Neko

夢の汽車に乗って 2008年08月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

07 | 2008/08 | 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


ヤバッ!

先日・・・

コンビニから出ると
私の車の横に停めてあった車の助手席に
ポメラニアンの顔が見えました

その車の正面に来た時に
そのポメラニアンと目が合ったので

    U^ェ^U・・・・・・(^。^ )

つい悪戯心で
「ガルルゥ?!」
と、大きな唸り声をあげてみました ( ̄∀ ̄*)?♪

すると
ポメラニアンはビックリしたのか
助手席と運転席の間を行ったり来たりしながら
「キャン、キャン」
吠えていました

その姿が可愛くて
ニコニコとポメラニアンを見ながら
その車の横に回り込んで
自分の車のドアを開けようとした瞬間!

ポメラニアンの後ろの席から
私を睨みつけるような視線!? (◎_◎;) ドキッ!!

そうです
後ろには飼い主とおぼしき御婦人が・・・ 凸(`△´+川

そして
ふと、その車の助手席を見ると

窓が全開・・・開いていました


『ヤバッ』 ・・・(゚_゚i)タラー・・・


そうです
私の唸り声は御婦人には丸聞こえだったでしょう・・・


私はそそくさと何事も無かったかのように
しかし、急いで運転席に乗り込み
ダッシュでその場を立ち去りました f(^-^;


みなさんも
見かけたワンちゃんや猫ちゃんを構う時は
十分、周りを見渡してからにしましょうね

d( ̄  ̄) ヾ(^o^;
  おいおい、そんなんはあんただけやて(笑)



さて、その頃(かどうかは知らないけど)
我が家のダヤン君

また、何やら毛布と奮闘中 (^-^;

ねぇ?
君、何所に持って行きたいの?
さっきから
同じところをグルグル回ってるだけだよ

何なら、お手伝いしよっか?
君、段々と目が怖くなってるよ (^-^;

(=?ω?=;)ガルル・・・

      (C)夢の樹舎

『にゃ!(ヤバッ!) どうしたら良いのにゃ? 』 ヾ(=゚・゚=)ノ





スポンサーサイト
今まで

どれだけの人と出会い

どれだけの人と別れてきただろう



今まで

どれだけの時間を費やして

結局、何が出来ただろう



結局

今、何が残っているだろう



ただ、流されるように生きてきただけかも知れない



悔やむ事も確かに多い

あの日、あの時・・・

何故?

どうして?



それはきりが無い



いくつもの人生の岐路に立った時

いつも

その時の最上の選択をしてきたはずだった

結果はともかくではあるが・・・



それでも

過ちを繰り返しては

落ち込んだ日々もあった



でも

それ以上に幸せだった日々もあった



笑った分だけ泣いた

でも

泣いた以上に笑った



いくつもの出会いと別れ

いくつもの喜びと悲しみ

いくつもの・・・



その全ての事に意味があったとしたなら

少なくとも

今、ひとつは後悔を減らす事が出来る

少なくとも

今、それで前を向く事が出来る



少なくとも

今、私はここにいる



それだけでも良いのだろう

私もまた

誰かに意味を与えている事になるのだから


想像が発明の母なら

妄想は発見の父・・・

と、誰が言ったかは知らないけど

妄想をする事で

意外な自分に出会えたりするもんです



思うに

想像には理性が働きますが

妄想には理性も知性も必要ありません



本能の赴くままに!



まぁ、そう言い切ってしまうと

ちょっと乱暴な気もしますが

だからこそ

自由な自分に出会えるんです



想像と妄想の一番大きな違いは

多分、そこなんでしょう



想像力は知識の枠の中でしか働きません

想像しか出来ない人に

“ひらめき”は降りて来ないのです



マイナスのイメージは想像の範疇です

妄想にはマイナスのイメージはありません

何故なら、自分に都合の悪い事はイメージしないからです



出来る、出来ないの判断さえ要らないのです

妄想の中では不可能は無いのですから



妄想と言うと

得てして、卑猥な事と言うイメージがありますが

実はそれだけでは無いのです



想像力を超えたポジティブなイメージ

それこそが妄想力と言うものなのです



みなさん、

恥ずかしがらずに

大いに妄想をしようじゃありませんか!



何物にも縛られない自由の翼は

きっと新しい自分へと導いてくれる事でしょう





ちなみに、私は

妄想が大好きです(笑)


背負い切れない悲しみに

君が押し潰されないように

僕が君を守るから いつでも君を守るから





背負い切れない悲しみが

君の心を隠すなら

僕は星になってでも君の道を照らすから





背負い切れない悲しみは

いつか君を変えていく

僕の言葉はいつか君を変えられるだろうか





背負い切れない悲しみに

君が押し潰されないように



背負い切れない悲しみが

君の心を隠さぬように



背負い切れない悲しみが

いつか過去になるように



僕は君を守りたい


最近、テレビを観ていると
妙に気になったりします


                        そう・・・ これ
                              ↓
anarogue.jpg


もちろん、これは
『この放送はアナログ放送です』
って事なんでしょうが

どうも・・・

何だかさ・・・

『お前ん家のテレビは未だアナログかい?』
って言われているような気がして・・・ (-.-;

そんな気がしません???


はいはい、
開き直る訳じゃござんせんが ←開き直りじゃん(笑)
どうせ、我が家のテレビは
未だにアナログですよ?だ! (`ヘ´) フンダ!!!

しかも、ブラウン管!
しかも、平面じゃないしぃ?

悪い? o( ̄ ^  ̄ o)
 
しかも、
今の家を建てた時に買ったんだから
もう12?3年は経ってますしぃ?

そりゃね?
今じゃ32型のワイドテレビなんて
珍しくも何ともないけどさ
当時は
今の40型地デジテレビが買えるくらいの値段したんだぞ?

(○`ε´○)プンプン!!

値段が高かった分(?)
ちゃんと奥行だって半端なくあるんだからなっ!
どうだ? 凄いべ? <o( ̄^ ̄)o> エッヘン!!
                ↑
     これって場所取ってダメって事じゃん?(苦笑)


それに・・・
未だちゃんと観れてるし (^-^;

それに・・・
某国営放送の受信料払ってるし←関係ないと思うけど(笑)


ふんだっ!
良いんだも???ん ヾ(`ε´)ノ

テレビなんて観れたら一緒じゃん! ←完璧、開き直り(笑)

地デジにしたからって
チャンネルが増える訳じゃないしさ
札幌や旭川で観れているTVH(東京12ch系)が
観れるようになる訳じゃないしぃ?

BSが観れるようになる訳じゃないしぃ?
スカパーやWOWWOWが観れる訳でもないしぃ?

