Neko

夢の汽車に乗って 2009年05月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

04 | 2009/05 | 06
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


5月29日(金) PM7:10

その日、仕事を終えた私(夢乃)は
いつもの通勤バスを降りて
家へと歩いていました

すると
突然の携帯電話が鳴りました!?


「これから猫を見に行くんだけど良い?」

「猫????」


確かに、長女Aが頑張って志望校に入学出来たら
長女A専用の”猫”を飼う約束をしていました

しかし、欲しい時に限って
猫の里親募集は無くて
その内、長女Aの部活も忙しくなってきていたので
猫の話は経ち消えになりかかっていたのです


でも、やはり”縁”と言うのか”タイミング”と言うのか


突然、知り合いから仔猫の里親の話があったと言う事で
夜遅かったのですが
早速見に行く事になりました


「どうする?」

「どうするって言ってもね、今回の主役は長女Aだからね
 長女Aが気に入ったなら良いんじゃない?
 長女A,どう?」

「うん♪ この子が良い♪」

長女Aは小さなオスの仔猫を
もう既に
その胸に抱きかかえていました


決めたのは良いけど
それからが大変!


なんせ
その1時間前にはまだ飼うつもりもなかったのですから
仔猫を迎える用意等しているはずもありません

取り急ぎ家に帰った後
空いていた段ボールにタオルを敷き詰めて
その仔猫を入れ
その間に私は物置に
ダヤンが以前使っていたゲージを出しに行き
(性格にはウサギを飼っていた時のゲージなのですが
 小さい頃はダヤンにも使っていました)
その間に仔猫用の餌や必要なモノを買いに走り・・・


まずは兄貴分のダヤンとの対面も無事に完了

(まだお互いに様子見?
 いや、むしろチビ猫が追いかけ
 心優しいダヤンの方が逃げ回る構図(^-^; )

ダヤン、お前の弟分だよ

これから、仲良くしてやってくれよな

aibou.jpg

『にゃ? まぁ、よろしくにゃ』



生後、約40日
性別:オス

肝心の名前ですが

私は
「ダヤンの相棒は『マーシィー』に決まってるじゃん」
と、提案をしたのですが
長女Aにより、アッサリ却下 (^-^;

「じゃ、けっこうこいつやんちゃ坊主だから
 孫悟空の『悟空』で良くない?」


当然のごとく、にべも無く却下 Part2 (笑)



結局、長女Aが一晩辞書とにらめっこをした結果

『ラック(Luck)』

に決まったようです



幸運を意味する『ラック』

はたして、この先長女Aに幸運をもたらすでしょうか?(^-^)




挨拶代わりに2本の動画を早速アップします


なぜか、長女Aより先にジージョが・・・

「だって、今回はボクの出番が無かったんだもん」


     (C)夢の樹舎

そして、この方が『ラック』の名付け親

長女Aも負けじと・・・


     (C)夢の樹舎


それにしても

なんだか、早くも嵐の予感・・・

姉妹の『ラック』争い!?


『ラック』を見たジージョは
早くも宣戦布告?(笑)


そのうちジージョも
「私も専用の猫が欲しい!!!」
って騒ぎそうで怖い(苦笑)

はいはい、ジージョも高校に受かったらね♪(^-^)b


と、言いつつ
アッチを見ても、コッチを見ても猫、猫、猫
なんて言うのも
まんざら悪くないかと(笑)


夢乃家、猫屋敷化計画

静かに進行中・・・・・・・・・・・・・・・・?



スポンサーサイト
家庭、仕事、習い事や趣味
それから
近所付き合いに親せき付き合い etc・・・


とかくこの世は頭痛の種が尽きないものです


私の知っている某ブロガーなんかは
毎晩、毎晩ブログネタを
絞ったり、ひねったり、めくったり
そりゃもう見ているこっちが眠くなる・・・

あっ、いや・・・

なんか、とっても大変そうです (^-^;



そんなあたなに朗報です!?


なんでも近頃は

仕事のつらさや恋の悩みなど
「頭痛のタネ」を食べてくれるリスがいるのだとか


リスの居場所は
我が家の常備薬でもある
(あまり関係無い話ですが(笑))
解熱鎮痛薬「バファリン」の特設サイト

    (ここをクリック)
       ↓
バファリンスペシャルサイト『バファリス』

bafarisu0.jpg

ここにアクセスすると、
頭痛のタネが好物だという
「バファリス」が出迎えてくれます

(アクセスが多いからか、少し重たいです)


ページ中央のバファリスの下にある
「頭痛のタネをみる」
というボタンをクリックし
年代、職業を選び
頭痛のタネのタイプを
「恋愛」「仕事・勉強」「友人・家族」「美容・健康」
から選択します

bafarisu1.jpg

最後にフリーフォームで
思いのたけを叫ぶ(書き込む)と

bafarisu2.jpg

あなたの頭痛のタネが表示されます

bafarisu3.jpg

で、それをバファリスが食べてくれるのですが

食べながらバファリスが言ってくれるひと言
これがまた癒される事請け合い!


