Neko

夢の汽車に乗って 2010年10月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

09 | 2010/10 | 11
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


10月31日は
イギリスの子供達が楽しみに待つお祭り

『ハロウィン』

小さな魔女やお化け達が、
あなたの家にもやって来るかも?

日本でもここ数年
お化けカボチャを作って
飾っている所が増えましたよね

昔はハロウィンなんてありませんでした

バレンタインデーに味をしめた
新手のお菓子屋さんの陰謀でしょうか?(笑)

その、お菓子屋さんを始め
デパートやスーパー
商店街なんかも
ハロウィン用のディスプレイや品物で賑やかです


そんな訳で
私も少し調べてみました

娘達に訊かれても
知っていた振りをして答えられるようにね(笑)


さぁ、みなさんも
ハロウィンについての基礎知識を備え
万全の体制でハロウィンを迎えましょう!


【 ハロウィンて何? 】

キリスト教の万世節(諸聖人の日 ―11月1日)の前夜祭

万世節は All Hallow’s と呼ばれ
その前日である事から
Hallow’s eve → Halloween 
に変化したと言うのが有力な説です


【 ハロウィンの起源 】

アメリカ発のイメージが強いのですが
数千年前の
ケルト人の祭り(Samhain)が起源と言われています

古代ケルト人は1年の終わりを10月31日と定め
その夜は死者の霊が
地上に降りてくると信じられていました

悪霊や魔女も出ると思われていたため
仮面や焚き火でそれらを追い払っていたのです


【 なぜパンプキンで提灯を作るの? 】

ジャック・オー・ランタン(Jack-O’-lantern)と
呼ばれるお馴染みの提灯は
火で悪霊を追い払った習慣の名残りです

英国とアイルランドでは
蕪(かぶ)をくり抜いて蝋燭を灯していましたが
アメリカに移住したアイルランド人が
かぼちゃを代わりに使いました

これが逆輸入され
イギリスでも鮮やかなオレンジ色のかぼちゃが
ハロウィンのシンボルとなったのです

確かに
蕪(かぶ)よりはカボチャの方が
くり抜きやすいですし
何より、オレンジ色の色合いが良いですよね

今ではこれがすっかり定着していますね

名前の由来は、
「けちんぼジャック」と呼ばれた意地の悪い男が
彼を黄泉の世界に連れて行こうとした悪魔を
上手い事を言って何度も騙した為に
死後、天国にも地獄にも行けなかったジャックが
提灯を持って
あの世とこの世を
さ迷い歩いたとされるアイルランド伝説から


【 家のドアをノックされたら? 】

10月31日の夜には
思い思いの仮装をした子供たちが町中を練り歩き
“Trick or Treat?”
(お菓子をくれなければいたずらをするよ)
と、言いながら家々の扉をノックします

数人のグループで来る事が多いので
お菓子を用意しておいてあげましょう

参加したくなければドアを開けなくてもOKです



ちなみに
私の小さかった頃は
ハロウィンなんてありませんでしたが
でも
考えたら、似たような風習がありました

旧暦の七夕(8月7日)の日に
浴衣を着て子供達が
「ろうそく出?せ、出せ?よ?
 出さ?なきゃ、かっちゃく(引っ掻く)ぞ?」
と、言って近所の家々を周るんです

もちろん
「ろうそく出せ」と言いながら
子供達の狙いはお菓子です

本当にろうそくを出された時には
泣きたくなりました

(意地悪でワザとろうそくをくれるオジサンってのが
 必ずいたんですよね(笑)
 もちろん、子供を泣かせた後で
 ちゃんとお菓子をくれるのですが(^-^; )


これってハロウィンに似ていますが
いったい、いつ何処から伝わって始まったのか
良く分かってはいないようです

子供達がお菓子をもらって歩くと言うのは同じですが
時期はハロウィンとは全然違いますしね

でも、どうして「ろうそく」だったんでしょう?

