Neko

夢の汽車に乗って 2011年12月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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29日で今年の仕事も無事に完了しました
 
そして
昨夜は夜中までかかって何とか年賀状も完成させました
 
(今頃かい?(笑))
 
これでようやく新しい年を待つ準備が整いました
 
「取りあえず、気持ち的には」
と、言う意味でですが
 
 
 
先日も書きましたが
 
良かった事、悪かった事
出来た事、出来なかった事 etc・・・
 
そんなこんなが色々とあるのは毎年の事だし
 
「余は満足じゃ♪」
 
と、言いきれないところに
課題は残ったけれど
 
 
何はともあれ
 
後は年が明けるのを待つのみとなりました
 
 
来年はもう少し
自分のやりたい事にワガママになってみようかな
 
等と、そう思ったりしています
 
 
 
色々な面で来年は
今年よりも1歩
いや、半歩でも前に進めたら良いなと思っています
 
 
 
年の変わり目と言うのは
気持ちをリセットするのにも良い機会です
 
今年
あまり良い事が無かった人
悲しい事が有った人
辛い思いをした人は
ここで気持ちをリセットして
新しい年を迎えましょう
 
きっと
新しい未来が待っているはずです
 
 
 
年の変わり目と言うのは
自分自身を振り返るにも良い機会です
 
今年
やりたい事が出来なかった人
思うようにいかなかった人
やり残した事が有る人は
これまでの自分にケジメをつけて
新しい年を迎えましょう
 
きっと
新しい自分が待っているはずです
 
 
 
そして
 
今年
良い事がたくさん有った人
幸せだった人は
感謝の気持ちを持って
新しい年を迎えましょう
 
きっと
新しい年には又、新しい何かが始まるはずです
 
 
 
 
”終わり良ければ全て良し”
 
1年の締めはそうありたいものです
 
そして
嘘でも本当でも
新しい年は笑って迎えましょう
 
 
 
1月1日を一般的に『元旦』と表す事があります
 
これは中国に由来しますが
実際にはこの使い方は誤りで
元旦とは初日の出の意味です
 
(『元旦』の”元”は始まりの意味があります
 ”旦”の下線は地平線、日は太陽です)
 
 
ともあれ
初日の出が上ると
いよいよ新しい年の始まりです
 
つまりはそこが新しいスタート地点になります
 
 
新しい未来、新しい自分
そして、新しい何かが始まる予感
 
何だかワクワクしてきませんか?
 
 
頑張れ! 新しい自分!
 
頑張れ! 新しいみんな!!!
 
 
 
・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
 
 
*今年の『夢の汽車に乗って』は
 これが最終便になります
 
 多くの親愛なる友人の皆さん
 今年も本当にありがとうございました
 
 皆さんの優しいコメントに励まされて
 今年も書く事を続けてこれました
 
 心から感謝しています
 
 新しい年が皆さんにとっても
 より素敵な1年になりますようお祈りいたします
 
 
         平成23年12月30日
 
                  夢乃咲道




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今年の忘れ物はありませんか?
 
 
そんな話を毎年この時期に書いています
 
他の人に語りかけながら
実は自分自身に対して自問しているんですけどね
 
 
言って見れば
「独り反省会」・・・みたいな?(笑)
 
 
 
 
今年出来た事、出来なかった事
毎年の事ではありますが、それは色々あります
 
 
出来なかったのは
 
やらなかったのか?
やれなかったのか?
 
それとも、やろうとしなかったのか?
 
反省すべきはこの一点に絞られるのかも知れません
 
 
単に私の学習能力が低いだけと言う噂もありますが(笑)
 
 
 
 
日めくり暦の良いところは
一枚、一枚めくる度に確認が出来る事です
 
月めくり暦の良いところは
一日、一日に捉われなくて済む事です
 
 
何が出来て、何が出来なかったのか?
 
そんな事を考えながら
今年の残りを数えてみる
 
 
日めくり暦を数えても
月めくり暦を数えても
残りの日数は同じです
 
 
違いがあるとしたらそれは
 
過ごしてきた時間の中で
どんな風に暦をめくってきたのか?
と、言う事
 
 
もちろん
どっちが良いとか悪いではなくて
ちゃんと分かってめくっていたのか?
めくろうとしてめくってきたのか?
 
