Neko

夢の汽車に乗って 2010年12月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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今夜が今年最後のブログになります


今年も又、色々有った1年でしたが
終わってみれば
まぁまぁ良い1年だったと思えるので
「終わり良ければ全て良し」
で、締めようと思っていたのですが
どうもそう素直には終わらせてはくれないようで

なので
タイトルはとりあえず(仮題)としておきましょう


いずれにしても
来年の課題は沢山有ります


”夢乃らしさ”って何だろう?

そんな試行錯誤の中で
ブログを書き始めて約3年になります

時には真面目に
時には面白おかしく
詩として
エッセイとして
ショートストーリーとして

色々な形で文章を書いてきましたが
(大半は独りよがりだったかも知れませんが)
試行錯誤はまだまだ続きそうです

自分なりの”夢乃らしい文章”と言うのは
だいぶ見えてきてはいますが
それだけに絞り込む勇気は未だありません

なので
妄想族系多重人格執筆者”夢乃”は
来年もここに居座り続けるでしょう

そのうち
それが”夢乃らしい”ってなるかも知れませんが
それならそれで
むしろ歓迎すべきなのかも知れません


他にも課題はたくさんありますが
ともあれ
そんな夢乃を来年も見守って頂ければ幸いです




多くの親愛なる友人の皆さん
今年も本当にありがとうございました

皆さんの優しいコメントに励まされて
今年も書く事を続けてこれました

心から感謝しています


新しい年が
皆さんにとっても
素晴らしい1年になりますように。。。



           1年分の感謝を込めて
                 夢乃咲道 拝




P.S.

年明けは1月4日か5日から再開する予定です
お互いに良い年を迎えましょ!





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またまた・・・唐突ですが(笑)



男って見栄っ張りです


見栄と言うと

虚勢を張るとか
女性の前で良いところを見せたいとか
他人に良く思われたいとか
後輩や友達に格好をつけたいとか

そんな風な
自分を繕う事だけみたいに思われがちですが
実は悪い意味だけではありません

「武士は食わねど高楊枝」

男の見栄とは
ある種の美学でもあります

もちろん
それが単なる痩せ我慢だったとしても
そこには男としての譲れない心根があるのです



”食わない”と言えば

「据え膳食わぬは男の恥」

と、言う言葉がありますが
例え、目の前に据え膳があったとしても
ご飯をもらったワンちゃんのように
ブンブンと尻尾を振って飛んで行くんじゃなくて
自分の太腿を抓ってでも堪える甲斐性

もちろん痩せ我慢なんですけどね

それを痩せ我慢に見せない仕草
これは男としても上級編じゃないでしょうか?

見栄を張るのも決して楽ではありません(笑)



”楽では無い”と言えば

男はどんなに辛い時でも悲しい時でも
他人に決して涙は見せたくはありません

例えば
心の中では泣いていたとしても
むしろ
そんな時こそ笑って強がります

男の美意識から言えば
美学はどん底の中にこそあるのです

男が一番辛いのは
好きな女性から同情される時です

もちろん
そんな男にだって
時には赤ん坊のように
辺り構わず、誰かれ構わずに
大声で泣き散らしたい時だって無い訳ではありません

でも
そこを越えちゃうと
自分がどうしようもない人間になってしまいそうで

恐いんです

男が見栄を張るのは
きっと自分が弱いって分かっているからなんでしょう

内面の弱さを隠す為に張る見栄、強がり

男って結構可愛い生き物でしょ?

あ?
可愛いってもちろん外見じゃないですよ(笑)


それにしても
TVドラマや映画なんかで
健気な子供の台詞や
動物達の親子愛とかを観ちゃうと
ついホロッときて困ります

あんな手を使うなんて
ドラマ制作者は卑怯だと思う!(笑)

見栄を張る間もありません



それは置いておいて(笑)

”外見”と言えば

外見を飾るだけの見栄ではなくて

歌の文句ではありませんが

「ボロは着てても心の錦
 どんな花よりきれいだぜ・・・」

見栄を張るなら
一番は自分自身の心に対して
見栄を張って生きたいものです

それが男の見栄の張り方なんだと思います

まぁ、出来るなら外見は
ボロよりは小奇麗な服装ではいたいですけどね

これは見栄と言うよりは身だしなみ

ん?
それもやっぱり見栄なのかな?




