Neko

夢の汽車に乗って 2012年05月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


北国にもようやく遅い春が巡り来て
野に山に
そして、街の中にも一斉に花木が咲き乱れる五月

薄水の空を気持ち良さそうに白い雲は泳ぎ
爽やかな風の中を軽快に羽を滑らせて鳥たちは歌う

冬の間は足元ばかりを気にして歩いていた人々も
或る日、背中の温もりにふと空を見上げた

そこにはまもなく訪れるであろう
初夏を誘う太陽が溢れるほどの笑顔を見せていた




どんな場所にも招かれざる客と言うのはいるものだが
人々が春の訪れを心から喜んでいると
その鼻先をへし折ろうとでもするかのように
そこに奴は必ずやって来る


誰もお願いしてはいないのに
誰も招いてはいないのに

そこに顔を出したからと言って
誰にも喜んではもらえないのに

それでも奴は
毎年この時期になると決まって律儀にやって来る

律儀?

いや、その言い方は適切ではないだろう

それある種、嫌がらせと呼んで良い

天の邪鬼のように雨が降れば降ったと活き活きとなり
人々を嘲るように我が物顔で春の陽射しを謳歌し
人々の誹りを受ければ受けるほどに
悠然と闊歩しその勢力を伸ばし続けていく

時に
可憐な花を見せては人々を欺きながら
地中深くに陰謀を張り巡らせる


それは冬将軍が最後に送りし間者なのか?

「どうじゃ、春なんかより冬の方が断然良かろう?」

そんな冬将軍の嘲笑いが聴こえてくるようだ


招かれざる者、汝の名は・・・庭の雑草


日曜日の午後

奴が私に与えしモノは
45リットルのゴミ袋5袋分の嫌がらせと
3日分の腰痛・・・アイタタタ・・・




【著者の言い訳】

我が家の30坪ほどの庭を侵略し蔽いつくそうとする
まるでエイリアンのような雑草軍団

それに対して
庭には果樹もあるので除草剤は撒けません

この為
しゃがみながら全部1つ1つ手作業で雑草を抜きます

これが毎回、45リットルのゴミ袋でほぼ5袋分

なら、もっとマメにやれよって話かも知れませんが

だって、放っておいたって
冬になれば全部枯れてくれるんですよ

そんな不毛な作業を毎週なんて出来ます?

せっかくの休みの1/4を
こんな事で潰したくないでしょ?

嫌でしょ?

ねっ? ねっ?

まぁ、確かに
これをずっと放っておくと
夏が終わる頃には間違いなく
我が家の庭はジャングルになりそうなんで
これがガマンの限界かって時に
渋々やってるんですけどね

でも、同じ体勢で何時間も作業をしていると
これが腰に来るんですよね

アイタタタ・・・

まぁね
私なんかは若いですから
雑草取りを終えた瞬間にはもう腰痛が来るんですがね

ほら、そこの誰かさんみたいに
3日後に痛みが来るとか
忘れた頃に
「あれ、これ何の痛みだっけ?」

そんな事ぁ~ありやせん(見栄を張ってみる)

腰痛・・・

そういや、こいつも招かれざる者の仲間ですかな

アイタタタ・・・



スポンサーサイト

普通って何?

普通って何?
 
普通ってどういう事?
 
  
普通でいるのが良い事?
  
普通と違うのは悪い事?
 
 
普通でいないと不安?
  
普通でいると安心出来る?
 
  
普通って誰がそう決めたの?
  
普通って誰にとっての普通?
  
  
普通って一般常識って事?
  
普通って多数派って事?
  
  
本当にそう思う?
 
普通って何?
  
  
 
  
確かに
多数派でいた方が安心は出来るんだろうけど
そこは
自分にとって本当に居心地の良い場所だろうか?
  