そう言う事ですね
 
 
 
いずれにしても
 
現時点では
来年への課題はまだまだたくさん残っていると言う事です
 
 
 
 
ただ、そんな中でも
少しは出来た事もありました
 
 
そうそう!
 
出来た事と言えば
 
20日に受けた資格試験ですが
皆様にも激励を頂きましたが
お陰さまで無事に合格をしました!
 
さすが、私?
 
あっ、いやいや(笑)
 
 
 
 
「後は・・・
 まぁ、今年はもうこんなもんかな?」
 
 
今年も残り5日間です
 
気が早い人なら
そろそろカウントダウンでも始める頃でしょうか?
 
 
来年は「辰年」
 
「辰」と言えば「龍」です
 
 
龍のように上昇気流に乗って飛翔していきたいものです
 
 
 
 
・・・と、言う事で
 
後は来年の為に鋭気を養いながら
しばしのんびりと年が明けるのを待ちま・・・
 
 
ん?  あれっ!?
  
待てよ!
何か、忘れている???
 
 
何?
 
 
 
「もしもし?」
 
えっ? な、なんですか?
 
「これ・・・」
 
これ?
 
「何も書いてないんだけど」
 
何が?
 
あぁ~~~~~~~~~~~~~~年賀状!?
 
「たぶん」
 
あっ、はい!
す、す、すぐに作ります!
 
 
 
(結局、いつもこれだもの。
 年末ぎりぎりまでバタバタしちゃってさ。
 ホ~ント、夢乃ってば進歩してないよね?
               by 影の声 )
 
す、すいませんです・・・(汗)
 
 
 
 
みなさんは今年の忘れ物はもうありませんか?





人類全体が抱えているとても大きな問題
 
社会が抱えている大きな問題
 
個人が抱えているささやかな問題
 
 
 
今、問われている問題
 
今、求められている問題
 
今、与えられた問題
 
 
 
答えの出る問題
 
答えの出ない問題
 
 
 
答えが1つしかない問題
 
答えは1つじゃない問題
 
 
 
 
問題に
大きいも小さいもないのかも知れない
 
 
それでも
敢えて、言えば
 
 
大きな問題を小さくするのも
小さな問題を大きくするのも
それは究極
個人の意思の問題なんだろう
 
 
確かに
個人の力ではどうしようもない事も多い
いや、そんな問題の方が多いのかも知れない
 
だけど、個人と個人が手を繋ぎ合えば
 
その輪は《 世界 》になる
 
 
例え、大きな事は出来なくても 
 
ちょっとだけ隣人の言う事に耳を傾けられたら
ちょっとだけ隣人の事を思いやれたら
 
みんながそうなれたら
変えていけるものも多いはずだよね
 
 
 
 【 見上げてごらん夜の星を 】


 
 
世の中には様々な問題が有るにしても
抱えている問題は様々だとしても
 
 
今が幸せだと感じられるあなたは
きっと幸せ感じ上手なのでしょう
 
 
 
でももし
 
 
今が不幸せだと嘆いている人がいたら
 
「あなたは決して1人ではないんだよ」
 
と伝えたい
 
 
 
そんな聖なる夜に
 
Happy Christmas To My Dear


 【 Happy X'mas ~ War is Over ~ 】





今年のクリスマスストーリーを『夢の樹舎』にアップしました

読んで頂けると嬉しいです


 *クリックをすると本文が開きます

    ↓

『聖夜と天使と赤いバラ ~fantasy of ten red roses~』





この他、詩も5編アップしています
(ブログで発表済みの詩)

 *夢の樹舎は下をクリックすると開きます
  (詩とショートストーリーは[SEEDS]からどうぞ)

     ↓

  『夢の樹舎』






名言や格言を辿ってみると
”人生”は実に様々なモノに例えられています


中でも多いのは
「道」とか「山坂」とか「旅」ですが
他にも
「学校」とか「一杯のスプーン」だったり
辿れば辿るほど
色々な例えに出会えます


そんな中で見つけた言葉です
 
アプローチは全く同じなのですが
続く言葉が違うものがありました

両方共
同じ発想なのでしょうが
続く言葉が違うと言うのは
考え方(個性)の違いなのか
あるいは
(どちらの言葉が先だったかは定かではありませんが)
一方の考え方に対するアンチテーゼなのか?
インスパイアーされたものなのか?
リスペクトなのか?