もし、あなたが今
何かの頭痛の種を抱え込んでいるとするなら
独りで悩んでいないで
バファリスに愚痴ってみましょう



いつでもあなたは
決して独りじゃないって事に気が付くかも。。。




例えば・・・

例えば


何かに躓(つまづ)くと

自分は悪く無いって他人のせいにしていない?


仕方ないって自分を慰めていない?


何かに躓いた時って

見えている風景が変わる瞬間でもあるんだ

それはもしかしたら

本当はすごくラッキーな事で

そこに新しい運命が待っているかも知れないよ




例えば


何もしないうちに

自分で可能と不可能を分けてしまっていない?


無理だって自分で決めて付けていない?


出来る事 出来ない事

それはもちろん誰にだってある事なんだから

出来ないからって

自分を責める必要もないよ

それが不可能だって確かめられただけでも良いじゃない?




例えば


歩いてみもしないで

自分の歩くべき道をデコボコだとか文句を言っていない?


歩けないって自分から諦めていない?


早足で歩けなくたって

真っ直ぐに歩けなくたって気にする事はない

同じ道ばかりを

いつも選んで歩いているだけじゃ

本当に大切なモノは見つけられないかも知れないよ










何となく

こんな歌が聴きたくなった夜


ちょっとだけ

心はセンチメンタルに・・・



   By YOU TUBE


『想い出がつきない夜』

       作詞 伊勢正三


一つだけちぎれた雲に
もしも心があるとするなら
どこに魅かれて この街へと流れ来たのか
そして何処へと行くのか

想い出がつきぬこの街の空の下
悲しいことばかりあったね
いつも街を見てたね



心にはいつしか消えていく
長い影法師をひいて
こんなにぎやかな街並みにまぎれていると
過ぎたあとで知る季節よ

幸福(しあわせ)にわざと背を向ける
そんな寂しい男たちの住む街
見なれた空の街角



想い出も あとで過ぎてしまえば
なぜか悲しいことばかりじゃない
そして街を出て行く







言葉の暴力

誹謗中傷の言葉や
相手を蔑む言葉が悪いと言うのは
きっと誰もが知っている


知っていて尚
突きつける言葉の刃


時として

相手を傷つけている事にさえ
気付かずに突きつけてしまった言葉の刃



”人の肉体を殺したら罰せられるけど
 人の心を殺しても罰せられないんだとしたら
 あまりに不公平です”



法律は目に見える罪だけを裁く事が出来る

しかし

目に見えていないところにこそ
本当の暗闇は存在する

でも
そこに当てる光は見当たらない



”心に受けた傷がいつか癒えるなんて
 どうして断言出来るんです?
 心だって致命傷を受ければ死にます
 死んでしまったら決して蘇りません
 肉体も心も
 同じ材料で出来ているんじゃありませんか”



肉体を殺した罪と
心を殺した罪は
本来、同罪であるべきなのでしょう

にも関わらず
それを裁く法律はありません



”正義なんて雲のように
 形の定まらないものじゃないですか
 時代によって変わるでしょ?
 そればかりか
 場面によっても違ってくるんだわ
 ・・・中略・・・
 何が正義かなんて
 したり顔の学者や政治家に勝手にしゃべらせておくといい
 私達のように名も無い者は
 心の秤で大切なものを量ります”



心の秤・・・


心は心の正義によってのみ裁かれます


裁かれた後で芽生える後悔の念
それを人は罪悪感と呼びます


しかし
心の無い人間に罪悪感は持ち得ません


いや

そんな人間は
罪悪感すら
快楽に変えてしまっているのかも知れません


つまり

そこに正義は存在していないのです



”他者の心を傷つけた者は
 どうやって裁かれるべきなのだろう”



そして
どうやって償うべきなのだろう?


それもやはり
裁くのは心の秤です


法律だけでは裁けない罪が
この世にはあります




” ”内の文章は全て
矢口敦子 著 「償い」(幻冬舎文庫)より抜粋



ネコ女・イヌ男

「ネコってどんな動物?」

・したいようにする(かなりワガママ)
・人の言う事を聞かない
・行動が予測できない
・都合のいい時だけ寄ってくる
・気まぐれ
・おねだりが上手
・身繕いが好き
・光るモノが好き
・見ていない振りで良く見ている
・部屋に長い毛を落としていく
・寝ている時は触られるのが嫌い
・こっちが一緒に遊びたい時は一人でいたがる
・こっちが一人でいたい時は一緒に遊びたがる

