Neko

夢の汽車に乗って 2010年01月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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例えば、花に

例えば、花になれないからと
全てを諦めてしまう事はない

例えば、花になれないのなら
花を咲かせる土になれば良い



例えば、空を飛べないからと
全てを諦めてしまう事はない

例えば、空を飛べないのなら
鳥を休ませる樹になれば良い



例えば、誰かに勝てないからと
全てを諦めてしまう事はない

例えば、誰かに勝てないのなら
誰かを活かす人になれば良い



例えば、明日が見えないからと
全てを諦めてしまう事はない

例えば、明日が見えないのなら
今日をひたすら生きてみれば良い



例えば、花になれなくたって
全てを諦めてしまう事はない

例えば、花になれないのなら
花を育てる雨になれば良い

例えば、花になれないのなら
空に虹を架ける雨になれば良い



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真相

夢を持つから希望が生まれるのか?

希望を抱くから夢が見られるのか?


それは分からない




生きているから明日が来るのか?

明日があるから生きていけるのか?


それは分からない




悲しみがあるから喜びを感じられるのか?

喜びを育む事で悲しみを忘れられるのか?


それは分からない




人と出会う事で人は成長出来るのか?

人と別れる事が人を成長させるのか?


それは分からない





幸せだと思うから笑顔になれるのか?

笑顔でいられるから幸せだと思えるのか?


それは分からない






真相は分からない


でも

答えはいつもひとつだけではない




あ・ぶ・な・い

車を運転していると
たまにヒヤッとする事がある

危うく事故をま逃れた後で
心臓がバクバクしたり
背中が汗でジトッとなったりする

『あー、危なかった・・・』



でも、そんな事なら
ただ「危なかった」で済むんだけど


これが対人間だとそうもいかない


相手の気持ちの変化に気がついた時は
もう既に遅いって事がままある


そして

一度、変わった相手の気持ちを元に戻すのは
初めて相手の気持ちを
こちらに引きつけた時よりも遥かに難しい


僕達はその事を
いつも覚えていなければならない




その不用心なひと言

その無神経な言い方

その無遠慮な態度

その安心しきった対応



あっ、あ・ぶ・な・い!!!




”本人はきっと
 危ないところだったなんて
 気づいてもいない

 そんなこと、気づく人はいないか

 危ないところを逃れたなんて
 たいてい気づかない

 気づくのは
 逃れられなかった時だけだ”

 *『青空のむこう』アレックス・シアラー



私にとって

自分の趣味、主義、興味に沿わないモノを
全て一緒くたにして
「くだらない」
と、一笑に付してしまう人がいます


そう思うのは別に勝手だけど
それをこちらに当てはめて欲しくないと思う訳で

それに”同意”と言う押し付けをされるくらい
嫌な事はありません


『あなたにとっては
 くだらない事かも知れないけど
 私にとっては
 とても大切なモノだって事があるんです』





自分の考え方だけが世間の常識だなんて
その自信はいったい何処からくるものなんでしょう?

私からしたら
根拠の無い自信さえも
世界の真実に変えてしまえる
あなたのその自己過信は時々羨ましいとは思うけど

それなら私は
変わり者でいる事を選ぶでしょう


『人にはそれぞれ大事なモノがあります
 例え、あなたの常識が世界の真実だったとしても
 私は私の大切なモノの為に生きているのです』





「何をそんなくだらない事に
 いつまでも拘っているの?」

いつか、あなたは私にそう尋ねました

自分の信念に拘るのはいけない事でしょうか?

くだらないかどうかは
自分が決めるべき事です

人には譲れる事と
どうしても譲れない事があるのです


『あなたにとっては
 くだらない事かも知れないけど
 ここで拘らないと
 私は私ではなくなってしまうのです』



名言や格言を辿ってみると
”人生”は実に様々なモノに例えられています


中でも多いのは
「道」とか「山坂」とか「旅」ですが
他にも
「学校」とか「一杯のスプーン」だったり
辿れば辿るほど
色々な例えに出会えます


そんな中で見つけた言葉です

アプローチは全く同じなのですが
続く言葉が違うものがありました

両方共
同じ発想なのでしょうが
続く言葉が違うと言うのは
性格(考え方)の違いなのか
あるいは
(どちらの言葉が先だったかは定かではありませんが)
一方の考え方に対するアンチテーゼなのか
インスパイアーされたものなのか
リスペクトなのか

いずれにしても
面白いと思ったので
紹介させていただきます



Life is like an onion.
You peel off layer after layer
and then you find there is nothing in it.


