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夢の汽車に乗って エッセイ
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プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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私の黒猫理論

仕事中、町中を走っていたら
目の前を黒猫が横切って行った。

「おっ!これは縁起が良いぞ!
今日は何か良いことが有るに違いない!」


黒猫は不吉だと言う人がいる。
西洋では黒猫は魔女の使い魔だとか
死神の使いだとか言われていたりする。

あれっ?
死神の使いはカラスだっけ?

ま、まぁ~ともあれである。

私にとっては黒猫は縁起が良い動物なのである。


こんなことがあった。

あれはそう。私が大学二年生の頃の話だ。
私は春休みを利用して自動車の教習所に通っていた。

そして、卒業検定の日。

私はチャリに乗り意気揚々と教習所への道を走っていた。

「卒業検定に合格したら、いよいよ残すは学科試験のみだ。
 良し、頑張るぞ~~~!」

東京の三月は日差しも北海道とは違いけっこう暖かい。

「天気の良いし、絶好の路上検定日和だな」

私はスポーツカーのハンドルを握って
湘南辺りをドライブをする自分の姿を想像しながら
ハイテンションでペダルを漕いでいた。

「真夏の湘南、照りつける日差し。
 長い髪を風になびかせて助手席の彼女は微笑む。
 ん~最高じゃん!
 で、それから沈む夕日を二人で眺めながら・・・むふっ」

私の妄想も既にマックス・・・と、その時だ。

突然、目の前を黒い物体が横切ったのだ。

「ゲッ! く、黒猫じゃん! な、な、なんて不吉な・・・
 あぁ、もしかして俺、もう今日はダメかもしれない・・・」


しかし、落ち込む私の予想に反して
卒業検定はひとつのミスもなく
教官にブレーキペダルを踏まれることもなくパーフェクトに終了。

「あー、何とか無事に終わったな。良しパーフェクトだ!」

自信満々に気持ちを持ち直した私は
何気なくクセでもあるのだが、メガネに手が伸びた。

しかし。

「ん? アレッ? ない・・・アレッ? メガネは?」

焦る私。

「アレッ? もしかしてメガネをかけないで検定を受けた?」

何気なく教官から渡された履修用紙に目をやった。
すると、そこには・・・

氏名:○× □△
免許条件:眼鏡使用

と、しっかり書かれていた。

「や、やばい・・・メガネ、忘れてた・・・
 これが黒猫の呪いだったのか・・・もう、ダメだ・・・」

と、思いきや!

な、なんと!

検定は一発合格!

「なんだ、黒猫って全然縁起が悪くないじゃん!
 いや、むしろ検定がパーフェクトだったのは黒猫のおかげ?」

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの逆って訳じゃないけど
結果が良けりゃ黒猫も天使・・・みたいな?

「黒猫クン、ありがとな!」


それ以来
私にとって黒猫は幸運を運んでくれる動物になったのだった。


因みにだが。

目の前を横切る猫が
黒猫なら縁起が良い。私に幸運をもたらしてくれる。
白と黒の色合いが半々の猫なら幸運の確率は二分の一。
三毛猫なら・・・幸運の確率は三分の一?

残念ながら
未だに三毛猫に前を横切られたことはないので
実証された訳ではないのだが
私は勝手にそう思い込んでいる。


で、今日。
まさに全身真っ黒な猫が私の目の前を横切って行ったのだ。

しかも
頭の先からしっぽの先まで全身が艶々な特上の黒猫だったのだ。
これはもう絶対に幸運が来ない訳がない。

「おっ! これは今日絶対に良いことが有るはずだ!
そうに違いない! うん、間違いない!
うふっ、で・・・何だろう?
会社の帰り道に百万円を拾うとか?
バスを待っていたら美人のお姉さんに声をかけられるとか?
コンビニで千円札で払ったら一万円札でお釣りをくれるとか?
うふっ、むふふ。なぁ~にっかなぁ~ルンルン」