結論:ネコは女と一緒




「イヌってどんな動物?」

・自分の”宝物”は隠したがる
・放っておくと散らかし放題
・”おもちゃ”があれば一日中機嫌がいい
・呼べばシッポを振って飛んでくる
・訓練しやすい
・留守番が嫌い
・アホヅラに腹が立つ事もあれば
 アホヅラが可愛い事もある
・都合が悪くなると小屋に逃げ込む
・おねだりが通用しない時は拗ねる
・寝ている時に触られても喜ぶ
・こっちが一緒に遊びたい時は一緒に遊びたがる
・こっちが一人でいたい時も一緒に遊びたがる

結論:イヌは男と一緒




何気に色々とサイトを見ていたら


『生まれてから何日たったのかな』
 ( ↑ クリック出来ます)

と言うサイトがあった



そう言えば
生まれてから何日くらい経っているんだろう?


51歳と7カ月と20日ほど経っている

nannitime.jpg

へぇ?

私が生まれてから

18861日!?



『こんなに?』
と言う思いと
『意外とこんなもの?』
と言う思い


51年と18000日

あなたならどっちが長く感じますか?


何だか、クイズにでもなりそうですね



じゃ
私は18861回寝て起きた事になるんだぁ?

でも
若い頃は徹夜もだいぶしたし
逆に
昼寝をした事だってあるから

足して引いて・・・

まぁでも
18700回くらいは間違いなく寝ているんだろうな



食事は

18861×3回=56583回!?

でも
若い頃は1日2食なんてザラだったからなぁ?

その分、割り引いたとして

それでも51000回くらいはしてるかな



数字を見ながら
そんな色んな事をゆるゆると考えてみた



それにしても

数字のマジックなのか?
単位のマジックなのか?

実数値(日)で見るのと
括り(年)で見るのじゃ印象は全然違うもんだね


例えば
50歳の誕生日ケーキ

50本のローソクを立てるのと
太いローソクを5本立てる違いみたいな?(笑)



ふと思った


じゃ
私は後、何日生きられるのだろう?


このサイトの説明によると
82歳まで生きると約30000日になるのだとか


82歳?

ん? そこまで生きられる自信はないかもの(苦笑)


75歳までだとしたら27700日くらい?


って事は
75歳まで生きるとしたら
私の残り日数って

8900日くらい!?



70歳までなら

7200日くらい!?



現実として
70歳までは後18年ちょっと


後、18年生きられると言うのと
後、7200日生きられると言うのと

どっちがどうなんだろう?


数字が大きい方が長く感じるのは

これもやはり数字のマジックなのかもね



までも
こんな事ばかり考えていると
ネガティブにしかならないから

単なる”数字の遊び”
と、笑い飛ばしてしまいましょう!


後、何年生きられようが
後、何日生きられようが

もう1つや2つくらい
夢を見る時間も
希望を叶える努力をする時間はあるって言うものです


そう思わなきゃね!



そう!

ようは心持ち次第なんだから!!



明日の天気を気にしたところで
どうなるものでもないけれど

知りたいと思う事がある
たとえばそれが雨だとしても

君は少し寂しそうに笑って見せる
優しかった人の事を話して見せる

人生って奴の明日の事を
例えばもう少し分かっていたら
  
あの人の事も
もっと愛せただろう



時の流れを戻してみたい
かなわぬ願いと言う前に

いつも笑っていたとしても
人には忘れたい事だってある

君の好きな人は遠い旅の空
思い出せば悲しい事が多すぎるだろう

言葉遊びで過ごした時が
ひとつふたつ遠去かるように

あの人の事も
忘れてしまいなさい


あの人の事も
忘れてしまいなさい


ムリ

長女Aの口癖は「ムリ」



何故か、高校生になった今でも
居間のテーブルで勉強をしているのですが

(あっ、言っておきますが
 ここはネタじゃないので
 今と居間、シャレじゃないですからね(笑))



