Neko

夢の汽車に乗って 2011年08月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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東京出張

月曜日の夕方から久しぶりの東京出張です



月曜の昼間は通常通りに仕事をし
夕方の飛行機で東京に行きます

その日は移動のみで
夜、都内の研修所に入り
火曜日は10時から17時まで研修

その時間だと帯広に帰る飛行機がないため
そのまま研修所に泊まり
翌朝
8時羽田初の飛行機で帯広に戻ります

その後
午前中には会社に出社し
そのまま仕事に突入します

   (⌒▽⌒;) マジ?



研修所とは言え
部屋はビジネスホテル並みに
バス・トイレ付きの個室なのですが

いかんせん、そこは研修所

各部屋にPCのネット回線までは用意されていないので
その2日間はネットに接続ができません


この為

ブログの書き込みやリコメは出来ませんので
2日間ほどお休みします

    m(_ _)m



水曜日の夜には復帰する予定ですので
またよろしくお願いしますね~


それじゃ、行ってきま~~~っす!


    (* ̄0 ̄)/ オー!




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故に夢

夢は時として
遥か心の奥底の記憶を鮮明にする

夢は時として
鮮明だったはずの記憶を曖昧なものにする



夢は時として希望を与え
夢は時として現実を知らしめ
夢は時として幻の余韻に浸し
夢は時として心の嗚咽を呼び覚まし
夢は時として眠りを誘い
夢は時として目覚めを拒む



時の流れを止め得るもの



辿り着く事の出来ない蜃気楼のように
追い着く事の出来ない陽炎のように
夢は人が触れる事を許さない



或いは
醒めても続く惑いの波



夢は夢

故に夢・・・





自由

「ねぇ、空を飛ぶ鳥と海を泳ぐ魚は
 どっちが自由だと思う?」

「なんだよ、いきなり(笑)」

「いや、ふと思ってさ」

「そうだな~ やっぱり鳥かな?
 だって、何処へでも自由に行けるじゃん」

「だけど、小さい鳥なら大きな鳥に狙われるし
 大きな鳥なら人間に狙われるんだよ。
 嵐になったら飛べないしさ。
 飛べない鳥ほど弱いものはないんだよ」

「それを言ったら魚だって同じじゃん?
 空でもそうなように海にだって食物連鎖はあるし
 危険だってたくさんある。
 それは陸だってそうじゃん」

「力関係だけで言えば
 結局、一番強いのは人間って事になるけど
 自由かどうかって話はまた違うよね」

「そりゃまぁ、確かにね」

「人間は鳥のように自由に空を飛びたくて
 飛行機を発明したし
 魚のように泳ぎたくて船や潜水艦を作った。
 でも、結局人間は今でも自分の力だけじゃ
 鳥のように自由には飛べないし
 魚のように自由に何処までもは泳げない
 人間が本当に欲しかったのは何だったんだろう?」

