トラブルか
そうでなくても面倒な問い合わせなのだ


そして案の定・・・


本社の担当部署に連絡をし内容の確認をして
それから代理店さんに応答

多少のすったもんだの末に 48分遅れで会社を出発


「ふぅ・・・」

溜め息をひとつ大きくついた後で
俺は車を立体駐車場から出し予定のコースを走らせる

『今日は何をやってもダメな気がするな・・・』

そりゃそうだ
何たって、起きがけからして縁起が悪かった

『続く時には続くものなんだよなぁ~
 だけど、好事魔多しじゃないけど
 逆パターンって事だってあるよな?』

そう自分に言い聞かせてはみたものの
現実はそう甘くは無いってのを
この後も立て続けに知らされる事になる事を
俺は未だ分かってはいなかった


その後、午前中は特に何がどうと言う事も無く
覚悟をしていた以上にアッサリと完了

『やっぱ、気の回し過ぎだったかな?
 いくら何でも悪い事だってそんなには続かないさ』


  ≪果たしてそうかな?≫


ゾクゾクッ!?

『な、なんだ? この悪寒は???』



昼休みに入る前にコンビニでお茶とコーヒーを購入

弁当?
弁当は・・・まぁ、いわゆる「愚妻弁当」ってやつだ

だから、コンビニで買うのは
いつも決まってお茶とコーヒー

後はまぁ、タバコと時々ミンティアを買うくらい


車をいつもの公園の駐車場に車を停めると
スーツの上着を脱いで助手席の背もたれにかけてから
俺は車の中で弁当を食べだした

そして、一服をしたら
決まって3~40分は車の中で寝る

それが俺のお決まりの昼休みだ


おかずは卵焼きとミニトマト以外は冷凍食品
までも、作ってもらえるだけありがたい

三百円渡されて
「好きな物を買って食べて」と言われたって
今時は三百円じゃ大して何も買えない

アンパン二個と缶コーヒーくらいは買えるだろうが
それなら未だ愚妻弁当の方がマシだ

もっとも、弁当のおかずは毎日ほぼ同じ

”冷凍食品の封を切ったらなるべく早く使い切る”

つまり、そう言う事なのだ


弁当を食べ終えると
俺はタバコを一本取り出し火を点けた

「ふぅ~」

タバコの煙をゆっくりと吐き出すと
少し開けた運転席の窓から煙が逃げていく

このまったりとした時間が堪らない

それから俺はドリンクホルダーに置いていた
ボトル缶のコーヒーのキャップを開けて

そして、飲もうとした瞬間

右手に持ったコーヒー缶のキャップから
数滴のコーヒーがこぼれて
Yシャツの胸の部分にシミを作った

「なっ!?」


すっかり油断をしていた

そうだ、今日は”そう言う”日だったのだ


「参ったなぁ~
 これじゃ恥ずかしくて代理店にも行けない。
 仕方ない、何処かでYシャツを買って着替えるか」

財布を見ると千円札が三枚
後は小銭が全部で五~六百円

「まぁ、一応買えるか」


泣く泣く近所のヨーカドーで
二枚組2980円の白いYシャツを購入

本日四着目の着替えをヨーカドーのトイレでした



人間って不思議だ

人間って面白い

それがどんなに悪い事だろうと
これだけ続くと逆に開き直れるモノなのだ

そう、人間って案外たくましい


「さぁ、後は何だ? 何が来る?
 鳥のフンでも上から落ちてくるってか?
 良いさ。何でもくれば良いさ。
 だからどうした!」



  ≪そんな事を言っちゃって知~らない≫



「ん? 何か言ったか?
 な、訳は無いか・・・誰もいないしな。
 良し、着いた。仕事再開だ!」

俺は気合いを入れ直すと車から降りて
後ろのドアを開けカバンを取り出した

それからスーツの襟を直すと
もう一度気合いを入れた

「よっしゃ、行くぞ!」


その時、頭上を何かがよぎった

「ん?」

思わず俺は空を見上げた

俺の頭上を通り過ぎたカラスは
俺の新品のYシャツをわざと狙ったかのように
ピンポイントで爆弾を落としていった

その爆弾は
スーツの襟とネクタイの僅かな間をぬうように
Yシャツの胸からお腹にかけてツーッと・・・垂れた


俺はもう怒りも戸惑いも通り越した心境になっていた


「良かった。二枚組のYシャツを買っておいて♪」

心からそう思った


そう思った瞬間に何処かで何かが弾けた感じがした



  ≪ま、参りました・・・≫



それから回った代理店では面白いほど契約が決まった

まるで何か”憑き物”でも落ちたかのように
俺は絶好調男になった


ただ、車の後部座席には
脱ぎ散らかされた汚れた二枚のYシャツ

それがとても憐れに思えた

「可哀想に。
 結局、今日一番の災難はYシャツだったな。
 でも、まさか一日で五枚も着替えるはめになるなんて。
 【Y(シャツ)の悲劇】・・・なんちゃって?」



スイスの思想家であり法学者であった
かの「幸福論」の著者カール・ヒルティの言葉
 
「寝床につく時に
 翌朝起きる事を楽しみにしている人は幸福である」
 
 
 