人類全体が抱えている大きな問題

個人が抱えているささやかな問題

世の中には様々な問題が有るにしても
今が幸せだと感じられるあなたは
きっと幸せ感じ上手なのでしょう

でももし
今が不幸せだと言うあなたがいたなら

「あなたは決して独りではないんだよ」

と、伝えたい


そんな聖なる夜に





僕はきっと世界中の人を愛する事は出来ない

全てを許せるほどの包容力も寛容さも持っていない

力も無い

でも、もし
助けを求めるあなたの声が聞こえたら
僕は僕の全力であなたを助けたいと思う


そんな聖なる夜に





愛を失くして嘆いている人よ

希望を見失って途方に暮れている人よ

信じる事を恐れ
奇跡を待つ事も祈る事も出来ずにいる人よ

僕には
かけてあげられる言葉も見つけられないけど

でも、もし
君のその手が凍えていたら
僕がそっと両の手で包んで温めてあげよう


そんな聖なる夜に





Happy Christmas To You...




 *Happy Christmas (War Is Over)

       By YOU TUBE










クリスマスストーリーを
『夢の樹舎』に掲載しました

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  ”パパがサンタにキスをした!?”



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      夢の樹舎



特別じゃない事

何事も無かったように
季節はただ流れていく

僕達がそこにいようといまいと
多分、関係無いんだろう

そんなちっぽけな毎日を
君は何より大切だと言った



昔、昔
空は何処までも大きくて
人は空に憧れた

大空を飛ぶ鳥達は
飛ぼうとして飛んでいるんじゃないだろう

それは特別な事じゃなく
それは何も特別な事じゃなくて




僕達は夢を見ていた
他愛もない夢だったけど

変わって行く時の流れの中で
変わらない互いの笑顔を

そんなちっぽけな夢が
君は何より大切だと言ってた



風に吹かれ
雨に打たれても花は花
ただそこに生きる

それをちっぽけと笑えるかい?
それでも花はそこで咲いているだろう

それは特別な事じゃなく
それは何も特別な事じゃなくて




他人にしてみたら
どうでも良いような事

何処にでもあるような
多分、特別じゃない事

そんなちっぽけな生き方が
君は何より大切だと教えてくれた



ありふれた
言葉だねって自嘲う
君が大人に見えた

夢も希望も愛も
手を伸ばせば本当はそこにあるんだよって

それは特別な事じゃなく
それは何も特別な事じゃなくて




旅立つキミに

旅立つキミは
もう後ろを振り向かないって決めたんだね

想い出は上げたらキリが無いよね
でも、人は想い出だけで生きられる訳じゃない

重荷にしかならない想い出なら
ここに置いて行けば良い



旅立つキミは
列車の窓 小さくなっていくこの街を

どんな思いで眺めるのだろう?
それとも、目を瞑ったままで忘れようとするだろうか?

キミの覚悟をかばうように
風が列車を押していく



旅立つキミは
もう後ろを振り向かないって決めたんだね

そんなキミを黙って見送る事だけが
今のボクに出来る ただひとつの事なんだろう

でも それを悲しいとは思わない
キミが決めた事だから



見送るボクは
多分、明日も明後日もこの街で生きている

どんなに時が流れていっても
いつまでも変わらないボクでいるから

いつかキミがここに戻って来た時に
ボクがボクだと分かるように



いつの間にか気が付けば12月も半ば

後、2週間ちょっとで
今年も終わりと言うところまできています


何かやり残した事は無いだろうかと自問自答


もう今年は良いかなぁ?

全て完了!
と、言う事にしよう


うん♪


確かに色々有ったけど
終わり良ければ全て良し

そう思わないとね


それに
ここまできて
今更小さい事に拘っても仕方ありません

ましてや
焦ってみたところで何するものぞ!?(笑)


そうです
半世紀以上も生きていると
人間ってけっこう図太くなっています

少々の事では動じません(きっぱり!)


後は心静かに暮れを迎えよう


来年はどんな年になるだろうか?
来年はどんな年にしようか?

そんな事を考えながら


例えホンの少しでも
今年より良い年になればそれで良いんだよね

贅沢は言わないよ

そう、心静かに・・・新しい年を迎えられたら・・・





あっ???!

年賀状・・・作っていない!!!



アワワ ヽ(□ ̄ヽ))...((ノ ̄□)ノ アワワ
      
     ↑  
  かなり動じてるみたいですが?(笑)




再び、唐突ですが(笑)


男って実はロマンチストなんです
それも筋金入りのです


「夢見る乙女」なんて言葉がありますが
女性が
白馬の王子様みたいな夢を見るなんてのは
せいぜい小学校高学年まででしょう

例えば
幼稚園児の”ままごと”を見ていても
お母さん役の子の決まりの台詞は旦那の愚痴です(笑)

女性って言うのは
生まれた時から基本が現実主義者なんですよね

女性が一時かかる「はしか」のようなもの
それが「夢見る乙女」病なんでしょう

(このひと言で
 どれだけの女性を敵に回してるだろうか?)

