Neko

夢の汽車に乗って 2012年01月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

12 | 2012/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


みんな目標を持つ事を立派な事だと思っています
 
だから
「目標は持つべきだ」と
そう誰もが口を揃えて言うでしょう
 
 
 
出来もしない目標を立てて
叶いもしない事に時間を割いて
 
目標を持った事にただ満足をしています
 
 
結果
目標が叶わなかったとしても
「これだけやったんだから仕方ない」
そう自分を慰める事が出来れば
大して傷つかなくて済むのです
 
 
 
確かに
目標を持つ事は良い事です
 
それに向って努力をするのは尊い事です
 
 
「大事な事は結果じゃなくてプロセスだよ。
 どう頑張ったかと言う事なんだ」
 
なるほど
 
確かに、結果が目標じゃなければ
それも良いでしょう
 
でも
 
それは初めから目標が違っていたと言う事です
 
 
 
目標を立てる事で人はそれに縛られてしまいます
 
いつまでも拘りを捨てる事が出来ずに
時には悩んだり後悔をしたりします
 
 
「どうして上手くいかないんだろう?」
 
「何をやってもダメだ」
 
「こんなに頑張ってるのに」
 
「俺はついていないんだ」
 
おやおや
 
だんだんと矛先が変わってきましたね?
 
 
身の丈に合わない目標は”無謀”と言うんですよ
 
 
 
人間って
目標が無ければ何も出来ないのでしょうか?
 
 
「目標は無いよりは有った方が良い」
 
「目標は持たないよりは持った方が良い」
 
「まずは出来る事から始めたら良い」
 
 
そんなぐらいの事で良いんじゃないでしょうか?
 
 
そうすれば
 
いつまでも
”それ”に縛られて苦しむ事も無いですし
 
いつまでも
”それ”だけに拘って
別なチャンスを逃す事もありません
 
 
目標を持つ事、それ自体よりも
その持ち方の方が数倍は大事なのです



スポンサーサイト

風景

窓から見える季節の移ろい
 
壁に飾った想い出の写真
 
 
桜色の舗道
 
いつもは何気なく通り過ぎる店の前
 
道端の黄色い花
 
こぼれそうな星空
 
ビルに囲まれた小さな公園
 
吐き出した白い息に霞む街
 
 
 
例えば、いつか観た海の色
 
例えば、誰かと観た夕焼けの色
 
例えば、懐かしい故郷の山
 
例えば、独りで見上げた空の色
 
 
 
同じひとつの風景も
心の在りようで
まるで違って見える事がある
 
 
 
記憶の中で見えていた色
今、見えている色
 
それは
 
時に鮮やかに
時に朧気に
 
自分の想像を塗り替えていく
 
 
 
風景と言うのは
心が見せる自分自身の鏡なのかも知れない




僕はきっと探し物が下手なんだ
 
だって今も探してる
あの日失くした君の笑顔を
 
 
手掛かりは昔撮った一枚の写真
 
君と僕が写ってる
とびきりの笑顔でVサイン
 
 
 
 
僕はいつも探し物が下手なんだ
 
メガネをかけたままで
一日中メガネを探していた
 
 
そんな事はしょっちゅうあったし
 
何より失くしたままの
君を今でも探せないでいる
 
 
 
 
ある朝
目覚めたら季節が変わっていた
小鳥の声は風の音に
陽だまりの歌は冷たい雨に
 
戸惑う間もなく夜が来て
暗闇の中でまた君を見失う
 
暗い水面には半分の月
もう半分が探せなくて
情けない顔の僕が揺れる
 
 
 
 
君がくれた想い出をしまった場所
 
確か何処かにあったはず
ジャケットをひっくり返して君を探す
 
 
僕はやっぱり探し物が下手なんだ
 
だから今も探してる
失くした場所さえ分からないまま





囚われの夢の中で

『あー、今、夢を見ている』
 
と、分かる事があります
 
 
そうかと思うと
 
夢から覚めた時
それが本当に夢だったのかどうか
一瞬分からなくなっている事もあります
 
 
夢から覚めたらそれも夢だった
 
つまり
 
夢の中で夢を見ていた
なんて、そんな事も稀にあります
 
 
リアル過ぎる夢に
目が覚めたらビッショリと汗をかいていた
 
そんな事もあります
 
 
 
 
時々
 
今が全て夢なら良いのにと思ってしまう時があります
 
長い長い夢なら良いのにと
 
 
例えば、小学生の僕
 
懐かしい味噌汁の匂いがして
元気だった頃の母親が優しく起こしてくれる
 
 
例えば、目が覚めたらあの頃の僕で
 
「どうしたの?」って
不思議そうな顔をして
”君”が僕の顔を覗き込んでいる
 
 
例えば
 
そう・・・例えば、あの時
 
 
 
 
囚われの夢の中で現実を否定しても何も変わらない
 
それは十分に分かってはいるけれど・・・
 




沈黙は金か?

