Neko

夢の汽車に乗って 2008年06月

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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本日の遊びモノ

さてさて、本日のダヤン・・・



『おねえちゃん、ボーシ置きっぱなしだよ?
  これ、これ・・』

チョイチョイ♪ ρ(=^‥^=)

『にゃ? これってどうするにゃ?』

bousi-1.jpg



『にゃ?』 (=゚-゚) ?

bousi-2.jpg



ダヤン、それは違うよ (^-^;
そうじゃなくってさ?
被るんだよ
わかる?


『にゃ?』 (=´∇`=)

bousi-3.jpg



そうそう!

ってね・・・
確かにそんな感じなんだけどさ?
なんか、ちょっと違うくないか? (^-^;

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「運が無い」
「ツキが無い」
「縁が無い」

良く、そんな事を言う人がいます
でも
果たしてそうなんでしょうか?

運が幸せを運んで来てくれる訳ではありません
ツキが人生を決めてくれる訳でもありません
縁が人を繋げてはくれても
結ぶも切るも結局は自分次第なのです


雨は1人だけに降り注ぐ訳では無くて
万人に平等に降り注ぎます
でも
濡れるか濡れないかは
その人次第です

備えをしている人は濡れなくて済むのです

雨が降った時に
冷静に雨宿りが出来る場所を探せる人は
そう濡れなくても済むのです

例え濡れても
乾かす道具を持っている人は
雨に濡れても平気なのです

雨に濡れたと嘆いているだけでは
また、次も雨に濡れてしまいます


運が良いとか悪いとかを言う前に
それは自分自身の心持ち次第なのだと言う事を
私達は知っていなければならないのです

”縁”について

”縁”とは不思議なモノです

本人が繋がっていると思っていても
実は既に縁は切れていて
ただ惰性で付き合いだけが続いている
なんて
そんな事も有れば
切れたと思っていた縁が
本当はまだ繋がっているなんて事は
世の中ではまま有る事です

俗に
昔から良く言われる
”腐れ縁”
と言う類もそのひとつでしょう

男女の間に於いてもそれは有ります

何度も別れては
また、付き合って
何度目かでようやく結婚にたどり着いただとか
同じ相手と何度も離婚と再婚を繰り返すとか
一度別れて
別な人と付き合ったが
最終的には元のさやに収まったとか
何十年か振りで再会をして
更に縁を深めただとか
そんな話は山ほど聞きます

”合縁奇縁”
と言う所以でしょうか?

こうなるともう
運命の悪戯だとか
神様の気紛れにしか思えません

何しろ
本人には実際の処が解らないのですから

”縁”と言うのは
自分ではどうにもならないのです

繋ごうと思っても
切ろうと思っても
思うままにはなりません

相手の有る事ですしね

ならば
運命の悪戯にせよ
神様の気紛れにせよ
それはどうでも良いんです

”縁は異なもの味なもの”

そんな言葉も有りますが
”味なもの”なら
それに任せてみるのも良いでしょう

いつか結果が分かるかも知れません
分からないで終わるかも知れません

でも良いじゃないですか
そんな曖昧さ
それも人生の楽しみのひとつです

今より・・・

『今より昔の方が良かったなぁ?』
なんて
そんな風に思ってた時期もありました

その”昔”は
今より未来の方が輝いていたのです
失敗をしても後悔はありませんでした
それを補って余りある未来があったから

それが若さ故の楽観だったにせよ
それは若さの特権でもあったのです


後悔はきっと・・・
人生を半分過ぎた辺りから
段々と重みを増していくものなのでしょう


もし
過去の何処かに一度だけ戻れるとしたら・・・

今の記憶や知識や経験のまま
昔に戻って人生をやり直せたら
今より少しはマシな”今”になるんじゃないか?
そんな事は今でも良く考えたりします

後悔の数だけ
心の中に隠し金庫が増えて
それでも仕舞い切れない後悔が
心の中に染みを作ります


大人になるのは結構きつい事です
大人でいるのは結構辛い事です


今より・・・

そんな風に
心の逃げ場を作っても
でも、結局
”今”は変わらない事に気が付きました

心は若い頃と何も変わっていないのに
未来の長さは明らかに違っています
でも
そのジレンマを受け入れる事さえ出来れば良いのです

未来の長さを憂うより
未来の質を考えていければ
この今ある”今”も未来へと繋がっていく必然になるのです

”あの頃” 感じられなかったモノも
”今”だから感じられるって事もあります

”あの頃” 気付かなかったモノも
”今”なら気付く事が出来るでしょう


そう思えば
紆余曲折の果てにたどり着いた”今”だって
決して悪いものではありません

ジャンプ!

