Neko

夢の汽車に乗って
FC2ブログ

プロフィール

yumenokisya

Author:yumenokisya
現住所 北海道十勝国

 好きな言葉は
『なんとかなるべさ』

 そう、生きてさえいれば
何とかなるもんです。。。
   


カレンダー

11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -

最近の記事


カテゴリー


最近のコメント


フォト・ポエム


クリックお願いします。


月別アーカイブ


2007年から書き始めた「七夕ストーリー」から遅れること3年。

2010年のクリスマスイブから
毎年「クリスマスストーリー」を掲載して来ました。

つまり、もし今年も掲載をすれば9作目になります。

が、しかし・・・

短編とは言え、ひとつのクリスマスという題材で
設定を代えて物語を書き続けるのはけっこう厳しいものがあります。

もっとも、それを承知で書き始めたことではありますが。


正直、当初はここまで書き続ける予定ではありませんでした。

あくまでも「短編小説(ショートストーリー)」のテーマのひとつ。
私自身、そう思っていました。

誰に頼まれた訳でもなく書き始めたことでもありましたしね。


毎年、10月くらいになると
「今年はどうしようかなぁ-」と思いながら「時間もあるし、まだ良いかな。」
と、なんとなく書くんだか書かないんだかどっちつかずな日々を過ごします。
でも、さすがに11月に入ると
「設定も決まらないし、いくつか書き始めてもどれもピンとこないし」
と、焦り初めて悶々とした日々が続きます。


でも、不思議と11月も末くらいになると私の中に何かが降りてくるんです。
閃きとでも言えば良いのでしょうか。

で、そこから書き始めます。
心の中では「今からで間に合うかな?」などと思いながら。
なんせ、普段は仕事があるので書ける時間は夜の1~2時間くらいです。
しかも「クリスマスストーリー」と謳っているのですから
掲載をするのがクリスマスを過ぎたら意味が無くなってしまいます。


書き始めた時点では途中のいくつかのエピソードは
おぼろげには決まっていますが、終わり方は決まっていません。

書いている内に当初の考えが変わっていくなんてことしょっちゅうです。
書いている内に思ってもいなかった言葉がいくつも出て来ます。
すると当然ですが、話の流れが予定と変わっていきます。

物語に枝葉は膨らんではいきますが
その分、余計に間に合うのか自分でも不安になったりします。

いくら悩んでも次の言葉が出てこない日もありますが
そんな時は思い切って2~3日くらい敢えて何も考えない日を作ります。

で、ふと何かの拍子に言葉が降って来たら又、書き足していきます。


「どうしても言葉が降って来なかったら?」

そうですね。
その時は「仕方がない」と潔く諦めましょうかね。(笑)


目標としては12月の中旬までには
とにかく最後まで書ききるようにしています。

それから読み直しながら少しづつ加筆修正をしていきます。

最後まで迷うのはやはりラストの場面です。

これで良いのか?
書き足すのか?
削るのか?


書いていると思考は全てその状況に入り込んで
周りが冷静に見えなくなってしまいます。

なので、いったんラストまで書いたら又、2~3日放置をします。

次に読み返すと新しい気持ちで見直すことが出来ます。


最終的に20日までを目処に完成させます。
それからホームページに作り足してクリスマスイブの夜を待ちます。

予定通りにことが進めば・・・ですけどね。




さてさて、そこで問題は今年です。

個人的には
せっかく「クリスマスストーリー」と銘打って書き始めたことですから
何とか10作目までは書きたいと思っています。

でも、その前に9作目ですよね。

こんなことを書いているヒマはあったのでしょうか?
これもやはり私得意の現実逃避と言いますか? ←正解です(笑)

さてさて、どうしましょ?