人生はタマネギに似ている。
一枚一枚皮をむいていくと
中には何もないことに気付く。


*ジェームズ・G・ハネカー
 (James Gibbons Huneker 1860-1921)
 アメリカのエッセイスト、音楽批評家



これは多分
生きる事に意味が無いとか
死んだら何も残らないとか
そう言う事ではなくて

タマネギの皮一枚が一年なのか
あるいは、”何かをする”と言う事なのか
それはともかく
皮をむいた後の結果よりも
皮をむくと言う
その過程こそが生きると言う事

そう言う事なのでしょう




Life is like an onion.
You peel it off one layer at a time,
and sometimes you weep.


人生はタマネギのみたいなもの。
一枚一枚皮をむいていき
そして時に涙ぐむ。


*カール・サンドバーグ
 (Carl Sandburg 1878-1967)
 アメリカの詩人で、作家、編集者


これもまた
人生そのものですね

でも
私ならこれに付け加えて

”だが、出来あがった料理は
 食べたみんなに幸福な笑顔をもたらす”


そんな言葉を続けたいです


タマネギの皮をむいていけば
芯は段々と小さくなってしまいますが
そのむいた皮が
美味しい料理になっていくのです

美味しい料理は
食べた人を幸福にする事が出来るのですから




ブログを書き始めて
丸3年が経とうとしている

(旧ブログも含めて)


どうしてブログを書きたいと思ったのか?
何をここに残したいと思ったのか?

それは今も変わってはいない

拘りたいもの
拘るべきもの

それも変わってはいない


テーマも書き方も
統一性が無いと言えば無いのだが
それが”自分スタイル”なのだ

たまに
通して読んでみると
多分に
自分でも「別人?」と思うくらいだから
読んでくれている人は
「こいつは多重人格か?」って
思っているかも知れない

私の事を知っている人は
「あいつらしい」と
笑ってくれている事でしょう


思っている事
考えている事を
自分では素直に書いているつもり

だから
書き方も言葉使いも
その時々で変わる

例え独りよがりだとしても
それこそが”自分スタイル”なのだと
そう思う事にしている


ただ
支えてくれている友人達への
感謝は忘れてはいないつもり

それも変わってはいない


”初心忘るべからず”

英語ではこんな言葉がある

”Don't lose sight of your originai goal”

直訳すると
”あなたの最初のゴールを見失わないで”

”goal(ゴール)”とは
「目的」「目標」「行き先」
と、言う事だろうか



読んでくれた人の心に
何かひとつでも
言葉が届けば良いなと思いながら・・・



人間は気持ちで動く生き物だから
同じ事を言うのでも
言い方ひとつなんだよね


ちょっとした語尾の違いや
言い方の違いで
受け止める側の気持ちは
どっちにでも転ぶものなのに

直情型の人間は
その辺の機微を知らない人が多い

(と、言うより
 そこに考えが及ばない
 それが直情型たる所以なのだろうが)

思った事をストレートに吐き出すのは
時と場合によっては
相手に訴える強い力になるけど

多くの場合は
相手を不快にさせたり
ただ意固地にさせるだけだ



例えば
相手に何かを頼まれた時でも
尖った言い方で

「やってよね!」

と、頭ごなしに言われると
言われた方は
カチン!ときて

「なんでだよ?」

って思ってしまうけど


例えば

「やってくれない?」

そう言われたら

「どうした? ***なのか?