人生には辛い事や哀しい事も多いけど
もし、それが無ければ
きっと幸せなんて感じられないんじゃないかな

辛い事や哀しい事を経験するからこそ
少しの良い事にも幸せを感じられる

そんなものだと思うよ


試しに
立ったままジャンプをしてごらん

そんなに高くは跳べないでしょ?


でも、一度屈んでからジャンプをすると・・・


ほら、さっきよりは
遥かに高く跳べたんじゃない?


辛い事や哀しい事って屈むって事なんだよ
より高くジャンプをする為にね

ふと・・・

ふわり ふわりと
降る雪のように

流れた時の分だけ
淡色になった想い出が

ゆっくりと ゆっくりと
心の中に降り積もる



見慣れた街の風景に
探す 後姿

行き交う人は途切れないのに
あの頃と何も変わらないのに

見慣れた小さな影は
もう ここにあるはずもない



どうして急に想い出したんだろう
ふと 星の無い空を見上げた

巡り会い

朝に夕に
人は行き交い

巡り会うも
巡り会わぬも
ただ定めの命じるままに織り成す
縦と横の糸

春夏秋冬
繰り返す永遠の中で
芽吹くモノ
育むモノ
送るモノ

その全ては
森羅万象の刹那

昨日 巡り会った人と
今日 別れても
明日は又、誰かと巡り会うだろう

運命の名を借りて
人は生き
人は行き
人は逝く

巡り会いは織り成す人の縁

『頭隠して尻尾隠さず』

 こうなると猫だか狸だか判りませんね (^-^;

kotowaza-atamakakusite.jpg





『袋の猫』

 これもことわざ?
 まぁ? あまり堅い事は無しって事で (^o^)ゞ

 それにしても、すっかり熟睡中です。。。

kotowaza-hukuro.jpg





『猫ジャラでダヤンを釣る』

 釣るって言うよか
 ダヤンのナイスキャッチかな? (〃^∇^)o_彡☆

kotowaza-nekowoturu.jpg





『飼い猫に手を噛まれる』

 或る意味、飼い主の本望です (*^.^*)

kotowaza-kaineko.jpg





『寝る猫は育つ』

 まさに・・・ ヾ(´ε`*)ゝ

kotowaza-nerukoha.jpg


幸せのエッセンス

人生、山あり谷ありって言うけど
人がみんな
ドラマのような人生を送れる訳ではない


”平凡で退屈な時間”
”繰り返すだけの単調な毎日”

そんな時間の方が長いかも知れない


本当は
それはそれで幸せな事なのかも知れないけど
自分がその中にいると
なかなかそう素直には思えないよね


人は何処かで
いつも変わりたいって思っている

変わりたいって思いながらも
つい周りを見渡してみると
そこにあるいくつもの現実が自分を臆病にする

そして、
いつしか変わる事を諦めてしまう


でも、
心の何処かではいつもそれを後悔しているんだ

平凡な毎日を
不幸だって決め付けたりしてね


そんな時
自分が幸せになる為のエッセンスを
ひとつ持っていれば
それで結構上手くやっていけるものだよ

仕事を楽しくする為に
家庭を上手くやっていく為に
人との付き合いを円滑にする為に
しいては
人生を楽しく生きる為に

心に1滴振りかけるエッセンス


それは趣味だったり
同じ価値観を共有出来る人だったり
心に刻んだ言葉だったり

それは人それぞれだけど
何かひとつでも良いんだよ


ただ真っ直ぐに前だけ見て
歩き続けるのも良いけど
時には立ち止まって周りを見渡してみたり
意味も無く空を見上げたり
振り向いてみたり
或いは遠回りをして歩いてみたり
そんな風に過ごしてみるのも良いんじゃない?

そんな時間を
決して”ムダ”だなんて思わなくて良いんだよ

それがひとつのエッセンスになるかも知れない

そこに見つけたモノが
心に幸せを連れて来る事もあるんだからね


幸せになる為のエッセンスは
心にちょっとした余裕を持つ事で
その効き目は何倍にもなるものなんだ


なんだかなぁ?

