Neko

夢の汽車に乗って 2010年03月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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これもマーフィーの法則なのでしょうか?

忙しくて時間が無い時に限って
話好きな人に捉ってしまうなんて事は良くあります


その日もそんな日でした・・・


『今日は忙しいし
 ここは何とか10分以内に終わらせたいなぁ?
 社長が留守ならラッキーなんだけど・・・』

その日
そこの会社では特に重要な案件も無かったので
事務的な事はさっさと片づけて
次へと急ぎたかったのです


「毎度様で?す」

事務所に入ると
ラッキーな事に社長は接客中で
挨拶もそこそこに
急ぎで受け取る書類の確認をしていると

「じゃ、社長よろしく」

そう言ってお客さんは帰ってしまいました

『アレッ、まずいって!
 お客さん、もっとゆっくりしてってよ?』

内心、そう叫んでいると
案の定・・・

「おっ、丁度良いとこに来たな。
 美味いコーヒーが入ってるから
 ちょっと飲んでいけや」

「あっ、はい。 いや、そんなお気遣いは」

「まぁ、良いからこっちに来て座れや」

そう言われて応接ソファに座ると
いつも愛想の良い奥さんが
コーヒーを持って来てくれました

「はい、どうぞ。
 これね、貰い物なんだけど
 とっても美味しいのよ」

「何でもな、札幌の何とかって店で売ってる
 高級なコーヒー豆だって
 娘が買って来てくれてな」

「そうですか、はい。 じゃ、頂きます」


『甘っ!』

奥さん、ミルクも砂糖も入れ過ぎです
どんなに高級な豆でもこれじゃ台無しですよ


「どうだ? 美味いだろ?」

「えぇ、やっぱり高級な豆は風味が違いますね」

担当営業マンとしては
取引先の社長夫妻の機嫌を損ねる訳にはいきません

「そうだろ? ずいぶん、高かったらしいぞ。
 ところでな、この前のあの件だけど・・・」


初めは仕事の話から始まって
いつの間にか話が横道を逸れ?の
斜めに駆け抜け?の
行きつ戻りつで
話が長くなるのが
ここの社長のパターンです

『やばい! 始まったぞ。
 何処で話を切り上げるか・・・』

私の頭脳はその事だけを一点に
フル回転を始めます


「でな、あれは・・・」

社長は今日も饒舌です

さり気なくチラリと腕時計を見る
社長の話が始まって10分が過ぎていました

ここの会社に訪れてからはもう15分です

『さてと、何処かキリの良いところで話を切らないと
 今日の社長の機嫌の良さからして
 下手したら1時間コースになりかねないぞ』


話好きな人の話を
なるべく早めに切り上げてもらうコツ
私が長年の経験で得た答え
それは”急がば廻れ”と言う事です

つまり
社長がどんな話しをしても
決して、反論をしてはいけないと言う事です

ひと度、反論でもしようものなら

「お前は全然、分かってないな」

そんなところから
ますます相手の闘争心に火を付ける事になり
活弁に拍車がかかります

それだけ話が長引くと言う事です

かと言って
こちらは真剣に話を聴いていると言うポーズも
きちんと見せておかなければなりません

最悪なのは相手を不機嫌にしてしまう事なのですから

話をしている相手の目をちゃんと見つつ
打つべき時に相槌を打つ

しかし
相手を無用に調子に乗せるような相槌はいけません

そこら辺の機微が難しいのですが
そこは長年の経験がものを言います

そして当然ではありますが
下手な話しの腰の折り方をしてはいけません

”丁度良いタイミングで
 相手の機嫌を損なわずに話しを切る”

それが担当営業マンとしての極意であり
また、使命なのです


とは言うものの
私のような気の弱い営業マンにとっては
これはいつもながら至難の技です

いつもタイミングを逃してしまって
相手が話し疲れるのを待つ事になってしまいます

そんな時はいつも神頼みです

『お願いします、神様!
 誰か別のお客さんが早く来ますように!
 お客さんが無理なら
 ライバル社の営業マンでも構いません!
 でも、出来るなら
 ライバル社の営業マンじゃなくて
 我が社のユーザーさんが良いのですが・・・
 いや! それが無理なら
 お客さんは来なくても良いです!
 誰か、電話を1本
 社長にかけるように仕向けてください!』


こちらの気持ちを知ってか知らずか
社長の饒舌ぶりはますますエスカレートしていきます


話し始めてから
既に30分が経過

『本当に今日はヤバいんだよなぁ?
 この後、まだ5件も寄らなくちゃいけないのに
 誰か助けて!』


「ねぇ、Yさん?」

おっと!
ここで神の助けか?