私   「そろそろ風呂に入ったら?」

長女A「ムリ」

私   「じゃ、お父さんが先に入るからな」

長女A「ムリ」

私   「なんじゃそりゃ? じゃ、入れよ」

長女A「ムリ」

私   「もう12時過ぎてんだぞ
     さっさと入れって」

長女A「ムリ」

私   「無理じゃないってば!
    ほら?!」

長女A「ムリ」

私   「したら、まだ勉強が終わらないなら
     風呂は後でゆっくり入る?」

長女A「ムリ」

私   「じゃ、すぐ入れよ。
     お前は入ると2時間は出てこないんだから。
     今日は1時間以内にしてくれよな」

長女A「ムリ」

私   「あのなぁ?
     したら、お父さんはいつ入れば良いんだ?」

長女A「ムリ」



そうこうしているうちに・・・

気が付けば長女Aは
居間のテーブルに伏して寝ています

シャーペンを握りしめたままで・・・



私   「おい、起きろ!」

長女A「ムリ」

私   「無理ってな?
     ところで宿題は終わってるのか?」

長女A「ムリ」

私   「じゃ、さっさとやっちゃえよ」

長女A「ムリ」

私   「まったくもう!
     風呂もまだ入ってないのに!
     じゃ、良いよ
     このまま寝ちゃえば?」

長女A「ムリ」

私   「だって、もう寝てんじゃん?
     どうせ無理したって頭に入らないだろ?
     だったら、寝ろよ」

長女A「ムリ」

私   「じゃ、頑張れよ」

長女A「ムリ」

私   「じゃ、寝たら?」

長女A「ムリ」

私   「だってもう寝てんじゃん」

長女A「ムリ」

私   「おいおい、寝るなら2階(寝室)で寝なよ」

長女A「ムリ」

私   「無理じゃないって
     寝るなら、ちゃんと(寝室で)寝ろよ」

長女A「ムリ」

私   「あのなぁ? じゃ、歯くらい磨いといたら?
     したらいつでも寝れるじゃん」

長女A「ムリ」

私   「起きるか寝るかどっちかにしろよ。
     ここで寝たらダメだって!」

長女A「ムリ」

私   「お前なぁ? いい加減にしろよ!」

長女A「ムリ」




長女Aの口癖は「ムリ」

それにしても
起きていても寝ていても
「ムリ」だけは言える長女A

しかも
「ムリ」のひと言だけで
これだけ会話が成立するなんて!?

恐るべし、長女A・・・

タダモノじゃない?(笑)


2008年4月2日に
ここでブログを書き始めて
1年2カ月と
足す事のおよそ半月・・・

(旧ブログから通算すると2年4カ月ほどになります)


皆さまのお陰で
昨日(5月18日)めでたく20000ヒットを迎える事が出来ました


なんせ、私の書くブログですから
コメントを書きにくい文章も多々あったとは思いますが(笑)
懲りずにお付き合いくださり
本当にありがとうございます m(_ _)m


これからもよろ・・・

えっ?

何?

お前も一言言いたいの?

aisatu.jpg

『大きな声じゃ言わにゃいけど
 ここまでこれたのはボクのお陰でしょ?
 頼り無くて拙いご主人様ですが
 これからも見捨てないでやって欲しいのにゃ』(=^o^=)b


おいおい、拙いって・・・あのなぁ
反論出来んけど・・・ f(^-^;


ま、まぁ・・・

ともあれ、そう言う事で(笑)


これからも頑張って書いていきますので
よろしくお願いします!


にゃ! (=^o^=)/


「未来に行ける機械と過去に戻れる機械

 もし
 1つだけ手に入るとしたら・・・


 あなたが欲しいのはどっち?


 ただし
 どちらも行ったきりで

 ”ここ”に戻る事は出来ません


 そして
 どちらも1人乗りです」





A「そうだな? 俺はやっぱり未来だな」

B「どうして?」

A「だってさ、過去はもう知っているじゃない?
  未来の事はまだ誰も知らないんだからね。
  それなら未来を見てみたいじゃないか」

B「ねぇ、未来ってどのくらい未来に行きたいの?
  自分の老後が見たいの?」」

A「そうだなぁ?
  確かに、自分の老後は見てみたいけど
  でも、それは止めておくよ」
  
B[どうして?」

A「だって、どうなってるか分からないじゃないか。
  幸せな老後なら良いけど
  もしかしたら
  何処かで野垂れ死んでいるかもしれないだろ?」

B「まぁね」

A「そんなのを見て
  生きる気力が無くなったら困るしな。
  それならいっそ
  ずっと何百年も後の未来を見てみたいな」

B「でも、何百年後なんて
  余計どうなっているか分からないじゃない?
  映画で見るような
  超近代的な都市になってるとは限らないよ」

A「猿の惑星みたいになってるかも知れないって?」

B「それはどうか分からないけど
  でも、人類は地球を捨てて
  他の惑星に移住してたりして」

A「それなら、俺が地球の王様じゃん」

B「国王1人しかいないけどね」

A「まぁ、確かにそれじゃつまらんな」

B「未来ってさ、きっと・・・」

A「きっと?」

B「きっと、分からないからこそ
  今を頑張って生きようと思えるんだよ」

A「そりゃ、そうだけど。
  でも、それじゃ
  鼻っから質問に答えられないじゃん。
  じゃ、過去派のお前としてはどうなんだ?
  そんなに過去が良いのか?」

B「いや、別に過去派って訳じゃないけどね。
  でも、そうだなぁ?
  今の記憶のまま過去に戻れて
  もし、アノ時の選択を
  違う答えでやり直したら
  どうなるんだろうとは思うな」

