Neko

夢の汽車に乗って 2011年07月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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「ありがとう」

「ありがとう」

君がそう笑顔で言ってくれる度に
「ありがとう」って言葉が
こんなにも素敵な言葉だったんだって
改めて気がつくんだ


世の中には
当たり前の事なんて本当は何も無いんだよね?


何かをやってもらった時だけじゃなくて

そう、ただ君が傍にいてくれる事でさえも
本当は当たり前の事なんかじゃない




「サンキュー」

何か照れくさくって気恥かしくて
「ありがとう」が素直に言えない
感謝の気持ちが無い訳じゃないんだ
本当にダメだね


世の中には
言い方を変えてしまうと通じなくなる言葉がある


それでも君は笑って肩を叩いてくれた

いつかちゃんと「ありがとう」って言葉で伝えたい
今はまだ「サンキュー」としか言えないけど




「ありがとう」

君がそう唱えた呪文は僕を変えていった
魔法使いと天使が
もし同じ意味だったとしたら
なるほどって思えるよ


世の中には
こんなにもたくさんの言葉が溢れかえっている


時には人を包む毛布になり時には剣にもなる

だけど「ありがとう」って言葉を剣にする人はいない
それを教えてくれたのも君だったよ




「ありがとう」

君がそう笑顔で言ってくれる度に
「ありがとう」って言葉が
こんなにも素敵な言葉だったんだって
改めて気がつくんだ




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もしも
今度生まれ変わる時
神様にたったひとつだけプレゼントをもらえるとしたら
あなたは何をもらいたいですか?




・ノーベル賞をもらえるくらいに明晰な頭脳


・聴く人を感動させられる歌唱力


・オリンピック代表になれるくらいの運動能力


・ジャニーズに入れるくらいのイケメンな容姿


・世界のトップモデルになれるような美貌


・ハリウッド映画に出られるくらい個性的な演技力


・芥川賞を取れるほどの文才


・観たモノを完璧に表現出来る画才


・特許をいくつも取れるほどの発想力


・絶対音感


・会った人を引きつける笑顔と話術


・誰もが一目を置く行動力


・強力なリーダーシップ


・驚異の生命力(←これってどんなだ?(笑))





「なんてこの世は不公平なんだろう?」

そう思う事もしばしばですが

実際
トップモデルでありながら
女優もしていて
それでいて
アスリートとしても一流なんて女性は存在します

ハリウッドスターでありながら政治家になったり

本業は歌手なのに
俳優としても演技派なんて人もざらにいたりします



「天は二物を与えず」なんて言葉がありますが
実際には同じ人に二物も三物も与えていたりします



「イケメンで歌も上手くてスポーツは万能?
 しかも人に優しくて性格も良い?」

そんな人の話を聞くと、つい

「そんな奴って本当にいるの?
 そいつ、なんか胡散臭いじゃない?
 絶対、陰では変な趣味とかあるに違いないって!」

そう思ってしまいます


もちろん、ヒガミですが・・・何か?(笑)



ヒガミと言えば

全くモテなかった青春時代


「いやぁ~ 昨日ナンパした子
 すっげぇ可愛かったぜ」

と、ナンパ命中率100%を豪語してた奴


「いやぁ、参ったよ。
 昨日デートしてたら別な彼女にバッタリ会っちゃってさ。
 女同士で俺の奪い合いが始まって参ったよ。
 しかも、駅前の人通りの多い場所でさ。
 まぁ、もっとも
 彼女はあいつらだけじゃないんだけどさ」

と、さも自分はモテてる自慢をしてた奴


そんな話を聞く度に

『そんな事ばっかりしてたら
 おめぇら、いつか女に刺されて死ぬぞ!』

等と、やっかみつつも

「あいつらみたいな奴がいるから
 こっちにまで女性が回って来ないんだよなぁ~
 なんで、あんな奴ばっかモテるんだろう?」


なんてボヤイていたのですが

今思うと
何かにつけてボヤくだけで
何もしてこなかったのですから
そりゃ、モテるはずはありませんよね?



