Neko

夢の汽車に乗って 今日の名言

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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ルール

大事なルールほど、
法律では決まっていないのよ。


 伊坂幸太郎 『モダンタイムス』より




例えば
他人に対して優しくすると言う事


例えば
相手を思いやる気持ち


例えば
相手を尊敬したり尊重すると言う事


例えば
相手に感謝をすると言う事


例えば
間違っていたら謝ると言う事


例えば
人を愛すると言う事


例えば
誠実であると言う事


例えば
人間として持つべき勇気



それらがもし
法律で決められていたとしたら
人間が人間として生きる価値も無くなってしまうだろう


どんなルールを心の中に持って生きているのか

法律に縛られないところで
その人の人間性は問われている



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沈黙は金か?

「今は黙っていた方が良いかな」

そう思う時は


”言ってもしょうがない”

”言うのも面倒”

”言わない方が得策”

”余計な事は言わないでおこう”

”言うと話がややこしくなりそうだ”

”ちょっと様子を見てからにしよう”

”言い返すと火に油を注ぐ事になりそう”

”今は黙って見守ろう”


そんな風に

相手に対して冷めたり諦めてしまっている場合

周りの状況を冷静に考えて判断する場合

関わりたくない場合

相手を尊重して見守る事を選択する場合、等


状況や相手によってニュアンスは変わるが

良くも悪くも黙っている事を選択する時だ



「黙る」と言う事を

上手く出来る人もいれば

出来ない人もいる

どちらも器用に使いこなせる人もいるだろう

(要領が良いとも言うが・・・)



対人間同士としての

”コミニュケーション”と言う事を考えれば

当然、話し合ってこその人間同士となるのだけど

場合によっては

「黙る」と言う事も

事情とタイミングと相手によっては

ひとつの選択肢かもしれない


正論で言えば

相手に対して沈黙すると言う事は

逃げだと捉えられるだろう


何より

会話が弾めば、もちろん楽しいし

それだけ相手を知る事も出来る

新しい一面を発見出来るかも知れないし

そしてまた

相手を通して違う考え方を知る事は

自分にとっても有益な事になるのだから



でも

例えば、お互いの言葉がぶつかってしまうと

それは争いの種にも成りかねない


時として

言葉を使うが故に感情的なってしまうのも

それもまた人間である


議論の最中に

どちらかが感情的になってしまうと

最早それは議論ではなくなってしまう



そんな時に

沈黙を上手くクッションのような使い方が出来れば

それ以上、状況を悪化させないで済むかもしれない


ただ

それは言う程、容易い事ではないのだが・・・






『雄弁は銀、沈黙は金』

雄弁は大事であるが
沈黙すべき時やその効果を心得ているのは
さらに大事である

沈黙を守るほうが
すぐれた弁舌よりも効果的である場合もあるのだ

(トーマス・カーライル:イギリスの思想家・歴史家)




あ・ぶ・な・い

車を運転していると
たまにヒヤッとする事がある

危うく事故をま逃れた後で
心臓がバクバクしたり
背中が汗でジトッとなったりする

『あー、危なかった・・・』



でも、そんな事なら
ただ「危なかった」で済むんだけど


これが対人間だとそうもいかない


相手の気持ちの変化に気がついた時は
もう既に遅いって事がままある


そして

一度、変わった相手の気持ちを元に戻すのは
初めて相手の気持ちを
こちらに引きつけた時よりも遥かに難しい


僕達はその事を
いつも覚えていなければならない




その不用心なひと言

その無神経な言い方

その無遠慮な態度

その安心しきった対応



あっ、あ・ぶ・な・い!!!




”本人はきっと
 危ないところだったなんて
 気づいてもいない

 そんなこと、気づく人はいないか

 危ないところを逃れたなんて
 たいてい気づかない

 気づくのは
 逃れられなかった時だけだ”

 *『青空のむこう』アレックス・シアラー



一歩

「僕はずっと山に登りたいと思っている・・・
 でも、明日にしよう」

 おそらくあなたは
永遠に山には登らないでしょう


 By レオ・ブスカリア
 (*米国の教育学者
   著書に『葉っぱのフレディ』等)





ただ、心の中で思っているだけでは
何も始まらない

自分が歩き出さなければ
何も起きない

1歩、歩き出す事が出来れば
後は案外何とかなったりする


何もする前から
その先の心配ばかりして悲観的になるよりも
少しくらい楽観的に考えるのが良い

人生にはそのくらいの寛容は有るだろう


ただ、1歩踏み出す勇気が有れば良い

急いて走る必要は無い

途中で止まっても良い
しかし、止まり続ける事に慣れてはいけない

”歩”と言う字は
止まる事が少ないと書く

逆に言えば
疲れた時は少しくらい
立ち止まって休んだって良いのだ

ゆっくりでも
とにかく歩いてみれば良いのだ


そう思えば少しは気も楽になる

まずは
初めの1歩を踏み出す事


全てはそこから始まる。。。



スイスの思想家であり法学者であった
かの「幸福論」の著者カール・ヒルティの言葉

「寝床につくときに
 翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である」




そうであるなら・・・


”明日の朝は夜更かしをした事を
 又、後悔するんだろうなぁ?”

と思いながら
それでもブログを書いている私って・・・?


いや、でも

明日
誰かがブログを読んでくれるかも知れないって事を
書き手として
楽しみにしていると言う点では

やっぱり、幸福と言えるのかな?



ブログを書く事と
翌朝の後悔を秤にかけるのは天秤座が故


でも
どちらが重たいかなんて
それは初めから分かっている


だから今夜も秤の皿に又ひとつ分銅を乗せてみた


もしかしたら
明日の朝は
夜更かしを後悔しないかも知れないじゃない?



例え
後悔をしたとしても

それでもまた明日の夜になれば
懲りもなく
またブログを書いているに決まっている





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