A「アノ時の選択? 意味あり気だな」

B「そう思う事はない?
  今までだって
  色々な場面で色々な選択をしてきただろ?」

A「まぁね、受験、就職、転職、結婚・・・
  離婚はまだした事がないけどな」

B「あはは、そしたら離婚してから
  タイムマシンに乗り込む?
  どうせ1人乗りらしいし」

A「ん?」

B「おいおい、本気で悩むなよ」

A「あはは、それもそうだな」

B「思うんだけどね」

A「何?」

B「未来ってやっぱり分からない方が良いんだよ」

A「うん、それで?」

B「でも・・・過去なら
  やり直したいと思う時がある・・・」

A「俺はごめんだな」

B「どうして? 後悔した事はないの?」

A「いや、後悔なんて掃いて捨てるほどあるさ」

B「じゃ、その後悔をやり直してみたくない?」

A「だってさ、考えてもみろよ。
  やり直したってそれでどうなる?」

B「今と違う自分になれるよ」

A「そうかな?
  だって
  また何十年もやり直さなきゃならないんだよ。
  その方が耐えられないな。
  お前が言う未来と同じでさ
  やり直した方が必ずしも幸せになれるって
  そんな保証はないだろ?
  それに、質問にもあるけど
  行ったらもう”ここ”には戻れないんだよ。
  やり直した選択が
  結果、どんなにつまらなくても
  また何十年もだよ?
  それなら、過去をやり直すより
  今、これからの生き方を
  変える事を考えた方が良いんじゃないか?」

B「でも、それじゃ質問の答えにはならないよ」

A「答え?」

B「あぁ、
  だって”どっちが良い?”って質問でしょ?」

A「そうだけどね。
  でも、
  ”どっち?”って質問の答えにはさ
  ”どっちもいらない”
  って答えもあるんじゃないか?」

B「それじゃ、質問する意味がないんじゃない?」

A「いや、質問に意味はあるよ。
  だって、今
  俺達は色々考えたじゃない?
  どっちが良いんだろうってさ。
  そして、”どっちもいらない”って
  答えにたどり着いた。
  思ったんだけどさ・・・
  それが俺達が答える”意味”だよ。
  つまり、大事なのは
  未来でも過去でもなくて
  今、そして、
  これからをどう生きるかと言う事。
  安易に未来に逃げるんでもなく
  過去を悔むのでもなくね。
  多分、
  それが質問の求めていた答えだと思うよ」



”不可能”の反対語は
”可能”ではない・・・”挑戦”だ

(ジャッキー・ロビンソンの言葉)
  *黒人初のメジャーリーガー(1919生?1972没)



うん、良い言葉だと思いました

辞書的には
”不可能”の反対語は”可能”で良いのでしょうが

黒人として
初めてのメジャーリーガーを目指した彼の
力強い不屈の意思が伺えます


ロビンソンがメジャーリーガーを目指した
1940年代後半当時は
黒人と言うだけで風当たりが強かった時代でもありました


余談ですが
ジャッキー・ロビンソンを誘った
ドジャースのオーナー(当時)
ブランチ・リッキーは

「君はこれまで誰もやっていなかった困難な戦いを
 始めなければならない。
 その戦いに勝つには
 君は偉大なプレーヤーであるばかりか
 立派な紳士でなければならない。
 仕返しをしない勇気を持つんだ」

とロビンソンに言い
ロビンソンの右の頬を殴った

するとロビンソンは

「頬はもう一つあります。ご存じですか」

と答えた


こんなエピソードが残っているそうですが
これだけ読んでも
当時の黒人への偏見と風当たりの強さが
社会的にもどれだけ大きかったのが伺い知れます


それまでは白人だけのモノだったメジャーリーグ

その中で
黒人として
初めてのメジャーリーガーを目指すと言うのは
今の時代では考えられない程
並々ならぬモノが有ったのでしょうね



さて

”不可能”の反対語

「辞書的には」と上で書きました


ロビンソンの言葉を借りれば
”可能”ではなく”挑戦”と言う事でしたが

では
その”挑戦”の反対語は何でしょう?

”不可能”?

でも、それじゃちょっと違うような気がします


じゃ、例えば

”逃避”?

そうですね
辞書的にはそう言う事でしょう



”挑戦”の反対語は”逃避”


ここでふと気が付きました


「逃」と「挑」は
面白い事に
偏(へん)が違うだけなんですね!