とは言うものの

やっぱり思ってしまいます


「せめて何かひとつくらい
 俺にも分けてくれても良かったのになぁ~
 神様は不公平だ!」



で、最初の話に戻る訳ですが

じゃ、私は何の才能が欲しいんだろう?



夢乃咲道として言うなら

「芥川賞を取れるほどの文才」

と、答えるべきなのでしょうが


なんせ
今度生まれ変わったらと言う話ですから(笑)


そうですね~

やっぱり

明晰な頭脳を持ちながら
運動神経が抜群で
容姿端麗で
尚且つ
歌が上手くて
斬新な発想力を持ち
いつも挑戦し続ける逞しさを備えて

え~

後は・・・と


えっ?

なんですか?


欲張り過ぎ・・・ですか?


だってぇ~

今の自分を考えたら
この時代でもらえなかった分も
持ち越しで欲しいと思いませんか?(笑)


まぁ、こんな事ばから言ってるから
いつも
結局は何ももらえないんでしょうかね~



さて

あなたなら
『神様からのプレゼント』を貰えるとしたら

何が欲しいですか?








言葉

心の内を言葉にするのは案外難しいものです

人の心は
いつも何処か曖昧で
いつも何かで揺れているものなのですから

しかも
心はいつも変わっていきます

だから
どれだけの言葉を並べても
どんな言葉で表しても
心の内は言い尽くせはしないのです

もし
言い尽くそうとしたなら
今まで生きて来た人生と同じか
或いは
それ以上の時間が必要にでしょう

いや

それでも言い尽くせないかも知れません

言葉はそこまで万能では無いのですから




中途半端な言葉は
かえって人に誤解を与えたりします

相手を思いやったはずの言葉が
逆に相手を傷付けてしまったり

或いは
自分が思う以外の
思い込みを与えてしまう事があります

安易な言葉ほど
放たれた途端に
自分の意思を離れて一人歩きを始め易いのです

だからと言って
慎重になり過ぎると
今度は
ますます心の内を伝えるなんて事は
出来なくなってしまいます

そこも言葉の難しいところです




それでも人間は
言葉無くしては何も語れません

何も伝えられません


「目は口ほどにモノを言う」だとか

「行動や態度で示す」とは言っても

それはあくまで言葉を補完するものなんだと思います


「言葉に尽くせない感動」

確かに
それが何より雄弁な言葉だと言う
そう言う場合もあります


しかし


言い尽せないとしても
どんなに難しいとしても

今在る
ありのままの心の内を
言葉として口に出す事が大切な事なのでしょう


それを伝えたい相手が傍にいる限り。。。



まつり

夏  まつりの季節です!


