Neko

夢の汽車に乗って 2012年02月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

01 | 2012/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


眠れない夜は
紫色の空が時を超えていく


罪人達のリグレットを
”fado”の哀しい調べに乗せて

歌歌いは詠う
その運命と宿命の果てを


レモネードに浮かべた
涙の雫を
いつか君は愛だと言った

誰にも気づかれない愛も
望まれない愛も
例え、疎まれたとしても
それも確かに愛なんだと


残り火のような愛を温めてまで
独りで君が守ろうとしていたもの

それは・・・


時をもしも取り戻す事が出来るのなら

誰もがそう望み
そして叶わぬ夢を見る


そんな夢達の端糸を縁り集めながら
眠れない夜は永遠を繰り返す




スポンサーサイト

関わり

良い意味でも悪い意味でも
人間は他人を人生の鏡として
或いは
その生き方の道標としながら生きている
 
他人の影響を受けて
自ら変わる場合もあれば
知らずと変わっている場合もある
 
直接か間接かはともかく
人間は
他人によって支えられ
他人によって導かれ
他人によって活かされている
 
時には
他人によって傷付けられたり
他人によって欺かれたりもするけど
それでも人間は
他人と関わらなければ生けてはいけない
 
仙人のように独り山の中に籠らない限り
人間は他人との関係の中で生きるしかないのだ
 
だから
例え、どんなに傷付けられたとしても
欺かれたとしても
「他人に人生を変えられた」
などと、嘆いてはいけない
 
他人を否定する事は自分を否定する事になる
 
 
その他人も
選ぶ事の出来る相手もいれば
選べない相手もいる
 
でも
考えようではあるけど
不要な人と言うのはいない
 
相手の事をどう捉えて
そして、どう考えていくのか?
 
そしてそれをどう自分に重ねていくのか?
 
それは
あくまで自分次第なのだ
 
 
「関わり」は「拘わり」とも書く
 
つまり、”こだわり”である
 
他人との関わり方は拘わり方でもあるのだ
 
 
人間は良くも悪くも
他人との関わりの中で生きている
 
変わったり、変えられたりも確かにあるけど
それ故に
相手との関わり方には拘っていきたいと思うのだ





寝言

他人の寝言ほど笑えるものはありません


「えー♪ これ全部食べて良いの?」

何の夢を見ているのか一目瞭然です
太らないように気を付けてね


「あぁ~ん、それはダメェ♪」

何だか妄想が膨らみますが
いったい何の夢を見ているんでしょ?


「みちこさん・・・」

ありゃ? 大丈夫ですか?
それはちゃんと奥さんの名前でしょうね?


「ごめんなさい、もうしません!」

いったい何の悪さをしたんでしょ?
そう言ったのが我が子なら気になりますね

そう言ったのが旦那さんなら
朝起きたら問い詰めてみましょうか?

もちろん、私ならしらばっくれますけどね(笑)


余談ですが
上で書いた事に関連するのかどうかはともかく

寝言で浮気がバレるなんて事もあるそうですから
寝言常習犯の心配のある方は
浮気相手を選ぶ時も
奥さんとか旦那さんと
同じ名前の人を探した方が良さそうですよ


えっ? 私ですか?

もちろん、私に限ってはそんな心配はありません

根性で寝言は言いませんから!?(笑)