手を使うと”挑”になりますが
足を使うと”逃”なのです

(注釈)手偏(へん)は文字通り手を表します
    辶(しんにゅう)は意符としては道を行く事
    歩く事、道、脚などに関わる事を示しています


”兆”は物事のきざし、前触れと言う意味です

物事の兆しを手で掴もうとする戦いが”挑戦”
そこから避けて逃げようとするのが”逃避”

言葉って上手く出来ていますね



それにしても

手と足

それだけの違いで全く逆の意になるなんて
ちょっと面白いですね



にゃんこって

どうしてこうも袋モノが好きなんでしょ (;^_^A


紙袋、ゴミ袋、レジ袋、マイバッグ・・・


それからもちろん

カバンやリュックサックも


我が家のダヤン君もご多分にもれず・・・・ 



ねぇ、ダヤン

そんなに居心地が良いのかい? (^。^;)



『ボクにもわからにゃいのら』 =?。?= ふにゃ?



      (C)夢の樹舎


おまえはフラれた時しか来ないんだな
人の気も知らないで

だけど、幸福そうなおまえを見てると
 「ガンバレよ」なんて言ってしまうんだ

こんな事なら
「止めろよ」と言えば良かったのかい?

涙で曇る おまえの顔を見れば 
何も言えなくなる 本当の気持ち



二杯日のコーヒーを入れてあげよう
ミルクをたっぷり入れて

だけど、どんなに甘くしたところで
心の苦さは取れないだろう

こんな事なら
「止めろよ」と言えば良かったのかい?

本当の事を言ってしまえば
おまえの帰るところも失くなる気がして


      
フラれる度に短くなった髪が
もう、涙も隠せなくなったじゃないか

おまえの笑顔が好きだから
俺も笑って見守れたのに
そんな悲しい顔はしないで



こんな事なら
「止めろよ」と言えば良かったのかい?
そんな悲しい顔は見たくないよ


     
フラれる度に短くなった髪が
もう、涙も隠せなくなったじゃないか
            
おまえの笑顔が好きだから
俺も笑って見守れたのに
そんな悲しい顔はしないで

そんな悲しい顔は もうしないで



昔のままの君と
変わってしまった僕が
君の知るはずもない
僕の街を二人歩いてた

街は雨だった
狭い一つの傘の中で
ふれあう手と手のぬくもりを僕は感じてた

夢よ 時の流れを越えて
夢よ 自覚めた時よみがえるあの日

夜明け前の幻は
追いつく事の出来ない蜃気楼

Ah 夢よ



何かを言いかけて
うつむいた君は
いつもの笑顔を失くし
僕の腕をそっと振りほどいた

夕暮れ時だった
雨に消えて行く君を
追い駆ける事も出来ずに僕はもがいてた

夢よ 時の流れを止めて
夢よ 醒めても続く惑いの中で

何もかもが崩れ去った
砂の城みたいに消えて行く

Ah 夢よ



関わり

人は
良くも悪くも”人”によって変わるものだ


もちろん
自分を取り巻く環境によって変わる場合も有るのだが

接する”人”も含めて環境と考えるならば

多くの場合は
”人”によって変わると言っても良いだろう



良い意味でも悪い意味でも
”人”を人生の鏡とし

或いは、
”人”の生き方や考え方を標とし

自ら変わる場合も有れば
知らずと変わっていく場合も有る



直接か間接かは別として

人は
”人”によって支えられ
”人”によって導かれ
”人”によって活かされる



時に
”人”によって傷付けられたり
”人”によって欺かれたりもするが

それでも人は
”人”無しには生きては行けない


”人”との関係の中で生きるしか無いのだ


だから、
どんなに傷付けられたにしても
欺かれたにしても
”人に変えられた”と嘆いてはいけない



選ぶ事の出来る”人”も有れば
選べない”人”もいる


だが
考えようでは有るが
不要な”人”と言うのはいない


それをどう捉え
どう考えて
どう自分の物として昇華させるかは
あくまで自分次第なのだ



「関わり」は「拘わり」とも書く

つまり、”こだわり”で有る

”人”との関わり方は拘わり方でも有るのだ



人は良くも悪くも
”人”との関わりの中で生きて行く

変わったり、変えられたりも確かに有るが

それ故に
”人”との関わりには拘っていきたいと思うのだ



夜桜

例年だと
丁度、今頃が桜の見頃なのですが
今年は少し早くGW中に満開になった十勝国

それでも
当初予定はいかんともし難くでしょうか
この日曜日は十勝国各地で桜祭りが行われました

北海道の桜は
それでなくとも山桜(葉桜)が多いので
ピークを過ぎると
桜の花より葉っぱの方が目立ってしまいます

でも
これもタイミングですから仕方ないですね


十勝国でも数々
桜の名所はあるのですが
その中の1つ
すずらん公園で
日曜日までライトアップをしていると言うので
久しぶりに行ってきました

yozakura1.jpg


yozakura2.jpg


yozakura3.jpg

実際に見ると
青や緑やオレンジ色にライトアップされた桜は
時に幻想的でもあり
また、本当にキレイなのですが
アップにして写真で見ると
桜っぽくないですね (^-^;

桜はやはり
あの薄いピンクが桜たる所以でしょうか

yozakura4.jpg


yozakura5.jpg

でも
ちょっと遠目で撮影をすると
コンパクトタイプのデジカメでは苦しいかなぁ?