クリスマスイブまで後2週間です。


スポンサーサイト
中学二年の時
テレビ・・・確か某国営放送だったと思うが
初めて吉田拓郎がギターを弾きながら歌っているのを見て
田舎のスポーツ少年だった私は衝撃を受けて
「どうしてもギターが弾きたい!」と一念発起。

正月に街に出たのを機会に初めて楽器店に行きギターを買いました。

とは言え、中学生で買えるモノなんてたかが知れています。
手持ちの現金はお年玉を少しづつ貯めた一万円。

当時、一ヶ月の小遣いが五百円だった私にとっては大金でした。

ところが、いざ楽器店に行ってみると
フォークギターは当時でも一万五千円以上していたので泣く泣く断念して
とりあえず八千円のガットギターを買いました。

(アコースティックギターを当時はフォークギターと呼んでいました。
 ガットギターはいわゆるナイロン弦のクラッシックギターです)

それでも嬉しくて家でずっと弾いていたのを覚えています。
明星の歌本でコードを覚えながら、ただジャラーンとかき鳴らすだけでしたが。


やがて、高校に入った頃はフォークソングの全盛期でした。

(フォークソングは
 ユーミンがデビューをした頃からニューミュージックと呼ばれるようになり
 いつからか今ではJポップに括られていますね)

高校生になると下宿の先輩や同学年の下宿生に刺激を受けて
私は益々ギターにのめり込んで行きました。
アルペジオとかスリーフィンガーなんて弾き方を覚えたのもその頃です。

すると、どうしてもフォークギターが欲しくなります。
それで初めてフォークギターを買いました。
アメリカのメーカーのギターをコピーした国産メーカーのギター。
値段は二万五千円でした。

(これは四十三~四年前の話ですが
 このギターはバンド仲間が今でも大事に所有してくれています、多分)

だんだんと弾けるようになると今後はもう少し良いギターが欲しくなって
それから一年も経たずに次は五万円の国産ギターを買いました。

そして、大学受験を控えた高校三年生の夏休み。
下宿生数名とバンドらしきものを組んでコンサートを開きました。

市民ホールの小ホールでした。

普通、高校生バンドと言えば学校祭がメインステージでしょう。
そこから場合によっては
ライブハウスに出させて貰ったりと言うのが普通でしょうが
何を血迷ったのか?
いや、何も判らないまま、とにかくコンサートがやりたくて
市民ホールの小ホールを貸し切ったんです。

(ホールの方も良く貸してくれたと思います。感謝)

それでも下宿には
市内の女子校を除く公立、私立ほぼ全ての高校に通う下宿生がいて
同級生が出るからと、半ば強制的に?(笑)
みんなして手売りでチケットをさばいて
収容人数が四百人ほどのホールに二百人以上は来てくれたでしょうか。
なんと赤字を出すこともなく、コンサートは大成功。

(と、思って舞い上がっていたのは本人達だけだったかもしれませんが)

もう一度、書きますが・・・

一部後輩もいましたが
この時、私達は受験を控えた高校三年生。
しかも大事な夏休み。

この頃からでしょうか?
私の妄想癖とか現実逃避癖が強くなったのは?

と、しか思えませんでしょ?(笑)

普通はここで終わりです。

「あー、高校最後の夏休みに良い思い出が出来たなぁ-。
 良し、今度は受験勉強を頑張るぞーーー!」

しかし、私達が頑張ったのはフォークソングでした。

(現実逃避、みんなですれば怖くない?(笑))

高校三年の冬。

受験までは二ヶ月を切った頃です。
普通は受験勉強の最後の仕上げに集中をするべき時期です。

その時期に私達は二度目のコンサートを開きました。
同じ市民ホールの小ホールで。

時は十二月二十三日。
クリスマスイブの前日なので「イブイブコンサート」と銘打って。

当然、受験なんて上手くいくはずがありません。
みんなして現実逃避していたんですから?

みんな第一志望はことごとく全滅でしたが
何とか第二志望とか第三志望には引っかかって
卒業後にはメンバーみんな離ればなれになることになりました。

で、「最後にもう一度コンサートをやろう!」

誰が言い出しっぺだったかは忘れましたが
みんなに依存があるはずはなく
又々、市民ホールの小ホールを貸し切って
卒業式の前日に高校最後のコンサートを開きました。

もしも、たったひとつ自画自賛が出来るとするなら
三回のコンサートのどれも大赤字にならなかったこと・・・かな?