いずれにしても
面白いと思ったので
紹介させていただきます
 
 

Life is like an onion.
You peel off layer after layer
and then you find there is nothing in it.

人生はタマネギに似ている。
一枚一枚皮をむいていくと
中には何もないことに気付く。

*ジェームズ・G・ハネカー
 (James Gibbons Huneker 1860-1921)
 アメリカのエッセイスト、音楽批評家


これは多分
生きる事に意味が無いとか
死んだら何も残らないとか
そう言う事ではなくて
 
タマネギの皮一枚が一年なのか
あるいは、”何かをする”と言う事なのか
それはともかく
皮をむいた後の結果よりも
皮をむくと言う
その過程こそが生きると言う事

そう言う事なのでしょう
 



Life is like an onion.
You peel it off one layer at a time,
and sometimes you weep.

人生はタマネギのみたいなもの。
一枚一枚皮をむいていき
そして時に涙ぐむ。

*カール・サンドバーグ
 (Carl Sandburg 1878-1967)
 アメリカの詩人で、作家、編集者

 
これもまた
人生そのものですね
 
でも
私ならこれに付け加えて

”だが、出来あがった料理は
 食べたみんなに幸福な笑顔をもたらす”
 
そんな言葉を続けたいです


タマネギの皮をむいていけば
芯は段々と小さくなってしまいますが
そのむいた皮が
美味しい料理になっていくのです
 
美味しい料理は
食べた人を幸福にする事が出来るのですから





笑撃の告白!?

もう少しでクリスマスですね
 
 
この話は
夢のある小学生が読んでいない事を前提で書きますが(笑)
  
小学生以外でも
 
もしも、万が一
あなたが未だサンタクロースの存在を信じているのなら
この話は読まずに速攻閉じてしまって下さい(笑)
 
 
 
ところで
 
子供って
いったい、いつくらいに
サンタさんが親だって気がつくものなんでしょうね?
 
 
 
考えてみたら
長女が小さかった頃は大変でした
 
なんせ
サンタクロースの存在を信じている子供の為に
サンタさんからのプレゼントと
私達親からのプレゼントを
両方用意しなければなりませんでしたから
 
 
しかも
サンタクローズに頼むプレゼントと言うのは
子供にとってはトップシークレットのようで
訊きだそうとしてもなかなか教えてはくれません
 
「お父さんからサンタさんにお願いをしてあげるから」
 
そうは言うのですが
 
「内緒♪」
 
そう言うばかりで簡単には教えてくれません
 
 
クリスマスは近づいてくるわ
子供がサンタさんに何をお願いしているのかは分からない
 
そんな状況は親にとっては大ピンチです(笑)
 
 
新聞に折り込まれたおもちゃ屋さんのチラシを
真剣に見ている子供にそっと近づいて探ってみたり
 
「お父さん達からのプレゼントは何が良い?
 サンタさんと同じものになったら困るだろ?
 ちょっと教えてよ」
 
とか、あの手、この手で訊きだそうとします
 
最終手段は
 
「ねぇ、サンタさんにお手紙を書いたら?
 欲しいものを書かないとサンタさんだって分からないよ」
 
そう言って子供に欲しいモノを書かせて
後でこっそりと手紙を読むとか
親の苦労はけっこう大変なものですよね(笑)
 
 
 
少し大きくなってくると
子供なりに色々と考えるんでしょうね
 
そんな子供はなかなかしたたかなもので
 
親に買ってもらえそうなモノは親に頼んで
親に言っても
買ってもらえなさそうなモノをサンタさんに頼む
 
そう心に決めているようです(笑)
 
 
でも、だからって何でも買ってやれる訳ではありません
 
兄弟、姉妹がいたらバランスだってあります
 
特に高価なモノを頼まれた時は
聴こえなかった振りを・・・あっ、いやいや(笑)
 
 
 
小学校も中学年から高学年くらいになると
今度は親にも疑心暗鬼が生まれます
 
「こいつ(子供の事)
 本当はもうサンタさんの正体を知ってるんじゃないか?」
 
とか
 
「いやでも、まだ信じていたら可哀想だしな」
 
親の非常に悩ましい葛藤の時期です
 
でも、間違っても子供に
 
「お前さ、まだサンタさんを信じてるの?」
 
なんて、そんな訊き方はできません
 
 
万が一、まだ本当に信じていたら
親が子供の夢を壊す事になってしまいますからね
 
子供が小学校の中学年から高学年にかけての数年は
疑心暗鬼の親としたたかな子供の駆け引きの時期です(笑)
 