「本当に欲しかったもの?」

「うん、本当は鳥になりたかったからじゃなくって
 鳥のように自由に空を飛びたかったからだよね?
 欲しかったのは自由だったのかな?」

「そうだね
 自由・・・か。
 人間は不自由な生き物なのかな?」

「良く言われる事だけど
 日本語ではどれも『自由』だけど
 英語だと『freedom』と『liberty』って
 2つの『自由』があるよね」

「ああ、例えば、そうだな・・・
 『選択の自由(liberty)』と
 『束縛から逃れる=自由(freedom)』だろ?」

「そうそう
 『freedom』って何にも縛られない自由って感じで
 『liberty』ったら法律だとか規制の中での自由。
 そんな分け方もするみたいだね」」

「うん、難しい話は分からないけど
 自由にも色々あるからね」

「それで考えると
 鳥や魚の自由って『freedom』だよね」

「そうだね
 で、人間は自然界では一番強いくせに
 人間の自由は『liberty』なんだよな」

「いや
 強いからこそ『liberty』でなきゃならないんだ。 
 人間には秩序が必要だし
 それが無ければ無法地帯になっちゃう」

「それこそ、弱肉強食だな」

「うん。それじゃ弱い者は生き残れない」

「あぁ、人間は野性動物じゃないからな」

「そう。
 人間には言葉と知恵と秩序がある。
 だから、色々な人間が共存していける。
 逆に言うと
 それらが無ければ人間じゃないって事になるよね」

「なのに、どうして争いはなくならないんだろうな?」

「それは多分『freedom』ばかり追い求めるからだよ。
 自分にとっての正義や幸せだけを主張して
 他の人の言葉に耳を貸そうとしないから」

「何とかの自由って、権利ばかりを主張してね」

「あぁ、そうだね。
 権利には必ず義務がセットのはずなんだけどね。
 でも、それを忘れてる」

「うん、権力を持てば持つ程・・・かな?」
 
「本来は権力を持った者が守らなければならないのは
 弱い者の自由のはずなんだけど
 権力を持つと自分の自由ばかりを守ろうとするんだよね」

「なんか、嫌だね。 人間ってさ」

「だからって人間を止める訳にもいかないけどね。
 いくら鳥のように自由になりたいと思ってもさ」

「人間ってさ、人種や国籍が違っても
 1対1ならどんな人とでも分かり合えるのに
 どうして
 集団や国単位になると分かり合えないんだろう?」

「そうだね
 『freedom』は共有出来ないかも知れないけど
 『liberty』なら共有出来るんだよね」

「うん」

「お互いにちょっと不自由な中で
 お互いの自由を大切に出来れば良いのにね。
 その中で幸せを感じられたら
 それが一番に思えたら良いんだけど
 だけど
 それでも鳥のような自由を求めてしまうのが
 人間の本能なのかも知れないね」

「動物の・・・だね」

「『freedom』が幸せなのは自分だけなんだよね。
 みんなが幸せになる為に必要なのは
 やはり『liberty』なんだよ。
 みんながそう思えたら良いんだけどね」

「そう考えるとさ。
 『自由』って本当は何なんだろうね?」

「うん、多分ね。
 鳥や動物にとっては『本能』なんだろうけど
 人間にとって『自由』は『理想』なんだと思う」

「理想?」

「そう。人間が決して諦めてはいけない『理想』だよ。
 心から
 自分の自由と相手の自由を認め合う事が出来たら
 きっとみんなが幸せになれると思うんだ。
 それは言うほど簡単じゃないかも知れない。
 でも、決して諦めちゃいけない。
 だから『理想』なんだよ」



今日
8月25日は私にとっては
とても大切な日です


そんな話を書きましたが
例によって長くなりましたので


夢乃咲道のホームページ

『夢の樹舎』内 『エッセイ』
 「夢乃家日和」のコーナーにアップしました



タイトルをクリックすると本文が開きます

      ↓

   『愛縁喜縁(あいえんきえん)』




夢乃咲道のホームページ
(クリックすると開きます)

      ↓

   『 夢の樹舎 』


タイミング

物事で一番大事なのはタイミング


それを縁と言ってみたり
時には運命と呼ぶのかも知れないけど
決断とか出会いは
全てタイミングによって
その結果が左右されるのだと思う


人生の様々な分岐点において
綱渡りのような選択や決断を重ねて来たとしても
結果としての”今”が良ければ
それはタイミングに恵まれたと感謝をすべきだろう


逆に何をやっても後手を踏んだり
良い結果にならなかったのなら
それはタイミングが悪かったと言う事なのだ

俗に「間が悪い」と言う類はこれである



林檎の木の下で
闇雲に林檎が落ちてくるのを待っていても
悪戯に時が流れるだけで
いつか疲れ果ててしまう


タイミングも悪かったり合わなかったりすれば
どんな決断も出会いも金言も輝く事は無い

しかも
一度逃したタイミングは再び巡って来る事は無い



それではどうしたら
そのタイミングを上手く掴む事が出来るのだろう?