溢れ出てくる期待の渦。
こぼれ落ちる妄想の渦。
隠しきれない願望の渦。

「男のロマンだわ~! むふっ」


が、しかし・・・

意にも期待にも反して何事もなく一日が終了。

「えっ? あれっ? なんで???」


釈然としない気持ちで
いや、むしろ何かとてつもなく損をしたような気持ちで
ベッドに潜り込んだ私に天の声が聞えた。

『何もないのが一番良いことなんじゃよ』


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分岐点

人生には幾つもの分岐点がある



時に
ひとつは僕を誘惑し
又ひとつは僕を拒もうとする

時に
ひとつは僕の名を呼び
又ひとつは僕が呼んでも答えない

時に
ひとつは明日の夢を語り
又ひとつは堅実な明日を語る

時に
ひとつは哲学者が導こうとし
又ひとつは詩人が導こうとする

時に
ひとつはいにしえより人々が踏み締めた道で
又ひとつは荒野の如き道無き道

時に
ひとつは
「こちらを進むのが運命」だと言い
又ひとつは
「こちらこそが歩むべき宿命だ」と言う

時に
ひとつは僕を急かし
又ひとつは僕に焦るなと言う



幾つかの分岐点を越えては又、分岐点に出会う

人生はその繰り返し


例え
その選択の結果に後悔をしても
二度と戻ることは出来ない

だが、刹那的になることもない

後悔と引き換えに人は学ぶものだから

払う代償が多ければ多いほど
人はそれだけ経験を重ねることになる

そして

歩き続けてさえいれば
又、その内に何処かの分岐点に辿り着く



右にするか?

左にするか?

どっちにしても進むしか道はない

そして 

正解は誰にも分からない

だから
確かに迷うこともある
悩む時もある

しかし

分からないことに
いつまでも悩んでいても仕方がない

最後は自分を信じて決断をすればよい


恐れる事はない
そこから続く道はまだ幾つもあるのだから


とある私の主張

今、私は声を大にして言いたい!

そう、確かに男はすべからく変態だ

それは認めよう

だがしかし!

ほとんどの男は
多少の差こそあれ
それはあくまで
健康的な変態であって
決して陰湿な変質者ではない!

健康的な変態と変質者を一緒にするでない!

フェチ=いやらしい=変態だと?

ノンノン!

フェチだって良く言えば拘りだ

拘りのない奴に人生を語れるか?

語れまい?

オタクと言うと
女性はすぐに顔をしかめるが
オタクだって矛先が勉学なら末は学者だ

ノーベル賞なんかは
みんな数学オタクだったり
物理オタクや医学オタクだったりが
高じて学者になった人が取っているじゃないか?

世間一般の大概の男は
確かにそこまでは極められてはいないが
健康的な変態としてまっとうに生きているのだ

フェチ万歳!
オタク万歳!
妄想族万歳!←どさくさ?


あれっ?

これ、そこの!

何故にそんな目で私を見る?




   オホン!




更に私は声を大にして言いたい!

そう、男ほど未練たらしい生き物はいない

確かにそこに反論の余地はない

私だって思う

「めめしい」は「男々しい」と書くべきだと
「女々しい」は「おおしい」と読むべきだと

だがしかし!

それこそが男の優しさなのである
情の深さと言っても良いだろう

女のように
あっちからこっち等と
要領良く
切り替えが出来るようには出来ていないのだ

神が女に与えし特殊能力
<どんな痛みをも忘れる事が出来る力>

そんな特殊能力も与えられる事もないまま
神代の昔から
男は狩りにと外に出て命がけで働いてきたのだ

せっせせっせと

家でチップスを頬張りながら
寝転がってワイドショーを観ている妻や
親父の言う事など
てんで聞かない生意気な小娘達の為にだ

あー、男って何て健気




そこで私も声を大にして言いたい!

そう、確かに私は妄想族だ

それは自他ともに認めるところではある
自分で言うんだから間違いもない

だがしかし!

私はただ妄想をしている訳ではない

もちのろん
それは被害妄想などではない

誇大妄想狂でも・・・たぶん、ない

<妄想を文字にする事こそが私の使命なのだ!>

と、思ってるところからして
既に妄想かもしれないが?

いやいや!

なんのなんの!←落としといて自分で立ち直るの図

時には妄想の度は過ぎるにしても
時には現実逃避としか見えないにしても

今こそ私は胸を張り声を大にして言おう!

妄想が文化を作ってきたのだ!
妄想が芸術を高めてきたのだ!
妄想が科学を発達させてきたのだ!

えっ?
<想像>の間違いではないのかって?

いやいや!

そんな話は私は聞いてはいない!

ともかくだ!

妄想無くして人類の発展、進化はないのだ!



(ここで万雷の拍手)

読者衆のスタンドオベーションに
立ち上がって両手を振って応える私
鳴り止まぬ拍手の中
右に左に笑顔で何度も何度も手を振り応える私

あー、気持ち良い♪


   か・い・か・ん


だから妄想は止められないのだわ

さっ、スッキリしたところで寝るとしましょ♪


言い訳

現実として

社会の中では<真実>を話すことが
全て相手の為になるのか?