「今は黙っていた方が良いかな」
 
そう思う時は
 
 
”言ってもしょうがない”
 
”言うのも面倒”
 
”言わない方が得策”
 
”余計な事は言わないでおこう”
 
”言うと話がややこしくなりそうだ”
 
”ちょっと様子を見てからにしよう”
 
”言い返すと火に油を注ぐ事になりそう”
 
”今は黙って見守ろう” etc・・・
 
 
そんな風に
 
相手に対して冷めていたり諦めてしまっている場合
 
周りの状況を冷静に考えて判断する場合
 
関わりたくない場合
 
相手を尊重して見守る事を選択する場合、等
状況や相手によってニュアンスは変わりますが
良くも悪くも黙っている事を選択する時です
 
 
 
『沈黙は金』と言う言葉がありますが
 
「黙る」と言う事を
上手く出来る人もいれば
性格的にか出来ない人もいます
 
どちらも器用に使いこなせる人もいるでしょうね
 
(要領が良いとも言いますが・・・)
 
 
 
人間同士としての
”コミニュケーション”と言う事を考えれば
当然、会話があってこその人間同士となるのだけど
場合によっては
「黙る」と言う事も
事情とタイミングと相手によっては
ひとつの選択肢なんだと思います
 
 
正論で言えば
相手に対して沈黙すると言う事は
逃げだと捉えられるかも知れません
 
 
何より
 
会話が弾めば、もちろん楽しいし
それだけ相手を知る事も出来ます
 
例え、嫌な相手だったとしても
もしかしたら
新しい一面を発見出来るかも知れません
 
そしてまた
 
相手を通して違う考え方を知る事は
自分にとっても有益な事になるのですから
 
 
 
でも
 
例えば、お互いの言葉がぶつかってしまうと
それは争いの種にも成りかねません
 
 
時として
 
言葉を使うが故に感情的なってしまうのも
それもまた人間でなのです
 
 
議論の最中に
どちらかが感情的になってしまうと
最早それは議論ではなくなってしまいます
 
 
時には押し、時には引く
 
 
そんな風に
沈黙を上手くクッションのような使い方が出来れば
それ以上、状況を悪化させないで済むかもしれませんね
 
 
ただ
 
それは言う程、容易い事ではないのですが・・・




酔っているのか?
辛い事でもあったのか?
1年ぶりに君から届いたメールには
あの頃には使わなかった
はしゃいだような絵文字が踊っていた
 
 
忘れようとしてた
忘れたはずだった なのに
君のアドレスを見たら心が騒いで
あれから君はどうしてた?
時の流れが時間をさかのぼっていく
 
 
雪 あの日と同じ
雪 ただ降り続く
 
 
あの日、あの夜
二人の足跡を消した雪
何も無かった事にしたかったんじゃないのか?
 
雪 答えてくれよ
 
 
 
 
どんな返信を
君は待っているんだろう?
下手なジョークを並べて笑わせれば良いの?
あの頃いつもしてたように?
1年後の僕には君が分からない
 
  
雪が降る夜に
迷路に迷い込んだ君を
見失った僕は今もそこで彷徨いながら
あの頃の君の笑顔を
捜し続けてる 忘れられなくて
 
 
雪 あの日と同じ
雪 ただ降り続く
 
 
あの日、あの夜
追いかけても届かなかった手を
どんな風に差し出せば君の手が掴めるだろう?
 
雪 答えてくれよ




「未来に行ける機械と過去に戻れる機械
 
 もし
 1台だけ手に入るとしたら
 
 
 あなたが欲しいのはどっち?
 
 
 ただし
 どちらも行ったきりで
 
 ”ここ”に戻って来る事は出来ません
 
 
 そして
 どちらも1人乗りです」
 
 
 
 
 
A「そうだな~ 俺はやっぱり未来だな」
 
B「どうして?」
 
A「だってさ、過去はもう知っているじゃない?
  未来の事はまだ誰も知らないんだからね。
  それなら未来を見てみたいじゃないか」
 
B「ねぇ、未来ってどのくらい未来に行きたいの?
  自分の老後が見たいの?」」
 
A「そうだなぁ~
  確かに、自分の老後は見てみたいけど
  でも、それは止めておくよ」
   
B「どうして?」
 
A「だって、どうなってるか分からないじゃないか。
  幸せな老後なら良いけど
  もしかしたら
  何処かで野垂れ死んでいるかもしれないだろ?」
 
B「まぁね」
 
A「そんなのを見て
  生きる気力が無くなったら困るしな。
  それならいっそ
  ずっと何百年も後の未来を見てみたいな」
 
B「でも、何百年後なんて
  余計どうなっているか分からないじゃない?
  映画で見るような
  超近代的な都市になってるとは限らないよ」
 
A「猿の惑星みたいになってるかも知れないって?」
 
B「それはどうか分からないけど
  でも、人類は地球を捨てて
  他の惑星に移住してたりして」
 
A「それなら、俺が地球の王様じゃん」
 
B「国王1人しかいないけどね」
 
A「まぁ、確かにそれじゃつまらんな」
 
B「未来ってさ、きっと・・・」
 
A「きっと?」
 
B「きっと、未来が分からないからこそ
  今を頑張って生きようと思えるんだよ」
 
A「そりゃ、そうだけど。
  でも、それじゃ
  端っから質問に答えにならないじゃん。
  じゃ、過去派のお前としてはどうなんだ?
  そんなに過去が良いのか?」
 
B「いや、別に過去派って訳じゃないけどね。
  でも、そうだなぁ~
  今の記憶のまま過去に戻れて
  もし、アノ時の選択を
  違う答えでやり直したら
  どうなるんだろうとは思うな」
 