機を見るに敏と言われるような
勘が働く人ならともかく
普通の人にとってはそう簡単な事では無い

何度も失敗をして経験を重ねていけば
或いはいつか分かる時が来るのかも知れないけど
それとて完璧ではないだろう



いつも運が悪いと嘆く前に
もう一度、自分自身を知るところから始めたいものである

一度逃したタイミングは再び巡っては来ないけれど
次のタイミングに備える事は出来るはずなのだから




今夜は「営業マン Y氏」シリーズの第3弾です


例によって
長くなりましたので
『夢の樹舎』にアップしました


中年営業マンY氏の抱いた淡い恋心

その行方ははたして・・・



下のタイトルをクリックすると本文が開きます
       
       ↓

  『営業マン Y氏の純情』
http://yumenokisya.web.fc2.com/short_story/eigyouman-y-junjou.htm




今まで書いてきたものの中から
表題の他、20編を
『夢の樹舎』の各パートにアップしました



同じく、クリックすると「夢の樹舎」が開きます

     ↓

  『夢の樹舎』
http://yumenokisya.web.fc2.com/





植物は僅かな光でもあれば
それを求めて葉を拡げようとします


葉が薄く拡がって出来ているのは
少しでも効率良く光を受け止める為

一枚の葉で光を受け止められなければ
更に茎を伸ばして葉を増やします

そうやって僅かな光でも得ようとします


植物は生きる為に必要な事を知っているのです




人生(ドラマ)

どんな人の人生にも
1編や2編くらいは
小説に書けるようなドラマがあると言う



生まれて数時間で命の灯火を消した赤子にも
100余命を生き抜いた人生にも
それぞれの生と命のドラマがある



「人生は長さじゃないよ」

そう人は言う

確かにそれは真実だ



ごく普通の中流家庭に産まれて
特に苦労もなく育ち
ごく普通に学生時代を過ごし
ごく普通に会社勤めをし
そして
当たり前に結婚をし
当たり前に子育てをし
当たり前に歳を重ねていった

特に人生に波風も無く
自分で波風を立てる勇気も無く
他人とぶつかる事は避け
他人より目立たないようにしながら
たくさんの人や出来事とも
上手く折り合いをつけながら生きていた



もし
そんな人が主人公の映画があれば
それはきっと観客にとっては
退屈以外の何物でも無いかも知れない


果たして
そんな人の人生にも
ドラマと呼べるものはあったのだろうか?



「もちろんさ」

私は自信を持って答えるだろう



大河ドラマのような
壮大なドラマでは無かったかもしれないが
アクション映画の
ヒーローみたいな戦い方では無かったかも知れないが
ホームドラマのお決まりのような
子供の反抗期は無かったかも知れないが
メロドラマのような
命を懸けた悲恋は無かったかも知れないが

大か小かの違いはあったにしても

何処か人生のひとコマを切り取った時
そこには必ずドラマがあるものだ


他人から見たら退屈な人生に見えたとしても
人には人なりの喜怒哀楽があり
そこには確かにドラマがあるのだ




普通に生きて当たり前に年を重ね
可も無く不可も無い人生を送る

むしろ
そう生きていく事の方が今は難しい時代

そんな人生がもしあったとしたら
それは或る意味
奇跡と言うに等しい事なのかも知れない

それをドラマと呼ばずして何と呼ぶだろう?