確かに、電気の無かった時代だったら
「ろうそく」は貴重だったかも知れませんが
その事と子供の行事がどう結びついていたんでしょうね


しかも
これは私もだいぶ後になって知ったのですが
この「ろうそく出せ」は
北海道だけで行われていた風習だったようです

その北海道の中でも
やっていた所とやっていなかった所があるのか
現在、私の住んでいる町ではやっていた話は聞きません
(娘が小さい頃もやりませんでした)

何かの理由でやらなくなったのか
最初からこの町では
そう言う風習が無かったのかも分かりませんが

(私の知る限りでは北海道でも
 旭川、留萌、室蘭、函館方面ではやっていたようです)



最後に余談ですが・・・

ハロウィンの名脇役の魔女はほうきに乗っているけど
ほうきの毛先をどっち向きにしているか分かりますか?

魔女さんが教えてくれました

”今でこそ毛先が後ろだが
 本来は毛先が前だったんじゃ

 何故かと言うと
 昔はほうきを馬に見立てていて
 (毛先が馬の頭)
 ロケットが出来てからは
 毛先を噴射に見立てて後ろになったそうじゃ

 魔女の乗り物も
 馬からロケットへと近代化していったんじゃな”



スポンサーサイト
夜の静寂の中で

沈黙の音は鼓動と同期して

胸の奥の奥に仕舞い込んでいた

遠い記憶の匣(はこ)を開く



ジグソーパズルのような

幾つもの断片(ピース)を並び変えて

辿るように思い出している

眠り損ねた夜に時計は止まる





目を閉じても見えるのは

忘れるはずのない後ろ姿(シルエット)

懐かしい胸の痛みと

そして、二度と還らない季節の感傷(うずき)



いつか観た映画のエンドロール

二人話した未来の事

君が流した涙の訳

眠り損ねた夜に時計は止まる








冬の扉

いよいよ北海道も

北の方では雪になりそうです



私の住む十勝辺りは

雪もまだ

もう少し後の事になりますが

それにしても

ここまで来れば時間の問題です



秋と冬の綱引きも

これからは段々と冬が優勢になっていきます



天気予報に出て来た雪マークを見つけては

「はぁ? いよいよか」

と、ため息をついた夜

風の音が北風に変わりました



冬の扉が少しづつ開いて行きます




天びん秤

キミへの想いを心深くに閉じ込めて

友達の顔をして振る舞う切なさと

キミを失う悲しさ



天びん秤に載せたら

いったいどっちが重たいんだろう?





隠し通すつもりの嘘と

キミを傷付けるかも知れない本音

心の中で揺れる想い



天びん秤に載せたら

いったいどっちが重たいんだろう?





”いつものジョークだよ”って

そんな言葉がもう通用しない事は分かっている

もう自分も騙せない



試してみようか?

天びん秤に心を載せて




鈴木章北海道大学名誉教授 殿

遅まきながら

北海道人初の
ノーベル賞(化学賞)受賞おめでとうございます!

同じ北海道人として嬉しい限りです


その鈴木教授が会見でも言っていましたが
昨今は若者の理系離れが顕著なんだとか

確かに
私も根っからの文系人間で
自慢じゃありませんが
我が家の家系には
父方にも母方にも理系人間はおりません(キッパリ!)

なので
今の若者をどうこうと言える立場でも無いのですが

それに
いつでしたか

事業仕分けをしていた女性議員が
言うに事欠いて
スーパーコンピューターの研究開発云々で
「世界二位じゃダメなんですか?」
等とテレビカメラの面前で
堂々と発言(暴言?)をするくらいですから
これで若者に理系を志望してくれと言っても
それは無理な話です

