Neko

夢の汽車に乗って 2008年12月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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今年は昨年、一昨年から比べると
まぁ、そう荒波を受ける事も無く
総じて言えば
穏やかな1年だったように思います



確かに
来年に持ち越しになった課題もたくさんあるし

今年が穏やかだったからと言って
それで満足がいったかと言えば
必ずしもそうではありません



自分自身への不満もあります

もっと何かが出来るはずなのに
動き切れない自分へのもどかしさ

それが来年への
一番大きな課題かな



でも、個人的な事ではありますが

この年末にきて
予想外に嬉しい事もいくつかありました




”終わり良ければ全て良し”



そう言い切るには
まだ少しおこがましいけど
とりあえず
ここで一度区切りをつけて
来年への課題を整理してみようかと思っています




みなさんは今年
どんな1年でしたか?


大なり小なり
色々あったんじゃないかと思います

良い事も悪い事も
嬉しい事も悲しい事も
楽しい事も辛い事も

色々あるけど


それが”生きている”って事ですよね



過ぎた時を振り返り
そして、来る明日に想いを馳せる

1年に一度くらいは
そんな時間を持つ事も良いでしょう


年の変わり目と言うのは
それには丁度良いタイミングなのだと思います





以前
ここでも紹介しましたが

今年聞いた話の中で
印象に残っている言葉を再び書き記して
今年の締め括りにしたいと思います




”人がジャンプをしようとする時
 立ったままでジャンプをしても
 たいして高く飛ぶ事は出来ない
 でも、一度しゃがむ事で
 より高く飛ぶ事が出来る”

   (ラジオ番組「純喫茶谷村新司」より)



”人生は山あり谷ありと言うけど
 じゃ、谷にいる事は不幸な事なのかい?
 谷には川も流れていれば
 花だって咲いているじゃないか”

   (「がばいばあちゃん」より)


 

みなさん
今年も1年ありがとうございました



良い年を迎えてくださいね

そしてまた

来年もよろしくお願いします。。。




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やっと、本気 出しました!

年賀状(笑)


(* ..)φカキカキ パスφ(*゚o゚)ノ シュ===◇


まぁ、私が本気を出せば こんなもんです(どんな?)




パソコンが3台あるのに

プリンターは1台しかない我が家


いつもはプリンターは

2階のデスクトップに繋いでいるのですが

この時期

さすがに2階は寒いので

居間に持ってきて

ノートパソコンに繋げて印刷です



例によって

大人用(いやらしい奴では無いので・・・念の為(笑))

長女A用 そして、ジージョ用

合計3種類の年賀状を作成しました!



手は出さないけど

口だけは人一倍出す我が家の女性軍団


結局、毎年

意見がまとまらずに

3種類作成するはめになるのです (-.-;



手伝ってくれるのは

やっぱ、キミしかいないね 


オイデオイデ (o ̄∇ ̄)ツ))     σ(=^o^=) ミィ?


       (C)夢の樹舎

o(=・ェ・=o)=3=3=3=3=3=3 にゃん♪


って (;-o-)σォィォィ・・・


 (C)夢の樹舎

遊んどるだけやないけぇ???!


щ(´□`)щ オーマイガーッ!!




までもね

キミは可愛いから許す♪ (笑)




ともあれ

娘達の分は完了?♪



後は各自

ひと言くらいはコメント書いとけよっ!

(-o-)/アイヨ~ (。--)ノ ハーイ  \(▼_▼メ)イイナ!


なんだその返事は?

分ったのか?

(*`◇´*)/ ハーイ! ('0')/ハイ!  ( ̄へ  ̄ 凸


良し! 良いだろ d( ̄― ̄ )



さ?てと

そしたら、明日は自分達の分を印刷してお終いだな♪


この分だと

昨年よりは2日は早く出せるかなぁ? f(^-^;あはは


まぁ

私が本気を出せばこんなもんです! <( ̄^ ̄)>




( =?ω?=)フフフ 明日も遊べるのにゃ?



ケアしてますか?

クリスマスも終わり

いよいよ2008年も残すところ5日間です




仕事の追い込みや

忘年会 等々・・・

みなさんの疲れもそろそろピークなのでは?




こんな時こそ ひと息ついて

自分自身と向き合ってみましょう


『なぁ、体調はどうだい?』

『心はくたびれてないかい?』


忙しい時ほど

自分へのケアって必要なんですよ (´ー`)b




ダヤンだって、ほらっ

ちゃんとケアしてます

まぁ? いつも寝起きはこうなんですけどね

行儀良いでしょ?(笑)



   (C)夢の樹舎



さっ!

自分へのケアが終わったら

いよいよ2009年へのカウントダウンです



4日と23時間13分58秒、57秒、56秒・・・

・・・・・・・

4日と23時間12分36秒、35秒、34秒・・・

・・・・・・・

4日と23時間11分13秒、12秒、11秒・・・

・・・・・・・



なんか、こう書くと段々焦って来ますね? (^-^;


やっぱ

カウントダウンは30日になってからにします?(笑)




で・・



あれはやった

これは済んだ



仕事は後、29日1日だけだし・・・



でも、なんか肝心な事を忘れているような・・・





えっ? 何???


あーーーーーーーー!!!


もしかして・・・年賀状? Σ(・ω・ノ)ノ!

(おいおい、まだ作ってないのかい?(笑))



よし!

そろそろ本気だすか?! ε-( ̄(エ) ̄*)/


人類全体が抱えているとても大きな問題

社会が抱えている大きな問題

個人が抱えているささやかな問題



今、問われている問題

今、求められている問題

今、与えられた問題



答えの出る問題

答えの出ない問題



答えが1つしかない問題

答えは1つじゃない問題




問題に
大きいも小さいもないのかも知れない


それでも
敢えて、言えば


大きな問題を小さくするのも
小さな問題を大きくするのも
それは究極
個人の意思の問題なんだろう


確かに
個人の力ではどうしようもない事も多い

だけど、個人が手を合わせれば

その輪は《 世界 》になる



ちょっとだけ隣人の言う事に耳を傾けられたら
ちょっとだけ隣人の事を思いやれたら

みんながそうなれたら
変えていけるものも多いはずだね



 【 Happy Christmas (War Is Over) 】 John Lennon

* YOU TUBE   (By bgarens)




世の中には様々な問題が有るにしても
抱えている問題は様々だとしても


今が幸せだと感じられるあなたは
きっと幸せ感じ上手なのでしょう



でももし


今が不幸せだと嘆いている人がいたら

「あなたは決して1人ではないんだよ」

と伝えたい



そんな聖なる夜に

Happy Christmas To My Dear




明日はクリスマスイブですね

みなさんはどんなクリスマスを過ごしますか?


家族で、友人同士で、恋人と・・・

或いは、1人で?



余談ですが(笑)

私も

”1人で過ごすクリスマス”時代(?)

が長かったので
クリスマスを1人で過ごす寂しさは良く分ります


1人でケーキを買って食べたって美味しくないしね

と、言うより
1人の時は
ケーキなんか買った事はありませんでしたけど



ともあれ

色々な想いで過ごすクリスマスは
キリスト教徒ではない人達にとっても
やはり特別な夜なのでしょう


特に
サンタさんからのプレゼントを心待ちにする
子供達にとっては
特別中の特別な日となるのでしょうね




そんな特別な夜を前に、ちょっと良い話を・・・



みなさんは
「NORAD(ノーラッド)」ってご存じですか?


