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夢の汽車に乗って

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


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地球温暖化などと言われて久しいですが
確かに、昨今の日本を見渡してみても
気候区分がワンランクアップしている気がします。

私が昔
学校で習った気候区分だと
北海道は亜寒帯で
本州から九州までが温帯
で、沖縄が亜熱帯だったはずですが
ここ数年来のゲリラ豪雨や台風の集中豪雨などを見ると
熱帯地方のスコールを遥に凌ぐ感じすらします。

ここ連日のニュースでは
本州は猛暑日続きで熱中症患者が続出だそうですね。

熱中症で亡くなる人のニュースも増えているように思います。

日本の夏って、こんなでしたっけ?


そう言えば
最近は北海道のお米が美味しくなったと良く聞きます。

これが温暖化による好影響だとするなら
最早、北海道は亜寒帯ではなく
温帯域に入ったという証なんでしょうか?

後、10年もしたら
日本におけるハビタブルゾーンの境界線が津軽海峡だ。
なんてことになったりして???


カロリーベースでの食糧自給率をみると
日本全体だと40%を切っていますが
北海道だけに限ると食糧自給率は200%です。

それが、さらに我が十勝国だけに限ってみれば
脅威の食糧自給率1100%なんだとか!?

温帯になることで
これからますます北海道の農業は盛んになるでしょう。

しかも、北海道にはたくさんの土地があります。

みなさん!

外国の方に買い占められる前に
北海道の土地を買って移住しちゃいましょう!


北海道にはみなさんの嫌いなゴキちゃんもいません。

(一部、存在説もあるようですが
 少なくとも我が十勝国にはいません)

北海道には元来、毒ヘビさんもいません。

(一部、存在説もあるようですが
 少なくとも我が十勝国では耳にしていません)

北海道には凶暴なウリちゃんもいません。

(その代わり、凶暴さではツキノワグマを凌ぐらしい
 ヒグマさんはいますが・・・)

北海道には畑を荒らしたり人間を襲うようなおサルさんもいません。

(最近ではアライグマさんが野生化しているようですが
 まぁ~可愛いもんじゃありませんか、見た目は・・・)

確かに、北海道でも30℃にはなりますが
何と言っても朝晩は20℃前後です。

夜、寝苦しいなんてことは・・・滅多にありません。

ほらっ!

北海道ってば
なんて住みやすくて良いところなんでしょ!

ねっ?

そう思うでしょ?

あなたはだんだんそう思うようになってきた・・・でしょ?

みなさん!

住みにくくなった本州を諦めて北海道に移住しちゃいましょ!

そうじゃなきゃ北海道は日本から独立しちゃいますよぉ~

ほらっ、だんだん焦ってきたでしょ?

えっ?

全然・・・ですか?

よし、判りました!

北海道は独立します!!!

「北海道国、初代大統領はこの俺様だぁ~~~!」



ジリリ、ジリッ、ジリリリリリリリ・・・



へっ?

な、なんだ?

朝?

もしかして・・・夢???

こんだけ暑けりゃ、こんな突拍子もない夢も見るわなぁ~

それにしても

あ、あ・つ・い・・・

『北海道人殺すにゃ刃物はいらぬ。
 30℃が三日も続けば良い』

確かに・・・


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足跡

歩いてきた道は
どんな道も、どんな足跡も
それは全て自分の人生です

その途中の足跡が
例え気に入らなくても
例え後悔でしかなかったとしても
そこだけちぎって捨てる事は出来ないし
何よりそれは
今の自分を否定する事になります



自分が歩いて来た道の中で
望んで付けた足跡
図らずも付いてしまった足跡

覚えているのはどっちが多いでしょう?

本当は付けたかったのに
付けられなかった足跡もあったでしょうね



捨てる事は確かに出来はしないけど
だからと言って
無理をして忘れる事も無いし
無理をして覚えている必要もありません

時間が解決してくれる事もあれば
解決してくれない事だってあります

でもそれは人生の最期の時まで
宿題として持っていたら良いんです

今は前だけ見つめれば良い

囚われ過ぎないのであれば
時々、後ろを振り返ったって良い

立ち止まって空を見上げる日があっても良い

これからどんな足跡を付けて行くにしても
それがあるがままの自分の足跡なら
それで良いんだよね、きっと


13日の金曜日考

思えば

あの日も13日の金曜日でした

中学の卒業を控えて決死の覚悟で
片思いのあの娘に生まれて初めてラブレターなるものを出しました

同級生のほとんどは
地元か地元に近い高校に進学を決めていたのですが
私は遠くの高校に進学が決まっていました

なので

卒業までが勝負だったのです

もちろん

あの当時「13日の金曜日」なんて言葉など知りませんでした

もし

13日の金曜日なんて言葉を知っていたら
そんな暴挙はしていなかったでしょう

そうです

その通りの結果でしたから ←いわゆる玉砕ってやつですね?