奥さんがにこやかな笑顔で言いました

「Yさん、コーヒー、もう一杯いかが?」


『えー!? そっちですか?』

自分で顔が青ざめていくのが分かります

「い、いや、そんな奥さん、お気遣いなく」

「今更、遠慮しないで。
 ちょっと、待ってね」

「あっ、いや、奥さん、本当に・・・」

たぶん、私の声は奥さんには届かなかったのでしょう
奥さんはコーヒーを入れに給湯室に行ってしまいました

社長はこちらを見てニコニコしています

「何を遠慮してるんだ?
 で・・・続きなんだけどな・・・」


2杯目のコーヒーを口にしながら
またチラリと腕時計を見ます

40分が経過

社長の話しはまだまだ終わりそうもありません

社長の饒舌さはますます冴え渡る一方
しかも
いっこうに話し疲れて来る気配もありません


そうこうしている内に時間だけは流れ・・・


今日は話を切るタイミングを3回は逃しています

『ヤバい、マジ1時間コースだ・・・
 下手したら記録更新か???』


と、その時です

プルプルプルルル・・・

「はい、**商事です」

いつもながら愛想の良い声で奥さんが電話に出ました

『やった! 今度こそ神の助けだ!
 はいはい、社長? 電話ですよ?♪』

心が弾まない訳がありません

「はい、はい、分かりました。
 それではよろしくお願いしますね」

そう言うと
奥さんは無情にも電話を切ってしまいました

『えっ!? 社長に電話じゃなかったの?』

もう、泣きたくなります

そんな電話に気に留めるでもなく
社長の話しは続きます


電話に助けられると喜んだ反動は大きく
私の心はうつろにその辺を彷徨っていました


「なぁ? そう思うだろ?」

社長のひと言に我に返り
つい

「えぇ、そうですね。 全くその通りです」

「そうだろ? お前もそう思うよな?
 だいたいだな・・・」

『あっ、ヤバい!
 こんな全肯定したら、ますます話しに拍車が・・・』


そうです

相槌は打っても
無用に話しを増長させるような相槌はご法度だったのです

十分、分かっていたはずなのに

なのに、電話のショックからか
ついうっかり
社長の気を良くするような肯定をしてしまいました


とうとう1時間が過ぎました
こうなると自棄です

『えーい! 後の5件は今日はもう止めだ!』

こう一旦決めてしまうと
普段は気の弱い私でも結構、肝が据わるのです

『さぁ、社長! どんどん話しをしてみろってんだ!』


と、その時です
今度は社長の携帯電話が鳴りました

「ちょっとすまんな」

社長はそう言うと電話を取りました


『あっ、また・・・
 せっかくの切るタイミングだったのに・・・
 携帯が鳴った時点で切り上げれば良かったよな。
 でも、しゃーない。
 こうなったら、とことん・・・』

そう覚悟を決めた時

「おー、すまんな。
 ちょっと話しが長引きそうだ。
 話しの途中で済まんが
 引き取ってもらえるか?」

「あっ、はい。
 すみません、社長。 お忙しいところを長々と」

「いや、気にせんで良いよ。
 また、よろしくな」

そう言うと、また電話の相手に向かって

「すまん、すまん、ちょっと来客中だったんでな。
 で、どうした?」



結局、1時間15分でした

後、5分で記録更新となるところだったのですが
それが良かったのか? 残念だったのか?

今ではどうでも良い事です


一気に気持ちの張りが抜けていきます


「それじゃ、奥さん。 ご馳走様でした」

にこやかな営業スマイルで奥さんに挨拶をし
会社を出ると車に乗り込みました

かなりの疲労感と脱力感の中
シートに座ると
まずはタバコに火を点けました

『ふー』

さて、どうする?

『中途半端な時間になったなぁ?』

そう思いながら
日報をめくって次の予定を確認します



次は・・・?

あっ、あそこの社長も話し好きな社長だ!





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強風

強風はいつも向かい風とばかりは限らない


風向きが変われば追い風にもなるし

例え
それが向かい風だとしても
風が強いほど
浮力がついて空高く舞い上がれるって事もある


そう考えると
どんな境遇だって悪い事ばかりじゃないんだよね




似てる

もしかして
寂しさと片想いって似てるのかもね

「どう言う事だい?」

だってさ
切ない想いをするのはいつも自分だけだし
そして
いつかは誰かに自分を分かって欲しいって願ってる

「なるほど。
 その意味では確かに似ているかも知れないね。
 そして、どっちも自分の側の問題だしね」

そうなんだ
そこから一歩を踏み出さないと
どちらも解決しない
自分独りで悶々としているだけじゃね

「そうだね。
 その理屈だと
 優しさとワガママも似ているのかもよ。
 だって
 それって自分じゃ案外気がついていないものだよ。
 相手がそう感じているだけで
 自分がそう思っている訳じゃないもの」

うん、そうかも知れない
優しさにしろ、ワガママにしろ
知らないうちに相手に自分を押し付けている
そんな事もあるだろうな

「難しいところだけどね。
 でも、相手がある事だけに
 その判断は相手に委ねなきゃならない」

そうすると
もしかしてだけどね
正直者と嘘つきも似ているって事になるよね

「正直者と嘘つき?」

うん、相手に正直に言った言葉が
望まないにしろ
相手を傷つけてしまう事ってあるよね
そして
相手の事を思ってつく嘘もあるし
ほら、嘘も方便ってね
つまり
正直者がいつも正しいとは限らないし
嘘つきがいつも悪者だとは限らないって事でしょ?

「なるほどね。
 一見、対極にいる人が実は同じ人だったりする訳だ」

そう
対人関係ってさ
相手によって変わるものだからね
自分の態度とか行動って
相手によって変わるでしょ?
最初はみんなに同じように接しようと思っていても
相手のリアクションや
自分に対する態度でだんだん自分も変わるよね

「そうだね。
 そうしなきゃやってられないからなぁ?
 誰もが聖人君子って訳じゃないしね」

うん、相手によって関わり方も違ってくる
それは仕方の無い事だよ

「かもね。
 で、どうした?
 急にそんな事を言い出して。
 何かあったのかい?」

そう言う訳じゃないけどね
ただ、似てるなぁ?って思ってさ
君と僕が

「お前と?」

うん、過去の君と未来の僕
過去はもう変えられないだろ?
未来はもしかしたら変えられるかも知れないけど
どのみち、選ぶ道はひとつだとしたら
それは変えられないのと同じさ

「いや、それは違うな」

違うって?
どうしてだい?