 
 
変なところで生真面目で、良く言えば純粋な長女
 
その対極にいるような
クールでしたたかな次女
 
こいつが我が家では問題でして(笑)
 
 
あれは確か次女が小4だった時の話です
 
サンタさんからのプレゼントで何をもらうつもりなのか?
毎年、訊きだすのがひと苦労なのは我が家も同じで

あんまりしつこく訊いて怪しまれてはいけませんからね
 
 
クリスマスも近付いたある日
私は次女に訊きました
 
私 「ねぇ、次女。今年はサンタさんに何を頼んだの?」

次女「えっ?」

何だか様子が変です

私 「ん? どうした?」

次女「実は・・・」

 
な、なんと!?
 
ここでいきなりの笑劇の告白?(笑)

実は次女
2年生の時から私がサンタだと知っていたのだとか
 
 
私 「え~? お前、何で知らない振りをしてたんだよ?」
 
次女「だって、言ったらプレゼントが1個になっちゃうしょ」
 
まぁ、そりゃそうだろね(笑)
 
私 「じゃ、なんで今は正直に言ったんだよ?」
 
次女「だって、お父さんはもう気づいていると思って」
 
 
どうやら次女は私が思っていた以上にしたたか・・・
いや、良く言えば大人?(笑)
 
それはそれで「成長」と言う事なら嬉しいのではありますが
 
と、思っていたら
 
長女「えー~ マジ?
   私なんてサンタがお父さんだと気がついたの中1の時だよ!
  何それ? お前、夢の無い奴だなぁ~」
 
と、真顔の長女
 
おいおい、そっちの方がお父さんにとっては笑劇の告白だわ!
 
私 「で、なんでそれが分かったの?」
 
長女「友達が普通にプレゼントの話をしていて
   私はビックリしたんだけど
   さすがに未だ信じてるとは言えなかったんだよね」
 
そりゃそうだね
長女よ、それは友達に言わなくて正解でした(笑)
 
 
そういや思い出しましたが
確か、長女が小2、次女がまだ1歳半くらいの時
東京ディズニーランドに行きまして
 
園内を歩いていたミッキーマウスを見つけた時
 
私 「ほら、本物のミッキーマウスだよ!」
 
と、言うと
 
長女「ホント♪ あっ、ミッキーだ♪」
 
と、大喜び
 
次にミッキーマウスの家に行くと
また、当然ここにもミッキーマウスがいる訳でして
 
長女「あっ、またミッキーだ♪
   でも、さっきは街にいたのにもう帰ってたんだね♪」
 
私 「そうだね(マジで言ってるのか?)」
 
長女「でも・・・どうやって早く帰って来れたんだろう?」
 
私 「ミッキーだから魔法でも使ったんじゃない?
   (長女よ、本当にマジで言ってるのか?)」
 
長女「すご~い♪」
 
と、何一つ疑わない長女(当時)
 
もちろん、その時も長女(当時)は
ミッキーマウスは生身のミッキーマウスだと信じきっていました
 
そのミッキーマウスと写真を撮ってもらい
握手までしてもらいました
 
長女「ミッキーの手ってすごい柔らかかったよ♪」
 
 
長女が
ミッキーマウスの中に人間が入っていると気がついたのは
その2~3年後
  
某デパートでアニメキャラの着ぐるみショーがあった時
それを真剣に見ていた長女がポツリと言いました
  
長女「ねぇ、お父さん?」
  
私 「ん? なんだ?」
  
長女「あのさ・・・もしかして
   ディズニーランドで見たミッキーも
   中に人が入ってた?」
  
私 「えっ? それはお前・・・」
  
突然の言葉にどう答えて良いのやら言葉を濁す私に
  
長女「やっぱ、そうなんだ・・・そうだよね」 
  
私 「で、でも・・・
   ほらっ、中身がどうとかじゃなくてさ
   ディズニーランドに行ったらミッキーに会えるって
   それで良いんじゃない?」
  
長女「そうだよね!」
  
 
これがネタじゃなくて実話だと言うのが
親として
娘の純粋さを喜ぶべきなのか?
幼さを悲しむべきなのか?
非常に悩ましいところではありました(笑)
 