ちゃんと
「ズームイン」も観れるし
「ヘキサゴン」も観れるし
「ピッタンコカンカン」も観れるし
「コナン」君も観れるし
「ケンミンショー」も観れるし
「サザエさん」だって観れるし(笑)

2011年が何だ!

うちは何がなんでも
ずえぇ???ったぃ
壊れるまで観るぞ?!←そりゃムリですってば旦那(^-^;





・・・・早く、壊れないかな・・・ぼそっ (・_・;)








最近、ダヤンは昼間
寝ている時間が長くなってきました

もう、大人になってきてるのかなぁ?

まぁ、猫らしいっちゃ猫らしいんだけどね (^-^;


その分
夜中には元気も猫一倍!?(笑)
1人・・いや、1匹で走り回っています

夜更かしは飼い主似?(笑)

でも、その辺は
さすがに”猫族”ってとこですね?


で・・・

ダヤン、君
何やってるの?

かくれんぼ?
それにしては尻尾が丸見えだよ?

dayan-sippo.jpg


あー!

なるほど?

今日のエモノはソレね?(^-^;


   (C)夢の樹舎




Confusion

自分の中に在る光と影


陽の内に秘めたる陰に戸惑う心


理想と現実


希望と幻想


正義と不義


理性と混沌


笑顔の表と裏


明快な答えと曖昧な答え


正当化する欺瞞と逃れられない言い訳


諦め・・・それは


大人になる事で失した本音と繕う建て前


個である自分と一部で在る事に甘んじる自分


否定と肯定


捩れを繰り返すメビウスの環のように


日常と非日常を交叉する時幻の旅人たるも


その行方は知らず


ただ


鏡の中のもう一人の自分に問い掛ける




「お前は誰だ?」



類が類を呼んで仲間が集まる


居心地が悪い訳が無い

なんたって、集まってるのは
”類”
なんだから


でも、居心地が良過ぎると
今度は逆に不安になったりもする

貧乏性なのか?
それとも、ただのへそ曲がりなのか?

ぬるま湯に浸かっている感じが
妙に心地悪かったりして・・・

「このままじゃダメだよなぁ?」
って、漠然とした自分へのダメ出し


でもね
それで、”類”が集まって
ただ慰め合ってるだけなら
『ぬるま湯に甘んじていてはダメだ!』
って、なるのかも知れないけど
それだけじゃないよね?


それに、
”類が類を呼んだ”
にしても
あくまで、個人は個人なんだから
それをどうするかも自分なんだよ

仲間がいれば
お互いに刺激される事だってあるしね


外界に
”熱い湯”が有るなら
内界に少しくらい
”ぬるま湯”が有ったって良いじゃない?

それは悪い事じゃない

時々
”冷湯”も有れば
”ぬるま湯”だって熱く感じる事も有るさ


熱く感じたら
ちょっとだけ自分に
気合を入れてみれば良いんだよ



8月25日

1991年8月25日

入退院を繰り返し
約8年間の闘病生活の末に
母親が亡くなった

数えで59歳
満で57歳だった


一度は治癒して退院をする時に
医者からは

「これで5年間経って再発しなければ
  もう大丈夫ですよ」

そう、言われて
丁度、5年目の夏の事だった

en.jpg


そして
3回忌の命日
丁度、その日の午後

1993年8月25日

長女が誕生した

今日で15歳になる



以前
『心の中に桃の枝を一枝飾る』
の中でも書いたが
長女が母親の生まれ変わりだとか
そう言う風に思った事は一度も無い

ただ、
いつか長女に何かあった時には
母親がきっと守ってくれるに違いない
そんな”縁”を強く結ぶ為に
この日を選んで長女は生まれてきたのだ

そうは思ったりする


願っていて
一度もその手に抱けなかった孫の面倒を
亡くなってから当てにされたのでは
母親は可哀そうかも知れない

いや、
きっと喜んで見守ってくれているだろう

そんな人だった・・・



それから8月25日は
私にとっては
悲しくて、そして嬉しい日になった

そして、
人の”縁”について
改めて考えさせられる日にもなった


50年生きてきて
自慢じゃ無いけど
今まで四つ葉のクローバーは
一度も見つけた事が無い

もっとも、
そんなに真剣に探した事も無いし
ただ、クローバーの群落を見たら
『もしかして、四つ葉なんか無いかなぁ?』
くらいな感じで
チラチラっと見るくらいだったから
そうそう簡単には
見つかるはずも無かっただろうけど・・・



今日(日曜日)
いつものように散歩に出掛けた

家を出て
道路沿いを歩き
堤防のサイクリングロードを戻って来ると言う
いつもの1時間コース

そう、いつも歩く道・・・


折り返してサイクリングロードに入った

それから少し歩いた時
サイクリングロードにはみ出すかのように
クローバーの茎が伸びていた

わざと私の眼に止まるかのように?

何気なく目に止めると
『私を摘んでください』
とでも言うかのように
四つ葉のクローバーが1つ有った

yotuba.jpg


それから1kmくらい歩いただろうか

すると又
同じようにサイクリングロードに
伸びているクローバーの茎

そこに見たモノは・・・

『えっ? また、四つ葉?』

いや、違いました
それは・・・

yotuba-itutuba1.jpg


四つ葉のクローバーを
幸運の印だと喜ぶ国も有れば
無いはずのモノが見つかるのは
それは不吉な印だと忌み嫌う国もあるそうです

それじゃ
私の見つけた五つ葉のクローバーは?


実は、その後
もう1つの四つ葉のクローバーを見つけたのだけど
幸運の1人占めはいけないなと思い
そのまま摘まずに来たんです

次にここに来て
見つけるであろう人の為に・・・

いや、本当は違う

もしかして
怖かったのかも知れない

50年間見つからなかった
四つ葉のクローバーを
1日に何度も見つけた事が・・・

yotubatoitutuba.jpg


さてさて
私の見つけた
これらのクローバーは
果たして、幸運の印になるのでしょうか?

それとも・・・


いや、良い方に解釈をしていきましょう

幸運か、不運かなんて言うのは
思う心の持ちようなんだから



ダヤンに弟妹が?

ダヤンのお母さん
「ふわふわちゃん」が
赤ちゃんを産んだようだって話は聞いていましたが
ずっと未確認のままでした

でも、どうやら本当に産まれていたみたいです
白が1匹とダヤン似(?)の黒トラが2匹!

父親である「まりちゃん」が亡くなったので
ダヤンの最後の弟妹です
(雌雄はまだ不明)

母子共に元気そうだと言う事なんですが
これはぜひ見てみたいなぁ?

無理をして近づいて
警戒をさせてもいけないので
まだ写真も撮れないようですが
写真が手に入れば
また、この場所で紹介させていただきます

2匹の黒トラはダヤン似と言う事なので
こんな感じかのかなぁ?