ふと考えると
最近はとんと夢も見ていない事に気が付きました

いや
夢って必ず見ているらしいから
自分が覚えていないだけ?

これってもしかして・・・記憶力の低下?

老化?
いや、これはとりあえず否定しておこう!

感受性の欠如?

それとも
本当に夢を見ていない???

ん? どっちにしてもヤバい症状には違いない・・・



それにしても夢は不思議だね

いつかの記憶が夢に現れる事もあるし
心の中の願望が夢に現れる事もあるって言う
夢が何かを暗示している事もあるらしいし・・・

忘れたい事だって
忘れてしまっていた事でも
突発的に夢に出てきて
又、思い出してしまう事もある

忘れたくない事
忘れたくない人
せめて夢ででもと願っても
そう言う夢に限って見る事が出来ない

夢と知りながら
ただ現実を知らされるだけの時もある

人、街、時代とか
色んな思い出や想いがゴチャマゼになった夢でも
見ている時はちっとも変だと思わない

ただ
目覚めた時に
ふと無口になっている自分に気が付く事もある・・・



小さな頃の夢に
何故か大人の君が出てきたり

君の知るはずもない僕の街を二人で歩いていたり

それが現実ならどんなに良いだろうと思うけど

夢は夢

夢を見なくなったこの頃が幸せなのか不幸せなのか

でも、哀しい夢なら見たくない
見ないままで良いよ

いや
それでも
例え夢でも
見ていたいと思うのかな・・・

カマクラ遊び?

何が好きかって

猫の好きなモノ
好きな遊びはたくさんありますが


特にこれは大好きです

ごみ袋なんですが
袋を見ると入らずにはいられない猫族の習性

もちろん、ダヤンも・・・

kamakura-1.jpg



楽しい?
ねぇ、そんなに楽しい?

『にゃ?(なにが?)』  f(=^ o ^=)

kamakura-2.jpg



あらあら、すっかり寛いじゃって (*^。^*)

kamakura-3.jpg



作り笑い

愛想笑い
営業スマイル・・・

大人になると
作り笑いが上手くなる

それをしなきゃならない自分と
それを許せない自分の鬩ぎあいの中で
作り笑いだけが
いつしか一人歩きを始めていた

外に対して
内に対して
或る意味の防御行動だったのか

そして
それが当たり前になった頃
そこには
何も感じていない自分がいた

疑問も
肯定も無い

それは自分であって自分では無い
いや
そんな事すら感じていなかっただろうか

「円滑」
「調和」
「協調」
そんな大儀の元に掲げた御旗は
一度掲げると
中々そう簡単に下ろせるものではない

でも
もう良いかな・・・

少しだけ
肩の力を抜いて
まずは深呼吸をひとつ

50にもなった事だし

残りを数えて
しがみ付くよりも
繕う自分を卒業しよう

作り笑いを笑い飛ばすくらいの気持ちで無ければ
ここまで生きた意味が無い
これから生きる意味が無い

今までの20年、30年よりも
これからの5年、10年の方が
遥かに貴重なのだから

同じ笑うなら
心から笑おうか

今日のおまけ

寝ている隙に
次女が悪戯をしました

ハートの髪留めです


よほど眠たいのか
それでもダヤンは起きません (^-^;

kamidome.jpg



ダヤン、気付けよ?
遊ばれてるぞ (^-^;


『むにゃ・・・』 ウトウト(〃´`)?o○◯・・・

温度差

同じモノを観た時に
どんな風に感じるか
或いは
聴いた時にどんな風に感じるのか・・・

例えば
映画の感動的なラストシーンを観て
又は、主人公の台詞を聴いて
涙を流すのか
思わず噴出すのか
その事自体はそれほど問題では無い
一緒に同じ空間を共有している相手と
同じ方向にベクトルが向いてさえいれば
それはそれで同じ感性を持っていると言う事なのだから