 
 
話は戻りまして
 
 
私 「で、何で気がついたの?」

次女「だって友達が言ってたもん」

長女「私も6年生の時、変だとは思ってたんだよね。
   だって
   クリスマスの2日前に頼んだプレゼントを変更したのに
   ちゃんと変更したプレゼントが届いたから」

私 「6年生の時? お前、可愛い奴だな(笑)」
 
次女「お姉ちゃん、可愛い!」
 
長女「うるさい! お前なんか夢無しクール女じゃん!」
 
次女「良いも~ん。 その分、プレゼントをもらえたし」
 
私 「お前なぁ~ 2年分のプレゼントを返せよな!(笑)」
 
 
 
  
テレビだとか、インターネットだとか
便利になったのは良い事なのですが
その分、好むと好まざるとに関わらず
色々な情報が氾濫をしています
   
子供のうちに知らなくても良い情報まで
選択も出来ずに目に飛び込んで来る事もあるでしょう
 
そうした情報は
興味本位なもの、下品なもの、面白いものほど
すぐに子供同士で伝わります
そして耳年増な子供が増えていきます
 
それは子供にとっても決して幸せな状況じゃないですよね
 
 
子供にはいつまでも夢を持っていて欲しい
 
私なんかがそう望むのは
最早、昭和の時代のセンチメンタルなんでしょうか?
 
 
私なんか
今でもクリスマスの朝は
目が覚めたら
枕元に可愛いラッピングのされたプレゼントが無いかな?
なんて、ベッドの周りを
不必要にキョロキョロ眺め回しているんですけどね
 
もっとも
 
我が家にはサンタさんが入って来られるような
大きな煙突も無いんですが・・・(笑)




秋も暮れた日の日曜日
何をする訳でもなくて
何となくノンビリの午後
  
  
退屈も手持ち無沙汰も
案外悪いもんじゃなくて
掃除機をかける君を見てた
  
  
ねぇ、手が空いたら
コーヒーをもう一杯入れてくれないかな?
  
  
  
  
「もうすぐまた冬だね」
そう言って君が窓を開けると
一陣の風が部屋に吹き込んだ
  
  
風にめくれた新聞を手で抑えて
慌てる僕を見て君が笑う
君に振り回されるのにも慣れたけど
  
  
ねぇ、窓を閉めたら
コーヒーをもう一杯入れてくれないかな?
  
  
  
  
巡る季節は急ぎ足
木の葉を落として冬支度
急かす木枯らしは誰の背を押している?
  
  
そんな景色を眺めながら
ゆるやかに流れるこの時間
めくり忘れた日めくりが笑ってる
  
    
ねぇ、こっちに来て
コーヒーをもう一杯入れてくれないかな?




Y氏の正念場!?

暮れも押し迫りつつある12月も早中旬

「なんでこんな時に?
 大概、いじめかい???」

って、思ってしまうのですが(笑)

20日に仕事上必要な資格試験を受験します

(会社命令なので文句は言えません)


「2週間もあれば楽勝じゃん♪」

そう思って
先週からボチボチと勉強を始めたのですが

週末の金曜日は札幌出張
夜は懇親会と云う名の飲み会が深夜までありまして

土曜日の3時過ぎに札幌から帰宅

土曜日の夜は
次女のブラスバンドの親父の会の忘年会と
休む間もなく飲み会が続きまして


「よし! 日曜日こそは勉強するぞ~~~!」

と、思ったのもつかの間!?

うちの奴が私の留守中に
韓流ドラマのDVDを9本も借りていまして

「これ、ダビングお願いね」←頼む時だけは優しい口調(笑)

「はぁ!? いつ? 今ぁ~~~?」

と、言う事で

渋々・・・ぶつぶつ・・・


結局

日曜日の2時くらいから
夜の11時までかかって全9本のダビング終了

(全部HC(ハード・コーティング)タイプだった為
 通常のダビングよりもひと手間余計にかかった)


「あぁ、やばい!
 クリスマスストーリーもまだ出来ていない!」


「えっ? 会社の忘年会って水曜日になったの???」


と、言う訳で(笑)


今週から来週にかけて
私はほとんど色んな意味で正念場!?(笑)

まぁ~
年賀状も当然、まだ作ってはいませんが
それはいつもの事

28~9日頃になったら作るとして(笑)


何より

まずは試験勉強を優先させなきゃなりません

こう見えても一応、会社員なので
業務命令は絶対なのです

しかも
今回の受験者は私と後輩の2名

私だけが合格する事はあっても
私だけ落ちる事は許されません(汗)


とは言え
何も試験勉強だけで夜を使うのは
私のポリシーにも反するので

(何のこっちゃ?)