「お前は過去は変えられないと言った。
 うん、確かにそれはそうだ。
 だけど、未来はお前が選ぶ事が出来るだろ?
 選ぶ道はひとつかも知れないけど
 その選び方で未来は変わるはずさ。
 違うかい?」

それはそうだけど・・・
でも、どんな選択をしたって
それがどんな結果になっても
やり直す事は出来ないよね?
それは過去が変えられないと言うのと
同じ意味なんじゃないかな

「いいや、全く違うよ」

違う?

「あぁ、違う。
 過去の俺がいるから今のお前がいて
 そして、未来のお前がいる。
 つまり、それだけ経験をしているって事さ。
 何もいきなり
 生まれたてのお前が選択をする訳じゃない。
 過去の俺を信じろよ。
 そしたら、ちゃんとした選択が出来るはずさ。
 選ぶ前から後悔する事を考えたって仕方ないだろ?」

そっか・・・そうだね
僕と君は似ていて当たり前だけど
だからって
同じでいる必要はないんだものね
君がした後悔を僕は知っている
だから
後悔しない方法も分かっている
それだけでも随分違うよね

「あぁ、そうさ。
 俺はもうお前をただ見てるしか出来ないけど
 お前は前を向いて行動出来る。
 それがお前だよ」


vs 慣れ

どうでも良いように見える事の中にだって
案外、大切な事は有るんじゃないかなぁ?

当たり前過ぎて
ただ気がついていないだけでね


最初は不思議だなんて思っていた事も
いつかそれに慣れてしまうと
もう不思議だなんて誰も言わなくなります

どんなに楽しい事も
慣れてしまうと普通の事になってしまいます

感動も驚きも
”慣れ”がいつか”当たり前”に変えてしまいます


慣れと言うのは
良く言えば順応だけど
悪く言えば麻痺しているのと同じ


「(慣れちゃって)つまらないなぁ?」
と、感じるのは
いつも同じところを同じ見方をしているからで

少しだけ目線を変える事で
きっと、今までと違った新しいものも見えてくるはず

そして
そんな中から
案外、大切な事って見つかる気がします

(認識を新たに出来るとかね)


それはきっと
人と人との関係でも同じかも知れません


とにもかくにも
ここを訪問をして下さる皆さんのお陰で

今日、30000Hitを迎える事ができました


例によって
特にキリ番は設けていませんでした

”30000番目が誰か?”
と、言う事よりも
私にとっては
訪問をして下さる皆さん全てが有っての今日であり
この番号と言う事ですので

今も訪問をして下さっている方はもちろん

かつて訪問をして下さっていた方
一度だけ何気に覗いて下さった方も含めて

その全ての方々に深く感謝を申し上げます


私のブログの中には
色々な”夢乃咲道”がいて
色々な文章を好き勝手に書いています

(もちろん、私自身が複数人いる訳ではないですが)

必ずしも読んでいて
楽しいものばかりではないかも知れません

読んで下さった方が
コメントに困るであろう事は
十分承知で書いている事もあります

時には偉そうな事を書いてしまう事もあります
自分の思い込みだけで書いてしまう事もあります



”文章を書く事は自分を表現する事”

そう思いながらも
模索の日々は今も続いています

たぶん
これからもまだまだ続くでしょう

ひとつには
”いつか”の私自身の夢の為に・・・



願わくば

こんな私ではありますが
これからも
夢乃咲道と長くお付き合いを頂ければ幸いです


いつかあなたに
何かひとつでも心に残る言葉を届けられたとしたら
私にとって
それ以上の幸せはありません



           2010年3月25日
                 
                   夢乃咲道





感謝の気持ちを込めて
親愛なる”あなた”に今日はこの歌を贈ります


 『Dearest』浜崎あゆみ

       By YOU TUBE



今更何が欲しいって思うほど
もう若くは無い

木立を抜ける風のように
何にもぶつからずに生きていけたら
それで良いと思っていた


時計の針が気になっているのは
残りの時間を気にしていただけ

振り返る事が増えたのは
明日に期待するほど若くは無いって事
そんなもんだと思ってた


君に出逢うまでの僕は
飲みほした後のコーヒーカップのように
冷めていく気持ちを
当たり前のように受け止めるしかなかった

君に出逢うまでは


或る日
雨上がりの空に虹を見つけた

手を伸ばせば届きそうな白い雲と
暖かな陽射しの中で
僕は立ち止まってそれを見ていた

気に留めなければ
いつものように通り過ぎる
それだけの風景だったに違いない

だけど、立ち止まった瞬間
僕の心に何かが沁みていったんだ


もう少しだけ、後少し
自分らしく生きてみたくなったよ

君に出逢ってからは、そう


だけど良いんだ
だから良いんだ


何を望む訳でもなくて
君の笑顔がただ嬉しくて
見つめていたいだけの
ただそれだけの片想い








三寒四温

また寒さがぶり返してきた

つい先日の
あの春めいた陽気は何だったんだろうとさえ思ってしまう


雪が降ったかと思えば
今度はすぐに陽射しが降ってくる

そんな風に
1日の内で何度も季節が変わるように天気が変わる

北の空はドンヨリと雲が厚く
南を見れば青空が拡がっている


一度、暖かさを思い出した皮膚には
吹く風は想像以上に冷たい


春と冬の間を行き来して繰り返す季節の綱引き

遅かれ早かれ
勝つのは春だと分かっていても
つい春を応援してしまう

判官贔屓とでも何とでも言えば良い

冬の孤軍奮闘には応援はするまい

”三歩進んで二歩下がる”

その謙虚さは日本人の美徳では有るが
一方で散り際の潔さも日本人の美徳である


果たして
問い掛けた冬にこの言葉の意味は判るだろうか・・・



名前

誰かと話をしている時に

話の中にこちらの名前を入れて話されると

何だか、嬉しいですよね


親しみを感じます


相手が異性なら”勘違い”もしてしまいそうですが(笑)


でも

相手と親しくなるコツって

そんなちょっとしたところにあるんでしょうね







『花の名』BUMP OF CHICKEN

    By YOU TUBE



夢の形

思い描く夢の形はどんな形をしている?