A「アノ時の選択? 意味あり気だな」
 
B「そう思う事ってない?
  今までだって
  色々な場面で色々な選択をしてきたでしょ?」
 
A「まぁね、受験、就職、転職、結婚・・・
  離婚はまだした事がないけどな」
 
B「あはは、そしたら離婚してから
  タイムマシンに乗り込む?
  どうせ1人乗りらしいし」
 
A「ん~」
 
B「おいおい、本気で悩まないでよ!」
 
A「あはは」
 
B「思うんだけどね」
 
A「何?」
 
B「未来ってやっぱり分からない方が良いんだよ」
 
A「うん、それで?」
 
B「でも・・・過去なら
  やり直したいと思う時がある・・・」
 
A「俺はごめんだな」
 
B「どうして? 後悔した事はないの?」
 
A「いや、後悔なんて掃いて捨てるほどあるさ」
 
B「じゃ、その後悔をやり直してみたくない?」
 
A「だってさ、考えてもみろよ。
  やり直したってそれでどうなる?」
 
B「今と違う自分になれるよ」
 
A「そうかな?
  だっていつに戻るかにも拠るけどさ
  また何十年もやり直さなきゃならないんだよ。
  その方が耐えられないな。
  お前が言う未来と同じでさ
  やり直した方が必ずしも幸せになれるって
  そんな保証はないだろ?
  それに、質問にもあるけど
  行ったらもう”ここ”には戻れないんだよ。
  やり直した選択が
  結果、どんなにつまらなくても
  『やっぱり止めた』って出来ないんだよ。
  それなら、過去をやり直すより
  今、これからの生き方を
  考えた方が良いんじゃないか?」
 
B「でも、それじゃ質問の答えにはならないよ」
 
A「答え?」
 
B「あぁ、
  だって”どっちが良い?”って質問でしょ?」
 
A「そうだけどね。
  でも、
  ”どっち?”って質問の答えにはさ
  ”どっちもいらない”
  って答えもあるんじゃないか?」
 
B「それじゃ、質問する意味がないんじゃない?」
 
A「いや、質問に意味はあるよ。
  だって、今
  俺達は色々考えたじゃない?
  どっちが良いんだろうってさ。
  そして、”どっちもいらない”って
  答えにたどり着いた。
  思ったんだけどさ
  それが俺達が答える”意味”だよ。
  つまり、大事なのは
  未来でも過去でもなくて”今”なんだよ。
  そして、これからをどう生きるかと言う事。
  安易に未来に逃げるんでもなく
  過去を悔むのでもなくてね。
  多分、
  それが質問の求めていた答えだと思うよ」





シバレ君

今朝も良くシバレていたわ
氷点下15~6℃はあったんじゃないかなぁ~
 
昼になっても
氷点下7~8℃くらいにしか上がらなかったし
毎日、毎日嫌になるよ
 
冷蔵庫にでも籠ってた方がマシだよね
 
 
シバレ君ってさ
 
夏場は
何処にいるか分からないくらい引っ込み思案のくせに
冬になった途端に
本当に良くもまぁ~
こんなに元気になるもんだわ
 
特にこの冬なんかは
年前から張り切っちゃってさ
ずっと元気全開!?
 
いったいどうなってんの?
 
 
シバレ君が元気になればなるほど
ただ歩いていても
耳は冷たくなって痛くなるし
手はかじかむし
頬だって真っ赤になってピリピリするよ
 
そりゃ、時々はね
ダイヤモンドダストだとか
サンピラーなんて素敵な光景を見せてはくれるけど
あれってさ
本当はシバレ君が
「俺ってキレイだろ?」
って、誇示してるだけなんだよね
 
全く、ナルシストも良いとこさ
 
 
しかも
シバレ君には雪ちゃんってガールフレンドがいてね
 
これが又
気分屋さんって言うか
やっかいなくらい性格が悪いときてる
 
機嫌が良い時は
シンシンと静かに静かに
音もなくそっと僕達を包むように降ってくれるけど
ちょっと機嫌が悪くなると
プーッてむくれて地団太踏んで
途端に吹雪なんて起こしちゃうんだ
 
 
それからシバレ君の友達の風君もやっかいな奴さ
あいつも二重人格者に間違い無しだね
 
切れキャラって言うの?
 
そよそよと優しいかと思えば
いきなり暴れ出してさ
 
雪ちゃんも巻き込んで
大暴れキレまくりなんて日には
そりゃもう人間は何処かに逃げ込むしかないよね
 
 
そんな時は大概
太陽君がおもむろに出てきてね
風君や雪ちゃんをなだめようとするんだけど
でも
太陽君は夏じゃないと
てんで頼りにならないんだよね
 
冬はダメさ
 
案の定、ほらっ!
雪ちゃんや風君達の暴走を許しちゃってる
 
 
あぁ~あ
 
早く春になってくれないかなぁ~
 
そしたら
太陽君も元気を取り戻してさ
 
シバレ君さえおとなしくなってくれたら
雪ちゃんも風君も
みんな良い子になるのにさ




大学入試センター試験初日が終わりました
 
我が家の長女の出来はと言うと・・・?
 