大学2年の春休み
運転免許証を取る為に自動車学校に通っていました

あれは本試験の日

自転車をこいで試験場に向かって走っていたら
目の前を足早に横切った黒猫が道路を渡った途端
こちらを振り向きニヤリと笑いました

「なんだ、あいつ?」

大して気にも留めずに私は試験場へと向かいました

いよいよ自分の番が来て
試験車に乗り込んでバックミラーを見た瞬間
私は自分の顔の違和感に気がつきました

そうです

眼鏡使用の条件付な私の顔には何処を見ても眼鏡がありませんでした

まぁ、何故かそれでも受かりましたが・・・何か?



13日の金曜日がどうたらとか
黒猫が目の前を横切ったらなんちゃらとか
良く言われていますが

考えたら我が家は仏教徒

私にはあまり関係無いことなんですよね

もちろん

ヒンズー教徒のあなたやイスラム教徒のあなたは・・・

オホン

その辺はどうなのか定かではありませんが

敬虔なクリスチャンのあなたは信じた方が良いかもです

キリシタンのあなたは・・・

あれっ? 何処にいますか?

もう隠れてなくて良いんですよ





何の話でしたっけ?



ともあれ

今日は13日の金曜日な訳ですが



良いことがあれば
そうでないこともある

そうです

それが人生

いわゆる

ケセラセラ?



気にすれば気になるし
気にしなければ気にならない

人間だもの・・・ん?

何処かで聞いたことがありますか?

いやいや

そこは気にしない気にしない!

気にし過ぎは病の元ですからね



さてさて

そんな訳、こんな訳で ←意味が判りません



3連休前の13日の金曜日

連休への楽しい序章となるのか?

はたまた

連休前に立ちはだかる壁になるのか?



例え、どんな日になったとしても
24時間経てば日は変わります

そう思えば少しは気が楽になりますよね

脳天気で申し訳ありませんが
そんなことを思う今日この頃です


大雨被害に遭われていらっしゃる方々に対して
心よりお見舞いを申し上げます。


そんな中、真に恐縮ではありますが
毎年7月7日恒例の七夕ストーリーを
ホームページ「夢の樹舎」にアップしました。

単なる徒然話

六月ももうすぐ終わりですね。


「あー、これで梅雨が終わったら夏だなぁ~」

とか

「あぁ、何もしていないのにもう一年の半分が終わるんだ」

とか

もし学生なら

「夏休みまで後何日学校に行かなきゃならないんだろ?」

とか

会社勤めでもしていたら

「もう第一四半期が終わるんだな。頑張らなくちゃ!」

とか

様々な人が様々な思いで同じこの時を過ごしています。


「毎年、このパターンか?」

なんて人もいれば
中には今年は特別な六月を過ごした人もいたかもしれませんね。

それが良い事であれ、そうではなかった事かもしれませんが
或る意味で区切りを付けるということでは
六月から七月に移っていくこの時間というのは
それぞれの人に何かしらの感慨を持たせます。


様々な想いの人が同じこの時を生きています。

考えたら不思議な気もします。

「なにを言ってんだよ? 当たり前だろ?」

もちろん、そうなんです。
だって、他人がどうだろうと
自分の生活には何の影響もないことなんですからね。

でも、考えてみてください。

その関係がない人間同士が
今、この同じ時間を生きているんですよ。

何万年か分かりませんが
歴史の分だけ過去には何千億人かの人間がいたでしょう。

いや、それ以上でしょうか?

でも、今同じこの時を生きているのは
その中の僅か七十億人に過ぎないんですよ。

これって、けっこう凄いことのような気になりませんか?


まぁ、七十億人が多いのか少ないのかも分かりませんが
それよりか、果たして、その中のどれくらいの人が

「もう六月も終わりかぁ~」

なんて呑気なことを考えてられるんでしょ?