(この辺の詳しい経緯やエピソード、その後のことに関しては
 ホント色々あったので、いつか小説にしたいと構想を温めています。
 もう十年以上温めっぱなしですが・・・
 仕事が定年になって時間が出来たら書きたいと思っています。
 それまでは惚けて記憶が無くならなきゃ良いのですが(笑))



ともあれ、そんなこんなで始まった私の青春。
イコール、私の数々のバンド遍歴、そして楽器遍歴でもあるのですが
いったい、今まででいくらくらい楽器につぎ込んできたでしょうか。

バンドもフォークソングの二人とか三人のユニットもやったし
その後の大学時代、社会人時代と経て
後には五人編成のオールディズバンドなどずっとやっていましたので
その都度、色々と買い足したり、買い換えたりで
いわゆるアコギ、そして後のエレキギターやアンプとか
エレキギターのエフェクターとか周辺機器の類い。

そういやマイクやPAなんかもみんなで買いました。
しかも、社会人になってからはみんな高価な楽器類を買っていました。
そんなこんなを全部合わせたら、おそらくは・・・・内緒(笑)

(旧メンバーのご家族がこれを読んだら家族会議になるかもしれません。
 みんな、それくらいつぎ込んでいましたからね。
 なので、金額は内緒。推定金額も内緒です(笑))



が、しかし。

色々あってバンド活動が休止をして早十数年が経ちました。
アコギならともかく、
家の中でエレキギターをアンプを通して弾くなんて出来ません。

なんせ、今の私はマスオさん(笑)

大音量で「ギュイーイイーーーン!」なんか弾いていたら
義母なんかは卒倒してしまいかねません。

在庫はアコギが二本、エレキギターも二本
加えてギターアンプに周辺機器等があるとかさばって場所を取ります。
とても家には置かせ続けては貰えません。

私の青春そのものでもある楽器群も音楽に興味の無い家人からしたら
ただの場所ドロボーくらいにしか思って貰えないのですから。

そこで中学二年生の時以来の一念発起?(笑)

大学二年生の時(今から四十一年前)に買った
アメリカ製のアコギ(当時の購入金額二十五万円)を一本だけ残して
後は全て楽器店に買い取ってもらいました。

(私を知る当時からの友人にしたら衝撃の告白だよね?(笑))

この一本だけギターを残したところが
いわゆる表題に書いた未練の部分でして。

家人には

「あんたが死んだら棺桶にそのギターを入れてやりたいけど
 今は燃えないモノは入れちゃダメなんだよね。」

と、超リアルな話をいやみたらしくされた訳ですが・・・


が、しかぁーーーし!
そんなことでめげる私ではありません(笑)

実は今、密かに欲しいと思っているアコギがありまして(笑)

今回の処分はその為の下工作と言うか費用捻出の為。

欲しいのはアメリカ製の有名ブランドG社のアコギです。

(つい何ヶ月か前に負債問題がニュースになっていた、あのブランド)

昔から憧れていたのと、最近良いなと思っている二機種があるのですが
高い方は新品だと四十数万円、安い方でも三十万円程度はするのです。

先日、札幌に行った時の楽器店を覗いてきましたが
さすがに新品は大きな悩みになりそうなので
最近は毎晩のようにヤフオクを覗いています(笑)

なんかねぇ~

いつか衝動的に<ポチッ>としてしまいそうです。
そんな時は誰か私を止めて下さいね(笑)

そして、こうも思っています。

仮にいつかバンドが再開出来るようになった時は
又、エレキギターとかアンプは買い揃えれば良いだけです。

ヤフオクで(笑)



さてさて、私の<青春騒動?>はどうなるでしょうか?

ひとつ言えることは

まだまだ青春におさらばなんかするもんか!(オー!)