 分かったよ、やるよ」

けっこう、素直に受け止められるものだ



こんな事は
日常にはいくらでも転がっている

いくらでも転がってはいるけど
だからって
それを
ないがしろにして良いと言う事にはならない



”親しい仲だから”

”いつもの事だから”

”当たり前だから”

そんな事に慣れ過ぎて
相手に対する感謝や思いやりがなくなったら
どんなに親しい相手だって
どんなに優しい相手だって
いつか愛想をつかしてしまうだろう

ましてや
世の中には
当たり前の事なんてない

当たり前だと思うのは
自分本位の傲慢以外の何物でもない

逆に言えば
どんな面倒な事でも
言い方ひとつで
相手に気持ち良く受け入れてもらえる事もある



思うに

一番恐いのは
そんな相手の気持ち
もしくは気持ちの変化に気がつかないまま
時が流れて
事すでに遅しとなる事なのだけど

直情型人間にそんな事をいくら言っても
多分
こちらが何を言っているのか分からないだろうな



prayer ? 永遠 ?

青く青く
何処までも青く澄んだ空の下

私は何も出来ずに
ただ祈る事しか出来ずにいた

運命を呪うのは簡単で
でも運命を変える術も無く

ただ祈る事しか出来ずにいた



壁に描かれた
最後の一葉は生きる希望だったね

限りあるものを
”永遠”に変える事は出来ないのに

約束を交わすのは簡単で
でも約束を守り抜くのは難しく

それでも指きり交わした夜



広く広く
何処までも広いこの空の下では

私はあまりにちっぽけで
どんなに大声で叫んでも届かない

それでも祈らずにはいられない
還らないあなたに届けと祈る

ただこの想いあなたに届けと祈る



始まりと終わりが
繰り返されていくものだとしたら

私がもしも死んだら
何が始まっていくのでしょうか

あなたが生きた証が私なら
私は永遠に生きたいと願う

ただそのためだけに永遠を願う







《NOTES》

1995年のこの日
阪神淡路大震災で
約6300名の方が亡くなりました

あれから15年経ちましたが
愛する人を亡くした方の心の傷は
未だ癒える事はないでしょう

それでもきっと
今は
明るく前向きに生きてらっしゃる事でしょう

そう願っています


この詩は
被災された全ての方のために

そして

かつて愛する人を亡くした事のある
あなたと私自身のために。。。




嫌いなタイプ

昔から

『傲慢・自信過剰・無神経』

と、言うのは私の3大”嫌いな奴”です



「自分に自信を持つのは悪い事だ!」

等と、言うつもりは無いけど
自慢話を得意気に他人にひけらかす奴と言うのは

最も嫌いなタイプです


”若い内の根拠の無い自信”

それは大いに結構だと思います


但し
目の前に広がる大海の本当の広さを知っているなら


まぁ・・・
それを知らないのが
若さの強みなのかも知れないのですけどね



自分の事を棚に上げて
相手を卑下するのは
観ていて見苦しい以外の何物でもありません


そして
それ以上に嫌なのは無神経な奴です


でも
人間って気がつかない内に
他人を傷付けている事ってありますね


ホンのジョークのつもりで言ったひと言

悪気が無くてつい出た本音

知らないで何気なく言った言葉


こちらにそんな気持ちは無くても
相手が気にしている事を口に出してしまうのは
やはり自分も無神経な奴ってなるんだろうな



身近な対人関係の中でも

「あー、これを言ったらもう終わるだろうな」

って思う事があります


思っているうちは
『言っちゃいけない言葉リスト』に
何とか封じ込めていますけどね




ふと考えます


言うつもりで言った言葉で相手を傷付ける事と
悪気はないのに相手を傷付けてしまった言葉


そこに差はあるんだろうか?

結果が同じなら
こちらの気持ちがどうであれ
それはやはり
言っちゃいけない言葉なんだろうけど・・・



難しいものですね


でも、少なくとも

自分が最も嫌いなタイプの人間に
知らずなっているなんて言う事のないように
気をつけなくっちゃね



幸福について

”幸福というものは、
 一人では決して味わえないものです”
   *アルブーゾー(劇作家)の言葉より




確かにそうだなぁ?と思う・・・

もし
人間が1人で生まれてきて
1人で生きているとしたなら
きっと幸福なんて感じなかっただろうね

”幸福”と言う言葉は
最上級では無くて
比較級の言葉なんだから


そうなのかい?
だって
”至福の時”って言葉があるぜ
それって最高の幸福って事だろ?

じゃ
幸福にもランクが有るって事かい?


いや
そうでは無いと思うよ
感じ方って言うのは有るかも知れないけどね


じゃ
比べられる人・・
つまり
誰か不幸な人がいたら
自分は幸福だと思えるのかい?