と、いうと
必ずしもそうではない場合もあります


”嘘も方便”
と、いう言葉もあるように
時には
敢えて<真実>を話さない方が
相手にとって良い場合もあります


<真実>が相手の心を開くこともあれば
<嘘>が相手の心を
癒したり慰めたりすることもあるのです



それでは

<言い訳>
と、いうのは
全部が全部<嘘>なのでしょうか?

少しは
<真実>なのでしょうか?

それとも

あくまで
単に自分に都合の良い<詭弁>なのでしょうか?



”誤解を解きたい場合”
”謝りたい場合”
或いは
”自分を正当化したい場合”

私達は<言い訳>をします

そしてそれは
”相手の為”と、言いながら
実は”自分の為”だったりします


逆に
相手の<言い訳>を言い訳だと解っていて
それでも敢えて逆らわずに受け入れたりもします

それは優しさなのでしょうか?
それともただの臆病なのでしょうか?



失敗をした時の言い訳

時間に遅れた時の言い訳

それは自分を繕う為の<言い訳>



ちょっとしたケンカの時の言い訳

別れる時に使う切ない言い訳

それは多分
相手を傷つけない為の<言い訳>



<嘘>は時々
潤滑油になったりもします

あくまで時々ですが・・・


なら、<言い訳>はどうなんでしょう?



<言い訳>と<嘘>

あなたなら
どっちを許せますか?

”相手を思いやった結果”という前提を付けたら
それらは許されることになるでしょうか?


それとも

どんな言い方をしたとしても
<言い訳>も<嘘>も
相手をごまかすという点では同じです

やっぱり、どちらも許せないでしょうか?


皆さんも身に覚えはあると思いますが
いや、覚えがあるはずですが?


「なんで免許証の写真ってこんな酷い顔なんだ?
 これじゃ、極悪人の指名手配写真じゃん!」

「どうして、もっと可愛く写らないの?
 これじゃ、ビフォー・アフターのビフォーだわ!」


良く聞く免許証写真のアルアルですが
それって本当にアルんですね。


身を以て実感至極!?(笑)

menkyosyo-330.jpg


それでも、敢えて曝したのは
10数年ぶりのゴールド免許証がよほど嬉しかったから?(笑)


境目

物事の間には様々な境目がありますね。


歳を重ねてきた今
私が気になっている境目はというと・・・



単なるもモノ忘れと惚けの境目。

それは何?

それは何処?

今、私がいるのはどっちなんでしょうか?



ドラマやCMを観ていて。

「アレ? この女優さんの名前は何だっけ・・・?
 えーっと、そうそう! あれ・・・アレッ?」

喉まで<答え>が出かかっているのに答えが出てこない。
そんなことってありませんか?

或いは、何回覚えてもすぐに忘れてしまう。
そんな覚えにくい名前とかありませんか?

いや、特に難しい名前とか言い難い名前って訳ではないんです。

ごく、普通の名前のはずなのに何故かいつもソレが出てこない。

まぁ、確かに逆に難しい名前の方が
特徴があるという意味では覚えやすいのかもしれませんが。

もしかして、相性の問題なんて思ったりもしますが
そんなことはきっと無いですよね。

あったら逆に素敵?

いやいや、本当に不思議です。


覚えられないのと忘れるというのは違いますね。

と、すると
幸いにも私はまだ惚けている訳ではない?


覚えられないと言えば私が苦手なのは二択です。

選択肢が三個とか五個だったり
例え十個でもそれぞれに区別が付けられるのに
それが二個だといつも
どっちがどっちだったか途端に怪しくなります。

人の名前、モノの名前だとか事の意味だとか。

別にそれらが似ているからというのとも違います。

例えば「なまこ」と「なめこ」を間違えることはありません。
「ブロッコリー」と「カリフラワー」だって間違えません。
「きゅうり」と「ズッキーニ」は・・・
もしかしたら遠目に見たら間違えるかもしれませんが?


脳科学者にでも訊いてみたら
きっと、それらの原因は簡単に解明するのかもしれませんが
他人にそんなことを言われてもねー

昔の人は写真を撮られると魂が抜かれると思っていたのだとか。

それとは違うでしょうが
私にすれば自分の脳を他人に解明されたら
ついでに私の妄想まで解明されそうで、それが怖い?