当然
クリスマスストーリーを書くのは最優先しつつも
何かしらの文章も書き続ける・・・つもりです

(あれ? 最優先は試験じゃないのか?(笑))


が、しかし

いつもよりも間隔は空いてしまうと思います

リコメも遅くなるかも知れません

皆様の場所に
お邪魔する頻度も落ちてしまうかも知れません


が、しか~~~し!


出来る事でしたら

もし

可能でしたれば


この1~2週間は平に、平に、平にぃ~~~

ご容赦をいただきたく

ここにお願いを申す所存でございます ←武士かい?(笑)


と、言う事で

皆様におかれましても
師走の忙しい時期
十二分にご自愛をいただき
無事にこの暮れを乗り切ってくださいませ


はぁ・・・ ←ため息




真実

色んな人が色んな事を喋っている



テレビの中で
ラジオの向こうで
開いた雑誌の中で
バスの中、向いの席の人が読んでいる新聞の中で



どれが真実?

何が本当?

誰を信じれば良い?



評論家の解説は
どれも当たり前の事を
もっともらしく言っているだけ

学者は簡単に言える事にさえ
難しく理屈をつけようとしている

官僚の釈明は
いつも抜け道を作っている

政治家の公約は
嘘を大義名分で隠している


ニュースキャスターの言葉は
いつも正論だけど
その言葉は視聴者には届いていても
一番聞くべき人には届いていない

マイクを向けられた市井の人の言葉の中にこそ
正義は、真実は、あるのだろうか



あなたの目の前で話をしている人は



あなたに何を伝えようとしているのだろうか



無尽の言葉が
空気の隙間を縫って駆け抜ける



どれが真実か

何が本当か

誰を信じるか



あなたは
自分の心に引っ掛かったモノだけを信じれば良い



それが多分

あなたにとっての真実なのだ




一歩出る

コレもやりたい!
  
ソレもやろう!
  
そうだ! アレもやらなきゃ!
  
  
そう思うのがいけないのか?
単に、流されやすい性格なのか?
  
良く言えば好奇心旺盛と言う事なのだろうが
  
気がつけば
いつも何となく中途半端なままで
ここまで来てしまった気がする
  
  
これはいい加減に反省しなくては!
  
  
折しも今は暮れの押し迫った12月
  
反省をするには相応しい時期だ
  
  
孔子の『論語』の中の有名な一説にこう言うのがある
  
『子の曰く、吾れ
  十有五にして学に志す。
  三十にして立つ。
  四十にして惑わず。
  五十にして天命を知る。
  六十にして耳順がう。
  七十にして心の欲する所に従って、
  矩を踰えず。』
  
思えば私も高校進学の為に実家を出たのが十五の春
  
何だか孔子と同じ? ←いえ、エライ違いです!
  
ん~ 確かに ←自分で納得するなよ(笑)
  
以来、ずっと実家を離れて暮らしていたので
その意味では自立はしていたけど
真に独立はしていただろうか?

ここで言ってる『三十にして立つ』とは大違いだったかな
  
四十になってからもずっと色んな事に迷っていたし
  
五十を過ぎた今も天命などは知る由も無く
運命の何たるかさえ分かってはいない
  
 
いや
  
やりたい事はある
  
だけど今までのままでは
それもいつか中途半端なままで終わってしまうだろう
  
何かを変えなきゃ!
  
それはきっと・・・多分・・・自分だろうな
  

じゃ、どう言う風に?
  
おそらくは
私に足りないのは行動力だ
  
「やりたい」を形にする「行動力」
  
    
来年はひとつひとつ形を作っていこう!
  
焦る必要もないけど
何はともあれ
  
まずは一歩、一歩だ!
  