と、言う話は置いといて


娘達の夏休みが始まりました


とは言うものの
受験生の長女は夏季講習
次女は8月6日に
吹奏楽コンクールの地区大会を控えているので
二人とも土日にも関わらず家にはいません



土曜日

そんな長女が講習から帰宅すると
何やら制服のスカートの裾がキラリ


「ん? なんだそれ?」

「何が?」

「その裾だよ。 何を付けてるんだ?」

「あー、これ? 安全ピンだよ」

「安全ピン? なんで?」

「えへっ、スカートの裾が解れちゃってさ」

「そんなら縫えば良いじゃん。
 第一、安全ピンなんか
 そんな処に付けてちゃ転んだりしたら危ないじゃん」

「大丈夫、みんなやってるから」

「みんなは大丈夫でもお前は分からないじゃん?」

「こうみえても私、テニス部だよ」

「だから心配してんじゃん?
 お前さ、顔面でボールを受けた事あったよな?」

「何それ! 昔の話でしょ?」

「へぇ~ 去年の事は昔の話なんだ?
 そりゃ、随分昔だわな」

「放っておいてよ!(フンだ!)」

「だけどさ~
 お前だって裁縫くらい出来るじゃん?」

「私、裁縫って苦手なんだよね」

「苦手って言う程の事でも無いじゃん。
 スカートの裾くらい『まつり縫い』でひょいひょいってさ」

「『まつり縫い』って何?」

「・・・マジ?」

「マジって何さ!
 知らないモノは知らないの!
 波乗りなら出来るよ」

「波乗り?
 お前、やった事あったっけ?」

「えっ? 何が?」

「何がって・・・お前、波乗りって言ったじゃん」

「あっ、ごめん。『並み縫い』だった(えへへ)」

「あのなぁ~」



昔流に言えば
『花も恥じらう女子高生』
と、言うのは関係無いかも知れないが
仮にも長女は17歳

普通の女子高生なら
学校の勉強はしなくても
ファッション雑誌や
ティーン向けの雑誌なんかをバイブルにして
オシャレにも関心が高くなる年頃のはずなのですが

中学の頃から体育会系の長女
スカートは制服以外は着た事も無く
(私服でスカートは1着も持っていない)
何よりジャージが似合う女

女子テニス部の仲間で
休日にカラオケに行く時にも
(練習がオフの日でも)
何故かジャージと
女性テニス部の
ネーム入りウインドブレーカーで出掛ける長女達


「たまにはオシャレしたら?」

そう言っても
長女いわく
洋服の着こなしが分からないのだとか!?


洋服を買いに行っても
何をどう組み合わせたら良いのかが分からない

どうも
コーディネイト
つまり
重ね着の仕方とか
色の合わせ方なんかが分からない様子

結局はマネキンの着ている服を買って
そのままアレンジもせずに着ています
(下はもちろん、ジーンズオンリー)


「コーディネイトはこうでねいと」
と、
私が親父ギャグを言うタイミングを狙っているのに
一向にそれを許そうとはしません


そんな長女に
裁縫くらい出来るだろうと思っていたのが
そもそも私の間違いだったのかも知れません・・・



「で、『まつり縫い』ってどうやってするの?」

「お父さんに訊くか?」

「だって、分からないんだもの。
 『並み縫い』で良いんじゃない?」

「あのなぁ~
 『並み縫い』だったら表から見たら目立つだろ?」

「大丈夫だって。 黒い糸を遣うから」


確かに制服は黒のブレザーと襞のスカート
黒い糸で縫ったら目立たないかも知れないけど

だけど、そう言うもんじゃないだろ?


「いや、案外目立つって。
 だから、『まつり縫い』にしろって言ってんじゃん」

「だから、どうやるのさ?」

「ドンドンヒャララピーヒャララ」

「何それ?」

「まつり(祭り)だろ?
 お囃子の笛、太鼓」

「それ、明らかに違うしょ?」

「あれ? それは分かるんだ?」

「お父さん、私を舐めてる?」

「いやいや」

「もう良い! 調べる」

「だって、お前。
 家庭科で縫い方の種類くらい習っただろ?」

「そんなの覚えてないよ。
 あっ、次女の家庭科の教科書は何処?」

「あのなぁ~」

「じゃ、お父さん。教えてよ」

「だからさ、裾の布を返しで合わせたらさ
 まず合わせた布の裏から針を刺して
 で、表地の裏の織り糸って言うの?
 それを2本くらいすくって
 縫いしろの裏から針を出して
 1~2cm間を空けて
 また、同じように合わせた布の裏から針を刺して
 で、表地の織り糸をすくってって
 それを繰り返したら良いんだよ。
 そしたら、表の糸が目立たないように縫えるの」

「何それ? 日本語?」

「あのなぁ~
 それ以上の説明は出来んわい!」

「じゃ、お父さんやってみてよ」

「また、そう言って
 お父さんにやらせようとしてるべ?」

「違うって。見本だよ」

「あっ、でもお前は左利きだよな?」

「じゃ、無理だわ。
 お父さんは右利きだし。
 方向が逆だろ?」

「じゃ、やっぱり次女の家庭科の教科書を探すわ」

「って言うかさ。
 お前の教科書はどうしたんだよ?」

「(テヘッ)分からない」

「お前なぁ~」


結局、次女の家庭科の教科書を探しだし
そこに出ている写真を見ながら
見よう見真似で縫い始めた長女

「なるほどね~
 でも、面倒だよね」

「面倒ってさ。
 そう言うのはちゃんと覚えておけば
 後で役に立つんだよ」

「確かに、数学よりは役に立ちそうだね」

「お前、そんな他所見してると・・」

「あっ、痛い!」


ほらほら、案の定
針を指に刺しちゃいました

指から赤い血が


ここにも「まつり」がありました


血まつり?