観客にとっては
山在り谷在りの起伏に富んだ人生の方が
ハラハラしたり、ホッとしたり出来て良いのだろうが
観客の為に人は人生を送っている訳ではないのだから




ただひたすら自分の為だけに生きた一生
いつも他人の事だけを考えて生きた一生

その生き方は真逆ではあるけど
そこにも多かれ少なかれ
山坂は有っただろうし
そんな生き方を選ぶに至ったドラマが
きっと有った事だろう

それを声に出して語るのか
或いは
黙して胸に秘めて生きるのか

或いは
「どうって事は無いさ」と
笑い飛ばしてひょうひょうと生きるのか

その生き方そのものがドラマに成る


「そうだね。
 ドラマってのは人そのものなんだろうね」



どんな人の人生にも
1編や2編くらいは
小説に書けるようなドラマがあると言う



お盆の墓参りに行ってきました


母親が亡くなったのは
数えで59歳になった年の夏でした

私は今、53歳
この秋には54歳になります

満年齢で言えば
母親が亡くなった歳まで後4年です



お墓の前で手を合わせ
持って行った供物の封を開け皆で分け
持って行った飲み物を飲みながら
久しぶりに揃った家族で談笑をしていた時です


話をしながら
ふと周りの幾つかのお墓に目をやりました

裏面にはお墓に入っている人の
生前の名前と
亡くなった日と年齢が刻まれていました


「**** 享年 5歳」

「**** 享年42歳」

「**** 享年87歳」

「**** 享年58歳」

「**** 享年61歳」



今の時代で考えると
母親の亡くなった年齢も早いと思ったのですが
こうしてみると
もっと若い人だったり
母親と同じような年代で亡くなっている人も
随分多い事が分かります


見ると水子供養の地蔵尊を
お墓の脇に建てている家もあります

この世に生まれる事の無かった魂

それを考えると
この世に生を貰っただけでも
幸せだと思うべきなんでしょうね


義弟は幼稚園児を2人残して
35歳で亡くなりました

急性白血病と診断されて僅か半年後の事です


以前の会社時代にお世話になっていた
取引先の社長は47歳で事故で亡くなりました

その前の日にも電話で話をしていたのです

まさか
その翌日に亡くなってしまうなんて
夢にも思いもしませんでした



お墓の裏面に刻まれた名前と亡くなった時の年齢

それらを見ながら
漠然とですが
人生の残り時間について考えました


”私は後、何年生きられるのだろう?”

”私はどんな風に最後を迎えるのだろう?”


もしも私が不治の病になったとしても
家族と語らえる時間が少しでもあれば
娘達に伝えておきたい事も話せるでしょう

しかし
突然の事故で亡くなるとしたら
そんな話も出来ずに
別れさえも言えずに死んでいかなければなりません

それはきっと辛いだろうな
きっと無念が残ると思います


願わくば

もう十分生きたなと思いながら
静かに生を全う出来たら幸せだなと思います

誰もがきっと同じ思いでしょうね?

しかし
人生は時に残酷で、時に無情で

そんな場面を今までに幾つも見て来ました


だからこそ

「毎日を大切に」

「悔いが残らないように」

「精一杯に生きよう」

そうは思うのですが

喉元を過ぎれば何とやらで
何日かするとまた
何も考えずに生きている自分がいます


でも

人間ってきっと
そんな風に出来ているんでしょう

そうでなきゃ
生きている事さえも辛くなるのでしょうからね


そして時々

お盆だとか
他人の生き死にの場面に出会った時

ふとまた思い出したように考えるに違いありません


先祖の霊や
亡くなった身内の霊を供養する為の墓参りですが
それは同時に
自分自身の生き方を振り返り
そして
これからの生き方を
考える為の時間でもあるのかも知れません



あなたは人生の残り時間について
考えた事がありますか?




もうすぐお盆ですね

みなさんもそれぞれの実家なりお墓参りに行く事でしょうね


さて
私も10日~15日くらいまで
毎年恒例の実家ツアー(旭川&北見)に出かけます


その間
ここのブログはお休みさせて頂きます


みなさんも気を付けてお出かけください

そして、良いお盆休みをお過ごしくださいね

(お仕事の方は申し訳ありません。
 頑張ってくださいね _(^^;)ゞ )