と、言うより
改めて、人間の目の機能が素晴らしいんだと
そう気付かされたりして・・・
(本当は単にカメラの腕の問題? f(^-^; )

yozakura6.jpg

久しぶりの夜桜はやはりキレイですね


でももう桜の季節も終わりです

名残惜しいのですが
それも季節の機微です


そしてこれから
北海道の一番美しい季節の始まりです


我が家のダヤン君

1歳10ヶ月なのですから
もういっぱしの青年になっているはずなのですが

未だに眠たくなると
指の腹を吸いたがります


もっとも
いつもはジージョの柔らかい指がご馳走・・

いや、お気に入りなのですが(笑)

ジージョがいない時は仕方ないのでしょう

今日は珍しく私のところに来て
指の腹を吸い始めました


幸か不幸か
(私にとっては嬉しい”幸”でしたが、ダヤンにとっては?(笑))
金曜日は
昼間は私しか家にいなかったのです

(私は休暇を取っていました)


普段は
我が物顔でストーブの前や
ソファをデンと占領するなど
段々と態度もでかくなってきていたけど
こうしてみると
まだまだ可愛いもんです (^-^)

ダヤン
お母さんのおっぱいを思い出しているのかなぁ??


   (C)夢の樹舎


次はちょっと長いので
時間に余裕がある方はどうぞ♪

指を吸っている最中
段々と眠くなってきています


   (C)夢の樹舎


さすがに動画も3本目になると
撮る方も疲れてきていますが
カメラが気になってか
ダヤンはなかなか眠れません

しまいには毛づくろいを始める始末


おいおい、ダヤン
キミの目の前に差し出した
私の指の立場はどうなるん?(笑)


   (C)夢の樹舎


ちなみに
この時は家には私1人だったので
右手はダヤンに差し出し(?)
左手にカメラを持って撮っていました

頑張ったしょ? 私 σ(o^-^o)


『やっぱ、ジージョちゃんの方が美味しかった』 (=´ヘ`=)

あのなぁ、
ここまで吸っておいてそれは無いべさ? (-.-;





様々な出会いと別れを繰り返して今に至る


中には
憂鬱な出会いや
清々とした別れも無かった訳ではないが

時に
今でも胸に重くのしかかる別れもあった


切ない別れ
悲しい別れ
苦しい別れ
辛い別れ


望むと望まないとに関わらず
人生の渦に巻き込まれ
そして結果として
様々な別れがあった

後悔もたくさんした


ただ
ひとつだけ救いが有るとしたら

それは

”別れの数は決して出会いの数以上にはならない”

と言う事だろう


出会いの数だけ別れは有ると言うけど

どんなに悲しく苦しく辛い別れを重ねたとしても
少なくとも人生の上では
それ以上に多くの出会いをしているものなのだ


人生はとどのつまり
足して引いてチョンチョンなのでは有るが
今、生きているこの時点では
出会いの数の方が多いと言う事になる


そう思えば少しは前向きになれるではないか

例え
それが気休めだとしても

そう思えば
少しは希望も沸いてくる



GWも
もう残り僅かになりましたね

みなさん
楽しい時間を過ごしてますか?

えっ?

仕事、仕事で休みなんか関係無い?

そうですね?
そんな方も多いかも知れませんね


我が家はと言うと
長女AがGW中も部活、部活の毎日なので
特に何処へ行くと言う事も無くて
申し訳程度に
2日にジージョを動物園に連れて行き
3日、4日は
長女Aが急きょ出場する事になった
テニスの試合の見学に行ったくらいです


でも
それ以上に
ずっとノンビリと
マイペースな生活を送っていたのはこの方(笑)

何処へも出かけなくたって
お手入れだけは余念がありません

『だって、これがネコの身だしなみにゃんだもん』 (=^o^=)

はいはい、そうだねぇ? (^-^;