中には
妙に滑舌の良い寝言を言う人がいたりして

『こいつ、本当は起きてんじゃないのか?』

なんて、思う寝言もあります

思わず突っ込みたくなりますが
それは止めておいた方が良いんだとか


その理由については良く

「夢を見ている時と言うのは
 あっちの世界(黄泉の国)と
 こっちの世界(現世)の間にいるのだから
 話しかけると戻って来れなくなる」

等と言われたりしますが
実際にはそう言う事ではなくて

寝言を言いやすい状態と言うのは
眠りの浅い時(レム睡眠)で
寝てはいるのですが脳が起きている状態で
特に言語中枢が活動をしている時だそうです

なので
その寝言に受け答えをして”会話”をすると
脳が休まらず疲れが残ってしまうのだとか


脳が興奮状態だったり
何かしらのストレスや過去のトラウマも
寝言の原因になったりするそうですから
寝言を言っている人がいたら
話しかけたりせずに
「疲れているんだろうな」
と、労わってあげる事が大事なようです


dayan-luck-330.jpg

ちなみに
我が家の猫達もたまに
「むにゃむにゃ」と
何やら寝言らしき事を言ったり
「ミャー」と鳴いたりしますが
猫の場合、いつも寝ているので
寝言なのかどうかは良く分かりません

ダヤンなんかは
寝ている時に撫でたりすると
目を瞑ったまま
「みゃー」と文句を言って尻尾をブンブン振ります

猫語が分かれば寝言なのか起きているのか
ちゃんと分かるんでしょうけど
それが分からない飼い主Y氏は
ダヤンのリアクションが面白くて
ついちょっかいを出してしまいます

ダヤン、ごめんね~

飼い主に撫でられるのも猫のお仕事だからね♪

って、違うかな?(笑)


dayan-330.jpg
   Dayan『違うやろ・・ムニャムニャ・・・』




おやつハンター

「お姉ちゃん、おやつ余ってない?」

そう言いながら
長女が蓄えているおやつBOXを勝手に漁っては
賞味期限切れのおやつを見事に見つけ出す次女

ちなみに、次女は
もらったおやつはその時に全部食べ尽くすタイプで
長女は
残ったおやつはBOXにしまっておいて忘れるタイプ

神経質な長女は
賞味期限が一日でも過ぎたおやつは絶対食べないので
次女はいつもそれを狙っているのです


でも、そこはさすがに私の娘(?)

だからと言って
黙って長女のおやつを盗み食いする事はありません

姉妹と言えども勝手に盗ったら窃盗ですからね

(これってやっぱり私の躾が良かったからかな?)


賞味期限の切れたおやつだけを見つけ出して
ちゃんと長女の了承を得て貰って食べているのです


でも
賞味期限切れのおやつなんてそうは無いですよね?
普通は・・・?

次女はその数少ない賞味期限切れのおやつを
何と、見事にピンポイントで探し出します

おやつに対する執着心の賜物?
その嗅覚には半端無いものがあります

もしかして
おやつに関しては警察犬以上の嗅覚の持ち主?

家族は次女の事を「おやつハンター」と呼んでいます


もっとも
これには、ちゃんとタネも仕掛けもあるんですけどね


定期的に次女は
長女のいない間におやつBOXを覗いては
賞味期限切れの近いおやつが無いかをチェックをします

それで
賞味期限切れが近いおやつがあれば
密かにそれをBOXの底の方に隠し
そして
期限が切れるまでじっと待ちます

もちろん、長女に忠告などするはずもありません

そして期限が切れた頃を見計らって
おもむろに長女に言います

「あー。お姉ちゃん、これ期限切れてるよ。
 貰って良い?」

「えー? マジ? なら良いよ」

「サンキュー♪」


見事な知能犯です(笑)


それにしても
未だに次女の”匠の技(?)”に気が付いていない長女

長女、高3
次女、小6

見事にしてやられている長女ですが
ここでも
長女タイプと次女タイプが明暗を分けているようです

六年間、一人っ子として育った長女
それに対して
生まれた時から長女がライバルの次女

何事にも余り執着心が無く
おっとりマイペース型の長女
反対に
物事に対して執着心の塊で
自分でこうと思ったらテコでも動かない頑固者の次女

良く言えば素直だけど何処か思考が幼い長女
片や
要領は良いけどやる時はやるタイプの次女

ジャージ姿がやたら似合っていて
流行りのファッションにはとことん疎い長女
一方
気に入らないと親が買って来た服も絶対着ない次女

(小さい頃は服もお下がりばかりだった反動?
 我が家では
 長女は絶対流行りのギャルにはならないけど
 ギャルになるとしたら次女と言うのが定説です)

これじゃあねぇ~
端っから勝負は決まっています(笑)


でも
どうして姉妹(兄弟)って
足して2で割ったようにならないんでしょうね?