    (C)夢の樹舎

この映像はダヤンを引き取りに行く前に
初めて見に行った時に携帯で撮ったものです

携帯で撮っているので
画質はあまり良くはありませんが
ダヤンの元気な様子は見てもらえると思います

昨年の10月18日
ダヤンが2?3か月の頃です

そして、10月20日
ダヤンは我が家の一員になりました




それから10か月・・・

ジージョの学校で使う絵の具セットのカバンですが
もう君、はみ出してるよ? (^-^;

こんなに大きくなりました

『なんか言ったかにゃ?』 σ(=^‥^=) ミィ?
hamidasiteruyo.jpg

『どうでも良いけどさ?
 あんまし、オチにばっか使わにゃいで欲しいにゃ!』 (^・o・^)ノ"





じぇれ日記

あらら、そんなに伸びちゃって
それで良く寝てられるもんだね (^-^;


『むにゃむにゃ・・・』
Zzz(=^--^)。o○{{タベタイ ニャ,,, >゚)++++<< }}

jare1.jpg


ねぇ、そろそろ起きたら?

jare-nobi.jpg

『んにゃあ?』っとノビノビ

『もうご飯にゃ?』 \(=^‥^)/

違うよ?
ご飯って、さっき食べたじゃん (^-^;


jare-nerau.jpg

『ん? 何かあるにゃ♪』 

(((((ヾ( o=^・ェ・)o ┏━┓←テーブル





苦手な事

苦手な事は出来ない事だと思っていませんか?

やらないから苦手なだけなのに



面倒な事を苦手な事だと投げていませんか?

面倒なのはむしろ自分の心です




苦手な事はやっても無駄だと思っていませんか?

無駄な事など本当は何も無いのに



苦手なものは仕方が無いと諦めていませんか?

仕方が無いのは今のあなたです





そんな風に言葉にするのは簡単


言うだけなら誰だって言える

他の人に対してなら特にそうだね




でも、本当は・・・



一番言わなくちゃならない相手は自分です




北海道らしい風景と言えば
おそらく、多くの方は・・・

・雄大な自然
・広大な大地
・地平線
・牧場
・何処までも続く直線道路

そんな風景を思い浮かべるでしょうね

でも、そんな風景写真は
著名・無名の色々なカメラマンが
これでもかってくらい
撮影をして紹介をしているでしょうから
ここでは見せません(笑)


夢乃流
北海道らしい風景シリーズ

まぁ、私の事ですから
シリーズと書いて
シリーズになった例は少ないのですが・・・f(^-^;

ともあれ
第1弾は看板に見る北海道です!


kanban-risu.jpg

我が家近くの神社の森の近くの道路にありますが
ここの他でも
帯広では
帯広畜産大学、農業高校の敷地付近
グリーンパークの近辺など
公園や林、森の近くの道路には
必ずってくらい
この看板があります

散歩中にも
良く木渡りをしているエゾリスを見ます

それだけに
車の事故に合うエゾリスもいます

この看板を見たら
エゾリスの為にスピードを落としましょう



次はこちら

ちょっと郊外を走ると良く目にします

kanban-sika.jpg

北海道の中でも
特に道東はエゾ鹿の多い地域です

特に
春先や秋になると
山の麓に下りて来るので要注意です

もっとも
季節に限らず
エゾ鹿は活動しています

kanban-sika2.jpg

この写真は
道路脇から10mくらい離れた林の中です
車を止めたらすぐに逃げ出してしまいましたが・・・

エゾ鹿は通常は群れで行動します
なので、1頭が道路を横断したら
2頭、3頭と次々に道路に飛び出してきます

この看板を見たら
自分の為にスピードを落としましょう

鹿とぶつかって
車を全損にしたり
亡くなった人もいます



車の事故と言えば
しばしばニューズ沙汰になるのはこちら

kanban-kuma.jpg

唯一
北海道に生息をする猛獣です

でも
ヒグマは基本的には臆病なので
人間がいると分かっていれば
そう近くにはやって来ません

実際
私も野生の生(?)ヒグマを見たのは
知床で遊覧船から見たのを除くと
今までで一度っきりです

とは言え
子グマがいたりすると
非常に危険です

春先や冬眠前はお腹を空かせているので
人里にも出てきます

家のドアを開けて
室内に入って
冷蔵庫を開けて食べ物を漁ったって話もあります

やはり
こんな看板を見たら
自分の為に気をつけましょう

人間がヒグマの領域に入っている証拠なのですから



そうそう!
さっき、ヒグマを
「北海道に生息する唯一の猛獣」
と書きましたが

忘れてました・・・

もう1匹いました (^-^;

kanban-mouju.jpg

『ガルル?』 (=`ェ´=)/


最初に断っておきますが
この話は
我が家の長女Aとジージョの話ではありません

ホントに断っておきますからねっ!(^-^;





架空の国
”十勝国”に住む
とある姉妹の、ある日の会話・・・



妹が姉に某ディズニーの英語の絵本の中の
「Donald Duck」
を指さして訊きました

次女「ねぇ、お姉ちゃん、これ何て読むか解る?」

ゲームをしていた長女は
その絵本をチラッと見ると
また、視線をゲームに戻すと
事も無げと言うように答えた

長女「ドナルドダックでしょ? みんな知ってるしょ」

すると次女は

次女「あー、違うよ! ダナァダックって読むんだよ?」

と、流暢な英語読みで言った

長女「お前ね? そんなの別にどうでも良いんだよ!」

と、ちょっとムッとした風

次女「お姉ちゃんの発音って全然ネイビーじゃないね!」

長女「お前ね、それを言うならネガティブって言うんだよ!」


ダイニングテーブルのイスに座って
コーヒーを飲みながら煙草を吸っていた父は
聴くとも無く聴いていた姉妹のアホアホ会話に
思わず、煙草をテーブルの上のポロっと落とすと
慌てて火種を消しながら
娘達に向かって言った

父 「それさ? ネイティブだろ?」

長女「ネイティブでもネガティブでも一緒じゃん」

父 「おいおい、一緒な訳無いじゃん」

次女「あー、それ知ってる!
    目くそ、耳くそって言うんだよね?」

何処からそんな言葉を仕入れてきたんだか・・・(-.-;

父 「あのな? 女の子が”くそ”は無いだろ?
    せめて、目ヤニ、耳垢くらいにしとけよ」

長女「お父さん、それ全然女の子らしく無いから」

長女が冷めた視線を投げかける

父 「なんだよ? いつの間に俺が悪者になったんだ?」

長女「まぁ、五十歩、百歩ってとこだよ」


あのなぁ・・・お前に言われたく無いんだけど(-.-;



この親子
色んな意味で五十歩、百歩・・・?




kamibukuro-1.jpg

『ボク、何にも聴いてにゃいからね』 (=ёェё=)


kamibukuro-2.jpg

『こんな時は関わらないのが一番にゃ』 (^._ .^)