漠然とした夢には
ちゃんとした形はない


逆に言えば
これから次第で
どんな形にも成り得るって事だけど

夢はきちんと描かないと
どんな形にもならないものだよ



微妙な違い!?

日本語って難しいですね?

読むと書くとじゃ大違いな言葉って
けっこう有るもんですね


そんなヒマだった訳じゃありませんが
半年かけて
思いついた言葉を書き留めていました

(って、よっぽどのヒマ人でしょ(笑))


ヒントだったのは
一休さんの
『この橋、渡るべからず』ネタです、これ(笑)

     ↓


汚職事件 と お食事券


薬剤師 と ヤクザ医師


次男です と 痔なんです


判決 と 半ケツ


カレー臭 と 加齢臭


出無精 と デブ症


小中学生 と 焼酎が臭(く)せ?


車で待とう と 来るまで待とう


届け物です と トド獣です


お母さんがパン作ってる と お母さんがパンツ食ってる


付き合う と 突き合う


趣味は俳諧 と 週2は徘徊


励ます と 禿げ増す


美乳 と 微乳


除草剤 と 女装罪


扶養家族 と 不要家族





今時、こんな変換ミスをするパソコンも無いだろうけど
こんな事を考えるヒマ人はいるみたいです←ここに(笑)


よっぽどネタに困っているんでしょうか?

ねぇ? 夢乃さん???(笑)




”作る”と言う事

色々と苦労をして
やっと出来たと思ったけど
何処かシックリとこないところがある


ここを直して
あそこを直して・・・

何とか体裁は整えたものの
やはり何処かまだシックリこない


それはそうだよね

体裁を整えたと言うのは
ただ形を整えただけなんだ

シックリ来なかった原因を解決した訳ではない

いくら形を整えたからって
それで納得出来ない事は
自分が一番良く分かっている



そんな時はどうしたら良いと思う?


そんな時は
一度全部壊してしまうんだ

それも方法のひとつ

出来れば
最初に考えた事も全部真っ更にして
もう一度初めからやってみたら良い

それが案外、一番の早道だったりする


もうひとつの方法は
最初に思い描いていた形に囚われないで
修正をしながら納得出来るまでやり続ける事

ジグソーパズルのピースのように
当てはめる場所が決まっているものなんてない

やる度に形が変わる事だってある

でも
それで良いんだと自分で思いきる事



何についても、どんな事にでも
”作る”方法はいろいろある
それぞれのやり方があって良い

その正解を知っているのは自分だけなのだから



坂道

坂道は洋の東西を問わず
昔から色々な小説や映画などの舞台として
人生の
或いは生き方そのものの象徴として描かれてきた


私の好きな映画監督である大林宣彦の映画
尾道三部作と呼ばれる
「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」や
小樽が舞台の「はるか、ノスタルジー」は
そこに映し出される坂道が印象的だった


歌においてもそれはしかりで
「坂」は人生
つまり生きてきた道
或いは
これから歩むべき道としても歌われてきた

「坂」そのものがタイトルに使われたり
歌詞の中で
何かに比喩されて歌われているものも多い


さだまさしが
”母がまだ若い頃、僕の手をひいて
 この坂を上るたびいつも溜め息をついた”
と歌った「無縁坂」

ゴスペラーズが
”この坂を上ったら
 二人どんな景色が見えるだろう”
と歌った「陽のあたる坂道」

中島みゆきの「あぶな坂」ctc・・・


坂道を上り、坂道を下る

そこに現実の生活があれば
感慨にふけると言うよりは
それは苦労以外の何物でも無いかも知れない

行く道にせよ、帰る道にせよ
上れば必ず下らなければならない
下れば必ず上らなければならないのだから

特に雪国の冬の坂道は厳しい


しかし
旅人にしてみれば
坂道は来た道であり
これから向かう道である

その坂道の先で
旅人は
何を見る事になるのだろうか



今、私の暮らす街は十勝平野の真ん中辺りにある

生まれた街は山間の小さな町だったが
坂道はそれほど多い訳ではなかったし
青春期を過ごした旭川は川の街と呼ばれていた

なので
坂道のある風景には
昔から一種の憧れみたいなものがあった


坂道も車で走ると
それはただ
過ぎていく一瞬の風景の内の一部でしか無い


しかし
自分の足で歩いてみた時
初めてそこに
人がいにしえより積み重ねた足跡を見る事が出来る


『誰がどんな想いでこの坂道を歩いただろう?』

そんな事に想いをはせて坂道を歩いてみるのも良いな

坂道の途中で休むのも良い

腰をおろした坂道の途中
眼下に海なんか見えたらそれだけで良い


いつかゆっくりと坂の街を巡ってみたい



愛された想い出と愛した想い出


どっちがたくさんありますか?

ふと想い出すのはどっちですか?





人生の最後に想い出すのは


愛してくれた人でしょうか?

それとも愛した人でしょうか?





どんなに愛しても愛されても
縁が無かった人

大して愛しても愛されてもいなかったけど
縁が有った人

それを
神様の気紛れだとか
人生の皮肉だと言う人がいます


でも
本当にそれだけでしょうか?