所謂
相性が合っていると言う事なのだ

しかし
そこでお互いに
向いているベクトルの方向がズレていたとしたら
相手に対して
言いようの無い違和感を感じるだろう

そこで感じる温度差は
場合によっては
決定的な終焉を促す事もあるかも知れない

たった、それだけの事でだ

99%の好意も
1%の違和感から
全てがマイナスに転じる事も
そう珍しい事では無い

そこで一方が感じる温度差は
もう一方にしたら
「何をそんな事くらいで」
と思うだろう

しかし
そう思う事、それ自体が
事の重大さを認識していない証拠なのだ

一方は
その鈍感さを愛せるか否か
そして、もう一方は
その温度差を理解出来るか
そこがひとつの分かれ道になる

認めるか
諦めるか
許容出来るか
拒絶するのか

人が人に対する場合
その温度差をどう捉え
どう考えられるか

そこがポイントになる

相性の良し悪しを
もし補えるモノが有るとするなら
それは諦めか
許容する以外には無い

世間体
しがらみ

歴史

判断材料を何処に求め
何に探すのか
それは人それぞれの価値観次第

自分がどちらの立場になるのかはともかく
いつもそう言う事に気を配る事が
結果として人との繋がりを保つ事になる
それが傍から見て
良い事なのか
悪い事なのかは
それも別としてでは有るのだが・・・

ただ
そう言う事に気が付ける人でありたいと思う
ずっと、どうしようかと考えていたのですが・・・

とりあえず、市場調査(?)とばかりに
某有名家電量販店に視察に行きまして
色々と見比べてはいたのですが・・・

つい・・・
うっかり・・・?
その気になってしまい・・・

はい、買ってしまいました
デジタルカメラ (^-^;

カシオのエクシリムです

casio.jpg



もちろん、我が家にもデジカメは有ったのですが
最近は娘らも使うようになったので
なかなか家から持ち出す訳にもいきません


ふと、車を走らせてたり
街を歩いていると
「あー、このシーンをブログに使いたいなぁ?」
とかあるんです

ありますよね? ねっ? (笑)

なので
自分専用のデジカメが欲しいと
ずっと思っていたのです


今回の購入する際のポイントは

? ポケットに入れられる薄さである事
? SDカードが使える事
? 私のへそくりで買える事(笑)

今や1000万画素の時代に
今回のエクシリムは720万画素なのですが
まぁ、主体がブログなので
これでOkです

(いつもアップしている画像はかなり縮小しています)

SDカードも動画の録画を考慮して
2GBにしました

これで
そのうちにダヤンの動画をアップしたいなと・・・(^-^)v


ただね?
いかんせん、うちの奴に内緒で買ったので
(言えば又、色々と煩いので・・・
 自分の趣味以外にはホント理解が無いのです f(-.-; )
どうやって気付かれずに
ダヤンの動画を撮ろうかと・・・(笑)


まぁ、それはおいおいチャンスもあるでしょう!

と言う事で
みなさま、くれぐれもうちの奴にはご内密に・・・m(_ _)m

あっ、特に「長女A」に業務連絡!
もし、これを見ていたら・・・

わかってるね? (* ̄  ̄)b 



娘が号令をかけます

「ダヤン、ジャンプ!!」

jump-1.jpg




 わかるかなぁ? (^-^;
おーい!



俺は元気か?



何処へ行くつもりだ?

何をするつもりだ?



おーい!



大事なモノは何だ?

大切にしたいモノは何だ?



答えは何処にある?

頭か?

心にか?



答えは何処に探す?

昨日にか?

今日にか?

明日にか?





流れる雲は何も答えない

でも
空は答えを知っている



晴の日も有れば
曇りの日も
雨の日も有る

でも
空模様だけを気にしていたら
地上(ここ)に有る
大切なモノを見失うよね

時代の狭間で

さだまさし(グレープ)の「無縁坂」の一説

  ”運が良いとか悪いとか
      人は時々口にするけど・・・”

そう、確かにそう言う事ってあると思う

もちろん
他人の何十倍、何百倍も努力をして
成功をした人に対して
ただ
「運が良かったね」
とか言うのは失礼な話だと思うし
逆に
何も努力の欠片もしなかった人が
「運が悪かった」
と嘆くのを
同情したりは出来ない