盆参り

「ねぇ、たかちゃん。
 今度の休み、空いてる?」

「ん? 何かあった?」

「うん・・・あのね・・・」

「何だよ? 春美らしくないなぁ~」

「あのね、お盆でしょ?
 お父さんのお墓参りに行きたいんだけど
 たかちゃんも一緒に来てくれないかなぁ~?」

「お父さんの墓参り?
 あぁ、そりゃもちろん行くよ。
 でも、俺が行っても良いのか?」

「うん。 来て欲しいの」


春美とは俺が大学2年の時にバイト先で知り合って
それから半年後、俺達は付き合うようになった
その時春美は高校3年生だった

気が強くて、そのくせ泣き虫で
でも、良く気が付いて
特別美人って訳でも可愛いって訳でもなかったけど
俺は春美といると何だかホッと出来たんだ


それから3年
俺は社会人1年生になった

春美は高校を出てすぐに就職をしたから
社会では春美の方が先輩だ

貯金も多分だけど春美の方がたくさんしている
その辺は片親で育ったせいか
年下のくせに俺よりははるかにしっかりしていた


付き合って3年にもなると
まして、お互いが社会人になって
普通なら
そろそろ結婚なんて事も考えるようになる頃合いだろうか

春美も口には出さないけど
何となく
言葉の端にそんなニュアンスが感じられる事もあった

そんな矢先の墓参りの誘いだった


俺も結婚をするなら春美しかいないと決めていた
でも、社会人1年生の俺は会社でもまだまだ半人前で
これから仕事をたくさん覚えていかなければならない時だ

その上、貯金も自慢じゃないけど無い
婚約指輪だとか結婚指輪さえ買う余裕も無ければ
式を上げるお金だって全然溜まっていなかった

だから、結婚はするにしても
後2~3年は仕事を頑張って早く一人前になって
その間に何とか貯金もしたいと思っていた


「結婚はその後だよな・・・」

「えっ? 何か言った?」

「あっ、いや。 何でもないよ。
 そういやさ。 お父さんのお墓って何処だっけ?」

「T町よ。 前に鍾乳洞に行ったじゃない?
 そこの少し手前を山の方に入った所」

「そっか、じゃ何時に迎えに行けば良い?」


次の休み
俺は春美を家に迎えに行って
それからT町に車を走らせた

だいたい1時間弱のドライブだ


「そう言えばさ。
 春美のお父さんっていつ亡くなったんだっけ?」

「私が5年生の時。 ずっと入院してたんだ。
 だから、あんまりお父さんと何処かに行ったとか
 何をしたとかって想い出が無いんだよね。
 いっつもお父さんに会うのは病院だった・・・」