それだけでも自分は幸せなんだと思わなきゃいけませんね。


理不尽

人間って大概
理不尽な事に対しては憤るものです


中には
黙って耐える人もいるでしょうか?

良く出来た人だとは思いますが
私なんかは
まだまだその域には達せません


どっちにしても理不尽って言うのは
憤懣やるかたないものです

自分自身の身には
降りかかって欲しくないとみんな思っています


でもそれが
テレビで観るニュースだとかドラマの世界だと
その不条理な世界に
却ってのめり込んでしまいます

もちろん、それは
自分の身に起きた事ではないからです


理不尽とは道理に合わない事、物事の筋が通らない事

つまり
不条理・無慈悲・横暴・筋違い・不合理・不正・無茶苦茶
等々、色々な捉え方ができます

会社における上司のパワハラなんかも
部下からしたら理不尽以外の何物でもありません

そこに道理があるのならともかく
単なる横暴だったり自分勝手な憂さ晴らしだとしたら
それは理不尽以前の問題なのかもしれませんが


人間からすると
身に降りかかる大きな自然災害なんかも
この理不尽なものの中に入ります

どうして何の罪も無い人が死ななきゃならない?
どうして悲しまなきゃならない?


天災、人災、病気、事故

少しなら、それらに備える事は出来るかもしれません
用心をする事も出来るでしょう
しかし、圧倒的な力で降りかかってきた災いに対して
人間には逃れる術はありません


考えてみると
世の中には理不尽な事がたくさんあります

たった一人で乗り越えるには
あまりに辛いこともたくさんあるでしょう

そんな時、つい他人を疎ましく思ったり
神様のせいにして恨んでみたくなりますが
それでは何も解決しません

「そんなことは言われなくても判ってるよ」

そうですね

だから理不尽なんですものね


それじゃ、いったいどうすれば良いんでしょう?


「人生は長い目で見たら足して引いてトントンなんだから
 そのうち良い事だってあるさ」

そんな風に楽天的に捉えられたら良いのでしょうか?
周りの手助けがあれば良いのでしょうか?

「そんなの人や状況によって違うよ」

そうですね

気持ちを切り替えるのが上手な人もいれば
そうでない人もいます

どんな時も前向きに頑張れる強い人もいれば
そうでない人だっています

時が解決してくれる事もあれば
そうでない事だってあります

確かに、人の性格とか、おかれた状況や
起きた物事の大小によっても違うでしょう


「じゃ、理不尽に打ち勝つにはどうしたら良いんだ?」


考えてみるに
理不尽に勝つ事って出来るんでしょうか?

その相手が人間なら
或いは、勝てるケースもあるのかもしれませんが
相手が人間ではないとしたら
人間にはそもそも勝てる道理もないのです

と、するなら

勝つ事ではなく負けない事を考えてみるのはどうでしょう?

人間にとって負けるとは諦める事を指します

諦めずに済む道を一緒に探してあげる
前に歩こうとする背中をそっと押してあげる

理不尽を前にして
人間の出来る事はたかが知れているかもしれません

でも、それは
何も出来ないという事ではないんだと心に刻んでいきたいと思います


青春

”青春とは人生のある期間を言うのではなく
 心の様相を言うのだ”

   詩人:サミュエル・ウルマン
        「青春の詩」序文より




<青い>と言う言葉は
しばしば未熟さの代名詞として用いられる

<未熟>と言うと
あまり良い意味には使われないが
しかし
それは言い換えれば
<可能性を秘めている>と言う事でもある


そして
未熟さ故の純粋さも又
本当はとても尊い物なのだ

それが
趣味でも習い事でも
スポーツでも勉強でも
もちろん
それが仕事だとしても
そして
もっと言えば生き方や
例えば
人を愛すると言う事においてもそうだ


損得や打算を抜きに
純粋に物事に打ち込めると言う事
純粋に何かを成し得ようとする事
純粋に誰かの為になりたいだとか
純粋に誰かを想う事


それらの行動を以って
それが<青春>だとするなら
それは過去にだけではなくて
今も
そして未来にも青春は存在をする

そんな心の持ち方を
大切にする気持ちがひとつ有るだけで
年齢には関係なく
未来は拓けていくのだと思う


6月です。

って、ことは・・・今年も半分終わり?

ゲッ!?

って、ことは・・・もう4ヶ月もしたら
又・・・歳を取る?

ゲッ、ゲゲッ!