まぁ、それだけ
女性は現実を良く見てるって事かも知れませんが

(ん? 全然、フォローになってないべか?(笑))



”女は生まれた時から女だが
 男は成長して男になる”

そんな言葉があります

つまり
男は初めから男ではないのです

成長するにしたがって男になるのです


男がより男らしくなる為には必要なものがあります

例えば、力です
力を持つ事で男は自信を持ちます

例えば、度胸です
度胸を持つと言う事は肝を据えると言う事です

例えば、度量です
度量とは人間としての器の大きさです

例えば、責任感です
責任感は男を逞しく強くします

例えば、勇気です
勇気とは立ち向かう強さです

例えば、優しさです
優しさが無い男はいくら強くても男とは言えません


それらの根底にあるものこそが
ロマンチシズムなのです


ロマンチストと言うと
ややもすると
「女々しい」だとか「空想癖が過ぎる人」
あるいは「妄想家」なんて揶揄されますが
想像力の無い人間には
何かを成し遂げるなんて事は出来ません


いくら力を持っていても
ただ持っているだけでは粗暴なだけです

いくら度胸があっても
度胸だけではただ無謀なだけです

いくら度量があっても
それだけでは人はついては来ません

いくら責任感が強くても
周りが見えていなければ空回りするだけです

いくら勇気があったとしても
肝心な時に出せなければ持っていないのと同じです

いくら優しくても
優しいだけでは人は救えません


相手を思いやるにも想像力は不可欠です
夢を成し得るにも想像力は不可欠です

男のロマンとは
想像力が作り出す男の生き方そのものなのです

つまり男はロマンチストであるが故に男なのです

その空想力、想像力が数々の歴史を作ってきたのです

(もちろん、陰に日向にそれを支え
 或いは、自ら歴史を作ってきた女性もいますが)


そりゃね
確かに男には女々しい部分もたくさんあります

女性のように簡単に割り切る事が出来ない生き物です

色んな物をつい引きずってしまいます
想像力があるが故に未練を残してしまうのです


新しい恋人が出来た時
恋人に申し訳ないからと
別れた女性の写真を燃やしたり破いたりしても
1枚だけこっそりと机の奥に忍ばせていたり

昔、付き合っていた女性が好きだった歌を
何処かで聴いたりすると
つい思い出してしんみりしてしまったり

奥さんとケンカをした時に
昔の恋人を思い出して比較したり後悔したり


でもね
その割り切れなさは
逆に言えば男の人情なんです

そして
それこそがロマンチシズムの本領なんです


女性には分かってもらえないかも知れませんが
男ってそう言う生き物なんです


「バッカじゃないの?」

何だか、そんな女性の声が聴こえてきそうですが

「だって、それが男なんだもん!」

と、開き直って言いましょう!

声を大にして!!!


男性諸君!

味方してくれますよね?


・・・


おーい!
私を独りにしないでね!(笑)




ちなみに私
空想、妄想大好き人間ですが・・・何か?

(完全開き直りだわ(笑))




今いる場所

ボクは辺りをキョロキョロ見渡していた

自分のいるべき場所を探していたんだ



後ろが良く見える場所は

とても安心出来るんだけど

見たくないモノも見えてしまうし

何だかそこには

いちゃいけないような気がしていた



前が良く見える場所を

探そうとしていたんだけど

道は曲がったり上ったりしていて

先の見えない不安ばかりで

あまり居心地の良いものじゃなかったよ



結局

ボクはどうしたら良いのか

分からなくなってしまって

辺りをただキョロキョロ見回すだけで

自分が何処にいるべきかなんて

分からないまま 今もここにいる



でも

或る日、ふと気が付いたんだ


振り返ってばかりいたって

そこには戻れる訳じゃない


行く先の心配ばかりしていたって

先の事が分かる訳じゃないって


仕方ない事、分からない事に

縛られていちゃいけないんだ


今が不安なら

ただ、ひたすら足元を踏み固めたら良い

ちゃんと立てるようにさえしていたら

周りだってもっと良く見えてくるはずだから




男って・・・?

唐突ですが

男って
多分・・・おそらくは・・・ほぼ・・・大概

間違いなく変態です(笑)

もちろん
100%とは言いませんが

きっと・・・約・・・99.8%・・・くらいは?