あらあら
そんな事を言ってる間に
またまたおやつハンターは獲物を狙っているようです

長女に教えてやろうかなぁ~

でも
面白いから黙って見てましょうかね(笑)




『夢乃咲道』誕生秘話だって?


「いよいよそこまで持ち出してきた?」

いやいや
決してネタが尽きた訳ではありません(笑)



「どうして、その名前をつけたんですか?」

これは良く訊かれる事でもあります


「本名ですか?」

さすがにそう訊かれる事はありませんが(笑)


大方の人は既にお察しだと思いますが
もちろん、本名ではありません



ブログを書き始めたのは
2007年1月29日からでした

(「夢の汽車に乗って」の前のブログです)


ブログを書き始めるに当たって
ハンドルネームを色々と考えました

必ず使おうと思っていたのは「夢」と言う言葉でした


”夢を食べては生きてはいけないけど
 夢が無ければ生きていく意味も無い”


生きていく上で
夢は
それほど大切なものなんだと言う想いがありました


夢は人ぞれぞれ違いますし
「これが正解なんだ!」
と、言うものもありません

100人いれば100通りの人生があり
そして100個の夢があって良いのです


夢は
「生きる目的」だったり
「自分の理想」だったり
「生き方」だったり

或いは
「家族との事」だったり
「趣味の事」だったりもあるかも知れません


もちろん
「想像や妄想の中に夢を見る」
と、言う言い方もありますけどね


そして
夢は「希望」でもあります

希望があるから人は頑張る事が出来ます

そして
今日頑張ったご褒美に貰えるのが
「明日」と言う事なのかも知れません

そう言う意味では
夢は「明日」と言う事にもなります


良く
空想癖のある人の事を
「夢見る夢子ちゃん」等と揶揄する人もいますが
空想だって想像力が無ければ出来ない事です

想像力の無い人に
他人を思いやるなんて事は出来ないだろうし

私から言わせたら
夢のひとつも見れない人間が
他人を幸せに出来るはずもありません


学者の発想も想像力が無ければ生まれません
発想が無ければ発明や真実の究明なんて出来ません

作家とか芸術家だとかは
想像や妄想と言った感性を形に出来る人だと思うのです



で・・・


そうそう!

私の名前でしたよね?


これでもけっこう悩みました


「夢」を
必ず名前の何処かに使いたいとは決めていたのですが
なかなかピンとくるものは浮かびませんでした


で、色々と考えた結果
最終的に残ったのは

「夢乃咲道」と「夢見 輝」でした

(超恥ずかしい告白!?(笑))


でも
ただ”夢を見てる”だけではダメですよね?

それこそ
単なる「夢見る夢男クン」になってしまいます

まずは
書き続ける事しか出来ませんが
根を張る場所を耕す事から始めようと思いました

文章を書き続ける事で
自分の夢をひとつひとつ咲かせていって
いつかそこに道が出来たらどんなに素敵だろう!

ねぇ、そう思いません?