  
一歩、一歩前に出る
  
何処かでつまづいて三歩下がったって
次に四歩進めば良い
  
一度に四歩進めなければ
一歩を四回に分けて休み休み歩いたって良い
  
  
一歩、一歩前に出る
  
ちょっとだけ積極的に一歩出る
  
  
一歩、一歩前に出る
  
自分の力を信じて一歩、一歩
  
  
先ずはの一歩が無ければ二歩目も無いんだから



vs 冬将軍

ついに恐れていた事が・・・


我が十勝国にも雪が降りました

でも
そんなにとぼけた量では無かったので
     (↑笑えるくらい多いって意味(笑))
道路はもう解けて乾いていますが
歩道は所々凍っています


明日の予想気温は
最低気温は-3℃ 最高気温は+2℃

まだ
真冬日(最高気温も氷点下の日)じゃないだけマシですが
そろそろ冬への覚悟を決めなければなりません

(そう思ったのはこれで何度目?(笑))


12月ですからね
仕方ないと言えばそうなんですが

でも

ここで素直に冬将軍を受け入れるにも
何処かで
まだまだ抵抗をしたい気持ちを否定できません


でも

やっぱり、仕方ないんだろうなぁ~


覚悟を決めますか?

人間を止めますか?


いやいや(笑)



とは言え

はたして、どうしたもんか・・・



マクロ(世界)的思考で言えば

地球環境の為にも
温暖化対策は必要だとは思いつつ

「温暖化対策は
 春になって暖かくなるまで
 ちょっと休憩しちゃおうよ~!」

などと
不埒な考えが浮かんで
ストーブの目盛りを「微小」から「中」にします



マクロ的思考で更に言えば

景気浮揚策としての
灯油の消費拡大は地域経済には良い事でも


ミクロ(我が家)的思考に置き換えれば

灯油代の請求書を見るのが恐いと言う話で

(ちなみに北海道の一般家庭では
 400リットルクラスの灯油タンクを設置しているので
 毎月福沢諭吉さんが何人も火と消えます(笑))

喜んでいるのは
ストーブの前を離れたがらない猫達だけな訳でして

猫達の温く温くの為に
人間様(私)は寒い中を
今日も仕事に励むと言う図式が漫然と存在しています



まぁ

理不尽な事と言うのは
世の中ではまま有る事なのですが(笑)





何の話をしていたかと言うと


そうそう!

冬への覚悟でしたっけ?(笑)



まぁね~

覚悟をしようとしまいと
冬将軍は図々しくも勝手にやって来る訳でして

で、冬将軍が来ると・・・


    とにかく寒い
      ↓
    動きたくない
    布団から出たくない
    家の外にも出たくない
    でも、腹だけは空く
      ↓
    とりあえず
    暖かいモノを
    食べる、食べる、飲む、また食べる
      ↓
    エンゲル係数が上昇
    灯油代も上昇
    反比例して
    財布の中身は垂直降下
      ↓
    我が家の大蔵大臣の深いため息に
    ストーブで部屋の気温は上がっても
    逆に
    部屋の空気は冷え冷え?
      ↓
    とにかく寒い


と、まぁ

こんなウインタースパイラルに落ち込む訳で



結局

冬への覚悟をしたってしなくたって
必然的に事後承諾の形で

冬将軍が来た事を認めざるを得なくなるのです


でも
そのまま素直に認めるのは悔しいなぁ~




冬将軍よ!

良いか? 良く聴けよ!

どうしてもここに居座りたくば
私を蹴とばしてから居座るがよい!!!


  o(・ヘ・θキーック!!☆;゚o゚)/ ギャッ!
    ↑
   冬将軍





許容

世の中には自分が納得出来なくても
受け入れなければならない事ってある


例えば
それが友達なら
付き合いを止めれば済む話でも

例えば
それが会社での事だったりすると
納得が出来る、出来ないと言う事だけをして
自分の判断材料には出来ない



若い頃なら
それでも突っ張って
自分が納得出来ない事は全て否だった


相手が誰であろうと
どれだけ相手を傷つけようと

”納得出来ないものは納得出来る訳がない”

そう思ってたし
それが自分の正義だった



今は逆にそれを否としている自分



本当は今でも

”納得出来ないものは納得出来ない”

そう突っぱねて
生きていけたら良いのにって心の中だけで思っている



だけど
今はその心を奥底に押し込めている

”自分独りで生きている訳じゃないんだから”

そう自分に言い聞かせて


”若い頃、真剣に思っていた自分の正義も
 本当は独りよがりのワガママだっただけかも知れないな”

歳を重ねた事で少しづつ分かってきた事もあった



それが大人になったって事?