 
まぁ、本人に訊くのが一番でしょうか
 
 
 
 
私 「で? どうだった?」
 
長女「うん、広かったよ」
 
私 「そうだろうな。 畜大だからな・・・って
   おい! 違うべ?
   誰が会場の大きさを訊いてるって?」
 
 (注)畜大=帯広畜産大学
    十勝地区のセンター試験会場
     国立大学唯一の畜産系単科大学
     BSE問題で一躍脚光を浴びた
 
私 「じゃなくってさ。 どうだったのよ?」
 
長女「だから、そんなに寒くなかったってば」
 
私 「そうだな。昨日までと比べたら少しは・・・って
   だからぁ~誰が寒かったか暖かかったかってよ?」
 
長女「違うの?」
 
私 「お前なぁ~ とうとうイカレちゃったか?
   もうそんな事も分からなくなったんだ・・・
   受験は止めて明日はもう寝てるか?」
 
長女「なんでさ?」
 
私 「なんでさ? お前さ。
   お父さんの質問の意味が理解出来ないんだべ?」
 
長女「理解してるからトボけてるんでしょ?」
 
私 「お前なぁ~ (おいおい)」
 
次女「あー、ダメだったんだ?」
 
私 「お前、それは直球過ぎるべ?」
 
次女「だって、姉ちゃんは言う気ないよ。
   と、言う事は・・・ねぇ?」
 
長女「うるさい! お前は黙ってれ!」
 
私 「じゃ、ちゃんと答えたら良いじゃん?」
 
長女「業務命令ですか?」
 
私 「お前は『ミタ』か?(笑)」
 
次女「ねぇ、ねぇ? あのさぁ~
   センター試験で合格するのと
   AKB48でセンターを取るのじゃ
   どっちが難しいの?」
 
私 「センター試験は合格とか無いけどな」
 
次女「あっ、そうなの?」
 
長女「センター試験の出来で
   次に何処を受験するか決めるんだよ」
 
私 「までも、センター試験の結果で
   希望の大学を受けて
   それで合格をする人は何万人もいるんだろうから
   AKB48でセンターを取る方が難しいかもな。
   だって、AKB48のセンターって1人だろ?」
 
長女「あのさ、お父さんまで真面目に答えないでくれる?
   気持ちが萎えるから」
 
私 「あっ、すまん、すまん(笑)」
 
次女「なぁ~んだ。
   そしたらセンター試験なんて簡単でしょ」
 
長女「お前さ。受けてから言ってよね」
 
私 「まぁ、まぁ。でも、面白い発想だな」
 
長女「お父さんの娘だからね」
 
次女「どう言う意味?」
 
私 「どう言う意味だよ?」
 
長女「だって、ダジャレでしょ?
   『センター試験』に『AKBのセンター』ってさ。
   ただ、『センター』を掛けてるだけじゃん」
 
私 「まぁ、確かに・・・って、おいおい。
   お父さんは冗談とダジャレは嫌いだぞ!」
 
長女「何処が?」
 
私 「そこが」
 
長女「ほらっ! もう何か言おうとしてんじゃん?」
 
私 「・・・」
 
次女「お父さんからダジャレを取ったら何も無いよね?」
 
長女「ほらっ、次女も認めてるしぃ~」
 
私 「お前らなぁ~ おちょくってるのか?」
 
次女「お父さんと一緒にしないで!」
 
長女「あはは。
   お父さん、そう言うの四面楚歌って言うんだよ」
 
私 「ふん! 分かっとるわい。
   お前の知ってる唯一の四文字熟語だもんな?
   試験に出たら良いけどな」
 
長女「国語は今日終わったしぃ~」
 
私 「で? 出たのか?」
 
長女「いや、残念ながら」
 
私 「じゃ、5点マイナスかぁ~」
 
長女「なんでさ?」
 
私 「えっ? じゃ、もっとマイナスなのか?」
 
長女「知らないよ」
 
私 「何? 数時間前の事ももう覚えてないのか?」
 
長女「なんでさ?」
 
私 「じゃ、自信はあるんだな?」
 
長女「さて、明日の準備は・・・と」
 
私 「そうだな。人間は過ぎた事をくよくよするより
   前向きにいかなきゃな」
 
次女「そうだね。センターって言ったって
   どうせAKB48にだって入れないしね」
 
長女「入らないし」
 
私 「『入れない』だろ?」
 
長女「親がそれ言う?
   までもお父さんの娘だからねぇ~
   アイドルなんて最初っから無理だし」
 
私 「それはお母さんに言えよ」
 
長女「言って良いの?」
 
私 「あっ、いや・・・それは・・・」
 
長女「お母さ~~~ん!」
 
私 「いや、え~っと明日は何時に送るんだっけ?」
 
次女「あー、そのトボけ方って姉ちゃんと一緒だね?
   同じ穴のメジロって言うんだよ」
 
長女「お前、それ”ムシロ”だから。昆虫でしょ?」
 
私 「”ムジナ”だ! しかも、アナグマの事だし」
 
長女「えー!? そうなの?」
 
私 「おいおい、試験に出なくて良かったな?」
 
次女「でも、同類って事でしょ?」
 
私 「誰が?」
 
次女「お父さんと姉ちゃん」
 
私 「お前もな」
 
二人「止めてぇ~!」
 
 
 
 
真面目で良い娘なんだけど
いつもどこか惜しい長女(笑)
 
この親にしてこの子ありとは良く言ったもので
センター試験の真っただ中とは思えないほど
緊張感の無い我が家
 
これが”余裕”ならどんなに良い事か知れないけど
”余裕”が無いのにこれだ
と、言うのが笑えるやら泣けるやら?
 