人生の”ピーク”

北京オリンピックも
そろそろ終盤戦に入って来ました

スポーツの祭典とは言え
勝負ですから勝つ人、負ける人がいます

世界中から選ばれた
いわゆる
トップアスリートが集まるのですから
その中でメダルを取ると言うのは
普通に考えたって
並大抵の事では無いでしょう

中でも
前回大会のメダリストだとか
前年の世界大会のメダリストには
否が応でも期待が集まります

そのプレッシャーたるや
想像に難くありませんよね




悲願のメダル

期待されながら逃したメダル


今回も様々なドラマがありました




テレビを観ながらいつも思うのですが・・・


4年に一度のオリンピックです

競技者であれば
その日を目指して自分を鍛え
激しい戦いに勝ち抜き
その日にベストになるように
コンディションを整えるのでしょうが
勝負事ですから
それだけで
メダルが取れる訳ではないでしょう

ベストなコンディションが有って
その日の勝負運が有って
更に
”勝利の女神が微笑む”
と言う+αが有って
初めてメダルって
取れるものなんじゃないでしょうか?


つまり
そこにある+α

”競技者としてのピーク”

それをつい考えさせられてしまうのです



1992年のバルセロナ五輪で
彗星のように現れ
14歳で平泳ぎ200メートルで
金メダルを獲得した岩崎恭子さん

96年のアトランタ五輪でも
期待されましたが結果は出せませんでした

岩崎恭子さんと言えば
バルセロナ五輪で金メダルを取った
レース直後のインタビューで
「今まで生きてきた中で、一番幸せです」
と答えた言葉がすぐに浮かびます

奇しくも、本人がレース後に言った通り
彼女の競技者としてのピークは
この14歳だったのではないでしょうか?


オリンピックの最年長金メダリストは
第5回ストックホルム五輪(1912年)
スウェーデン射撃チームの
オスカー・スパーン選手で
当時64歳だったそうです

この選手の競技者としてのピークは
もしかしたら
64歳の時だったのかも知れません




アスリート達は常に自分を鍛え
”その日”に臨みます

でも、かならずしも
オリンピックのその日が
競技者としてのピークに重ならない事も
しばしばなんでしょう

それは
努力だけでは
どうしようもない事なのかも知れません


そう考えると
1大会での8冠よりも
2大会で連覇する事の方が
遥かにハードルが高いような気にもなります

もちろん、
だからと言って
マイケル・フェルプスの偉業が
色褪せる訳ではありませんが・・・




そして考えます


私の
人生においてのピークはいつなんだろう?



かつて
喜劇王チャップリンが
「あなたの最高傑作は?」
と言う記者のインタビューに答えて
「Next One」
と答えた話は余りに有名です


それになぞる訳ではありませんが

私の人生のピークは
きっとまだ

”これから” なんだって

そう思うようにしましょうか。。。


君の弾ける笑顔に
僕らは元気をもらった

戦い終えて
讃え合うその姿に
僕らは感動をもらった


君の背負った十字架の重さを
僕らはきっと誰も知らない

誇り高き勇者達の戦いがそこにある


笑顔も汗も流れる涙も
いつか僕らの勲章になる事を
君は教えてくれた


ありがとう
君のその輝きを僕らは忘れない





君の悔し涙に
僕らは一緒に泣いた

たとえ、敗れても
立ち上がるその姿に
僕らは勇気を教えられた


勝つ事だけが人生の全てなら
僕らはこんなにも感動なんてしない

誇り高き勇者達の戦いがそこにある


報われずに流した涙も
いつか僕らの勲章になる事を
君が教えてくれた


ありがとう
君のその姿を僕らは忘れない




ノーサイドの笛が鳴り
それぞれの人生がまた始まって行く

ありがとう
君がくれた勇気を僕らは忘れない



beijing.jpg


    ”謝謝”for the athlete in Beijing



何かをするにおいても
決めるにおいても
やって遅過ぎると言う事は無いでしょう


いくら本を読んでも
いくら考えてみても
やってみなければ解らない事もあります


智者や賢者の言葉は
標にはなっても
それは所詮
本を読んだ事と変わらないのです


出来ない理由を
自分で決め付けて
やらないで後悔をするくらいなら
やって後悔をした方が遥かにマシです


ましてや
出来ない理由を
他人に決められたくはありません


間に合うかも知れない今なら・・・


いや
間に合う、間に合わないと考える前に
行動をする愚者になってみましょうか





  僕は僕なりに自由に振舞ってきたし
  僕なりに生きてきたんだと思う
  だけど,だけど 理由もなく
  滅入った気分になるのはなぜだろう


  思ってる事とやってる事の
  違う事へのいらだちだったのか
  だから僕は自由さをとりもどそうと
  自分を軽蔑して自分を追い込んで


  なんだか自由になったように
  意気がっていたんだのかも知れないんだ
  まにあうかもしれない今なら
  今の自分を捨てるのは今なんだ


  まにあわせなくては今すぐ
  陽気になれるだろう今なら
  大切なのは思い切ること
  大切なのは捨て去ること


  そうすりゃ自由になれるなんて
  思っているほど甘くはないけれど
  だけど今は捨て去ることで
  少し位はよくなると思えるんだ


  まにあうかもしれない今なら
  まにあうかもしれない今すぐ


  なんだか自由になったように
  意気がっていたのかも知れないんだ
  まにあうあも知れない今なら
  今の自分を捨てるのは今なんだ


  まにあうかもしれない今なら
  まにあうかもしれない今すぐ


   『まにあうかもしれない』 詩:吉田拓郎
ジージョがピアノを弾くとダヤンが踊ります♪

piano-dayan.jpg

えっ?

ダヤンが嫌がって
逃げているようにしか見えないですって?

いやいや
そんな事は・・・(^-^;

ほらほらっ!

ジージョの手にかかれば
ダヤンはこの通り!