「NORAD」とは、
ミサイル攻撃や空襲に備えて空を監視する
アメリカ合衆国とカナダの二カ国連合の軍事組織です

そんな国家防衛機関が驚くべき事に
毎年、クリスマスイブの夜が近づくと
世界中を旅するサンタクロースを追跡すると言う
夢に満ちたサービスを行っています



それは、1本の間違い電話から始まりました



1955年

ある新聞の「サンタ・ホットライン」に
あるお店が

「特別なホットラインでサンタさんとお話が出来る」

と、宣伝をし
広告に間違った電話番号を載せてしまったのだそうです


この間違い電話の先が
「NORAD」の前身である中央防衛空軍基地でした


「サンタクロースは本当にいるの?」

「サンタクロースは今どこにいるの?」


そんな子供達からの”間違い電話”に答えて
司令官(当時)のハリー・シャウブ大佐が
機転を利かせて

「サンタクロースは北極点から南に向かったらしい」

と、答え
以後、毎年
サンタクロースの追跡が行われるようになり
これを1958年に設立された「NORAD」も
引き継いだのだと言う事です


子供達の問いにも

”最新鋭のレーダーを使い
 トナカイ・ルドルフの鼻から放出される熱を感知し
 サンタクロースの居場所を追跡しています”

と、説明していたとか


子供達の夢を壊さない為のちょっとした”嘘”でした


そんな心温まる出来事があってから
毎年12月、「NORAD」で働くボランティアが
子供達の電話に答えてきました

今ではウェブサイトにより
世界中の人々がサンタクロースの
最新情報を得ようとそこを訪れているのです



《 NORAD Tracks Santa 2008ホーム 》

    ? 日本語ページ ?
          ↑
     ☆ここをクリック☆



「キッズ カウントダウン」
「サンタカメラ」
「3D衛星写真と地図でサンタを追跡」

などのコンテンツが楽しめるそうです


更に、このウェブサイト上の世界地図では
ソリに乗ったサンタクロースが今どこにいるのか
また、世界各地への到着推定時間などが表示され
その情報は一晩中更新され
提供されているそうです


(残念ながら24日にならないと見れないようなので
  私もまだ詳しくは見ていないのですが・・・)



防空の為の最新鋭の設備を備えた国家機関が
このようなサービスをしていると言うのは
何かホッとさせてくれます




もうひとつ
アメリカでの話ですが
ユタ州のソルトレイクシティー市航空局には
「市の空を飛ぶ小型機の最低高度」
を定めた条例があります


この条例は
小型機の最低高度を連邦航空局の規則に基づいて
2000フィート(600m)と定め
続く条項に

「クリスマスイブにトナカイの引く荷物だけは例外とする」

と明文化していて
ソリに乗り空から家々にプレゼントを届ける
サンタクロースへの
配慮として1985年に盛り込まれたと言う事です


しかし、市ではこう言う項目があると
いい加減な条例だと受け止められる恐れがある為
航空局の委員会で
この条文を削除する修正案を可決して
議会に送ったのだそうです

ただし、地元紙によれば
議会当日は多くの反対派市民が集まる予定で
この修正案は否決される見込みだと伝えています

(めでたし、めでたし?)




一方で

世界中にはクリスマスを祝えない子供達も大勢います


サンタクロースからのプレゼントを待つどころか
今日をどう生きるかで精いっぱいだったり
いや
今、こうしている間にも
死んでいっている子供達も大勢いるでしょう


戦争、内戦、テロ そして、大災害や飢餓


親兄弟を亡くし
そして、自分も傷ついて
明日に希望が持てない子供達も大勢いるのです



それは
今や日本だって他人事ではありません


世界的な金融危機以降
相次ぐ倒産やリストラで職を失い
住む場所を失い
中には家族をも失い


プレゼントを
買ってあげたくても買ってあげられない

買って欲しくても買ってもらえない


そんな親や子供達が増えています




子供達にとって
サンタクロースはまさに”夢”ですよね?

そんな子供達の夢を
大人が取り上げるなんて事は
本来、絶対有ってはならない事です


いつか、子供達も大人になれば

現実の厳しさに
立ち向かわなければならない時が来ます


そんな時に心の支えになるモノの
大きなひとつが
幼い頃の夢かも知れません


その夢を子供達に与えてあげる事こそが
大人達がやらなければならない事なのでしょう



上記で紹介した記事はホンの一例ですが

世界中の大人達が
こんな風に子供達の夢の為に
知恵を絞り、時にユーモアで応えられたら
世界は変わっていけるのかも知れません




最後に

「新聞に掲載されたある手紙」と言う記事より・・・


1897年9月
ニューヨークに住む少女
ヴァージニア・オハンロンという少女が
学校でお友達と
「サンタクロースはいるのか、いないのか」について
口論になりました

彼女はもちろん「いる派」

でも、家に帰って父親に
「本当にサンタクロースはいるの?」
と質問したところ
なんとその父親は
「新聞に手紙を書いて、聞いたみたら?」
と言ったというのです

そしてこの投書を受け取ったサン紙の記者
フランシス・チャーチは
その投書への回答として

「この世には、愛や思いやりといった
 目に見えないけれども確かに存在するものがある
 それと同じように
 もし、目に見えない存在だとしても
 サンタクロースだって確かに存在する」

という内容の社説を発表しました

そしてその後
サン紙は、毎年クリスマスが近づくとこの社説を掲載
この話しは、その後本にもなりました





サンタクロースを信じる心を育てる事は

善い事をした時も
悪い事をした時も

「いつでも、誰かが、あなたを見守っている」

という心を育てる事になるのかも知れません


この記事を紹介していた人は
このように結んでいました




子供達の夢

それは私達大人にとっての夢でもあるのです



みなさん、もう年賀状って書き終えました?


用意、段取りの良い人なら
とっくにもう書き終えて
後はクリスマス、年越しと続く
新年へのビクトリーロードをひた走っている事でしょうね


ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌( ̄◇ ̄)┘?♪


私も
この土日で大方仕上げようと思ってはいたのですが・・・





未だにデザインも決まっていません


 エッヘン <( ̄^ ̄)> ヾ(^o^;オイオイ



どうしたもんでしょうかねぇ? f(^-^; あはは


いや、笑ってる場合でもないのですが(笑)




まぁ、例年のパターンから言えば・・・

28日?29日に徹夜で仕上げて
30日にポストに投函とまぁ、そんなスケジュールなので

それから考えると
まだ、時間的な余裕はあるのです (* ̄σー ̄)ゞ


或る意味、予定通りに”事”は進んでいるとも言えます(笑)



一番の難問は写真が決まらない事なんです



来年の干支

そう、確か・・・「猫」でしたよね? ?c(゚.゚*)エート。。。


だから、ダヤンの写真が
ベストマッチなのですが


(おいおい、それで良いのか? (;^_^A アハハ )


そこで止まっているのです


あっ、この写真が良いなぁ?♪

と、思うと

背景に見せてはいけないモノ(?)が映っていたり (^-^;


最近なんかは
ダヤンの奴はストーブの前かソファで寝てばっかで

私に協力しようなんて気持ちは
全然、全く、これっぽっちも・・・

欠片も見えません f(-.-;



どうしたもんでしょうかね? (^.^;



までも、だからって
ブログに現実逃避をしても(笑)

知らない間に年賀状が完成しているなんて

そんな奇跡は絶対に起こらないでしょうから(笑)



やっぱ、地道に頑張るしかないですよね?



↑_(ΦwΦ;)Ψウケケ †ヽ(-"-;)悪霊退散悪霊退散!


       ↑
    なんだそれ? ・・・(゚_゚i)タラー・・・




”未だ”の同志のみなさん!