それが社会人として取るべき当然の態度?

それが相手を、そして周りを気遣うって事?


妥協と言う言葉も
いつか人生の中では協調って意味に変わってきた



”是々非々”(注)

それだけを人生の標には出来ないって事

今も納得は出来ないけど
でも、理解は出来るようになった


全て受け入れて
それを自分に対して正当化する理由は後でつければ良い


それだけの事だ・・・多分・・・






(注)「荀子(じゅんし)」修身の

”是を是とし非を非とする、これを知といい、
 是を非とし非を是とする、これを愚という”

良い事は良い、悪い事は悪いと
公平な立場で判断する事




愚者の勧め

何かをするにおいても
決断をするにしても
やって遅過ぎると言う事はない


いくら本を読んでも
いくら辞書で調べても
いくら考えてみても
誰に訊いたって
やってみなければ解らない事もある


智者や賢者の言葉は道標にはなっても
それは所詮
本を読んだ事と変わらない


出来ない理由を自分で決め付けて
やらないで後悔をするくらいなら
やって後悔をした方が遥かにマシだ


ましてや
出来ない理由を他人に決められたくはない


出来る、出来ないとか
間に合う、間に合わないとか
そんな事を考える前に
行動をする愚者になってみようか




師、走る!?

いよいよ12月です


毎年の事ですが

何もしなくても気忙しく
何かをしていたら
余計に背中をせっつかれそうになるこの時期です



師走の語源は諸説有るらしいのですが
「師馳せる」
から来ていると言うのが一般的のようです

(”師”とは先生説
 お坊さんの師匠説、など様々言われていますが)


普段は落ち着いていて
何事にもそう簡単に動じる事は無いであろう
”師”でさえも走ると言われるのですから
凡人の私などは尚の事
忙しなさにそわそわしてしまうのは
致し方ないところでしょうか?



師走にはこの他にも

”1年の最後に為し終える”
と言う意味の
「為果つ(しはつ)」
から来ていると言う説も有るそうですし

同じような意味では
「年が果てる」
と言う意味の
「年果つ(としはつ)」
が変化したとする説もあるようです

ただ
これらの言葉には
「走る(=慌ただしい)」
と言う意味はありません

むしろ
”この年の1年を静かに振り返る”
そんな意味合いがあります



良く
「来年の事を言うと鬼が笑う」
と言いますが

12月になるともう鬼も笑わないそうですから

この時期に1年を振り返り
次に来る年をどのように迎えるのか?

そんな風に
ひとたび区切りを付けるにも
新たな事に気持ちを向けるにも
良い機会と言う事でしょうか



「今年はどれだけ頑張れたかな?

 今年はどれだけの後悔をしたかな?

 そして来年は・・・」



本来なら
この1カ月でゆっくりと
そんなこんなの想いに耽りたいところではありますが
なんせ、”師”も走っては私を追い立てます

そんな余裕は・・・


それでなくても
通常の仕事の他に年末の挨拶回りもあるし
忘年会もあるし(笑)

そうそう!
年賀状も作らなきゃね
未だ年賀ハガキを買ってもいないけど(笑)


特に今年はそれらに加えて
来週9日には札幌出張もあるし
切羽詰まった12月20日には
仕事でこれから必要になる
資格試験も受験しなければならないし

(当然、試験勉強も・・・と、言いながら
 『2週間もあれば何とかなるべ』
 と、相変わらずお気楽な私?(笑))

個人的には
例年アップしている『クリスマスストーリー』
これをイヴに間に合うように書き上げたいし


うん

やっぱり今年も余裕なんて無いままに
年末になだれ込んでしまうんだろうなぁ~


これも毎年この時期に
同じように思う私的プチ反省なんですけどね

よほど私って学習能力が無いのかな?




アメリカの作家
デール・カーネギーの言葉

”人生とは今日一日の事である”



来年こそは、そう心に戒めて
一日一日を大切に生きていけるだろうか・・・






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