       (C)夢の樹舎

ちょっと、テレビの音が大きいのは
ご愛敬!?(笑)

夏の歌と言えば
数々の名曲がありますが
お盆と言えば
やはり、この歌でしょうか


この歌にまつわる
さだまさしの別の歌がありますので
まずは、その詩から・・・




   『椎の実のママへ』
        詩:さだ まさし


漢口(ハンカオ)の春は 領事館の柳の青
それから池に降る その花の白
甘露園のコール・コーヒー越しに
打ち明けられた愛 それが春

漢口の秋は 焼き栗のはじけり香り
読み終えた文庫本で 受け止めた愛
かぞえの二十二で嫁いで
そのまま終戦を迎え だから秋

天津から引き揚げた後 七年経って
彼女は初めての そして最後の子供を産んだ
夫は優しくて働き者だったから
誰もが彼女を幸福と呼んだし
確かに幸福なはずだった

いくつかの春は 知らず知らず人を変え
淡い思い上がりが その心を変え
煙草をコルトレーンの中で
2度目の恋を見つけて それも春

ひとつ屋根の下で やがて別の愛
それぞれが違う 愛を過ごして
一人息子だけが取り残される形で
終わるも愛 つまり秋

みんなの謗りの中で
彼女は故里の長崎へ帰り
小さな喫茶店を始めた
「椎の実」のママを慕って沢山の若者が集まり
「椎の実」はいつも
煙草とコルトレーンで一杯だった

僕と同い年の一人息子は
おきまりの様に
ビーチボーイズを聴きながら一度ぐれたが
自分の足で歩きだす迄に随分迷ったけれど
やがてまた元の彼の様に歩き始めた
彼は父親を愛するのと同じくらいに
母親を愛していたし
僕はそんな彼が好きだった

長崎の春は 黄砂と凧(ハタ)上げ
一人息子は母と暮らすと決めた
小さな店のカウンターに
二人で立てたら良いね そんな春

彼がもうひとつの 愛を手にした頃
母は突然に病をみつけた
癒るはずのない病名を知らされて
立ち尽くしたのは それも春

まさか彼が母より先に
まさか逝っちまうなんて
誰も思わなかった
だって、恋人と海に出かけて
オールを流されて 飛び込んだまま
だって昨日まで 元気だったんだもの

母は嘆き悲しみ
出来るなら私と引き換えにと
今までを悔やんだ
ねぇ、早かったよ
ねぇ、早過ぎたよ


僕は彼の為に唄を作った・・・・


  『精霊流し』 歌:グレープ 詩:さだ まさし By YOU TUBE


ジャズとクラシック以外は
耳を貸さなかった彼女が
僕の唄を愛する様になったのは
この頃だった
自分の残り時間の全てをかけて
息子の為に祈り
それと同じくらいに
僕を 僕の唄を愛した

三度目の手術の後は
彼女の生き甲斐だった
お店にも立てなくなってしまった
それでも生きようとしたのは
この時初めてひとつになった
彼女の兄弟達の心と
それから
死んだ息子の為だったと思う

思い起こせば 誰も彼も皆
本当はとても愛し合っていた
わずかな擦れ違いが
物語を変えてしまうなんて それも愛

椎の実のママが死んだ晩に
皆が同じ色の涙を流した
結局、愛されて死んでいった彼女は
幸福だったと思って良いかい?

ねぇ、愛されて死んでいったあなたは
幸福だったよね?
そうだよね?

さよなら 椎の実のママ
さよなら 僕のおばさん


日付が変わったので
もう昨日になりましたが
今年も
十勝毎日新聞社主催の花火大会に行って来ました

2008katimaihanabitaikai.jpg


20000発の花火は道東一
北海道内でも有数の規模と言われていて
今年も札幌や釧路、旭川等から
見物客が多数来ていたようです

私のバンド仲間である
センターリバー夫妻(Dr&Key)も
お子様と奥様のお母さんを連れて
しかも日帰りで旭川から来ていたはずなのですが
終了後、携帯に電話を入れても
留守電になってまして
会えずじまいでしたが
果たして、楽しんで行ってくれたでしょうか?
無事に帰路についたでしょうか?



今年も人混みを嫌って
裏側から観覧しました


     (C)夢の樹舎

残念ながら
堤防では警備員さんが睨みをきかせてまして
仕方なく今年も堤防の下で観覧をしていました

堤防の下と言っても
その地域は住宅街になっているので
家の前で焼肉をしながら観ていたり
家の前や公園の芝にイスを持ち込んで観ている人
みんな思い思いに花火を楽しんでいました

我が家4人が立って観ていると
横の家の方がイスを4人分貸してくれ
しかも、ビールやジュースまで
差し入れをしてくれました

思わず恐縮

全くの見ず知らずの方だったのですが
さすが、十勝には
まだまだ人情が残っているようです

本当にありがとうございました!


    (C)夢の樹舎

昔・・・

私が子供の頃は
田舎に住んでいたせいも有るのでしょうが
螢は珍しくは有りませんでした

夏になると良く螢狩りをしたものです

螢を捕まえて
虫かごに入れて窓辺に飾っていました

部屋の電気を消して少しすると
ボヤーッとした小さな光が灯ります

子供ながらに
飽きもせずに見ていたのを思い出します

今はそんな事をしちゃいけませんね

静かにそっと目に
そして心に焼き付けましょう


今では螢狩りなんて言わないですからね

螢鑑賞会?

今は昔ほど
自然の螢を見る事は出来なくなりました

それでも
各地で螢が暮らせる水辺を整えて
螢を放して
生息出来るようにしている所も増えてきています

螢を放して
それを鑑賞するなんて
何だか寂しい気もしますが
でも、キレイな水が無いと螢は生きていけません

身の周りの環境に
それを意識するようになれただけ
まだ未来にも希望が持てます


本当に大切にしなければならないモノ

もう一度
周りを見渡してみるには
良いキッカケになるでしょう



それから
螢と言えば
この時期はやはり「火垂るの墓」でしょうか


 ”駅の構内で衰弱死をした兄の清太。
  所持品は錆びたドロップ缶だけ。
  その中には
  妹の節子の小さな遺骨が入っていました。
  駅員はこの錆びたドロップ缶を見つけ
  「何やこれ?」
  と言って草むらに放り投げました。
  すると、
  地面に落ちた
  缶から飛び出した節子の遺骨の周りに
  螢が群がり
  魂とも思える淡い光を放ち
  節子が現れると
  衰弱死をしている清太を見つけ・・・”


実はこのビデオは
もう20年程前に一度観たきりです

それからは一度も観ていません

と言うより観れないのです
子を持つ親になってからは尚更でした

一昨年、実写版がTV放映され
改めて話題になりましたが
もちろん観ていません


良く言われる戦争の悲惨さ

戦争には大義も名分も有りません
有るのは哀しみと憎しみだけなのに
それはみんなが解っているはずなのに
でも、未だに
世界中から戦争は無くなっていません

本当に大切にしなければならないモノ
本当はみんな解っているはずなのに・・・



いつ、何処で聞いたのか
何かで読んだのかも忘れましたが
螢を吟った浪曲か都都逸の一節を
何故か今でも覚えています

 ”光れぬ螢は身を焦がす”

どんなに恋焦がれても
実らない切ない恋を吟った歌なのでしょうか
それとも、
ジッと耐えるように
想いを募らせる切ない片想いなのでしょうか・・・

詳しい内容は忘れてしまいましたが
日本独特の情念の世界を感じます
この切なさも
日本人が忘れてはいけない大切なモノ


小さな螢は形を変えて
私達に失くしてはいけない大切なモノを
教えてくれているようです



   岡山県美星のホタル By YOU TUBE


(N)ECO バッグ

良くも悪くも
何でも”エコ”が持てはやされる世の中です

スーパーに買い物に行くのでも
マイバッグを持っていくのがエコなんだとか・・・

最初は、
スーパー等でポイントで引き換えたバッグや
無料で配布されていたエコバッグを
使っていた人も多かったみたいですが
最近ではブランド物のエコバッグを使っている人も
増えているのだとか

結果、使わなくなったエコバッグが
家庭で山になっていると言う噂?

