Neko

夢の汽車に乗って 2010年11月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

10 | 2010/11 | 12
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


化学反応

人との出会いって
何だかとてもワクワクしますよね


異性、同性にかかわらず

素敵な人ならもちろん
どんなにつまらない人にだって
何かしら影響を受けたりもするし
少なくとも
何かを考えるきっかけには出来たりします


人との出会い

それはまるで
結果の分からない化学反応のようなものです

人と出会った事で
どんな変化がおきて
どんな結果になるのか?

そこにたどり着くまでの過程での一喜一憂

考えようによっては
それこそが出会いの醍醐味です


もちろん
化学反応と言っても
決まった化学式はありませんから
結果の考察は出来ても
それを良しとするかどうかは自分次第です

もしかしたら
結果
何一つ反応も変化も起きずに
終わってしまうかも知れません


でも
本当は結果では無いんです

色々な人達と出会う事
そして
その後の変化をどう見極めていくか?

逆に言えば
自分をどう変化させていけるのか?

大事なのはそこです


だから
出会った時には結果が分からない

それが又、良いんです


そもそも
出会う前から結果が分かっていたら
出会う意味も無いですしね




スポンサーサイト
目を閉じて

あの日の事を思い出していた


すれ違う言葉と気持ち

台本には無かった台詞

傍観者のように口に出た刃


「バカだよな」って

観客がいたなら嘲笑っただろう




考え始めたら

余計な事ばかりが浮かぶ


ふとため息をつく

何を後悔している?

呟くように自分に問いかける


時が経てば

何も無かった事に出来るはずだったのかい?




ただ意地を張って

ただ素直になれなくて


困らせるだけの言葉

ただいくつも探していた

そんな事の意味も ただ分からずに


あの人の涙が

ボクを縛りつけている 今も




月の光が

天窓から射している


静寂に浮かぶ影が

時折歪むのは

壊れたままの時計のせい?


自分を否定して

それで過去を失せるなら楽だよね




深い闇の中で

いくつもの後悔を拾い集める


それでどうするのかも

分からないまま

でも そうぜずにはいられなくて


明けない夜のリグレット

拾いきれない痛みを抱きながら


明けない夜のリグレット

来るあてのない明日を待っている





11月雑感

11月も残りは5日


秋から冬へ

寒さが厳しくなったり
暖かさが少し戻ったり
そんな事を繰り返しつつも
着実に冬の扉は開かれようとしている


今年は暖冬なのか厳冬なのか?