親娘して軽い現実逃避?(笑)
 
 
と、言うか
 
今夜も今更・・・あっ、いや(笑)
 
追い込み勉強中の長女を他所に
こんなブログを書いている夢乃クン
 
やっぱ、トンビが鷹を産まないのは道理だよなぁ~
それは私がちゃんと立証して来たし?(笑)
 
 
AKB48のセンターは
取れなくても仕方ないけど(笑)
何とか受験だけでもさせてくれる大学が
一校でもあれば良いんだけどなぁ~
 
が、しかし
 
よりによって明日の二日目は
長女が超苦手な理科と数学・・・
 
 
そう!
 
「明日」と言う日は「明るい日」と書くのだ!!!




さぁ、「13日の金曜日」の始まりです!
 
 
あなたはドキドキしながら
「不吉じゃあ~」
と、布団を頭から被って何処かに隠れますか?
 
それとも
「そんなの関係ねぇ~」
と、ひと昔前のギャグのように笑い飛ばしますか?
 
 
クリスマスにはワクワクして
バレンタインデーにはソワソワしている私なんかは
「おー! 13日の金曜日だ♪
 なんか良い事あるべか~?」
なんて、ルンルンしちゃいますがね
 
だって
私は仏教徒だも~~~ん♪(笑)
 
 
みなさんが知っている「13日の金曜日」は多分
 
①キリストが処刑されたのが13日の金曜日だった事
②キリストの13番目の弟子ユダに裏切られた事
 
それで”キリスト教では不吉な日とされている”
 
そんなところでしょうか?
 
 
ところが色々調べてみると
 
キリストが処刑されたのは
「ユダヤ暦のニサンの月の14日の金曜日」
だとありました
 
 
えっ?
13日の金曜日じゃないの?
 
えぇ、そのようです
 
しかも
そもそも「聖書」には「不吉」と言う言葉は無く
「吉/凶」と言う概念も無いそうです
 
聖書の中には
「13」と言う数字が14か所出てくるそうですが
その何れも悪い事を意味してはいないそうです
 
 
ちなみにですが
 
私達は「仏滅」も忌み嫌いますが
実は「仏教聖典」を読んでも
「仏滅は日柄悪い」とは書いていないそうで
実際、仏教界も
「仏滅は日柄が悪い」と言う事を否定しているのだとか
 
 
じゃ「13日の金曜日」だとか「仏滅」って何???
 
何処からそうなったの???
 
と、疑問が湧いてきます
 
 
それを調べてみると
もう諸説紛々で訳が分からなくなります
 
「間違って伝わった」
「翻訳する時に間違った」
「なんだか良く分からない」
 
などなど?(笑)
 
 
まぁ~
そんないい加減な話ですから
13日の金曜日なんか気にしないで
みんなの笑顔で笑い飛ばして
逆にHappyな1日にしちゃいましょ♪
 
 
そうそう!
 
余談なんですけどね
 
「5(ゴ)10(トウ)日」ってありますよね?
 
5や10の付く日が
集金日(支払い日)になっている事が多くて
その日は特に
道路は混むし、銀行の窓口も混む日なんですが
 
例えば、14日が土曜日で15日が日曜にの場合
前倒しで
13日が「5・10日」になりますよね?
 
つまり、この場合の13日の金曜日は
何処に行ってもメチャ混んで嫌になる
 
なんて話までありました
(不吉とは関係ありませんが)
 
まぁでも、その方が真実味があったりしてね(笑)
 
 
ともあれ
そう言う訳ですから
13日の金曜日恐れるに足らず!
 
 
さあ、今日も1日頑張っていきましょ!




時々、ニュース等でも話題になりますが
『終末時計』ってご存知ですか?
 
 
世界終末時計とは、
核戦争等による人類の滅亡(終末)を午前零時になぞらえ
その終末までの残り時間を
「零時まであと何分」という形で象徴的に示す時計です
 
実際の動く時計ではなく
時計の45分から零時までの部分を切り出した絵で表されます
 
冷戦時代の1947年に
アメリカの科学誌の表紙絵として誕生したのが始まりで
以後
同誌は定期的に委員会を設けてその「時刻」の修正を行っています
 
すなわち、人類滅亡の危険性が高まれば針は進められ
逆に危険性が下がれば針が戻される事もあります
 
1989年10月号からは核からの脅威のみならず
気候変動による環境破壊や
生命科学の負の側面による脅威なども考慮して
針の動きが決定されています
 
 
1947年「終末まで後7分」から始められ
1984年の米ソ間の軍拡競争が激化した時には
3分前まで進められましたが
その後、1991年にはソビエト連邦の崩壊等で17分前まで戻り
以後、前進、後退を繰り返し2010年には6分前になっていました
 
 
そして
 
2012年の今年
「米オバマ政権の「核なき世界」構想に大きな進展が見られない事や
 福島第一原発事故等の影響により5分前に針が進められた」
 
そんなニュースが新聞に載っていました
 
 
終末まで後5分!?
 
そう聞くと何だかとても大変な事態のような気になります
 
実際にはある意味、世界的には危機なのかも知れませんが
別に5分後に世界が滅亡する訳ではなくて
あくまで”危機”なのです
 
 
 
実は我が家にも『しゅうまつ時計』がありまして
 
えっ?
 
『夫婦の終末(危機)を表しているのか?』
 
ですって?
 