これってホントにエコ?
それなら、燃やせるゴミに出せるレジ袋の方が
よほどマシな気がしなくもないのですが・・・(^-^;

しかも、マイバッグを持ってスーパーに行くのでも
万引き犯に間違われないように
客の方が余計な気を使ったりして(-.-;

そんな経験、ありません?




・・・と、言う話とは関係なく
今日も我が家の日常茶番劇!?(笑)



ジージョ(次女)さん、
エコバッグを持って買い物ですか?

ecobag-1.jpg

アレアレ?

なんか、バッグに尻尾が生えてますが・・・

ecobag-2.jpg

『ぷふぁ?! 暑いんだにゃ?』 (=xェx=)


やっぱ、キミかい?(笑)

そんな暑いんだったら
入らなきゃ良いのに・・・

ほらほら、出なさいよ ? ヾ(^。^;)



『んにゃ、やっぱ、まだ遊ぶんにゃもん!』 o( =?ェ?=)o




私は9日から17日までお盆休み

とは言え
長女Aが一応(?)受験生の為
塾(通常)と夏期講習で
ほとんど休みが無いので
当初予定では
11日?12日に私が下の娘だけを連れて
お墓参りに旭川の実家に帰る予定でしたが
9日の夜に実家から電話が入り
父親が急遽入院したと言う事で
予定を繰り上げて
日帰りで旭川に行って来ました


上富良野から美瑛に抜ける途中
毎年夏に旭川に帰る時には必ず寄っている
「かんのファーム」がありまして・・・

「相変わらず、結構お客さん来てるね」
「寄ってく?」
「時間は大丈夫?」
「まぁ、良いんじゃない」

と、言う事で・・・


080810-1.jpg


080810-2.jpg

後ろ一面、ラベンダー畑です

もう時期は終わっているはずだったのですが
まだ、少し残っていたので
(色はだいぶ抜けていましたが)
嫌がる娘らを並ばせました (^-^;

案の定、
条件反射でカメラを向けると
一応、ピースはしますが(笑)
笑っていませんので
モザイクをかけてみました(笑)

ちなみに
1枚目のブルーの花はラベンダーではなく
ブルーサルビアです
こちらは、これからまだまだ見頃が続きます


そんなこんなで30?40分ほど
寄り道の後
一路、旭川へ・・・


080810-3.jpg

いやいや、飛行機ではなく
もちろん、車でですけどね(笑)


実家に寄る前に
母親のお墓参りを済ませました

さすがに
お墓の写真を撮るのは気がひけたので
上の写真で代用です f(^-^;

ほらっ、時期が時期ですし
たくさんの方が”友情出演(?)”で
写真に写られてても・・・ねぇ?(苦笑)


その後で
実家に寄って
義母を乗せて病院にお見舞いに行って来ました

父親の方は
1週間程度で退院出来そうだと言う事で
とりあえずは、ひと安心


で、すぐにとんぼ帰り・・・


本当は、1泊で行く予定をしていたので
時間を作って
ゆきんこさんのお店(喫茶店)に行って
タクパパさんも呼び出してと思っていたのですが
残念ながら私の希望は叶わずでした

までも、仕方ないね



その頃・・・

例によって
日帰りの時は家で留守番をさせられるダヤン君

080810-5.jpg
『ふん! またおいらだけ留守番だにゃんて
 暴れてやる???! フンガッ!』 (=▼ェ▼)o


コンプレックス

私自身
コンプレックスなんて数えたらキリが無い


歳を経て克服出来たと思っても
歳を重ねる度に
いつの間にか増えているモノも有る


コンプレックスを
持っていない人っているんだろうか?


そんな人がいるとしたら
そいつはかなり傲慢な奴に違いない


或いは
確かに自信家なんだろう
その自信が何処から来ているのか
他人では分からないんだけどね


でも、
コンプレックスで自分自身を諦めている人よりは
遥かに前向きなのは確かだよ


例え、それがただの強がりだったにしてもね


正直、
そんな奴は一番嫌いなタイプなんだけど
でも
何にもメゲズに前向きで生きている点は評価しても良い


コンプレックスは
マイナス思考でいる限りは
無くなりはしないものなのだから



でも、思う


コンプレックスを持っている人は
自分の弱さを知っている人だ


自分の弱さを知っていると言う事は
或る意味それは強い人なのだと思う


少なくとも
痛みを知っている分
他人には優しくなれるだろう
他人の痛みも分かってやれるだろう


それは
ホントに強くないと実は出来ない事なんだ



コンプレックスが例えどれだけ有ろうと
自分を卑下する事は無い


自分を卑下する事と謙虚な事では
まるで意味が違うんだから


謙虚は美徳だけど
卑下は自分を貶めるだけ


自分を愛するのは
やはり自分なんだよね
だから
自分を卑下する事だけはしてはいけないんだ


何事にも裏と表が有るように
コンプレックスの裏には
実は強さが潜んでいる


自分のコンプレックスを認めるところから
本当の強さを得る事が出来るんだと思う


コンプレックスを逆手にとって
味方に付けられたら
全てをプラス思考に変える事が出来るんだよ


それはコンプレックスを持たない人には
為しえない幸運なんだ


日本列島
毎日、暑い日が続いていますが
みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

夏バテなんぞしてませんか?
ご自愛くださいね?(^o^)/


我が十勝国もようやく夏らしくなってきました

日曜日までは
ずっと20度そこそこだったのですが
月曜日からは
夏も一念発起?
やっと夏も本気を出してきた?

まぁ? それはともかく
暑くなったと思ったら
今日で4日間連続での30度オーバーです

いくらなんでも極端過ぎませんか? ヾ(^◇^;

言っておきますが
北海道人は暑さには弱いんです!
30度オーバーが1週間続いたら
もう溶けてしまいますってば!?(笑)

までも、本州人にしたら
「何を甘い事言うてんねん?」
ってなとこでしょうか?
(本州人=関西人と思ってる訳では無いですよ?)

予報では明日も30度

でも、この辺が夏のピークかなぁ?
来週はお盆だしね

なので、夏が終わる前に(?)
暑中お見舞い申し上げます!


* Powered By YOU TUBE*

キャンディーズの歌の方が
一般受けするかなって思いながら
今夜は
吉田拓郎をセレクトしてみました f(^-^;  ←ひねくれもん?