いや
他人の不幸の上に
自分の幸福が成り立ってるとしたら
それは幸福とは思えない


幸福って
結構面倒なもんなんだな

じゃ
初めから1人だったら良かったのかい?

もし人間が
生まれた時から1人きりだったとしたなら
きっと
孤独も知らないで済んだかも知れないし
その方が幸福かもよ


いや
それは幸福とは言えないよ

思うんだけどね

幸福って
誰かと分かち合うから
そう感じる事が出来るんだよ

誰かと分かち合う事で
”Good”が”Better”になる
その意味での比較級
そして
それを感じる事が出来ると言う事が
きっと幸福って事なんだと思うんだ



疲れたら休めば良いんだよ
明日出来る事は明後日でも良いんだよ


無理をして頑張り続ける必要も無いさ

止めたかったら止めれば良い
自分を追い込まなくても良いよ


ましてや、他人の為に自分を殺さなくても良い


逃げ込む場所は作っておいた方が良いよ
自分を出せる場所をね

自分が自分でいられる場所をね




「ナマケモノ」って言うのは、
あくまで他人の尺度で、
みんながみんな同じ尺度の中で
生きなければならないなんて事は無いんだ


誰かと同じでいる必要なんて無いんだから


他人と違う事は
当たり前の事であって
それは悪い事じゃ無い



出来る事から始めれば良い

確かに、優先順序って有るけど
確かに、優先順序ってやりたい事の順序じゃ無くて、
やらなきゃならない事の順序では有るけど
だからって、それだけに捕われる事も無いさ

マイペースだって全然構わない



人間っておかしなもので

無理をし過ぎると
すぐにいっぱいいっぱいになっちゃうけど
休んでいると
今度はやらなくっちゃって気になるものだよね


始めるのはそれからで良いんだよ

その時に、一生懸命になって頑張れば良いんだよ




良く

「テンションが上がる」とか
「テンションが下がる」なんて言い方をしますね


因みに

某家の長女Aの口癖(と、言うより愚痴)は

「バカ???!
 こんなに宿題だしてどうしろって言うのさ!」

(いや、だから宿題をしなさいって事でしょ?
 宿題がでないと、どうせ勉強しないんだから)


「なんで私、テニス部に入ったんだろう?
 もう、日曜日くらい練習休ませてよ!」

(確かキミ、中学の時も同じ事言ってたよ
 まぁね? オフシーズンの日曜日だって言うのに
 朝6時?8時、夜6時?9時の2回練習だから
 気持ちは分かるけどね)


と、まぁ
毎日こんな調子で

宿題がでたと言っては
試験を控えては
部活をしては
ジージョがテレビを見ながら
  ケラケラ笑ってるのを見ては

愚痴の出る事、出る事

『1分間に愚痴を何個言える?』
がテーマの弁論大会があったら
間違いなく優勝でしょう(笑)


こんな時の某家の長女Aは間違いなく
テンション・ダウン中です


じゃ

この某家の長女Aは
どんな時にテンションがあがるのか?
と言えば

ジャニーズ系アイドルには目もくれず
イケメン俳優も何のその(笑)


アニオタ一直線です
(アニオタ=アニメオタク)


「私、二次元にしか興味無い」←ある種、問題発言?(笑)




YOU TUBEでアニメ動画を観ては

「キャー♪
 ヒバリさん(某アニメキャラ)素敵ぃ?♪」

「オノD(声優:小野大輔)カッコイイ?♪」


アニソン(アニメソング)CDを聴いては

「坂本真綾(声優)さんは神だ!」


この時ばかりは
某家の長女Aのテンションメーターは
振り切っているようです



二次元にしか興味が無いと言う
某家の長女Aの
笑撃の問題発言はともかく(笑)


テンションの上がる事、下がる事って
当たり前に誰にでもありますよね?

そして
時と場合によっては
無理をしてでも
テンションメーターを上げなきゃならない時も
人生の内では何度となくあります


テンションが上がっている時と言うのは
それで
ストレス発散になっている時なのでしょうから
人目を気にして
無理に抑え込む事も無いでしょう

但し

あまりに度が過ぎると
変人扱いされかねませんから
多少の注意は必要ですが(笑)



最近、みなさんはどうですか?
テンションメーターは上がってますか?