いやいや(笑)
 
まぁ、確かにそれも100%間違ってはいませんが(笑)
 
とりあえずは
それよりも切羽詰まっている時計があるんです
 
 
我が家の『週末時計』
 
(字が変わっている所はスルーして下さい。
 苦し紛れですから(笑))
 
それは・・・
 
 
受験生の長女の大学入試
いわゆる「センター試験」までついに60時間を切りました
 
(今週末の土日ですから
 みなさんがこれを読んできる頃には
 既に50時間を切っているかも知れませんね)
 
 
5分よりも60時間の切羽詰まっているなんて
時間って怖いですね(笑)
 
 
年が明けるまでは
まるで受験生等存在しなかったような我が家
 
何故かと言うと
当の本人には
全くと言って良い程ほど緊迫感が無かったのです
 
 
何度かここで書いた事もありましたが
時間があれば携帯を操作し
ヒマがあればゲームをし
教科書を開いたら5分で熟睡
 
模試や試験の前日になるとほぼ徹夜で・・・寝(笑)
 
 
ところが
年も明けてセンター試験まで2週間を切った頃
ようやく事態の深刻さに気がついた(?)長女
 
(おいおい、遅いべ?(苦笑))
 
さすがに数日前から真面目に机に向っていますけどね
 
 
そんなこんなをしている内に
11日で模試も全部終わり
残りの2日は身を清めて後は神に祈るのみ・・・?
 
 
今年の初詣で引いたおみくじは「大吉」
 
それだけがすがれる「運」?(笑)
 
 
 
「おい、どうよ?」
 
「何が?」
 
「何がって、試験勉強に決まってるべ?」
 
「あぁ」
 
「『あぁ』って、お前ね~ で、進んでるのか?」
 
「どうだと思う?」
 
 
この期に及んで私に”現実”を言えと言うのか?(笑)
 
 
「訊いてるのはお父さんだ!」
 
「まぁ」
 
「『まぁ』? って、事は進んでるんだな?」
 
「・・・」
 
「までも、ここまできたら今更ジタバタしても仕方ないぞ。
 後は、得意な分野で1問でも取れるように頑張るしか無いべ?
 そう言えば、今回の模試はどうだった?
 出来なかったところはちゃんと見直しをしておけよ。
 ・・・あ~だ、こうだ、なんちゃら、ほにゃらら・・・
 (くどくど、がやがや、再度くどくど)
 で、お前さ~・・・」
 
「もう、分かったから放っておいて!
 勉強出来ないじゃん!!!」
 
「ん? お前、それは間違ってるぞ!」
 
「何がさ?」
 
「お前さ~ 何年お父さんの娘をやってるんだ?」
 
「何さ、いきなり」
 
「だから、何年だ?」
 
「・・・18年と5カ月・・・くらい?」
 
「お父さんに訊くな!」
 
「18年と5カ月です!」
 
「だろ?
 そしたら、答え方はそうじゃないだろ?」
 
「へっ? 何が?」
 
「だからぁ~~~~
 あのさ、良いか?
 今夜のお父さんのブログネタは「時計」なんだぞ。
 そしたら、お前。
 答え方は『ほっとけい(放っとけ)』だべ?
 それが”オチ”になるんだからさ。
 それを何だ? 『放っておいて』だと?
 お父さんはどれでどうやって話を落とせば良いのよ?
 お父さんはそんな娘にお前を育てた覚えは無いぞ!」
 
「・・・」
 
「な、な、何だ?」
 
「・・・(冷たい視線)」
 
「な、な、な・・・何よ?」
 
「ほっとけい(←機械的な言い方)
 これで良いんでしょ?」
 
「な、な、なっ・・・なんだ、冷たい奴だな」
 
「お父さん、切羽詰まってる受験生相手に遊んでいて楽しい?」
 
「ほっ、ほっとけい」
 
 
お後がよろしいようで・・・
 
(ちゃん、ちゃん。 ねぇ、上手くオチた?(笑))
 
 
 
 
 
【 後記 】
 
こんなトンビ(私の事か?)が
そうそう鷹なんぞを産む訳が無くて
 
(私が直接産んだ訳では無いけど)
 
それはお父さんも十分に分かってはいるけど
もし、お前に本当にやりたい事があるなら
それに向って頑張れ!
 
長い人生の中で
勉強だけしていられるのなんて学生の内だけなんだ
 
社会人になってから勉強しようとしたって
今ほど勉強だけに集中は出来ないんだぞ
 
自分で生活をしていかなきゃならないんだからさ
 
塾かなんかのCMじゃないけど
やるのは「今」なんだよ
 
・・・って、おい!
 
聴いてるのか?
 
 
今、お父さんは猛烈に良い事を言ってるんだぞ!
 
 
・・・既に寝てるし orz





「パンドラの箱」の物語の中で
パンドラが犯した一番の罪は
好奇心から箱の蓋を開けて
封じ込められていた
あらゆる悪や災禍を出してしまった事では無く
最後に”希望”を出した事だと言われています
 
 
希望がある事で
人は悩み苦しみもがき
そして
失いかけたもの、失ったものを諦める事ができません
 
絶望しても尚、人は生きようとします
 
 
それは果たして幸せな事なのでしょうか?
 
 
もし
 
この世に希望が無かったとしたら・・・?
 
 
人は
必要以上に苦しまなくても良いのではないでしょうか?
 