で・・・

夏と言えば海!
海と言えばサザン!

いやいや、もちろん
サザンも大好きなんですけどね?
でも、私にとって
夏の歌ったら・・・

「海」!

”う?みはひろいな、おおきなぁ?♪”

って、違いますから! (^-^;


*Powered By YOU TUBE*

私は全くサーファーではありませんで
どっちかと言うと
砂浜で女性を見学・・・いやいや、何を言う!(笑)


この曲は私が
オールディズバンドをやってた時の
夏の定番曲でした
(冬でも演奏してたくらい!?(笑))

ちなみに、
我がバンドでは
この歌は、私のブログにいつもコメントをくれている
タクパパ」さんの持ちネタ・・いや、持ち歌でして
ベースを弾きながら歌うタクパパさんは
結構いかしてましたよ!
(お見せ出来ないのが残念だわ?)

私?

私は後ろの方でセコセコとギターを弾きながら
コーラスなんぞしてまして・・・
ほらっ、私ってば昔から奥ゆかしいってか

ね?? 目立つのが苦手でして!?(笑)

ちなみのちなみに・・・
若い頃のタクパパさんは
「風」の久保やんに似ていたとか
夜中に歩いていたら
女性に間違われて
痴漢に襲われそうになった逸話があるとか?

タクパパさんお名誉の為に
付け加えておきますが
(誰がタクパパさんの名誉をキズつけとんねん?(笑))
彼は高校時代は
ブルース・リーにあこがれて
ヌンチャクを振り回して
でもって
応援団もやってた硬派でもありました
(ん?フォローになってない?
 タクパパさん、ごめん!)


と、言う話はこの辺で・・・

どうでしょうか?
爽やかな歌を聴いて
少しは涼しさも感じていただけましたか?

あくまで
今夜の本題は
「暑中お見舞い申し上げます」
ですからね!

なんとしても涼んでもらわなくては!

えっ?
全然涼めなかったですか?

「お前のくだらない話が長すぎる!」

・・・ですか?

ん? なら、わかりました。。。
(知?らないっと)


そんな方はこちらを・・・・


*Powered By YOU TUBE*





星合

“例え1年に1度だけでも会えるなら幸せ
 織姫と彦星には
 今年も来年も10年後(あと)も有る
 けれど私達には渡る天の川さえ今は無いの・・・

 せめてもう一度
 あの人に会わせてください

 叶わない願いなら
 この身を奪って !
 心だけの私になって
 あなたを探しに行くわ・・・“




七夕で賑わう商店街
行き交う人の笑顔の群れが由美には辛い

「どうしてみんなは、
  そんなに笑えるんだろう・・・」

まだ、ホンの半年前の出来事
あの日以来、由美から笑顔が消えた
何もかもが虚しくて、何もかもが哀しい

「私も一緒に死んでいたら
  どんなに楽だっただろう」

由美の誕生日の夜、
2人でお祝いをした後の由美を送る帰り道
はみ出して来た対向車との事故で武は死んだ
あっけないくらいの最後

即死だった・・・


思い出すと今でも涙が溢れてくる
どれだけ涙を流したか・・・
それでも涙は枯れる事は無い

由美は街の喧騒から逃げ出すように足を早めた

1人でいる寂しさ
でも、
それより人波の中にいる孤独感の方が
今の由美には辛かった



商店街を抜けて外れに来た時
ぼんやりと薄灯りの中に
1本の七夕飾りが立っていた
誰にも気づかれないように、
あまりにひっそりと立っていたその飾りは
何か場違いな感じすらした

良く見てみると、
飾りの下に小さな看板が有った

  《星合の飾り》

「星合の飾り・・・?」

見ると、
下げてある短冊はどれも普通の短冊では無かった

ハンカチだったり、
おみくじを木に結ぶように
便箋を枝に結んでいるのも有った
どれも、
良く読めないくらい文字がにじんでいる気がした
多分、昨夕の雨にでも濡れたのだろうか

由美は不思議な気分でそれを見ていた

飾って有った短冊・・・
いや、短冊の代わりに結んであるのは
どれもおかしなものばかりだったが
今の由美には何故か違和感は感じられなかった

むしろ、
下げた人の想いが伝わってくるような気がして
胸が締め付けられるようだった

「星合の飾り・・・何処かで・・・?
 そうだ、思い出した!
 確か・・・七夕の夜、亡くなった人に所縁のある物に
 想いを書いて枝に飾ると、その想いは星を渡って
 亡くなった人に届く・・・」




「あのネクタイ・・・」

ふと、上の方に目をやると、
1本のネクタイがやはり枝に結んで有った

「これって…まさか!」

由美は慌てて、そのネクタイを枝から外すと、
そこに書いてある文字に釘付けになった

“もう一度だけ、
  もう一度だけで良いから由美に会いたい”

「武の字だ!」

そのネクタイは
去年の武の誕生日に贈ったものだった
見間違えるはずもない

「間違いない! でも、どうして?」


その瞬間、由美は全てを思い出した

「私だ・・・
  武じゃない・・・死んだのは私・・・」



通夜の夜、
棺の前で人目をはばからず泣き続けていた武を
由美は少し高い所から見ていた

「違うわ! 武、私はここにいるのよ!」

それから何度も武の傍で武に話しかけた
必死になって・・・

でも武には由美の声は届かなかった

それが辛くて、
いつしか
由美は自分の記憶を心の奥深くに封じ込めたのだった
あの事故の記憶を・・・



由美はハンドバッグからハンカチを取り出すと
紅いルージュで
武への想いを1文字1文字丁寧に書き綴った
そして、
ネクタイとハンカチを外れないように
シッカリと結ぶと愛おしむように抱き締めた

「武・・・愛してるわ。 
  例え、会えなくても心はいつも一緒よ」

そして、
ハンカチを結わえたネクタイを元の枝に結んだ


その瞬間、
由美は自分の身体がフッと軽くなるのを感じた

目の前に会った星合の飾りが
段々と目の下になっていった
それが見えなくなるくらい小さくなった時
ふと1軒のアパートの部屋の灯りが見えた

「武・・・」

思う間もなく、それは更に小さくなっていった
やがて、
空の星が眩しいくらいに感じるようになった時
何処からともなく声が聴こえた

『どの星が良い?』

「星・・・? もし、星になれるなら、
  武の部屋が一番良く見える星が良いわ・・・」



部屋には
2人で仲良く肩を抱き合った写真が今も壁に貼ってある

武はアパートの部屋で
今夜も由美にメールを送っていた
寂しい時、由美を思い出した時
武はいつも返事の来るはずのないメールを送っていた

返事は来ない

でも、
携帯に残された由美のアドレスだけが
由美と繋がっていた唯一の証しのように思えた


その時、武の携帯の着信ランプが光った

「由美? まさか・・・」

武は慌てて携帯を開いたが、
メールが入っているはずもなかった


ふと、武は窓の外を見た

都会の夜には珍しく、
ひと際輝いている星が見えた

「そっか、
あの星の輝きが携帯の画面に映ったんだ・・・」

武は窓を開けると、その星を見上げた

それは、
なんだかとても懐かしい暖かな輝きに思えた

ダヤンを探せ!?