と、まぁ~
そんな現実的な話は置いといて。

ほら、前向きに生きるコツは現実逃避ですから(笑)


ともあれ、6月です。

北海道では本来、一年で一番良い時期です。

青い空、白い雲。
野には様々な花々が咲き誇り
そうそう、ラベンダーが満開になるのも六月後半。

まさに、爽やかな初夏。


爽やかを語る時
かつては、『私のような爽やかな』と謳っておりましたが
あれから、ん年。私も大人になりました。
爽やか過ぎるくらい謙虚でしょ? ←どこがやねん!


オホン。批判にはスルーで答える私?
何事も無かったかのように話を続けましょ(笑)


ところが近年では温暖化の影響でしょうかねぇ~

梅雨が無かったはずの北海道にも梅雨らしきものがあったり
天候も多少不安定になったりもします。

今年はどうでしょうかねぇ~

昨日なんかは我が十勝国は34℃でした。

もしかして今は真夏?

いやいや!

まだ初夏も始まったばかりでしょ!

これで良いのか、北海道?


『良いのか?』と言えば。 ←かなり強引?

7月に海の日が出来て
8月には山の日という祝日が出来て
唯一、一年の中で祝日の無い月になってしまった6月。

6月クン、そんなことで良いのかね?

キミは国民の平和を考えた事があるのかね?

えっ?

どうだい? どうだい? どうだい???


そこで私が提案をしようじゃありませんか。


6月と言えば?


えっ? ジューンブライド?

んなもん、今や私には関係ないしぃ~ 却下!

えっ? ボーナス?

んなもん、家には入っても
私の財布にはなんも入らんしぃ~ 却下!(涙)


ほらぁ~ もっと、ほら有るでしょうが?


ボーナスね、ちょっと関係あるかな。
で、そのボーナスを持って来てくれるのは誰ですか?

えっ? 銀行のATM?

お前らなぁ~大概にしろや!

ジタバタ! ドタバタ!!

暴れたるでぇ~~~~~!


だからね。
その父の日を6月の祝日にしましょってば!

そしたら、みんな休みが増えるし
お父さん達も喜ぶでしょ?

みんな丸く収まるしさぁ~

何より、どう考えても
未だに母の日に比べたら影の薄い父の日です。

父親の復権をこの起死回生の一発にかけてですよ!

おー、我ながらナイスアイデア!


えっ? ホント?

認めてくれるって?

マジっすか?

おー、ヤッター! イヤッホーイ!


でも、なんで?

いつもだったら、ぶつくさ文句ばかり言って
私の話になんざ耳も傾けてくれないのに。

えっ?

何々・・・・・?

父の日はどうせ日曜日だから?
祝日にしたところで誰にも何にも何の影響も無い・・・ですか?

えっ?

オヤジの影響なんて?
所詮はそんなもん・・・ですって?



がびぃぃぃーーーーーーーんーーーーーーー!

(この古くさいリアクションこそが
 そもそも父親の威厳をそこなっているんだべな、トホホ)

        ↑
    一応、自覚は有り(笑)


人生

人生って人が生まれると書きます

でも、生まれたことに理由を探してはいけません

生まれたこと、それ自体が理由の全てなのですから




人生って人が生きると書きます

つまりは

今、生きているこの瞬間こそが人生そのものなのです




人生って人と生きるとも読めます

元来、人は人と共に生きるように作られているのです

だから、足りない所は補い合えるように

様々な人が一緒に生きているのです




人生って人の生命のことでもあります

限りある生命を使い

そして、未来へと繋げていくことが人の役割です

だから、それを使命と言います


いきなりですが

かと言って
私を知る人にとっては何の唐突感もないでしょうが
私は自他共に認める妄想族です。

私について多くの人はそう言い
そこにこそ私のアイデンティティーがあるのだと
私自身、一度たりとも疑った事はありません。



そんな私に或る日、弟子が尋ねました。

「先生。どうしたら上手に妄想が出来るんでしょうか?」

<なんだい、やぶからぼうに。何かあったのかね?>

「妄想が広がらないのです。
 私はずっと、自分は想像力が有る方だと自負していました。
 先生に弟子入りをして、先生の教えを受けて
 私は更に確信していたのです。
 心を解放しさえすれば、妄想は無限に広がっていくのだと」

<ふむ。で、そうじゃなかったのかな?>

「はい。先生は心は元来、自由なものだとおっしゃいました。
 例え、身体は色々な制限の中で生きているとしても
 心は何物にも縛られる事は無い。
 又、そうでなければならないのだと」