「そっか・・・」


春美はお父さんが亡くなってからは
お母さんと2歳下の妹と3人暮らしをしていた

高校生でバイトをしていたのも
進学をしなかったのもそう言う理由からだったと思う


「私、頭悪いから勉強あんまり好きじゃないんだよね」

そう言う春美が実はものすごい読書家だと言うのは
だいぶ後で分かった事だった


「あっ、そこ! そこの信号を左に曲がって」

「あいよ」

「そうそう! あの先にお墓の入り口の看板が見えるから」


墓地の駐車場に車を停めると
俺達は遊歩道のような緩やかな坂道を上っていった

春美は途中で買って来た花束と
家から持ってきた
ろうそくと線香の入った買い物袋を提げて歩いていた

俺はその後について歩いていた

「俺がひとつ持つよ」

そう言うと春美は

「良いの。 これは娘の仕事なの」


10分ほど歩くと丘の上の墓地にでた


「あー、キレイな所だね」

「でしょ? 眺めは抜群よ」

「でも、同じようなお墓ばかりだから迷うね」

「そんな訳ないじゃない。 ちゃんと分かるよ。
 さぁ、着いた!
 お父さん、来たよ。
 しかも、今日はスペシャルゲストさん付きで~っす」

「あはは、俺はスペシャルゲストさんですか?」

「そうよ。決まってるじゃない?
 そうだ、ちょっと待ってて。
 今、水を汲んで来るから」

「あっ、良いよ。 俺が行くよ。
 春美はお父さんと話をしてなよ。
 何処に行けば良い?」

「そう? ごめんね。
 あそこの東屋に桶と柄杓があるの。
 じゃ、お願いするね」


水を汲んで戻るとお墓の前で春美は手を合わせていた


「汲んで来たよ」

「あっ、ありがとう」


春美は桶と柄杓を受け取ると柄杓で桶の水を汲み
お墓にそっとかけた

「たかちゃんもかけてくれる?
 お父さん、喜ぶわ」

「喜んでくれるかなぁ~?
 お前は何処の馬の骨だ!って怒るかもよ」

「あはは、そんな事は無いよ。
 私の選んだ人だもの」

「だと良いけどね」

「絶対そうなの!」


ひとしきり、お墓に水をかけてタオルで拭いたあと
花挿しに水を入れると
持ってきたろうそくを立てて、線香に火を点けた

風に揺れて線香のラベンダーの香りが
二人を包み込んでいた


それから二人はお墓の前に並んでしゃがむと
手を合わせてお参りをした


『お父さん。
 俺は正直、まだまだ社会人として半人前で
 春美を幸せに出来る自信はありません。
 でも、約束します。
 後、2~3年して俺が一人前になったら
 春美と結婚をして絶対幸せにしますから。
 だから、俺達の事を見守っていてください・・・』