そもそも
世界一を目指したって
そう簡単に一番にはなれません

世界二位なんかを目指していたら
二位どころか
三位にも五位にもなれないと思います

まして
科学の分野においては
基礎研究に莫大な時間と経費が掛って
成果が現れるにも時間が掛ります

無駄で終わる事だって多いと思います

でも、そこにお金を掛けなければ
何も生まれません

基礎研究が無ければ
応用研究も出来ません

研究ってそう言うものだと思います

少なくとも
国会議員がそれを言ってはお終いです

何も資源を持たない日本が
大国だとか先進国だと言われるようになったのは
数多くの名前も無い研究者や技術者達の
気の遠くなるような努力の賜です

国が最大限バックアップをしたとしても
足を引っ張る事だけは止めて欲しいものです

そんな発言をした議員が今は大臣なのですから
この国の行く末が心配になります

こんな事を国会議員がみんな思っていたとしら
将来もう二度と
科学の分野でノーベル賞受賞者はもちろん
優秀な研究者等は育たなくなるかも知れません



・・・と、話はかなり逸れましたが

ん? 話が逸れた???(笑)

逸れてないですよね?

そう、これから話を逸らすんですから!?(笑)



でも、アレですね?

(おっ? 何処に行く気だ?(笑))


理系が得意な人に言わせると
数学みたいに
答えが必ず1つだけだとか
出る答えがハッキリしている方が
気持ち良いなんて言います

私みたいな文系人間は
数字だけならともかく
数式にアルファベットが入った時点で
もう訳が分からなくなります

社会に出たって
ちゃんとお釣りをごまかされないで
買い物が出来るなら何も不便は無いです

何なら電卓を持って
買い物に行けば良いじゃありませんか(笑)

ねぇ?

そう思いません?

それに
人生ってのは
答えが1つなんて事の方が少ないですよね

答えが1つと言うのは
何でもみんな
1つの型に押し込めるみたいで
そう言う考え方は好きになれません

(出た!
 文系人間得意の論理のすり替え!?(笑))


それにね

実は私は理系人間が大嫌いなんです

”屁理屈”が多かったりする奴や
”理屈”ばかりを先行させる奴
それから
”理不尽”な事を平気で言う奴とか
物の”道理”の分からない奴とか

こんな”理”系な奴は大っ嫌いです!

もっとも
こんな人間はもしかしたら
理系人間より文系人間に多いのかも知れませんが(笑)



もちろん
研究者さんや技術者さんとか
そういった
科学を究めようとする本物の理系人間様は
そりゃもう
尊敬以外の何者でもありません


バカな事を平気で言う大臣や
こんなアホな事しか書けない小市民もいちゃいますが
本物の理系人間様
日本の未来を見捨てないでくださいね!



ミルクティー

また髪を切ったんだね
今度はどんな男だったの?

いや、何も言わなくても良いけど
とりあえず温まっていきなよ

火にかけたポットがカタカタ音を立ててる
カウンター越しに
キミの瞳が潤んで見えたのは
ポットの口から上る湯気のせい?

いつものミルクティー
ミルクは多めで良いかい?



お喋りなキミが今夜は
ずっと聴き役でいるつもり?