「今年の冬は夏から続くラニーニャの影響で・・・」

気象予報士は予想を並べるが
そんな事とはお構い無しに
週明けに12月に突入をすると
後は世間の雰囲気も
吹く風さえも
年末までまっしぐらになっていくのだろう


今年1年を振り返るには未だ早い

クリスマスや正月を楽しみに待つ歳でも無くなった

ただ
師走の慌ただしさを掻き分けながら
いつものように淡々と毎日を過ごしていくだろう

いや
さりとて
淡々と枯れてしまうつもりもさらさら無くて

せめて
心の中にだけは
静かに炎を燃やしていようと思う

それがどんな炎でも
生きていく糧になるならそれが良い




”今日”のレシピ

昨日までの色んな物を
全部ごちゃ混ぜにして
大鍋に放り込んでひと煮立ちさせます


良くかき混ぜた後で
まず夢とか希望とかの甘い調味料を入れます

涙とか後悔と言う
苦味調味料を適量いれると味に深みが増すでしょう

隠し味には想い出の実をひと摘み

出汁は”あなたらしさ”です


それから
じっくりと弱火にかけます


煮立ち過ぎないように
適宜、火加減を調節しては
また、良くかき混ぜます

灰汁が出たらそっとすくってください


時々
漂ってくる匂いを楽しみながら
読みかけの本の続きを読むのも良いでしょう

ワイングラスを片手に
窓から見える星の瞬きに酔いしれるのもありです

BGMには懐かしい歌なんかが流れていたら
きっと待つ時間も楽しめそうですね


ただ
夢中になり過ぎて
焦さないようにだけ
くれぐれも注意をしてください


そうそう

頃合いを見ては
また、ゆっくりとかき混ぜます


まだ味見は出来ません

今はただ時間を待つだけです



やがて朝日が昇る頃

仕上げに笑顔の種をひと振りかけたら
”今日”と言う名の料理の出来あがりです




{ 推 論 }

人と人との付き合い方においては
ある一定の法則(パターン)があると考えられます

人が意識的に付き合う人を取捨選択している場合と言うのは
自然と利害や損得計算を基に選別していると推測されます

無意識のうちに
付き合う人を取捨選択している場合と言うのは
相手を好きとか嫌いとか
生理的に受け付ける、受け付けないといったような
内心象的な判断が働くものと推察されます