”出会いには理由は無いけど
 別れには理由が有る”

そんな言葉が有ります

つまり
”想い出になってしまった”事には
それなりの理由が有ったと言う事です

それを

縁が有ったとか無かったで済ませてしまえれば
少しは気持ちも楽になるでしょうか?



ふと
そんな事を考えた夜に・・・






春眠暁を・・・

3月と言っても
北海道ではまだまだ冬模様が優勢です


朝晩はまだまだ寒い日が続いています

それでも日中の陽射しが暖かくなってくると
少しだけ春を感じる事が出来ます

だんだんと庭の雪山も小さくなっていきます

日中だけなら
暖かい日はストーブを止めたりもします


春が近いせいでしょうか?

最近は朝起きるのが辛くなって来ました

確かに
夜更かしをする自分が悪いのではありますが・・・



決まって定時に鳴る律儀な目覚ましの音に
現実に引き戻されます

眠たさと後悔

『あ・・もう朝?
 眠い・・・ あぁ・・・起きなきゃ・・・』

そう思いながら
5分後に再び鳴るであろう
目覚ましの律儀さに託して目を閉じます


きっちり5分後

『え・・もう?
 意地悪は止めてくれ。さよなら、目覚まし君・・・』

また、目覚ましを止める


再び5分

『分かったよ?分かりましたです! はいはい・・・』

いくら律儀な目覚まし君とは言え
これ以上起きなきゃ
さすがに怒ってもう起こしてくれなくなる?

そんな妙な強迫観念にかられて渋々、起き上がります


『今夜こそ早く寝よう。そうだ、そうしよう』

自分に言い聞かせます


しかし、喉元過ぎれば何とやら!?

夜になると元気になる私

かくして、毎夜の夜更かしは続くのです


明日の朝になれば
後悔をするのは分かってはいるのですが
短い一生だと思えば
早く寝てしまうのがもったいない?


結局、季節には関係なく
年がら年中

春眠暁を覚えず

夏眠暁を覚えず

秋眠暁を覚えず

冬眠暁を・・・


冬眠?

そうだ! 冬眠したいなぁ?♪


そしたら堂々と
朝の眠たさを春のせいにして
「春眠暁を覚えず」と言えるよね?


土曜日にジージョの
ブラスバンドの定期演奏会が
地元のホールでありました

(小学生の3年生?6年生までの総勢36名編成です)

定期演奏会と言えば
1年の活動の締め括りであり
単独コンサートとしては
1年で一番大きなイベントですから
当然、「親の会」も準備段階から総動員態勢です

(実はこれがけっこう大変です(^-^; )

うちの奴が3学期担当役員をしていた関係で
まず
事前の周知ポスター作りを命じられまして

「うちでポスターを作る事になったから。
 出来る?」

「出来る? 何をアホな事を!」

見事に私の闘争心に火を付けられまして(笑)

「当たり前だろ!
 で、どんなのを作れば良いんだ?」

「これ、去年のポスターなんだけど
 被らないようにしてよ」

「で、サイズは?」

「今年はA2で作りたいだって、出来る?」

A2サイズにはいくらでも出来るけど
残念ながら我が家のプリンターはA4まで

(普通、一般家庭ではそんなもんです)

「A4を4枚作って貼り合わせになるぞ」

「良いんじゃない」

けっこう、簡単に言ってくれます(笑)

しかも、団員の集合写真を使うタイプは
他の人が作るらしく
公共施設等に貼ってもらう用に
大人しめなポスターを作れとの指示

で、諸々ネタ集め(背景の写真等)を集めつつ
多少、加工したりして
何パターンかを作成

「これなんかどう?」

うちの奴はチラッと見るなり

「普通」

「あのなぁ? 定期演奏会だぞ
 そんなに遊ぶ訳にはいかないっしょ。
 しかも、大人しめって言ったのはそっちだぞ」

「でも、それじゃ面白くない。 普通」

「じゃ、これは?」

「変。 全然、定期演奏会っぽくない」

「じゃ、どうしろと?
 だいたい、絵心も無くて
 空間認識も甘いお前には言われたくないんだけど。
 そんなに簡単に言うならお前が作れば?」

「出来ないから頼んでるんでしょ!」

と、逆切れされる始末(苦笑)

逆切れをしたいのはこっちなんだけど
何はともあれ、ジージョの為と
言いたい言葉の半分を飲み込んで
作り直し

「これはどう?」

「あー、良いんじゃない。
 でも、決めるのは子供達だから」

おいおい!
なら、最初からそう言えよ!
しかも
それを何でお前がダメ出ししてたんだ!(怒)


結局、5パターン作った中から
1パターンを子供達に選んでもらって
文字の大きさや色と
下絵の追加リクエストを加える等
多少の修正の後、完成

「やれやれ、これで俺の仕事は終わりね?」

「多分」

「多分・・・?」


嫌な予感は当たるもので(笑)

数週間後

「ねぇ、定期演奏会の中で
 親子合同演奏ってあるんだけど
 お父さんもギターで参加をする事になったから」

「はぁ? 『なったから』? 何だ、それ?」

「3曲くらい、OBや親と子供達が演奏するんだって。
 私に『何か出来る?』って訊かれたから
 お父さんが昔、バンドをやってましたって言ったら
 『じゃ、ぜひお父さんに』ってなったから」

おいおい、またそれかい?