迷子のように

あなたの好きだった夏の夕暮れ
汗をゆっくり乾かすように
緑色の風が吹き抜ける

陽に焼けたあなたの笑顔
まぶた閉じたら浮かんで来るの

泣いて笑ってあなたと生きた
あの夏はもう還らない


人波の中
足並みを揃えて歩いているはずなのに
迷子のように不安な心で
迷路の中を歩いている私

ねぇ、何処にいるの?
あの日繋いだ手が離れていく




あなたの言葉を今も信じてる
私にとってはかけがいのない
あなたがくれた最後の約束

照れくさそうに差し出す手を
私はいつも待っていた

泣いて笑ってあなたを愛した
あの夏が今年もくるけど


人波がいつか
途切れて私一人だけが取り残される
歩いてく道が分からない
あなたの後ろ姿が見えなくて

ねぇ、ここにいるのよ
迷子のように立ちすくむだけ




あなたの名前
声にならない声で叫んでる私
置いてけぼりの私の心
迷子のままで何処にもいけない


ねぇ、迎えに来てよ
あの日のように手を差し出して




不思議体験!?

あれは確か・・・

私がまだ学校にあがるかあがらないかの頃


田舎に住んでいた私は
祖父の用事について
従兄弟達数人と一緒に
隣の町まで歩いて行く事になりました

(当時は昭和30年代後半の農村で
 未だ今みたいに
 各家に車がある時代ではありませんでした)


隣の町までは
山の谷間を抜けて歩くと1時間くらいだったと思います


私達は
時には手を繋いで歌を歌いながら
時には追い駆けっこをしながら歩いていました

祖父はニコニコしながら

「おい、あんまり先に行ったら迷子になるぞ!」

とか、言いながら
私達に少し遅れて歩いていました


今、思えばきっと
誰かが遅れたりはぐれたりしないように
私達を後ろから見守っていてくれたのでしょう

でも
遊びに夢中な私達は
そんな事など考えもしませんでしたが


村を出て隣の町に行くなんて
滅多にない事でしたら
それだけで私達は嬉しい事だったのです


「よし、今度は尻取りをしながら行こうぜ」

「じゃ、僕からで良い?」

「何でだよ? 俺からだよ!」

「いやよ、私が先!」


そんな調子でワイワイ言いながら歩き続けました


どれくらい経ったでしょう

「あ~! 町が見えたよ!」

先頭を歩いていた従兄弟の1人が
叫びながら小走りに戻ってきました

「ほら、あの先!」


それを聞いて
私達は我先にと走りだしました


そしてまもなく山を抜け
景色が開けてくると
そこには幾つもの家並みが見えてきました



見覚えのある景色
見覚えのある家々

着いたそこは私達が住んでいる村でした




Facebook

3連休中でいつもよりヒマがあったので
思い切って

昨夜

「Facebook」に登録をしてみました


以前から興味はあったんです


ただ
「Facebook」は本名で登録と言う事だったので
しばし悩んでいたのですが
少しだけリアリティがあっても良いのかなと


ヒマもあったので(笑)


やってみて嫌だったら
止めれば良いだけの事ですしね



で、プロフィールやなんかを打ちこんで
渋々、自分の写真をアップして
登録を済ませ・・・


後、とりあえずやる事は?


そうそう!

「ノート」に”夢の汽車に乗って”をリンクさせ

そうすると当然

「シェア」に”夢の樹舎”をリンクさせなきゃね



さて、これからどうしよう?


まずはと
出身高校と大学の卒業年で
誰か知りあいはいないかと捜してはみたものの

見つからず(笑)



さてさて、これからどうしましょ?(笑)



まぁ、後はボチボチとやってみようかなと思っています





どなたか「Facebook」をやっている方がいたら
ぜひ、私を捜してみてください


プロフィールには
私の本名とか
危ない手配写真(?)だとか
私の個人情報がたくさん載っています!?