正月疲れしてませんか?
寒い日が続いていますが体調は十分ですか?
風邪なんかひいてませんか?


ともあれ

正月も終わり
束の間の3連休も終わり
また、今日からは
仕事や家事に平常な日々の始まりです

どうせやらなきゃならない事なら
テンションメーターをあげていきましょ!!!



トラ年なので

この際、野生のトラの写真でも撮りに行こうかと


思ったのですが


連日の大雪の為に


北海道のトラさん達はみんな冬眠中らしく

(そんな訳はありません
 って言うか、北海道に野生のトラがいたら怖いし)


この際 (ほら、何か怪しい(笑))


ここは我が家のトラ達で・・・


まぁ、縁起物ですから!?(笑)

2010dayan_luck.jpg
  *撮影:長女A


ケンカをする程仲が良いと言うのは

娘達も猫達も同じようです


今はこんな感じで仲良く寝てますが
ついさっきまでは
狭い我が家の中で追いかけっこしてました

ジャレて噛みあっていたのですが
そのうち、どちらかがマジになると
オス猫同士のケンカになります

でも

やはりボスは先住猫のダヤンで(写真右)
ラック(写真左)はボスには叶いません

その後
ダヤンは何事も無かったかのように
ストーブ前の特等席に
ラックは少し離れてシュンとしていました



さすがにダヤンもストーブ前が熱くなったのか
ソファに移動

すると
いつの間にかラックも・・・

『アニィ、一緒に寝て良いっすか?』

と、((*=゚▽゚=人=゚▽゚=*)) スリスリ♪



平和です。。。
普通って何?

普通でいるのが良い事?

普通と違うのは悪い事?

普通って誰がそう決めたの?


普通でいないと不安?

普通でいると安心出来る?



普通=一般常識=多数派


本当にそう思う?



確かに
多数派でいた方が安心は出来るんだろうけど
そこは自分にとって本当に居心地の良い場所?


例え
自問自答の答えが『NO』でも
だからって
自分を「おかしい」なんて思う必要は無いよ


少なくとも
多数派が常識人で
少数派が非常識人って自分で決めつける事は無い

他人に決められる事でも無い


多数派だけが
いつも全て正しいとは限らないし
少数派の中にだって真実は、正義は有る


確かに
多数派の意見は
世間の総論には近いかも知れない

だけど
それだけを正論としてしまうのは乱暴だ


学者や評論家が言う正論だって
歴史や統計から分析をしているに過ぎない

そして、彼らは必ず
『何事にも”例外”は付き物だ』
と、注釈を付ける


例外を作っておけば
学者も世間の人も安心出来るんだ

”当てはまらないものは例外”
って言えば済ませられるのだから・・・

ただ、それだけの事


たぶん

いわゆる”世間の常識”は
社会を円滑にはしているんだろう

確かに、ひとつの規範では有る
法を踏み外してはいけない事も誰もが知っている


しかし
その事と自分が自分の個を大切にする事とは
話の次元が違う

個性は誰にでも有るし
それは他人と違って当たり前
他人と同じ方が
むしろおかしい事なんだよ


常識か非常識かって話では無く
普通か異常かって話でも無い


普通でいる事に
多数派でいる事に
心地の良さを感じられなくたって
そう悲観する事も無い


幸せは自分の心が感じるものだから



目的地を決めて歩き出す人
それよりも、とりあえずと歩き出す人

それは人それぞれのタイプで違うのかも知れない


「そこに山が有るから登る」
と、言う人がいる

「そこに道が有るから歩くんじゃない
 自分が歩いた跡に道が出来るんだ」
と、言う人がいる

どちらも、けだし名言だと思う


”俺はどっちのタイプだろう?”

自問自答してみる


性格的には
目的地を決めて
十分に準備をしてからじゃないと
歩き出せないタイプなんだ

しかも
一度、こうと決めた道を
途中で
簡単に変えてしまうのは良しとは出来ない


自分でも面倒な性格だと思う事が有る

「良いじゃないか!
 人生、そう急いても
 一体到着するのに何分違う?
 回り道したら
 別な道が見えるかも知れないじゃないか?
 別な目的地に寄り道するのも悪くはないぜ」

そう言う自分と、そうは出来ない自分がいる・・・



散歩をしていると色々な人とすれ違う

一人で黙々と歩いている人
仲良く歩いている老夫婦
ジョギングをしている人
犬の散歩をしている人
知りあいとバッタリ会ったのか
 そのままその場で話しこんでいる人


あの人達はどんな人生を歩んできたのだろう?