  
例え
自問自答の答えが『NO』でも
だからって
自分を「おかしい」なんて思う必要は無いよ
  
  
少なくとも
多数派が全て常識人で
少数派は非常識人って自分で決めつける事は無い
  
他人に決められる事でも無い
  
  
多数派だけが
いつも必ず正しいとは限らないし
少数派の中にだって真実は、正義は有る
  
  
確かに
多数派の意見は
世間の総論には近いかも知れない
  
だけど
それだけをして全てを正論としてしまうのは乱暴だ
  
  
学者や評論家が言う正論だって
歴史や統計から分析をしているに過ぎない
  
そして、彼らは必ず
『何事にも”例外”は付き物だ』
と、注釈を付ける
  
  
例外を作っておけば
学者も世間の人も安心出来るんだ
  
”当てはまらないものは例外”
  
そう言って済ませられるのだから
  
ただ、それだけの事
  
  
多分
  
いわゆる”世間の常識”は
社会を円滑にはしているんだろう
  
確かに、ひとつの規範では有る
法を踏み外してはいけない事も誰もが知っている
自己主張も過ぎればただのワガママだって事もね
  
  
だけど、その事と
自分が自分の個を大切にする事とは話の次元が違う
  
個性は誰にでも有るし
それは他人と違って当たり前
他人と同じ事の方が
むしろおかしい事なんだ
  
  
常識か非常識かって話では無く
普通か異常かって極論でも無い
  
  
普通でいる事に
多数派でいる事に
心地の良さを感じられなくたって
それで、そう悲観する事も無い
 
 
普通も例外も世間には良くあるモノだし
 
そして、何より
幸せは自分の心が感じるものだから



メールにしてもブログにしても
ブログに寄せるコメントにしてもそうですが
パソコンとか携帯で打つ文字と言うのは
当たり前と言えば当たり前なんですが
誰が打っても同じ文字ですよね


たまに、字体を変えている人もいたり
最近は
手書きで書けるブログなんかもあるそうですが


普通は手書きで書かれた文字をみれば
ある程度は
「これは男文字だ」
とか
「女性っぽい字だね」
とか、判断は出来ます

稀に
「えー! マジ?」
と、言う場合もありますが

ごっつい大男が意外と
小さなこちゃこちゃとした文字を書くとか
ギャル文字みたいな丸っこい文字を書くとか

みたいな?(笑)


ところが
パソコンや携帯で打った文字と言うのは
手書き文字と違って
文字そのもので相手を判断するのはかなり難しいです


そこで相手を判断をするとすれば
書いてある文章しかありません


でも、そこには様々な問題も潜在しています


男が女に成り済ましてメールを書いても分かりません

極悪人でもきれいな文章を書くと
まるで善人にさえ思えてしまいます

適当に書いた嘘でも真実みたいに読めたりします

どんな男でも文章だけ読むと
とても素敵な人に思えたりする事もあるようです

(これは私の事か?(笑))

美人じゃなくっても・・・


あっ、いや・・・そのぉ・・・


ちなみに私は
私の文章を読んでくれた友人からは

「イメージが違う」

と、かなりの確率で言われます(笑)


ねぇ?

それってどう言う意味?

(やっぱり・・・なのね?(笑))


以前、何かで読んだ調査結果によると
女友達や同僚の女の子とか
付き合っている訳では無い女の子からでも
ハートマーク付きのメールをもらうと
男性の3人に1人は”勘違い”しちゃうそうです

『今日はありがとうございまいした(ハートマーク)』
『今日はご馳走さまでした(ハートマーク)』

メールの文章は
何て事は無いありふれた普通の文章ですが
ここにハートマークが1つ付くと

何か・・・ねぇ?


いやでも
そりゃ勘違いしますって(笑)

3人に1人?

いや、3人に2.8人は勘違いしますって


だって、ハートマークですよ!

普通、何とも思っていない男に
ハートマークなんか付けないでしょ?

(そう思う私がオジサンなのか???)

何にしても
男って単純で可愛い生き物です

ねぇ?(笑)


それに比べると
社交辞令で何とも思っていない男に
ハートマーク付きのメールを送れる女性って

・・・怖いわ(笑)


以前
会った事も無いメル友の男に恋をした女性が
男の為に会社のお金を着服したって事件がありました

その時
ニュースのキャスターが
「会った事も無い男に
 メールのやり取りだけで恋をするなんて考えられない」
と、言っていましたが
今の時代
そう言う事だってままありますよね


経験、有りませんか?


例えば
落ち込んでいる時に
優しい言葉をかけてもらったら
タイプじゃない相手にだって
恋をしちゃう事もあります

それはリアル友達でもメル友でも同じですよね


気の迷い?
酔っていたから?

冷静になってから後悔をする事も?