十一月も残り僅かとなりました

しかしながら
今年一年を振り返るには未だ少し早いですかね


何かで読みましたが
『来年のことを言うと鬼が笑う』と言いますが
鬼が笑わなくなるのは十二月に入ると・・・だそうですから
そんなことは後回しで良いです

何より
私自身、そんなにせっかちな性分ではないですし
自分自身に厳しい訳でもありませんので

ましてや信条は『何とかなるべさ』

いや、単に振り返り不精なんでしょうかね?


だから進歩をしない?

はい、言われ続けて数十年

あっ、そうそう!

お前は大器晩成だとも言われ続けて数十年ですけどね


さて

クリスマスや正月を
楽しみに待つ歳でも無くなりました

ただ
師走の慌ただしさを掻き分けながら
今年も又、いつものように
淡々と毎日を過ごしていく事になるんでしょう

いや

さりとて
淡々と枯れてしまうつもりもさらさら無くて

せめて
心の中にだけは静かに炎を燃やしていようと思います

それがどんな炎でも
生きていく糧になるならそれで良いのです



秋の夜更けはタイムマシンを飛ばして
あの頃という名の街を訪ねてみよう

大都会東京の片隅
四畳半一間のアパートで
僕はどんな夢を見ていたのかな?

訊いてみると良いさ
僕が何処かに置き忘れて来た
あの頃の夢をきっと思い出せるから




秋の夜更けはタイムマシンを飛ばして
あの時という名の街を訪ねてみよう

泣いているあの娘を見つけたら
僕はそっと横に立って
何も言わずに肩を抱きしめるんだ

そう、余計な事は
喋り過ぎてはいけないんだと
あの時僕が学んだように そうだね




秋の夜更けはタイムマシンを飛ばして
あれからという名の街を訪ねてみよう

もしも、ここへと続くあれからの道が
いくつもの後悔を乗り越えた先に見つけた道なら
今の幸せにそっと「ありがとう」と言おう

巡る季節の中で
過ごしてきたどんな毎日も
振り返ればそれは美しい日々だったと




秋の夜更けはタイムマシンを飛ばして
今夜も僕は地図のない旅に出る

目を閉じると浮かんでくる
たくさんの笑顔とたくさんの涙
今では名前さえ忘れた人もいるけど

僕に関わってくれた
その全ての人達の現在が
笑顔で溢れていたら良いなと願うのです




秋の夜更けはタイムマシンを飛ばして
僕が僕であることを思い出す旅に出る


負けた夜

”負けたくないと意地を張れば張るほど
 人は負けに又、一歩近づいていく”

  虚空の吟遊詩人 夢乃何チャラ語録より抜粋




「勝ちたい」と思う人
「負けたくない」と思う人

同じようにみえて
実はその差は大きい


「負けたくない」と思う人は
その相手に対して負けを意識しているのだ

だから「負けたくない」と思ってしまう


もちろん
普段の鍛錬は言うまでもないが
それだけで勝てるほど勝負事は甘くはない

時の運とか地の利をどう活かせるかとか
その全てを味方に付けなければならない

且つ

どれだけ相手より「勝ちたい」という気持ちが強いのかで
そのほとんどの勝負は決まるものなのだ


それに比べて
「負けたくない」と言うのは
言ってみればただの意地だ




と、冷静に考えれば簡単に解ることでも
いざ自分がその段になると
案外、自分を見失ってしまうものだ

その愚かさ、危うさが
人間の人間たる証拠なのかも知れないが




「負けるもんか! まだまだ負けたくない!」

そう思って何とか十月を乗り切った

だが、どうだ?

時が十一月を告げた途端に
心に張り詰めていた糸が切れたかのように
私は負けを認めることになった



あれは、そう・・・
十一月も二週目に入った或る日のことだった


北海道では紅葉の季節も
そろそろ終盤に入ろうかという頃

風の向きが今までとは明らかに違ってきていた
しかも冷たい風は私にこう言った

「そろそろコートでも着たいんじゃないのか?
 寒いんだろ? 痩せ我慢なんかするなよ。
 痩せては見えないけど」←放っとけ!