一緒に頑張りまっしょね?♪ φ( ̄▽ ̄)ノ ~~□ポイ



あっ、抜け駆けは禁止です!(笑)





欠点

20年以上営業をしている

多少の失敗も有ったが
それなにりに成果も有った


もっとも
一度はリストラをされたのだから
あまり偉そうな事は言えないのだが



兎にも角にも
曲がりなりにも
長年、営業と言う職業をやってきた

成果はともかく
お客さんの信頼だけは余り有ったと
自負はしている



ただ
もし、この欠点が無ければ・・・

或いはもっと成果も上がったのかも知れない



営業と言う職業にとっては
致命的な欠点と言えるのかも知れないのだが

私はお客さんの顔と名前が中々一致しないのだ


勿論、全てのお客さんがと言う訳ではない
一回会っただけですぐに覚えられる人だっている


だが
何度会っても
何度話をしても
覚えられない人がいるんです


その人が
会社の自分の席にいてさえくれたら
何も問題は起こらない


”その会社のその立場の人”と
ちゃんと認識した上で
それで商談になるのだから



だが、困るのは
その人が自分のいるべき席にいない時だ


例えば
その人が一歩
その会社を出て他所でバッタリ会った時

例えば
休日にデパートや何かで
声を掛けられても
一瞬何処の誰だがすぐに出て来ないのだ


確かに、見た事はある

『あれっ、誰だっけ・・・
  △商事? □建設?
  ○○部長? ××課長だっけ?』


とは言え
そこはだてに長年営業をやっている訳ではないので
とりあえずは上手く話は合わせて
その場は”会話”を成立させる事は出来るのだ


勿論、その間も
私の頭は急速回転で
覚えている名前と顔を一致させようと足掻いている


しかし、結局は思いだせないで
無事に(?)”ご対面”が完了する事がほとんどだ



確かに歳を取ると
すぐに名前が出て来ないとか
覚えられないと言う事は有るのだが
私の場合は若い頃からなのだ


その人とは相性が合わないのか?
それとも
深層心理的に(生理的に?)避けようとしているのか?

単に、その人の印象度が薄いのか?

理由は未だに分らない


何度もそれで
冷や冷やした場面を
綱渡りの如く乗り越えては来れたのだが・・・




こう見えても
人並み程度
若しくは
多少はそれ以上には
洞察力や観察眼は持っている方だと思う


あまり人には言わないし
時に敢えて知らん振りを決め込む事も多いのだが

他人の顔の表情だとか
仕草や言葉尻で心根を読み取ったり
ちょっとした事に気が付いたり

そう言う機微にはむしろ敏感な方だと思っている



悪く言えば”深読み”のきらいは有るのだが・・・



だが
どうしても名前と顔の一致に関しては
昔から自信が無いのだ


もしかしたら
頭の中で記憶と映像を一致させる能力が
弱いのかも知れない



同じように

似たような2個の物のどっちがどっちだとか
それも自信がない


それが3個だとか5個、10個になると
ちゃんと区別も整理も出来て
覚えられるのだが
2個だとどっちがどうだったか
いつも悩む事になる



まぁでも
それでとりたてて
大きな失敗はしては来なかったのだから
取りあえずは結果オーライと言うところか?



自分の欠点が分かっているから
相手との応対ひとつとっても
必要以上に用心深くもなる


それが良い事なのか
悪い事なのか?

それは別にして

それが上手く”気配り”として表れれば
それで何とかなるものなのだ



だから

まぁ、良いっか





手を握ろう

『手の冷たい人は心が温かい』だとか

『いや、手の冷たい奴は心だって冷たいはずだ』とか

逆に

『手の温かい人はやっぱり心も温かいものだ』とか

『いや、必ずしもそうとばかりは言えない』だとか



そんな言い方をする人がいるけど


何を根拠に
そう言う話しになっているのかは
良く分からないところだけど



でも、ひとつ確かな事は

手を握った時の

”手の温もり”で伝わるものって

確かにあるんだと言う事




例えば一緒に歩く時


もし
不安な気持ちがあったとしても
握った手の温かさを感じたら
あなたは
幸せな気持ちになれるでしょう




指と指を絡ませて握る

指の先をちょっと摘むように握る

五本の指を合わせて
  しっかりと相手の五本の指を握る


二人の関係によって
握り方は様々あるけど

伝わる気持ちは同じです




言葉は
相手に自分の気持ちを伝える為のものです


でも
言葉が無くても
手を握る事で伝わる想いもあります



親と子供

祖父母と孫

友達

恋人

夫婦


二人の関係や距離によって
多少の意味合いの違いはあったとしても

共通するものは
相手への愛情です



だから

握った手が温かければ
あなたはそっと受け止めれば良いのです


もし

握った手が冷たければ
あなたの温もりで温めてあげれば良いのです



その想いはきっと伝わります






最近、あなたは誰かと手を握りましたか?



猫の十戒

少し前になりますが
「犬の十戒」と言うのが話題になっていましたよね

本にもなりましたし映画にもなりました



当時、犬好きさん達の間では

「ねぇ、ねぇ、知ってる?」

「あ?、それ観たよ!」

「泣けるよねぇ?」

「いやぁ、感動したわ」

そんな話で盛り上がっていました



猫好きの私としては

「ふぅ?ん」

とか、言いながら・・・

実は娘が買ってきた
「犬と私の十の約束」を読みながら

不覚にも泣いてしまいました f(^-^;



この「犬の十戒」と言うのは
だいぶ前からあったみたいですね


そして、作者不詳のまま
拡がっていったのだそうです




そんな事を思い出しながら
何気にネットで探していたら

やっぱり、あるんですね


「猫の十戒」(笑)


正確には「十八戒」なんですけどね(笑)



  猫の十戒 Cat Commandments
   (For Henry, the Beloved)

   《 作者不詳 》

Thou shalt not jump onto the keyboard
when thy human is on the modem
汝、人間がモデムを使っているときに、
 キーボードに飛び乗るなかれ。

Thou shalt not pull the phone cord
 out of the back of the modem.
汝、モデムの後ろ側にある
 電話線を抜くことなかれ。

Thou shalt not unroll
 all of the toilet paper off the roll.
汝、トイレットペーペーを引っ張り、
 ロールをむき出しにすることなかれ。

Thou shalt not sit in front of the television or monitor
 as thou are transparent.
汝、透明ではない為、
 テレビあるいはモニターの前に座ることなかれ。

Thou shalt not projectile vomit
 from the top of the refrigerator.
汝、冷蔵庫の上に、吐き戻す事なかれ。

Thou shalt not walk in on a dinner party
 and commence licking thy butt.
汝、ディナーパーティーのときに現われ、
 顔を洗い始めることなかれ。

Thou shalt not lie down
 with thy butt in thy human's face.    
汝、人間の顔・頭の上に横たわる事なかれ。

Thou shalt not leap from great heights
 onto thy human's genital region.
汝、人間の股間に飛びつくことなかれ。

Fast as thou are,
 thou cannot run through closed doors.   
汝、急ぐ事なかれ、速く走ろうとも、
 閉まったドアを通り抜けることはできまい。

Thou shalt not reset
 thy human's alarm clock by walking on it.
汝、人間の目覚まし時計の上を踏んで、
 タイマーをリセットすることなかれ。

Thou shalt not climb on the garbage can with the hinged lid,
 as thou wilt fall in and trap thyself.
汝、摘みのあるごみ箱の蓋に乗るなかれ、
 なぜなら自ら落ちてはまってしまうからである。

Thou shalt not jump onto the toilet seat
 just as thy human is sitting down.
汝、人間が、まさに腰掛けんとするときに、
 トイレの便座に飛び乗る事なかれ。

