「ねぇ、たまになぞなぞしようよ」
次女のそのひと言が奈落への始まりだった。
「おー、良いね。やる?」
珍しく一発で受ける長女。
「やろうやろう!」
「お父さんも当然参加ね?」
長女に急に話を振られた夢乃氏。
だが当然やる気は無し。
「んなもん、やるかよ。子供じゃあるまいし」
「あー、答えられないんだ?」
「だよね。まさかでも娘に負けたら恥ずかしいもんね」
「だね、ここは察してやろうか」
「そうだね」
「どうせ、答えられないもんね、頭がもう固いから」
そこまで言われて引っ込んでいられるほど
夢乃氏は大人ではなかった。
「てめぇらな。俺を誰だと思ってんだ?」
「おっ、やる気になった?」
「やる気スイッチ、オーン!」
「イエーイ!」
「それじゃ、お父さんから問題を出して良いよ」
「キャー、怖ーい、簡単なのにしてねぇー」
ニヤニヤする娘達。
早くも奈落への道が開かれようとしていることに
夢乃氏は全く気がついていなかった。
「あっ、でも。いつもアレは無しだよ。
ダジャレじゃなくて、あくまでなぞなぞだからね」
「んなもん、言われなくても解っているわい!」
いや、夢乃氏は全く解ってはいなかった。
次女の言葉の意味。
<あくまでなぞなぞだからね>
夢乃氏は得意気に先生口調で切り出した。
「はーい、良いですか?
それじゃ、第一問。
先ずはこれ、小学生レベルのなぞなぞ。
正解率はなんと98%!
さぁて、君達は解るかな?
<パンはパンでも食べられないパンは何ぁ~んだ?>」
先生風の夢乃氏に乗っかって
生徒よろしく勢いよく手を挙げる娘達。
付き合いが良いのはさすがに夢乃氏譲り?
しかし、そう簡単にことは収まるはずは無かった。
「超簡単、審判だよ」
「はーい! 短パン!」
「はい、じゃあ・・・ジーパン!」
「チノパンでしょ?」
「Yes,It's a JAPAN ! OK,Goodjob」
「それじゃ、サイパン?」
「いやいや、ルパンだって!」
「それなら、ショパンとか?」
「ダメだなぁ忘れてるしょ? ピーターパンだよ!」
「ミタパンじゃね?」
「・・・」
「あれっ?
なんか黙っちゃったけど・・・先生、答えは?」
「まさかね、アレじゃないよね?」
「そんな、まさか。
先生がそんな単純な答えのなぞなぞを出す訳ないじゃん」
「だよねぇ~」
「ねぇ、先生? 答えは何? 降参ですぅ~」
「むぐぅ・・・そ、それは・・・」
思いもよらぬ展開に苦しげに青ざめる夢乃氏。
何と答えたらこの場を上手く逃れられるだろうかと
額に脂汗を流しながら考えあぐねていたその矢先。
次女が再び手を挙げました。
しかも、明らかに演技と解るしおらしさで。
「間違ってたらごめんなさい。
もしかしてフライパンですか?」
その瞬間、夢乃氏の顔には赤みが戻り
よほど安堵をしたのか明らかに喜びの表情が表れました。
『救われた!』
夢乃氏には次女が天使に見えたのです。
と、その時。
ニヤニヤしながら次女は言いました。
「あっ、やっぱり違うんですね?
フライパンって揚げパンのことですものね?
じゃあ、何だろう?」
「何だよ、お前。それ当たり前過ぎるし。
そんな訳ないじゃん」
「だよねぇ~ えへへ、めんごめんご」
「先生! 答えを教えてください!」
「知りたーい!」
「私も!」
「ねぇ、先生?」
「降参でーっす」
天国から地獄とは
まさにこういう修羅場を言うのでしょうか?
そう、夢乃氏にとっては奈落の展開。
その時、初めて夢乃氏は気が付いたのです。
娘達がしたかったのは
決して、なぞなぞなんかではなくて
単なるヒマつぶしだったということに。
「おめぇらなぁー、ぶっ殺す!」
夢乃氏が怒り心頭で
拳を振り上げるその仕草をするやいなや
口々にはやし立てる娘達。
いや、小悪魔達。
「キャー、怖ーい」
「可愛い子供虐待、はんたーい」
「誰が<可愛い>だって?」
「私、私!」
「いや、私でしょ!」
「二人ともじゃね?」
「だね」
狭い部屋の中を追いかける夢乃氏。
キャッキャと逃げ回る娘達。
「待てー、こら!」
「やだよー」
ほどなく息切れをしてうずくまる夢乃氏。
日頃の体力不足がはからずも露呈。
「ぜいぜい、はぁはぁ・・・てめぇらな・・・」
澄ました顔で次女は答えた。
「だって最初に言ったしょ?」
「何がだよ?」
怪訝な顔の夢乃氏。
笑いを堪えきれずに答える次女。
「だからぁ、悪魔でなぞなぞって」
「あくまで?」
「そう、悪魔で」
「いや、それは高度過ぎてお父さんには理解無理」
長女は次女に言った。
「そっか、だよね」
頷く次女。
「そうそう」
「あー、面白かった」
「たまには良いレクだね」
まだ意味の解っていない夢乃氏。
「あくまで? あくま・・・あっ!?」
張り巡らされた伏線の意味。
更に奈落のズンドコにつき落とされた夢乃氏であった。
大人のみなさん。
家庭内のなぞなぞには迂闊に近寄っちゃいけませんよ。
小悪魔達がここぞとほくそ笑んでいるんですから。
*夢乃家日和は架空の家族の日常です。
ここに登場をしている夢乃家の面々は
例えば、落語の長屋噺に登場している
熊公、八っつぁん、ご隠居さんであり
そのちょっとトボけた日常を
優しく広~い心で読んで頂ければ幸いです。