     (C)夢の樹舎

『やん、ここから先は見せられないんにゃ』 (=^o^A アセアセ






Day Dream Believer

ふと開いた新聞の片隅に
1件の訃報が載っていました



ロックバンド「RCサクセション」のボーカル

   忌野清志郎

がん性リンパ管症のため東京都内の病院で死去した


RCサクセション 『スローバラード』


私の中では
邦楽のバラードでも
五本の指に入る名曲

私の大好きな歌です




58歳の若過ぎる死

喉頭がんで闘病生活をし
一時は復帰

また、その後は治療に専念をしていた話は
聞いていましたが・・・




「僕の好きな先生」に代表される
フォークバンドとしての初期のRCサクセション

「雨上がりの夜空に」
「トランジスターラジオ」等
独特のメイクと派手なアクションが売りだった
ロックバンドとしてのRCサクセション

化粧品会社のCMにもなった
坂本龍一とのユニットで出した
「・い・け・な・いルージュマジック」


他、「妖怪大戦争」等の映画の出演


その活躍は
いつも独特の輝きを持って放っていました



一般的に知られるところでは
反骨の人と言ったイメージが強い人でもありました

自由を抑圧するものを嫌い
歌う事でそれと戦いました

反戦、反核、政治家批判をテーマにし
アルバムが発売中止された事もありました

その姿勢が当時の若者の支持を集めた訳ですが

一方で
全く違う一面を覗かせてくれた
「パパの歌」
に代表される彼の優しい一面もまた
忌野清志郎の魅力のひとつだったと思います


本当はこっちの方が実像に近いのかなと
勝手に思ったりしています



手向けの1曲は何にしようか?

色々と考えましたが・・・


この歌はオリジナルではありませんが
私はこの歌の
忌野清志郎の歌い方が大好きでした

1989年
ザ・タイマーズとして出した
モンキーズのカバー曲

「Day Dream Believer」


もう今は 彼女はどこにもいない
朝はやく 目覚ましがなっても
そういつも 彼女と暮らしてきたよ
ケンカしたり 仲直りしたり

ずっと夢を見て 安心してた
僕は Day Dream Believer
そんで 彼女は クイーン

でも それは 遠い遠い思い出
日がくれて テーブルにすわっても
Ah 今は彼女 写真の中で
やさしい目で 僕に微笑む

ずっと夢を見て 幸せだったな
僕は Day Dream Believer
そんで 彼女は クイーン

ずっと夢を見て 今も見てる
僕は Day Dream Believer
そんで 彼女は クイーン

ずっと夢を見て 安心してた
僕は Day Dream Believer
そんで 彼女は クイーン

ずっと夢見させてくれてありがとう
僕は Day Dream Believer
そんで 彼女は クイーン




彼もまた
自分の夢を信じて
時代を駆け抜けた男の1人だったのでしょう



ずっと夢見させてくれてありがとう!

合掌。。。


我が十勝国も
ようやく春らしくなってきました


盛唐の詩人 ”孟浩然” 曰く

”春眠不覺暁”


春と言えばすぐに
この言葉が思い浮かぶのは私だけでしょうか?


いわゆる

”春眠暁を覚えず”

です


彼が活躍をしていたのは
今から1700年ほど前の事ですから
昔から
春はウトウトと眠たくなるものと決まっていたのでしょう


人間でさえそうなのですから
寝るのが商売の猫族にとっては尚更ですね


我が家のダヤンも眠そうです



   (C)夢の樹舎


ま、まぁ・・・

これじゃ動画で撮る意味が無かったかな? f(^-^;


いや、でもね

良っく見てください

ダヤンの目とシッポが語っています


『いいかげん、放っておいて欲しいにゃ』 o(=?ェ?=)o



ワンちゃんは嬉しいとシッポを振りますが
にゃんこはシッポで抵抗を表します

うちだけ? f(^-^;



”男の浪漫と女の現実”


これって
人生の大海原に敢然と横たわる
お互いに相容れないモノのひとつだろうか?



”夢を食べて生きては行けないけど
  夢が無ければ生きては行けない”

男の生き方について
そう言った人がいる


夢が無くたって
いくらでも
生きて行くくらいは出来るだろうけど
人生
そこに夢や浪漫が無いのなら
それは生きる意味が無いのと一緒だ

つまりはそう言う事なんだろう


そう思いながらも
この世の中では
夢が現実に負ける事の方が多い


それを受け入れる事

それが大人になると言う事なのか?


いや
能力や才能が
否応無く
現実を受け入れざるを得ないと言うところか?



良く、女性は

”いつまでも少年っぽい男って魅力的だ”
って、言うけど

”いつまでも子供っぽい男は嫌だ”
って、言う


それでは

”男の夢”とか”男の浪漫”は
どっちの範疇に入るのだろう?

と、ふと思う


でも・・・女性諸氏よ

こればっかりは
キャラの違いだとか
見てくれの違いだとかとは言ってくれるなよ!



先の言葉も女性に言わせれば

”夢が無ければ生きては行けないかも知れないけど
  夢だけ食べては生きて行けない”

きっと、こうなるのだろう


もしかしたら

”夢が無くたって働けば食べていけるけど
  夢だけじゃお腹はいっぱいにはならないし
  第一、子供が(私も)可哀想”

これが現実かも知れない


この歳になると
それも分からないではない

全て、否定はすまい


しかし
それでも尚
往生際悪く夢を見続けるのも

それも男の生き方なのだ




Powered by FC2 Blog