 
そうであるなら・・・
 
 
”明日の朝は夜更かしをした事を
 又、後悔するんだろうなぁ~”
 
と、思いながら
今夜もまたパソコンに向かっている私って・・・?
 
 
いや、でも
 
明日、誰かが
私の書いた文章を読んでくれるかも知れないって事を
書き手として
楽しみに出来ると言う点では
 
やっぱり、幸福と言えるのかな?
 
 
 
夜更かしをして文章を書く事と
翌朝の後悔を秤にかけるのは天秤座が故?
 
 
でも
どちらが重たいかなんて
それは初めから分かっている
 
 
だから今夜も秤の皿に又ひとつ分銅を乗せてみた
 
 
もしかしたら
明日の朝は
夜更かしを後悔しないかも知れないじゃない?
 
 
 
例え
後悔をしたとしても
それでもまた明日の夜になれば
性懲りもなく
パソコンに向かっているに決まってる
 
 
 

真実

今、見ているこの星がこの瞬間には
もう存在をしていないかも知れないと言う事
 
見えているモノだけが
信じられる唯一の真実では無いのかも知れない
 
そんな事を考えた事があるかい?
 
 
 
今、あなたが見ている色でさえ
人によって見え方が違うんだと言う事
 
あなたの見えている色は
本当に私の見えている色と同じなんだろうか?
 
そんな事を考えた事があるかい?
 
 
 
現実は今、確かに目の前にある
でもそれを誰が真実だと言えるのだろう?
 
不確かなもの、曖昧なものに理由をつけて
僕達はそれを真実だと思い込もうとしている
 
そんな事を考えた事があるかい?




波長

「いやぁ~ 昨日の合コンで知り合った子とさ。
 妙に波長が合っちゃって、
 あの後でカラオケでやたら盛り上がったよ」


「何だか、今度来た課長とは波長が合わないんだよな」


「別にあいつの事は嫌いでも何でもないから
 悪口で言う訳じゃないけど
 何か、あいつとは波長がズレてる気がするんだよね」


色んな場面で
波長の合う、合わないと言う事が起こります

最近、又話題ではありますが
かつての松田聖子流に言えば「ビビッときた」だとか
有体に言って「生理的に無理」だとか言うのも
やはり波長の合う、合わないと言う事なんでしょう


もちろん
人間は電波を発する訳ではないし
超音波やテレパシーで会話をしている訳でもありません

なのに、相性が合う、合わないと言う事を
「波長」と言う言葉で表したりします

会話をしてそれに気が付く場合もあれば
話さなくても
何となく合う、合わないを感じる事があります


それでは、相手の何を感じ取って
波長が合う、合わないと言う話しになるのでしょう?


過去の経験からの判断?

そう言う事もあるでしょうね


敢えて、曖昧な言い方をすれば
勘や嗅覚と言った自己防衛本能でしょうか?

多分、そう言う事なんでしょう


やたら小さな子供や動物には懐かれると言う人がいますが
それも、そう理解すれば頷けます

子供(特に赤ちゃん)や動物には
自分が生き残る為に本能的に
相手が敵か味方かを嗅ぎ分ける能力があるのですから


まぁ、もしかしたら
本当に人間は
機械も感知出来ないくらいの
電波を発しているのかもしれませんが


それはともかく

デジタル全盛の現代においても
アナログ的な感覚と言うのは
人間においては依然として大きな幅を占めています

「好き・嫌い」だとか
「合う・合わない」と言うのは
数値では絶対表せないアナログの感覚です

逆に言えば
ここのチューニングさえ上手く出来たら
どんな人とでも
多分、上手く付き合っていけると言う事なんでしょう




『夢の汽車に乗って』ブログ内


左欄 『最近のコメント』の下に

フォト・ポエムのコーナーを作りました





不定期になると思いますが

アップしたらここでお知らせします


爆発物!?