興味があれば・・・ですけどね(笑)




夜中にうなされて目が覚めた

「また同じ夢だ・・・」


この頃、頻繁に同じ夢を見る

何か得体の知れないモノに追われている夢


逃げても逃げても逃げ切れない

物陰に隠れてやり過ごそうとするけど
目を上げると・・・

慌てて這いつくばって
足がもつれそうになりながら必死で逃げる


「何故、俺は逃げているんだ?
 俺がいったい何をしたって言うんだ?
 誰が追って来るんだ?」


考える間もなく
ただ必死に逃げている自分


そして
自分じゃない”自分”が
追われて逃げ惑っている自分を俯瞰で見ている

恐怖に引きつった自分の顔を


現実と夢の狭間で
ある思いがふと胸をよぎる

「どっちが現実なんだろう?」


自分はただ
誰かの夢の中に存在している
ひとつの幻影に過ぎないのではないのか?





誰もが
自分の人生の中では自分が主人公だと思っている

世の中が全て自分中心に回ってるなんて
そんなおこがましい事は思っちゃいないけどね


でも

考えてみると
確かに
世の中は全て自分の見た目で映されている

事件も出来事も
自分には直接の関わりが無くて
ただ
“世の中で起きている”出来事として目に映っている


そして

誰もが自分と同じ目線で
世の中を見ていると思い込んでいる


でも、果たして
本当にそうなのだろうか?

自分以外の“人間”も
本当にそれぞれが自分と同じ人間なのだろうか?


自分の視界から外れた瞬間に
今まで見ていた人やモノはみんな動きを止めて
次の”出番”まで
舞台の袖でスタンバイしてるんじゃないのか?





コンピューターでも無い人間の記憶って
これほど曖昧なモノは無い

そして記憶は
歳を重ねる毎にだんだんと薄れていく

記憶とはそういうものだ


例えば、親や友人に確かめると
実はAとBを逆に覚えていたり
幾つもの記憶がごちゃ混ぜになっていたり
そう気づかされる事がある

それは例えれば
夢から覚めた時の朦朧とした記憶のように
不確かな過去の現実


でも

小さい時の事なのに
やけに鮮明に覚えている事もある

それも繋がっている記憶じゃなくて
断片的に覚えている記憶


それは本当に自分の記憶なんだろうか?

どうして3~4歳頃の記憶を
50年経った今も覚えていられるのだろう?


”覚えている”と思ってるけど
それは本当に”現実”だったんだろうか?


嘘か本当か分からない写真をいつも見せられて
いつも話に聞かされて
そうしている中で
それらは自分の記憶なんだと思い込んでしまっているけど


それを自分が本当に体験した
間違いない”過去の現実”だと言う自信はあるかい?


もしも
それらが本当に自分の体験した現実だったとしたら
どうしてそこだけ鮮明に覚えているんだろう?


もしも
それらが本当は自分の体験した現実じゃないとしたら
誰が何の意図でそんな記憶を刷り込んだのか?





もしかしたら

人間は
神の作ったボードゲームの
ひとつの駒に過ぎないのではないのか?

自分以外の人間もまた
同じボードの上で踊らされている駒


神の振ったサイコロの目が人生を全て決めていく

それを駒は運命だと受け入れるしかない

成功者になるのもならないのも

天災、病気、事故・・・


それらは人生ゲームのマス目に書かれている
「人生の筋道」にも一致する





いや、ダメだ!

その事に気づいてはいけない!



苦手な事

苦手な事は出来ない事だと思っていませんか?

やらないから出来ないだけなのに



苦手な事を面倒だと投げていませんか?

面倒なのはむしろ自分の気持ちです



苦手な事はやっても無駄だと思っていませんか?

無駄な事など本当は何も無いのに



苦手なものは仕方が無いと諦めていませんか?