 
望む事、願う事、期待する事が何も無ければ
 
例え、裏切られても絶望をする事はありません
 
例え、暗闇の中にいたとしても
僅か一筋の光にすがる必要もありません
 
望んだ何かが
例え、ダメだったとしても
簡単に諦めてしまえたら
苦しむ事も嘆く事もしなくて済むのです
 
 
いや
 
裏切られた事すらも
暗闇にいる事さえも知らなくて済むのですし
諦めた事に対しても
罪悪感や自己嫌悪も感じなくて済むのです
 
 
悩みや苦しみや絶望の無い世界
 
これこそが理想郷なんじゃないでしょうか?
 
 
たったひとつ”希望”なんか持たないだけで
人は幸せになれるのです
 
 
もっとも
 
悩みや苦しみや絶望を知らなければ
幸せや喜びなんて感じられないんでしょうけどね





私にとって

自分の趣味、主義、興味に沿わないモノを
全て一緒くたにして
「くだらない」
と、一笑に付してしまう人がいます
 
そう思うのは別に勝手だけど
それをこちらに押し付けて欲しくないと思う訳で
 
 
『あなたにとっては
 くだらない事かも知れないけど
 私にとっては
 とても大切なモノだって事があるんです』
 
 
 
 
 
自分の考え方だけが世間の常識だなんて
その自信はいったい何処からくるものなんでしょう?
 
私からしたら
根拠の無い自信さえも世界の真実に変えてしまえる
あなたのその自己過信は時々羨ましいとは思うけど
 
それなら私は
変わり者でいる事を選ぶでしょう
 
 
『人にはそれぞれ大事なモノがあります。
 例え、あなたの常識が世界の真実だったとしても
 私は私の大切なモノの為に生きているのです』
 
 
 
 
 
「何をそんなくだらない事に
 いつまでも拘っているの?」
 
いつか、あなたは私にそう尋ねました
 
自分の信念に拘るのはいけない事でしょうか?
 
くだらないかどうかは自分が決めるべき事です
 
人には譲れる事と
どうしても譲れない事があるのです
 
 
『あなたにとっては
 くだらない事かも知れないけど
 ここで拘らないと
 私は私ではなくなってしまうのです』




目的地を決めて歩き出す人
それよりも、とりあえずはと歩き出す人
  
それは人それぞれのタイプで違うのかも知れない
 
 
”私はどっちのタイプだろう?”
 
自問自答してみる
 
 
性格的には
目的地を決めて
十分に準備をしてからじゃないと
歩き出せないタイプなんだ
 
しかも
一度、こうと決めた道を
途中で
簡単に変えてしまうのは良しとは出来ない
 
 
自分でも面倒な性格だと思う事が有る
 
 
「そんな事はどっちでも良いじゃないか!
 大した問題じゃないさ。
 人生をそう急いだところで
 到着するのにいったい何分違うって言うんだ?
 例え、回り道をしたって
 そのおかげで、もしかしたら
 新しい景色が見えるかも知れないじゃないか?
 気になった場所があったら
 寄り道するのだって悪くはないぜ」
 
そう言う自分と、そうは出来ない自分がいる
 
 
 
散歩をしていると色々な人とすれ違う
 
一人で黙々と歩いている人
仲良く歩いている老夫婦
ジョギングをしている人
犬の散歩をしている人
知り合いとバッタリ会ったのか
 そのままその場で話しこんでいる人
 
 
あの人達はどんな人生を歩んできたのだろう?
 
ふと想像してみる
 
 
何本もの小説や映画になるほど
波乱万丈な人生だったかも知れない
 
平凡な淡々とした人生だったかも知れない
 
それがどんな人生だろうと
長い人生の中には
小さな波風のひとつやふたつくらいは
立った事もあったに違いない
 
どの人生を辿れば後悔をしないで済んだだろう?
 
いや
それでも後悔などした事は無かったであろうか?
 
 
 
無意味な人生など無い
人生には決まったレールも無い
 
どんな人が歩いても
そこに道は出来るもので
その道が
平坦だろうと凸凹だろうと山道だろうと
それは他人が心配すべき事じゃない
 
どう歩くかは自分が決めれば良い
 
 
 
”ただ、ここに人生が有るだけ”
 
それで良いのかも知れない
 
昨日が有って
今日が有って
そして多分、明日も有る
 
そんな積み重ねが出来れば
それで良いのかも知れない
 
目的や動機
そんなものは後から付いて来ても良いのだ
 
 
 
一歩、一歩、歩く
 
どの”一歩”が欠けても目的地には辿り着けない
 
だけど
その事だけ覚えていたら
どんな歩き方をしたっていつかは目的地に着けるよね





上昇希龍に乗って

あけましておめでとうございます!
 
みなさん、良い新年を迎えましたか?
 
 
中には
大晦日から元旦にかけて
二年越しで
呑めや歌えやで酒池肉林されていた方もいたでしょうか?
 
それとも
私のように厳かに心静かに
新年を迎えた方もいらしたでしょうか?(笑)←何故、笑う?
 
 
 
ともあれ
 
どんな風に迎えたにせよ2012年の幕開けです
 
 
初詣に行った神社で引いたおみくじが
例え「大凶」だったとしても
それでこの一年間の全てが決まる訳ではありません
 
今が最悪なら
これ以上は下がる事は無いのですから
後は昇っていくだけなのです
 
今年はまだ始まったばかりです
 
これからに期待しましょう!
 