確かに北海道人なら
本能的に既に冬の気配すら感じ取っている時節

それが証拠に

最低気温も
何処そこでは今朝は氷点下になったなんてことが
テレビのニュースでも流れるようになっていた


「今まで何とか頑張ってきたけど
 もう良いかな?
 もう負けても良いよね?
 みんな笑って許してくれるよね?」


そう自分に言い訊かせながら
あの日、あの夜、私はストーブのスイッチを点けた


まぁまぁ

「玉虫色」なんて言葉がありますが
敢えて物事をハッキリさせないのが
古来、日本人的な美徳なんだそうです。

考え方が欧米化されてきた現代に於いては
その評価は昔とは随分と変わってもきているんでしょうが。



同じような言葉に「まぁまぁ」というのがあります。
他人からの問いに対して私も良く遣ったりしています。

「調子はどう?」「景気はどう?」
そう訊かれた時の模範解答みたいなものでしょうか。

今の仕事に対する問いであれば
仮に、本当に儲かっているとしても
「いやぁ~仕事はばっちり順調だし、儲かってしょうがないよ」
と、答えるのは何だかいやらしいし
何より相手に傲慢な感じを与えてしまいます。

逆に調子が悪い時に
「いやぁ~最近は全然ダメなんだよね」
なんて答えると
それが本当なら尚更
相手に余計な心配をかけることにもなってしまいそうで
それを良しとは出来ません。

仕事だけじゃなくて体調面への問いなら尚更です。

それに、心の何処かで
相手に弱い面を見せたくないという気持ちもあったりします。

男の見栄でしょうかね?
かもしれません。



良くも悪くも答えは「まぁまぁ」

つまり、曖昧にするのは或る種の相手への思いやり?



一方でこんな「まぁまぁ」もあります。

怒っている人に対して宥める時の「まぁまぁ」


怒っている人の気持ちも分かるし
その相手方の言い分も判る時なんかそうですね。

なので、宥めてはいるんだけど
決して、どっちが良いとか悪いとかその辺はハッキリさせません。


「言いたいことがあるなら
 ハッキリ言わなきゃ相手だって判らないよ」

まぁ、確かにその通りなんですけどね。

でも、何でも白黒をハッキリ付けなきゃダメですか?
立てずに済む角なら立てずにおきましょうよ。

間に入る人間は何とか円く収めようとします。

そんな役目の人もいますよね。



相手の問いに対して
「まぁまぁ」と答えている自分を思い起こします。

きっと一割か二割は確かにその通りなんでしょう。
しかし、そのほとんどは
実は自分自身に対して答えているような気がします。

良い時には敢えて自分自身が調子に乗りすぎないように。
悪い時なら「決して悪くはないんだ」と自分に言い聞かせるように。

上り詰めたら後は落ちるだけとか
底まで落ちたら後は上がるだけだよとかって
自分を戒めたり自分を慰めたりとかね。


良いも悪いもほどほどが良い。
だから何でも「まぁまぁ」ってことにして取り繕う。

もちろん賛否は多々あるでしょうが
そこはね「まぁまぁ」ってことで、ひとつ。


晩秋

舗道に散りばめられた黄が
昨日よりも色褪せて見えた気がしました

DSC_0765-330.jpg

ここに留まりたい秋と
来るべく様子を伺う冬の静かな攻防も

こうして少しづつ決着がついていくんですね



幸せとは

時間という現実は残酷ですよね。

何がといって
多分、多くのみなさんが挙げるのは
<時間は決して戻らない>と、いうことでしょう。

人生は幾つになってもやり直しが出来るとはいうけど
過去に戻ってやり直しが出来る訳ではありません。

気が付いた<その瞬間>から
確かにやり直すことは出来ますが
それは、そこからの修正にすぎなくて
過ぎた時間が戻ることはやはりありません。



時間が経つと人間は誰しも老いていきます。


老いは
人間からひとつ、ひとつと出来る事を奪っていきます。


時には人間から考える力さえも奪ってしまいます。

もちろん
どんなに健脚を誇った体力だろうと
どんな美貌でさえも<時間>の前では無力です。

そこに例外はありません。

昔から各国各地に不死鳥伝説がありましたが

時の権力者達がこぞって
不老不死を追い求めた気持ちも
歳を重ねてきた今なら少しは解るような気がします。



ただ、それが本当の幸せなのかは判りません。


もし、自分一人だけが不老不死を手に入れられたら?