ノープロブレムなものから
やや危険地帯まで?

10人いれば10通り

100人いれば100通りのフェチを持っています


・・・いるはずです

根拠はありませんが(笑)


マニアもいればオタクもいるし道楽者もいます

マニアも長じれば収集家として名を馳せます
オタクだって長ければ研究者として名声を得ます
道楽者が秀でれば評論家として脚光を浴びます

例えば
妄想癖も方向さえ間違わなければ
作家や芸術家には必需品(?)なのです

つまり
何事も深く探求すれば
世間様にちゃんと認められると言う事です


変態と言えば聞こえは悪いのですが
嗜好と言えば少しは納得出来るでしょうか?

何なら趣味とでも言い直しましょうか?(笑)


その意味で
男はすべからく変態と言っても過言ではないのです

何故なら
それこそが男のロマンだからです

(かなり強引?(笑))


しかし!

女性の皆さま!

勘違いはしないで欲しいのです


確かに男は変態ですが

(おっ、言い切ったね?(笑))

そのほとんどは健康的な変態なんです


つまり
変態ではありますが

決して、決して!

変質者ではありません!


ここ、間違いないでくださいね(笑)


変質者は当然、犯罪者ですからね!
一緒にしないでください

言いましたよね?

健康的な変態って(笑)



えっ?

私・・・ですか?


そりゃ・・まぁ・・・何と言うか・・・

その・・・なんだ・・・

えー・・・


まぁ、そう言う事です(笑)




3秒ルール

長女と次女がゲームをしながら
ポテトチップスを食べていた時

次女がポテトチップスを床に落としました

「あっ!」

と、言うが早いか
次女はポテトチップスを素早く拾い
ひと息、フーッと
ポテトチップスについた埃(?)を吹き払うと
何事も無かったかのように
その落としたポテトチップスを食べてしまいました

それを見ていた長女

長女「お前、そんなの食べたら汚いじゃん」

次女「お姉ちゃん、『3秒ルール』知らないの?
   落としても3秒以内なら1回フーッってしたら
   食べられるんだよ」

長女「知ってるけどさ?
   でも、本当にやるか? お前・・・」

次女「だって、もったいないじゃん。
   落としても
   3秒以内に拾ったら平気だってみんな言ってるよ。
   クラスの男子なんか
   5秒でも3回フーッってしたら大丈夫だって言ってるし」

長女「信じられないわ」

私 「お前なぁ?
   学校でもそれやってんじゃないだろうな?」

次女「やってないよ?
   男子はやってるけど」

ん? こいつ、怪しい!?(笑)


ちなみに
神経質な長女は床に落とした物は
キレイに洗わないと絶対食べません(笑)

洗えないモノ?

例えば・・・パンとか・・・ですか?

さすがにそれは
そのままゴミ箱に「グッバイ」みたいです(笑)




それはともかく
もし、人生でも3秒ルールが使えたら・・・


例えば

ケンカをした時も
3秒以内に謝ったら必ず許してもらえるとか

何か失敗をしたとしても
3秒以内だったら何も無かった事にして
初めからやり直せるとか

そんな風に出来たら良いのにな




『3秒ルール』
こんな事を誰が言い出したのかは分かっていません

でも、これは日本だけじゃなくて
世界でも『3秒ルール』が存在する国が
たくさんあると言うから驚きです

(国や地域によっては
 3秒だったり5秒だったりするそうですが)

いわゆる
「都市伝説」みたいなモノだと思っていましたが
なんと、アメリカでは
この『3秒ルール』を
真面目に研究したデータもあるそうです

実験は2003年にイリノイ大学で行われました

まず、大腸菌をまいた床に
グミキャンディーやクッキーを放置して
経過時間毎の菌の付着状況を
顕微鏡でチェックしたそうです

実験は環境条件を様々入れ替えながら実施されました

結果
床の形状や食材の種類に関わらず
短時間であっても
相当量の菌の付着が確認され
このルールが大間違いである事が実証されました

但し
この実験ではもうひとつ
乾いた床には
通常は細菌そのものがあまり存在していないので
落とした食品を食べても
それなりに(?)安全である事も
付きとめられてはいるそうです

でも
床の細菌の状況なんかは
いちいち確認出来ませんので
「君子、危うきに近寄らず」
と、言うのが無難なようです


この『3秒ルール』問題(?)に
一応の決着をつけたこの実験には
2004年度の
「イグノーベル賞」が授与されているんだとか

(イグノーベル賞 とは、
 「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」
 に対して与えられる賞
 もちろん、「ノーベル賞」をもじっています)