でも、それは
後になって言える事です


もちろん
そのままゴールインをして
2人が幸せになったのなら
それは本当に何よりな話ですけどね


”言葉”って

言葉を放つ方は
それほど重大には思っていなかったにしても

受け止める側にとっては
それだけ大きなものに思える事もあります


ちょっとした言葉に傷ついたりする事もあれば
言葉の優しさに救われる事もあるんです


それだけに
軽々にいい加減な事は書けません

言葉を放つ側の責任とまでは
そこまで難く考えなくても良いのでしょうが
どんな言葉を並べるにしても
書く時は正直な自分の言葉で書きたいと思っています




関係論

お互いに
相手にモノを言う事を諦めた同士には

お互いの存在を確認する方法は
口論をする事しかないのだろうか?



お互いに
相手に何の期待もしなくなった同士には

お互いの存在を確認する方法は
ため息をつく事しかないのだろうか?



お互いに
相手に愛情の欠片も感じなくなった同士には

お互いの存在を確認する方法は
憎む術を思い出す事しかないのだろうか?







全てを分かり合えないからと
それですぐに諦めて放り出してしまう前に

ひとつでも理解出来るところがあるのなら
そこを手掛かりにしてみたら良い



突き放すのは簡単だ

でも、そこから生まれてくるものは何も無い



そもそも
相手の全てを分かる事が出来ると思う事こそ

偽善者の驕りに他ならない



むしろ
相手の全てなど分からなくて当たり前なのだ

10の内
相手の事を1つ知っていれば知人
相手の事を2つ分かっていたら友人
相手の事を3つ理解出来たら恋人
相手の事を半分許せたら夫婦

せいぜい、そんなものではないだろうか?

分からないからこそ
「言葉」を介して
お互いに分かり合おうと努力をする

そして「共感」を持てるところを探そうとする

それがコミュニケーションであり
関わりを持つとはそう言う事なんだろう



相手がどうあろうと
自分として出来得る限りを尽くした後で
それでも尚
やはり分かり得ないなら

その時に答えを出しても遅くはない



男にとって女性ほどミステリアスな生物はいません

そしてまた
男にとって女性ほどやっかいな生物もいません


どうも、女性と言うのは
何かにつけて”確認”をしたがる生物のようでして
例えば、恋人だとか
夫婦なら夫に良くこんな質問をしたがります


これがねぇ~

実は男にとっては
訊かれると、とっても答えに困る質問なんですけどね

いや、やっかいな質問とでも言いましょうか・・・


【1】「ねぇ、今、何を考えているの?」
【2】「ねぇ、私のこと愛してる?」
【3】「ねぇ、私、太ったかな?」
【4】「ねぇ、あの子、私より可愛いと思う?」
【5】「ねぇ、私が死んだらどうする?」


【2】であれば

「もちろんだよ!」

【3】とか【4】であれば

「全然そんな事は無いよ!」

と、嘘でも良いからキッパリと言いきるのが
”模範解答”のようです

ここで大事な事は決して曖昧には答えない事です

でも
ハッキリ答えれば良いと言っても
”正直”に答えれば良いと言う話でもなく

そこが難しいところなんですが(笑)


例えば

【1】に対しては間違っても

「いやぁ~あの子、可愛いなぁ、と思ってさ」

などと答えるのはもちろんご法度です

それが例え
TV画面の中のアイドルだとか
女優さんだったとしても絶対にNGです

自分では
「あのジャニーズの子、可愛い♪」とか
「韓流スターってカッコ良いわ♪」とか言うくせに
男が同じ事を言おうものなら
女性は途端に不機嫌になったりします

女性によっては
「あら、そう?」なんて
余裕しゃくしゃくな笑顔で答える人もいるかも知れませんが
その笑顔に騙されてはいけません

大概、顔は笑っていても目は笑っていなかったりします

ましてや
街で見かけたスタイル抜群で
美貌の女性なんかに見とれていた日には
もう、あたなの命運は風前の灯ですからね

分かりますよね?


【1】の問いに対しては

「あ、ごめん。
 君といられて本当に幸せだな、と思ってさ」

とか

「いやね、ちょっと君との未来を考えていたんだ」

などと答えるのが模範的な解答です


えっ?

そんな歯が浮くような台詞は言えない?

なぁに、構いません
その場さえ上手くしのげれば良いんですから(笑)


ただ、この中で一番難しい解答は【5】です

あなたなら何て答えますか?


考えられるとすれば・・・

そうですねぇ~

「俺も後から行くよ」

(但し、その時期は明言しない(笑))


えっ? それじゃダメ?