{ 考 察 1 }

パターン1.絶対に友達や恋人にしないタイプ

【 自分と同じ性格の人 】

人は自分と同じ性格の人を友達や恋人にはしません
むしろ
無意識に避けていると考えられます


{ 検 証 1 }

本人が気が付いているかどうかは別として
人間とは本来そう言うものです

何故なら
自分と同じ性格の人の中に
自分の嫌なところを見てしまうからです

例えば
自分の子供を叱る人を見てみましょう
子供は親と同じ事をしているだけなのです




{ 考 察 2 }

パターン2.最初は嫌いだったのに
      気がつくと好きになっているタイプ

【 自分と真逆な性格の人 】

自分と真逆なタイプの人と言うのは
最初はかなり鼻に付くものです

特に自分に足りない部分を持っている相手だと
コンプレックスから
つい敵意が先に立ってしまいます

ところが本来人間と言うのは
自分に無いものを持っている人に
惹かれる傾向があるのです


{ 検 証 2 }

最初はケンカばかりしていて
嫌な奴だったのが
いつの間にか気になる存在になっている

そんな事は案外良く有る事です

これは無意識に自分に無いものに惹かれている
その何よりの証拠です




{ 考 察 3 }

パターン3.初めて会ったその日から
      相性が合うと感じるタイプ

【 場合によっては理想形 】

人間と言うのは
それが同性でも異性でも
無意識に自分との”対”を求めています

このパターンは無条件で
相性が良い相手をお互いに見付け得たパターンです

つまり理想の形です


{ 検 証 3 }

一見、理想に見えるものほど
実は難しいものはありません

この関係が永遠に続く保証は何も無いのです

何故なら
100点満点の関係でも
長く続いて
それが当たり前になると
そこが平均点になってしまうからです




{ 結 論 }

無意識下において
自分が付き合う相手を取捨選択している時
人はそれを「運命」と言う言葉に置き換えて
自分を納得させようとします

理由が明確に有った方が納得出来るからです


万が一
自分と同じ性格の人と
無意識にでも付き合う事になった場合
人はこれを「運命の悪戯」と呼びます

そして
自分と真逆な人と付き合う事になった場合
人はこれを「運命の妙」と呼びます

もし
理想の相手と付き合える事になった場合
人はこれを「本当の運命」と喜びます


但し
どんな場合でも忘れてはいけません

「運命」には必ず ”続き”が有る事を

つまり
出会った事自体
それは運命と呼んで良いのですが
その結果も又、運命なのです



大人の対応

訊きたい事が有るけど
  敢えて尋ねない

訊きたいだろうなとは分かっているけど
  敢えて話さない


微妙なバランスの中
綱引きにも似た心の駆け引き

それが大人の対応





ブレーキ

大して何もしなくっても
いや
何もこれと言った事が無かったからなのか
気が付けば週末2日間の休日も終わりです


いつもの夜更かしと
ここぞとばかりの朝寝坊と
少しだけの買い物の付き合いと
娘の部活の送り迎え

ただ
それでも時間だけは流れを休まず
それどころか
いっそう、速さを増しているような気がします

光陰矢の如しとは良く言ったもので
1日、1週間、1ヶ月が
歳と共に早くなって来た気がします
そして、もちろん1年も・・・


色々と考える事が多くなったのも
時の流れへの焦りなのでしょうか

若い頃
時間は無限でした

自分が50代になる事など
想像も出来なかったし
又、したくも有りませんでした

挫折も後悔も
全てが
いつの日か希望へと変わるものなのだと信じていました


不思議なもので
今でも
気持ちだけは20代の頃と何も変わってはいないのです

あの頃出来た事は
今も出来るのだと信じて疑ってはいません

ただ、確かめた事はありませんが(笑)


これもひとつの現実逃避と言う奴なのでしょうか?
それとも
ただ、現実を認めたく無いだけなのか?

まぁでも
それを確かめるのは今は止めておきましょう

少しでも
時の流れにブレーキをかけておかなきゃね

自分の心の中でくらいは・・・



奇跡の別名

今ある出会いのひとつひとつは
単なる偶然の積み重ねなんだろう

そのうちの幾つかだけが
必然の出会いだったと
人は後になって気がつく


偶然が無ければ必然は無い
必然が無ければ運命も宿命も生まれない

全ては小さなひとつの偶然から始まる


その偶然をして
それを”縁”と呼ぶとするなら

偶然と言うのは
奇跡の別名なのかも知れない




スイッチ

仕事をするとか勉強をする
或いは
趣味や習い事 等
自分が主体で何かをする時は
”スイッチを入れる”
と言いますが
例えば
誰かと出会った事で
或いは
何かによって触発されたとか
外部から影響を受ける等してやる気になった場合
それから
人を好きになった時なんかは
”スイッチが入る(入った)”
と言う言い方をします


ラジオから流れてきた歌を聴いて
衝撃を受けた事でミュージシャンを目指したり

深く感銘を受けた小説に押されて作家を志望するとか

好きな人の些細なひと言で目指す職業を決めるとか

そう言うスイッチの入り方もあれば

第一志望の学校に落ちて
渋々入学した滑り止めの学校で
一生の友人に巡り会うとか

普通ならすれ違う事さえ無いであろう
何百km離れた男女が
ふとしたキッカケで出会って結婚をするとか

結婚をした後で
本当の運命の相手だと思える人に出会ってしまう

もしくは
一度別れた恋人同士が
何年の後
再会をして結婚をする

そんな風に運命的なスイッチの入り方もあります

それらはそう珍しい事ではありません

中には
同じ相手と3回結婚をしたなんて人もいるそうですから
人と人との”縁”と言うのは
まさに小説より奇なりです

傍からみたら
「何回、同じスイッチを入り切りしたら気が済むんだ?」
って思いますが

ですが
それだって入ってしまうものは仕方がありません

そんな事も
人生に於いてはまま有る事なんでしょう


そんな風に人生に於いては
様々な事がキッカケになって
色々なスイッチが入るものなのですが
電気回路のように
そのスイッチが入る事
つまり
離れている”接点同士(人と人、人とモノ)”が
或るキッカケによって
繋がると言う事は決して理屈ではありません

だから
スイッチが入った理由を説明しろと言われたって
おそらくは当の本人でさえ出来ないに違いありません


偶然か必然か
運命か宿命か
それとも神様のただの気紛れな悪戯なのか?