いつもは無口なボクがお喋りになる
舌をかまないように神様にお願いしたよ

会心のジョークの10連発もキミの前では
見事に撃沈したけど
11回目のジョークが滑った時
キミはやっと大きな声で笑ったね

キミの笑顔が冷めないように
少し熱めのミルクティーを入れてあげよう



木枯らし一号が吹いたって
さっき天気予報で言ってたけど

そう言えば今夜は冷えるね
こんな日に髪を切ってくるなんて

ストーブを点けて暖かくなるなら良いけど
それもボクじゃ無理かな?
ティーカップを両手で包むように
持ちながらそっとカップに口をつけたキミ

「私、猫舌なんだよ」って
笑いながらそれでも飲んでくれたね



そんな事は分かっていたよ
長い付き合いだもの

でも少しだけ変わって欲しかったんだ
悲しい顔はもう見たくないから

キミの笑顔だけ見ていたいから




青春

人生に悩んだり
片想いに胸を焦がしたり
友達とバカやって遊んだり
くだらない事に一生懸命になれたり
恋に恋したり
人生なんてちょろいもんだと嘯いたり
真剣に友達と語り合ったり
生き方や考え方をを譲り合えなかったり
ケンカもしたり
夢に本気になったり
たった一度の失恋で人生に絶望したり
結婚に夢を見たり
時間は永遠にあると信じていたり
恋人が全てだったり
自分を愛せなかったり
親のひと言が疎ましかったり
無駄に時間を遣う事が有意義だったり
異性の目ばかりを気にしたり
自分にワガママだったり
根拠の無い自信だけで生きられたり
井の中の蛙を知らなかったり
現実に目を向けられなかったり
他愛の無いひと言に傷ついたり
知らずに人を傷付けたり
自分だけの正義感を振り回したり
迎合を屈辱と感じたり
世渡り上手を軽蔑したり
媚びる者を許せなかったり
未来に楽天的だったり
思うようにならない事を時代のせいにしたり
後悔したり
自分を認めてくれない奴を恨んだり
みんなと同じだと言う事に安心したり
言いようの無い不安に襲われたり
夢を信じていたり
愛に妙に純粋だったり
楽しい事だけあれば良かったり
大人を軽蔑したり
大人のふりをしてみたり
先を行く友達を見て焦ってみたり
ひとつの失敗で絶望したり
図らずも裏切ったり
裏切られたり
自分の才能に自惚れたり
自分の才能に失望したり
今日が良ければそれで良かったり
一生懸命な奴がウザかったり
一生懸命な奴が羨ましかったり
夢を口に出すのが恥ずかしかったり
都会に憧れたり
訳も無く落ち込んでみたり
やりたい事と出来る事の違いを知らされたり
明日は勝手に来るんだと信じていたり
迷ったり
死を美しいと感じたり
それでも生きていく事しか出来なかったり





若き日の葛藤

そんな時代を人は青春と言うけれど

今ならきっと
もっと上手くやれるよね

どんな壁だって今ならきっと乗り越えられる


でも
そんな事が言えるのは
若い頃の色々な経験があったからだろう

そう考えると
青春を本当の意味で謳歌出来るのは
今なのかも知れない




”青春? 若い奴にはもったいないね”
    by バーナード・ショー
      (イギリスの劇作家)




女人禁制破りの日

今日は「女人禁制破りの日」なんだそうです


1867(慶応3)年10月15日
イギリス公使ハリー・S・パークが
夫人同伴で当時女人禁制だった富士山に登った事を機に
当時の婦人運動家が提唱しました



「女人禁制」と聞くと
何だか時代錯誤の代名詞みたいに聞こえますが
実はまだまま女人禁制の場所ってあるようです

一番有名なのは
たぶん、大相撲の土俵でしょう

以前、女性官房長官が千秋楽の表彰式で
内閣総理大臣杯を自ら土俵に上がって授与したいと
不文律の見直しを求めましたが
相撲協会が拒否をして物議になりました

(当時の二子山理事長曰く
 土俵は神事。
 こんな世界が1つくらいあっても良いのでは
 と、言うのが理由でした)


修験道の霊峰とされる
奈良県の大峰山は今も尚
女性の立ち入りを拒んでいるそうです


これらの理由は
女性を排する古来からの自然観や
神道、仏教の教えにある
「ケガレ観」と密接に関係していると見られます

(神道においては
 身体から離れたモノをケガレとみなす考えがあり
 血を流す事もこれに当たると考えるようです
 つまり、女性の月経=不浄とみなした訳です)

この事を端的に表す言葉としては
「女性は不浄」と言う言葉がありますが
今の時代
こんな事を大声で言ったら
明日、その人は生きてはいないかも知れませんね(笑)

もちろん
我が家でこんな事を言った日には
家にいれなくなるのは私の方でしょう

なんせ、我が家は女性3:男1(私1人)

あっ、猫2匹もそう言えばオスですが
奴らは完全に女性陣の味方ですし(笑)


この他にも
お祭りの山車を引くのは男だけだとする風習も各地にあります

(一部には女性が引くのはOKだが
 山車に乗る事は許されないと言ったものもあります)


今ではほとんど問題になる事はありませんが
かつてはタブーとされていた中には
鉱山やトンネル工事現場
あるいは漁船などがあります


日本の伝統芸で言えば
能は1948年に女性能楽師が
日本能楽会への入会を認められましたが
歌舞伎においては未だに女性は認められていません

歌舞伎のルーツは
出雲の阿国 (いずものおくに)と言う女性だったはずですが
これは不思議な話ですね


それはともかく
女人禁制は何も我が国だけの風習ではありません

「全英ゴルフ」が女子ゴルファーに門戸を開いたのは
ホンの5年前(2005年)の事です

(歴史の古い会員制のゴルフ場では
 会員資格をまだ男に限定している所も多いようです)


さてさて
女人禁制は差別か?
それとも伝統か?