今、考えたら
身の丈も考えず
ずいぶん大きな名前にしたものです(笑)

お陰で未だに
獣道のような道すら作れずにいるんですけどね


まぁ~でも
気長に続ける事が夢を繋ぐ事になるんだと思っています


ともあれこうして
妄想癖型多重人格者「夢乃咲道」は誕生しました


どうでも良い話と言えばそうなんですが(笑)

まぁ~ 真夜中の独り言と言う事で。。。



無理をしてでも

「無理をして忘れる事はないさ」

他人はそう言うけど
無理をしてでも忘れたい事だってある

そうしなきゃ前に進めないって思う


忘れなきゃならない事は
無理をしてでも忘れなきゃならないんだ


でも
忘れる事とリセットをする事とは違う

忘れる事は捨てる事じゃない

いや、むしろ
どんな事だって生きて来た証なんだから
例え、ひとつだって捨てるべきじゃない

それで無かった事に出来る訳じゃないしね


だからこそ
忘れるようにするんだ


心の何処かにしまい込めば良い

自分にさえも見つからないように
忘れた事さえ忘れられるように


例え、無理をしてでも
忘れなきゃならない事は忘れて良いんだ



答え

答えはいつも
 
ごく当たり前のところにある
 
ごく普通に考えれば
 
誰にでもすぐ分かるところに
 
 
その答えを難しくしているのは
 
きっと自分自身に他ならない
 
 
 
 
難問は確かに
 
いくつもいくつもあるけど
 
自分で抱えられるくらいの問題なら
 
自分に解けないものはない
 
 
その答えを解けなくしているのは
 
きっと自分自身に他ならない
 
 
 
 
三叉路に出会う度に僕達はいつも選択を迫られる
 
もしも先が見通せるなら
 
もしも出口が見えるなら
 
選択するのも簡単なんだろうけど
 
見えない不安が決断を鈍らせる
 
 
 
 
他人の背中なら簡単に押せるのに
 
自分の事だとそうはいかない
 
無責任とかそう言う事じゃなくて
 
他人の事の方が冷静にそして良く見えたりするからだ
 
なのに自分の事だと何も見えなくなる
 
 
 
 
答えはいつも
 
何故か遠くに探したがる
 
本当の問題点だけを
 
シンプルに見つけられたら分かる事なのに
 
 
その答えをややこしいものにしてるのは
 
きっと自分自身に他ならない




真冬の月

本当に短い話を書きました


良かったら『夢の樹舎』でお読み頂ければ嬉しいです

 
 *クリックをすると本文が開きます
    ↓
  『真冬の月』






『夢の樹舎』 ←トップページはこちら




     

遥かな空

茜の空に一番星が灯る頃
指切り交して「また明日」って
 
家路を急いだ帰り道
迎える笑顔を思う道
 

今、有る物は何も無かったけど
今、失くした物なら
あの頃にはたくさん有ったね
 

故郷を離れて
こんなに遠くに来たけれど

今、いる場所は自分の居場所か?

問いかける
遥かな空を想いながら
 
 
 
 
あれから僕は 幾つもの
出会いと別れを繰り返してきた
 
望んだもの そうじゃなかったもの
それは確かにあったけれど
 
 
どれだけの夢と引き換えに
なぜ、大人になる事を
僕はあんなに急いでいたんだろう?
 
 
故郷を離れて
こんなに遠くまで来たけれど
 
今の自分はなりたかった自分か?
 
問いかける
茜の空には一番星
 
 
 
 
作り笑いは相変わらず
いつまでたっても上手くならなくて
 
不器用な生き方しか出来ないでいる
損な性格と分かってるけれど
 
 
今の僕を見たら笑うかい?
それとも憐れむだろうか?
それでも僕は前だけは向いている
 
 
故郷を離れて
こんなに遠くに来たけれど
 
忘れてはいない あの頃の僕の事を
 
そうだよね
遥かな空は続いている




真相

夢を持つから希望が生まれるのか?

希望を抱くから夢が見られるのか?


それは分からない
 
 


生きているから明日が来るのか?

明日があるから生きていけるのか?


それは分からない
 
 
 
 
無償の行為だからこそそれを愛と呼べるのか?
 
愛は求めてはいけないものなのか?
 
 
それは分からない




悲しみを忘れる事で喜びを思い出せるのか?

喜びを育む事でのみ悲しみを忘れられるのか?