しかし
それでも確かに
努力だけではどうにもならない事もある
そこに”時の運”が加わって
初めて為し得る事も多いのだ

歴史を紐解いてみても
その人が生きている間には
評価もされなかった例は多い

生まれた時代
生きた時代の中で
その時流に乗れるかどうかと言う事も
成功への大きな要因なのだろう

何十年周期で繰り返される時代の波は
バイオリズムのグラフのように
+と?を繰り返す

日本列島改造論で湧いた
高度経済成長期の過ぎた後に
私達の世代は社会人になった

団塊の世代よりは10年下になる

古き良き時代は知らないが
基本的な思考回路は
古き時代の末裔なのである
だから
私達の下の世代である
新人類の考え方にも馴染めず
さりとて
100%上の世代の考え方にも迎合出来ない

唯一の良い点は
流行や時代の技術
或いは思考形態については
新旧両方を許容出来ると言う事だろうか

時代のうねりの狭間で生きて身に着けた知恵
それが無ければ
とっくに時代の狭間に消えていただろう
その代わり
時代の逆風を一番まともに受けて来たのも
又、私達の世代だった気がする

楽観も出来ず
諦める事も出来ず
しらける事も出来ず

転んだからと言って
そこにずっと寝そべってもいられない

「貧乏性だから」って
少し苦笑いしながら

それでもただ、
ひたすら歩き続ける事しか出来なかった

大きな成功なんてしなかった
むしろ
紆余曲折はたくさんあった

後悔やメゲる事だってたくさんあった

それでも、へこたれる事だけはしないで
何とかここまで来た
 
  ”どうにかなるさ”
 
  ”何とかなるべ”

自分にそう言い聞かせながら
明日も又歩いて行くのだ




     世の中はいつも変わっているから
     頑固者だけが悲しい思いをする
     変わらない物を何かに例えて
     その度崩れちゃそいつのせいにする

     シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
     変わらない夢を流れに求めて
     時の流れを止めて 変わらない夢を
     観たがる者達と戦う為

       中島みゆき 「世情」より

ニュースのお勉強

新聞を読んでいたら
ダヤンがやって来ました

o(=・ェ・=o)=3=3=3=3=3=3

『ねぇ? 何、見てるの? ボクも見た?い♪』 σ(=^‥^=)

sinbun-1.jpg



これかい?
新聞って言うんだよ
世の中の色々な事が載っているんだよ

『へぇ?』

『・・・』 (=?。?=) ふにゃ?

『ねぇ、チホーノホウカイって何?』

sinbun-2.jpg



へぇ? 随分、難しいところを読んでるんだね
それはね・・・

『ねぇ、もっと読みたい!』 (=^∇^*=) にゃお?ん♪

おいおい、そこはもう終わりかい? (^-^;

sinbun-3.jpg



『これ、買い物だ?♪ ねぇ、何を買う?』 φ(゚-゚=)メモニャン

何って言ってもさ?

『あー! 見て、見て! ボクの好きなシーバが出てるよ♪
  ねぇ、買いに行こうよぉ?』 

♪ニャーニャー o(^‥^=o)~ o(=^‥^=)o ~(o=^‥^)o ニャーニャー

sinbun-tirasi.jpg



『早く、早く、ボクもう用意出来たよ?』

あらあら、随分おしゃれしたね (^-^;
でも、もうお母さんが買い物に行っちゃってるよ

sinbun-osyare.jpg



『・・・』

ガックシ・・・ (=;ェ;=) シクシク

心の中

少しだけ
心の箍を外してみよう


心を縛るモノが大人としての理性なら
心を操るモノが社会人としての詭弁なら
心を曇らせるモノが家庭人としての惰性なら
心を揺らすモノが人としての欲望だとしても


身体はここにしかいられないにしても
心には自由な羽が生えている

それに気付く事に臆病になってはいないか?
正直になる事に臆病になってはいないか?


空想は非現実だと諦めてはいないか?
妄想は非常識だと戒めてはいないか?
幻想は非日常だと嘲笑ってはいないか?