そりゃ、そうですかね(笑)


じゃ、後は・・・そうね

「そんな事は言うなよ!」

と、真剣な眼差しで相手を見つめる

こんな事くらいでしょうか?

(くれぐれも相手の目を見つめて噴き出さないように!)


言い方が難しい例ですと

「お前が死ぬ訳ないだろ?」

そんなニュアンスの言葉です


これはもちろん

「何を言っているんだ!
 そんな事は有る訳ないじゃないか!」

と、全否定の意味で言ったつもりなんですが
相手の受け止めようによっては

「お前みたいな奴が簡単に死ぬかよ」

って思われてしまったらそれでもう終わりです

言葉選びはくれぐれも慎重に! です


それにしても

こちらは質問に正直に答えてるのに
怒る女性っていますよね?

そうかと思うと

逆に
女性に気を遣って嘘(お世辞)を言うと

「嘘付かないで(お世辞言わないで)!」

と、それはそれで怒ったりします


もちろん
簡単に嘘(お世辞)を見透かされる男の方にも
大いに問題はあるのでしょうが

女性はそう言うとこって敏感ですものね


正直に答えるにしても
相手の為を思って
嘘(お世辞)を言うにしても
相手とその時の状況を良く良く考えてでなければ
ただ
ケンカの原因を増やすだけになってしまいます


ともあれ、君子危うきに近寄らず?

女性がもし「ねぇ?」なんて言葉を言い出した時は
男性諸氏のみなさん、絶対に要注意ですよ

甘い言葉が後に続くなんて決して思わず
油断は絶対せずに
持てる全神経を相手に集中して心して答えましょう

分かりましたか?

くれぐれも、軽はずみな発言はNGです


もし、万が一
相手を怒らせてしまった場合は仕方ありません

ひたすら寝たフリをするか
それでダメなら
誠心誠意、土下座しましょ!?(笑)



あっ・・・そう言えば

私のブログを読んでくれる人って
圧倒的に女性の方が多いんだったわ

や、ヤバい???


ここはひたすら寝たフリ、死んだフリ?


ん~

しばらく何処かに避難していた方が良いだろうか?(笑)




ちょっと前に芸能界では二股騒動なんかが
ワイドショーの恰好のネタになっていましたが

何ともまぁ~

男としては羨ましい限りで・・・あっ、いやいや!

私に限っては決してそのような!

でも、ちょっとだけ羨ま・・・いやいや!

けっ、決して・・・そのような?(笑)


までも

よ~~~っく考えてみたら

いや、考えなくたって
私なんかは所謂「イケメン」ちゃいますから
二股なんかはかけたくてもかけられません

余計な心配はする必要も無いかな?(笑)


ともあれ

男女間の二股騒動はともかく
”秤にかける”って事は人生の間にはいくつもありますね


例えば

「自分の夢と現実の生活」


叶えたい夢、目指したい夢があったとしても
それを本当に叶えられるのは
きっと
才能と時の運を併せ持った一握りの人だけなんでしょう

多くの場合は
現実の生活を優先させ
或いは、現実の生活に追われる中で
それを言い訳にして
自ら秤から分銅を下ろしてしまいます


ただ

それが自分自身の決断だとしたら
その事自体は恰好悪い事だとは思わないし
誰から責められるなんて所以もありません

むしろ、本気の夢を捨てると言うのは
男としては勇気のいる決断だと思います


逆に

自分の身の丈や才能や限界も自分で認められずに
ただ、自分の夢だけに拘って現実を見ようとはしない

叶うかどうかも分からない夢を
大よそ不可能な夢を
いつまでも未練がましく追い続けて生きている

もし、そんな人がいたら

「バカな奴だ」と嘲笑いながらも
心の何処かでは「羨ましい奴だ」と思っている

そして

秤から分銅を下ろしてしまった事を後悔する


果たして

どっちの生き方が正解なんでしょうか?