Thou shalt not jump onto
 thy sleeping human's bladder at 4a.m.
汝、眠っている人間の、
 午前四時の膀胱の真上に飛び乗ることなかれ。

Thou shalt realize that the house is not a prison
  from which to escape at any opportunity.
汝、いかなる状況でも、
 家は逃げ出す刑務所ではないことを悟るべし。

Thou shalt not trip thy humans even
 if they are walking too slow.
汝、人間がいかに歩みがのろくとも、
 飛び掛かる事なかれ。

Thou shalt not push open the bathroom door
 when there are guests in thy house.
汝、客人が入っているときは、
 トイレのドアを押し開ける事なかれ。

Thou shalt remember that thou are a carnivore
 and hat houseplants are not meat.
汝、肉食動物であること、
 植物は肉ではないことを忘れる事なかれ。

Thou shalt show remorse when being scolded.
汝、叱られたときには、反省の心を示すべし。



これも文章の内容から言って
書かれたのはかなり前だと思います

そして、
やはりこれも作者不詳のまま拡がったようです



それにしても
「犬の十戒」とは全然違いますよね? (^-^;



「犬の十戒」の方は
飼い主に対する犬の気持ちと言った書き方でしたが

「猫の十戒」はどうみても
飼い猫に手を焼いている
飼い主のボヤキにしか思えません(笑)


それでも、多分・・・

いや、きっと!

飼い猫に対する愛情は
勝るとも劣らないのでしょうけどね (^-^)b



とは言え(笑)

「猫の十戒」がこれじゃ
全国の猫好きさん達にとっては
何だかスッキリしないですよね?


やっぱ、感動したいでしょ?




はい、探しました♪ (笑)


猫好きさんは思いっきり泣いてください!


そして、
猫が苦手な方は
この”動物”を
猫の着ぐるみを付けた犬だと思ってご覧ください(笑)



【 猫と私の十の約束 】 By Chami0818さん作品




【 猫の十戒 】 By akiGOGOさん作品




これらを観ながら

私がダヤンの事を考えて”十戒”を作るとしたら

どんな言葉になるかなぁ?
なんて、ぼんやり考えていました



でも、作るのは止めました



「十戒」の10番目を
  まだまだ想像したくありませんから・・・




ねぇ、ダヤン?

ja-jineko.jpg
『にゃ?』


おいおい、
せっかくいい話で締めようと思ったのにぃ (^-^;


初恋

幼い頃の初恋の相手と
やがて大人になり結婚をして
そして
生涯、お互いに相手だけを想い合い添い遂げる


そんな人って、どれだけいるんでしょう?


そもそも
そんな人っているんでしょうか?



ある人は言うでしょう

「そんな相手に巡り合えた一生なら
  何物にも代えがたい幸せな人生だ」と


でも、ある人は言うかも知れません

「一生に1人の相手しか知らないなんて
  何て寂しい人生なんだろう」と



あなたはどう思いますか?



でも、ほとんどの場合は
そんな心配もする必要が無いのかも知れません


なぜなら
初恋って実らない事の方が多いのですから




初恋

それは
初めて片思いを知った瞬間でもあります



その思い出は
時に甘く
時に酸っぱく
そして
時にほろ苦さが同居しています



初恋は実らない

それが故に
初恋は
いつまでも美しい思い出として
記憶に残るのです




そして一方

現実は
理想通りにはいかない事の方が多いのです


現実の生活とは
理想やキレイ事ばかりではありません


初恋が恋愛に変わった瞬間に
それは現実に変わります


それが純粋であればあるほど
理想と現実の狭間で苦しんだりします


それを乗り越えた時に初めて
最初に書いた2人のように
なれるものなのかも知れません




皆さんは初恋って覚えていますか?

多分
ほぼ全ての人は覚えていると答えるでしょう


では
自分の初恋話を他人にした事はありますか?


おそらく
ほとんどの人は話した事は無いと答えるでしょう



自分の心の奥にだけ留めておくから
初恋って
いつまでも美しい思い出として
存在出来るモノなのでしょう




では、初恋の人に会いたいですか?


初恋の時期にもよるでしょうが
それが小学校、中学校の頃であるとして

卒業して10年以内なら
ほとんどの人は会いたいと答えるでしょうね


でも
卒業して30年以上経っているなら・・・


会わないでおいた方が
幸せな記憶のままでいられる事でしょう(笑)



12月も半ば


後、2週間で
今年も終わりと言うところまできています



みなさんは今年の忘れモノはありませんか?



そう言う私が一番怪しい!?(笑)



なので改めて

”何かやり残した事は無いだろうか?”

と自問自答


確かに、やりたい事はあって
まだ、出来ていない事もあるけど
それは”まだ機が熟していないから”だと

今はそう言う事にしておこう
      ↑
   自分に甘い奴?(笑)



後は・・・

そうだなぁ?
特に今抱えている深刻な問題も無いし


とりあえず
もう今年は良いかなぁ?


良し!


全て完了!
と言う事にしよう!!



確かに色々と有るのは有ったけど
終わり良ければ全て良し


後は残り2週間
心静かに暮れを迎えよう


”来年はどんな年になるだろうか?”

いや

”来年はどんな年にしようか!”


そんな事を考えながら



例えホンの少しでも
今年より良い年に出来たら良いね


一昨年の今頃を考えたら贅沢は言わないよ

そう、心静かに・・・



あっ!

年賀状・・・まだ作っていない!!!  Σ(|||▽||| )




 『変』

年の一文字が

『変』

に決まりました



丁度、先日
中学の宿題にも
”今年の一文字”と言うのがあって

長女Aに

「お父さん、今年の一文字って何だと思う?」

「おいおい、それって宿題だろ?
  親にやらせる気か?」

「そうじゃないけどさ?
  何か、分からなくって・・・」

「そうだね? タイムリーなとこでは
 『変』じゃない?
  オバマも”変革”で時期大統領に決まったし
  総理大臣もころころ変わったしさ」

「それって普通じゃない?
  しかも、オバマってアメリカだし」

「そうだけどね、
  でも今年の一文字ったらそうなるんじゃない?」
  


そんな話をしていたのですが
まさに、選ばれた理由もそんなところでしたよね




一言で『変』と言っても


変革、変動、変更、変身、変心
変人、変化、急変、一変、豹変
変換、激変、改変・・・


色々な『変』があります


良い意味の『変』もあれば
悪い意味の『変』もあります


でも
今年の日本では悪い意味での『変』ばかりが
目立っていたように思います




確かに
色んな意味で時代は変わっています


「百年に一度の激震」と言った
何処かの国の総理大臣もいましたが
その国の総理大臣は
2人も続けて1年足らずで政権を投げ出しました

変わって誕生した総理大臣は
周囲の期待をよそに
ころころ発言を変えては
「私の言葉は一貫して変わっていない」
と言い
揚げ句には
肝入りで提案をした定額給付なるものも
結局はまとめきれずに
地方に丸投げし
結局、緊急の経済対策も先延ばしのままです
(庶民にはあまり緊急度の高くない政策は
  出しているようですが・・・)


総理大臣の資質も変わったのでしょうか?




「誰でも良かった」
と無差別殺人が繰り返され

親が子供を虐待したり殺したりと言うニュースにも
今では驚かなくなっている自分がいます


最高学府と呼ばれる
大学においてさえ
大麻の善し悪しの判断も
つかない学生が増えたのでしょうか?


人の心も変わってしまったのでしょうか?