幸せだと喜べるのは
おそらくは最初の数年間だけでしょう。

いや、最初の数ヶ月、
もしかしたらただの数週間だけかもしれません。

その後に待っているのは恐ろしいまでの孤独かもしれません。

愛する人が出来る度に
その愛する人の死をただ見ているしか出来ないとしたら?

それを何度も繰り返さなければならないとしたら?

それが何百年も続いたとしたら?

きっと、耐えられませんよね。



そう色々なことを考えていくと
時間が過ぎて行くのは決して残酷なことではない。

そう思えてきたりもします。

望まない瞬間で時間が止まったままだったり
或いは、止まって戻ってはを悪戯に繰り返すことの方が残酷です。

それじゃ、上手い具合に
幸せな瞬間で時間が止まったり
幸せな時間だけを繰り返してくれるなら?

でも、それもやはり幸せとは呼べないでしょう。

人間にもし、<慣れ>という感覚がなければ
永遠の幸せと呼べるのかもしれませんが
残念ながら人間はそういう風には作られてはいないのです。

幸せな時間はやがて
ただ褪せていくのを待つようになっていくでしょう。


浦島太郎の玉手箱の教訓は

乙姫の言いつけを守らなかったことへの戒めなんでしょうか?


それとも
怠惰に過ごした時間への戒めだったのでしょうか?

でも、私は思いたいのです。

地上に戻った浦島太郎が
普通の<人間>に戻れるようにとの乙姫の優しさだったのだと。



時間。

つまりそれは
人間が人間である為に受け入れざるを得ないもの。

過ぎて行く時間はむしろ<生>そのもので
その中に幸せも不幸もあるのだとしたら
それは決して残酷なだけではなくて
例えば、成長も老いも人間が人間である証に過ぎないのです。

受け入れざるを得ないものを受け入れる。
そのことを素直に受け入れられる人が幸せな人。

そう言えるのかもしれません。


似てる

もしかして
寂しさと片想いって似てるのかもね


「どう言うことだい?」


だってさ
切ない想いをするのはいつも自分だけだし
そして
いつかは誰かに自分を解って欲しいって願ってる


「なるほど。
 その意味では確かに似ているかも知れないね。
 そして、どっちも自分の側の問題だしね」


そうなんだ
そこから一歩を踏み出さないと
どちらも解決しない

自分独りで悶々としているだけじゃね

もっとも、片想いって必ずしも寂しいだけじゃないけどね
相手のことを想っている時間が幸せだったりするしさ

でも、誰かに気付いて欲しいと願っているということでは
やっぱ、似ているんだよね きっと


「そうだね。
 そっか、その理屈だと
 優しさとワガママも似ているのかもよ。
 だって、それって自分じゃ案外気がついていないものだよ。
 相手がそう感じているだけで
 自分がそう思っている訳じゃないもの」


うん、そうかも知れない

優しさにしろ、ワガママにしろ
知らないうちに相手に自分を押し付けているなんてさ

もしかしたらそんなこともあるんだろうな


「難しいところだけどね。
 でも、相手があることだけに
 その判断は相手に委ねなきゃならない」


そうすると
もしかしてだけどね

正直者と嘘つきも似ているってことになるよね


「正直者と嘘つき?」


うん、相手に正直に言った言葉が
望まないにしろ
相手を傷つけてしまうことってあるよね

そして
相手のことを思ってつく嘘もあるし

ほら、嘘も方便ってね

つまり
正直者がいつも正しいとは限らないし
嘘つきがいつも悪者だとは限らないってことでしょ?


「なるほどね。
 一見、対極にいる人が実は同じだったりする訳だ」


そう
対人関係ってさ
相手によって変わるものだからね

自分の態度とか行動って
相手によって変わるでしょ?