こんなに心は自由なのに
眼鏡を買いに行って来ました

もう随分前から
度が合っていなかったんです

遠くはともかく
新聞や雑誌を読む時
そして、何かを書く時とか
眼鏡を外さないと
視界がボヤけて
読めも書けも出来ませんでした _?(;_; ) マチガエタ


或る時の食事中
ふと、箸の先を見ていると
何本もの箸が見えました (|||_|||)

ピンとが合わないその箸の先を
じっと見ていたら
気持ち悪くなってしまいました(苦笑)

『そろそろやばいよなぁ?』

ずっと、そう思っていたんです


『そろそろ遠近かなぁ・・・』

覚悟を決めましょう(笑)


で、今日
行って来ました

ペ・何とかさんがCMやっている
某眼鏡ショップ


『どうせなら少しイメージを変えたいなぁ?』

何度か眼鏡を買い替えてはいますが
いつも悩んでは
結局、
あまり印象の変わらないモノばかりを選んでいました


『たまにはね』

そう思いながら
アレやコレやかけてみました


実際、眼鏡で印象はかなり変わります

眼鏡が遠近なら(笑)
せめて、
少しでも若く見えるような奴にしようか?

『よし!』 (⌒^⌒)b


最近の流行なのかなと
オリラジの慎吾クン風

ん? 似合いませんね? f(^-^;


一度はかけてみたいと思っていた丸眼鏡

頭の中ではジョン・レノンのイメージなのですが
私がかけると
鈴木ヒロミツ
はたまた明治の文豪みたい? (◎。◎)


フレームレス
黒セル
レイバン風・・・etc f(▼ヘ▼;)

色々と試してはみたのですが・・・


イメージを変えてみたいと思いつつも
仕事でかける事を考えてしまうと
どうしても果敢なチャレンジは出来ません


結局は今までと
あまり
見栄えが変わらないモノを選んでしまいました


本当なら
仕事用、普段用、レジャー用とか
TPOで眼鏡も
着替えが出来れば良いんですけどね

でも、そこまでは
なかなか大蔵省の認可が下りませんし(苦笑)


それより、やはり自分の性格かなぁ?
行動は見た目よりは
結構大胆なところもあるのですが
変なところで保守的なんですよね? (-ω-;)

A型的とでも言いましょうか(笑)


何かつまんないな
自分・・・ ε=(´・`) ふぅ

ありのままで

自分らしくいられたらそれで良いと思う


繕う事もせず
我慢もせず
飾る事もせず
ただ、
ありのままの自分でいられたらそれで良い


自然に
ただ、在るがままに
自分を表し
自分が自分である事を受け入れ
同じように周りを受け入れ
流れる水のように
風にそよぐ木の葉のように・・・

そんな風にいれたら
それが一番良い事なのだ


でも、
それを良しとしない自分もいる

何故なら
それは或る意味
人生を諦めたと言う意味に等しいのだからと
自分を正当化している自分


結果
心と裏腹に今日も繕う自分がいる


良い人だと思われたい
優しい人だと思われたい
非常識だとは思われたくない
ワガママだとも思われたくはない
社会人として
家庭人として
大人として
人間として

その為なら我慢もする


昔、子供の頃
倒れる事を考えて自転車の手放しなんかしなかった
転んで肘や膝を擦り剥いても
恐れなんか無かった


今は何を恐れているのだろう?


自分の事より
周りの事に気を配るのが大人になる事だと思っていた
周りの為に自分を繕い
我慢をし
それを自分自身への言い訳にして生きて来た


それは本当の自分だったのか?
それが自分のなりたかった大人だったのか?


でも
もういい加減良いんじゃないか?


言い訳も
正当化する事も
そろそろ止めても良い頃だ


人生を諦めていないからこそ
自分らしく生きる事に
一生懸命になっても良いではないか


欲しいモノが有るなら欲しいと言えば良い
やりたい事が有るならやりたいと言えば良い
それがありのままの自分であるなら
それも受け入れよう


人生は無限では無いのだから・・・

愛について

自分を愛すると言う事は他人を愛する事だ


自分を愛せない者に
他人を愛せるはずも無く
他人を愛せない者に
愛は降り向かない

自分を愛すると言うと
すぐナルシストだと言う話になるが
ナルシストは自分だけを愛する人なのだ


自分に正直でいると言う事は
多分、
他人に対して正直でいる事よりも難しい

考え過ぎるだけの人は
ただ臆病の種を蒔くだけで
収穫の喜びを知らずに過ごすだろう


他人を愛する事に正直な人は
第三者から見たら
時には疎ましくさえ思えるかも知れない

だが、それを出来る人は案外少ない


自分を愛すると言う事は
結局、他人を愛すると言う事なのだ

自分を大切に出来る人は
それ以上に他人を大切に出来るだろう
何故なら
大切にされる喜びを知っているのだから

愛の大切さを知っているのだろうから

エモノー!