これは良く言われる事ですが
難しい問題ではあります


女性の側からしたら
「差別だ!」
「時代錯誤だ!」
「女がいないと男は何も出来ないくせに!」
などなど言って
大多数の女性が大ブーイングでしょうね

もちろん!

私も女性の味方ですから
そう思います(笑)

誰ですか?
「家にいられなくなるからだろう?」
なんて言うのは(笑)


ただ・・・

男女雇用機会均等法が施行されてけっこう経ちますが
思うんですよね

もちろん
「差別」は以ての外です

でも
男と女性の「区別」って有って良いと思うんです


「男らしさ」「女らしさ」
今の時代はこれを言ってもセクハラになるようですが
本来
男の持っているものと
女性の持っているものって違います

男ならではのものもあれば
女性ならではのものもあります

今みたいな時代だからこそ
逆に
そう言うものを大事にして良いんじゃないでしょうか?


職業での男性社会への女性の進出

それはそれで良い面もありますし
有って良い事だとも思うのですが

例えば、看護師さん

やはり
女性特有の柔らかな表情で接してもらった方が
注射をされるんでも
何をされるんでも
安心とかガマンとか出来るんですけどね(笑)



優しい嘘

あなたとの時間

昨日の想い出

あなたの事

その全てと

そしてあなたと私との事も

全て無かった事にして

知らない顔して生きていくわ



だからもう何も言わないで

心が戻ろうとしているけど

優しい嘘ならもういらないわ





あなたの言葉に

夢を見ていたわ

知っていたけど

叶わないと

それでも良いと思っていたの

何も無いよりマシだったから

知らない振りして信じてみたわ



あなたとの時間 あなたとの事

想い出が欲しかった訳じゃない

優しい嘘ももういらないわ





だからもう何も言わないで

あなたを嫌いになれるはずもないけど

優しい嘘ならもういらないわ




今日と言う1日

今日と言う1日は一生に1度です

でも
今日の思い出は一生のものになるかも知れません

でも、だからって
無理に思い出を作ろうなんて思う必要はありません

思い出を作る為に生きている訳ではないのですから

思い出って
後で振り返った時に自然に出来ているものなのです

でも
振り返る明日が無ければ思い出も出来ません



昨日がどんなに楽しかったとしても
嬉しかったとしても

今日がどんなに辛いとしても
哀しいとしても

昨日にはもう戻れません

ただ
今日と言う1日を生きる事だけが
今、出来る事です

今、すべき事です



明日の事は誰にも分かりません
100%なんて何処にもありません

確かな事は
今、生きていると言う事だけです

精一杯でなくても良い
頑張り過ぎなくても良い

休みたいと思ったら休めば良いのです
それは心や身体がそう求めているのです

ならば自然に任すのも良いでしょう
無駄な事を心や身体は求めないのですから



色々な想いを持ちながら
今日と言う日を人は生きています

1年でみれば1/365

人生80年としたら
1/29200に過ぎない1日ですが
今日が無ければ明日にはなりません

同じ今日をもう一度やり直す事は出来ませんが
今日の後悔も明日ならやり直す事は出来ます



今日と言う1日は一生に一度です

その今日と言う1日を生きる事が
明日を生きる為に必要な事なのです




先日、我が家の長女と次女の会話で
長女が
「五月蠅」を何と読んだかと言う話を書きましたが
私が思うに
北海道には「十月蝿」と言う言葉が
有っても良いのではないかと思っています

(本州ではまだ気温が高いでしょうから
 該当はしないかも知れませんが)



北海道にしては
異常に暑かった夏も過ぎ
季節は秋

秋になったと思った途端
一気に朝晩は冷え込んできました

朝、外に出ると
思わず肩をすぼめたくなります

それでも昼間の時間帯は
日によって
太陽が出てさえいれば
まだ暖かい日もあるのですが
翳っている日はけっこう肌寒いのです



そんなこの頃
コンビニなどの前に車を停めると
蝿が2?3匹くらい必ず車にしがみつきます

普段はコンビニ前のゴミ箱なんかで
寒さをしのいでいるのでしょうか?