「ねぇ? 何をお参りしたの?」

「えっ? 何が?」

「もう! 何がじゃないわよ。
 お父さんと何を話したのかなって」

「あー、お父さんとね。
 したよ、いっぱい。」

「ねぇ? 何て言ったの?」

「お父さん?」

「違うわよ、たかちゃんが!
 もう、相変わらずたかちゃんて意地悪よね。
 良く、お父さんの前でそんな意地悪が出来るもんだわ」


春美は少し拗ねた風で口を尖らせた


「あはは、お父さんにね~
 春美の気が強いの何とかなりませんか?
 って、お願いしたよ」

「もう、ひどい!」

「そしたらね。 それは済まなかったって」

「お父さんがそんな事を言う訳ないでしょ」

「いやいや。 で、身に覚えは?」

「・・・あるけど。
 もう! 本当に今日はいつにもまして意地悪だわ!」

「あはは。 そしたらね」

「そしたら?」

「春美はこんな奴だけど
 根は素直な良い子で寂しがり屋だから
 よろしく頼むって言ってたよ」

「もう・・・こんな奴は余計よ」

「だって、お父さんがそう言ってたんだも~ん」

「もう・・・」


春美は俺にしがみつくと
俺の胸に顔を当てたまま声を震わせた


『お父さん、約束します。
 絶対、春美を幸せにします。
 もう絶対春美を俺の前で泣かせませんから』



言い訳をすれば

あの時

彼女のお父さんのお墓の前で約束した事は
あの時の俺にとっては嘘偽りの無い気持ちでした


しかし・・・

その年の冬
ちょっとした行き違いから
売り言葉に買い言葉で決定的な溝を作ってしまい
俺達は別れる事になりました

若かった二人は
それを修復させる術を知らなかったのです


結果として
私は大嘘つきになりました


あれから28年

お互いに別な人と出会い
結婚をして家庭を作り
それなりに幸せな毎日をおくっています

でも、毎年この時期になると思い出します

その度
今でも胸の奥がチクリと痛むのです



悲しみが終わる時

あなたがふと漏らした溜め息
僕は見て見ない振りをした

その訳を訊きたいと願ってはいたけど
あなたの琴線には
触れてはいけない棘がある気がして


もしも独りで抱えているなら
その悲しみを支えてあげたい

独りの手ではこぼれる悲しみも
二人の手なら受け止められるよ


もしもあなたが願うなら
僕はいつでも傍にいる

あなたの悲しみが終わる時
そこにいる人は僕でいたいから




あなたの落とした溜め息なら
僕がそっと拾っておいてあげる

いつかあなたが失くしたモノを
探して困らぬように
あなたの心が迷ってしまわぬように


夜中に独りで星を数えて
明けない朝をあなたは待ってる

独りでいるから増えてく悲しみも
二人でなら分かち合えるだろ


もしもあなたに届くなら
願いの星をあなたに送るよ

あなたの悲しみが終わる時
いつかそんな日が来るように




もしも想いが届くなら
もしもあなたが願うなら

あなたの悲しみが終わる時
そこにいる人は僕でいたいから



瞬く時も永遠の時も
まぶた閉じても僕が見えるよう

あなたの悲しみが終わる時
そこにいる人は僕でいたいから



真夏の夜の出来事

あれは私が
小学校の5年生か6年生の頃の事だったと思います


その日は夏休み中と言う事もあって
夜、家族みんなで庭に出て
花火をしたりして
夕涼みがてら時間を過ごしていました



そうこうしていると


「なんだアレは?」

隣の家の方から声がしました


「おい、あれは何だ?」

また、別の家の方から声がしました


「何だろう?」

それまで何も変わった事はありませんでした


と、突然
夜なのにまるで昼間のように
いや
昼間よりもはるかに明るくなりました


「何? 眩しい!?」

「あー、あれ!」


言われるままに夜空を見上げた時です


無数の大きな明るい光が
夜空を埋め尽くしていました


「えっ? 何あれ?」

「わー! な、なんだ?」

「えっ!? 空飛ぶ円盤?」

「キレイ・・・」

「おい、何をそんな呑気な事を言ってる場合じゃないぞ!」

「地球が侵略されるの?」

「え~? 嫌だよ~!」

「怖いよ~!」


近所のあちらこちらで
悲鳴にも絶叫にも聴こえる声がしていました

子供の泣く声も響いていました


「逃げなきゃ!」

「何処へだよ?」

「知らないわよ!」

「何が起こるんだ?」

「と、とにかく家に隠れるんだ!
 さっ、早く!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「早くしろ!」


そんな私達の喧騒とは関係なく
悠然と
しかも整然と隊列を組んでいるかのように
その無数の大きな明るい光は
いつまでも途切れる事なく
そしてゆっくりと夜空を渡っていました


私はただその美しさに見とれて
その場に立ちすくんでいました


幸い、攻撃も侵略もされずに済んだのですが・・・


あれはいったい何だったんでしょうか?


でも

私が未だに不思議なのは
あの光を見た事よりも

次の日

誰一人として
その話題をした人がいなかった事です


もちろん
どのテレビを見ても
新聞を端から端まで読んでも
それらしい記事は載っていませんでした


あれだけの光の大群
そして
あれだけみんなが騒いでいたのに

どうして?


あれは私の夢だったのでしょうか?

それとも
みんなあの光の主に洗脳されて
記憶を失くしてしまったのでしょうか?


私以外・・・


いや

もうひとつ可能性があります


洗脳をされたのが私だったとしたら?

私一人だけさらわれて
見た目は全く同じな別の世界

つまり

パラレルワールドに連れて来られたのだとしたら?


でも、何の為に?

それは分かりません


しかし


あの後
時々感じる”この世界”への違和感

それはどう説明すれば良いのでしょう?


あの光を見てから
翌日
ハッと思い出して
あの事件の事が出ていないかと
新聞を読みあさっていたあの時間までの記憶が
ポッカリと抜け落ちているのです


私は本当に”あの時”の私なんでしょうか・・・?




さてさて

8月に入り
まさに夏も盛りと言うところでしょうか


日本全国の会社勤めの皆さま

毎日、ご苦労さまです!

暑さに負けずに頑張って下さいね!



ここ北海道の片田舎でも
営業マンY氏は今日も汗だくで頑張っています



 *下のタイトルをクリックすると本文が開きます

      ↓

  『 営業マン Y氏の過酷な夏 』





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  『 夢の樹舎 』





夢の中

早いもので今日から8月です

まだまだ暑い盛りです

今年の夏はいつもの年以上に
節電が言われていますが
何か涼しくなるような工夫はされていますか?


と、言う話と関係があるのか無いのか?(笑)


「夢の中」と言うタイトルで
ショートストーリーを書きましたが
少し長くなりましたので

『夢の樹舎』

に、アップをいたしました



読んでいただければ幸いです


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  【 夢の樹舎 】




暑さに負けずに
この夏を楽しみましょうね!





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