少し前でしたか

”ビールは変わっても、ラガーは変わるな”

と言うコマーシャルがありました



時代と共に変わるもの
時代が変わっても変わってはいけないもの

そう言うものって確かにあります


それを

”不変”

と言います


人が人と関わって生きていく上で
変わってはいけないもの

例えば

思いやる気持ち
慈しむ気持ち
愛しむ気持ち
尊敬、尊攘の気持ち


それは人としてです




ともあれ
今年も後2週間ちょっとで終わろうとしています

今年はどんな1年でしたか?


みなさんの生活の中でも

大きな『変』
小さな『変』

きっと、いろいろ有った事でしょう


良い『変』
悪い『変』

そんな事も
もしかしたら有ったかも知れませんね


気持ちの上でも『変』は有ったかも知れません


その『変』を
これからどう言う風にプラスにしていくか
大事な事はやはりそこですよね


何もしなくても変わってしまう事もあれば
変えようとしても変わらない事もある


でも
諦めたり、無駄だと思ったらそれまでです


オバマ時期米大統領の
選挙戦でのキャッチフレーズ

”CHANGE!

   YES,WE CAN!”


まさに、その通りなんだと思います。。。



坂の上

坂の麓に立ったまま
ただ上ばかりを見ているだけでは
坂の上から見える風景は
いつまでも分からないままです




 坂の麓に立つと
 見通しの悪さに不安になる

 登ろうか 止めようか

 躊躇う気持ちに 負けそうになる



 坂の途中でつまずくと
 後悔ばかりが先に立つ

 登ろうか 下りようか

 後ろばかりを つい見てしまう




何かをしようとして
でも、勇気の出ない自分がいる

考えても仕方のない事を
いつまでも考えている自分がいる




そんな時はね

坂の上に登りきった自分の姿を想像してごらん
そこから見える風景を想像してごらん


あなたの見たかった風景が
そこにはきっとある


ねぇ、何が見える?

何が見えてる?




坂の上から見える風景を
想像できる自分が居さえすれば

きっと大丈夫

きっと登りきる事ができるはずだよ



以心電信

インターネットの急速な普及以来
メールをする人も加速度的に増えていきました



当初はメールと言うとすぐ
「出会い系」だとか
「メル友=浮気」みたいに思われていたのですが

今ではメールをしているからと言って
何でもすぐ「=浮気」と考える人は少ないでしょう



メールも今では
一般的なコミュニケーションツールのひとつとして
立派に市民権を得ています



そして
当初はPCメールだけでしたが
携帯電話の普及と進化によって
携帯でのメールは更に情報伝達手段としても
欠かせない便利なツールになっています



余談ですが

今では「携帯電話」と呼ぶ人も少ないですよね

一般的に「携帯」で通用します

若者が呼ぶのは「ケータイ」でしょうか?

確かに、電話やメールだけではなく
スケジュール管理・電卓・辞書の他
Web・音楽・ゲーム・テレビなど
携帯の機能も使いこなせないくらい
多機能になっています



ひと昔前は
携帯と言うと
文字通り”携帯出来る電話”の事でしたが
今では携帯を
電話としてだけ使っている人の方が少ないでしょう


街を歩く若者はほとんどが
携帯を耳に当てて会話をしている訳ではなく
画面を見ながらピコピコと
操作をしている事が多いですよね


携帯を耳に当てて
話しをしているなんて
今時は
オバチャンか営業マンくらいなものでしょう
   ↑
  偏見?(笑)


ただ、若者もオバチャンも営業マンも
コミュニケーションといった意味では
方法が違うだけで同じ事をしている訳です



メールの良いところのひとつは

「今は仕事中かな?」とか
「もう寝てるかな?」とか

常識の範囲内でさえあれば
相手の都合をあまり意識しないで打てる事です


電話ならそうはいかないですよね


受け取った側も
読めない時は後回しにして
手が空いてからゆっくり読む事が出来ます

しかも
ハガキや手紙よりも早く確実に着きます

返事も簡単です


使い方をきちんと考えて使えば
これはとても便利な事です




コミュニケーションとはそもそも

社会生活を営む人間が
互いに意思や感情、思考を伝達し合う事で
話し言葉や文字
或いは、身振りなどを媒介として行われるものです


技術が発達して
電話が発明されてからも
ツール(手段)が増えただけで
それは変わりませんでした


そしてもちろん
メールが発明されてからも変わっていないはずです




コミュニケーションの基本は双方向です

なので
同じ言葉でも
他人に押し付ける言葉(命令など)は
コミュニケーションとは言いません



コミュニケーションの方法や手段は
時代と共に変わっていくものです




”以心伝心”と言う言葉がありますが

差し詰め
メールを使ったコミュニケーションは

”以心電信”

と言ったところでしょうかね

   (*著者注)
  ”以心伝心”とは元々が仏教用語で
   仏法の奥義を、言葉や文字を借りず
   師の心から弟子の心に伝える事
   転じて
   無言のうちに心が通じ合う事を言います

   広義で、気持ちが通じ合う事も指します
   ここでの意味は広義な意味を言っています
  


いずれにしても
上で「常識の範囲内」と書いたように

だからこそ
使う人のモラルが求められる訳です

フリーアドレスを悪用した
誹謗・中傷などは以ての外です


メールは
せっかくの
有効なコミュニケーションツールなのですから

相手への思いやりとか
気配りとか
むしろ
そう言う事をより大切にしないといけませんね



裁判員制度が来年の5月から始まります



各メディア

ニュースや新聞の特集番組や記事
ネットで見ても
様々な問題点が指摘されていますが
それらについて明確な回答の無いまま
どんどんと
裁判員制度を行う事だけが
既成事実化していっているように思います



そんな中、先日
全国の裁判員候補者に通知票が送付されました


もしかしたら
みなさんの中にも
通知を受け取った方がいるでしょうか?

あるいは、身近な人で・・・




そもそも、この制度は
どれだけ国民の声を反映しているのでしょうか?

どれだけの論議を尽くして
施行される事になったのでしょうか?


最近の調査でも
国民の約8割は裁判員制度には
消極的と答えていると言われています


国会でも十分な論議を尽くさないままに
この法律は成立しました


まるで
初めに裁判員制度有りき?


この国は何でも未完成な状態で走り出します

一度決めた事には
ブレーキをかけられないのは
ムダな公共投資等でも実証済ですが
今回もまさにその様相です



でも、裁判は未完成の状態ではダメなはずです

人の一生がかかっているのですから

「有罪」「無罪」

その判決はあまりに大きいと思うのです


しかも
私達、市民裁判員が採決をするのは
いずれも重大犯罪です


「死刑」の判決を出す場合もあるのです





例えば

明らかに容疑者が
誰の目から見ても動かし難い犯人ならともかく
限りなくクロに近いグレーの場合とか
自白だけで物的証拠は何も出ていない場合など
たった2?3日の審理で
素人裁判員に結論が出せるのでしょうか?


もし、判決が死刑になった場合
下したその刑の重さに耐えられるのでしょうか?


そして、万が一
その下した判決が
死刑執行後に冤罪だったと分った時
私達は良心の呵責に耐えられるのでしょうか?




私達一般市民は
弁護士、検事、裁判官とは違って
専門の訓練も受けていません

もちろん、法律の知識だって
まちまちです


例えば
幼児が残酷な殺され方をした等の殺人事件の場合
裁判員になった市民は感情的にならずに
冷静な判断が出来るのでしょうか?


私もそうですが
子供を持つ親だったら誰もが
事件をテレビのニュースで見たりした時
特に
子供を殺された遺族が
涙ながらに訴えている姿を見ていると
とても心が痛みます

殺された子供を自分の子供に置き換えて
遺族に感情移入をしてしまうのが
普通の市民感情じゃないでしょうか?