遊びモードのダヤン

おやおや、何かを見つけたみたい

emono-hakken.jpg



『エモノー!』 

ダッシュ! o(=`ェ´=o)=3=3=3=3=3=3

emono-1.jpg



『マテー! ドコニイッタノダ?』 ヾ(=゚0゚=;)ノ

emono-2.jpg



『コイツー! コレデモカ! ガブッ!!』 ヽ(=^゚ω゚)^/

emono-3.jpg



『ヤッタ! エモノ、ゲットダニャ!』 d(=^‥^=)b

emono-4.jpg




おやおや、
さっきまで遊んでたと思ったら
いつの間にか寝てるのかい?

しかも、
なんだ?? ヾ(- -;)おいおい

その無防備な寝方は?
ダヤン、キミ 猫を忘れてないかい? (^-^;

emono-neru.jpg



どれどれ、
どんな顔をして寝てるんだい?

emono-neru-up.jpg


『ムニャ・・』 ( =´ρ`=)。o ○ (エモノー!)
ラジオで素敵な詩が朗読されていました

アメリカ人女性のローラ・ホートンさんが
息子さんを亡くした時の想いを
綴った詩と言う事でしたが
調べてみると色々な話が書かれていました

この詩が
9・11テロの追悼集会等で朗読された後
このテロで亡くなった29歳の消防士が
生前に書き記していた詩だと言う話が
ネット上でチェーンメールのように
勝手に全世界に流されたらしいのです

ノーマ・コーネット・マレックと言う
アメリカ人女性が書いた詩と言う事で
出版もされているようです

事の真偽はともかく
この詩は多くの人に
読んでもらいたい詩で有る事には間違いありません


wasurenagusa.jpg



  あなたが眠りにつくのを見るのが
  最後だとわかっていたら
  私はもっとちゃんとカバーをかけて
  神様にその魂を守って下さるように祈っただろう

  あなたがドアを出て行くのを見るのが
  最後だとわかっていたら
  私はあなたを抱きしめてキスをして
  そして又もう一度呼び寄せて抱きしめただろう

  あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
  最後だとわかっていたら
  私はその一部始終をビデオに撮って
  毎日繰り返し見ただろう

  確かに、いつも明日はやってくる
  見過ごした事も取り返せる
  やり間違った事も
  やり直す機会がいつでも与えられている

  「あなたを愛してる」と言う事は
  いつだってできるし
  「何か手伝おうか?」と声をかける事も
  いつだってできる

  でも、もしそれが私の勘違いで
  今日で全てが終わるとしたら
  私は今日
  どんなにあなたを愛しているか伝えたい

  そして私達は忘れないようにしたい

  若い人にも年老いた人にも
  明日は誰にも約束されていないのだと言う事を
  愛する人を抱きしめるのは
  今日が最後になるかもしれない事を

  明日が来るのを待っているなら
  今日でも良いはず
  もし明日が来ないとしたら
  あなたは今日を後悔するだろうから

  微笑みや抱擁やキスをする為の
  ほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと
  忙しさを理由に
  その人の最後の願いとなってしまった事を
  どうしてしてあげられなかったのかと

  だから今日
  あなたの大切な人達をしっかりと抱きしめよう
  そして、その人を愛している事
  いつでもいつまでも大切な存在だと言う事を
  そっと伝えよう

  「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や
  「気にしないで」を伝える時を持とう
  そうすれば、もし明日が来ないとしても
  あなたは今日を後悔しないだろうから

                  (訳:佐川 睦)



(注)この文章は2007年9月7日の
   私の旧ブログで掲載したものです。
   この詩を残しておきたくて
   再掲載しました。。。

               夢乃 咲道
あー!(  ゚ ▽ ゚ ;)

あれは何?
アライグマの尻尾が見えてる?!♪⌒ヽ(*゚O゚)ノ

doubutu-mikakkunin.jpg



こっ、これはっ!?
まさか・・・ツチノコ???(゚o゚)

doubutu-tutinoko.jpg



あー!

見て、見て!
こっちにはミミズクがいるよ!ρ( ̄∇ ̄o)

doubutu-mimizuku1.jpg



さすが、小さくても
トラは迫力あるね?!(゚0゚*)

doubutu-tora.jpg



あれっ?