いや、きっと正解なんて無いんでしょう


秤に載せるのも自分
秤から下ろすのも自分


どっちを選んでも
後々、後悔はするかも知れないし
どっちを選んでも
自分を納得させる事が出来たなら
どんな結果になっても後悔はしないで済むのかも知れない

少なくとも
それを周りのせいにして
自分を正当化する事だけは止めにしよう


答えの出ない禅問答のような独り事を繰り返しながら
今夜も秤と脇に置いた分銅を見比べている



「”不可能”の反対語は
 ”可能”ではない・・・”挑戦”だ」

黒人初のメジャーリーガー
ジャッキー・ロビンソンの有名な言葉です


うん、良い言葉だと思いました

辞書的には
”不可能”の反対語は”可能”で良いのでしょうが
それを”挑戦”と言い切るところに
黒人として
初めてのメジャーリーガーを目指した彼の
力強い不屈の意思が伺えます


ロビンソンがメジャーリーグ入りを目指した時
周りの誰もが
「無理だ」「不可能だ」「止めた方が良い」
そう言いました

それらの言葉に対して
ロビンソンがこう言ったとされています


ロビンソンがメジャーリーガーを目指した
1940年代後半当時は
黒人だと言うだけで
まだまだ偏見や風当たりが強かった時代でもありました


余談ですが
ジャッキー・ロビンソンを誘った
ドジャースのオーナー(当時)ブランチ・リッキーは

「君はこれまで誰もやっていなかった
 困難な戦いを始めなければならない。
 その戦いに勝つには
 君は偉大なプレーヤーであるばかりか
 立派な紳士でなければならない。
 仕返しをしない勇気を持つんだ」

と、ロビンソンにそう言い
ロビンソンの右の頬を殴ったのです

すると、ロビンソンは

「頬はもう一つあります。ご存じですか?」

と、そう答えました


こんなエピソードが残っているそうですが
これだけを読んでも
当時の黒人への偏見と風当たりの強さが
社会的にもどれだけ大きかったのが伺い知れます


それまでは白人だけのモノだったメジャーリーグ

その中で
黒人として
初めてのメジャーリーガーを目指すと言うのは
「自由の国アメリカ」と言えども
今の時代では考えられない程
並々ならぬ困難が有ったのでしょうね



さて

”不可能”の反対語

「辞書的には」と上で書きました


ロビンソンの言葉を借りれば
”可能”ではなく”挑戦”と言う事でしたが

では
その”挑戦”の反対語は何でしょう?

”不可能”?

でも、それじゃ言葉としてもおかしいですよね


じゃ、例えば

”逃避”?

そうですね
辞書的にはそう言う事でしょう



”挑戦”の反対語は”逃避”


ここでふと気が付きました


挑戦の「挑」と逃避の「逃」は
面白い事に
偏(へん)が違うだけなんですね!


手を使うと”挑(いどむ)”になりますが
足を使うと”逃(にげる)”になるのです

(注釈)手偏(てへん)は文字通り手を表します
    辶(しんにゅう)は意符としては道を行く事
    歩く事、道、脚などに関わる事を示しています


”兆”は物事の兆し(きざし)、前触れと言う意味です

物事の兆しを手で掴もうとする戦いが”挑戦”
そこから避けて逃げようとするのが”逃避”

手と足

それだけの違いで全く逆の意になるなんて
言葉って上手く出来ていますね


最初に漢字や熟語を作った人が誰なのかは分かりませんが
深い知識と
それのみならず
豊かな想像力を兼ね備えた人達なんでしょうね


漢字ひとつで
何百年、何千年経った今でも
こうして私をワクワクさせてくれるのですから



春の風物詩?

”春眠暁を覚えず”

この句はご存じの通り
中国は唐の時代の詩人
孟浩然が詠んだ漢詩「春暁」の超有名な一節ですが

”春眠不覺曉 處處聞啼鳥 夜来風雨聲 花落知多少”

 【現代語訳】
 ”春の眠りは心地良く、うっかり寝過ごして
  夜明けに気付かない。
  目覚めてみると
  所々で鳥がさえずっていて天気が良さそうだ。
  そう言えば、昨夜は風雨の吹き荒れる音がした。
  せっかくの花がどれほど落ちた事か”


4月か5月頃
この時期になると
いつもこの言葉を書いているような気がします


芸が無いと言うか、ネタが無いと言うか?

あっ、いやいや! 決して・・・

多分・・・?(笑)


言ってみれば

この句は私にとっての文字通り「春の風物詩」です


までも
私に限って言えば
春だけに限らないんですけどね


春夏秋冬暁を覚えず!

「どうだ、孟浩然より凄いべ? エッヘン!」

なんて、威張っちゃいられませんか?


歳を取ると人間は早起きになるって言いますが
それで言うなら
いつまでも寝ていられる私って
まだまだ若いって事でしょうか?