ただ車の方が
特に
エンジンの有るボンネット付近が暖かいからでしょう

車を停めるとすぐに奴らは飛んでくるのです

そして
少しでも窓が開いていたり
あるいは
私が外に出ようとドアを開けた僅かな瞬間
奴らはすかさず車内に入ってきます

車の中で蝿を叩いて殺すと
窓やシートが汚れるますし
私だって根っからの非道ではありません

なるべく穏便に
奴らには外にお帰り頂きたいので
奴らのいる辺りの窓を開けて
ティッシュの箱やバインダーで
外に追い払おうとするのですが
こっちの気配を察知すると
前から後ろに
右から左に
奴らはたくみに逃げてかわそうとします

そりゃそうでしょうね
奴らだって必死なはずです

なんせ外は寒い

そんな寒い所じゃ
奴らだって
いつまでも生きてはいけません

でも、車の中は適度に暖かいのですから

この季節
奴らでなくたって
こんな良い場所はありません

今年の夏はエアコンをかけていても
『全然効いていないのか?』
って思うくらい暑くて
車の中で寝ようものなら汗だくでした

でも、今は違います

エアコンも良く言う事を聞きます
いや効きます(笑)
寒かったらヒーターを入れます

時間さえ許してくれるなら
いくらだって昼寝をしていられるくらい
車の中は快適なのです

奴らだって
せっかく快適な中に入ったのですから
そう簡単に外に出たくはないでしょう


そこでまた
私対奴らの車内バトルが始まります

あくまで私の目的は奴らを外に追い出す事
殺す事ではありません

いや
出来れば穏便にお帰り頂きたいのですが(笑)


でも奴らも必死です

一度、外に出したかと思っても
またすぐに舞い戻って来ます

そして
また右に左に場所を変えては逃げ回ります


そんな事を最近は毎日のように
時には一日に
一度ならず二度、三度と繰り返したりします


コンビニから戻って
車内に奴らの気配が無いとホッとします

でも
車を走らせた途端
どこからともなく現れた奴らが
フロントガラスに止まっていたりします

もちろん
すぐさま車を停めると
私は奴らに話しかけます

「なぁ、大概にしてくれんか?
 今、出て言ってくれるなら
 命の保証はしてやるよ。
 でも、どうしても出ていかないと言うなら
 こっちにも考えがあるぞ!」

まぁ、それで素直に出ていく奴らではないのですが

と言うより
奴らと会話が出来る方が或る意味恐いかな?(笑)


ともあれ
そんなこんなの日々


「五月蠅」と書いて「うるさい」と読むなら
この時期、十月
「十月蝿」と書いて何と読みましょうか?

五と十じゃ倍ですから「うるさい、うるさい」?
それとも今風に言って「超うるさい」?


そこで私は考えました


で・・・提案します

今日から北海道では
「十月蝿」と書いて「しつこい」と読みましょう!


実感なんです(笑)