そんな時
冷静に正常な判断をする自信は
私にはありません




上記に書いた事も含めて
今、指摘されている主な問題点を
改めて整理しました



1.裁判員候補者は、
  正式な裁判員を選任する手続きの中で、
  宗教や前科などプライバシーに踏み込んだ質問を受ける

2.裁判員の氏名が被告人や他の裁判員に知られる事により
  危害が加えられる恐れがある

3.裁判員法第101条は、
  裁判員の氏名の漏出を禁じているが
  顔貌の視認により裁判員を特定されるおそれはある

4.裁判員は法廷で提出される証拠を
  全て確認しなければならない
  その中に腐乱遺体の写真など
  グロテスクな資料があった場合
  過度の嫌悪感を催し精神的な後遺症を患う恐れがある

5.判決を言い渡した後に誤判が判明した場合
  裁判員は罪悪感に苛まれる恐れがある

6.合理的理由により死刑判決に賛成した場合であっても
  将来にわたり過度の罪悪感に見舞われ
  一般生活に支障をきたす可能性もある

7.裁判員制度は
  そもそも、その実施を国民が望んでおらず
  国会でもまともな討論が殆どないままに
  成立したものである

8.各種の世論調査によれば、
  制度の実施が約半年先に迫った現時点でも、
  国民の8割前後が消極的意見を持っている

9.裁判員制度は、
  非公開で行う「公判前整理手続」と
  3?5日で終える連日法廷による拙速審理により
  被告人の防御をつくす機会を制限し
  その権利を侵害する可能性がある

10.「公判前手続き」により
  数点に争点や証拠を絞られた中で
  判断をしなければならない為
  動機やそこに立ち至った経緯
  真相の解明が難しくなる恐れがある
  また、公判中に出た新証拠があった場合
  審議が長引く事も考えられる
  

11.「人を裁きたくない」と
  考える裁判員候補者であっても
  その思想信条を無視し
  罰則付きで裁判員になることを強制し
  人を処罰させようとするものである

12.名簿登録通知は最高裁判所から送られているが
  これの根拠は何も無く
  それをあえて、最高裁判所の名で送付するのは
  裁判員制度に反対をする圧倒的な国民の声に対する
  権力の脅しではないのか?




法律の成立以来
法務省や最高裁は膨大な費用を費やして
テレビCM、折り込み広告等
裁判員制度普及のための大キャンペーンを行ってきました

しかし、覚えていますか?

小泉内閣の下
裁判員制度のタウンミーティングが
各地で行われましたが
その時に予め質問者を決めていたりだとか
いわゆる「やらせ」が有った事を

 

そもそも
何故、市民裁判員が審議をするのが
重大犯罪なのでしょうか?


しかも
裁判員が審議、採決をするのは一審だけです

大概の場合
被告の弁護人は上告をするでしょう

それで、審議が高等裁判所に送られるなど
二審以降に持ち越された場合
もう市民裁判員の出番は無いのです

それでも
重大犯罪の一審に
市民裁判員を入れる意味はあると言うのでしょうか?




裁判員には出廷義務と守秘義務が課せられます

裁判員に選ばれると
正当な理由無くして断る事は出来ません

(クラブのNO,1ホステスは
 店の売り上げを左右するので
 断る事が出来るとの話には苦笑しましたが・・・)


そして、守秘義務です

あなたは
裁判で知り得た事実を誰にも話さずに
墓場まで背負っていける自信・・・ありますか?


これらを破ったら
罰則(懲役または罰金)があるんですよ




裁判制度自体が悪いとは言いません

しかし
あまりに拙速に始めようとしているあまり
色々な問題が棚上げされたままです


もっともっと、十分に議論を尽くして
国民のコンセンサスを得てからでも
遅くはないと思うのですが




どうしても、裁判員制度を始めるのであれば
まずは、民事や窃盗などの
比較的量刑の軽い裁判から始めるべきだと思っています


重大犯罪の審理に市民裁判員が参加をするのは
もっと裁判員制度が
成熟してからでも良いのではないでしょうか?


もちろん、初期のイメージ

「裁判にも市民の持つ日常感覚や良識を取り入れ
 裁判に反映させる」

と言う事には

何ら依存はないのです


ただ、やり方と、
性急な始まりには異論があります







以下、参考まで


法務省 裁判員制度コーナー 「よろしく裁判員」


日弁連 「はじまります。裁判員制度」

 
裁判所Webサイト 裁判員制度

 同 Q&A


Wikipedia「裁判員制度」

 
裁判員はいらない! 大運動





 

純情編

昔々のそのまた昔

今ではもう
遥か大昔の事になってしまいましたが(笑)



小学校とか中学校の頃
フォークダンスってやりましたよね



その頃のフォークダンスの定番曲と言えば
『マイム・マイム』や『ジェンカ』等でした


手を繋いで輪になって踊ったり
前の人の肩に手を乗せて踊ったり


今と違って
好きな女の子と公然と手を繋げるなんて
他にはありませんでしたしね

それはもう
前の夜なんかは
遠足の前夜よりもドキドキしていたりして(笑)


列になった時
好きな女の子と隣同士にでもなったものなら
飛び上がりたいくらい
それほど
舞い上がった気持ちになったものです



でも、いざ
好きな女の子と手を繋ぐ事になると
まだまだ純情だった
その頃の私は
踊りが始まる前から
緊張で手の平は汗ビッショリです


何度も何度もズボンで手の汗を拭いたりして
明らかに挙動不審(笑)


手を握るにしても
シッカリなんて握れません


指の先を僅かに絡めるだけ

2本の指で相手の2本の指を
掴む(つかむ)と言うよりは
むしろ
摘む(つまむ)と言う感じだったでしょうか(笑)


本当に、我ながら
なんて純情だったんでしょう!



今なら
シッカリと相手の手を握って離さないのに!(笑)



でも、実際は何回に一度くらいだったかなぁ?

好きな女の子と踊れたなんてね



『オクラホマ・ミキサー』みたいに
踊りながらパートナーをチェンジしていく曲なんかは
もっと悲惨でした


多くの人に覚えがあるでしょうが

そうですね

世の中はそんなに甘くはありません


『あっ、もう少しで**ちゃんだ♪』

そんな願いも虚しく

大概は
待ち望んだ好きな女の子の
1人か2人前で曲は終わっちゃいましたよね


人生なんて、そんなモノです


世の中は
そう自分の思い通りにはならないんだって
思い知った瞬間だったかも知れません(笑)





好きな女の子と言えば
席替えの時も結構ドキドキしてましたよね


なんせ
それから何週間か何ヶ月かの学校生活が
バラ色になるかどうかの瀬戸際です!(笑)


普段はしない神頼みをしてクジ引きに望みます


ある意味、テストよりも真剣だったりして(笑)



でもやはり
人生とはそうそう思い通りになるものではありません



好きな女の子がクラスのマドンナだったりすると
クラス中の男子が同じ願いをするのですから
神様だって
そうは皆の願いを叶えられないのです(笑)



席替えのクジ引きが終わって
新しい席につくと
どちらかと言えば苦手なタイプの女の子が
ニッコリ笑って

「夢乃君、よろしくね♪」

想う人には想われず
想わない人からは・・・


思えば
その後に続く
私のそんな人生は
この頃から始まったような気がします(笑)



片や、よりによって
クラス一番の嫌なタイプの奴が
マドンナの隣の席をゲットしていたり


そんな時
奴は勝ち誇ったように
こちらを見てはニヤニヤしてみせて・・・

本当に嫌な奴でした(笑)



この時でしょうか


世の中は理不尽がまかり通るモノなんだと

人生の一面を
見せつけられた瞬間だったような気がします(笑)





考えれば
私って
昔はかなりな純情少年だったんですよね


で、
その後は純情青年期が長く続いたんですけど(笑)



いやいや
今だって、十分

私は

純情、純真、純粋、無垢、朴訥(ぼくとつ)、素朴

えーっと・・・

清廉潔白、誠心誠意・・・人畜無害?(笑)

それから、それから・・・

実直? 初(うぶ)?