最初は皆に同じように接しようと思っていても
相手のリアクションや
自分に対する態度でだんだん自分も変わったりしちゃうよね


「そうだね。
 そうしなきゃやってられないからなぁ~
 誰もが聖人君子って訳じゃないしね」


うん、相手によって関わり方も違ってくる

それは仕方のないことだよ


「かもね。
 で、どうした?
 急にそんなことを言い出して。
 何かあったのかい?」


そう言う訳じゃないけどね

ただ、似てるなぁ~って思ってさ
君と僕がね


「お前と?」


うん、過去の君と未来の僕

過去はもう変えられないでしょ?

未来はもしかしたら変えられるかも知れないけど
どのみち、選ぶ道はひとつだとしたら
それは変えられないのと同じだよ


「いや、それは違うな」


違うって?

どうしてだい?


「お前は過去は変えられないと言った。
 うん、確かにそれはそうだ。
 だけど、未来はお前が選ぶことが出来るだろ?
 選べる道はたったひとつかも知れないけど
 その選び方で未来は変わるはずさ。
 違うかい?」


それはそうだけど・・・

でも、どんな選択をしたって
それがどんな結果になっても
やり直すことは出来ないよね?

それは過去が変えられないというのと
同じ意味なんじゃないかな


「いいや、全く違うよ」


違う?


「あぁ、違う。
 過去の俺がいるから今のお前がいて
 そして、未来のお前がいる。
 つまり、それだけ経験をしているってことさ。
 何もいきなり
 生まれたてのお前が選択をする訳じゃない。
 過去の俺を信じろよ。
 そしたら、ちゃんとした選択が出来るはずさ」


そっか・・・そうだね

僕と君は似ていて当たり前だけど
だからって
同じでいる必要はないんだものね

君がした後悔を僕は知っている
だから
後悔しない方法も分かっている

それだけでも随分違うよね


「あぁ、そうさ。
 俺はお前を
 後ろからただ見ているしか出来ないけど
 お前はもっと前を向いて行動が出来る。
 それが俺とお前の違いだよ。
 俺からしたら羨ましいよ。
 だから俺も分も頑張ってくれよな。
 頼むぜ、相棒!」


あぁ、解った
頑張るよ

君と一緒にね


「人は運命を避けようとして選んだ道でしばしば運命に出会う」

確か、こんな言葉がありました


結局は
運命とは一度そうと決められたら諍えないものなのでしょうか?

それとも
事の結果を運命と呼ぶことで
私達は自分自身を慰め、或いは正当化しているだけなのでしょうか?




追い風と向かい風

人生に於いて多いのは果たしてどっちなんでしょう?


正直に言えば
私が願っていたのはいつも追い風か
そうでないならせめての無風だったのですが
そうは都合良く行かないのが人生というものです

はい、身を以て経験してきましたよ(笑)


そしてまた

振り返った時に強く印象に残っているのは
やはり追い風よりも向かい風だったように思えます

よく

「若いときの苦労は買ってでもしろ」

なんて言いますが
買ってまで苦労なんかはしたくはないものです

避けられるものなら避けたい
背を向けられるものなら背を向けたい

若い頃なんかは特にそんな思いばかりでした

いや

それは今もあまり変わってはいないのかな?

プチ反省・・・って反省してない?(笑)




風見鶏にもし

「お前は風を読んでいるのかい?
 それとも、ただ風に吹かれるがままなのかい?」

そう訊いたなら
風見鶏は何て答えるのでしょう?


どう答えてくれるのかは判りませんが
ただひとつ言えるのは

風見鶏は
それがどんなに強い風だとしても
決して風に背を向けてはいないということです


風見鶏はいつも風に向かっています


風見鶏は知っているのでしょう

向かい風は正面から受けることで
どんなに強くてもその風圧に耐えることができる

しかし

一瞬でも横を向いたり背を向けた瞬間
風に吹き飛ばされてしまう

そんなことを


そしてまた
風見鶏はそんな生き方を運命だなんて思ったこともないんでしょう

きっと・・・ね



Powered by FC2 Blog