ありがとう

「ありがとう」は感謝の言葉


親しみを込めて「ありがとー!」

ちょっと甘えた風に「ありがと♪」

男ならテレながら「ありがとな」

言葉にならない一言を搾り出して言う「ありがとう・・・」


「ありがとう」は
人と人を心で繋ぐ一番短い言葉

人を優しい気持ちにさせる言葉

何かをしてもらったら「ありがとう」
何かを頼んだら「ありがとう」
何かを貰ったら「ありがとう」

その気持ちに
その行動に
感謝を込めて言う言葉

ただ
傍にいてくれるだけで「ありがとう」

そんな事もあるね


でも、思い返すと
結構、切ない「ありがとう」も有った

別れの時の「ありがとう」は
「さよなら」以上に切ない言葉

友達でも、恋人でも、肉親でも・・・

見送る時に、見送られる時に言う「ありがとう」

別れの最後に言う「ありがとう」

それもひとつ
伝えきれない心を伝える心の言葉


「ありがとう」と言える関係だった事に「ありがとう」
今も「ありがとう」と言える関係に「ありがとう」

ホンの短い言葉だけれど
心で伝える心の言葉





歩こうよ

一人で歩くには
この道はあまりに長過ぎて

時々、迷いそうになる
つまづきそうになる

花が咲いていても
川が流れていても
青い空に虹がかかっていても

ボク一人だけじゃ
誰にも伝えられないこの想い

だから
手を繋いで歩こうよ
独りで歩くときっと俯いてしまうから

だから
手を繋いで歩こうよ
君となら歩いて行きたい どんな道も




どんなにボクが
キミの事を想ってるか知ってるかい?

多分、キミが思うより
ずっとずっと大きいよ

鳥が歌っていても
風が囁いていても
夕焼け空がどんなにキレイでも

キミがここにいなければ
独りぼっちじゃとてもいられない

だから
手を繋いで歩こうよ
独りで歩くと道に迷ってしまうから

だから
手を繋いで歩こうよ
君とだから歩いて行きたい どんな道も






【 夢乃談(言い訳?) 】

基本、恋の詩は苦手です

この歳でってテレもあるし
何より
どんな言葉を探して来ても
陳腐になってしまいかねません

(いや、これも十分陳腐ですが(笑))

だから
普段は敢えて書かないようにしているのですが
時々、言葉が勝手に出たがります

1フレーズが勝手に出ちゃうと
後はなし崩しです!?(笑)


まぁ

たまには良いかな




繰り返す夢

何度も同じ夢を繰り返し見る事ってありませんか?

短い間に何度もだったり
数年間に渡って何度かだったり
周期的に
或いは不定期にだったり
パターンは人それぞれかも知れませんが・・・


私が見る夢は次のような夢です


スーツを着ているので仕事中の事です
多分、昼に弁当でも買いに行ったのでしょう

スーパーで買い物を済ませ
(何故かいつもスーパーです)
車を停めたはずの場所に行くと車が無いのです

私は焦ります

『あれっ? 場所を間違えたか?』

私は車を停めたはずの場所の近くを走り回ります

でも、車は何処にも見当たりません

『ヤバい! 車が無い!
 会社の車なのに無くなったらヤバいよ!
 あれ?
 そう言えば会社の重要書類は積んでたっけ?
 お客さんの個人情報は大丈夫か?
 いや、確か・・・
 そう! 何も積んでないはずだ!
 だけど、会社の車が無くなったなんて
 それが知れたらヤバいぞ!
 どうしよう、どうしよう!』

そんな事を思いながら
駐車場中を探し回ります

『そうだ! ここじゃ無かったかも知れない!
 確か、ここは地下にも駐車場が有ったよな』

スーパーの中に戻り
入り口を入って右手に行くと
眼下に広大な地下駐車場が見えます

でも、降りていく階段が有りません

『何処だ? 何処だ?』

そこでまた走ってスーパーを出ると
何故かそこが地下駐車場なのです

(明らかに地下です。
 天井が有って照明も付いているのです)

私は焦りながら車を探します

地下駐車場はガラガラ空いていて
数台しか停まっていません

なのに
端から端まで走っても
何処にも車は無いのです

私は階段を駆け上がります

(何故か上に行く階段は有るのです)

『そうだ、ただの勘違いだ!
 駐車場に行ってみたら車はちゃんと有って
 「なぁ?んだ」ってなるに違いない』

期待? 希望?