次女、聞いてるかい?
『3秒ルール』は間違いだってさ(笑)




でも、そうか・・・

確かに
人生においても『3秒ルール』があれば
なんて思っていたけど

でも

謝るんでも、やり直すんでも
本当は時間の問題では無いんだよね

そりゃ
早ければ早いほど良いんだろうけど
でも
それより大事な事は

心から真剣に対する事なんだよね




人生(たび)

時に
同じ汽車に乗り共に旅をする人達

目的地はそれぞれが持っている

隣り合わせて話が弾む人もいれば
遠くの席にいて
会釈程度ですれ違う人もいる


この路線は
ある人にとっては目的地までの最終便で
ある人にとっては乗り換える為の手段にしか過ぎない


駅に着く度に乗りこむ人、降りる人がいて
汽車を乗り替える人もいれば
降りた駅で佇む人もいる


色んな人の人生を見送ったり
逆に見送られたりしながら
自分の人生も考えてみる


汽車の旅なら
同じ車窓から観た風景に
同じ感動を持てる人が旅の相手だと
素敵な旅になるように

きっと人生も
同じ価値観を持つ人と共に歩めたら
幸せなんだろうなって思う




人間

人間は弱い生き物です

もし、人間に”知恵”が無かったなら
多分、とっくの昔に絶滅をしていたでしょう

知恵があり、その知恵を使う術を知っていたから
人間は今まで生き伸びてこれたんだと思います



人間は弱い生き物です


独りで出来る事なんて
たかが知れています

だから人間は支え合わなければなりません


独りで何でも出来るなんて思い上がりです

独りで生きて行けるなんて
本当に独りになった事の無い人の根拠の無い強がりです



3年B組金八先生の中の有名な言葉

「『人』と言う字は支え合って出来ています」

そんな台詞がありましたが

もうひとつ
人間の「間」にはどんな意味があるかご存知ですか?


「2点間の隔たり(長さ・距離)」

「タイミング」

「人と人との関係・間柄」

「部屋」

そんなところが思い浮かぶでしょうが
実はもう1つ意味があります


「間の良い事に・・・」

と、言う言い方をしますが

”間”には、“めぐり合わせ”と言う意味があるんです


つまり

”めぐり合わせの中で出会った同士が支え合う”

それが「人間」なのです



でも

いくら”支え合う”と言っても
お互いが向かい合わなければ支え合う事は出来ません


”面と向かう”


正面から向かい合わなければ
本当の意味で支え合う事は出来ないと言う事です




師走

いよいよ12月に突入です

今年も残すところ今日を含めても31日
含めなかったら30日

今から48時間爆睡したら・・・

それでも31日?(笑)


そんな話はともかく

何もしなくても気忙しく
何かをしていたら
より背中をせっつかれそうなこの時期です


師走の語源は諸説有るらしいのですが
「師馳せる」から来ていると言うのが一般的ですね

(師とは先生説
 お坊さんの師匠説等様々言われていますが)


バーゲンセール
クリスマスセール
商店街の大売り出し etc

年末に向けて
街はイルミネーションで着飾り
師走ムードを盛り上げます

ボーナスセールもこの時期にやっているのは
忙しさに乗じて
客が良く考えるヒマも無い間に
勢いで売りつけてしまおうと言う魂胆でしょうか?(笑)


普段は落ち着いていて
何事にもそう簡単に動じないであろう
師匠でさえも走ると言われるのですから
確かに「師」で無くても
いや、凡人の私などは尚の事
忙しなさにそわそわしてしまうのは
致し方ない所作でしょうか?


師走にはこの他にも
その語源は諸説有るのですが
”1年の最後になし終える”と言う意味の
「為果つ(しはつ)」から来ていると言う説が有るそうです

良く
「来年の事を言うと鬼が笑う」と言いますが
12月になるともう笑わないそうです

1年を振り返り
次に来る年をどのように迎えるか
ひとたび区切りを付けて
想いに耽るにも良い機会と言う事でしょうか


「今年はどれだけ頑張れたかな?」

「今年はどれだけ後悔したかな?」

「そして来年は・・・」



アメリカの作家
デール・カーネギーの言葉

”人生とは今日一日のことである”


来年こそは
そう心に戒めて
1日1日を大事に生きていけるだろうか・・・


いやいや!

今からこんな弱気じゃいけませんね(笑)




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