それは分からない
 
 
 
 
友達だから全てを許せるのか?
 
友達だからこそ許せない事もあるのか?
 
 
それは分からない

 
 
 
独りでいるから孤独を感じるのか?
 
孤独だと思うから独りでいる事を選ぶのか?
 
 
それは分からない
 
 


人と出会う事で人は成長出来るのか?

人と別れる事が人を成長させるのか?


それは分からない
 
 



幸せだと思うから笑顔になれるのか?

笑顔でいられるから幸せだと思えるのか?


それは分からない
 
 




真相は分からない


でも
 
答えはいつもひとつだけではない



「年が明けたなぁ~」
と思っていたらもう二月も四日です
 
 
 
こんな諺があります
 
 
 一月は行く
 
 二月は逃げる
 
 三月は去る
 
 四月は死ぬほど長い
 
 
五月は・・・分かりませんが
 
 
ともあれ
 
”二月は逃げる”と言う通り
二月と言うのは
アッという間に過ぎてしまう慌ただしい月です
 
 
正月(一月)と年度末(三月)に挟まれた月ですから
何かと慌ただしいのも道理なのですが
 
サラリーマンにとっては
いつもより少ない勤務日数で
同じ給料を頂ける有りがたい月でもあります
 
もっとも
今年は閏年の為、例年よりも一日多いので
私としては何だか損をした気分なのですが(笑)
 
 
しかし
商売をやっている方にとっては
二月は元来
いつもの月よりも稼げる日数が少ないのですから
一日でも多いのは大歓迎でしょうか?
 
良く
 
”二八(にっぱち)”と言って
二月は八月と並んで
商売が良くない月にも言われていたりしますしね
 
 
 
折しも今日は立春です
 
この日は冬至と春分の中間に当たる日で
旧暦では
一年の始まりは立春からと考えられていました
 
(この日を基準に
 「八十八夜」「二百十日」等を数えます)
 
ちなみに
昨日は節分でしたが
立春が正月なのに対して
節分は大晦日の役割を持ちます
 
それで
この日は豆撒きをして
一年間の厄払いをするとされています
 
 
みなさんはちゃんと豆撒きをしましたか?
 
まさか、何処かの超オトボケなY家みたいに
「豆なら良いじゃん」
なんて言って
アーモンドチョコを撒いたりしませんでしたよね?
 
意味のある伝統行事なのですから
ちゃんとやらないとダメなんですよ
 
特に受験生のいるお宅は
たくさん福を呼び込まなきゃならない・・・
 
 
あれっ?
 
た、確か我が家にも・・・確か、受験生いたよな?
 
 
ガーン、ガーン、ガーン、ガー・・ン・・・
 
(時、既に遅し・・・日付が変わってます(笑))
 
 
 
暦の上ではそろそろ春を迎える季節に入りますが
 
しかし
我が十勝国を含む北海道では
一年で一番寒さが厳しいこの月です
 
 
逆に言えば
 
冬もここまで来たら
もう折り返しと言うところまで来た訳です
 
 
十勝国の週間予報を見ると
週明けの一時を除いて
又も最低気温が-10℃以下の日が並んでいます
 
 
でも
 
”暑さ寒さも彼岸まで”
 
そう考えると
この寒さも後1ヶ月半程の辛抱です
 
 
陽も段々と長くなってきました
 
三月になれば陽射しも暖かくなってきます
 
 
”冬来りなば春遠からじ”
 
長い冬を乗り越える為の言い聞かせでしょうか?
 