階段を一気に駆け上がると
スーパーを出て駐車場に急ぎます

でも
駐車場には1台の車も停まってはいないのです

『会社に車なのにどうしよう!
 盗まれた!?
 いや、盗まれたんなら未だマシだ
 誰か犯人がいるんだから
 でも、無くなったなんてどう言えば良いんだ!』


夢なのではっきりとは分かりませんが
おそらく感覚的に言えば15?20分程度でしょうか

いつも
『どうしよう!』
と、思ったところで目が覚めます

そして
夢だった事にホッとするのですが
でも
同じような夢を何度も見るのって
何か不安を感じさせます


そこでネットで色々と調べてみましたが
明解な回答は得られませんでした

ただ
いくつかのサイトで書かれていた事を総合すると
以下のようになります


”同じ夢を何度も見る現象は
 一種の「警告」であり
 コンプレックスやトラウマなどが
 大きく関わっていると言われています

 心の奥底に
 解決しなければならないコンプレックスが
 存在する事が多いようで
 夢が自分に何か大切な事を
 知らせようとしているのかも知れません

 警告を発しているのに改善が見られないと
 夢は何度も自分に気付かせようとメッセージを送ります

 また強い刺激
 何かトラウマ的な要素を
 持っている場合が挙げられます

 もし自分が同じ夢を見ているなら
 その夢には
 大切なメッセージが込められているのです”



「警告」?

何の?

「コンプレックス」?
「トラウマ」?

「メッセージ」?

確かに私は外回りの仕事なので
普段は会社の車(社用車)を使っています

でも
以前の会社ならともかく(苦笑)
幸い今の会社では
仕事的にはプレッシャーになるような事は
何も無いですし
仕事上のトラウマも抱えてはいません

もちろん
仕事中に事故を起こしたとか
危うく盗難に遭いそうになったとか
そんな事もありません

仕事をしていれば多少のトラブルには遭遇しますが
長期に渡るようなトラブルは有りませんでしたし
今も
未解決のトラブルは抱えてはいません


じゃ「警告」?

それにしては期間が長過ぎます

初めてこの夢を見たのは
確か・・・そう
もう2年くらい前だったと思います

(それから4?5回はこんな夢を見ています)

そんな長い期間の「警告」って
いったい”いつ”を心配したら良いのでしょう?

仕事をしている限りずっと?


そうですね
確かに会社の車で仕事をしている以上
慎重に運転をし
また、不祥事が起きないように
きちんと管理をしなければならないでしょう

でも
だからって
それでこんな夢を何度も見るでしょうか?


逆にこんな夢を何度も見る事が
ストレスになってしまいそうです


私は”何”を恐れているのでしょう?

私は・・・





そうか・・・もしかして・・・?




”半世紀”

何か、こう書くと
とてつもなく長い月日と言う気がしますね

他人事のようですが(笑)


更に足す事の3年

これはもう未知の世界です

今だかつて
52歳以下の人には経験した事の無い世界です!?


自分がそんな歳になるなんて
もっとずっと先の話だと思っていました

いや・・・
思い込もうとしていただけなのかも知れませんが(笑)


10代の頃は
30代の男ってオジサンって感じでした

まして
40代、50代なんて言ったら
オジサンを通り越してオヤジ

しかも
良くない意味で色々な形容詞の付く・・・オヤジ

人生の折り返しも過ぎて
後は枯れていくだけ?

いったい何の楽しみがあるんだろう?

そんな風に思っていたような気がします

10代の頃
自分もいつかその歳になるなんて考えもせずに


でも!

しかし!

だが!

何のその!

エンヤコラ!

BUT!

まだまだ枯れてしまう訳にはいきません!!!


気持ちはまだまだ10代!!

と、まではいかなくても20代!!

・・・くらいのつもりで

気持ちだけは・・・

確かに、身体は衰えを隠せないけど(笑)


ちょっとだけ無理をしてでも
頑張っていかねば!

そう
人生はまだまだこれから

諦めたら負けです


50代には50代の楽しみだってある!

・・・はず

若い頃には分からなかった事だって
今なら分かる!

・・・多分


後、半世紀!

・・・は無理にしても(笑)


青春しましょ!



Happy Birthday To Me





Powered by FC2 Blog