結局は何だかんだと言いながら
私の中の私的境目論争はいつも五里霧中です。

までも、当事者はいつも私だけなので
誰に支障がある訳でもないでしょう。

女優さんの名前を覚えられなくたって顔は分かります。
少なくとも私の生活には何の影響もありません。
二択で間違えたって他人に迷惑はかけないでしょう。
名前の場合は相手に失礼には当たるかもしれませんが
私には必殺の平身低頭平謝り作戦があります。


それに、何でも解明されたら良いというのは違いますよね?

世の中、少しくらいはミステリアスな部分が有った方がねー
まぁ、楽しいじゃないですか。



って、今日は何の話でしたっけ?

えっ?

タイトルから話が微妙に外れまくってる・・・ですって?

ま、まぁー
タイトルと中身が少しくらい違ってたってねー
世の中、少しくらいはミステ・・・

いやいや、実は単なる接続「ミス」だったりして・・・?


いよいよ9月になりましたが
この時期は
まだまだ夏だったり秋の入り口が見えてきたりとか
きっと地域によって感じ方も違うんでしょうね。

そんな時期ではありますが
熱い話は暑いうちに?
と、言うかどうかはともかく
何年かに一編書いている「男と女」シリーズを今夜は。

まぁ、熱いのも男と女。
暑苦しいのも男と女?
そしてまた、寒気がするのも・・・あっ、いやいや(笑)




好意を持っている男に対して女は言う。
「いつまでも少年のような心を持った人って素敵」

好意を持っていない男に対して女は言う。
「良い歳をして子供っぽいのってバカじゃないの」


好意を持っている女に対して男は言う。
「いつまでも少女のままの心でいて欲しい」

好意を持っていない女に対して男は言う。
「良い歳をしてブリッコしてんじゃないよ」




とある調査によると

男は女性と付き合った経験が皆無であっても
「俺は3人の女と付き合った事がある」と見栄を張り
女は例え10人の男性と付き合った経験があっても
「本当に付き合ったのは1人だけよ」と答えるんだとか。

又、別の似たような調査では

男の自慢話は10%の事実と90%の見栄で出来ている。
女の噂話は1%の事実と99%の無責任さで作られている。

男は他人の自慢話ほどつまらないモノは無いと思う。
女は他人の噂話ほど面白いモノは無いと思う。

なので
男の自慢話は周りには広まらないが
女の噂話は際限なく広がるし
その都度
元ネタが解らなくなるくらい内容がエスカレートする。




男は何でもすぐに話したがる。
女はそもそも本当の事ほど話さない。




男のプライドは
他人を守る為に神に与えられた。

女のプライドは
自分を守る為に自分で身に付けた。




愛する人を前にした時
男はこれが最後の恋だと思い
女はこれが初めての恋だと思う。




男はいつも自分の行動に酔い
女はいつも自分の言葉に酔う。




男にとって女は哲学の対象であり
女にとって男は心理学の実践の場である。




犬と猫の違いについて読んだ中にこういうのがあった。

犬は思っている。
「この家の人達は餌をくれるし愛してくれる。
 気持ちの良い暖かい住処を提供してくれるし
 可愛がってもくれるし良く世話をしてくれる。
 この家の人達は神に違いない! 」

猫は思っている。
「この家の人達は餌をくれるし愛してくれる。
 気持ちの良い暖かい住処を提供してくれるし
 可愛がってもくれるし良く世話をしてくれる。
 自分は神に違いない!」

男はしばし犬に例えられる。
女はいつも猫に例えられる。




女は男に問う。
「私と仕事とどっちが大切なの?」
男は答える。
「もちろん、君さ」
でも、女は言う。
「嘘ばっかり」
男は当然それを否定する。
「嘘じゃないよ。本当さ、俺の目を見てくれ!」

ここで「仕事」と答えるほど男はバカじゃない。
嘘でも「君だ」と答える。
だが、男は余計な事を言い過ぎる。

「俺の目を見てくれ!」だって?