そんな話も
何度かここでもして来ましたが
結局のところは
”神のみぞ知る”と言う事になるんでしょう


ただ言える事は
人の気持ちや
心から沸き起こる行動は
そもそもが理屈では無いのですから
スイッチが入った時は
「それに逆らうべきなのか?」
「身を任せてみるべきなのか?」
どうしたら良いのかって事は
それは自分の心に正直に問うてみれば
おのずと答えは見つかるものです

多分、正解はありません
自分の決断を正解だと信じるしかないのです

入ったスイッチもケースによっては
間違った入り方をしてしまう事だってあるかも知れません

でも、だからって
せっかく入ったスイッチを
ただ消してしまうのはもったいないですよね

もしかしたら
その事によって
新しい自分に出会えるかも知れないのですから



久しぶりのダヤンとラックです

が・・・


いつもは
いの一番にジャレまくるラック(左)が
今日は気乗りしてないようです

すぐに台を降りてしまいました

その分
最近はあまりジャレ無くなっていたダヤン(右)が
小さかった頃を思い出したかのようにジャレています

短い手をいっぱいに使って(笑)



ん!?

もしかして・・・

さっき、メチャクチャ猛スピードで
追い駆けっこをしていた時
2匹が階段の下でぶつかったのですが


もしかして・・・

その時にダヤンとラックの魂が入れ替わった?????


もしかして・・・・・?




*テレビの音声がうるさいかも知れませんので
音量を絞ってご覧ください(=^o^=)




毎年の事

長い冬の始まり

秋と冬の境目が有るとしたら
それは
長い冬の始まりを覚悟した瞬間

雪が降ったとか
氷点下になったとか
ニュースは季節の変わりを伝えようとするけど
そんなTVのニュースより
吐く息の白さが教えてくれるのです

秋から冬へ
そんな感傷も束の間

北風は落ち葉を散らし
鋪道を霞め
裸の木々は覚悟を促します

小春日和にため息をひとつついて
往生際の悪さを
まるで駄々っ子のように振舞ってはみるけれど
本当は知っています

頬に当たる風の冷たさに
ポケットの中で握り締めた拳の強さに

そろそろ覚悟を決めようか

長い冬の始まり

そう
毎年の事・・・



眠れない夜

眠れいない夜

さて、どうしましょうか・・・


そう言えば
眠れない時は羊の数を数えたら良いって言いますよね

アレって本当なんでしょうか?

何だか、逆に目が冴えそうな気もしますが
昔から言われているって事は
それなりに効果もあるんでしょうね

と、言う事で
気になると余計に眠れなくなりそうなので(笑)
少し調べてみました

色々なサイトで書かれている事を総合すると
次のようになります


「数を数える」と言う行為は
単純で集中力を必要としない作業です
このように単純作業を繰り返していると
いつのまにか飽きてしまい
そのために眠くなると言われています

「眠れないときに羊を数える」
と言うのは
もともと欧米の国で始まったそうなのですが
では
何故、羊だったのかと言うと

?「羊」は英語で sheep(シープ)
 「眠る」はsleep(スリープ)です
 「シープ」と「スリープ」
  何か音が似ていますよねぇ?
  ダジャレみたいなもんですが
 「スリープ、スリープ(眠れ、眠れ)」と
  自分に催眠術をかけていく
  そんな所から
  羊を連想するようになったと言われています

? sheep(シープ) を発音する時に
  最初に shee(シー)と息を吸い
  次に poo(プー) と息を吐きます
  こうすると
  自然と呼吸のリズムが整ってリラックスできます
  その為、だんだん眠くなっていくと言う訳です

? 羊のイメージは
  ノンビリとしていてモコモコで暖かい
  心が安らぐ等のイメージがあり
  羊を連想するとリラックスできる

  ん?確かに、目が血走っていて
  せかせかした羊って想像出来ませんね(笑)

このような理由から
眠れない時に羊を数える習慣が生まれたのだそうです 



眠れない夜

それじゃ私も
目を瞑って羊を数えてみようかなぁ?


羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹・・・
羊が18匹・・・羊が42匹・・・
羊が61匹・・・
ひつじが97匹、しつじが98人、執事が・・・って

おいおい

どうせなら
メイドさんの方が・・ヘ(_ _ヘ)☆\(^^;ナンデヤネン


Σ(|||▽||| )イタタ

いかん、目が醒めてしまったわ




眠れない夜

もう一度やり直し

羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹・・・
羊が73匹、羊が74匹・・・
羊が156匹、羊が157匹・・・ドテッ☆?


( ̄◇ ̄;)ドテッって

まさか、コケたの?

どんくさい羊もいるんですね?

大丈夫?

ってか
おかげで目ぇ、醒めたべさ

目ぇ・・・メェ・・・羊だけに?




目が覚めちゃダメじゃん

分かった!
私にゃ、羊は合わないんだな、きっと(^o^)ゞ

じゃ、どうしよう?




眠れない夜

仕方が無いので
今度は猫を数えてみる事にした

猫が1匹、猫が2匹・・・ん?


お前らなぁ?

まったりと毛づくろいしてる猫がいるは
丸くなって寝ている猫がいるかと思えば
カリカリ好き勝手にご飯を食べてる猫がいるし
追い駆けっこしている猫もいるし
隣の猫の尻尾にジャレている猫もいるしさぁ?

何で、お前らそんな自由なの?

┐( ̄ヘ ̄)┌ ヤレヤレ

数える気にもならんべさ
まったくもう!




眠れいない夜

アリの行列を数えてみた

・・・

数えてみた・・・


(;一一) ジィー

み、見えない・・・(老眼にゃ無理だわな)




眠れない夜

今度こそはと無理に目を瞑って
ナマケモノを数えてみた

ナマケモノが1匹・・・

ナマケモノが1匹・・・

ナマケモノが・・・


q(T▽Tq)おーい

ねぇ
いい加減に動いてもらわんと
次が数えられないんですけど!!!




眠れない夜

やっぱり、アノ手しかないべか?

と、言う事で
本棚から高校時代の数学の教科書を出してきた

表紙をめくって
第1章は? と・・・


( u _ u ) クゥゥゥ。o◯




人には
相手を愛する事で幸せを感じる人と
相手に愛される事で幸せを感じる人がいます

もし
自分がどっちのタイプなのか分からなければ
ペットを飼ってみると良いでしょう



犬との生活に喜びを感じる人なら
あなたは愛される事で喜びを感じるタイプです

もしくは
愛した分だけ愛されたいタイプです

犬はどんな時でも
忠実にあなたの傍にいてくれます

愛した分だけ
あなたに尽くしてもくれるでしょう

寂しい時も
きっとあなたの事を慰めてくれるでしょう



猫との生活に喜びを感じる人なら
あなたは愛する事で喜びを感じるタイプです

もしかしたら
少しだけ自分に酔う傾向がある人かも知れませんが

猫は必ずしも
あなたの傍にはいてくれないかも知れません

どんなに愛しても
振り向いてもくれないかも知れません

それでも何処かで繋がっている事
それが愛なんだとあなたは納得出来るはずです





?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?*?


人は子供を持って初めて
愛には無償の愛もあるんだと言う事を知ります

人は親になって初めて
どんなに親に愛されていたかを実感として理解します

愛する事
愛される事

求める事
求めない事

抱きしめる事
突き放す事

形は違っても普遍なもの
それが愛だと自信を持って言えるようになるのです


ただ
哀しい事ですが
今の時代は
求める事ばかりで
愛する事の喜びを知らない人が増えている気がします

自分だけを愛する事しか出来ない人
自分の権利だけを振りかざす人
自分の快楽が何より優先されるべきだと考える人
そんな人が増えている気がします

もちろん
自分を愛する事や
自分の正当な権利を主張する事
時には自分の快楽を求めたって
それ自体はちっとも悪い事だとは思いません

しかし
それだけになってはそれは単なるワガママです
ただの自己中です


時折テレビで見る
野性動物の親子愛に感動をしてしまうのは
それが子孫を残そうとする本能からだとしても
純粋な愛がそこにあるからなんでしょうね

厳しさと優しさ
そして、生きる為の逞しさ
そんな愛がそこに見えるからなんでしょう

それって
もしかして人間が失いかけているもの・・・?