自慢じゃありませんが
私はいつでも何処でも誰とでも・・・

あっ、いやいや!(笑)

「寝れ!」
と、言われたら1分以内に眠れる自信があります

「寝ていれ!」
と、言われたら何時間だろうがずっと寝ていられます

とは言うものの
そこは私も人の子ですから

まぁ~ 現実には

どうしてもトイレがガマン出来なくなって
渋々と起きちゃうんですけどね

それに最近は寝過ぎるとどうも腰が痛くなって・・・

あっ、いやいや!

これは読まなかった事に!


そうそう、定番の春の詩と言えば

「枕草子」の序文にこれもありますね

”春は曙。やうやう白くなりゆく、山際少し明りて、
 紫だちたる雲の細くなびきたる”

 【現代語訳】
 ”春は曙が良い。
  徐々に白くなっていく山際が少し明るくなって
  紫がかった雲が細くたなびいている”


北海道人のように
北国に住んでいる人間にとって春は喜びです

冬の間は朝の6時と言うと
まだまだ外は暗いのですが
春の訪れと共に朝が明けるのも早くなっていきます

なので

普通であれば「春は曙」と言う事になるのでしょう

冬のそれに比べれ春の陽射しは穏やかで暖かくて
朝の風景なんてそれはもう爽やかそのものですからね

寝ているなんて勿体ないでしょ?

普通であれば?(笑)


でも、いや・・・だから?

春の朝は気持ち良くて
そこをわざわざ早く起きるなんて勿体ない?


春はまどろみの中で
まったりと惰眠をむさぼる

やっぱ、これでしょ?

ロッテのトッポ♪

あっ、いやいや! CMなんて歌ってる場合じゃ(笑)



《天の声》 ”ダミンじゃ(ダメだ)こりゃ!”



Mother of Mine

日曜日は母の日でしたね


「死んだ子の歳を数える」

そんな言葉がありますが子供も母親の歳を数えます

私の母も
生きていたら今年79歳になっていたはずです

どんなおばあちゃんになっていたでしょう?

あんなに逢いたくて
一度も逢えなかった孫娘達と
例えば、今日はどんな話をしたでしょう?


私の母は親不孝な一人息子のせいで
おばあちゃんにもなれずに
”母親”のままで亡くなりました


母さん、ごめんな

もし、私がもっと早く結婚をしていたら
孫も抱っこさせてやれたのにね

でも

もし、そうだったとしたら
私は今の娘達と出逢えてはいない


この縁をくれたのは母さん

あなただったのだから
あなたはきっと笑って見守ってくれているよね?

そう信じていて良いだろ?


たくさんの感謝を込めて
昨日、そんな話をして来ました


母さん、ありがとうな




『Mother of Mine ~母に捧げる詩~』
     歌:ニール・リード






(注釈)

「この縁をくれたのは・・・」について

以前、ブログでも書いた事がありましたが
我が家の長女は母親の三回忌の命日に生まれました

その時も書きましたが
私は長女が
母親の生まれ変わりだとは思った事はありません

ただ、長女に何かあれば母親が守ってくれる

そんな縁を強める為に
この日を選んで生まれてきてくれたのかなと

そんな風には思っています


もっとも、母親にしたら

死んでまでこんな風に”当て”にされちゃ
迷惑な話かも知れませんけどね




アンジャベル

「アンジャベル(anjelier)」とは「カーネーション」の事です
 
 
日曜日は母の日
 
みなさんは”お母さん”とどんな話をするでしょう?
 
 
私は・・・
 
 
*夢の樹舎より
(下のタイトルをクリックすると本文が開きます)

『アンジャベル』 
 
 
 
 
この土日は用事があって
昨年のお盆以来
久しぶりに私の実家に行って来ます
 
母の日を選んで行く訳ではありませんが
 
(この日曜日しか次女の部活の休みが取れなかったので
 土曜日の部活が終わり次第、午後から旭川に走ります)
 
そんな日に当たったのも何かの縁でしょうか

 
 
仏前に手を合わせて
 
近況報告?

娘達の見守りお願い?

日頃の感謝?
 
ただの挨拶?
 