 
えっ?
 
あなたは「大吉」だったんですか?
 
ん~
 
それは残念・・・後は落ちるだけ・・あっ、いやいや!
 
何より、肝心なのは今です!
 
今が一番大事なのですから
あなたが引いた「大吉」は超ラッキー♪
 
もちろん、言う事無しです!
 
思う通りに突っ走って行きましょう!(笑)
 
 
と、まぁ~
 
そんな風に考えるのが
一年を上手く乗り切っていくやり方なんでしょう
 
もの事には全て表と裏があります
 
見方次第でどうにでも考えられるのです
 
だからそう!
自分に都合の良い解釈をしたら良いんですよ!(笑)
 
 
 
さて
今年の干支は「辰(龍)」です
 
十二支の中では唯一”実在しない”生き物なのですが
諸説はあるものの
何故「辰(龍)」が十二支に入ったのかは定かでは無いようです
 
 
昔読んだ民話では
 
「元日の朝、新年の挨拶に出かけて来い。
 一番早く来た者から十二番目の者までは、
 順にそれぞれ一年の間、動物の大将にしてやろう」
 
 神様にそう言われた動物達が
 元旦の朝
 我先にと神様の所に向ったのですが
 猫は鼠に騙されて一日遅れで着いた為に
 十二番目までに入れなかった
  
 要領の良い鼠が一番、お人良しの牛が二番
 後は順番に虎、兎、辰(龍)、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬、猪
 
 それ以来、猫は鼠を恨んでいて
 だから今でも猫は鼠を追い回している
 
 
そんな風に
良く出来たオチがついた話になっていましたが
普通なら
「龍」の代わりに「猫」が入っていて良い話ですよね?
 
(猫好きとしては未だに納得出来ない!!(笑))
 
ただ
ここでも「龍」はさらりと述べられているだけです
 
 
干支(十二支)は元々は年月日、時間を表しています
 
庶民にも年月日や時間を覚えてもらう為に
生活に親しんだ動物を選んだとも言われていますが
何故、ここに「龍」が出てきたのでしょう?
 
 
十二支の動物は
どれも食用や農耕などに関連が深かったり
神話などに登場したりするものばかりです
 
その中でも龍は、天を司る神の化身であったり
神や仙人の乗り物であったりします
 
神話や民話にも数多く登場します
 
何より歴代皇帝は龍の化身であるとされていました
 
このような事が
龍が十二支に加えられた理由だと言われています
 
 
(ワニ学者の青木良輔は
 龍の起源は
 古代に長江や漢水に実在したワニの一種であり
 寒冷化により絶滅した後で
 伝説化したものだと主張しています)
 
 
「龍虎」と言う言葉がありますが
これは文字通り「龍」と「虎」です
 
古代の中国の人達が
実在する虎だって
果たしてどれだけの人が観た事があったのか?
 
つまり
「龍」も「虎」も実在していようがいまいが
それほど問題では無かったのかも知れません
 
 
そう考えると
「龍」が入ったのは
やはり皇帝を称える為だったのでしょうか?
 
でも、もしそうなら
干支の一番は「龍」であったはずですよね?
 
 
ん~
 
やはり
最初に干支を考えた人が余程の猫嫌いだった
 
そう言う事なのかな?(笑)
 
 
 
ともあれ
 
「龍」と言えば思い起こすのは
やはり天に向って飛翔する勇壮な姿です
 
 
実在しようがしまいが私にも関係はありません
 
 
昨年は大変な事がたくさんあった一年で
今もその大渦の中に多くの人達がいて苦しんでいます
 
今年こそは
それら全ての人達がその大渦の中より飛び出して
希望の龍が飛翔するが如く
上昇気流に乗っていけたら良いなと願います
 
 
そして
 
みなさんにとっても
希望と喜びの多い素敵な一年になる事をお祈りいたします
 
 
今年も色々とある一年になるのでしょうが
希望の龍はあなたが諦めない限り
あなたと共に飛翔する日を待っています
 
2012年賀330サイズ

 
本年も変わらず
よろしくお願いいたします
 
 
 
         2012年1月吉日
 
               夢乃咲道
 
 
 
 
********************************************************** 
 
 
おまけでもうひとつ
 
「向かい干支」と言うのをご存知でしょうか?
 
向かい干支とは
十二支 (子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥)を
円に並べた時に、自分の干支の向かい側にくる干支を指します
 
たとえば、子の向かい干支は午、戌の向かい干支は辰になり、
自分の干支から6つ目、自分の干支を入れると7番目に当ります
 
十二支には性質があると言われていますが
向かい干支は自分の干支とは正反対の性質を持っている為
自分には無いパワーを与えてくれる「守り干支」と呼ばれています
 
江戸時代より
向かい干支を大切にすると幸福が訪れると言われており
向かい干支は縁起の良いラッキーアイテムとされてきました
 
昔は子供の着物の背中に向かい干支をあしらう風習があり
七五三の着物に母親が刺繍を入れていました
 
子どもを思う親心の表れと言えます
 
人間同士の相性も同様で
向かい干支の人は正反対の気質を持っているから相性が良く
深い縁(えにし)で結ばれると言います
 
正反対だから相性が悪いととる説もありますが
互いに足りないものを補い支え合うという発想をする方が
何事にも福を呼ぶような気がしますよね?





Powered by FC2 Blog