後・・なんでしたっけ?(笑)




今の経験や知識のまま
あの頃に戻れたら
どんな人生になっていたんだろうなぁ?

ふと、思う事があります



私の人生
これから席替えなんて事は
もう無いんでしょうが

それだけに

なんだか
切なくもあり
また、嬉しくも恥ずかしくもあり

今では懐かしい思い出です




えっ?

誰ですか??


これからの人生
席替えはもう無いだろうけど


”籍替え”は有り得るなんて言ってるのは?(笑)




今夜
珍しく、家人がみな早く寝たので
久しぶりに1人でゆっくりとDVDを観ました



     ☆クリックすると映画情報が観れます☆
                ↓
         「PERFECT STRANGER」

p-st.jpg


”ラスト7分11秒―「衝撃の事実」に
             あなたは絶対騙される”


そんなキャッチコピーに魅かれて
レンタルしていたのです


『多分、サスペンス・アクションだろう』

『なんせ、ブルース・ウイルスだし
 例え、ラスト7分11秒で騙されたとしても
 最後はスッキリ爽快で終われるだろう』


そう思って観ていたのですが・・・


まだ観ていない人の為に
ここでは詳しくは書きませんが


非常に消化不良気味と言うか
何と言うか

観終わってもスッキリはしていません・・・


せっかく
ブログの更新も休む覚悟で観たと言うのに(笑)

せっかく
スッキリと休日を終えて
明日は気持ち良く仕事に行けると思ったのですが

何か、気分がスッキリしません

いや、もちろん
そんな悪い映画じゃ無いんですよ

面白かったのは面白かったんです

でも・・・ (-.-;


まぁ
その辺を気になる方は
ぜひ、レンタルして観てみてください

少しは今の私の気持ちも
分かってもらえるかと(笑)



もちろん、このままでは
私もスッキリとは眠れません

悶々として眠れないと言うのとは
多分、意味が違いますが・・・

あっ
ここはあまり突っ込まないように!(笑)



なので、気分を改めて
本日のブログ更新です!

とは言うものの
今夜は何も考えていなかったので(笑)


こんな時は
やはりダヤンにお願いしましょうか (^-^;


これは土曜日の午後のダヤンです

この画像では良く分からないかも知れませんが
窓辺でチラチラと降る雪を眺めているところです

私が左手でレースのカーテンを抑えながら
撮影をしていますので
左側はあまり注目をしないようにお願いします

また
私の車のNOも何気に写っていますが
これも忘れてください(笑)


では
休日の締め
私もダヤンに癒されて寝る事にしましょうか。。。


   (C)夢の樹舎



 



師走

「光陰矢の如し」

本当にそうですね



実感として

年々
時間が早く流れていくようになった気がします



寒くなったなぁ?
なんて思っていたら
もう12月

今年も残すところ約2週間となりました



何もしなくても気忙しく

何かをしていたら
より背中をせっつかれそうな
そんな時期です




”師走”の語源は諸説有るらしいのですが

「師馳せる」

から来ていると言うのが一般的ですね

(師とは先生説
  お坊さんの師匠説等様々言われていますが)




それに乗じて

バーゲンセール
クリスマスプレゼント
お歳暮商戦 etc・・・

heigennorukia1.jpg
  帯広市中心街イルミネーション
    『平原のルキア(帯広駅前)』

年末に向けて
街はイルミネーションで着飾り
師走ムードを盛り上げています

(ボーナスセールもこの時期にやっているのは
 忙しさに乗じて
 客が良く考えるヒマも無い内に
 勢いで売りつけてしまおう
 と言う魂胆なのでしょうか?)

heigennorukia2.jpg
  帯広市中心街イルミネーション
    『平原のルキア(太陽ビル前広場)』

普段は落ち着いていて
何事にもそう簡単には動じないであろう
師匠でさえも走ると言われるのも分かります

ましてや
「師」などでは無くて
いや、凡人の私などは尚の事
気忙しさに落ち着かない気持ちになってしまうのは
致し方ない所作でしょうか?



”師走”にはこの他にも
その語源は諸説有るのですが

”1年の最後に為し終える”と言う意味の

「為果つ(しはつ)」

から来ていると言う説も有るそうです



仕事をしていれば
年末の御用納めまでに
”区切り”を付けなければなりません

つまり
”締切”が決まっているのですから
どうしても
そこを最終の期限に動く事になります

普段なら
また来月にとなるのでしょうが
年末と年度末だけはそうはいきません

成果も求められます

それだけに
1日、1日過ぎる度に
期限に向かって
焦る気持ちに一層追い立てられるのです




余談ですが

良く
「来年の事を言うと鬼が笑う」と言いますが
12月になると鬼ももう笑わないそうです

鬼もこの時期になると忙しくて
他人の事を笑ってもいられないのでしょうか?





1年を振り返り
次に来る年をどのように迎えるか

ひとたび区切りを付けて
想いに耽るにも良い機会です


「今年はどれだけ頑張れたかな?

 今年はどれだけ後悔したかな?

 そして来年は・・・」




アメリカの作家
デール・カーネギーの言葉

”人生とは今日一日のことである”



来る年に
期する想いを募らせながら

残り少ない今年の”今日”を
1日1日、大事に過ごしていきたいものです





名言

私は名言というよりは
どちらかと言うと

むしろ迷言の方が得意なのですが・・・



世の中には

『なるほど?』

と、唸らせてくれる名言は数多いですね



その国や地域に昔から伝わる諺だったり
映画や小説の中で主人公が吐く台詞だったり
或いは
詩の一説だったり
知識人の言葉だったり

それは様々です



先生、親、友人 etc・・・

もしかしたら
自分だけが持っている
身近な人の名言や
教えと言うのもあるかも知れませんね



ユダヤの古い諺に

”人間は口はひとつなのに
 耳がふたつ有るのはどうしてだろう?
 それは、自分が話す倍は
 人の話を聞かなければならないからだ”

と、言うのが有ります


ならば
目が二つ有るのも
真実を良く見極めなさいと言う事でしょうか?