仕方が無いのはそう思う自分自身です





そんな風に言葉にするのは簡単です

言うだけなら誰だって言えるのです

他の人に対してならね



でも

一番言わなくちゃならない相手は

きっと自分なんだよなぁ~



3割打者

野球で”3割打者”と言うと一流打者の代名詞です


でも

そんな一流打者と呼ばれる人でさえ
大概は10回の内
3回くらいしかヒットを打ててはいないのです

つまり10回の内
7回くらいは
三振だったり凡打だったりする訳です


それでも
3割打てば一流打者と言われます


あの”イチロー”でさえ4割は打った事はありません


日本とアメリカでは試合数は違いますが
それでも
100数十試合に出て
コンスタントに3割以上打つと言うのは
やはり相当に凄い事なんだって言っても良いでしょう




ネガティブ人間の悪いところは
良かった事よりも悪かった事の方を数えてしまう事です


悪かった処を反省するのは
もちろん、大事な事です

でも、そればかりに囚われていたら
せっかくの良い処も萎んでしまいます


元より
10割なんて出来なくて当たり前なんです


歴史上のどんな偉人だって
完璧主義者はいたかも知れませんが
全てにおいて完璧だった人はいなかったはずです

私が思うに
”完璧主義者”たらんとする事自体
既に、完璧じゃないって証拠のようなものです

でも、だからって
それで、その人の偉業が色褪せる事はありません



悪い処ばかりを数えるよりは
良い処を活かす事の方が遥かに前向きですよね




手 帳

夢の樹舎にショートストーリーを1編

追加しました




  *クリックをすると本文が開きます
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  『 手 帳 』




  *こちらをクリックすると『夢の樹舎』が開きます
     ↓
   夢の樹舎
    










今日は七夕です

北海道の七夕は8月7日なのですが
全国的には今日と言う事で

今年も七夕ストーリーを『夢の樹舎』にアップしました



今回はプロローグと本編の2話から成っています

(プロローグの末尾からも本編にジャンプできます)


 *クリックをすると『夢の樹舎』の本編が開きます
      ↓
   
   星飾りの樹 プロローグ(伝説編)


   星飾りの樹 (現代編)




今年は心に残る大きな出来事がありました
そして、その余波は未だに続いています

家族の想い、家族への想い

そんな事がひとつもテーマでもありました


夏、気温が30℃を超えても
湿度さえ無ければ風が吹くと涼しく感じる


家の窓を全て開け放つ

風がレースのカーテンを揺らし
風鈴を幾度か鳴らしては通り過ぎていく


木立を抜ける風

平野を渡る風

風が運んだ植物の種は
やがて新しい住処で新しい命を育てる


ビルの谷間もアスファルトの路も
風が吹けば人はそこで生きられる


エアコンの風はお金を出して買わなければならないが
自然の風は誰の為にでもなく平等に吹く


「人生とは風に吹かれて歩くようなもの」

そんな誰かの台詞もいつか聞いたっけ


そよぐ風も嵐も
みんなあっての人生か



風は天下の回りモノ



爆発物

爆発物にも色々な種類があります



本人が忘れた頃に爆発する時限爆弾

本人がうっかり踏むと爆発する地雷

あえて爆発させようとしてスイッチを押すダイナマイト



これらは何も
工事現場や戦場にだけあるのではありません



ほらっ

あなたの家庭にもあるんじゃありませんか?



好き好んで爆発をさせたい人はいないでしょうが
思いも寄らない処で爆発って起こるものです

くれぐれも油断だけはなさらぬように



今夜もこの空の下

何処かの家庭で
爆発物が爆発をする機会を狙っているかも知れませんから




清涼剤

真夏日に吹く夕の風

街に聴こえる子供らの笑い声

風に揺れて咲く道端の名も知らぬ花



風鈴の音

夕立の後の虹



心に響く言葉

寂しいと聴きたくなる歌

殺伐としたニュースの隙間に垣間見るちょっと良い話



芝生を労わる木陰

夜を照らす月と星の灯



今の時代に本当に大切にしなければいけないモノ

残さなければならないモノ

今の時代だからこそ必要なモノ



苦しい時に肩を叩いてくれる友

キミの笑顔





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