「で、何をやるの?」

「『OMENS OF LOVE』と『LA BAMBA』と
 『Tequila』だって」

「で、楽譜は?」

「そのうち、くれるんじゃない?」

と、まるで無責任な言葉

いきなり「やれ」と言われても
現役当時ならいざ知らず
なんせ
ここ8?9年はギターには全く触っていません

それから約3週間
ギターの弦を換えるところから
”リハビリ(練習)”を開始したのですが

(そこからかい?(笑))

さすがに8?9年のブランクは
タダモノではありません(笑)

コードは覚えているけど
指が思うように動いてはくれません

座って弾ける事が立つと上手くいきません

「大丈夫?」

ジージョにまで心配をされましたが
ここで弱音を吐く訳にもいきません

「それはそうと楽譜はまだ?」

「来週にはくれるんじゃない?」

「来週って、定演は来週の土曜日だぞ!」

「だって、先生は何も言ってなかったもん」

「本当にお父さんも出るの?
 当日、ギターを持って行ったら
 誰も知らないって事はないよな?」

よぎる一抹の不安

「先生はお父さんが出るの知ってるよ」

「なら、早く楽譜をくれるように言ってくれよ」

確かに、曲は3曲共知っています

『LA BAMBA』は実際に
昔、バンドでもやっていた曲だし
『Tequila(テキーラ)』も
スタンダードナンバーですから
やった事はなくても雰囲気は分かります

でも
『OMENS OF LOVE』と言えば
「THE SQUARE(現T-SQUARE)」のインスト曲です

これは、「はい、やって」と言われて
すぐ出来る類の曲ではありません

(それが出来るくらいなら
 今頃はプロギタリストになってますから(笑))

しかも、実際の曲(オリジナルのCDとか)と
ブラスバンド用に編曲をされた曲では
曲自体の構成もキーもまるで違います

「せめて『キー』くらい教えてくれるように頼んで」

「『キー』って何? 何調とか? 私の楽譜見る?」

ジージョの担当はテナーサックスです
ブラスバンドの場合
楽器によって『キー』が違いますから
楽譜に書かれている『キー』も当然違います

仕方が無いので
『OMENS OF LOVE』は
以前、ジージョ達が演奏をしたビデオを繰り返し聴いて
何年ぶりかの耳コピーです

「多分、こんな感じかなぁ?」

でも、他の2曲は演奏しているビデオもなくて
とりあえず
自分の知っている『キー』で練習するしかありませんでした

しかも
『Tequila』は曲自体が全くのうろ覚え(笑)


そうこうギターと悪戦苦闘をしている時
またも、うちの奴が・・・

「ねぇ、当日会場に貼るポスターを
 4?5枚作って欲しいんだって。
 この前のポスターを見て先生が
 『夢乃さんなら出来るから』だって」

「4?5枚って、同じのを?」

「いや、別々なのだって。
 子供達の色々なコンサートの時の写真とか
 練習風景とか準備をしている様子の写真とかを
 上手く散りばめて4?5種類」

「写真は?」

「USBメモリーを借りて来たから。
 その中から使ってって」

「いつまで?」

「これは前日の会場リハの時に飾りつけをするから
 その時までで良いって」

「どっちにしたって1週間もないじゃん」

またまた、おいおいって話です

「で、背景とかは?」

「去年は背景は花束みたいなのを入れていたって言うから
 花関係以外にした方が良いと思うんだけど」

「何か、案はあるの?」

「だから、頼んでるしょ?」

サラリと言ってくれちゃいます

全くもう!
引き受けてくるのは良いけど

それならそれで文句を言わなきゃ良いのだけど
口は出しても手は貸さないタイプのうちの奴

何だか、またケンカの種が増えたような気が(笑)

ギターのリハビリも終わってないのに・・・
それより早く、楽譜をくれ???(ぶつぶつ)


そんなこんなで
ここ2?3週間はブログの更新もままならず

(合間を縫っては何とか
 時々程度には更新していましたが)

ともあれ
まずは、課題(?)をこなさなきゃいけません


とは言うもの
会場用のポスターはけっこうやっかいです
たくさんの写真を使いますが
どの子もなるべく均等に写っている必要があります

偏って同じ子ばかり何枚も写っているなんて事は
避けなければなりません

しかも
我が子ばかり目立つのも
作者の特権行使みたいに思われるのも心外ですし

しかも・・・

困った事に
私は団員36名の顔と名前はほとんど知りません

もちろん
コンサートは何度も観てはいるのですが
全員の顔と名前までは一致していないのです

何人かは分かる子もいますが

しかも、しかも
この1年の各種のコンサートやイベントも
網羅しなくてなりません

そもそも
撮った写真自体が何人かの父兄の撮った写真を
集めたものなのですが
ほとんどが自分の子供中心に写真を撮っています

もちろん
私もそうですが(笑)

それで
「みんなが均等に写っているようにしろ」ですと?

しかも、素人写真ですから
中には
「これは使えるな」
と、思ったのが大きくしてみるとピンボケだったり

全く、先が思いやられます


そんなこんなあんなで完成したのが
この5枚です
2009teien-pos1.jpg

2009teien-pos2.jpg
(会場ではありがたい事に
 これでもかと花で隠されていました(笑))

ジージョに確認をしながら紆余曲折の写真選び
デザインの作り直し数度
前日リハの朝6時半過ぎまでかかっての完成です

うちの奴とのすったもんだを書いていたら
まだまだ長くなりそうですので
ここは割愛しますが(笑)