自分の目で真実を見極め
他人の言葉は真摯に両の耳で受け止める

そして
誰かにそれを伝える事が出来たなら
もう少しは
違った社会になっていけるのかも知れません



出会ったひとつの言葉によって
生き方や
或いは
人生そのものが
変わるなんて言う事もあるでしょう



山奥に篭っている世捨て人でも無い限り
人は必ず何処かで
他の人と関わって生きているものです


好きな人もいれば嫌いな人もいる

受け入れられるモノも
受け入れられないモノもあるでしょう

それでも
人は人を必要として生きています

必要とされて生きていくのです


その為の潤滑油が
人間としての心であり
それを伝える為の言葉です



心も言葉も
感じ取り
そして学ぶところから始まります


その意味では
諺や格言も含めての名言と言うのは
決して古いだけの言葉ではありません



フェチ♪

誰にも
それぞれ趣味嗜好と言うモノがありますよね



他人に言えば
思いっきり引かれるような事でも
自分にとってはそれが至福の時だったり

あるいは
他人に言うと
「あー、それ分かる、分かる♪」
なんて共感を得るモノもモチロンあるでしょう



いわゆる”フェチ”と言うやつです



旦那の脱いだ靴下の匂いを嗅ぐのが好きとか

旦那の靴下の匂いは死んでも嗅ぎたくないけど
飼っている猫や犬の肉球の匂いは
ずっと嗅いでいたいと言う人もいるようです


筋肉ムキムキが大好きと言う人もいれば
(それを気持ち悪いと言う人もいますが・・・)

ちょっとメタボなお腹を
プニプニ触るのが好きな人がいたり

浮き出た鎖骨が好きと言う人


女性のうなじが好きだとか

しなやかに動く指先が好きだとか



この他

メガネをかけた人が好き
白衣が好き
とにかく制服が好き

無精髭が好き
胸毛が好き

大柄な人が好き
小柄な人が好き


ちょっとアダルトネタで言えば
胸、腰のくびれ、お尻、脚(太腿・足首)

エトセトラ、エトセトラ・・・(笑)


いろいろなフェチが存在します

そして
いろいろ自分なりの拘りがあります



そう言えば
有名女性タレントで
ボタンフェチと言う人もいましたよね




フェチと言うと
「いやらしい」だとか
「変態」だとか言う人もいますが
はたして
みんながみんなそうなんでしょうか?



例えば
「コーヒーはブラックじゃないと飲まない」とか
「コーヒーには必ずミルクを入れる」とか


「ラーメンは醤油しか食べない」
「いや、自分は絶対味噌だ!」

「ラーメンならあの店のラーメンしか食べない」

「ビールのつまみは枝豆のかぎるよ」
「いやいや、ビールにはポテトチップさ」



洋服なんかでも
「私はシーンズにTシャツが好き」だとか
「私はセーターにスカートが良いな」とか

「洗いざらしの綿シャツが好き」
「きちんとアイロンをかけたブラウスが好き」

「この服にはこのバッグじゃなきゃ」

そんな風に
スタイルも着こなしも人によって様々です



これらはみな趣味嗜好です

そしてやはり
それぞれが自分なりの拘りを持っていたりします
(洋服等の場合は流行もありますけどね)




覗きをしたり盗撮をしたり
他人に迷惑をかける行為はそもそも論外ですが

”健全なフェチ”を

全て
それらと同一視して
変態扱いをするのには異論があります


そう思いませんか?




フェチな自分を恥ずかしがる事はありません!


フェチとは
趣味嗜好ではありますが
自分の主義主張でもあります

自分なりの拘りは
自分の生き方でもあるのです


そこにこそ
自分の存在意義もあるのです




フェチは決して恥ずかしいモノではないのです

恥ずかしいのは
フェチな自分を認められない狭い了見です


フェチである事に
もっと自信を持ちましょう!



何だか
だんだんとそんな気になってきたでしょ?(笑)




さぁ、みなさん!

フェチな心を解放して
明るく楽しく生きていこうじゃありませんか!


さぁ、みなさん!

コメントに
大いに自分のフェチ自慢を書き込みましょう!(笑)



えっ?

私のフェチ・・・ですか・・・?


そんな事
書ける訳は無いじゃありませんか

私にもイメージと言うモノが・・・へ(>o<へ☆\(-.-;



「優しさ」

これほど曖昧な言葉は無い



何より
「優しさ」と言うのは
自分が自分自身に対して
そう評価をするものでは無くて
相手が自分に対してする評価なのだから


つまりは受け止める側の「思い」ひとつなのだ


例えば
誰かに対して10個の行動を取ったとしよう


それが同じ行動だったとしても

ある人は10個の内
1個でも優しいと感じなければ
「あいつは冷たい奴だ」と思うかも知れない


逆に
9個の行動は冷たいと思っていても
残りの1個が
その人に取っては替え難い「優しさ」に感じたなら
「あの人は優しい人だ」となるだろう



「優しさ」とは
他人の評価では有るが
第三者の評価では無い

あくまでも自分と関わる人の評価なのだ


そこが
時に話をややこしくしたり
「優しさ」の意味を曖昧なものにする


だから
同じ人を評価しても
ある人は「優しい人」と言うだろうし

違う人にとっては「冷たい奴だ」となるかも知れない

若しくは「優しさ」が
「ただの優柔不断」と映る場合も有るのだ


もっと言えば
好きとも嫌いとも評価の出来ない相手を
「優しい人」「良い人」と言う言い方でお茶を濁す事がある

言う側からすると
これは
とても都合の良い言葉である

ただし
言われた方からすると
時として
これほど残酷な言葉はない



話を元に戻そう


「優しい」「冷たい」「優柔不断」

では
その境目は何処に有るのだろう?


それはやはり
その人に対する好意の度合いだろう

ちょうど、セクハラと同じだ


同じ事をされても

好きな人からされたら「スキンシップ」だが
嫌な相手からされると
それが「セクハラ」となるのと同様に
「優しさ」も又
相手に対する好意の度合いで
「優しい」と「冷たい」
あるいは「優柔不断」に分かれるのだ



ではこれは
努力をすれば何とかなるのであろうか?

残念ながら必ずしもそうでは無い場合も多い


もちろん
日頃の付き合い方や
接する態度は大きくものを言うので
相手に対する努力は不可欠ではあろうが

後はタイミング
これも大きな要素になる

間が悪いと弁解のしようも無い


しかし
一番大きな要因は
やはり相性と言う事になるのでは無いだろうか?

相手を受け入れられるかどうなのか?

それには生理的な部分も多分にはあるだろうが・・・



需要と供給では無いが
相手が望む事を
さりげなく出来る自分でありたいと思う


「優柔不断」だけならまだマシでは有るが
「優しさ」も過ぎれば
「余計なおせっかい」になってしまうのだから



けれど生きている

物事には始まりと終わりがある


始まりがあれば終わりは必ずやって来る

そして
終わりがあるから
また、新しい始まりがある


鶏と卵の話ではないけど
出口の無い禅問答でもないけど

良くも悪くも
楽しくも哀しくも

人生とは
いつも、そう言うモノだ





男と言う動物は安定が苦手な生き物だ

ひとつのゴールにたどり着いたら
休む間もなく
また
新しいスタートラインを探してしまう



男と言う種のDNAがそうさせるのか?

狩猟本能がそれを求めてしまうのか?

それは
男自身、分かってはいない


ただ
常に何か”次の始まり”を探して生きていく



時々
心迷ったように
平坦な穏やかな日常に憧れたりもする


だが
3日目にはもう飽きてしまう


”4日目の朝も
 平坦な穏やかな日を迎えられた事を
 感謝出来る男がいるとしたら
 その男は牙をもがれた飼い犬だ”

そんな言葉で嘯(うそぶ)いてみる




何かがあれば良いんだろう
とりあえず、気持ちを向かわせる何かが

その先の事までは考えていない

その先に何も無くたって
それをムダだとは思わない

また
次の始まりを探せば良いだけの事だ

”人生にムダな事なんて何も無い”

そんな誰かの言葉を繰り返しながら





ただ
それが男にとって生きていくって事なら
自分の人生のだもの
物事の始まりと終わりくらいは
自分で見届けておきたいと思うのだ





  *YOU TUBEより


 かぐや姫 『けれど生きている』
   詩:山田 つぐと


 ? 一番 省略 ?


たったひとつの 部屋の窓を覆ってしまう
この光は 何処からか 何の為に
その激しさで
僕に夢を描かせ そして裏切るのか
教えて欲しい


ここに僕が いる事を知っているのか
お前にすれば ちっぽけな 何も無い
けれど生きている
人生に始まりと 終わりがあるなら
見届けてみたい 見届けてみたい




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