それとも懺悔?(笑)

 
さてさて、どんな話になるでしょう・・・




ありがとう

「ありがとう」

そう素直に言える人は
それだけで素敵な人です


人は1人で生まれて来た訳では無いし
1人で生きて来られた訳でもありません

多くの人に囲まれ
多くの人との関わりの中で今に至っています


「するのが当たり前」
「してくれて当然」
「言わなくたって分かってくれている」
「いちいち言ってられない」


特に親しい間柄になればなるほど
”儀礼廃止”と言う訳ではありませんが
そんな空気感の中で
何となくスルーしちゃう事ってあります


でも
人が人に何かをするのに
本当は”当たり前”なんて無いのです


気持ちは言葉で伝えなければ
相手の心には届きません


ちょっとした一言があるだけで
人は温かくなれるのです

ありふれた言葉でも
その一言で人は笑顔になれるのです


たった五文字のありふれた言葉は
人を優しくしてくれます


気遣い
そして、思いやり

それに応える気持ちが
「ありがとう」の言葉で表せられるなら
こんな簡単な事は無いはずなのに
それが難しいと言うのは
心に余裕が無いからでしょうか?

それとも
ただ、相手に甘えているだけなのでしょうか?


もっと素直になれたら良いのに・・・

(多分に自戒の念を込めて)



縁の連鎖

人が人と関わる時に
大なり小なり結ぶモノを縁だとするなら
人の一生は縁の連鎖によって導かれるものなのだろう
 
縁は縁を結び人を次の縁へと導く
 
その中には
次の縁に繋ぐ為だけの小さな縁も有れば
その後の行動や考え方に
大きな影響を及ぼすような大きな縁も有る
 
それらの縁が
時には必然によって結ばれ
或いは偶然を装いながら交差をし
そして、次へ次へと繋がっていく
 
例えれば縁とは
アミダクジの曲がり角であり
ピンボールのピンみたいなモノなのだろう
 
曲がった先
弾かれた先は決して偶然では無い
 
だが
 
どれが大きな縁で
どれが小さな縁なのかは
多分、その時には知る由も無い
 
後で振り返った時に思うくらいだろう
 
だからこそ
どんな縁も粗末にする事無く
一生懸命に結ばなければならないのだ
 
その先に待っているモノを運命と呼ぶのか
或いは宿命と呼ぶのか
そんな事は哲学者が考えれば良い
 
人はただ迎えた縁を
一生懸命に結ぶ事で生きている証を紡いでいくだけだ



ナミダボタン

GWはみなさん
いかがお過ごしでしたか?
 
たくさん楽しみましたか?
素敵な想い出を重ねた方もいたでしょうか?
 
そんな方も、そうでなかった方も
みなさん、お疲れさまでした
 
また、今日から頑張っていきましょ!
 
 
 
さてさて
 
GW前の予告通り
 
表題のショートストーリーを
『夢の樹舎』にアップしました
 
ショートストーリーのつもりが
少し長くなりましたので
時間に余裕のある時にでも読んで頂ければ嬉しいです
 

下のタイトルをクリックすると本文が開きます 

     ↓

 【 ナミダボタン 】 
 
 
 
 
『夢の樹舎』トップページはこちら
 
     ↓

 【 夢の樹舎 】





いくたびの櫻

あの時の春
 
あの日観た桜
あの人と観た桜
あの場所で観た桜
 
 
そして、この時
 
蘇るいくつもの記憶と
今年もまた積み重ねていく想い出
 
 
いくたびの春
 
いくたびの桜
 
 
永遠に続くものなど何も無いけれど
だからこそ人は心の襞に留めようとする
 
儚き夢のような美しきひと時を
 
桜の花の名を借りて
 
 
 
 

BY YOU TE

 
 
 
南から始まった桜前線も
約2カ月の長い旅の終盤を迎え
いよいよ北海道にも到達しました
 
我が十勝国に桜前線がやってくるのも後ホンの数日
ここまで来たらもう時間の問題です
 
 
5月
 
遅い北国の春もこれからが本番
 
 
折しも、そんなGWの最中
 
みなさんはいかがお過ごしですか?
 
 
桜を観終わった人も
まだこれからの人も
 
素敵な春の休日を過ごしてください
 
 
 
私も3日から実家ツアーに出掛けますので
ここでの更新は数日間のお休みを頂きます
 
連休明けには
『夢の樹舎』において
新作のショートストーリーを掲載する予定です
 
 
*タイトル『ナミダボタン』
 
 
また、お付き合い頂ければ嬉しいです





Powered by FC2 Blog