Neko

夢の汽車に乗って 20090723

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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朝の繁華街

とある会社の社員が総出で
清掃ボランティアをしていた

胸と背中に会社名の入ったゼッケンを付けて
そして、5〜6人のグループに1人
その会社のPRを入れたノボリを持って
ただ歩いている人がいた


奉仕活動は立派な行為だ

企業に於いても
今はただ己れの利益のみを
追求して良い時代では無くて
様々な場面で
社会貢献を求められている時代なのだ


だが・・・
元来、斜に物事を見るクセが付いた私には
素直に感服は出来なかった


奉仕活動をするのに
社名が入ったゼッケンは必要だろうか?

まして
作業もせずに
ただPRのノボリを持つのはどうなの?
なんて思ってしまう


まるで
「我が社はこんな風に奉仕活動をしてるんですよ」
と、言わんばかりでは無いのか?


奉仕活動なのか?
奉仕に名を借りたPR活動なのか?


良く
ボランティアには
2種類のボランティアが有ると言われる

つまり
他人の為にするボランティアと
自分の為にするボランティアである


“私が何かをする事で誰かの役に立てたら嬉しい。
 誰かの喜ぶ顔が見たくてボランティアをする”


本人は他人の為に
社会に貢献をする為にしているつもりでも
結果的に自分の行動に満足をしたり
それを自分の喜びだとするなら
それは“自分の為にするボランティア”なのだ



この事は政治家にも言える
民衆の為にする政治と
自分の為にする政治

民衆の為に常に粉骨砕身し
結果
民衆が幸福になったとしても
その事で
自分の誇りや名誉や喜びを充たすとしたなら
それは自分の為にする政治なのだ


私財を増やす事にばかり
心血を注いでいる政治家は
それ以前の只の政治屋だと思うのだが


話を元に戻そう

それが悪いとか
偽善だとか言うつもりは無い

結果的に
他人の役に立っている事に違いは無いのだから


だが本来
ボランティアとは無償の奉仕である

つまり”行為”では無く”精神”だと思うのだ

だから
それが企業の宣伝や
個人の自己満足に使われているのだとしたら
私は少々の違和感を覚えざるを得ないのだ


名も求めず、見返りも求めず、他人に知られず
ただ他人の為に人生を捧げ、私財を投じ、
決して満足せず、喜ばず・・・

それが本当の奉仕だと思うのだが
それを人間に求めるのは愚の骨頂と言うものか


確かに
例え、自己満足でも偽善でも
何もしない傍観者よりは
遥かに立派な事には間違い無い



折しも
衆議院が解散をし
40日後には選挙がある


今回の選挙は
政権与党が変わるかどうかが
大きな焦点になっている

だが
衆議院の解散の陰で
廃案になった
いわゆる重要法案がいくつもある


・障害者自立支援法改正案
・労働者派遣法改正案


中でもこれらは
弱者救済の一助となるべき法案で
廃案になった事で
更にまた時間を要する事になる


この事について
誰か1人でも
「会期は28日まであるのだから
 せめて、最重要法案の審議だけは尽くそう!」
とか
「せめて、重要法案だけは通してから解散をしよう!」
と声を上げる政治家はいなかったのだろうか?

法案の審議よりも
次の選挙で自分が当選を果たす事の方が
大事と考えているのなら
そんな政治家達はもういらない


口では良く
”国民目線で”などと言ってはいるが

本当に国民の為を思い
国民の為に働いてくれる政治家がいるのなら
例え
それが”自分の名誉や満足”の為にする政治活動でも
私は自分の1票を投じても良いと思う

だが
それを見極めるのは
なかなか難しい事です

それが難しいなら
せめて
他人の言葉ではなく
自分の気持ちで1票を投じたいと思うのです



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