この、見覚えのある手は・・・・・・( ̄  ̄;) うーん

doubutu-te.jpg



なぁんだ、
やっぱりダヤン?(^-^;

doubutu-dayan.jpg



『だからぁ? さっきから何?
  遊ばないでくれない? まったくもう・・・』(=`ェ´=)

嘘は罪?

他人を傷つけるかも知れない真実
他人を傷つけない為につく嘘



大人は子供に
「嘘はつくな」
と、正直の大切さを教える

しかし
大人の世界では
しばしば正論が通らない事も多い


会社の為、家族の為
例え
自己の主義主張と違う事にさえ
笑顔を装って苦渋の嘘をつく事がある


その意味で
正しい大人とは
”嘘の遣い方をわきまえている人”
と、言えるのかも知れない



その人の為を思ってつく嘘
その人の為よりも
ただ正しいと信じて言う真実



嘘も突き通せば
やがて真実になると誰かが言っていた
ならば
バレた時にのみ嘘は罪になるのか?

嘘も方便と言うのは
ただの詭弁か?
それとも
許される罪か?

突き通す嘘の呵責に耐えた時
自分の良心と引き換えに嘘は真実になる
そう言う事か?



正しい物、正しい事は真実であるが
真実が全て正しい訳ではない

真実も嘘も
全て心の中にある

もしも・・・

悲しい想い出の上から
 楽しい想い出だけを上書き保存出来るなら


悪い夢の上から
 幸せな夢だけを選んで上書き保存出来るなら


切ない気持ちの上から
 トキメク気持ちだけを上書き保存出来るなら


後悔だらけの人生の上から
 理想の人生を上書き保存出来るなら





そう思う事は有るけど
もしも、そんな人生だったなら
喜びも幸せも感じる事は出来ないだろう

充たされないモノが有るから
得る喜びを知る事が出来る

悲しみを知る事で解る喜びも有る
感じる幸せも有る


それに
上書き保存で書き換えたところで
自分の気持ちまではどうせ書き換えられない


後悔しても、やり直せば良いだけの事
間違っても、繰り返さなければ良いのだ

いや、よしんば
間違いを繰り返したとしても
上書き保存された
味気無い無味乾燥な1編のファイルよりは
多種雑多なファイルが多い方が
人生も深みが有ると言うものだろう


ひとつひとつ
記憶の中に名前を付けて保存をしておくのも
まんざら悪くは無い

魔法

誰もが小さい頃
一度くらいは
魔法が使えたらなんて思いましたよね?



空を飛びたい

動物と話がしたい

透明人間になりたい

大好物の食べ物が
いくら食べても無くならなければ良い

・・・なんてね


絵本を見たり
物語を読んだりしながら
あれこれ考える時間は幸せでしたね?

想像は無限の広がりでした



大人になって
現実を知り
挫折を味わっても
もう魔法が使えたらなんて考えませんでした

それが叶わない事を分かっているから・・・


でも、
ホントは大人にこそ魔法は必要なんです

”決して諦めない!
  望み続ければ必ず願いは叶う!”


そう心の中で呟き続ける呪文を
忘れない為に・・・

1歩


  「僕はずっと山に登りたいと思っている・・・でも、明日にしよう」
   おそらくあなたは永遠に山には登らないでしょう

             By レオ・ブスカリア



ただ、心の中で思っているだけでは
何も始まらない

自分が歩き出さなければ
何も起きない

1歩、歩き出す事が出来れば
後は何とかなる

何もする前から
その先の心配ばかりして悲観的になるよりも
少しくらい楽観的に考える方が良い

人生にはそのくらいの寛容は有るだろう


ただ、1歩踏み出す勇気が有れば良い

急いで走る必要は無い

途中で止まっても良い
しかし、止まり続ける事に慣れてはいけない

”歩”と言う字は
止まる事が少ないと書く

つまり
歩み続ける事
歩き続ける事が大事なのだ

しかし、逆に言えば
疲れた時は
少しくらい立ち止まって休んだって良いのだ
周りの景色に心を動かされたら
寄り道をしたって構わない

ゆっくりでも
とにかく歩いていれば良いのだ

そう思えば少しは気も楽になる
まずは、
初めの1歩を踏み出す事が全ての道に続く事になる

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