話は2日前に戻ります

そうこうしている内に
前日リハを2日後に控えた水曜日
ジージョが待望の楽譜を持ってきました

「お父さん、楽譜がきたよ」

「おー、やっときたか。
 どれどれ?」

見ると
『OMENS OF LOVE』にはコードが書いてありました

「よし、大体は耳コピー通りだな♪
 さすが俺?(笑)
 で、他は?」

見ると他の2曲は共に
フルートの楽譜です

「あれっ? 他の2曲の『キー』は?」

「えー? 先生にこれって言われたよ」

もちろん
ジージョのテナーサックスの楽譜とは
『キー』が違います

「本当にこれで良いんだろうか!?」


不安を残したまま
加えて
ギターのリハビリもままならぬまま
アッと言う間に前日の会場リハの日となりました

私が練習に加わるのはこれは最初です

金管や木管楽器を吹く親は
大概が子供も同じ楽器なので
だいぶ前から子供の楽譜で練習は出来ていたそうですが


この日は
エレキベースを弾くお父さんも来てましたので

「この曲の『キー』とか『コード』とか聞いてます?」

「いや、全然聞いてないんですよ。
 だから、昨日の練習を観に行って
 ビデオに撮って、夜何となく耳コピーしました」

ベースのお父さんはチューバの楽譜を渡されて
それとユニゾンでと言われたのだとか

ベースは基本的には単音弾きですから
それでも良いのでしょうが
ギターはコード弾きです

しかも
うちの奴には

「お父さん、あくまで主役は子供達なんだから
 目立つようなマネは絶対しないでよ」

と、何度も釘を刺されていました

なので
勝手にアドリブなんて弾く訳にもいかないので

(もっとも
 そこまでのリハビリも出来ていませんが(笑))

『どうする?』

と、思いながらとりあえず準備

(アンプのセッティングも家と大ホールでは
 ボリュームひとつとっても全然違います。)

アンプを並べて
いざ、アンプのセッティングをと
思っていたのも束の間

「じゃ、始めますので。
 お父さん、お母さん方も準備は良いですか?」

と、顧問の先生

「せ、先生!」

「はい、夢乃さん、何ですか?」

「ところで
 この曲の『コード』って何になりますか?」

「『コード』・・・ですか?
 えーっと、何処かに書いてあるかな・・・
 あっ、これがそうですか?」

「あっ、はい、分かりました」

さすがに吹奏楽の楽譜にコードは無くて
楽譜の表紙に説明書きと一緒に
かろうじて『キー』が書いてありました


そもそも
楽器それぞれの『キー』や
曲の『調』は分かっていても
クラッシック畑の先生に
ギターのコードの概念は有りません

とりあえず
『キー』は聞き出しましたが
構成は
もらったフルートの楽譜を見ながら追いかけます

(ここは笑うしかありません)

で、一気に3曲を通して前日リハ終了

「夢乃さん、もっと音が大きくても良いですよ」

そう言われても
どのくらいにしたら良いのか分からないまま終了(笑)

しかも
総リハーサルとは言え
1度通してもう終わり???

もちろん
その日、家に帰ってから必死に練習をしたのは
言うまでもありません


結局
本番までに一緒に練習が出来たのが
前日リハと当日の午前中のリハのみ

当然、どっちも1度通しただけ

現役当時だって
こんなに練習しないでステージに立った事はありません

までも

”あくまで主役は子供
 私は目立たぬように、目立たぬように”(笑)


後でジージョに訊いたら

「私のところは聴こえていたよ」

と、言っていましたが
観に来てくれていた
ジージョの友達のお母さん曰く

「ジージョちゃんのお父さんってギター弾くんだね
 ビックリしたよ
 (そんな風には見えないって事か?(笑))
 でも、あんまり聴こえなかったけど」


良し!

目的は達成!?

”目立たぬように、目立たぬように”?(笑)


ともあれ
今は自分にご苦労さまと言いたい

これでやっと普段の生活に戻れます


でも
ポスター作りも
子供達と一緒の演奏もけっこう楽しかったかな

久しぶりにギターを持つキッカケにもなったし

せっかくだからリハビリは続けなきゃな


来年もしまた
一緒にやる機会があったら
その時には

もう少しだけ目立ってやりましょう、うん♪(笑)

 



ちなみに
これは当日のリハ風景です
「風のささやき」
時間の都合で後半部だけですが

音がチープなのはデジカメでの撮影ですので
ご容赦ください

えっ?

私の演奏シーンですか?

残念ながら
その時は
写す人も(私)ステージに立っていましたので
私が映っている場面はありません(笑)

って、言うか

あくまで
”目立たぬように”ですしね(笑)



どんな道でも

今、歩いている道が
どんなにデコボコだったとしても

「どんな道を歩いたってこんなもんだ」

と、思って歩けば何て事はない



今、歩いている道が
穏やかで平坦な道だったとしても

「何処かにもっと良い道があるはずだ」

と、思って歩けば物足りなく思うもの



どんな道でも幸せは感じられるし
どんな道でも不満を言えばキリがない


満足をする事を知らなければ
幸せなんて感じられるはずもないのだけれど

多分に人は
今ここにある”幸せ”に気がつかずに
何処かもっと
他に幸せがあるんじゃないかと
幻を追いかける


例え
今に満足をしていても
何年も経つと人はそれに慣れてしまう

慣れてしまうと
幸せがいつか”当たり前の事”になる

当たり前の事にはもう
幸せは感じられなくなる


結局、人は無い物ねだりだ
人の欲望には限りがない

妥協をしろとは言わないけど
もし、幸せを感じたいのなら
理想と現実の折り合いはつけた方が良い


どんな道でも幸せは感じられるし
どんな道でも不満を言えばキリがないのだから




”メダルをもらえなくて
 良かったと思う。
 自分の力じゃないから。”


これはバンクーバーオリンピック
パシュートの表彰式の後の高木美帆選手の言葉です

(我が十勝国が生んだスーパー中学生。
 今回のオリンピックで
 最も注目を集めた選手の一人ですね)