ダヤンがいなくなりました・・・

( -o-)マジデカ? (-o- )ヤベエナソリャ

ボソボソ( -o-)ウソマジ? (-o- )ダベ?

?(=゚ω゚=;) マジ!?


一緒に探してください!!

お願いです・・・・ 。・゚゚・o(iДi)o・゚゚・。



kakurenbo-3.jpg
何処?
ドコ(T-T ))(( T-T)ドコ

kakurenbo-1.jpg
ここは置物ばっかだよな?
(´ヘ`;)

kakurenbo-2.jpg
ダヤ?ン!

( 」´0`)」オォーイ!

kakurenbo-4.jpg
おかしいなぁ?
何処に行ったの?

o(;△;)o

kakurenbo-5.jpg
おーい!
/(x_x)\




kakurenbo-6.jpg
『なんにゃ? いったい、にゃんのさわぎにゃ?』 (=・ェ・=? ホエ


北海道では8月7日が1か月遅れの七夕です

帯広の中心部のアーケード商店街では
七夕祭りが始まりました

tanabata-3.jpg tanabata-4.jpg


と、言う事とは関係あるのか無いのか・・・
それはともかく(笑)

今夜と明晩は2夜連続で
七夕をモチーフにしたショートストーリーを
掲載しようと思います

まず、1日目の物語は
昨年、旧ブログに掲載したものです
(少しだけ手を加えましたが)

なので、
「去年読んだよ」
と言う人はここを飛ばして
次の「ダヤンを探せ!?(仮題)」をご覧くださいませ

(なんて親切な私? ←自分で言うなよ(^-^;  )

ちなみに、明日の掲載分は
今夜とはガラッと雰囲気の変わった
新作の予定です



それでは、始まり、始まり・・・・



『星に願いを ?アンチテーゼな夜に?』


昔々の話・・・



ある所に
誰もが呆れる程、強欲な爺さんと
誰もが呆れる程、欲の無いお爺さんが住んでいた


七夕の日
強欲爺さんは朝から庭の大きな柳を見て考えていた

「今まで何十年も願いを叶えてもらえなんだ。
 今年こそは何が何でも叶えてもらわねば」

強欲爺さんは次々と
思いつくまま短冊に願いを書いた

書いては短冊を次々と柳の枝に結び、
陽が落ちる頃には
とうとう3mもあろうかと言う柳の枝は
短冊で見えなくなった



欲の無いお爺さんは一番星を見ながら
「今年も綺麗な天の川が見えそうじゃ」
と微笑んだ

結局、
庭の大きな柳の枝には何も短冊を下げなかった



その夜

神様は村人が書いた沢山の短冊を前に
「今年はどの願いを叶えてやろうか…どれどれ」

一枚、一枚丁寧に短冊に書かれた願い事を読み始めた


「どれ、これは村一番の正直者の与平だな。
 何々? そろそろ嫁が欲しいか。よし叶えてやろう。
 次は、村一番の親孝行なお花か
 願いは・・・?
 ほぅ『お母さんの病気が早く治りますように』
 よし叶えてやろう。 次は・・・」

神様は次々と村人の願いを叶えていった


やがて夜半も過ぎた頃
「ふぅ?さすがに疲れるわい。どれ、後は?」

見るとまだ数えきれない程の短冊が残っていた

「何とした事だ
 もう殆どの村人の願いは叶えたはずじゃが・・・」


良く見ると
残っていたのはどれも強欲爺さんの短冊ばかり
しかも半端な数ではない

「全く、何と強欲爺だ! 絶対叶えてやるものか!」


しかしそこは神様
万が一にも
他の村人の願いが混ざっているのではと思うと
手を抜く訳にもいかなかった

「やれやれ…」

そう呟くと、又一枚一枚丁寧に短冊を読んで行った

「一体何枚書いたんだ?
 これでは朝までには終わらないではないか。
 だが、絶対奴の願いなど叶えんぞ!」

さすがの神様も疲れも有ってか
少し投げやりになって言った



やがて東の空が薄っすらと白み始めた
「いかん、もう夜が明けるではないか!」

神様は焦っていた
だが短冊はまだ何百枚も残っていた

「分かった、分かった、わしの根負けじゃ。
 しょうがない、一つだけ願いを叶えて終わりじゃ」

神様は目を瞑ると一枚の短冊を取った



「次は? 確かもう一人・・」

だが何処を見ても短冊は残っていなかった

そうこうしている内に陽が昇り朝になった
結局、神様が自棄になって取った短冊の願いが叶って
強欲爺さんは大金持ちになった

一方、欲の無いお爺さんの願いは叶わなかった
いや、
初めから何も望んではいなかったのだが・・・




昔話やお伽噺であれば
強欲爺さんには罰が当って
正直な欲の無い爺さんには
幸せな結末が待っていると言うものだろう

しかし、現実はと言うと
世の中には得てして理不尽な事が多い

だが、
欲が無ければ叶わない事も確かに有るのだ


The present

誰かが言ってた言葉

 ”英語で過去は the past
   未来は the future
   そして、現在は the present と言います
  つまり、今と言う時間は
  神様がプレゼントをしてくれた最高の瞬間なのです”


だから
生きている今、この瞬間がとても大切なのだと・・・
そう言う事なのでしょう


そして、もうひとつ the present には
”存在する”
と言う意味があります

生きていると言う事は
自分がそこに存在をしていると言う事

世の中には多種多様な人がいて
それぞれがそれぞれの個性を持っています

そのそれぞれの”存在”を
認め合い、労わり合う事が出来たなら
自分自身の存在にも意味が生まれます
それも自分への贈り物のひとつです


I live in the present

直訳をすると
「私は今生きている」
ですが
こう言う意味でもあります

”現状を受け入れる”

つまりは
生きると言う事は
現状を受け入れる事


人生には色々な事があります
良い事ばかりではありません
でも、それも含めて
全てを受け入れるところから
生きる事を始めなければならないのでしょう

そうして生きている今が
最高に幸せだと感じられた時
誰かに、何かに
感謝の気持ちを持てたとしたら
その時に見える未来はきっと輝いているでしょう


私は宗教家でも哲学者でもありません
どちらかと言えば無神論者に近いかも知れません

それでも時々
こんな事を考えてみたりします

人は生きているのでは無い
生かされているのだと

それこそが自分への
最大の
プレゼントだと思うのです





Powered by FC2 Blog