 
先人達は
厳しい冬の先には希望がある事を教えています
 
その先に希望があると信じて
厳しい冬を生き抜いて来たのでしょう
 
 
これは季節に限らず人生でもそう言えますね
 
”明けない夜は無い”
 
”止まない雨は無い”
 
そんな言葉もあります
 
 
 
何もしなければ
黙っていても足早に通り過ぎてしまう二月です
 
慌ただしさに紛れて
二月が逃げ出してしまわぬうちに
今一度、自分の事を振り返るのも良いでしょう
 
今の事
これからの事
 
想いを巡らすにも夜は未だ長いこの季節です




夜、テレビの天気予報を
珍しく食い入るように観ていた長女
 
そして、長女がボソッと言った
 
長女「お父さん、『ひょうてんか』ってさ。
   氷の天下じゃないんだね」
 
私 「はぁ? なんだそれ?」
 
長女「だってさ。
   シバレてるって事は寒さが勝ってるって事でしょ?
   だからずっと
   氷点下って氷の天下なんだって思ってた」
 
私 「氷の天下で『氷天下(ひょうてんか)』ね~
   なるほど♪ 上手い事を考えたね?
   山田君、座布団一枚やって♪
   って、笑点か!(おいおい)」
 
長女「上手い、お父さん!
   『ひょうてんか』に
   『しょうてんか』をかけたんでしょ?
   さすがだわ~ お父さんに座布団一枚!」
 
私 「テヘッ♪ って、いらんわ!」
 
 
 
マジか?
今夜またしても長女の笑撃の告白?(笑)
 
長女よ
北海道人として氷点下を知らんとは
お父さんは、な、情けないぞ・・・orz
 
確かに我が家は「かかぁ天下」だけど
だからって
「氷の天下」は無いべ・・って、放っとけ!
 
(一人ノリ突っ込み ←ここは静かにスルーを(笑))
 
 
いやでも、せめてそれ
センター試験の前に気がついて欲しかったわ
 
そしたら後5点くらいは取れたのにね
 
センター試験に
「ひょうてんか」を漢字にする問題が
出たかどうかは知らないけどさ(笑)
 
 
でも
『氷点下』に『氷天下』ね~?
 
今まで50数回の冬を過ごしてきたけど
そんな事は考えもしなかったわ
 
考えたら、まんざら不正解でも無いよね
 
水が凍る温度が『氷点』なんだから
それより寒いのは確かに氷の天下だものね
 
 
今年なんかは特に
正月からずっと真冬日が続いていて
(真冬日=1日の最高気温も氷点下の日)
まさに氷の天下と言っても過言では無いよ
 
 
たった1文字違うだけで
何だか全然違う世界が拡がるような気も・・・
 
ん?
 
なんだろ? 長女に毒されたべか?(笑)
 
 
今が氷の天下だとすると
次に天下を狙っているのは・・・
 
はたして敵か? 味方か?
 
 
それが分かるのも
ここまで来たらもう時間の問題だね
 
きっと今頃は雪の下で逞しい力を蓄えているよ
 
そう、春がね・・・
 
 
 
長女「え~、今夜は随分キレイにまとめたね?」
 
私 「お前なぁ~
   他人事みたいに言ってるけど
   今夜のネタ元はお前だからな!
   分かってるのか?」
 
長女「そりゃ、まぁ・・・」
 
私 「お前に天下獲りは期待してないけどさ~
   せめて、どっかの大学に引っ掛かってくれよな」
 
長女「テヘペロッ♪」
 
私 「あー、何だか頭痛が痛いわ」
 
長女「あっ、お父さん、それ重ね言葉だよ。
   頭が痛いから頭痛って言うんだよ」
 
私 「お前に指摘されるとはお父さんも終わりだ・・・」
 
長女「まぁ、まぁ、そんな日もあるって」
 
私 「お父さんがお前に励まされるとはね。
   ショックだ・・・もう寝る」
 
長女「お父さん、そしたら枕いる?
   山田君、座布団一枚持って来て♪」
 
私 「笑点か!」
 
 
 
2月早々の我が十勝国
明日も最低気温は-14℃
最高気温でさえ-4℃の予報
 
今日よりは少しはマシだけど
まだまだ氷天下は当分続きそうです・・・




Powered by FC2 Blog