今の時代
どれだけの人が
1年後、2年後の自分の
確固たる姿を予想出来るだろう?


例えば
2年前の今頃
自民党のどれだけの議員が
翌年(2009年8月)の衆議院選挙での
あれ程の大敗を予想しただろう?


時代の流れは思う以上に速いもので
今の自分が
1年後、2年後にはどうなっているかなんて
きっと誰にも予想は出来ないだろう

想像するくらいは出来るかも知れないけど・・・


4年前
私も先の見えない暗闇の中にいた

突然のリストラ

『12月末をもって解雇します』

公共事業に大きく依存する
精密機器メーカーに勤めていた私は
近年の公共事業の不振から
販売店の売上げも毎年前年比数十%のダウンが続き
倒産・廃業をする販売店も目立ち始め
帯広の営業所が廃止になった時点で
私もある程度の覚悟はしていた

反面
何処かで自分だけはとの思いも有ったのだが
現実は予想以上の速さで重くのしかかってきた

11月の月例会議の後
社長との面談の中での突然の解雇通告


札幌の事務所から自宅までの約4時間
運転をして帰る道中
解雇の2文字が何度も頭の中を駆け巡っていた

『これからどうする?
 家族に何て言おうか』

ハンドルを握りながら
色々な事が頭の中を過っていた

しかし
幸か不幸か
1人きりでハンドルを握る4時間は
色々な事に頭を巡らせるには結構な時間だった

現実への悩みに考え疲れてくると
何処かで人間は開き直ってしまえるのだろう

頭の中で悩んでばかりいたって
何も解決もしないし結論も出ないのだから

『振り返って後悔ばかりしていても仕方が無い
 まぁ、何とかなるべ』

ハンドルさえちゃんと握って
前だけを見て
アクセルを踏めば車は前へ進むのだ

『仕事は探せば何とかなる
 それより、ある意味せっかくのチャンスだ!
 今しか出来ない事をやろう』

そして
昼間仕事を探しながら
夜な夜なパソコンに向かって
長年の夢だったホームページを作る作業を始めた

(現在の「夢の樹舎」の前身HP)

先の生活の見通しも立っていないと言うのに
今、考えると能天気な話である

だが、時間だけはいくらでも有った

ずっと何十年も
仕事に追われるような日々を過ごしてきた私にとっては
最初で最後の自由時間とも思えた

まさに、チャンス

長年構想を温めていた短編を数編書き上げ
書き溜めていた詩を整理し
2ヶ月かかってホームページを立ち上げた

それから少しして3月には再就職も決り
5月からは新しい職場での仕事が始まった


11月1日は
リストラ宣告をされた日から丁度、丸4年

今では
かえってリストラされて良かったと思っている

(実際、翌年の4月には
 業界1位の会社に吸収合併をされて
 私の時よりも条件の悪いリストラがされたようで
 しかも
 あのタイミングでリストラされていなかったら
 今の会社の募集にも
 巡り合っていなかったはずなのです)

今の職場はとても居心地が良い
何より
仕事を続けていたら得られなかったであろう
4ヶ月の時間を有意義に過ごす事が出来たのだから

家人の時折の憂鬱な視線と溜め息には
正直、肩身の狭い思いをしてはいたのですが
これはまぁ
家人にしてみれば当たり前だったですかね(苦笑)



結局は考え方なのだと
改めて勉強をした気がする

先の事はどうなるかなんて誰にも分からない

だからこそ
そこには希望を見る事が出来る

いや、希望を見るべきなんです


後悔をしたって失敗をしたって
そこで人生が終わる訳じゃない

諦めずに前向きに生きさえすれば
後は何とかなるものなのだ




Powered by FC2 Blog