<ふむ。それが妄想の根源なんだからね>

「はい。でも・・・」

<でも?>

「気が付いてしまったのです」

<気が付いた? 何をだね?>

「妄想は無限なんかじゃないんだと言う事にです」

<ほぉ、それはどういう事だね?>

「つまり、自分自身に経験や体験が無ければ
 或いは、有ってもそれが浅ければ想像も妄想も出来ないという事です。
 妄想しようとしてもすぐに底が尽きてしまうんじゃないでしょうか?」

<うむ、なるほど。
 でも、その理屈だと人は経験を超えられない事になるんじゃないかね?
 果たして、本当にそうなのかね?>

「違いますか?」

<うむ。それではどうして人は発明が出来るのだろうか?
 誰も考えなかった事、考えても実現出来なかった事。
 でも、いつか誰かがそれを実現してきた>

「いわゆる、閃きなんじゃないでしょうか?」

<そう、閃き。人によっては天の啓示だなんて言う人もいるがね>

「はい。でも、それはホンの一握りの天才が為し得る事ですよね?」

<そうかも知れん。
 しかし、可能性は誰もが持っているんだとは考えられないかね?>

「でも、それはあくまでも可能性です。
 私みたいな多くの凡人は
 何の閃きも得られないまま一生を過ごすのではないでしょうか?
 その事に私は気が付いてしまったんです」

<本当にそうなんだろうか?>

「えぇ」

<私はね。思うんだよ。
 人は物事を決めつけてしまう事で世界を狭めてしまうんじゃないかと。
 出来ないと思えば出来る事も出来なくなってしまうし
 出来ると思えば、いつか閃きは必ず下りて来る。
 閃きって、そういうものなんだよ>

「それは、先生も天才だから言えるのではないでしょうか?」

<天才? この私が? まさか!>

「いえ、先生は間違いなく天才です」

<買いかぶって貰っちゃ困るよ。
 私は決して世にいう天才なんかじゃない。
 むしろ、凡人です。
 だからこそ、自由に妄想が出来るのだよ>

「どういう事ですか?」

<天才は妄想をもいつかは現実の物と出来るだろうね。
 でも、そうなるとそれはもう妄想ではなくなるだろ?
 しかし、凡人はただ妄想するだけなんだ。
 つまり、妄想はいつまで経っても妄想のままだということ。
 それこそが自由な妄想だと思わないかい?>

「言っている意味が良く判らないのですが・・・」

<つまり、言い換えればだけどね。
 天才は実現出来る程度の事しか妄想を出来ないということだよ。
 その点に於いて、凡人は実現の可能性など考えない訳だからね。
 より自由な妄想が出来るということになるんだよ>

「天才の妄想は科学者のソレで
 凡人の妄想は詐欺師のソレだということですね?」

<あはは、面白い例えだね。
 でも、それだよ。
 但し、詐欺師だって、ソレを本気で真実だと信じていなければ
 誰も引っかかる人なんていないだろうけどね>

「つまり、先生は本気で妄想をしていると?」

<そういう事になるかね。
 まぁ、実際のところ、そんなところまで考えていないのが
 正直なところなんだけど、言ってみれば
 そうだね、何事も制約を設けないというのが唯一の拘りなんだよ>

「でも、私には到底到達できない極みのように思えます」

<君は真面目なんだね。いや、もちろん良い意味でだよ>

「そうでしょうか? なら、尚更私には妄想は無理だとしか思えません」

<ふむ。さっき妄想は経験を超えられないと言ったね?>

「はい」

<その経験を補うモノを私達は皆持っているのを知っているかな?>

「補うモノ・・・ですか?」

<そう、それは知識だよ。
 知識は何によってでも誰からでも得ることが出来る。
 学ぼうと思えばね。
 その全てを記憶できるかどうかはともかくだけど
 知識を得る方法はいくらでもあるということだよ。
 例え、実際には経験しなくてもひとつの知識を得られたら
 そこから想像はいくつも広げられると思わないかい?>

「はい・・・まぁ」

<そもそも、およそ人が考える程度のことは
 いつか誰かがとっくに想像をしているものだよ。
 でも、だからってそれが何だい?
 自分の中で考えていることは全て自分のモノなんだよ。
 大事なことは、何のために妄想すべきか
 そのことをちゃんと解っているというその一点なんだよ>



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