それにしても
とても15歳の女の子の言葉とは思えませんよね

我が家の長女A(16歳)にはとても・・・
いや、52歳の私でも言えません


そんな高木選手を気遣ってか
(多分、先輩達にも可愛がられているんでしょう)
会場を周る時
出場した3選手は
それぞれの銀メダルを彼女の首にかけてあげていました

3個の銀メダルを首にかけた高木選手は
少しはにかんだように
そして、少し照れたような笑顔で
観ているこちらも感動してしまいました


でも
彼女の本音はどうだったんでしょうね

いや
この言葉は本音でしょう

そして

次への強い決意
彼女の芯の強さ
その一端もこの言葉から伺えますね



今回は”15歳”と言う年齢で
注目を集めていましたが

(地元新聞によると
 彼女自身もつい半年くらい前までは
 オリンピックなんて現実のものとは
 受け止めていなかったようです)

彼女ならきっと
次のオリンピックの時には
自分自身の力でメダルを取れるかも知れません



”分相応”と言う言葉がありますが
自分の身の丈を知っていると言う事は
それ以上の武器は無いかも知れません


彼女が今回体感した”世界”との差

体力、技術、そして精神力

それを知った事で
きっと彼女は
”世界”を現実のものとして
もっと身近に感じる事が出来たはずです


その彼女が言ったこの言葉は
将来を期待させるに十分な言葉です



それにしても
高木選手もそうですし
ゴルフの石川遼選手もそうなのですが
10代にしては
(この言い方は適切では無いかも知れませんが)
発言が本当に大人ですよね


身の丈を知った上での謙虚さ
周囲への感謝
そして何より、きちんと目標を見定めています

自分でやるべき事をちゃんと分かっています

もし
足りないものがあるとしたら
それは経験だけでしょう

もっとも
彼らにとってはそんな心配は無用かも知れません



52歳にもなって15歳の子に教えられるなんて
だから人生って面白いんですよね



「死んだ子の歳を数える」

そんな言葉がありますが

子供だって
死んだ親の歳を数えるものです

momonohana-6.jpg

母親の誕生日が来るたびに
街の花屋で桃の花を見かけるたびに


「還暦のお祝い、してやれなかったな」

 (母親は数えの59歳で亡くなりました)

「生きていたら、今年で喜寿なんだね」・・・



あたなが一度も抱く事が叶わなかった初孫は
この春、高校2年生になります

ブツブツ文句を言いながらだけど
それでも高校生活に部活に毎日頑張っています

「高校に入ったら、もう絶対テニスはしない!」

 (中学時代はソフトテニス部でした)

そんな事を言っていたはずなのに
結局、友達に無理やり誘われるまま
見学にいった女子硬式テニス部にそのまま入部

確かに
ソフトテニスには入らなかったんだけどね(笑)

オフシーズンの冬期間でも
週に2?3日は朝5時に起きて朝練に
そして
夜練がある時は終わるのは9時半

それは土日も祝日も関係ありません

「もう?嫌だ!
 何で休みなのに学校に行かなきゃならないの!」

「じゃ、辞めたら?」と私

「嫌だ! そんな事は私のプライドが許さない!」

変なところで生真面目なのは
誰に似たんでしょうね

お陰で、3年生になって引退をするまで
送り迎えは続けなきゃならないようです(苦笑)


二番目の孫は
これまた誰に似たのか強情っぱりで
自分がこうと決めたらテコでも動きません

でも、強情っぱりの分
自分でやると決めた事は
私なんかがうるさく言わなくても
ちゃんと自分でやっています

長女Aの時と違ってジージョは
宿題は私が言う前に終わらせているし
ヒマがあればピアノに向かっています

自分でやりたいと言って始めたブラスバンド
テナーサックスが吹けるのが余程楽しいみたいで

長女Aの場合はたまに学校も部活も休みになると

「やっほぉ?い♪」

と、喜びまくってゲーム、パソコン、携帯と
この時とばかりに遊び三昧ですが
ジージョはブラスバンドの練習も無くなるので

「何で、休みなの!」って怒ります


私は一人っ子だったから
兄弟、姉妹の事は良くは分からなかったけど

同じ姉妹でもキャラは全然違うし
得意、不得意もそれぞれ違います

ケンカだって毎日のようにしているけど

6歳、歳が離れていたって
アニメオタク同士(?)としては話も合うみたいで
一緒にYOU TUBEやマンガを観ては
アニメキャラに大騒ぎしています

(上のレベルが低いのか?
 下がマセているのか?(笑))

「なぁ、そんなばかり観てないでさ?
 学校にカッコいい男子とかいないの?」

「ダメ、チャラいのばっか!
 私は二次元男子(アニメキャラ)しか恋出来ないかも」

「おいおい」


こんな娘達ですが(笑)

娘が二人いて

いや
二人が私の娘で
本当に良かったと思います

これも
あなたがくれた”縁”なんですよね?


ありがとう



ねぇ
何処かで見てくれていますか?

あなたの孫達は
結構、良い子に育ってますよ

『あんなに無愛想だったお前が
 こんなに親バカになるなんて思わなかったよ』

そんな風に
目を細めて言っているでしょうか?



人間が生きていく上で大事な事は
その長さじゃなくて
どう生きていたかだって言います

あなたはいつも
自分の為よりは
私や親父の為に生きていましたね

それがあなたの幸せだったのでしょうか?


私はあなたのように生きているでしょうか?
あなたが望んだように生きているでしょうか?


そんな事を問いかけながら

桃の花をひと枝、今年も心の中に飾ります






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『桃の花をひと枝、飾る』


『桃の花をひと枝、飾る ?2009?』









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