ふと想像してみる


何本もの小説や
映画になるほどの人生だったかも知れない

平凡な淡々とした人生だったかも知れない

それがどんな人生だろうと
小さな波風のひとつやふたつくらいは
立った事もあったに違いない

どの人生を辿れば後悔をしないで済んだだろう?
いや
それでも後悔などした事は無かっただろうか?



無意味な人生など無い
決まったレールも無い

どんな人が歩いても道は出来るもので
その道が
平坦だろうと凸凹だろうと山道だろうと
それは他人が心配すべき事じゃない

ただ、自分が歩く事さえ止めなければそれで良い


”ただ、ここに人生が有るだけ”

それで良いのかも知れない

昨日が有って
今日が有って
そして多分、明日も有る

そんな積み重ねが出来れば
それで良いのかも知れない

目的や動機
そんなものは後から付いて来ても良いのだと
そう思えるようになった


まずは、自分の道を一歩歩き出す事

それさえ出来れば後は何とかなるよ



一歩出る!

アレもやろう!

コレもやろう!

そう思うのがいけないのか?
単に、流されやすい性格なのか?


気がつけば
いつも何となく中途半端なままで
一年が過ぎてしまう


これはいい加減に反省しなくては!


今年はひとつひとつ形を作っていこう!

焦る必要もないけど
何はともあれ一歩、一歩だ!


一歩、一歩前に出る

三歩下がったら四歩進めば良い

一度に四歩進めなければ
一歩を四回に分けて歩いたって良い


一歩、一歩前に出る

ちょっとだけ積極的に一歩を踏み出そう!


一歩、一歩前に出る

自分の力を信じて一歩、一歩
前に向かって歩きだそう!




人生、何かを成すのに遅すぎると言う事は無い








みなさん

 あけまして
  おめでとうございます♪


今年も変わらずに
気軽にお付き合いをいただければ幸いです


さて

まずは、今年の初夢を見忘れた方の為に
縁起モノのプレゼントなんぞ(^-^)b

hatuyume_20100105000814.jpg

”一、富士 二、鷹 三、なすび”

と、申します

それに加えて
今年の干支の”虎”ですから
これはもう

おめでたや?♪ おめでたやぁ?♪

えっ?

虎じゃなくて猫に見える・・・ですか?

それは気のせいでしょう!

猫に見えるあなたは
きっとまだお神酒が抜けていないのかも!?

じっと見てください

”あなたは猫が虎に見える、見え???る!”

ほら!

見えてください(笑)


実はこれ

気がついた方も多いでしょうが
昨年の使いまわしです f(^-^;

でも、まぁ?

縁起モノですから!(笑)



さてさて

年末より敢行してました
5泊6日の実家ツアー(北見&旭川)も
恙無く完了しまして
1月4日の5時過ぎに帰宅しました

今年の初PCですので
言ってみれば
今が私にとっての元旦と言う訳で

2010yukidaruma.jpg
(*ジージョ作『初笑い雪ダルマ』)
      ↑
  色々な意味で笑えました(^-^;
  ここだけの話しですが
  実は長女Aも制作に参加しています
  色々な意味で泣けてきます・・・(笑)


ともあれ
今年も1年

みなさまの大きな心で
夢の樹を見守り
育てて頂ければと思う次第です

そして

それに関わる全てのみなさまにとっても
新しい1年が
より実りのある
素敵な1年になりますように
お祈りさせて頂きます



今年の自分の目標は決まりましたか?

きちんと目標を定めたら

虎視眈々とチャンスを狙って
射止めていきましょう!


何かと厳しい現実も待っているでしょうが
どんな時でも
笑顔を忘れないで
今年も頑張っていきましょ♪


ねっ! (^o^)/


本年もよろしくお願いいたします。。。



      平成22年1月吉日

             夢乃咲道




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