最悪だ。

女の直視に
まともに耐えられるほどの度胸を持っていない事を
男は言った後で気が付く。

「あなた、何処を見ているの?」
「いや、君の美しさが眩しくて、つい・・・」

言えば言うほど男の目は泳ぎまくる。

「ちゃんと私の目を見て答えてよ!」

嘘のプロに通用する嘘をつける男なんてそうはいない。

大概の男は
女が根掘り葉堀り訊けば訊くほどいとも簡単に墓穴を掘る。




男への教訓。

嘘を付く時は女の眼を見てはいけない。
そして、何よりも喋りすぎてはいけない。


女への教訓。

男の言動が怪しい時は黙って男の目を見るべし。
100個の責めの言葉より沈黙の方が男には遥に効果的である。



終わらないモノ

『ディズニーランドは永遠に完成しない。
 この世界に想像力が残っている限り成長し続ける』

と、テレビのCMでやっていた。

つまり、夢の国には完成も終わりもないのだ。





と或る土曜日に庭の雑草取りをした。

小さな庭とはいえ
立木や花々の隙間に紛れて
知恵者の雑草は身を隠すように
或いは、大事な花に根を絡ませ成長と拡散を続けている。

どんなに頑張って根絶やしにしようとしても
そう易々と取り切れるものではない。

それでも何とか半日かけて頑張ってみた。

「よし、大体は終わったかな。
 後、細かい所は次の休みにしよう」


そして、次の土曜日。
私は又、意気揚々と庭に出た。

が、しかし。
そこで私は目を疑ったのだ。

「な、なんで!?」

先週取り残した雑草は更に生長を続け
キレイにしたはずのところでは
又、雑草群が新たな芽を吹いていた。


立ちすくんだ私はふとテレビのCMを思い出していた。

そして、思った。

「そうか、我が家の庭はディズニーランドなのかもしれない」



帰省

お盆とは

「亡き人の霊、ご先祖様の霊を迎え
 感謝と共に過ごす」

古来よりの良き風習ですね。



故郷に帰省している人。
帰省出来なかった人。
帰省しなかった人。

それぞれ都合もあるし
何よりそれぞれの生活があります。
なので
一概にどうしたからどうだとは言えません。

故郷で墓参りをするのも
離れた街にいて心の中で手を合わせるのも
そこに気持ちがあれば
形に拘ることもきっとないのでしょう。



普段はいい加減で
無宗教を公言してはばからない私でさえ
この時期は少しだけ愁傷な気持ちになります。

本家のお墓の近くに住んでいた小さかった頃は
毎年、親に連れられて先祖のお墓に参っていましたが
その土地を離れて暮らすようになってからは
先祖のお墓とも疎遠にしていました。



二十数年前に母親を亡くして
実家のある街の近くにお墓を建ててからは
実家に寄りながら
また、毎年お参りに行くようになりました。

そして数年前
父親を亡くした時に私は帰る実家も失くしました。

お墓の在る街にはもう住むことはないでしょう。

しかし

変な話かもしれませんが
言ってみれば
今は<そこ>が私の実家になったような気がしています。



今年もお墓参りに行って来ます。


「おやじ、おふくろ。
 今年もみんなで来たよ。ただいま。」



物事には始まりと終わりがある

始まりがあれば終わりは必ずやって来る

そして

終わりがあるから
また、新しい始まりがある


人生とは
そう言うモノなのだ


特に男と言う動物は安定が苦手な生き物だ

ひとつゴールにたどり着いたら
休む間もなく
また、新しいスタートラインを探してしまう


男と言う種のDNAがそうさせるのか?

狩猟本能がそれを求めてしまうのか?

それは
男自身、分かってはいないのだ


ただ、常に何か始まりを探して生きていく

男とはそういう生き物なのだ


そこに理由はいらない





「んー、パソコンの36回ローンも終わったし
 新しいのに買い換えようかなぁー
 又、ローンだけど・・・
 いや、まてよ!
 車ももう10年以上乗ったし18万kmも走ったし
 ここは車が先かな?
 もちろん、ローンだけど・・・
 いや、それよりも・・・
 んー、どうしよっかなぁー」

<あぁーた! いい加減にしてよ!
 せっかくローンが終わったんだから
 しばらくは大人しくしていて頂戴!!!>





男は常に何か始まりを探して生きていく

だが、それは女には永遠に理解はされることはない



男は常に何か始まりを探して生きていく
そこに理由はいらない

だが、女は理由を付けようとする
男にそれを止めさせる理由を



男は常に何か始まりを探して生きていく
それは理屈ではない

何故なら
理屈では到底、男は女には敵わないことを
男自身も知っているから
だから
敢えて理屈は付けない・・・だけ





<ジロッ!> ←上から強く睨み付ける時の♀の”形容詞”

「は、はい、大人しくしていますです・・・
 はい・・・すんません・・・」



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