何をいきなり物騒なと思われるかも知れませんが
至る所に爆発物って仕掛けられているんですよ

世の中には非武装地帯なんて無いのです

それが例え
家庭の中・・・だろうとね



爆発物にも色々な種類があります



本人が忘れた頃に爆発する時限爆弾

本人がうっかり踏むと爆発する地雷

あえて爆発させようとしてスイッチを押すダイナマイト



これらは何も
工事現場や戦場にだけあるのではありません



ほらっ

あなたの家庭にもあるんじゃありませんか?



好き好んで爆発をさせたい人はいないでしょうが
思いも寄らない処で爆発って起こるものです


始末に悪いのはね
やっぱり時限爆弾でしょうね

「もう、時効だな。知らぬが仏♪」

なんて、心密かに喜んでちゃいけませんよ

「知らぬが仏」どころか「知らぬは本人のみ」
なんてね良くある話です

それにね
時限爆弾のタイマーは絶対止まったりしませんからね

それどころか
時間が経てば経つほど爆薬の量は増えたりします


「災は忘れた頃にやってくる」

  <<<ドカーン!!!>>>

なんてね

くれぐれも油断だけはなさらぬように



備えあれば憂い無しと言いますが
何事も平時の処理訓練が肝心です

特に地雷なんかは避けようとすれば
いくらでも避けられるのですから

「君子、危うきに近寄らず」ってね

何を言われたって
柳のように流しときゃ良いんです

コツはね

ただ、ガマンの一途です


ダメですよ
間違っても頭に血なんか上らせたら

相手の思うツボなんですから



最悪なのは

そうですね~
やはり、自爆覚悟のダイナマイトですかね

仮に、いくら相手に非があるにしたって
余程の覚悟が必要です

共倒れならせめて報われるでしょうが
自爆だけって可能性の方が強いんですからね

何たって
相手の方が一枚も二枚も戦上手

しかも人質なんかを取られていた日にゃ多勢に無勢?

いくら最後の手段だとしたって
あまりにリスクが多過ぎます

確実に相手を一発で仕留められる自信が無いのなら
ここも黙って忍の一字ってとこでしょうかね



今夜もこの空の下

何処かの家庭で
爆発物が爆発をする機会を狙っているかも知れません


さてさて
狙っているのはどっちなんでしょう?

狙っているつもりが
すっかり相手の射程距離に入ってたりしてね

おー怖っ!?



歌は世に連れ・・・なんて言いますが

世の中と言うよりは
自分の
その時々の人生に寄り添うように歌があったりします


幼い頃、母親が歌ってくれた子守歌や童謡

母親の歌が上手だったのかどうか
今では記憶も定かではありませんが

でも、優しい温もりは確かに感じていました


子供の頃に夢中になっていたアニメの主題歌

これって
不思議と何十年も経った今でも歌えるんですよね


やがて
アイドルの歌う歌謡曲が好きになって

そうそう!

あの頃の部屋の壁には
大好きだったアイドルの
大きなポスターが何枚も貼ってあったけ


そして
初めて恋を知って
暗い部屋の中で独りでバラードを聴いた夜

切なさの意味を噛みしめながら
大人への階段を上り始めた頃でした


仕事で失敗をして
そんな自分が悔しくて悔しくて

「畜生!」

そんな言葉をかき消すように
大音量で流していたハードロック


何が良いんだか分からないと敬遠をしていた
4ビートのジャズが心地良く聴こえるようになった時
何だか、少し大人になれた気がしました




私なんかは歌に関しては基本全くの雑食なので
ジャンルもそうですが
今でも古い歌から新しい歌まで
ごちゃ混ぜで聴いています

単に「古い歌」と言うと語弊があるかも知れませんが
人生の節目節目で聴いていた歌って
今でもずっと心に残っています


ある時は励まされたり
ある時は慰められたり
また、ある時は一緒に悲しみを分け合ってくれたり

そんな歌って
多分、みなさんそれぞれにもきっとありますよね


そして

同じ歌でも自分の状況次第で
全く違った歌に感じる事もあります

普段は優しく聴こえる歌が
時には力強く背中を押してくれたり

悲しい失恋ソングに逆に勇気をもらったり

いつもは煩いだけの歌が
元気の素になったりとかね


不思議なんですが

全く同じ歌なのに聴く時によって
どうしてこうも違って聴こえるんでしょう?

自分一人でさえそうなんですから
同じ歌でも聴く人によって
その感じ方はおそらく全然違うんでしょうね


色々な人生に寄り添って
そうして聴き継がれていく歌を
きっと名曲って言うんでしょう



時には我が子を見守る親のように
時には肩を並べる友達のように
時には厳しく励ます先達のように
時には優しく微笑む恋人のように

そこに歌があります



 
 中島みゆき 『時代』




Powered by FC2 Blog